【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1において、操舵速度でモーメントの配分を切り替える場合、運転者の操舵に依存してしまう為、例えば操舵速度が遅い運転者であると第2慣性補償モーメントの効果が十分に発揮できず、安定性を損なってしまう。
特許文献2において、横滑り角を用いずに横滑り角速度のみでモーメントを発生させる場合、例えば積雪路などの低μ路面で見られるような「徐々に横滑りしてしまう場面」に陥ると、横滑り角速度による制御量よりもヨーレート偏差に応じた制御量の方が大きくなってしまい、スピンを助長してしまう可能性がある。
【0008】
特許文献3において、横滑り角および横滑り角速度に応じて目標ヨーレートを下げると、スピンの抑制には効果的であるがドリフトアウトの危険性が高まってしまう可能性がある。
特許文献4において、例えば車速と舵角から目標スリップ角を計算する場合、スピン状態量が高い時に運転者の操舵が不安定になると目標スリップ角が変化してしまうため、スリップ角偏差に応じたヨーモーメントによるスピン抑制の効果が損なわれてしまう可能性がある。
【0009】
この発明は、上記課題を解決するためになされたもので、運転者が任意に旋回特性を決定する事ができる手段を持った車両において、スピンの危険がある時はスピンを抑制するためのヨーモーメントが指令されて、運転者主体の車両運動と姿勢制御主体の車両運動とを両立させ、旋回性と安定性を両立させることができる車両制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明の車両制御装置は、
運転者の操作により車両1のヨー応答特性を変えられるヨー応答特性設定手段16と、少なくとも実横加速度から路面摩擦係数を推定する路面摩擦係数推定手段17と、
前記ヨー応答特性と前記路面摩擦係数から目標ヨーレートを計算する目標ヨーレート計算手段24と、
前記車両1の少なくとも車速と実ヨーレートと実横加速度から横滑り角速度を計算する横滑り角速度計算手段27と、
少なくとも前記横滑り角速度から横滑り角を計算する横滑り角計算手段28とを備えた車両制御装置であって、
前記目標ヨーレートに基づくヨーモーメント、および前記目標ヨーレートと前記実ヨーレートとの偏差に基づくヨーモーメントの両方、またはいずれか一方を計算する設定値重視モーメント指令部18と、
前記横滑り角速度と前記横滑り角に基づいてヨーモーメントを計算する横滑り対応モーメント指令部19と、
前記設定値重視モーメント指令部18と前記横滑り対応モーメント指令部19のそれぞれで計算されたヨーモーメントから前記車両1に指令する指令ヨーモーメントを計算する指令ヨーモーメント計算部21と、
与えられた制駆動指令および前記指令ヨーモーメントを用いて前記車両の走行駆動源を制御する制駆動力制御装置23とを備え、
前記設定値重視モーメント指令部18は前記ヨー応答特性設定手段に設定された前記ヨー応答特性と操舵角と車速に応じてヨーモーメントを決定し、前記横滑り対応モーメント指令部19は前記ヨー応答特性設定手段16に設定された前記ヨー応答特性および操舵角と車速に関係なく、前記横滑り角速度と前記横滑り角の大きさに基づいてヨーモーメントを計算する。
【0011】
この構成の車両制御装置によると、運転者が任意に旋回特性を決定する事ができる手段であるヨー応答特性設定手段16を持った車両1において、前記運転者が任意に設定した目標旋回特性を実現するためのヨーモーメントを設定値重視モーメント指令部18で指令し、前記目標旋回特性によらずスピンの危険がある時はスピンを抑制するためのヨーモーメントを横滑り対応モーメント指令部19で指令する。これにより、「運転者主体の車両運動」と「姿勢制御主体の車両運動」が両立し、旋回性が安定性を両立する。
【0012】
具体的には、前記設定値重視モーメント指令部18は、前記目標ヨーレートに基づいてヨーモーメントを計算する第一モーメント指令部18aと、前記目標ヨーレートと前記実ヨーレートとの偏差に基づいてヨーモーメントを計算する第二モーメント指令部18bとを有する。
第一モーメント指令部18aは、前記目標ヨーレートを実現するヨーモーメントを計算する指令部であり、フィードフォワード制御を行う。第二モーメント指令部18bは、前記目標ヨーレートと実ヨーレートの偏差を小さくするヨーモーメントを計算し、フィードバック制御を行う。
