特許第6975964号(P6975964)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6975964
(24)【登録日】2021年11月11日
(45)【発行日】2021年12月1日
(54)【発明の名称】DNAメチル化調節剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/07 20100101AFI20211118BHJP
   A61K 36/87 20060101ALI20211118BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20211118BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20211118BHJP
   A61P 17/16 20060101ALI20211118BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20211118BHJP
   A61K 8/9789 20170101ALI20211118BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20211118BHJP
【FI】
   C12N5/07
   A61K36/87
   A61P43/00 111
   A61P35/00
   A61P17/16
   A61Q19/00
   A61K8/9789
   C12N1/00 G
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-193749(P2017-193749)
(22)【出願日】2017年10月3日
(65)【公開番号】特開2019-62847(P2019-62847A)
(43)【公開日】2019年4月25日
【審査請求日】2020年9月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 貴亮
(72)【発明者】
【氏名】井上 悠
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 靖司
(72)【発明者】
【氏名】堀場 大生
(72)【発明者】
【氏名】坂井田 勉
【審査官】 大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−126149(JP,A)
【文献】 韓国公開特許第2003−0005720(KR,A)
【文献】 Journal of Natural Medicines,2007年,Vol.61,p224-225
【文献】 PLOS ONE,2016年06月29日,Vol.11, No.6,e0157866,https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0157866
【文献】 Oncology letters ,2017年06月22日,Vol.14, No.2,p2239-2243,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5530146/
【文献】 FRAGRANCE JOURNAL,2020年02月15日,第48巻第2号,p22-28
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00− 28
A61K 36/00−9068
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カガミグサの熱水もしくは水抽出物、エタノール水溶液抽出物、またはエタノール抽出物を有効成分として含有する正常上皮細胞内のDNAメチル化調節剤であって、該DNAメチル化調節が、DNA脱メチル化抑制又はDNA脱メチル化の再メチル化促進である、上記DNAメチル化調節剤。
【請求項2】
前記DNAメチル化調節が、Wnt遺伝子の発現調節に関わるDNA上の領域の、DNA脱メチル化抑制又はDNA脱メチル化の再メチル化促進に起因する、メチル化促進である、請求項1に記載のDNAメチル化調節剤。
【請求項3】
Wntの発現亢進に関連する色素沈着の治療、改善、予防用の、請求項2に記載のDNAメチル化調節剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内のDNAメチル化調節剤に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な組織に存在する細胞は、組織特異的なDNAメチル化プロファイルを有しており、組織を構成する上で必要のない遺伝子のプロモーター領域はメチル化されることで、遺伝子の転写が抑制されている。このようなゲノムのDNAメチル化修飾は細胞分裂を経て、次の世代の細胞へ受け継がれるため、長期的に安定な細胞表現型の記憶機構として機能する。したがって、DNAメチル化プロファイルの異常は、本来その細胞が有する特性の変化を意味し、癌などの様々な疾患の発症に関与すると考えられている(非特許文献1)。このようなDNAのメチル化状態を変化させる要因として、紫外線が知られている。紫外線を繰り返し照射された皮膚では、DNAのメチル化プロファイルに異常が生じ、遺伝子発現パターンが変化することも報告されている(非特許文献2、3)。
【0003】
