特許第6976114号(P6976114)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6976114
(24)【登録日】2021年11月11日
(45)【発行日】2021年12月8日
(54)【発明の名称】車両制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 50/10 20120101AFI20211125BHJP
   B60W 30/182 20200101ALI20211125BHJP
   B60W 40/114 20120101ALI20211125BHJP
   B60L 15/20 20060101ALI20211125BHJP
   B60L 9/18 20060101ALN20211125BHJP
【FI】
   B60W50/10
   B60W30/182
   B60W40/114
   B60L15/20 J
   !B60L9/18 P
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-180271(P2017-180271)
(22)【出願日】2017年9月20日
(65)【公開番号】特開2019-55643(P2019-55643A)
(43)【公開日】2019年4月11日
【審査請求日】2020年8月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【弁理士】
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100154771
【弁理士】
【氏名又は名称】中田 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雄大
【審査官】 山本 賢明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−183904(JP,A)
【文献】 特開平09−156487(JP,A)
【文献】 特開2016−137740(JP,A)
【文献】 特開平10−244927(JP,A)
【文献】 特開平11−151956(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 50/10
B60W 30/182
B60W 40/114
B60L 15/20
B60L 9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者の操作により車両のヨー応答特性を変えられるヨー応答特性設定手段と、
少なくとも実横加速度から路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定手段と、
前記ヨー応答特性と前記路面摩擦係数から目標ヨーレートを計算する目標ヨーレート計算手段と、
前記車両の少なくとも車速と実ヨーレートと実横加速度から横滑り角速度を計算する横滑り角速度計算手段と、
少なくとも前記横滑り角速度から横滑り角を計算する横滑り角計算手段とを備えた車両制御装置であって、
前記目標ヨーレートに基づくヨーモーメント、および前記目標ヨーレートと前記実ヨーレートとの偏差に基づくヨーモーメントの両方、またはいずれか一方を計算する設定値重視モーメント指令部と、
前記横滑り角速度と前記横滑り角に基づいてヨーモーメントを計算する横滑り対応モーメント指令部と、
前記設定値重視モーメント指令部と前記横滑り対応モーメント指令部のそれぞれで計算されたヨーモーメントから前記車両に指令する指令ヨーモーメントを計算する指令ヨーモーメント計算部と、
与えられた制駆動指令および前記指令ヨーモーメントを用いて前記車両の走行駆動源を制御する制駆動力制御装置とを備え、
前記設定値重視モーメント指令部は前記ヨー応答特性設定手段に設定された前記ヨー応答特性と操舵角と車速に応じてヨーモーメントを決定し、前記横滑り対応モーメント指令部は前記ヨー応答特性設定手段に設定された前記ヨー応答特性および操舵角と車速に関係なく、前記横滑り角速度と前記横滑り角の大きさに基づいてヨーモーメントを計算
