(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の好ましい実施形態を添付図面を参照して説明する。
なお、本明細書において、プレス成形用ガラス素材とは、主に精密プレス成形に用いられるガラス素材であって、いわゆるプリフォームを指す。
また、本明細書において、自由表面とは、熔融ガラスが金型等の他の部材に接触することなく固化した際の表面を指すものとし、他の部材の一部が転写された面や研磨・研削等の機械加工が施された面は含まない。
【0010】
図1は、本発明の一実施形態に係るプレス成形用ガラス素材1(以下、単に「ガラス素材1」という)の回転軸を含む断面形状を示す図である。ガラス素材1は、少なくとも光学機能面となる部位の表面が自由表面で形成されるとともに、回転軸Aを中心とする回転体形状を有し、回転軸A方向の一方の面(下面6)が外方に向かって凸状に形成され、一方の面(下面6)は、中心部8が、ガラス素材1と同じ体積の球の半径より小さい第1の曲率半径R1を有し、中心部8の周囲に隣接して配置された周辺部10は、第1の曲率半径R1よりも大きい第2の曲率半径R2を有する。また、回転軸A方向の他方の面(上面4)の曲率半径R7は、下面6の曲率半径R1よりも大きくなっている。
【0011】
なお、光学機能面とは、光学レンズ等の光学素子における有効径内の領域を意味するものである。ガラス素材1における光学機能面となる部位は、光学素子の形状や機能によって様々に異なるが、少なくとも光軸(回転軸A)の中心およびその周辺領域は光学機能面となりうる。
【0012】
以下、本実施形態にかかるガラス素材1について、さらに詳細に説明する。
図1に示すように、ガラス素材1は、少なくともプレス成形後に一対の光学機能面となる部位の表面が自由表面で形成されるとともに、回転軸Aを中心とする回転体形状を有し、回転軸Aに沿って
図1の下から徐々に回転軸Aを中心とする直径が大きくなり、最大直径位置2において最大直径D1を有し、その後再び徐々に直径が小さくなる。このような形状により、最大直径位置2よりも上側の上面4は、外方、つまり上側に向かって湾曲する凸状に形成されている。また、最大直径位置2よりも下側の下面6は、外方、つまり下側に向かって湾曲する凸状に形成されている。なお、
図1において、S1は上面4側の光学機能面となる部位であり、S2は下面6側の光学機能面となる部位である。また、4aおよび6aは、それぞれ光学機能面となる部位の表面を示しており、6aは第1の表面であり、4aは第2の表面である。この光学機能面となる部位の表面4a、6a以外の表面は、ガラス素材1をプレス成形した後に芯取加工により除去されたり、除去されない場合であっても光学的に機能しない面となるため、必ずしも自由表面でなくてもよい。なお、本実施形態では、ガラス素材1の全面が自由表面で形成されている。
【0013】
下面6は、回転軸A近傍の中心部8と、中心部8の周囲に隣接して配置された周辺部10とを有する。
図2は、本発明の一実施形態に係るガラス素材1の体積Vと中心部8の曲率半径R1との関係を示す図である。この
図2では、横軸を曲率半径rとし、縦軸を体積Vとし、体積に対する、その体積を有する球体の曲率半径(半径)の関係を曲線Cで示している。本実施形態のガラス素材1の中心部8の曲率半径R1は、この曲線Cよりも左側の、斜線を施した領域内に位置するように設定される。つまり、本実施形態のガラス素材1の中心部8の曲率半径R1は、ガラス素材1と同じ体積Vのガラス素材を球状に形成したときの半径よりも小さく設定されている。なお、
図2中の■は実施例におけるガラス素材の体積と曲率半径との関係を示したものであり、○は比較例1におけるガラス素材の体積と曲率半径との関係を示したものであり、●は、比較例2におけるガラス素材の体積と曲率半径との関係を示したものである。これらについては後述する。
また、ガラス素材1においては、周辺部10の曲率半径R2は、中心部8の曲率半径R1よりも大きく設定されている。
【0014】
