(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6974810
(24)【登録日】2021年11月9日
(45)【発行日】2021年12月1日
(54)【発明の名称】マイクロ分光分析用試料台の作製方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/28 20060101AFI20211118BHJP
G01N 21/01 20060101ALI20211118BHJP
G01N 21/3577 20140101ALI20211118BHJP
【FI】
G01N1/28 N
G01N21/01 B
G01N21/3577
【請求項の数】8
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-152169(P2017-152169)
(22)【出願日】2017年8月7日
(65)【公開番号】特開2018-36257(P2018-36257A)
(43)【公開日】2018年3月8日
【審査請求日】2020年1月10日
(31)【優先権主張番号】特願2016-164439(P2016-164439)
(32)【優先日】2016年8月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000151243
【氏名又は名称】株式会社東レリサーチセンター
(74)【代理人】
【識別番号】100186484
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 満
(72)【発明者】
【氏名】森脇 博文
【審査官】
西浦 昌哉
(56)【参考文献】
【文献】
特許第5870439(JP,B1)
【文献】
特開2012−225910(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2002/0045270(US,A1)
【文献】
特開平09−003414(JP,A)
【文献】
特開2013−102013(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00−1/44
G01N 21/00−21/01
G01N 21/17−21/61
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
撥水性または撥油性を有する下記構造式(I)で表わされるパーフルオロアルキルポリエーテル基含有シラン化合物を溶媒に溶解してなる液に、光学材料を浸漬させ、浸漬後に光学材料を加熱し、次いで光学材料を洗浄した工程を経た結果、光学材料の表面が撥水性または撥油性に表面改質されており、かつ、
エッチングによる加工により、該光学材料の測定に使用する面の一部が直線または曲線で閉じた形状であって、その内側が撥水性または撥油性を持たない部分を有することを特徴とする光学材料を用いたマイクロ分光分析用試料台の作製方法。
【化1】
ここで、aは1〜30の整数、bは1〜10の整数、cは1〜20の整数、dは1〜10の整数、eは1〜20の整数、hは0〜10の整数、gは0〜20の整数、nは1〜320の整数であり、mおよびpの和は3である。
【請求項2】
前記光学材料が、シリコン、ゲルマニウム、サファイア、フッ化カルシウム、フッ化バリウム、セレン化亜鉛、およびダイヤモンドから選ばれる1種以上を含む請求項1に記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法。
【請求項3】
前記溶媒が、アルコール類、ケトン類、エーテル類、アルデヒド類、アミン類、脂肪酸類、エステル類およびニトリル類から選ばれる1種以上を含むものであり、かつ、該溶媒はフッ素変性されたものである請求項1または2に記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法。
【請求項4】
前記撥水性または撥油性を持たない部分の領域の面積が0.0001〜10mm2であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法。
【請求項5】
前記撥水性または撥油性を持たない部分の深さが0.01〜10μmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法。
【請求項6】
前記撥水性または撥油性を持たない部分を加工するためのドライエッチングに使用するイオンがガリウムイオン、アルゴンイオン、セシウムイオン、および酸素イオンから選ばれる1種以上を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法。
【請求項7】
前記撥水性または撥油性を持たない部分を加工するためのウエットエッチングに使用するアルカリ液体が水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる1種以上を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法。
【請求項8】
前記撥水性または撥油性を持たない部分を加工するためのウエットエッチングに使用するフッ酸との混合酸性液体が、塩酸、硫酸、硝酸、ギ酸、および酢酸から選ばれる1種以上を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ分光分析用試料台の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、顕微FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)などを用いたマイクロ分光分析法は、微小かつ微量の有機物の定性分析にとって有効な手法である。例えば、顕微FTIRで定性分析を行う際、測定する試料の厚さが最適な状態でなければ、正常なFTIRスペクトルを得ることができないので、正常なFTIRスペクトルを得るための試料調製は重要となる。例えば、希薄な溶液試料の顕微FTIRを行う場合、従来の技術としては、特許文献1、2に開示されているように、試料台の赤外線反射部材に付されたフッ素樹脂の薄膜上に、もしくは特許文献3に開示されているように、試料台の測定面の表面が撥水性に改質された面に、溶媒に試料を含ませた溶液の凝縮核となるピンホールを形成し、そのピンホールについて顕微FTIRで測定して、微量の希薄溶液の溶質に関する成分情報を得ていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−99813号公報