前記目標ヨーレート計算手段は、前記路面摩擦係数推定手段で推定された前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも小さい場合は、前記ヨー応答特性設定手段に設定されたヨー応答特性から車両本来のヨー応答特性に近付け、前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも大きい場合は車両本来のヨー応答特性から前記ヨー応答特性設定手段に設定されたヨー応答特性に近付ける車両制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両制御装置において、前記設定値重視モーメント指令部は、前記目標ヨーレートに基づいてヨーモーメントを計算する第一モーメント指令部と、前記目標ヨーレートと前記実ヨーレートとの偏差に基づいてヨーモーメントを計算する第二モーメント指令部とを有する車両制御装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の車両制御装置において、前記横滑り対応モーメント指令部は、前記横滑り角速度に対する閾値・Βと前記横滑り角に対する閾値Βを備えており、前記横滑り角速度に対する閾値・Βを前記横滑り角速度が超えた大きさ、または前記横滑り角に対する閾値Βを前記横滑り角が超えた大きさに応じてヨーモーメントを出力する車両制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の車両制御装置において、前記横滑り対応モーメント指令部は、備わった前記横滑り角速度に対する閾値・Βと、前記横滑り角に対する閾値Βを、前記路面摩擦係数に応じて値を変化させる車両制御装置。
【請求項5】
請求項3または請求項4に記載の車両制御装置において、前記横滑り対応モーメント指令部は、備わった前記横滑り角速度に対する閾値・Βと前記横滑り角に対する閾値Βにつき、前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも小さい場合はそれぞれの閾値・Β,Βを小さくし、前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも大きい場合はそれぞれの閾値・Β,Βを大きくする車両制御装置。
【請求項6】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の車両制御装置において、前記横滑り対応モーメント指令部は、前記車両が旋回方向に対して内向きになった時にのみ、ヨーモーメントを指令する車両制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、運転者主体制御と車両姿勢制御の切り替えが行可能な車両制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1によれば、目標ヨーレートと実ヨーレートの偏差に応じたモーメントを第1慣性補償モーメント、前後タイヤ位置相当の横滑り角に応じたモーメントを第2慣性補償モーメントとして、操舵速度が早い場合は第1慣性補償モーメントよりも第2慣性補償モーメントの配分を大きくし、操舵速度が遅い場合は第2慣性補償モーメントよりも第1慣性補償モーメントの配分を大きくして制駆動力を発生させる。さらに、滑り易い路面ほど第1慣性補償モーメントの割合が大きくなるように第1と第2の慣性補償モーメントの割合を変える事で、前後のモーメントの配分が変化して旋回性と安定性の両立が図られる。
【0003】
特許文献2によれば、目標ヨーレートと実ヨーレートの偏差に基づいた第1の制御量(アンダーステア抑制)と、横滑り角速度に基づいた第2の制御量(オーバーステア抑制)について、相互のモーメントの向きが逆に発生してしまうのを抑える為、第1の制御量と第2の制御量の絶対値のうち大きい方のアクチュエータを選択し、第1と第2の制御量の和をアクチュエータの制御量としてモーメントを発生させる事で車両のコントロール性を向上させる。
【0004】
特許文献3によれば、目標ヨーレートと実ヨーレートの偏差に応じて後輪のステアリング特性を変化させて偏差を小さくし、検出した横滑り角または横滑り角速度が大きくなった場合は、目標ヨーレートを小さくして実ヨーレートとの偏差を早急に減少させる。
【0005】
特許文献4によれば、運転者の希望する旋回度合に応じて決まる後輪の目標スリップ角と実スリップ角の偏差を小さくするヨーモーメントと、目標ヨーレートと実ヨーレートの偏差を小さくするヨーモーメントがあり、車両のスピン状態量が低いほどヨーレート偏差に応じたヨーモーメントの重みを大きくし、スピン状態量が高いほどスリップ角偏差に応じたヨーモーメントの重みを大きくする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2016−190536号公報
【特許文献2】特許第4890062号公報
【特許文献3】特開平5−301574号公報