横滑り対応モーメント指令部19は、少なくとも車速と実ヨーレートと実横加速度から計算した横滑り角速度と横滑り角の大きさからスピンを抑制するヨーモーメントを計算する。すなわち、スピン制御を行う。
この場合に、路面摩擦係数が高い時は、前記第一モーメント指令部18aで計算されたヨーモーメントが支配的となって運転者の要望する旋回特性が実現され、前記第二モーメント指令部18bで計算されたヨーモーメントは前記第一モーメント指令部の支援とドリフトアウトの抑制を行う。ただし、前記横滑り角速度と前記横滑り角からスピンの危険性があると判断される場合は、前記横滑り対応モーメント指令部19で計算されたヨーモーメントが支配的となって指令する事でスピンを未然に防ぐ。換言すれば、前記横滑り対応モーメント指令部19は、運転者の意思によらずスピンの危険性がある時は早期に旋回方向とは逆向きのヨーモーメントを指令する。
これにより、運転者主体の車両運動と姿勢制御主体の車両運動とを両立させ、旋回性と安定性を両立させることが、具体的に行える。
【0013】
この発明において、前記横滑り対応モーメント指令部19は、前記横滑り角速度に対する閾値・Β
Tと前記横滑り角に対する閾値Β
Tを備えており、前記横滑り角速度に対する閾値・Β
Tを前記横滑り角速度が超えた大きさ、または前記横滑り角に対する閾値Β
T
を前記横滑り角が超えた大きさに応じてヨーモーメントを出力するようにしてもよい。
このような不感帯を設ける事で、指令するタイミングを調整する事ができる。
【数1】
【0014】
この構成の場合に、前記横滑り対応モーメント指令部19は、備わった前記横滑り角速度に対する閾値・Β
Tと、前記横滑り角に対する閾値Β
Tは、前記路面摩擦係数に応じて値を変化させるようにしてもよい。
路面摩擦係数に応じて閾値・Β
T,Β
Tを変える事でヨーモーメントの指令タイミングを制御する事ができる。
【0015】
この発明において、前記横滑り対応モーメント指令部19は、備わった前記横滑り角速度に対する閾値・Β
Tと前記横滑り角に対する閾値Β
Tにつき、前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも小さい場合はそれぞれの閾値・Β
T,Β
Tを小さくし、前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも大きい場合はそれぞれの閾値・Β
T,Β
Tを大きくするようにしてもよい。
閾値・Β
T,Β
Tを小さくする事で、低μ路で素早くスピンを抑制する事ができる。
【0016】
この発明において、前記横滑り対応モーメント指令部19は、前記車両1が旋回方向に対して内向きになった時にのみ、ヨーモーメントを指令するようにしてもよい。
これにより、設定値重視モーメント指令部18との干渉、具体的には第二モーメント指令部18bとの干渉を防止することができる。
なお、前記「車両が旋回方向に対して内向きになった時」は、換言すれば、前記横滑り角速度もしくは前記横滑り角が前記車両1の向きに対して旋回外側になった時である。
【0017】
この発明において、前記目標ヨーレート計算手段24は、前記路面摩擦係数推定手段17で推定された前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも小さい場合は、前記ヨー応答特性設定手段16に設定されたヨー応答特性から車両本来のヨー応答特性に近付け、前記路面摩擦係数が所定時間前の値よりも大きい場合は車両本来のヨー応答特性から前記前記ヨー応答特性設定手段16に設定されたヨー応答特性に近付けるようにしてもよい。
路面摩擦係数が小さくなったら、第一モーメント指令部18aの効果を小さくしていく事で安全性を高めることができる。
具体的には、路面摩擦係数μが低い時は、μの低下に伴い運転者が任意に設定したヨー応答特性から車両1が本来持つヨー応答特性に近付けていく事で、第一モーメント指令部18aで計算されるヨーモーメントはゼロになる。第二モーメント指令部18bは、車両本来のヨー応答特性を実現する目標ヨーレートに実ヨーレートを追従させるようにヨーモーメントを発生させ、横滑り対応モーメント指令部19は横滑り角速度と横滑り角それぞれに設けられた閾値・Β
T,Β
Tをμの低下に伴い下げていく事でヨーモーメントを発生させ易くし、スピンを抑制する。