DNAのシトシン塩基の5位の炭素におけるメチル化修飾(5-メチル化シトシン、5mC)は、生理的なDNA修飾機構であり、哺乳類のほとんどのDNAメチル化修飾は、ホスホジエステル結合でつながれたシトシンとグアニンが連続する配列(CpG配列)において起こる(非特許文献4)。CpG配列が集積したCpGアイランドと呼ばれる領域がゲノム上に点在し、多くの遺伝子プロモーター領域や遺伝子制御領域に見られる(非特許文献5)。このCpGアイランドがメチル化されると、DNAの構造が変化して遺伝子の発現が抑制される。
【0004】
一方、分泌タンパク質であるWntは、生体の発生、細胞の分化及び増殖などに関わる重要な因子であり、哺乳類では19種類が同定されている(非特許文献6)。Wnt非存在下では、細胞内でGSK-3β(Glycogen synthase kinase-3β)によるリン酸化を受けたβ-カテニンが、さらにユビキチン化を受けてプロテアソームによって分解される。Wntシグナル伝達経路の一つであるβ−カテニン経路(Wnt/βカテニンシグナル)では、Wntが細胞膜上の受容体(Frizzled)に結合するとGSK-3βによるリン酸化が抑制され、分解を免れたβ-カテニンが核内へと移行し、遺伝子発現を介して細胞の増殖や分化を促すことが知られている(非特許文献7)。Wnt/βカテニンシグナルに関与するWntとしては、Wnt1,2,3,7A等が知られる(非特許文献8)。一方、β-カテニンを介さないβ-カテニン非依存性経路は、平面内細胞極性経路及びCa2+経路に分類され、細胞運動、細胞極性、あるいはβ-カテニン経路の抑制に働く(非特許文献9、10)。β-カテニン非依存性経路に関与するWntとしては、Wnt4, 5a, 11等が知られる(非特許文献8)。
【0005】
このように、Wntシグナル伝達経路は、生体の組織を構成する細胞の機能維持にとって不可欠である一方、その異常は様々な病態と関連している。皮膚や毛髪のメラニンは、メラノサイトによって合成される。Wnt/βカテニンシグナルは、毛包のバルジ領域付近に存在するメラノサイトの起源となる色素幹細胞からメラノサイトへの分化や、分化したメラノサイトのメラニン合成を制御しており、老人性色素斑、肝斑、雀卵斑、黒子症、シミ、日焼けなどの色素異常に関与する。Wnt/βカテニンシグナルを適切に制御し、このような色素沈着を改善する方法として、Wntの発現を抑制するためのポリヌクレオチドが知られている(特許文献1)。また、乳がん、大腸がん、胃がん、食道がん、神経膠芽腫、及び線維腫などのがんにおいても、Wnt/βカテニンシグナルの亢進が認められ、これらに対してもWntの発現を抑制するポリヌクレオチドやWntの機能を阻害するモノクローナル抗体が開発されている(特許文献2)。さらに、Wntシグナルは、胚性幹細胞、小腸幹細胞、色素幹細胞、造血幹細胞、表皮幹細胞、毛包幹細胞、造血幹細胞、骨髄及び脂肪組織由来間葉系幹細胞の分化、増殖及び未分化維持に働くことから、これらの幹細胞の機能調節にWnt遺伝子の発現を抑制するポリヌクレオチドも開発されている(特許文献3)。
【0006】
多岐にわたるWntの発現メカニズムの中でも重要なメカニズムの一つとして、前述のDNAのメチル化がある。Wntのプロモーター領域においても、CpG配列が存在し、DNAのメチル化によって発現が抑制されることが分っており(非特許文献11)、DNAのメチル化の制御を通してもWntの発現が抑制できると期待できる。これまでにDNAのメチル化を制御する手段として、DNAメチル化阻害剤などにより過剰にメチル化されたDNAを脱メチル化する方法の開発が進められてきた(特許文献4−7)。しかしながら、ポリヌクレオチドは生体内に存在する酵素により分解されやすく、生体内に導入する手段が煩雑であるため、日常的な使用が困難であるという問題がある。また、これまでに開発されたDNAのメチル化を制御する方法では、過剰にメチル化されたDNAを脱メチル化することでDNAメチル化レベルを正常に近づけることはできるが、逆に脱メチル化を抑制したり、過剰に脱メチル化されたDNAを再メチル化する方法の開発には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013-67582号公報
【特許文献2】特表2007-536938号公報
【特許文献3】特表2008-526229号公報
【特許文献4】特開2010-248223号公報
【特許文献5】特表2016-529257号公報
【特許文献6】特開2013-126412号公報
【特許文献7】特表2013-514779号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Esteller M, N. Engl. J. Med., 2008, 358, 1148-1159
【非特許文献2】Mittal A, et al., Neoplasia, 2003, 5, 555-565
【非特許文献3】Yang J, et al., 2014, 113, 45-54
【非特許文献4】Bird A, Genes Dev., 2002, 16, 6-21
【非特許文献5】田村尚ら, 実験医学, 2010, 28,2346-2353
【非特許文献6】Nusse R. et al., Cell Res., 2008, 18, 523-527
【非特許文献7】Kikuchi A. et al., Cell. Signal., 1999, 11, 777-788
【非特許文献8】Sastre-Perona A., Santisteban P., Front Endocrinol., 2012, doi: 10.3389/fendo.2012.00031. eCollection.