このように、ガラス素材1は、このガラス素材1をプレス成形して光学素子を成形したときに光学素子の光学機能面を形成することになるガラス素材1の表面(第1の表面6aおよび第2の表面4a)が、少なくとも自由表面で形成される。自由表面とは、上述のように熔融ガラスが金型等の他の部材に接触することなく固化した際の表面を指すものであり、算術平均粗さRaが10
-3μm以下(1nm以下)の極めて平滑な面である。この算術平均粗さRaは、ガラス素材1をプレス成形した後の表面平滑性を得る観点から、0.7nm以下であることが好ましく、0.5nm以下であることが一層好ましい。
【0015】
さらに、ガラス素材1は、回転軸Aを中心とする回転体形状を有し、回転軸A方向の一方の面、すなわち下面6が外方に向かって凸状に形成され、下面6は、中心部8が、同じ体積の球の半径より小さい第1の曲率半径R1を有し、中心部8の周囲に中心部8に隣接して配置された周辺部10は、第1の曲率半径R1よりも大きい第2の曲率半径R2を有する。
なお、第1の曲率半径R1は、例えば2〜10mmであり、好ましくは3〜8mmであり、より好ましくは4〜7mmである。また、第2の曲率半径R2は、例えば5〜30mmであるが、この範囲に限定されるものではない。
【0016】
また、ガラス素材1において、最大直径位置2から上面4の最上端、すなわち上面4と回転軸Aとが交わる点までの距離L1に対する、最大直径位置2から下面6の最下端、すなわち下面6と回転軸Aとが交わる点までの距離L2の比(L2/L1)は、1.2〜1.7に設定することが好ましい。この距離L1に対する距離L2の比が上記範囲外になると、ガラス素材1をプレス成形用の成形型に載置するときのガラス素材1の安定性が悪くなり、ガラス素材1の回転軸Aが成形型の中心軸に位置合わせすることが難しくなる。ガラス素材1の回転軸Aが成形型の中心軸からずれると、プレス成形して得られた光学素子は、偏肉が生じたものとなってしまう。
なお、
図1に示すガラス素材1の回転軸A方向の厚みTは、距離L1と距離L2の総和である。
【0017】
本発明者らは、距離L1に対する距離L2の比(L2/L1)とガラス素材の安定性との関係性について検証した結果、表1に示すような知見を得た。
【0018】
【表1】
なお、表1の安定性評価において、ガラス素材1を下面6を下にした状態で平面に載置したときに、安定性が良好で自立したものを「良好」とし、安定性に欠けガラス素材が横転するなど自立できなかったものを「不安定」とした。
【0019】
表1から明らかなように、距離L1に対する距離L2の比(L2/L1)が1.7以下であれば、ガラス素材の安定性は良好であるのに対して、上記比(L2/L1)が1.7を超えると不安定になることがわかる。
【0020】
なお、上記比(L2/L1)の下限については、プレス成形時におけるガストラップの発生を抑制する観点から、1.2以上であることか望ましい。
【0021】
次に、上記のようなガラス素材1の製造方法について説明する。
ガラス素材1は、熔融ガラスを金型に受け、金型の受け面からガスを噴出して熔融ガラスを浮上させた状態で保持してガラス素材を成形する、いわゆる浮上成形によって成形されている。したがって、ガラス素材1は、全面が自由表面で形成されている。
【0022】
金型は、例えば多孔質材料で形成されている。金型の形状は、金型に供給された熔融ガラスが、浮上ガスによって金型の表面から浮上して支持されたとき、周辺部において金型と熔融ガラスとの距離が最も小さくなり、中心部において金型と熔融ガラスとの距離が最も大きくなるように形成される。また、金型の形状は、金型内で熔融ガラスの表面が受ける浮上ガスの圧力が、周辺部において最も高く、中心部において最も低い圧力分布となるように形成される。
【0023】
金型は、ターンテーブルの円周上に等間隔に複数個配置され、ターンテーブルは所定角度ずつ回転可能に構成されている。金型の下方には浮上ガス供給源が接続されている。また、金型は、ガラス素材1の形状が歪んだり、割れを生じたり、金型の表面にガラス素材1が接触した場合にガラス素材1が貼り付いたりしないように、ヒーターで加熱され、適正な温度に調整される。
