(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記キノン添加剤は、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の冷凍サイクル装置。
前記キノン添加剤は、1,4−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の冷凍サイクル装置。
前記キノン添加剤は、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項2に記載の冷凍サイクル装置。
前記冷凍機油中に含まれる前記キノン添加剤の量の前記冷凍機油の量に対する比率は、0.1質量%以上10質量%以下である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の冷凍サイクル装置。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本開示の実施の形態に係る冷凍サイクル装置および圧縮機について図面に基づいて説明する。なお、本開示は以降の実施の形態のみに限定されることはなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で変形または省略することが可能である。また、各図において共通する要素には同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0023】
実施の形態1.
<冷凍サイクル装置および圧縮機>
図1は、実施の形態1に係る冷凍サイクル装置の構成図である。
【0024】
図1に示されるように、本実施の形態の冷凍サイクル装置は、圧縮機1、凝縮器2、膨張弁3および蒸発器4を備える。これらが冷媒配管5a〜5dによって接続されて、冷媒回路5が形成される。
【0025】
冷媒回路5には、ガス状の冷媒が流れており、圧縮機1で冷媒が圧縮される。凝縮器2では、圧縮機1で圧縮したガス状の冷媒が冷却され、高圧液状の冷媒または気液2相の冷媒となる。膨張弁3では、高圧液状の冷媒または気液2相の冷媒が減圧される。蒸発器4では、減圧された冷媒が加熱されて低圧ガス状の冷媒となる。圧縮機1は、蒸発器4によって低圧ガス状となった冷媒を吸引して、再度圧縮する。このようにして、冷凍サイクル装置100の冷媒回路5内を冷媒が循環する。
【0026】
なお、凝縮器送風機6は、凝縮器2に空気を送る構成要素であり、凝縮器2に流れる冷媒が空気と熱交換して熱を吸収または放出することを促進するために設けられている。また、蒸発器送風機7は、蒸発器4に空気を送る構成要素であり、蒸発器4に流れる冷媒が空気と熱交換して熱を吸収または放出することを促進するために設けられている。
【0027】
なお、冷凍サイクル装置は、例えば、冷房および暖房の両方が実施可能な装置、冷房のみが実施可能な装置、または、暖房のみが実施可能な装置のいずれであってもよく、各種の冷凍空調装置に適用可能である。
【0028】
図2は、本実施の形態に係る冷凍サイクル装置の圧縮機の一例を示す断面図である。
図2に示されるように、圧縮機(電動冷媒圧縮機)200は、シェル8を備える。シェルは内部に圧縮機構9を備え、冷媒を内部に流入させるための吸入管10と外部に流出させるための吐出管11が接続されている。圧縮機構9は吸入管10からシェル8に入った冷媒を圧縮して、吐出管11から吐出するように構成されている。
【0029】
なお、圧縮機1は、シャフト12と回転子17と固定子18とを有するモータ部を備えている。圧縮機構9は、このモータ部によって駆動される。
【0030】
そして、これらの圧縮機構9およびモータ部における摺動部を潤滑するための冷凍機油(潤滑油)が、油溜部13に貯留されている。
【0031】
図3は、実施の形態に係る圧縮機が有する回転子の
図2におけるA−A断面を示す断面図である。
【0032】
図3に示されるように、回転子17は、回転子コア43と、複数個の磁石44とを有する。
【0033】
回転子コア43は円盤状の鋼板を複数枚積層させて形成される。また、回転子コア43には複数個の磁石挿入孔43aと複数個の冷媒通過孔43bとシャフト孔43cとが鋼板の積層方向に貫通するように形成される。磁石挿入孔43aには磁石44が挿入される。
【0034】
冷媒通過孔43bは、圧縮機構9にて圧縮された冷媒が通過するための孔であり、冷媒は、ここを通過した後、吐出管11を介して冷媒配管5aへ吐出される。
【0035】
シャフト孔43cにはシャフト12が挿入される。
図4は、実施の形態に係る磁石44の
図3におけるB−B断面を示す断面図である。
【0036】
図4に示されるように、磁石44の表面には皮膜45が設けられることが好ましい。皮膜45は磁石44の表面全体を覆うように形成される。なお、
図4において紙面手前側の磁石44の表面および紙面奥側の磁石44の表面も皮膜45に覆われている。皮膜45の膜厚は特に限定されず、例えば100μm以下の膜厚の皮膜45が形成される。
【0037】
皮膜45は耐熱性および耐油性に優れた無機系皮膜であることがより好ましい。皮膜45は、少なくともアルミニウム(Al)およびケイ素(Si)を含むことが好ましく、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)およびマグネシウム(Mg)を含むことがより好ましい。なお、皮膜45は、リン(P)を含まないことがさらに好ましい。
【0038】
また、磁石44に皮膜45を形成する方法としては、特に限定されず、既存の皮膜形成方法を用いることができる。例えば、スパッタリング、化学的気相堆積法(CVD)、蒸着、イオンプレーティング、イオンビーム蒸着、ディップコート、スピンコート、スプレーコート、メッキおよびその他の方法を適宜選択することができる。
【0039】
固定子18(
図2)は、例えば、ポリエステル製の絶縁フィルムを有する。ここで、ポリエステルとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリブチレンナフタレート(PBN)、ポリトリメチレンテレフタレート(PTT)、ポリ−1,4−シクロヘキサンジメチレンテレフタレート(PCT)、または、それらの共重合体もしくは複合材料などが挙げられる。