【非特許文献9】Kikuchi A., et al., Cancer Sci., 2008, 99, 202-208
【非特許文献10】Veemam M. T., et al., Dev. Cell, 2003, 5, 367-377
【非特許文献11】Wang Z, et al., Anat Rec (Hoboken), 2010, 293, 1947-1953
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明は、生体内への導入が容易でかつ日常的に使用できるDNAメチル化レベルの調節因子を見出し、これを有効成分とするDNAメチル化調節剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、カガミグサの抽出物が細胞内のDNAメチル化レベルを調節するとともに、Wntの発現を抑制する作用を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
(1)カガミグサの抽出物を有効成分として含有する細胞内のDNAメチル化調節剤。
(2)前記細胞が、上皮細胞である、(1)に記載のDNAメチル化調節剤。
(3)前記DNAが、Wnt遺伝子の発現調節に関わる領域のDNAである、(1)に記載のDNAメチル化調節剤。
(4)前記DNAメチル化調節が、DNA脱メチル化抑制、DNAメチル化促進、又はDNA脱メチル化の再メチル化促進のいずれかである、(1)〜(3)のいずれかに記載のDNAメチル化調節剤。
(5)カガミグサの抽出物を有効成分として含有するWnt発現抑制剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明のDNAメチル化調節剤は、紫外線等に起因する細胞内のDNAメチル化レベルの低下を抑制してDNAメチル化レベルを正常レベルに上昇するように調節することができ、あわせて、Wnt遺伝子の発現を抑制することができる。よって、本発明のDNAメチル化調節剤によれば、DNAの低メチル化に関連する疾患、例えば、Wnt遺伝子の発現調節に関わるDNA上の領域の低メチル化によるWntシグナルの亢進に関連する色素沈着や癌などの疾患の治療、改善、及び予防することができる。本発明のDNAメチル化調節剤は、植物の抽出物を有効成分とすることから、生体内への導入が容易でかつ日常的に使用できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の細胞内のDNAメチル化調節剤はカガミグサの抽出物を有効成分として含有する。
【0014】
本発明に用いるカガミグサ(学名:Ampelopsis japonica)はブドウ科ブドウ属に属する中国原産の蔓性多年草植物である。本発明において、カガミグサの抽出物は、植物体全体(全草)、あるいは、根、葉、茎、花、芽、実、種子等の植物体の一部又はそれらの混合物の抽出物をいうが、根の抽出物が好ましい。また、抽出には、これらの植物体をそのまま使用してもよく、乾燥、粉砕、細切等の処理を行ってもよい。
【0015】
抽出方法は、特に限定されないが、水もしくは熱水、又は水と有機溶媒の混合溶媒を用い、攪拌又はカラム抽出する方法により行うことができる。有機溶媒としては、アルコール類、エーテル類、エステル類などを用いることができるが、エタノール、メタノール、アセトン、n−プロパノール、t−ブタノール、プロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール等の水溶性有機溶媒が好ましく、これらの一種又は二種以上を用いてもよく、例えば30〜70v/v%のエタノール水溶液を使用することもできる。
【0016】
特に好ましい抽出溶媒としては、水、又は水−エタノール系の混合極性溶媒が挙げられる。溶媒の使用量については、特に限定はなく、例えば上記カガミグサの根部(乾燥重量)に対し、10倍以上、好ましくは20倍以上であればよいが、抽出後に濃縮を行なっ
たり、単離したりする場合の操作の便宜上100倍以下であることが好ましい。また、抽
出温度や時間は、用いる溶媒の種類によるが、例えば、10〜100℃、好ましくは30
〜90℃で、30分〜24時間、好ましくは1〜10時間を例示することができる。また
、抽出物は、抽出した溶液のまま用いてもよいが、必要に応じて、その効果に影響のない
範囲で、濃縮(有機溶媒、減圧濃縮、膜濃縮などによる濃縮)、希釈、濾過、活性炭等に
よる脱色、脱臭、エタノール沈殿等の処理を行ってから用いてもよい。さらには、抽出し
た溶液を濃縮乾固、噴霧乾燥、凍結乾燥等の処理を行い、乾燥物として用いてもよい。
