【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(ACCEL)「濃厚ポリマーブラシのレジリエンシー強化とトライボロジー応用」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記潤滑剤は、前記作動流体と前記潤滑剤の合計質量に対する前記潤滑剤の比率が60質量%以上となるように前記作動流体と混合したときに、−10℃から60℃において、常に前記作動流体と相溶性を有する請求項1〜3のいずれか一項に記載の圧縮機。
前記作動流体が、塩素を含まない炭化水素系冷媒、二酸化炭素、飽和フッ化炭化水素系冷媒、不飽和フッ化炭化水素系冷媒及び含フッ素エーテル系冷媒からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、
前記潤滑剤が、鉱物油、ポリオールエステル油、ポリビニルエーテル油、アルキレングリコール油及びポリアルファオレフィン油からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項4に記載の圧縮機。
前記潤滑剤がポリオールエステル及びポリビニルエーテルから選ばれる冷凍機油であり、前記ポリマーブラシを形成するポリマーがポリ(ラウリルメタクリレート)である、請求項6に記載の圧縮機。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下の用語の定義は、本明細書及び特許請求の範囲にわたって適用される。
「摺動面」とは、圧縮機構部を構成する複数の部品において、互いに接触した状態で摺動する面を意味する。
「シール面」とは、圧縮機構部を構成する複数の部品において、圧縮機構部内の作動流体の漏れを抑制するように、互いに接触した状態か、もしくはわずかに離間した状態で向き合わされる面を意味する。互いに向き合うシール面同士の距離は、0.05mm以下が好ましく、0.02mm以下がより好ましい。
数値範囲を示す「〜」は、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含むことを意味する。
【0009】
実施形態の圧縮機は、作動流体を吸い込んで吐出する圧縮機構部を有し、前記圧縮機構部の摺動面又はシール面の少なくとも一方にポリマーブラシが設けられている。すなわち、圧縮機構部の摺動面とシール面の両方、又はいずれか一方にポリマーブラシが設けられている。圧縮機は、作動流体を吸い込んで吐出する圧縮機構部を有するものであればよく、圧縮機構部の摺動面又はシール面の少なくとも一方にポリマーブラシが設けられる以外は公知の態様を制限なく採用できる。
また、実施形態の冷凍サイクル装置は、圧縮機と、放熱器と、膨張装置と、吸熱器とを備えるものであり、上記特徴を有する圧縮機を備える以外は公知の態様を採用できる。
【0010】
以下、実施形態の圧縮機及び冷凍サイクル装置の一例を示して説明する。
本実施形態の冷凍サイクル装置1は、
図1に示すように、圧縮機2と、圧縮機2に接続された放熱器である凝縮器3と、凝縮器3に接続された膨張装置4と、膨張装置4と圧縮機2との間に接続された吸熱器としての蒸発器5と、を備えている。
【0011】
圧縮機2は、いわゆるロータリ式の圧縮機であり、作動流体として低圧の気体冷媒を内部に取り込んで圧縮し、高温、高圧の気体冷媒とするものである。なお、圧縮機は、ロータリ式には限定されず、スクロール式、レシプロ式、斜板式等の圧縮機であってもよい。圧縮機2の具体的な構成については後述する。
凝縮器3は、圧縮機2から送り込まれる高温、高圧の気体冷媒から熱を放熱させ、高圧の液体冷媒にするものである。
【0012】
膨張装置4は、凝縮器3から送り込まれる高圧の液体冷媒の圧力を下げ、低温、低圧の液体冷媒にするものである。