【0040】
このように、本実施の形態において、冷凍サイクル装置100は、冷媒と、冷媒を圧縮する圧縮機とを備える。圧縮機は、圧縮機の摺動部を潤滑する冷凍機油を備える。以下、冷媒および冷凍機油について説明する。
【0041】
〔冷媒〕
本実施の形態で用いられる冷媒は、少なくともトリフルオロヨードメタン(CF
3I:R−13I1)を含む。冷媒は、例えば、R−13I1の単一冷媒であってもよく、他の冷媒とR−13I1とを含む混合冷媒であってもよい。
【0042】
R−13I1は、GWPが0.4と極めて低く、ANSI/ASHRAE Standard 34―2019において、燃焼性区分が不燃性(Class 1)に分類される。したがって、R−13I1を含む冷媒は、GWPと燃焼性が低い特性を得ることができる。
【0043】
(R−13I1を含む)冷媒のGWPは、750以下であることが好ましい。GWPが750以下である冷媒は環境性能に優れた冷媒であり、法令上の規制に対する適合性が高い。また、GWPが750以下である冷媒は冷凍サイクル装置として冷凍機のみでなく後述する空気調和機にも使用可能となる。なお、GWPは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第五次評価報告書(AR5)の値(100年値)が用いられる。また、AR5に記載されていない冷媒のGWPは、他の公知文献に記載された値を用いてもよいし、公知の方法を用いて算出または測定した値を用いてもよい。
【0044】
また、冷媒は、ANSI/ASHRAE Standard 34―2019において燃焼性区分が不燃性に分類される冷媒であることが好ましい。不燃性に分類される冷媒は、冷凍サイクル装置に漏洩した冷媒を拡散させる手段、設備または構造と、冷媒漏洩を検知するセンサと、センサが冷媒漏洩を検知した時に発報する発報装置と、を設ける必要がなくなる。また、不燃性に分類される冷媒は、法令上の規制で可燃性冷媒の使用が認められていない地域でも使用可能である。
【0045】
また、冷媒は、R−32(CH
2F
2)を含んでいることが好ましい。R−32を含むことによって、高い冷凍能力および高いエネルギー効率を確保することができる。
【0046】
また、冷媒は、R−32に加えて、R−125(C
2HF
5)を含んでいることがより好ましい。R−125を含むことによって、冷媒の相変化の開始温度と終了温度の温度差である温度勾配を縮小することができる。
【0047】
したがって、R−32とR−125とR−13I1とを含む混合冷媒は、GWPと燃焼性が低く、且つ、当該混合冷媒を用いることで冷凍能力とエネルギー効率に優れた冷凍サイクル装置を提供することができる。
【0048】
好適な冷媒の一例としては、R−13I1を39質量%以上40質量%以下、R−32を47質量%以上49.5質量%以下、R−125を11質量%以上13.5質量%以下含み、R−13I1、R−32およびR−125の含有率の和が100質量%である冷媒が挙げられる。その中でも、特に好適な冷媒の一例としては、R−13I1を39.5質量%、R−32を49質量%、R−125を11.5質量%含む冷媒が挙げられる。このような組成を有する冷媒は、GWPが733であり、燃焼性区分が不燃性(Class 1)に分類される。
【0049】
また、冷媒は、不飽和結合を有するハロゲン化炭化水素とR−13I1との混合冷媒、または、それらにR−32、R−125、R−134a、R−152a、R−41等のハイドロフルオロカーボンを混合してなる冷媒であってもよい。不飽和結合を有するハロゲン化炭化水素は、少なくとも一つの炭素−炭素二重結合または炭素−炭素三重結合を有し、さらに、少なくとも一つのハロゲン元素(F、Cl、Br、I等)を有する炭化水素である。不飽和結合を有するハロゲン化炭化水素は、R−32やR−125等のハイドロフルオロカーボンと比較してGWPが低く、混合することで冷媒のGWPを低下させることができる。
【0050】
不飽和結合を有するハロゲン化炭化水素の具体例としては、
HFO−1141、R−1132a、HFO−1132(E)、HFO−1132(Z)、HFO−1123等のハイドロフルオロエチレン、
HFO−1225ye(Z)、HFO−1225ye(E)、HFO−1225zc、R−1234yf、R−1234ze(E)、HFO−1234ze(Z)、HFO−1234ye(Z)、HFO−1234ye(E)、HFO−1243zf、HFO−1252zf、HFO−1261yf等のハイドロフルオロプロピレン、
R−1336mzz(E)、R−1336mzz(Z)、HFO−1336ze(Z)、HFO−1336ze(E)、HFO−1336yf、HFO−1336pyy、HFO−1327cze、HFO−1327et、HFO−1327、HFO−1345czf、HFO−1345fyc、HFO−1345cye、HFO−1345cyf、HFO−1345eye、HFO−1345pyz、HFO−1345pyy(E)、HFO−1345pyy(Z)、HFO−1345zy(E)、HFO−1345zy(Z)等のハイドロフルオロブテン、
R−1224yd(Z)、R−1233zd(E)等のハイドロクロロフルオロプロピレン、
PFO−1216等のパーフルオロオレフィン
などが挙げられる。
【0051】
特に、不飽和結合を有するハロゲン化炭化水素は、冷媒をR−410Aに近い動作圧力を有する混合冷媒とする観点から、ハイドロフルオロエチレンまたはハイドロフルオロプロピレンであることが好ましい。それらの中でも、R−1132a、HFO−1132(E)、HFO−1132(Z)、HFO−1123、HFO−1225ye(Z)、HFO−1225ye(E)、HFO−1225zc、R−1234yf、R−1234ze(E)、HFO−1234ze(Z)、HFO−1234ye(Z)、HFO−1234ye(E)、および、HFO−1243zfがより好ましい。