【特許文献2】特開平5−240785号公報
【特許文献3】特許第5870439号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、当該手法では凝集核の厚さが厚く、得られるFTIRスペクトルは全体的に飽和状態となってしまい、成分を定性するため実施されるスペクトル解析に大きな支障を来たす点や部材に付されたフッ素樹脂の薄膜が破壊しやすい点が欠点である。また、凝集核の厚みを薄くするために針などを使用して押しつぶす点、濃縮後の凝集核が濃縮される位置に再現性がないため、濃縮を観察しながら行わなければならない点も課題である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成からなる。つまり
(1)撥水性または撥油性を有する下記構造式(I)で表わされるパーフルオロアルキルポリエーテル基含有シラン化合物を溶媒に溶解してなる液に光学材料を浸漬させ、浸漬後に光学材料を加熱し、次いで光学材料を洗浄し
た工程を経た結果、光学材料の表面が撥水性または撥油性に改質されており、かつ、
エッチングによる加工により、該光学材料の測定に使用する面の一部が直線または曲線で閉じた形状であって、その内側が撥水性または撥油性を持たない部分を有することを特徴とする光学材料を用いたマイクロ分光分析用試料台の作製方法、
【0006】
【化1】
【0007】
ここで、aは1〜30の整数、bは1〜10の整数、cは1〜20の整数、dは1〜10の整数、eは1〜20の整数、hは0〜10の整数、gは0〜20の整数、nは1〜320の整数であり、mおよびpの和は3である。
(2)前記光学材料が、シリコン、ゲルマニウム、サファイア、フッ化カルシウム、フッ化バリウム、セレン化亜鉛、およびダイヤモンドから選ばれる1種以上を含む(1)に記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法、
(3)前記溶媒が、アルコール類、ケトン類、エーテル類、アルデヒド類、アミン類、脂肪酸類、エステル類およびニトリル類から選ばれる1種以上を含むものであり、かつ、該溶媒はフッ素変性されたものである(1)または(2)に記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法、
(4)前記撥水性または撥油性を持たない部分の
領域の面積が0.0001〜10mm
2である(1)〜(3)のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法、
(5)前記撥水性または撥油性を持たない部分の深さが0.01〜10μmである(1)〜(4)のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法、
(6)前記撥水性または撥油性を持たない部分を加工するためのドライエッチングに使用するイオンがガリウムイオン、アルゴンイオン、セシウムイオン、および酸素イオンから選ばれる1種以上を含む(1)〜(5)のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法、
(7)前記撥水性または撥油性を持たない部分を加工するためのウエットエッチングに使用するアルカリ液体が水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる1種以上を含む(1)〜(5)のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法、
(8)前記撥水性または撥油性を持たない部分を加工するためのウエットエッチングに使用するフッ酸との混合酸性液体が、塩酸、硫酸、硝酸、ギ酸、および酢酸から選ばれる1種以上を含む(1)〜(5)のいずれかに記載のマイクロ分光分析用試料台の作製方法、である。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、たとえば、所望の撥水性、撥油性を有するパーフルオロアルキルエーテル基に改質部分と、撥水性、撥油性を有しない部分を融合されたプレートで、マイクロ分光分析における濃縮操作や、濃縮する凝集核の厚みを最適かつ簡便に調節でき、さらに濃縮後の凝集核について、濃縮される位置の再現性を有することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明におけるマイクロ分光分析用試料台の概略断面図である。
【
図2】撥水加工後のシリコン上での試料のFTIRスペクトルである。
【
図3】ドライエッチングで加工された撥水性または撥油性を持たない部分で濃縮された試料のFTIRスペクトルである。
【
図4】ウエットエッチングで加工された撥水性または撥油性を持たない部分で濃縮された試料のFTIRスペクトルである。
【
図5】最適な方法で測定された試料のFTIRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
まず、本発明における撥水性、撥油性を有する化合物としては、下記構造式(I)で表わされるパーフルオロアルキルポリエーテル基含有シラン化合物が好ましく例示される。
【0013】
ここで、aは1〜30の整数、bは1〜10の整数、cは1〜20の整数、dは1〜10の整数、eは1〜20の整数、hは0〜10の整数、gは0〜20の整数、nは1〜320の整数である。mとpの和は3である。
【0014】