【0024】
このように構成された金型の下方から浮上ガスを供給すると、浮上ガスが金型から噴出する。金型内に熔融ガラスを所定量供給すると、熔融ガラスは、浮上ガスの圧力で全体が金型から浮き上がり、浮上ガスの圧力、熔融ガラスの表面張力、及び自重のバランスによって、金型の内面に対向してガラス素材1の下面6が形成され、全体として
図1のような所定の形状に成形される。
なお、使用されるガラスの材料としては、特に限定されないが、例えばホウ酸及び希土類酸化物を主成分とするホウ酸ランタン系ガラス、リン酸塩を主成分とするリン酸塩ガラス、フッ素及びリン酸塩を主成分とするフツリン酸塩ガラス、ホウケイ酸塩を主成分とするホウケイ酸塩系ガラス等を使用することができる。
【0025】
熔融ガラスは、金型内で成形されながらターンテーブル上で移動し、外力が加わっても変形しない温度域まで冷却され、ガラス素材1を形成する。その後、ガラス素材1を金型から取り出し、徐冷する。成形したガラス素材1を必要に応じて洗浄してもよいし、また必要に応じて全面にカーボン膜を形成してもよい。このようなカーボン膜は、ガラス素材1を光学素子にプレス成形する際に、ガラスの滑りをよくするとともに成形された光学素子の離型性を高める。
【0026】
次に、ガラス素材1を用いて光学素子を製造する方法について説明する。
図1のような形状に成形されたガラス素材1を、プレス成形用の金型内に収容し金型を加熱し、ガラス素材1を軟化させてプレスし、所定の形状の光学素子を得る。ここで、ガラス素材1の中心部8の曲率半径R1は、中心部8に対向する位置におけるプレス成形用の金型の曲率半径よりも小さく形成されている。よって、軟化したガラス素材1は、下面6において中心部8からプレス成形用の金型に接触し、徐々に外側に向かって金型の形状が転写され所望の形状に成形される。
【0027】
図3は、本発明の一実施形態に係るプレス成形用ガラス素材をプレス成形して得られる光学素子の断面形状の一例を示す図である。ガラス素材1をプレス成形した成形体の外周部は、破線で示すような余肉部26を有するが、この余肉部26を芯取加工により除去した部分が光学素子16である。この
図3に示す光学素子16は、中心部18となる近軸の曲率半径R3が比較的小さく(例えば曲率半径10mm以下)、中心部18の周囲には軸20に沿って内方(
図3において上方)に凹んだ湾曲部22が形成されている。また、中心部18とは反対側の面(
図3において上側の面)は、近軸の曲率半径R4を有し、内方(
図3において下方)に凹んだ凹面23となっている。このように、光学素子16は、全体として複雑な形状を有し、従来より比較的肉厚に形成される。
なお、ガラス素材1をプレス成形した成形体に冷間加工を施して所定形状の光学素子を得る場合、冷間加工を施す部位や範囲は、光学素子の光学機能面の範囲に応じて異なる。したがって、
図3に示した余肉部26の範囲や形状も様々に異なる。
【0028】
本実施形態のガラス素材1によれば、次のような効果が得られる。
ガラス素材1の全面が自由表面で形成されるので、滑らかな表面のガラス素材1が得られ、このガラス素材1をプレス成形して光学素子を得たとき、良好な外観及び形状品質の光学素子を得ることができる。
【0029】
従来のガラス素材は、球形状を有するか、球の半径よりも大きな曲率半径の楕円形状を有しており、ガラス素材全体の体積を大きくするとそれに伴って曲率半径も当然大きくなる。このため、体積を大きくした従来のガラス素材で、例えば複雑な形状の非球面レンズをプレス成形しようとした場合、非球面レンズの近軸の曲率半径が小さいと、ガラス素材の曲率半径がプレス成形用の金型の曲率半径よりも大きくなってガラス素材と金型との間にガスが溜まってしまい、良好な形状の光学素子を得ることができない。