【0052】
〔冷凍機油〕
本実施の形態で用いられる冷凍機油は、基油およびキノン添加剤を含む。
【0053】
(基油)
基油としては、特に限定されないが、例えば、ポリオールエステル油、ポリビニルエーテル油、ポリアルキレングリコール油、アルキルベンゼン油、アルキルナフタレン油、鉱物油、ポリα―オレフィン油、または、それらの混合物が挙げられる。なお、基油は、直鎖または分岐鎖の炭化水素鎖を有する化合物を含み得る。
【0054】
(キノン添加剤)
キノン添加剤は、1,4−ベンゾキノン、1,2−ベンゾキノン、2−メチル−1,4−ベンゾキノン、2−フェニル−1,4−ベンゾキノン、2−tert−ブチル−1,4−ベンゾキノン、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2,6−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0055】
これらのキノン添加剤は、R−13I1の分解により生成するラジカルを捕捉することができる。したがって、冷凍機油中にこれらのキノン添加剤を配合することで、冷凍サイクル装置および圧縮機の信頼性を向上することができる。以下、キノン添加剤について詳細に説明する。
【0056】
本実施の形態で用いられる冷媒に含まれるR−13I1は、高温で分解(C−I結合が開裂)し、トリフルオロメチルラジカル(CF
3・)およびヨウ化物ラジカル(I・)を生成する。特に、圧縮機のモータ部などの摺動部、圧縮機の冷媒の吐出部は冷媒が高温になるため、冷媒の分解が懸念される。
【0057】
生成したこれらのラジカルは、冷媒回路内の有機化合物などから水素原子(H)を引き抜き、三フッ化メタン(CHF
3:R−23)やヨウ化水素(HI)を生成する。ここでは、例として、トリフルオロメチルラジカルによる有機化合物からの水素原子の引き抜き反応を下記式(1)に示す。ここで、R
1およびR
2はそれぞれ任意の構造である。
【0059】
R−23は、R−13I1よりも低沸点の冷媒であり、R−23の量が増えると冷媒物性に影響を及ぼす虞がある。また、HIは酸性物質であり、金属部材の腐食を引き起こす虞がある。さらに、水素原子の引き抜き反応によりラジカル化した有機化合物が周辺の有機化合物と連鎖的に反応し、高分子量の夾雑物に変化する虞がある。
【0060】
したがって、冷媒回路内に、R−13I1の分解により生成するラジカルを捕捉する物質を含むことで、ラジカルを捕捉し、不活性化することが望ましい。
【0061】
本実施の形態では、R−13I1の分解により生成するラジカルを捕捉する添加剤を、冷凍機油中に含ませる。そして、本発明者らは、ラジカルを捕捉する添加剤として、キノンの一部の化合物が特に有効であることを見出した。
【0062】
化学大辞典(大木道則,ほか 編,第1版,東京化学同人,1989)によれば、キノンとは、芳香族化合物のCH原子団2つをCO原子団に変え、さらに二重結合をキノイド構造(式(2)に示される左側の構造または右側の構造)にするのに必要なだけ動かしてできる化合物の総称である。
【0064】
キノンの中でも、1,4−ベンゾキノンおよび1,4−ナフトキノンは、ラジカル重合による高分子の合成において重合禁止剤として使用される。Bickelらの報告(J.Chem.Soc.,P.1764,1950)によると、キノンが重合禁止剤として生長ラジカルと反応するとき、キノンの酸素原子(C=O結合)が生長ラジカルと反応し、キノンはエーテル化合物に変化する。
【0065】
本発明者らは、キノンが有する不飽和結合であるC=C結合およびC=O結合の各々によるトリフルオロメチルラジカルおよびヨウ化物ラジカルの捕捉反応について、それぞれ密度汎関数法(Density Functional Theory)により反応熱を計算し、最も自発的に進行しやすい反応を求めた。そして、キノンによるトリフルオロメチルラジカルおよびヨウ化物ラジカルの捕捉反応は、C=O結合ではなくC=C結合によって起こることを明らかにした。
【0066】
つまり、本開示では、キノンを重合禁止剤ではない新たな用途で使用している。
キノンによるトリフルオロメチルラジカルおよびヨウ化物ラジカルの捕捉反応は、これらのラジカルによる水素原子の引き抜き反応(式(1)の反応等)と競争的に起こる。このため、本発明者らは、ラジカルによる水素原子の引き抜き反応の進行を抑制して、キノンによるトリフルオロメチルラジカルおよびヨウ化物ラジカルの捕捉反応を進行させるためには、キノンの中でもトリフルオロメチルラジカルおよびヨウ化物ラジカルへの反応性の高い化合物を使用する必要があると考えた。
【0067】
そして、2つの反応が競争的に起こる系において、圧縮機内の冷媒および冷凍機油のように反応物が高温に曝される場合、より反応熱が低い反応(より安定な状態に変化する反応)が優位に起こる。
【0068】
このため、本発明者らは、密度汎関数法により、12種のキノンについて、キノンによるトリフルオロメチルラジカル捕捉反応の反応熱(反応前後でのエンタルピー変化:ΔH)を計算し、式(1)の反応熱と比較した。
【0069】
これにより、本発明者らは、式(1)よりもトリフルオロメチルラジカル捕捉反応の反応熱が低くなり、式(1)の反応を抑制可能であるキノンの種類を明らかにした。
【0070】
密度汎関数法による計算の条件は、以下の通りである。
計算ソフトウェア: GAMESS Version June 30
汎関数: B3LYP
基底関数: 6−311++G(d,p)
RUNTYP: OPTIMIZE
TIMLIM: 600000
MEMORY: 10000000
NSTEP: 200
OPTTOL: 0.0001
なお、式(1)の反応熱の計算においては、冷凍機油などに含まれる有機化合物の炭化水素鎖の簡易構造としてペンタンを使用し、トリフルオロメチルラジカルによるペンタンの第3炭素からの水素抜き取り反応(式(3))(すなわち、キノンによるトリフルオロメチルラジカルの捕捉反応)の反応熱を計算した。その結果、式(3)の反応熱は−31.4kJ/molであることが分かった。