蒸発器5は、膨張装置4から送り込まれる低温、低圧の液体冷媒を気化させ、低温、低圧の液体冷媒を低圧の気体冷媒にするものである。蒸発器5においては、低圧の液体冷媒が気化する際に周囲から気化熱が奪われ、周囲が冷却される。なお、蒸発器5を通過した低圧の気体冷媒は、圧縮機2内に取り込まれる。
このように、本実施形態の冷凍サイクル装置1では、作動流体である冷媒が気体冷媒と液体冷媒とに相変化しながら循環する。
【0013】
圧縮機2は、圧縮機本体11と、アキュムレータ12と、を備えている。
アキュムレータ12は、いわゆる気液分離器である。アキュムレータ12は、蒸発器5と圧縮機本体11との間に設けられている。アキュムレータ12は、吸い込みパイプ21を通して圧縮機本体11に接続されている。アキュムレータ12は、蒸発器5で気化された気体冷媒、及び蒸発器5で気化されなかった液体冷媒のうち、気体冷媒のみを圧縮機本体11に供給する。
【0014】
圧縮機本体11は、回転軸31と、電動機部32と、圧縮機構部33と、これら回転軸31、電動機部32及び圧縮機構部33を収納する密閉容器34と、を備えている。
密閉容器34は筒状に形成されるとともに、その軸線O方向の両端部が閉塞されている。密閉容器34内には、潤滑剤Jが収容されている。潤滑剤J内には、圧縮機構部33の一部が浸漬されている。
【0015】
潤滑剤Jとしては、特に限定されず、例えば、鉱物油、ポリオールエステル油、ポリビニルエーテル油、アルキレングリコール油、ポリアルファオレフィン油等の潤滑油が挙げられる。なお、潤滑剤Jは、潤滑油には限定されず、公知のイオン液体等であってもよい。潤滑剤Jとしては、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0016】
回転軸31は、密閉容器34の軸線Oに沿って同軸上に配置されている。なお、以下の説明では、軸線Oに沿う方向を単に軸方向といい、軸方向に直交する方向を径方向といい、軸線O周りの方向を周方向という。
【0017】
電動機部32は、密閉容器34内における軸方向の第1側に配置されている。圧縮機構部33は、密閉容器34内における軸方向の第2側に配置されている。以下の説明では、軸方向に沿う電動機部32側(第1側)を上側、圧縮機構部33側(第2側)を下側とする。
【0018】
電動機部32は、いわゆるインナーロータ型のDCブラシレスモータである。具体的に、電動機部32は、固定子35と、回転子36と、を備えている。
固定子35は、密閉容器34の内壁面に焼嵌め等により固定されている。
回転子36は、固定子35の内側に径方向に間隔をあけた状態で、回転軸31の上部に固定されている。
【0019】
圧縮機構部33は、回転軸31が貫通する筒状のシリンダ41と、シリンダ41の軸方向の両端開口部を各別に閉塞するとともに、回転軸31を回転可能に支持する主軸受42及び副軸受43と、を備えている。シリンダ41、主軸受42、及び副軸受43により形成された空間は、シリンダ室46(
図2参照)を構成している。
【0020】
回転軸31のうち、シリンダ室46内に位置する部分には、軸線Oに対して径方向に偏心する偏心部51が形成されている。
偏心部51にはローラ53が外挿されている。ローラ53は、回転軸31の回転に伴い、外周面53aがシリンダ41の内周面41aに潤滑油膜を介して摺接しながら、軸線Oに対して偏心回転可能に構成されている。
【0021】
図1、
図2に示すように、シリンダ41における周方向の一部には、径方向の外側に向けて窪むブレード溝54が形成されている。ブレード溝54は、シリンダ41の軸方向(高さ方向)の全体に亘って形成されている。ブレード溝54は、径方向の外側端部において、密閉容器34内に連通している。
【0022】
ブレード溝54内には、
図3に示すブレード55が設けられている。ブレード55は、シリンダ41に対して径方向にスライド移動可能に構成されている。
図1に示すように、ブレード55は、径方向の外側端面である背面55bが付勢手段57により径方向の内側に向けて付勢されている。一方、