【特許文献4】特開平9−99826号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1において、操舵速度でモーメントの配分を切り替える場合、運転者の操舵に依存してしまう為、例えば操舵速度が遅い運転者であると第2慣性補償モーメントの効果が十分に発揮できず、安定性を損なってしまう。
特許文献2において、横滑り角を用いずに横滑り角速度のみでモーメントを発生させる場合、例えば積雪路などの低μ路面で見られるような「徐々に横滑りしてしまう場面」に陥ると、横滑り角速度による制御量よりもヨーレート偏差に応じた制御量の方が大きくなってしまい、スピンを助長してしまう可能性がある。
【0008】
特許文献3において、横滑り角および横滑り角速度に応じて目標ヨーレートを下げると、スピンの抑制には効果的であるがドリフトアウトの危険性が高まってしまう可能性がある。
特許文献4において、例えば車速と舵角から目標スリップ角を計算する場合、スピン状態量が高い時に運転者の操舵が不安定になると目標スリップ角が変化してしまうため、スリップ角偏差に応じたヨーモーメントによるスピン抑制の効果が損なわれてしまう可能性がある。
【0009】
この発明は、上記課題を解決するためになされたもので、運転者が任意に旋回特性を決定する事ができる手段を持った車両において、スピンの危険がある時はスピンを抑制するためのヨーモーメントが指令されて、運転者主体の車両運動と姿勢制御主体の車両運動とを両立させ、旋回性と安定性を両立させることができる車両制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明の車両制御装置は、
運転者の操作により車両1のヨー応答特性を変えられるヨー応答特性設定手段16と、少なくとも実横加速度から路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定手段17と、
前記ヨー応答特性と前記路面摩擦係数から目標ヨーレートを計算する目標ヨーレート計算手段24と、
前記車両1の少なくとも車速と実ヨーレートと実横加速度から横滑り角速度を計算する横滑り角速度計算手段27と、
少なくとも前記横滑り角速度から横滑り角を計算する横滑り角計算手段28とを備えた車両制御装置であって、
前記目標ヨーレートに基づくヨーモーメント、および前記目標ヨーレートと前記実ヨーレートとの偏差に基づくヨーモーメントの両方、またはいずれか一方を計算する設定値重視モーメント指令部18と、
前記横滑り角速度と前記横滑り角に基づいてヨーモーメントを計算する横滑り対応モーメント指令部19と、
前記設定値重視モーメント指令部18と前記横滑り対応モーメント指令部19のそれぞれで計算されたヨーモーメントから前記車両1に指令する指令ヨーモーメントを計算する指令ヨーモーメント計算部21と、
与えられた制駆動指令および前記指令ヨーモーメントを用いて前記車両の走行駆動源を制御する制駆動力制御装置23とを備え、
前記設定値重視モーメント指令部18は前記ヨー応答特性設定手段に設定された前記ヨー応答特性と操舵角と車速に応じてヨーモーメントを決定し、前記横滑り対応モーメント指令部19は前記ヨー応答特性設定手段16に設定された前記ヨー応答特性および操舵角と車速に関係なく、前記横滑り角速度と前記横滑り角の大きさに基づいてヨーモーメントを計算する。
【0011】
この構成の車両制御装置によると、運転者が任意に旋回特性を決定する事ができる手段であるヨー応答特性設定手段16を持った車両1において、前記運転者が任意に設定した目標旋回特性を実現するためのヨーモーメントを設定値重視モーメント指令部18で指令し、前記目標旋回特性によらずスピンの危険がある時はスピンを抑制するためのヨーモーメントを横滑り対応モーメント指令部19で指令する。これにより、「運転者主体の車両運動」と「姿勢制御主体の車両運動」が両立し、旋回性が安定性を両立する。
【0012】
具体的には、前記設定値重視モーメント指令部18は、前記目標ヨーレートに基づいてヨーモーメントを計算する第一モーメント指令部18aと、前記目標ヨーレートと前記実ヨーレートとの偏差に基づいてヨーモーメントを計算する第二モーメント指令部18bとを有する。
第一モーメント指令部18aは、前記目標ヨーレートを実現するヨーモーメントを計算する指令部であり、フィードフォワード制御を行う。第二モーメント指令部18bは、前記目標ヨーレートと実ヨーレートの偏差を小さくするヨーモーメントを計算し、フィードバック制御を行う。
横滑り対応モーメント指令部19は、少なくとも車速と実ヨーレートと実横加速度から計算した横滑り角速度と横滑り角の大きさからスピンを抑制するヨーモーメントを計算する。すなわち、スピン制御を行う。