【0072】
12種のキノンとしては、キノンの中でも試薬として入手可能である1,4−ベンゾキノン、1,2−ベンゾキノン、2−メチル−1,4−ベンゾキノン、2−フェニル−1,4−ベンゾキノン、2−tert−ブチル−1,4−ベンゾキノン、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2,6−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、9,10−アントラキノン、1,4−アントラキノン、および、フェナントレンキノンを選定した。
【0073】
表1に、これら12種のキノンについて、キノンによるトリフルオロメチルラジカルの捕捉反応の反応熱を計算した結果を示す。
【0074】
なお、キノンに対してトリフルオロメチルラジカルが付加する位置は、全てのC=C結合およびC=O結合についてトリフルオロメチルラジカル付加後の構造のエネルギーを求めた上で、最もエネルギー的に安定な位置を選定した。
【0076】
表1に示されるように、12種のキノンのうちで、式(3)の反応熱(−31.4kJ/mol)よりも反応熱(ΔH)が小さいキノンは、1,4−ベンゾキノン、1,2−ベンゾキノン、2−メチル−1,4−ベンゾキノン、2−フェニル−1,4−ベンゾキノン、2−tert−ブチル−1,4−ベンゾキノン、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2,6−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、1,4−アントラキノンであることが判明した。
【0077】
これらのキノンは、R−13I1の分解により発生したトリフルオロメチルラジカルを捕捉することができる。これにより、三フッ化メタン(CHF
3)の生成が抑制されるため、冷媒の冷却性能の低下を防ぐことができる。
【0078】
また、キノンがトリフルオロメチルラジカル(CF
3・)を捕捉することで発生するラジカルは、式(4)に示されるように、ヨウ化物ラジカル(I・)も捕捉することができる。これにより、ヨウ化水素(HI)の生成が抑制されるため、ヨウ化水素による金属部材の腐食を抑制し、冷凍サイクル装置および圧縮機の信頼性を向上することができる。
【0080】
なお、特許文献1には、R13I1を含む混合冷媒に安定剤、重合禁止剤等の添加剤を添加することで、熱化学的安定性が低いR−13I1の分解が抑制されるため、混合冷媒自体の劣化、および、R−13I1の分解に伴う劣化物質の生成を防ぐことができる旨記載され、重合禁止剤の一例としてキノン化合物が挙げられている。しかし、特許文献1では、キノンがR−13I1の分解物を捕捉する反応は重合禁止反応とは異なることは記載されておらず、キノンに分類される化合物の中でもR−13I1の分解物を捕捉できる効果を有する化合物は限定されることも記載されていない。
【0081】
冷凍機油中に含まれるキノン添加剤の量の冷凍機油の量に対する比率は、好ましくは0.1質量%以上10質量%以下であり、より好ましくは0.5質量%以上4質量%以下である。この場合、R−13I1の分解物を捕捉する効果がより確実に奏される。なお、冷凍機油中のキノン添加剤の含有率(濃度)は、ガスクロマトグラフ質量分析法により、測定することができる。
【0082】
(その他の添加剤)
なお、冷凍機油は、上記のキノン添加剤以外に、酸化防止剤、酸捕捉剤、極圧剤(摩耗防止剤)、酸素捕捉剤などを含んでいてもよい。
【0083】
酸化防止剤としては、例えば、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール、2,6−ジ−tert−ブチル−4−エチルフェノール、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−tert−ブチルフェノール)等のフェノール系、フェニル−α−ナフチルアミン、および、N.N’−ジ−フェニル−p−フェニレンジアミン等のアミン系が挙げられる。
【0084】
酸捕捉剤としては、例えば、フェニルグリシジルエーテル、アルキルグリシジルエーテル、アルキレングリコールグリシジルエーテル、シクロヘキセンオキシド、α−オレフィンオキシド、および、エポキシ化大豆油などのエポキシ化合物を挙げることができる。特に、グリシジルエステル、グリシジルエーテルおよびα−オレフィンオキシドの中から選ばれる少なくとも1種が好ましい。
【0085】
極圧剤(摩耗防止剤)としては、例えば、リン系極圧剤などが挙げられる。リン系極圧剤としては、例えば、リン酸エステル、酸性リン酸エステル、亜リン酸エステル、酸性亜リン酸エステル、および、これらのアミン塩などが挙げられる。特に、トリクレジルホスフェート、トリチオフェニルホスフェート、トリ(ノニルフェニル)ホスファイト、ジオレイルハイドロゲンホスファイト、2−エチルヘキシルジフェニルホスファイトなどが好ましい。
【0086】
酸素捕捉剤としては、例えば、含硫黄芳香族化合物、各種オレフィン、脂肪族不飽和化合物(ジエン、トリエン等)、不飽和結合を有する環式テルペン類などが挙げられる。
【0087】
含硫黄芳香族化合物としては、例えば、4,4’−チオビス(3−メチル−6−tert−ブチルフェノール)、ジフェニルスルフィド、ジオクチルジフェニルスルフィド、ジアルキルジフェニレンスルフィド、ベンゾチオフェン、ジベンゾチオフェン、フェノチアジン、ベンゾチアピラン、チアピラン、チアントレン、ジベンゾチアピラン、ジフェニレンジスルフィド等が挙げられる。
【0088】
不飽和結合を有する環式テルペン類としては、例えば、α−ピネン、β−ピネン、リモネン、フェランドレン等が挙げられる。
【0089】
特に、脂肪族不飽和化合物、不飽和結合を有する環式テルペン類などが好ましい。
なお、冷凍機油に含まれる水分は100質量ppm以下であることが好ましい。冷凍機油に含まれる水分を100質量ppm以下にすることによって、水分による冷媒、冷凍機油または金属部材の劣化を抑制することができる。
【0090】
実施の形態2.