【0017】
本発明において「細胞内のDNAメチル化の調節」には、DNA脱メチル化抑制、DNAメチル化促進、及びDNA脱メチル化の再メチル化促進が含まれる。
【0018】
DNAメチル化の対象となる細胞は、特に限定はされないが、上皮細胞が好ましい。上皮細胞としては、皮膚、毛根、口腔粘膜、角膜、消化器官、気管、肝臓、乳腺、前立腺等の生体組織に存在する細胞であれば特に限定はされないが、例えば、表皮細胞、毛母細胞、消化管(食道、胃、小腸、大腸)の上皮細胞、呼吸器(鼻腔、咽頭、気道、肺)の上皮細胞、角膜上皮細胞等が挙げられる。細胞の由来は、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ、サル等の哺乳類由来の細胞が好ましい。細胞は、生体内の細胞であっても、単離された細胞であってもよい。単離された細胞は、公知の手法によって維持及び培養をすることができる。
【0019】
カガミグサの抽出物は、細胞内のDNAメチル化調節により、Wnt遺伝子の発現を抑制することができるので、Wnt発現抑制剤としても使用することができる。カガミグサの抽出物によるWnt発現抑制には、Wnt遺伝子の発現調節に関わるDNA上の領域、典型的にはCpGアイランドを含む領域のメチル化促進によるWnt発現抑制のほか、Wntに対する正の制御遺伝子のメチル化促進によるWnt発現抑制も含まれる。ここで、Wntとは、Wntシグナル経路に関与するタンパク質をいい、現在までに、ヒトのWntタンパク質は、19種類同定されている(Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16)。Wntシグナル経路には、細胞表面のWnt受容体に結合することよってβ−カテニンの安定化を介して遺伝子発現を誘導するβ−カテニン経路、JNKやRhoキナーゼを活性化するPCP経路、PKCなどを活性化するCa2+経路があるが、本発明におけるWntは、β−カテニン経路(以下、「Wnt/β−カテニンシグナル」と記載することもある)に関与するタンパク質をいう。よって、本発明のWnt発現抑制剤が作用するWntは、Wnt/β−カテニンシグナルに関与するWntをいい、例えば、Wnt1、Wnt2、Wnt3、Wnt3a、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10a、Wnt10b等が挙げられる。本発明において「Wntの発現抑制」とは、上記WntのmRNA発現及びタンパク質発現を抑制することをいう。
【0020】
本発明のWnt発現抑制剤は、有効成分であるカガミグサの抽出物が、Wnt発現を抑制することができるので、Wnt/β−カテニンシグナルの亢進に関連する疾患又は病態の治療、改善、及び予防に有効である。ここで、Wnt/β−カテニンシグナルの亢進に関連する疾患又は病態としては、メラニン合成促進による色素沈着が認められる皮膚疾患(老人性色素斑、肝斑、雀卵斑、黒子症、脂漏性角化症、炎症性色素沈着、黒子(母斑細胞母斑、色素性母斑)、後天性真皮メラノサイトーシス(遅発性太田母斑)、扁平母斑、Riehl黒皮症、摩擦黒皮症、遺伝性対側性色素異常症、Addison病、光線性花弁状色素斑、色素異常性固定紅斑、日焼けなど)、癌(大腸癌、黒色腫、胃癌、肝細胞癌、前立腺癌、食道癌、膵臓癌、肺癌、乳癌、腎臓癌、膀胱癌、子宮頚癌、卵巣癌、甲状腺癌、頭頸部癌、リンパ腫、神経膠腫、グリア芽腫など)が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0021】
本発明のDNAメチル化調節剤又はWnt発現抑制剤は、そのまま使用することも可能であるが、本発明の効果を損なわない範囲で適当な添加物とともに化粧品、医薬品、医薬部外品、飲食品などの組成物に配合することができる。なお、本発明の医薬品には、動物に用いる薬剤、即ち獣医薬も包含されるものとする。
【0022】