図2に示すように、ブレード55は、径方向の内側端面である先端面55aがシリンダ室46内においてローラ53の外周面53aに当接している。これにより、ブレード55は、ローラ53の偏心回転に伴いシリンダ室46内に進退可能に構成されている。ローラ53及びブレード55により、シリンダ室46は吸込室46aと圧縮室46bとに分割される。
なお、軸方向から見た平面視において、ブレード55の先端面55aは、径方向の内側に向けて凸の円弧状とされている。
【0023】
ブレード55とブレード溝54の内面54a,54bの間、ブレード55と主軸受42の下面42aとの間、ブレード55と副軸受43の上面43aとの間には、潤滑油Jが介在している。
【0024】
シリンダ41における、ブレード溝54に対するローラ53の回転方向(
図2中の矢印参照)前方(
図2中、ブレード溝54の左側)に位置する部分には、シリンダ41を径方向に貫通する吸込孔56が形成されている。吸込孔56の径方向の外側端部は吸い込みパイプ21(
図1参照)と接続されている。一方、吸込孔56の径方向の内側端部は、シリンダ室46の吸込室46a内に開口している。
シリンダ41における、ローラ53の回転方向に沿うブレード溝54の手前側(
図2中、ブレード溝54の右側)に位置する部分には、吐出溝58が形成されている。吐出溝58は、軸方向から見た平面視で半円形状に形成されている。吐出溝58は、シリンダ41の少なくとも上面で開口している。
【0025】
図1に示すように、主軸受42は、シリンダ41の上端開口部を閉塞している。主軸受42は、回転軸31のうち、シリンダ41よりも上方に位置する部分を回転可能に支持している。具体的に、主軸受42は、回転軸31が挿通された筒部61と、筒部61の下端部から径方向の外側に向けて突設されたフランジ部62と、を備えている。
【0026】
図1、
図2に示すように、フランジ部62の周方向の一部には、フランジ部62を軸方向に貫通する吐出孔64(
図2参照)が形成されている。吐出孔64は、吐出溝58を通してシリンダ室46内に連通している。なお、フランジ部62には、シリンダ室46(圧縮室46b)内の圧力上昇に伴い吐出孔64を開閉し、シリンダ室46外に冷媒を吐出する図示しない吐出弁機構が配設されている。
【0027】
図1に示すように、主軸受42には、主軸受42を上方から覆うマフラ65が設けられている。マフラ65には、マフラ65の内外を連通する連通孔66が形成されている。吐出孔64を通して吐出される高温、高圧の気体冷媒は、連通孔66を通して密閉容器34内に吐出される。
【0028】
副軸受43は、シリンダ41の下端開口部を閉塞している。副軸受43は、回転軸31のうち、シリンダ41よりも下方に位置する部分を回転可能に支持している。具体的に、副軸受43は、回転軸31が挿通される筒部71と、筒部71の上端部から径方向の外側に向けて突設されたフランジ部72と、を備えている。
【0029】
圧縮機構部33における各部材の材質は、特に限定されない。シリンダ41、主軸受42、副軸受43の材質は、例えば、FC250等のねずみ鋳鉄、ローラ53の材質は、例えば、FC250のねずみ鋳鉄にMo、Ni、Cr等を添加した特殊合金鋳鉄(モニクロ鋳鉄)とすることができる。ブレード55の材質は、例えば、SUS440Cにガス窒化処理を施して形成したものを使用できる。
【0030】
圧縮機2では、電動機部32の固定子35に電力が供給されると、回転軸31が回転子36とともに軸線O周りに回転する。そして、回転軸31の回転に伴い、偏心部51及びローラ53がシリンダ室46内で偏心回転する。このとき、ローラ53の外周面53aがシリンダ41の内周面41aに潤滑油膜を介して摺接する。これにより、吸込みパイプ21を通してシリンダ室46内に気体冷媒が取り込まれるとともに、シリンダ室46内に取り込まれた気体冷媒が圧縮される。
【0031】