本実施の形態においては、圧縮機が、ネオジム磁石を有する回転子を備える。
【0091】
すなわち、
図3に示される磁石44は、ネオジム磁石である。なお、ネオジム磁石はネオジム(Nd)を含む磁石である。ネオジム磁石としては、例えば、Nd−Fe−B焼結体が挙げられる。ネオジム磁石の代表的な一例における組成比は、鉄(Fe)が66質量%、ネオジム(Nd)が28質量%、ディスプロシウム(Dy)が5質量%、ホウ素(B)が1質量%である。ただし、磁石44は、磁力的な特性または機械的な特性を向上させるなどの理由で上述の組成比が異なっているネオジム磁石であってもよく、または、上述の組成比に含まれる元素以外の元素が含まれるネオジム磁石であってもよい。なお、磁石44は、圧縮機1の金属部材に該当する。
【0092】
また、冷凍機油に配合されるキノン添加剤が、1,4−ベンゾキノン、1,2−ベンゾキノン、2−メチル−1,4−ベンゾキノン、2−フェニル−1,4−ベンゾキノン、2−tert−ブチル−1,4−ベンゾキノン、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2,6−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種である点で、実施の形態1とは異なる。
【0093】
本実施の形態は、それ以外の点は、実施の形態1と同様である。本実施の形態においては、実施の形態1と同様の効果に加えて、ネオジム磁石の水素脆化を抑制する効果が奏される。以下、本実施の形態の詳細について説明する。
【0094】
キノンは、水素分子と反応することで還元されヒドロキノンに変化するため、冷媒回路内の水素分子を捕捉する効果を有している。例として、1,4−ベンゾキノンによる水素分子の捕捉反応を式(5)に示す。
【0096】
R−13I1の分解により冷媒回路内にヨウ化水素が発生した場合、ヨウ化水素が冷媒回路内の金属部材と反応し、水素分子が発生する虞がある(式(6))。式(6)中、Mは金属元素であり、特に、水素よりもイオン化傾向が小さいMg、Al、亜鉛(Zn)、鉄(Fe)などがヨウ化水素と反応を起こす虞がある。
【0098】
冷媒回路内に水素分子が発生してしまうと、ネオジム磁石が水素分子を吸収し、脆化する虞がある。ネオジム磁石は水素を吸収するとき、水素化物を形成し、崩壊、粉砕が起こる(式(7))。なお、式(7)において、Nd
2Fe
14Bは、ネオジム磁石の主相である。
【0100】
Anikinaらの報告(Inorg.Mater.:Appl.Res.,Vol.7,No.4,P.497,2016)において、Nd
2Fe
14Bが水素分子を吸収するときの反応熱(エンタルピー変化:ΔH)は、水素原子の組成比(H/Nd
2Fe
14B)が低い(つまり、水素化が進行していない)ほど、低い値となることが示されている。この報告の中では、0.3<H/Nd
2Fe
14B<0.6の範囲における−82.8kJ/molがΔHの最低値である。
【0101】
本発明者らは、式(7)の反応を抑制するためには、式(7)の反応よりも熱力学的に優位な水素分子の捕捉反応を起こす(「ΔH<−82.8kJ/mol」である)キノンを冷凍機油に含ませる必要があると考えた。
【0102】
そこで、本発明者らは、上記11種のキノンについて、水素分子捕捉反応の反応熱を計算した。計算結果を表2に示す。なお、計算条件は、上記の「密度汎関数法による計算の条件」と同じである。
【0104】
表2に示されるように、水素分子捕捉反応の反応熱が、式(7)の反応熱(−82.8kJ/mol)よりも低い値となるキノンは、1,4−ベンゾキノン、1,2−ベンゾキノン、2−メチル−1,4−ベンゾキノン、2−フェニル−1,4−ベンゾキノン、2−tert−ブチル−1,4−ベンゾキノン、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2,6−ナフトキノン、1,4−アントラキノン、フェナントレンキノンであることが分かった。
【0105】
これらのキノンは、冷媒回路内に発生した水素分子を捕捉し、ネオジム磁石の脆化を抑制できるため、冷凍サイクル装置または圧縮機の信頼性向上に貢献し得る。
【0106】
以上のように、キノンの中でも本実施の形態で用いる上記の化合物は、R−13I1の分解物を捕捉する効果と、冷媒回路内の水素分子を捕捉する効果と、を併せ持つため、冷凍サイクル装置および圧縮機の高信頼性化に貢献し得る。
【0107】
実施の形態3.