DNAメチル化調節剤又はWnt発現抑制剤を化粧品や医薬部外品に配合する場合は、その剤形は、水溶液系、可溶化系、乳化系、粉末系、粉末分散系、油液系、ゲル系、軟膏系、エアゾール系、水−油二層系、又は水−油−粉末三層系等のいずれでもよい。また、当該化粧品や医薬部外品は、DNAメチル化調節剤又はWnt発現抑制剤とともに、皮膚外用組成物において通常使用されている各種成分、添加剤、基剤等をその種類に応じて選択し、適宜配合し、当分野で公知の手法に従って製造することができる。その形態は、液状、乳液状、クリーム状、ゲル状、ペースト状、スプレー状等のいずれであってもよい。配合成分としては、例えば、油脂類(オリーブ油、ヤシ油、月見草油、ホホバ油、ヒマシ油、硬化ヒマシ油等)、ロウ類(ラノリン、ミツロウ、カルナウバロウ等)、炭化水素類(流動パラフィン、スクワレン、スクワラン、ワセリン等)、脂肪酸類(ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘニン酸等)、高級アルコール類(ミリスチルアルコール、セタノール、セトステアリルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール等)、エステル類(ミリスチン酸イソプロピル、パルミチン酸イソプロピル、オクタン酸セチル、トリオクタン酸グリセリン、ミリスチン酸オクチルドデシル、ステアリン酸オクチル、ステアリン酸ステアリル等)、有機酸類(クエン酸、乳酸、α-ヒドロキシ酢酸、ピロリドンカルボン酸等)、糖類(マルチトール、ソルビトール、キシロビオース、N-アセチル-D-グルコサミン等)、蛋白質及び蛋白質の加水分解物、アミノ酸類及びその塩、ビタミン類、植物・動物抽出成分、種々の界面活性剤、保湿剤、紫外線吸収剤、抗酸化剤、安定化剤、防腐剤、殺菌剤、香料等が挙げられる。
【0023】
化粧品や医薬部外品の種類としては、例えば、化粧水、乳液、ジェル、美容液、一般クリーム、日焼け止めクリーム、パック、マスク、洗顔料、化粧石鹸、ファンデーション、おしろい、ボディローション等が挙げられる。
【0024】
本発明のDNAメチル化調節剤又はWnt発現抑制剤を医薬品に配合する場合は、薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物と混合し、患部に適用するのに適した製剤形態の各種製剤に製剤化することができる。薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物としては、その剤形、用途に応じて、適宜選択した製剤用基材や担体、賦形剤、希釈剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、安定化剤、保存剤、防腐剤、増量剤、分散剤、湿潤化剤、緩衝剤、溶解剤又は溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、噴射剤、着色剤、甘味剤、矯味剤、香料等を適宜添加し、公知の種々の方法にて経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる各種製剤形態に調製すればよい。本発明の医薬品を上記の各形態で提供する場合、通常当業者に用いられる製法、たとえば日本薬局方の製剤総則[2]製剤各条に示された製法等により製造することができる。
【0025】
経口投与用製剤には、例えば、デンプン、ブドウ糖、ショ糖、果糖、乳糖、ソルビトール、マンニトール、結晶セルロース、炭酸マグネシウム、酸化マグネシウム、リン酸カルシウム、又はデキストリン等の賦形剤;カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、デンプン、又はヒドロキシプロピルセルロース等の崩壊剤又は崩壊補助剤;ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、アラビアゴム、又はゼラチン等の結合剤;ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、又はタルク等の滑沢剤;ヒドロキシプロピルメチルセルロース、白糖、ポリエチレングリコール、又は酸化チタン等のコーティング剤;ワセリン、流動パラフィン、ポリエチレングリコール、ゼラチン、カオリン、グリセリン、精製水、又はハードファット等の基剤などを用いることができるが、これらに限定はされない。
【0026】
非経口投与用製剤には、蒸留水、生理食塩水、エタノール、グリセリン、プロピレングリコール、マクロゴール、ミョウバン水、植物油等の溶剤;ブドウ糖、塩化ナトリウム、D−マンニトール等の等張化剤;無機酸、有機酸、無機塩基又は有機塩基等のpH調節剤などを用いることができるが、これらに限定はされない。
【0027】
本発明の医薬品の形態としては、特に制限されるものではないが、例えば錠剤、糖衣錠剤、カプセル剤、トローチ剤、顆粒剤、散剤、液剤、丸剤、乳剤、シロップ剤、懸濁剤、エリキシル剤などの経口剤、注射剤(例えば、皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤)、点滴剤、座剤、軟膏剤、ローション剤、点眼剤、噴霧剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤、貼付剤などの非経口剤などが挙げられる。また、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよく、注射用製剤の場合は単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態で提供される。