この場合に、路面摩擦係数が高い時は、前記第一モーメント指令部18aで計算されたヨーモーメントが支配的となって運転者の要望する旋回特性が実現され、前記第二モーメント指令部18bで計算されたヨーモーメントは前記第一モーメント指令部の支援とドリフトアウトの抑制を行う。ただし、前記横滑り角速度と前記横滑り角からスピンの危険性があると判断される場合は、前記横滑り対応モーメント指令部19で計算されたヨーモーメントが支配的となって指令する事でスピンを未然に防ぐ。換言すれば、前記横滑り対応モーメント指令部19は、運転者の意思によらずスピンの危険性がある時は早期に旋回方向とは逆向きのヨーモーメントを指令する。
これにより、運転者主体の車両運動と姿勢制御主体の車両運動とを両立させ、旋回性と安定性を両立させることが、具体的に行える。
【0013】
この発明において、前記横滑り対応モーメント指令部19は、前記横滑り角速度に対する閾値・Βと前記横滑り角に対する閾値Βを備えており、前記横滑り角速度に対する閾値・Βを前記横滑り角速度が超えた大きさ、または前記横滑り角に対する閾値Β
を前記横滑り角が超えた大きさに応じてヨーモーメントを出力するようにしてもよい。
このような不感帯を設ける事で、指令するタイミングを調整する事ができる。
【数1】
【0014】
この構成の場合に、前記横滑り対応モーメント指令部19は、備わった前記横滑り角速度に対する閾値・Βと、前記横滑り角に対する閾値Βは、前記路面摩擦係数に応じて値を変化させるようにしてもよい。
路面摩擦係数に応じて閾値・Β,Βを変える事でヨーモーメントの指令タイミングを制御する事ができる。
【0015】
この発明において、前記横滑り対応モーメント指令部19は、備わった前記横滑り角速度に対する閾値・Βと前記横滑り角に対する閾値Βにつき、前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも小さい場合はそれぞれの閾値・Β,Βを小さくし、前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも大きい場合はそれぞれの閾値・Β,Βを大きくするようにしてもよい。
閾値・Β,Βを小さくする事で、低μ路で素早くスピンを抑制する事ができる。
【0016】
この発明において、前記横滑り対応モーメント指令部19は、前記車両1が旋回方向に対して内向きになった時にのみ、ヨーモーメントを指令するようにしてもよい。
これにより、設定値重視モーメント指令部18との干渉、具体的には第二モーメント指令部18bとの干渉を防止することができる。
なお、前記「車両が旋回方向に対して内向きになった時」は、換言すれば、前記横滑り角速度もしくは前記横滑り角が前記車両1の向きに対して旋回外側になった時である。
【0017】
この発明において、前記目標ヨーレート計算手段24は、前記路面摩擦係数推定手段17で推定された前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも小さい場合は、前記ヨー応答特性設定手段16に設定されたヨー応答特性から車両本来のヨー応答特性に近付け、前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも大きい場合は車両本来のヨー応答特性から前記前記ヨー応答特性設定手段16に設定されたヨー応答特性に近付けるようにしてもよい。
路面摩擦係数が小さくなったら、第一モーメント指令部18aの効果を小さくしていく事で安全性を高めることができる。
具体的には、路面摩擦係数μが低い時は、μの低下に伴い運転者が任意に設定したヨー応答特性から車両1が本来持つヨー応答特性に近付けていく事で、第一モーメント指令部18aで計算されるヨーモーメントはゼロになる。第二モーメント指令部18bは、車両本来のヨー応答特性を実現する目標ヨーレートに実ヨーレートを追従させるようにヨーモーメントを発生させ、横滑り対応モーメント指令部19は横滑り角速度と横滑り角それぞれに設けられた閾値・Β,Βをμの低下に伴い下げていく事でヨーモーメントを発生させ易くし、スピンを抑制する。
【発明の効果】
【0018】