本実施の形態においては、冷凍機油に配合されるキノン添加剤が、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0108】
それ以外の点は、実施の形態1と同様である。
基油が直鎖の炭化水素鎖を有する化合物を含む場合であっても、これらのキノンは、冷凍機油の劣化を加速させない。これにより、冷凍サイクル装置および圧縮機の信頼性をさらに向上することができる。以下、本実施の形態の詳細について説明する。
【0109】
キノンは高い酸化反応性を有するために、冷凍機油にキノン添加剤が配合された場合、副作用として、周囲の有機化合物(冷凍機油、ポリエステル製絶縁フィルムなどに含まれる有機化合物)を酸化(脱水素化)させる虞がある。
【0110】
冷凍サイクル装置または圧縮機に用いられる材料中の有機化合物の劣化を抑制する観点から、冷凍機に配合されるキノン添加剤は、有機化合物に対する酸化反応性が低いキノンであることが好ましい。
【0111】
一例として、1,4−ベンゾキノンによるn−ペンタンの酸化反応を式(8)に示す。ここで、n−ペンタンは、直鎖の炭化水素鎖構造を有する化合物の簡略な一例である。なお、n−ペンタンは一例であり、直鎖の炭化水素鎖は炭素数5個に限定されない。
【0113】
直鎖の炭化水素鎖構造の例としては、具体的には、ポリオールエステル油を構成する脂肪酸(n−ペンタン酸、n−ヘプタン酸など)、アルキルベンゼン油およびアルキルナフタレン油を構成するアルキル鎖、ポリビニルエーテル油の側鎖(−O−CH
2CH
3など)、鉱物油、ポリアルキレングリコール油、ポリエステルを構成するジオール(エチレングリコール)などに由来する構造が挙げられる。
【0114】
式(8)の反応により、冷凍機油、ポリエステルなどの有機化合物の炭化水素鎖にC=C結合が形成されると、C=C結合の高い反応性により、有機化合物が冷媒回路内に混入した酸素などと連鎖的な反応を起こして劣化する虞がある。
【0115】
また、冷媒中のR−13I1の分解により生成するラジカルが有機化合物のC=C結合に付加して、有機化合物がラジカル化し、連鎖的な反応により有機化合物が重合してスラッジ化する虞がある。
【0116】
1,4−ベンゾキノンについての式(8)の反応の反応熱は、負の値(−25.9kJ/mol)であることから、式(8)の反応は発熱反応である。圧縮機内の冷凍機油や絶縁フィルムは高温に曝されるため、式(8)の反応が発熱反応である場合、反応系が高温により活性化エネルギーを超えることで反応が自発的に進行する虞がある。
【0117】
ここで、上記11種のキノンについて、キノンによるn−ペンタンの酸化反応の反応熱を計算した。計算結果を表3に示す。なお、計算条件は、上記の「密度汎関数法による計算の条件」と同じである。
【0119】
表3から、11種のキノンのうち、n−ペンタンの酸化反応(式(8))が発熱反応とならない(反応熱が正の値である)キノンは、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、9,10−アントラキノン、1,4−アントラキノン、フェナントレンキノンであることが分かる。
【0120】
これらのキノンは、直鎖の炭化水素鎖を酸化させ難いため、冷媒回路内に存在する直鎖の炭化水素鎖を有する化合物の劣化を加速させない。つまり、例えば、直鎖の炭化水素鎖を有する化合物を含む冷凍機油に、これらのキノンを添加しても、冷凍機油の劣化を加速させない。
【0121】
ここで、上記の表1〜表3に示される3つの結果を表4にまとめた。
【0123】
表4から、R−13I1の分解物捕捉効果が高い実施の形態1で用いられるキノン添加剤のうち、副作用である有機化合物の直鎖の炭化水素鎖の劣化促進を起こさないキノンは、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンであることが分かる。
【0124】
したがって、冷凍機油に対して1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンの少なくとも何れかを添加する場合、実施の形態1の効果に加えて、有機化合物の直鎖の炭化水素鎖の劣化促進を抑制し、信頼性の高い冷凍サイクル装置を提供することが可能となる。
【0125】
なお、表4から、圧縮機がネオジム磁石を有する回転子を備える場合、冷凍機油に配合されるキノン添加剤は、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。この場合、本実施の形態の効果に加えて、実施の形態2と同様に、ネオジム磁石の脆化を抑制する効果も得られる。
【0126】
実施の形態4.
本実施の形態においては、冷凍機油に配合されるキノン添加剤が、1,4−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0127】
それ以外の点は、実施の形態1と同様である。
基油等が分岐鎖の炭化水素鎖を有する化合物を含む場合であっても、これらのキノンは、冷凍機油等の劣化を加速させない。これにより、冷凍サイクル装置および圧縮機の信頼性をさらに向上することができる。以下、本実施の形態の詳細について説明する。
【0128】
基油等に含まれうる分岐鎖を有する炭化水素鎖は、少なくとも一つの第三級炭素を有する。第三級炭素は第二級炭素と比較して酸化されやすい傾向にあるため、酸化が進行しやすい。ここでは、第三級炭素を少なくとも一つ有する炭化水素鎖構造として、3−エチルペンタンを例に、1,4−ベンゾキノンによる酸化反応を式(9)に示す。
【0130】
ここで、3−エチルペンタンは、冷凍機油やポリエステル製の絶縁フィルムなどの有機化合物が有する分岐鎖の炭化水素鎖構造を簡略化した構造として挙げている。ただし、3−エチルペンタンは一例であり、分岐鎖炭化水素鎖の分岐鎖は炭素数2個に限定されない。
【0131】
冷媒回路内に存在し得る分岐鎖の炭化水素鎖構造の例としては、具体的にはポリオールエステル油を構成する脂肪酸(イソブチル酸、2−エチルヘキサン酸、3,5,5−トリメチルヘキサン酸など)由来の構造、アルキルベンゼン油およびアルキルナフタレン油を構成する炭化水素鎖、ポリビニルエーテル油の側鎖(−O−CH
2−CH(−CH