【0028】
本発明のDNAメチル化調節剤又はWnt発現抑制剤を、色素沈着を治療、改善、又は予防するための医薬品として用いる場合に適した形態は外用製剤であり、例えば、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、液剤、貼付剤などが挙げられる。軟膏剤は、均質な半固形状の外用製剤をいい、油脂性軟膏、乳剤性軟膏、水溶性軟膏を含む。ゲル剤は、水不溶性成分の抱水化合物を水性液に懸濁した外用製剤をいう。液剤は、液状の外用製剤をいい、ローション剤、懸濁剤、乳剤、リニメント剤等を含む。
【0029】
本発明の医薬品は、上記疾患又は病態の発症を抑制する予防薬として、及び/又は、正常な状態に改善する治療薬として機能する。本発明の医薬品の有効成分は、天然物由来であるため、非常に安全性が高く副作用がないため、前述の疾患の治療、改善、及び予防用医薬として用いる場合、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ等の哺乳動物に対して広い範囲の投与量で経口的に又は非経口的に投与することができる。
【0030】
カガミグサの抽出物を上記の化粧品や医薬品に配合する場合、その含有量は特に限定されないが、製剤全重量に対して、カガミグサの抽出物の乾燥固形分に換算して、0.001〜30重量%が好ましく、0.01〜10重量%がより好ましい。0.001重量%以下では効果が低く、また30重量%を超えても効果に大きな増強はみられにくい。又、製剤化における有効成分の添加法については、予め加えておいても、製造途中で添加してもよく、作業性を考えて適宜選択すればよい。
【実施例】
【0031】
以下に本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0032】
カガミグサの抽出物を以下のとおり製造した。
【0033】
(製造例1)カガミグサ根の熱水抽出物の調製
カガミグサ(根の乾燥品)100gに精製水を1L加え、90〜100℃で2時間抽出した後、濾過し、その濾液を濃縮し、凍結乾燥してカガミグサ根の熱水抽出物30gを得た。
【0034】
(製造例2)カガミグサ根の50%エタノール抽出物の調製
カガミグサ(根の乾燥品)100gに50%エタノール水溶液を1L加え、室温で1週間抽出した後、濾過し、その濾液を減圧濃縮し、凍結乾燥してカガミグサ根の50%エタノール抽出物27gを得た。
【0035】
(製造例3)カガミグサ根のエタノール抽出物の調製
カガミグサ(根の乾燥品)100gにエタノールを1L加え、室温で1週間抽出した後、濾過し、その濾液を減圧濃縮し、凍結乾燥してカガミグサ根のエタノール抽出物25gを得た。
【0036】
(製造例4)カガミグサ全草の熱水抽出物の調製
カガミグサ(全草の乾燥品)100gに精製水を1L加え、90〜100℃で2時間抽出した後、濾過し、その濾液を濃縮し、凍結乾燥してカガミグサ全草の熱水抽出物31gを得た。
【0037】
(製造例5)カガミグサ全草50%エタノール抽出物の調製
カガミグサ(全草の乾燥品)100gに50%エタノール水溶液を1L加え、室温で1週間抽出した後、濾過し、その濾液を減圧濃縮し、凍結乾燥することによりカガミグサ全草の50%エタノール抽出物27gを得た。
【0038】
(製造例6)カガミグサ全草のエタノール抽出物の調製
カガミグサ(全草の乾燥品)100gにエタノールを1L加え、室温で1週間抽出した後、濾過し、その濾液を減圧濃縮し、凍結乾燥することによりカガミグサ全草のエタノール抽出物24gを得た。
【実施例2】
【0039】
(試験例1)Wnt1発現抑制効果の評価
Wnt1を発現することが知られているヒト扁平上皮がん細胞HSC-1(JCRB細胞バンクより入手)(Yamada et al., Biosci Biotechnol Biochem. 2016 Jul;80:1321-6.)を用いてカガミグサの抽出物がWnt1の発現を抑制するかを検討した。
【0040】