この発明の車両制御装置は、運転者の操作により車両のヨー応答特性を変えられるヨー応答特性設定手段と、少なくとも実横加速度から路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定手段と、前記ヨー応答特性と前記路面摩擦係数から目標ヨーレートを計算する目標ヨーレート計算手段と、前記車両の少なくとも車速と実ヨーレートと実横加速度から横滑り角速度を計算する横滑り角速度計算手段と、少なくとも前記横滑り角速度から横滑り角を計算する横滑り角計算手段とを備えた車両制御装置であって、前記目標ヨーレートに基づくヨーモーメント、および前記目標ヨーレートと前記実ヨーレートとの偏差に基づくヨーモーメントの両方、またはいずれか一方を計算する設定値重視モーメント指令部と、前記横滑り角速度と前記横滑り角に基づいてヨーモーメントを計算する横滑り対応モーメント指令部と、前記設定値重視モーメント指令部と前記横滑り対応モーメント指令部のそれぞれで計算されたヨーモーメントから前記車両に指令する指令ヨーモーメントを計算する指令ヨーモーメント計算部と、与えられた制駆動指令および前記指令ヨーモーメントを用いて前記車両の走行駆動源を制御する制駆動力制御装置とを備え、前記設定値重視モーメント指令部は前記ヨー応答特性設定手段に設定された前記ヨー応答特性と操舵角と車速に応じてヨーモーメントを決定し、前記横滑り対応モーメント指令部は前記ヨー応答特性設定手段に設定された前記ヨー応答特性および操舵角と車速に関係なく、前記横滑り角速度と前記横滑り角の大きさに基づいてヨーモーメントを計算するため、運転者が任意に旋回特性を決定する事ができる手段を持った車両において、スピンの危険がある時はスピンを抑制するためのヨーモーメントが指令されて、運転者主体の車両運動と姿勢制御主体の車両運動とを両立させ、旋回性と安定性を両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】この発明の一実施形態に係る車両制御装置を搭載した車両の制御系の概念構成を示す説明図である。
図2】同車両制御装置の概念構成を示すブロック図である。
図3】同車両制御装置でサイン操舵を行っている時に、路面摩擦係数の変化に伴う各ヨーモーメント計算手段で指令するヨーモーメントの大きさを示すグラスである。
図4】同車両制御装置の第一ヨーモーメント計算手段における、ヨー応答特性を決めるヨー応答特性ゲインと第一ヨーモーメント計算手段で計算されたヨーモーメントの関係を表したグラフである。
図5】同車両制御装置の第二ヨーモーメント計算手段における、ヨーレート偏差とヨーモーメントの関係を表したグラフである。
図6】同車両制御装置の第三ヨーモーメント計算手段における、横滑り角速度とヨーモーメントの関係を表すグラフである。
図7】同車両制御装置の第三ヨーモーメント計算手段における、横滑り角とヨーモーメントの関係を表すグラフである。
図8】旋回中の車両の滑りを表すグラフである。
図9】インホイールモータ駆動装置の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
この発明の一実施形態を図面と共に説明する。
図1は、4輪にインホイールモータ駆動装置3を搭載した車両1の概略図である。インホイールモータ駆動装置は、図では「IWM」と略称する場合がある。インホイールモータ駆動装置3は、例えば図9に示すように、車輪用軸受5と、電動機4と、この電動機4の回転出力を車輪用軸受5の回転輪となるハブ輪5aに減速して伝達する減速機6とを備え、前記ハブ輪5aに車輪2のホイールが取付けられる。電動機4は、例えば同期モータ等の交流モータであり、ステータ4aとロータ4bとを有する。インホイールモータ駆動装置3は、車輪回転速度センサ7を備えている。
【0021】
図1において、車両1には、アクセル・ブレーキセンサ11、車速センサ12、舵角センサ13、ヨーレートセンサ14、横加速度センサ15、およびヨー応答特性設定手段16が備わっており、これらの信号はメインのECU8に入力される。各車輪2のインバータ装置9は、ECU8およびヨーモーメント計算装置20を介して制駆動力制御装置23から指令が与えられる。アクセル・ブレーキセンサ11は、アクセルペダルの踏み込み量を検出するアクセルセンサと、プレーキペダルの踏み込み量を検出するブレーキセンサとを総称して示す。ヨー応答特性設定手段16は、車室内に設けられた所定の操作スイッチ(図示せず)をドライバーにより操作することで任意に複数段または無段階でヨー応答特性が設定出来るようにした手段であり、操作を行う手段と設定特性の記憶を行う手段とを有する。ヨー応答特性設定手段16は、例えば、スポーティー走行モードと通常走行モードとの2段階に切り換える構成であってもよい。
【0022】