具体的には、シリンダ室46のうち、吸込室46a内に吸込孔56を通して作動流体(気体冷媒)が吸い込まれるとともに、圧縮室46bにて先に吸込孔56から吸い込まれた気体冷媒が圧縮される。圧縮された気体冷媒は、主軸受42の吐出孔64を通してシリンダ室46の外側(マフラ65内)に吐出され、その後マフラ65の連通孔66を通して密閉容器34内に吐出される。なお、密閉容器34内に吐出された気体冷媒は、凝縮器3に送り込まれる。
【0032】
作動流体としては、特に限定されず、例えば、塩素を含まない炭化水素系冷媒、二酸化炭素、飽和フッ化炭化水素系冷媒、不飽和フッ化炭化水素系冷媒及び含フッ素エーテル系冷媒等が挙げられる。作動流体としては、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0033】
圧縮機2の圧縮機構部33において、ブレード55の先端面55a、両側の側面55c,55d、上端面55e及び下端面55f、ローラ53の外周面53a、内周面53b、上端面及び下端面、ブレード溝54の内面54a,54b、主軸受42の下面42aと内周面、及び副軸受43の上面43aと内周面、回転軸31の外周面等は、摺動面である。
また、ブレード55の両側の側面55c,55d、上端面55e及び下端面55f、ローラ53の上端面及び下端面、主軸受42の下面42a、副軸受43の上面43a等は、シール面でもある。シリンダ41の内周面41a等は、シール面である。
【0034】
圧縮機構部33における摺動面又はシール面の少なくとも一方には、ポリマーブラシが設けられている。例えば、
図4に示すように、ブレード55の先端面55a、両側の側面55c,55d、上端面55e及び下端面55fにおいて、ブレード55の基材81上にポリマーブラシ82が設けられる。
【0035】
ポリマーブラシは、摺動面だけに設けられていてもよく、シール面だけに設けられていてもよく、摺動面とシール面の両方に設けられていてもよい。摺動面にポリマーブラシを設ける場合、複数ある摺動面の全てにポリマーブラシを設けてもよく、特定の摺動面にのみポリマーブラシを設けてもよい。また、摺動面の全体(全面)にポリマーブラシを設けてもよく、摺動面の一部にポリマーブラシを設けてもよい。シール面にポリマーブラシを設ける場合、複数あるシール面の全てにポリマーブラシを設けてもよく、特定のシール面にのみポリマーブラシを設けてもよい。また、シール面の全体(全面)にポリマーブラシを設けてもよく、シール面の一部にポリマーブラシを設けてもよい。
なお、ポリマーブラシは、ブレードとローラが一体構造のスイング式ロータリ圧縮機におけるブレードの進退を自在に支持する揺動ブッシュ(図示せず)等に設けてもよい。
【0036】
ポリマーブラシは複数のポリマー鎖から形成されており、圧縮抵抗が大きく、摩擦抵抗が小さい等の優れた機械的特性を発現する。そのため、摺動面にポリマーブラシが設けられることで、摺動面の摩擦損失が低減される。また、シール面にポリマーブラシが設けられることで、潤滑剤がポリマーブラシで保持されやすくなり、シール性が向上する。
【0037】
ポリマーブラシを形成するポリマーとしては、例えば、ポリ(メチルメタクリレート)(PMMA)、ポリ(ラウリルメタクリレート)(PLMA)、ポリ(N,N−ジエチル−N−(2−メタクリロイルエチル)−N−メチルアンモニウム・ビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミド)(PDEMM−TFSI)等が挙げられる。ポリマーブラシを形成するポリマーは、1種であってもよく、2種以上であってもよい。
【0038】
ポリマーブラシにおいて各ポリマーをグラフトする態様は、公知の態様を採用できる。
ポリマーブラシを形成するポリマーが基材との結合のための反応性の官能基を有し、該官能基を用いた結合を介してグラフトされていることが好ましい。反応性の官能基としては、例えば、ジアルコキシシリル基、トリアルコキシシリル基等の加水分解性シリル基が挙げられる。