3)2など)、鉱物油の炭化水素鎖、ポリアルキレングリコール油の炭化水素鎖、ポリエステルを構成するジオール(1,4−シクロヘキサンジメタノールなど)由来の構造などが挙げられる。
【0132】
式(9)の反応により、冷凍機油やポリエステルなどの有機化合物の炭化水素鎖にC=C結合が形成されると、C=C結合の高い反応性により有機化合物が冷媒回路内に混入した酸素などと連鎖的な反応を起こし、劣化する虞がある。また、R−13I1を含む冷媒を使用する場合、R−13I1の分解により生成するラジカルがC=C結合に付加し、有機化合物がラジカル化し、連鎖的な反応により重合し、スラッジ化する虞がある。
【0133】
1,4−ベンゾキノンにおける式(9)の反応熱は、−41.6kJ/molであり、発熱反応である。圧縮機内の冷凍機油や絶縁フィルムは高温に曝されるため、式(9)が発熱反応の場合、系が高温により活性化エネルギーを超えることで反応が自発的に進行する虞がある。
【0134】
上記11種のキノンについて、キノンによる3−エチルペンタンの酸化反応の反応熱を計算した。計算結果を表5に示す。なお、計算条件は、上記の「密度汎関数法による計算の条件」と同じである。
【0136】
表5から、11種のキノンのうち、3−エチルペンタンの酸化反応の反応熱が発熱反応とならないキノンは、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、9,10−アントラキノン、1,4−アントラキノン、フェナントレンキノンであることが分かる。
【0137】
これらのキノンは、冷媒回路内の有機化合物が有する分岐鎖の炭化水素鎖を酸化させないため、分岐鎖の炭化水素鎖を有する化合物の劣化を加速させない。つまり、第三級炭素を有する冷凍機油に添加しても、冷凍機油の劣化を加速させない。
【0138】
ここで、上記の表1、表2および表5に示される3つの結果を表6にまとめた。
【0140】
表6から、R−13I1の分解物捕捉効果が高い実施の形態1で用いられるキノン添加剤のうち、副作用である有機化合物の分岐鎖の炭化水素鎖の劣化促進を起こさない1,4−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンであることが分かる。
【0141】
したがって、冷凍機油に対して1,4−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンの少なくとも何れかを添加する場合、実施の形態1の効果に加えて、有機化合物の分岐鎖の炭化水素鎖の劣化促進を抑制し、信頼性の高い冷凍サイクル装置を提供することが可能となる。
【0142】
なお、表6から、圧縮機がネオジム磁石を有する回転子を備える場合、冷凍機油に配合されるキノン添加剤は、1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。この場合、本実施の形態の効果に加えて、実施の形態2と同様に、ネオジム磁石の脆化を抑制する効果も得られる。
【0143】
また、上記の実施の形態1〜4で例示されなかったキノンであっても、上記の実施の形態で示された条件を満たす化合物については、実施の形態で例示されたキノンと同様の効果が得られると考えられる。
【実施例】
【0144】
以下、実施例を示して本開示について具体的に説明するが、本開示の技術範囲はこれらに限定されるものではない。
【0145】
<評価試験>
上記の各実施の形態に係る効果を実際に確認するための評価試験を行った。具体的には、1,4−ナフトキノンを添加した冷凍機油を使用して、金属部材の劣化試験を行った。
【0146】
金属部材の劣化試験は、オートクレーブテストであり、JIS K2211:2009(付属書C)に準拠して行った。オートクレーブテストとは、冷媒に対する化学的安定性試験方法の一種である。具体的には、以降に記載されるような手順が実施される。
【0147】
試験容器に冷凍機油と試料を入れて密閉し、減圧した後に冷媒を注入する。次に密封した試験容器を125〜200℃で一定時間加熱後、試料の色などによって試料の化学的安定性を評価する。
【0148】
金属部材の劣化試験では、50cm
3の試験容器(耐圧硝子工業株式会社製 ポータブルリアクター)内に、試料と冷凍機油(15g)と冷媒(15g)とが封入された。なお、冷凍機油を封入した理由は、圧縮機の内部では冷媒は冷凍機油と混合した状態であり、その状態を模擬するためである。
【0149】
冷媒としては、R−13I1(大陽日酸株式会社製)を使用した。
冷凍機油の基油としては、市販のポリオールエステル試薬(富士フィルム和光純薬株式会社製 製品コード320−65295)を使用した。
【0150】
冷凍機油は、基油以外に、酸化防止剤として0.5質量%の2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール(富士フィルム和光純薬株式会社製 製品コード023−07395)、酸捕捉剤として2.0質量%の2−エチルヘキシルグリシジルエーテル(富士フィルム和光純薬株式会社製 製品コード329−7425)、および、極圧剤(摩耗防止剤)として2.0質量%のトリクレジルホスフェート(東京化成工業株式会社製 製品コードP0273)を含有する。この時点での冷凍機油(キノン添加剤を含まない)の処方を処方1とする。
【0151】
そして、冷凍機油には、キノン添加剤として1,4−ナフトキノンを、冷凍機油の質量に対して、0.5質量%(処方2)、1.0質量%(処方3)、2.0質量%(処方4)、3.0質量%(処方5)、または、4.0質量%(処方6)の量で配合した。1,4−ナフトキノンとしては、市販の試薬(東京化成工業株式会社製 製品コードN0040)を使用した。
【0152】
また、当該冷凍機油の水分量が50ppm未満になるよう、モレキュラシーブス(富士フィルム和光純薬株式会社製 133−0865)により冷凍機油中の水分が除去された。
【0153】
なお、試験容器には、1,4−ナフトキノンが配合され、水分が除去された後の冷凍機油が15g封入された。
【0154】
さらに、試験容器中には、試験ごとに異なる金属部材が封入された。
試験1では、ネオジム磁石(アルミニウムとケイ素とマグネシウムが含まれ、リンが含まれていない皮膜を有するものについて、0.910gを1個)が封入された。