車両1は、ECU8から出力された信号から路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定部17と、ヨーモーメント計算装置20を構成する設定値重視モーメント指令部18および横滑り対応モーメント指令部19と、指令ヨーモーメント計算部21とを有する。設定値重視モーメント指令部18は、前記ECU8から出力された信号からヨーモーメントを計算する第一モーメント指令部18a、および第二モーメント指令部18bを有する。これらの指令部18、19から計算されたヨーモーメントは、車両1に指令するヨーモーメントを計算する指令ヨーモーメント計算部21に入力される。指令するヨーモーメントが決定したのち、インバータトルク指令装置22から、制駆動力制御装置23を構成する各車輪2のインバータ装置3に指令トルク相当の電流を出力する。
【0023】
設定値重視モーメント指令部18は、目標ヨーレートに基づくヨーモーメント、および目標ヨーレートと実ヨーレートとの偏差に基づくヨーモーメントの両方、またはいずれか一方を計算する手段であり、ヨー応答特性設定手段16に設定されたヨー応答特性と操舵角と車速に応じてヨーモーメントを決定する。
横滑り対応モーメント指令部19は、横滑り角速度と横滑り角に基づいてヨーモーメントを計算する手段であり、ヨー応答特性設定手段16に設定された前記ヨー応答特性および操舵角と車速に関係なく、前記横滑り角速度と前記横滑り角の大きさに基づいてヨーモーメントを計算する。
【0024】
図2は、前記車両制御装置20を主に車両1のシステム構成を示した概要図である。この車両1では、前記路面摩擦係数推定部17から得た路面摩擦係数を用い、前記設定値重視モーメント指令部18を構成する第一モーメント指令部18aおよび第二モーメント指令部18bと、横滑り対応モーメント指令部19との計3つの指令部からそれぞれヨーモーメントの指令値を出力している。これらのヨーモーメントは指令ヨーモーメント計算部21に入力され、指令ヨーモーメント計算部21は一つの指令ヨーモーメントを出力する。
制駆動力計算装置32は、ECU8から指令されるアクセル・ブレーキトルク指令を基に、前記指令ヨーモーメントを用いて各車輪2に分配する制駆動力を計算する。インバータトルク指令装置33は、前記制駆動力が入力され、各車輪2のインバータ装置9へ出力するインバータトルク指令値を生成する。前記制駆動力計算装置32とインバータトルク指令装置33とで、前記制駆動力制御装置23が構成される。
路面摩擦係数推定部17には、ECU8から実横加速度が入力される。実横加速度と路面摩擦係数の大きさはおおよそ一致する事から、路面摩擦係数推定部17は、実横加速度から路面摩擦係数の推定を行い出力する。
【0025】
第一モーメント指令部18aは、目標ヨーレート計算手段24および第一ヨーモーメント計算手段31を有する。目標ヨーレート計算手段24には、ECU8から車速、舵角、ヨー応答特性が、路面摩擦係数推定手段17から路面摩擦係数がそれぞれ入力される。目標ヨーレート計算手段24は、これらの値から目標ヨーレートを計算し、第一ヨーモーメント指令部18aと、第二モーメント指令部18bを構成するヨーレート偏差計算手段25に出力する。目標ヨーレートが入力された第一ヨーモーメント計算手段18aは、目標ヨーレートを実現するためのヨーモーメントを計算し、指令ヨーモーメント計算部21に出力する。
【0026】
第二モーメント指令部18bにあるヨーレート偏差計算手段25には、前記目標ヨーレートが入力され、ECU8からは実ヨーレートが入力される。ヨーレート偏差計算手段25は、これらの値からヨーレート偏差を計算し、第二ヨーモーメント指令部18bを構成する第二ヨーモーメント計算手段26に出力する。第二ヨーモーメント計算手段26は、入力されたヨーレート偏差を小さくするようなヨーモーメントを計算し、指令ヨーモーメント計算部21に出力する。
【0027】
横滑り対応モーメント指令部19にある横滑り角速度計算手段27にECU8から、車速、実ヨーレート、および実横加速度が入力される。横滑り角速度計算手段27は、これらの値から横滑り角速度を計算し、横滑り角計算手段28と第三ヨーモーメント計算手段29に出力する。横滑り角計算手段28は、入力された横滑り角速度から横滑り角を計算する。第三ヨーモーメント計算手段29には、横滑り角速度、横滑り角、路面摩擦係数が入力される。第三ヨーモーメント計算手段29は、路面摩擦係数に応じて変化する閾値・Β(横滑り角速度に対する閾値)と閾値Β(横滑り角に対応する閾値)とが備わっていて、横滑り角速度については閾値・Βを超えた大きさ、横滑り角については閾値Βを超えた大きさに応じてヨーモーメントを計算し、指令ヨーモーメント計算部21に出力する。
【0028】
指令ヨーモーメント計算部21は、第一ヨーモーメント計算手段31、第二ヨーモーメント計算手段26、および第三ヨーモーメント計算手段29のそれぞれから出力されるヨーモーメントから、定められた規則により一つのヨーモーメントを計算して制駆動力計算装置32に出力する。この実施形態では、前記第一ないし第三のヨーモーメント計算手段31、26、29で計算されたヨーモーメントを単純に加算し、前記一つのヨーモーメントとする。