20%ウシ胎児血清(FBS、ニチレイバイオ社製)を含有するDulbecco's Modified Eagle's Medium(DMEM、Sigma-Aldrich社製)を用いて培養したHSC-1を、2%FBS含有DMEMに懸濁し、8ウェルカルチャースライドに1x103個ずつ播種した。24時間培養後、カガミグサの抽出物(製造例1-6)を最終濃度が0.01%になるように添加した2%FBS含有DMEMに交換し、さらに72時間培養した。細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドを加え、室温で10分間インキュベーションして細胞を固定した。
【0041】
細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、2%ウシ血清アルブミン(BSA、和光純薬工業社製)含有PBS(-)に抗Wnt1抗体(Spring Bioscience社製)及び抗β-アクチン抗体(Abcam社製)を添加した一次抗体溶液を加え、37℃で1時間インキュベーションした。細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、2%BSA含有PBS(-)にAlexa488標識抗ウサギIgG抗体及びAlexa594標識抗マウスIgG抗体を添加した二次抗体溶液を加え、37℃で1時間インキュベーションした。細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、蛍光顕微鏡(Olympus社製)を用いて観察し、Wnt1の発現を緑色の蛍光として、β-アクチンの発現を赤色の蛍光として画像を撮影した。取得した画像について、Image J(NIH)を用いて蛍光強度を指標に各タンパク質の発現量を測定し、Wnt1の相対発現量(緑色の蛍光強度/赤色の蛍光強度)を算出した。試料を添加せずに培養した細胞におけるWnt1の相対発現量を1.0とし、これに対し、試料を添加して培養した細胞におけるWnt1の相対発現量の値を算出し、評価した。結果を表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
表1に示されるように、カガミグサの抽出物(製造例1-6)の全てに、顕著なWnt1発現抑制効果が認められた。以上より、カガミグサの抽出物の極めて優れたWnt1発現抑制効果が明らかとなった。
【0044】
(試験例2)紫外線照射によるDNAの脱メチル化及びWnt1の発現亢進抑制効果の評価
これまでの研究から、表皮細胞にUVBを繰り返し照射することで、DNAの脱メチル化が起こり、Wnt1の発現が誘導されることが分っている(山田貴亮ら, 2015, 第38回日本分子生物学会年会 第88回日本生化学会大会合同大会, 1P0981)。そこで、カガミグサの抽出物が、UVBにより誘導される表皮細胞の過剰なDNAの脱メチル化及びWnt1の発現亢進を抑制できるかを検討するため以下の試験を行った。
【0045】
正常ヒト表皮角化細胞(クラボウ社製)を、HuMedia-KG2(クラボウ社製)に懸濁し、6ウェルプレートに1x105個ずつ播種した。24時間培養後、培地をPBS(-)に交換し、東芝FL20S・Eランプを用いて紫外線(UVB)を10 mJ/cm2となるように照射した。PBS(-)を、カガミグサの抽出物(製造例1-6)を最終濃度が0.01%になるように添加したHuMedia-KG2に交換し、さらに24時間培養した。この操作を週に4回、2週間行い、合計で8回のUVB照射を実施した。最後のUVB照射から24時間後に細胞を8ウェルチャンバースライドに1x104個ずつ播種した。24時間後に、細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドを加え、室温で10分間インキュベーションして細胞を固定した。
【0046】
細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、相対的なDNAメチル化量を解析する目的で、抗5-メチル化シトシン(5mC、EPIGENTEK社製)抗体を添加した一次抗体溶液を加え、37℃で1時間インキュベーションし、さらに細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、2%BSA含有PBS(-)にAlexa594標識抗マウスIgG抗体を添加した二次抗体溶液を加え、37℃で1時間インキュベーションした。さらに、DNA染色試薬である4’,6-Diamidino-2-phenylindole dihydrochloride (DAPI, Sigma社製)を1μg/mLとなるように添加し、5分間室温でインキュベーションした。
【0047】