【0155】
試験2では、アルミニウム棒、鉄棒、および、銅棒(それぞれ、直径1.5mm、長さ50mmを2本)が封入された。
【0156】
試験3では、アルミニウム棒、鉄棒、および、真鍮(C2700)棒(それぞれ、直径1.5mm、長さ50mmを2本)が封入された。
【0157】
試験1では、加熱後に試験容器を開封し、ネオジム磁石の質量の測定を行った。ネオジム磁石の質量の測定は、加熱後の試験容器より塊状のネオジム磁石を取り出し、取り出した塊状のネオジム磁石の質量について電子天秤(株式会社島津製作所製 AP125WD)を用いて測定を行った。なお、ネオジム磁石の一部または全部が粉化する場合もあるため、塊状のネオジム磁石の質量を試験前のネオジム磁石の質量で除算した値をネオジム磁石の質量保持率とした。
【0158】
試験2では、加熱後に試験容器を開封し、銅棒の外観観察と、冷媒中のR−23量の測定と、冷凍機油中のヨウ化物イオン量の測定を行った。冷媒中のR−23の定量の際は、ガスクロマトグラフ質量分析計(日本電子株式会社製 JMS−K9)を使用してR−13I1に対するR−23の濃度を測定し、処方1の結果を基準としてR−23生成量比を求めた。冷凍機油中のヨウ化物イオン濃度は、イオンクロマトグラフシステム(Dionex製 ICS−1600)を使用して定量した。
【0159】
試験3では、加熱後に試験容器を開封し、真鍮棒の外観観察と、冷媒中のR−23量の測定と、冷凍機油中のヨウ化物イオン量とZn量の測定を行った。冷媒中のR−23の定量の際は、ガスクロマトグラフ質量分析計(日本電子株式会社製 JMS−K9)を使用してR−13I1に対するR−23の濃度を測定し、処方1の結果を基準としてR−23生成量比を求めた。冷凍機油中のヨウ化物イオン濃度は、イオンクロマトグラフシステム(Dionex製 ICS−1600)を使用して定量した。冷凍機油中のZn量は、誘導結合プラズマ発光分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製 SPS3100)を使用して定量した。
【0160】
金属部材の劣化試験では、オーブン(エスペック株式会社製 SPH―201S)を使用して、試料と冷凍機油と冷媒を封入した試験容器を温度140℃に加熱した。加熱時間は、試験1について336時間、試験2および試験3について72時間とした。試験結果を表7に示す。
【0161】
【表7】
【0162】
試験1の結果、処方1ではネオジム磁石が粉状に変化してしまい、ネオジム磁石の塊が回収できなかったため、質量を測定できなかった。
【0163】
これに対して、処方2から処方6では、ネオジム磁石の塊が回収でき、質量も変化していなかった。
【0164】
これは、冷凍機油中の1,4−ナフトキノンが、R−13I1の分解物(CF
3・およびI・)を捕捉したために、HIによるネオジム磁石の劣化反応が抑制されたことと、1,4−ナフトキノンが容器内に発生した水素分子を捕捉したためにネオジム磁石の水素脆化が抑制されたことと、による効果だと考えられる。
【0165】
試験2の結果、処方1では銅棒の表面の光沢が失われ白色化が進行していた。また、冷凍機油中には43μg/gの濃度でヨウ化物イオンが検出された。光沢が失われた銅棒の表面を、エネルギー分散型X線分析装置(株式会社堀場製作所製 EMAX ENERGY EX−250)を搭載した走査型電子顕微鏡(株式会社日立ハイテクノロジーズ製 SU8000)で観察した結果、ヨウ素(I)が検出される固体で覆われていた。
【0166】
これに対して、処方2から処方6では、銅棒の表面の光沢は維持され、R−23の生成量は減少し、冷凍機油中からはヨウ化物イオンは検出されなかった。
【0167】
これは、冷凍機油中の1,4−ナフトキノンが、R−13I1の分解物(CF
3・およびI・)を捕捉したために、銅の劣化反応、R−23の生成反応、HIの生成反応が抑制されたためだと考えられる。
【0168】
試験3の結果、処方1では真鍮棒の表面の光沢が失われ、白色化が進行していた。また、冷凍機油中には71μg/gのヨウ化物イオンと56μg/gのZnが検出された。光沢が失われた真鍮棒の表面を、エネルギー分散型X線分析装置を搭載した走査型電子顕微鏡で観察した結果、ヨウ素(I)が検出される固体で覆われていた。
【0169】
これに対して、処方2から処方6では、真鍮棒の表面の光沢は維持され、R−23の生成量は減少し、冷凍機油中からヨウ化物イオンおよびZnは検出されなかった。
【0170】
これは、冷凍機油中の1,4−ナフトキノンが、R−13I1の分解物(CF
3・およびI・)を捕捉したために、真鍮中の銅の劣化反応、真鍮中のZnの溶出反応、R−23の生成反応、HIの生成反応が抑制されたためだと考えられる。
【0171】
なお、試験1から試験3の試験後の冷凍機油中に、ネオジム磁石の粉化物を除き、夾雑物は見られなかった。これは、1,4−ナフトキノンがキノンの副作用である有機化合物の炭化水素鎖の劣化促進を起こさなかったためだと考えられる。
【0172】
以上のように、冷凍機油中に1,4−ナフトキノンを含ませることで、冷媒回路内の金属の劣化反応、R−23の生成反応、HIの生成反応が抑制され、圧縮機の性能が維持され、冷凍サイクル装置の性能が維持され得る。
【0173】
また、表8の結果から、冷凍機油の質量に対する冷凍機油中に含まれる1,4−ナフトキノンの量の比率は、0.5〜4質量%が好ましく、R−23の生成抑制効果の観点からは、1〜4質量%がより好ましいと考えられる。
【0174】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
冷凍サイクル装置(100)は、冷媒と、前記冷媒を圧縮する圧縮機(1)と、前記圧縮機(1)の摺動部を潤滑する冷凍機油と、を備える。前記冷媒はトリフルオロヨードメタンを含む。前記冷凍機油は、基油およびキノン添加剤を含む。前記キノン添加剤は、1,4−ベンゾキノン、1,2−ベンゾキノン、2−メチル−1,4−ベンゾキノン、2−フェニル−1,4−ベンゾキノン、2−tert−ブチル−1,4−ベンゾキノン、1,4−ナフトキノン、1,2−ナフトキノン、2,6−ナフトキノン、2−ヒドロキシ−1,4−ナフトキノン、および、1,4−アントラキノンからなる群から選択される少なくとも1種である。