制駆動力計算装置32は、入力されたヨーモーメントと、ECU8から出力されたアクセル・ブレーキ指令トルクが入力され、これらの値から、各車輪2に指令する制駆動力を計算して、インバータトルク指令装置33に出力する。
インバータトルク指令装置33は、制駆動力計算装置32から各車輪2の指令制駆動力が入力されると、これら指令制駆動力に対応するインバータトルク指令値に変換して各車輪2のインバータ装置9に指令する。各車輪2のインバータ装置2は、入力されたトルク指令値を電流値に変換し、各車輪2に搭載されたインホイールモータ駆動装置3を駆動する。
【0029】
上記構成の作用の概略を説明する。この車両制御装置は、運転者が任意に旋回特性を決定する事ができる手段としてヨー応答特性設定手段16を有しており、前記運転者が任意に設定した目標旋回特性を実現するためのヨーモーメントと、前記目標旋回特性によらずスピンの危険がある時はスピンを抑制するためのヨーモーメントを指令して「運転者主体の車両運動」と「姿勢制御主体の車両運動」を両立する事で旋回性と安定性を両立する。
【0030】
具体的には、車両2は運転者がヨー応答特性設定手段16に任意に設定したヨー応答特性により目標ヨーレートを決定する手段として設定値重視モーメント指令部18を持っており、これには前記目標ヨーレートを実現するヨーモーメントを計算する第一モーメント指令部18a(フィードフォワード制御を行う)と、前記目標ヨーレートと実ヨーレートの偏差を小さくするヨーモーメントを計算する第二モーメント指令部18b(フィードバック制御を行う)と、少なくとも車速と実ヨーレートと実横加速度から計算した横滑り角速度と横滑り角の大きさからスピンを抑制するヨーモーメントを計算する横滑り対応モーメント指令部19(スピン制御を行う)とを有し、また少なくとも実横加速度から路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定部17を備えている。
【0031】
路面摩擦係数が高い時は、前記第一モーメント指令部18aで計算されたヨーモーメントが支配的となって運転者の要望する旋回特性を実現し、前記第二モーメント指令部18bで計算されたヨーモーメントは前記第一モーメント指令部18aの支援とドリフトアウトの抑制を行う。ただし、前記横滑り角速度と前記横滑り角からスピンの危険性があると判断した場合は、前記横滑り対応モーメント指令部19で計算されたヨーモーメントが支配的となる事でスピンを未然に防ぐ。
なお、上述したように、指令ヨーモーメント計算手段21は第一ないし第三ヨーモーメント計算手段31,26,29で計算されたヨーモーメントの単純な加算を行うため、スピンをしない限り、横滑り対応モーメント指令部19の指令ヨーモーメントはゼロで第一モーメント指令部18aの指令ヨーモーメントが支配的になるが、スピンの予兆がある時は、第一モーメント指令部18aの指令ヨーモーメントよりも横滑り対応モーメント指令部19の指令ヨーモーメントの方が圧倒的に大きく支配的になる。ただし、第一モーメント指令部18aの指令ヨーモーメントはゼロにはならない。
【0032】
路面摩擦係数が低い時は、μの低下に伴い運転者が任意に設定したヨー応答特性から車両1が本来持つヨー応答特性に近付けていく事で、第一モーメント指令部18aで計算されるヨーモーメントはゼロになる。第二モーメント指令部26は、車両本来のヨー応答特性を実現する目標ヨーレートに実ヨーレートを追従させるようにヨーモーメントを発生させ、横滑り対応モーメント指令部19は横滑り角速度と横滑り角それぞれに設けられた閾値・Β,Βをμの低下に伴い下げていく事でヨーモーメントを発生させやすくし、スピンを抑制する。
【0033】
以下、作用の詳細と上記構成の補足を行う。
図3は、サイン操舵(サイン波状に操舵の方向を変える操舵)を行っている時に、路面摩擦係数の変化に伴う第一ないし第三の各ヨーモーメント計算手段31、26、29で指令するヨーモーメントの大きさを示している。路面摩擦係数が大きい時は、第一ヨーモーメント計算手段31で計算された第一ヨーモーメントが最も大きく、第二ヨーモーメント計算手段26で計算された第二ヨーモーメントが小さく、第三ヨーモーメント計算手段29で計算された第三ヨーモーメントはスピン傾向にならない限りゼロになる。路面摩擦係数が低下していくにつれスピンの危険性が高まるため、第三ヨーモーメントが最も大きくなり、第二ヨーモーメントが第三ヨーモーメントに続いて大きくなり、第一ヨーモーメントは極微小もしくはゼロになる。
【0034】