一方、Wnt1の相対発現量解析の目的では、2%BSA含有PBS(-)に抗Wnt1抗体及び抗β-アクチン抗体を添加した一次抗体溶液を加え、37℃で1時間インキュベーションし、細胞をPBS(-)にて2回洗浄した後、2%BSA含有PBS(-)にAlexa488標識抗ウサギIgG抗体及びAlexa594標識抗マウスIgG抗体を添加した二次抗体溶液を加え、37℃で1時間インキュベーションした。
【0048】
細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、蛍光顕微鏡を用いて観察し、メチル化シトシンについては、5mCを赤色の蛍光として、DAPIを青色の蛍光として画像を撮影した。また、Wnt1とβ-アクチンの発現については、それぞれ緑色の蛍光及び赤色の蛍光として画像を撮影した。取得した画像について、Image J(NIH)を用いて蛍光強度を指標に5mC量及び総DNA量を測定し、相対DNAメチル化量(赤色の蛍光強度/青色の蛍光強度)を算出した。UVBを照射せず、かつ試料を添加せずに培養した細胞における相対DNAメチル化量を1.0とし、これに対し、UVBを照射した細胞及びUVBを照射し、かつ試料を添加して培養した細胞における相対DNAメチル化量の値を算出し、評価した。Wnt1とβ-アクチンの発現については、取得した画像について、Image J(NIH)を用いて蛍光強度を指標に各タンパク質の発現量を測定し、Wnt1の相対発現量(緑色の蛍光強度/赤色の蛍光強度)を算出した。UVBを照射せず、かつ試料を添加せずに培養した細胞におけるWnt1の相対発現量を1.0とし、これに対し、UVBを照射した細胞、及びUVBを照射し、かつ試料を添加して培養した細胞におけるWnt1の相対発現量の値を算出し、評価した。結果を表2(相対DNAメチル化量(相対メチル化シトシン量))及び表3(相対Wnt1発現量)を示す。
【0049】
【表2】
【0050】
【表3】
【0051】
表2に示すように、カガミグサの抽出物(製造例1-6)の全てに、UVB照射によって誘導されるDNAの脱メチル化に対する抑制効果が認められた。また、表3に示すように、カガミグサの抽出物(製造例1-6)の全てに、UVB照射によって誘導されるWnt1の発現亢進に対する顕著な抑制効果が認められた。
【0052】
(試験例3)紫外線照射によるDNAの脱メチル化に対する再メチル化促進効果及びWnt1の発現抑制効果の評価
次に、一度UVBにより誘導された表皮細胞の過剰なDNAの脱メチル化及びWnt1の発現亢進を、カガミグサの抽出物が正常レベルまで戻すことができるか検討するために以下の試験を行った。
【0053】
正常ヒト表皮角化細胞を、HuMedia-KG2に懸濁し、6ウェルプレートに1x105個ずつ播種した。24時間培養後、培地をPBS(-)に交換し、東芝FL20S・Eランプを用いて紫外線(UVB)を10 mJ/cm2となるように照射した。PBS(-)をHuMedia-KG2に交換し、さらに24時間培養した。この操作を週に4回、2週間行い、合計で8回のUVB照射を実施した。最後のUVB照射から24時間後に、カガミグサの抽出物(製造例1-6)を最終濃度が0.01%になるように添加したHuMedia-KG2に細胞を懸濁し、8ウェルチャンバースライドに1x104個ずつ播種した。72時間後に、細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドを加え、室温で10分間インキュベーションして細胞を固定した。相対的なDNAメチル化量及びWnt1の発現量は試験例2と同様の方法を用いて解析した。結果を表4(相対DNAメチル化量(相対メチル化シトシン量))及び表5(相対Wnt1発現量)を示す。
【0054】
【表4】
【0055】
【表5】
【0056】
表4に示すように、カガミグサの抽出物(製造例1-6)の全てに、UVB照射によって誘導されたDNAの脱メチル化に対する再メチル化促進効果が認められた。また、表5に示すように、カガミグサの抽出物(製造例1-6)の全てに、UVB照射によって誘導されたWnt1の発現亢進に対する顕著な抑制効果が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0057】
カガミグサの抽出物を用いることにより、細胞内のDNAメチル化レベルを調節し、Wntの発現を抑制することができる。よって、本発明は、Wntの発現亢進に関連する色素沈着、悪性腫瘍などの疾患や病態の予防、改善、又は治療を目的とした医薬品、医薬部外品、化粧品の製造分野やDNAメチル化機構の基礎研究において利用できる。