本発明における溶媒としては、アルコール類、ケトン類、エーテル類、アルデヒド類、アミン類、脂肪酸類、エステル類およびニトリル類があげられ、かつ、フッ素変性されたものが好ましい。さらにフッ素変性エーテル類、フッ素変性アルコール類が好ましく、エーテル類、アルコール類は炭素数2〜20のものが最も好ましい。
【0015】
撥水性、撥油性を有する化合物を溶媒に溶解してなる液の溶液濃度は0.001〜10質量%、さらに0.01〜1質量%が好ましい。
【0016】
本発明における光学材料として、赤外線の吸収が少ない材料が好ましく、シリコン、ゲルマニウム、サファイア、フッ化カルシウム、フッ化バリウム、セレン化亜鉛、およびダイヤモンドが例示される。なかでもシリコンが好ましい。処理対象である光学材料の表面を予め研磨して鏡面仕上げをしておくと、本発明において、試料台の作製が簡便、かつ正確に行うことができる。
【0017】
前記処理液に前記光学材料を浸漬させ、浸漬した後の光学材料を、加熱して乾燥する。
【0018】
本発明において光学材料を加熱するとは、80℃から150℃で30分間から3時間に保つことをいう。さらには90℃から110℃で30分間から1時間に保つことが好ましい。
【0019】
本発明において試料の厚みを抑制するための方法として、後述するドライエッチング、もしくは、ウエットエッチングで、溶液試料を濃縮する側の表面に撥水性または撥油性を持たない部分を作製する。
【0020】
撥水性または撥油性を持たない部分は直線または曲線で閉じた形状であって、該形状の面積が0.0001〜10mm
2、さらには0.005〜5mm
2、さらには0.001〜2mm
2であるのが最も好ましい。撥水性または撥油性を持たない部分は、深さが0.01〜10μm、さらには0.05〜5μm、さらには0.1〜3μmであるのが最も好ましい。撥水性または撥油性を持たない部分を加工するにはエッチングが好ましく、イオン、高速中性粒子、ラジカル、ガスのいずれかによるドライエッチング方式、もしくは、酸溶液、アルカリ溶液など化学溶液を用いるウエットエッチングが挙げられる。
【0021】
ドライエッチングで撥水性または撥油性を持たない部分を加工する場合、イオンエッチングが好ましく、ガリウムイオン、アルゴンイオン、セシウムイオン、および酸素イオンから選ばれる1種以上を用いるのが最も好ましい。
【0022】
ウエットエッチングで撥水性または撥油性を持たない部分を加工する場合、アルカリ溶液を用いる場合は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化テトラメチルアンモニウムから選ばれる1種以上のアルカリ性水溶液が最も好ましい。
【0023】
一方、フッ酸との混合酸性溶液を用いる場合は、塩酸、硫酸、硝酸、ギ酸、酢酸のいずれかとの混合溶液が好ましく、なかでも、硝酸とフッ酸の混合水溶液が最も好ましい。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施例を説明する。
【0025】
まず、撥水性または撥油性を有する化合物として、パーフルオロアルキルポリエーテル基含有シラン化合物
【0026】
【化3】
【0027】
のエチルノナフルオロブチルエーテル0.1質量%、つまり、DS−5210TH(株式会社ハーベス製)を使用した。ここで、上記化学式における平均重合度(上記構造式(I)におけるn=32)は、
19F NMRから計算した値である。
【0028】
上記溶液に表面を予め研磨して鏡面仕上げしたシリコンを浸漬した。
【0029】
浸漬した後のシリコンを100℃で1時間加熱乾燥した。乾燥後、残留したDS−5210THをDS−TH(株式会社ハーベス製)で洗浄除去した。
【0030】
以上の処理により、シリコンの表面には、約10Å(0.001μm)の薄膜が形成された。実際に5mm□の領域で分析深さ1〜数nmの飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)によるイオンイメージ像でSiO
3Hイオン、C
3F
5O
2イオン、C
3F
7Oイオンなど撥水作用を有する分子構造が均一に存在していることを確認した。
【0031】
撥水性または撥油性を持たない部分を加工するために、集束イオンビーム(FIB)装置を用いてガリウムイオンでビーム径が3〜4nm、加速電圧30kVで0.04mm
2、深さ1μmでドライエッチングを行なった。以上の方法で加工した部分に対して飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)によるイオンイメージ像でSiO
3Hイオン、C
3F
5O
2イオン、C
3F
7Oイオンなど撥水作用を有する分子構造の存在が均一でないことから、当該部分には撥水性または撥油性を持たないことを確認した。
図3における曲線は大豆油100ngを撥水処理したシリコン上で濃縮させ、さらにドライエッチングで加工した撥水性または撥油性を持たない部分で拡がりを持たせて、試料厚みが抑制された状態で赤外分光分析を行なったときのFTIRスペクトルである。一方、
図2は大豆油100ngを従来法の撥水処理したシリコン上で濃縮させてなる試料を用いて透過法による赤外分光分析を行ったときのFTIRスペクトルである。
図3から、700〜4000cm
−1の全ての領域において、
図2に比べ良好なスペクトルが得られ、
図5のように適切な方法で測定したときのFTIRスペクトルと同等のFTIRスペクトルを得ることができた。
【0032】
また、撥水性または撥油性を持たない部分を加工するために、上記とは異なるエッチング方法として、2Nの水酸化カリウム水溶液を使用して直径約300μm、深さ約3μmでウエットエッチングを行なった。
図4における曲線は、大豆油100ngを撥水処理したシリコン上で濃縮させ、さらに撥水性または撥油性を持たない部分で拡がりを持たせて試料厚みが抑制された状態で赤外分光分析を行なったときのFTIRスペクトルで、この加工で測定したFTIRスペクトルも
図5のように適切な方法で測定したときと同等のFTIRスペクトルを得ることができた。
【符号の説明】
【0033】
1:表面改質部
2:光学材料
3:試料
4:検出器
5:赤外線
6:撥水性または撥油性を持たない部分