図4は、第一ヨーモーメント計算手段31における、ヨー応答特性を決めるヨー応答特性ゲインと第一ヨーモーメント計算手段31で計算されたヨーモーメントの関係を表したグラフである。●印は運転者が任意に設定したヨー応答特性ゲイン、〇印は路面摩擦係数の減少に伴い変化したヨー応答特性ゲインを表している。舵角と車速が同じだとすれば、ヨー応答特性ゲインを上げると旋回内向きのヨーモーメントが発生し、ヨー応答特性ゲインを下げると旋回外向きのヨーモーメントが発生する。路面摩擦係数の低下によって、運転者が任意に設定したヨー応答特性ゲイン(●)は、車両本来のヨー応答特性ゲイン(1)に近付いていく。反対に、路面摩擦係数が増加すれば、車両本来のヨー応答特性ゲイン(1)から運転者が任意に設定したヨー応答特性ゲイン(●)に近付いていく。
【0035】
図5は、第二ヨーモーメント計算手段26における、ヨーレート偏差とヨーモーメントの関係を表したグラフである。目標ヨーレートが実ヨーレートよりも大きい場合は車両1がプロー傾向になっている為、ヨーモーメントは旋回内向きに発生させる事でこれを解消する。反対に、目標ヨーレートが実ヨーレートよりも小さい場合は車両1がスピン傾向になっている為、ヨーモーメントは旋回外向きに発生させる事でこれを解消する。
【0036】
図6は、第三ヨーモーメント計算手段29における、横滑り角速度とヨーモーメントの関係を表している。時々刻々変化する横滑り角速度が閾値・Βを超えた時に、その超えた大きさに応じてヨーモーメントを指令する。ただし、路面摩擦係数が低下した場合は閾値Βを減少させる事で、低μ路でも即座にヨーモーメントを発生させてスピンを抑制できる。
【0037】
図7は、第三ヨーモーメント計算手段29における、横滑り角とヨーモーメントの関係を表している。時々刻々変化する横滑り角が閾値・Βを超えた時に、その超えた大きさに応じてヨーモーメントを指令する。ただし、路面摩擦係数が低下した場合は閾値・Βを減少させる事で、低μ路でも即座にヨーモーメントを発生させてスピンを抑制できる。
【0038】
図8は、旋回中の車両1の滑りを表している。左側の図は、旋回円の接線方向に対して車両1が旋回外側に向いている状態を表していて、この状態が「US(アンダーステア、ドリフトアウト状態)」となる。右側の図は、旋回円の接線方向に対して車両が旋回内側に向いている状態を表していて、この状態が「OS(オーバーステア、スピン状態)」となる。前記第三ヨーモーメント計算手段29では、図8の右側の状態つまりOSの時にしかヨーモーメントを指令しないようにしている。
【0039】
ここで、横滑り角速度を求める式を(1)、横滑り角を求める式を(2)に示す。横滑り角速度は、実横加速度Gy、車速V 、実ヨーレートyaから求め、横滑り角は横滑り角速度の時間積分から算出する。
【0040】
【数2】
【0041】
この実施形態の車両制御装置によると、このように、運転者の操舵の優先度が高い第一モーメント指令部18aと第二モーメント指令部18bのヨーモーメントと、姿勢制御の優先度が高い横滑り対応モーメント指令部19のヨーモーメントを路面摩擦係数に応じて大きさを変化させる事で旋回性と安定性を両立させる。
【0042】
なお、前記実施形態は、4輪駆動の車両に適用した場合につき説明したが、この発明は前輪または後輪の2輪駆動の車両に適用することができる。また、この発明は、インホイールモータ駆動装置3を備えた車両に限らず、左右の車輪2が独立して駆動できる車両であれば、車台(図示せず)上に電動機等の駆動源を有する車両にも適用することができる。
【0043】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0044】
1…車両
2…車輪
3…インホイールモータ駆動装置
4…電動機
8…ECU
9…インバータ装置
11…アクセル・ブレーキセンサ
12…車速センサ
13…舵角センサ
14…ヨーレートセンサ
15…横加速度センサ
16…ヨー応答特性設定手段
17…路面摩擦係数推定部
18…設定値重視モーメント指令部
18a…第一モーメント指令部
18b…第二モーメント指令部
19…横滑り対応モーメント指令部
20…ヨーモーメント計算装置
21…指令ヨーモーメント計算部
24…目標ヨーレート計算手段
25…ヨーレート偏差計算手段
26…第二ヨーモーメント計算手段
27…横滑り角速度計算手段
28…横滑り角計算手段
29…第三ヨーモーメント計算手段
31…第一ヨーモーメント計算手段
32…制駆動力計算装置
33…インバータトルク指令装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9