【0039】
ポリマーブラシにおいては、シリコンを含む酸化物を介してポリマーがグラフトされていることが好ましい。これにより、ポリマーブラシがより効果的に形成されることで、ポリマーブラシがもつトライボロジーと強靭性を有効に発揮しやすくなる。そのため、低摩擦による摩擦損失の低減効果、及びシール性向上による漏れ損失の低減効果が得られやすく、圧縮機の効率が向上する。
【0040】
より具体的には、特定の一部の摺動面及びシール面において、基材表面にシリコンを含む酸化物がコートされ、末端に加水分解性シリル基を有するポリマーがそのシリコンを含む酸化物とシロキサン結合により結合してグラフトされていることが好ましい。例えば、基材表面にコートされたシリコンを含む酸化物に、ブロモ基等の重合開始基を有するカップリング剤をカップリング反応させた後、溶液中での原子移動ラジカル重合(ATRP)を行うことでポリマーブラシを形成できる。
【0041】
シリコンを含む酸化物としては、例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、エトキシトリメトキシシラン、ジメトキシジエトキシシラン、メトキシトリエトキシシラン等が挙げられる。シリコンを含む酸化物としては、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0042】
重合開始基を有するカップリング剤としては、例えば、(3−トリメトキシシリル)プロピル−2−ブロモ−2−メチルプロピオネート等が挙げられる。重合開始基を有するカップリング剤としては、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0043】
ポリマーブラシは、架橋構造を有していることが好ましい。ポリマーブラシが架橋構造を有することで、ポリマーブラシがもつトライボロジーと強靭性を有効に発揮でき、低摩擦による摩擦損失の低減効果、及びシール性向上による漏れ損失の低減効果が向上し、圧縮機の効率向上がさらに高まる。
【0044】
架橋構造を形成するための架橋基としては、アジド基、ハロゲン基(好ましくはブロモ基)等が挙げられる。ポリマーは、主鎖に架橋基を有していてもよく、分岐鎖を有する場合には分岐鎖に架橋基を有していてもよい。分岐鎖を形成する際に主鎖に生じた未反応の反応基を架橋基として用いてもよく、分岐鎖をリビングラジカル重合で形成した際に分岐鎖の末端に残る反応基を架橋基として用いてもよい。
【0045】
架橋構造は、物理架橋であってもよく、化学架橋であってもよい。物理架橋及び化学架橋の導入は、ポリマーブラシを形成する際の重合時(その場架橋)であってもよく、重合後であってもよい。
例えば、その場架橋で化学架橋を導入する場合、重合時にモノマー(単官能性)に加えて、ジビニルモノマー(エチレングリコールジメタクリレート等)等の2官能性モノマーを適量添加すればよい。2官能性モノマーの添加量は、適宜設定すればよく、例えばモノマーの総量に対して1mol%とすることができる。
【0046】
架橋構造を有するポリマーブラシは、基材表面から切り出しても、良溶媒(例えば、o−ジクロロベンゼン)には溶解しなくなる。これにより、ポリマーが十分に架橋が形成されていることを確認できる。また、良溶媒中、AFMコロイドプロープ法によりポリマーブラシの膨潤度を測定すると、架橋していない状態に比べて膨潤度が低下するため、これによっても十分に架橋が形成されたことを確認できる。
【0047】
ポリマーブラシを形成するポリマーのグラフト密度は、ポリマーブラシが高い潤滑性を示すように設定することが好ましい。グラフト密度は、用いられるポリマーの種類や、溶媒の種類等によって適宜設定できる。
【0048】
ポリマーがPMMAの場合、グラフト密度は、0.1鎖/nm
2以上が好ましく、0.15鎖/nm