これに対して、本実施形態では、ガラス素材1の下面6の中心部8の曲率半径R1が、ガラス素材1の体積Vと同じ体積を有する球の半径よりも小さく設定されているので、比較的体積の大きいガラス素材1であっても、中心部8の曲率半径R1を小さく形成することができる。したがって、近軸の曲率半径が小さい肉厚で複雑な形状の光学素子を成形する場合であっても、ガストラップを生じることなく良好な形状の成形品を得ることができる。
【0030】
ガラス素材1の周辺部10の曲率半径R2が、中心部8の曲率半径R1よりも大きく形成されているので、小さな曲率半径R1を有する中心部8からより大きな曲率半径R2を有する周辺部10へ移行領域が滑らかとなり、全体として連続した滑らかな形状が得られる。
【0031】
ガラス素材1の最大直径位置2から上面4までの距離L1に対する、下面6までの距離L2の比が適切に設定されているので、比較的大きな体積を確保しながら、中央部の第1の曲率半径R1を比較的小さくすることが可能になり、ガラス素材1を、複雑な形状の非球面レンズにプレス成形する場合であっても、形状不良を発生させることなく良好な品質の光学素子を得ることができる。
また、距離L1に対する距離L2の比が適切に設定されているので、ガラス素材1をプレス成形用の金型に載置した際、金型内にガラス素材1を安定して載置することができる。したがって、ガラス素材1の回転軸Aを金型の中心軸に容易且つ確実に位置合わせすることができ、偏肉等の不具合のない、良好な品質の光学素子を成形することができる。
【0032】
[実施例]
本発明の実施例について説明する。
上記浮上成形を用いて、体積Vが547mm
3のガラス素材1を作製した。ガラス素材1の中心部8の曲率半径R1は、4.2mmとした。このガラス素材1は、
図2において、■で示す体積と曲率半径との関係を有し、これは
図2の曲線Cよりも左側の、斜線領域内にある。また、このガラス素材1は全面が自由表面である。
熔融ガラスの供給・切断方法、熔融ガラスの金型面上での浮上条件等は、公知の方法を用いた。
得られたガラス素材1を加熱して軟化させて精密プレス成形し、
図3に示すような断面形状の光学素子16にプレス成形した。得られた光学素子16の凸面の中心部18の曲率半径R3は4.7mmであり、凹面23の曲率半径R4は、2.2mmであった。なお、プレス成形用金型は、光学素子16の形状に対応する形状に形成されていた。
ガラス素材1を加熱してプレス成形用金型で精密プレス成形した結果、所望の曲率半径R3,R4を維持しつつ、所望の肉厚及び径を有する光学素子16が再現性よく得られた。
【0033】
[比較例1]
次に、本発明の比較例1について説明する。
図4は、本発明の比較例1のガラス素材24の断面形状を示す図である。比較例1では、浮上成形を用いて、体積Vが250mm
3のガラス素材24を作製した。ガラス素材24の中心部の曲率半径R5は、4.5mmとした。このガラス素材24は、
図2において、○で示す体積と曲率半径との関係を有し、これは
図2の曲線Cよりも右側の、斜線領域の外にある。
ガラス素材24を加熱してプレス成形用金型で精密プレス成形した結果、特に所望の肉厚及び径が得られず、実施例に比べて、光学素子の形状精度が著しく悪化していた。
【0034】
[比較例2]
次に、本発明の比較例2について説明する。
比較例2では、体積550mm
3の球状のガラス素材24を冷間加工で作製した。得られた球状のガラス素材の半径は、5.1mmであった。このガラス素材は、
図2において、●で示す体積と曲率半径との関係を有し、これは
図2の曲線C上にある。得られたガラス素材を、実施例と同じ精密プレス成形用金型で精密プレス成形したところ、光学素子16の中心部18にガストラップが発生した。これは、光学素子16の中心部18の曲率半径R3は4.7mmであるのに対して、ガラス素材の半径が5.1mmであるため、ガラス素材とプレス成形用金型との間にガスが溜まったためと考えられる。
【0035】
以上のように、本発明によるガラス素材1では、実施例のように良好な形状の光学素子が得られた。一方、比較例1及び2に記載した従来のガラス素子では、ガストラップが発生し、良好な形状の光学素子が得られなかった。