2以上がより好ましく、0.2鎖/nm
2以上がさらに好ましく、0.3鎖/nm
2以上が特に好ましく、0.4鎖/nm
2以上が極めて好ましく、0.45鎖/nm
2以上が最も好ましい。
【0049】
ポリマーがPLMAの場合、グラフト密度は、0.04鎖/nm
2以上が好ましく、0.06鎖/nm
2以上がより好ましく、0.08/nm
2以上がさらに好ましく、0.12鎖/nm
2以上が特に好ましく、0.16鎖/nm
2以上が極めて好ましく、0.18鎖/nm
2以上が最も好ましい。
【0050】
ポリマーがPDEMM−TFSIの場合、グラフト密度は、0.02鎖/nm
2以上が好ましく、0.03鎖/nm
2以上がより好ましく、0.04鎖/nm
2以上がさらに好ましく、0.06鎖/nm
2以上が特に好ましく、0.08鎖/nm
2以上が極めて好ましく、0.09鎖/nm
2以上が最も好ましい。
【0051】
ポリマーのグラフト密度は、公知の方法に従って測定できる。例えば、Macromolecules,31, 5934-5936 (1998)、Macromolecules,33, 5608-5612 (2000)、Macromolecules,38, 2137-2142 (2005)等に記載の方法に従って測定できる。
具体的には、グラフト密度σ(鎖/nm
2)は、ポリマーブラシを形成するポリマーの量であるグラフト量(W)と、ポリマー(グラフト鎖)の数平均分子量(Mn)を測定し、下記式(1)から求めることができる。
σ(鎖/nm
2)=W(g/nm
2)/Mn×(アボガドロ数) ・・・(1)
【0052】
グラフト量(W)は、ポリマーブラシを形成する基材表面が平面の場合には、エリプソメトリー法によりポリマーブラシの乾燥状態の厚みを測定し、その測定値とバルク密度を用いて、単位面積当たりのグラフト量を算出できる。ポリマーブラシを形成する基材表面の材質がシリカである場合には、赤外吸収分光測定(IR)、熱重量損失測定(TG)、元素分析測定等によりグラフト量(W)を測定することもできる。
【0053】
具体的には、グラフト密度σは、例えば、ポリマーブラシの乾燥状態における厚みとポリマーのMnとをプロットしたグラフの傾き(例えば、特開平11−263819号公報参照)、ポリマーブラシのポリマーのグラフト量と該ポリマーのMnとをプロットしたグラフの傾きから求めることができる。
【0054】
摺動面及びシール面におけるポリマーブラシが形成された領域の面積に対する、該ポリマーブラシを形成するポリマーの占有面積率(ポリマーブラシの厚さ方向に直交する断面の断面積当たりのポリマーの占有面積率)σ
*は、10%以上が好ましく、15%以上がより好ましく、20%以上がさらに好ましい。占有面積率σ
*が下限値以上であれば、ポリマーブラシのトライボロジー特性が向上するうえ、強靭性(レジリエンシー)が図られるため、耐久性に優れたポリマーブラシとなる。圧縮機を様々な使用環境及び用途に適用できる。
【0055】
表面占有率σ
*は、摺動面及びシール面のポリマーブラシが形成された領域においてグラフト点(ポリマーの1つ目のモノマー)が占める割合を意味する。ポリマーブラシにおいて各ポリマーが最密充填された状態、すなわちこれ以上ポリマーをグラフトできない状態で表面占有率σ
*は100%となる。
表面占有率σ
*は、ポリマーの伸びきり形態における繰り返し単位長さ及びポリマーのバルク密度から、ポリマーブラシの厚さ方向に直交する断面の断面積を求め、これにグラフト密度σを掛けることで算出できる。
【0056】
ポリマーブラシを形成するポリマーのMnは、所望の潤滑性を示すように設定でき、500〜10,000,000が好ましく、100,000〜10,000,000がより好ましい。
分子量分布指数(Mw/Mn)は、所望の潤滑性を示すように設定でき、1.5以下が好ましく、1.01〜1.5がより好ましい。
【0057】
ポリマーブラシを形成するポリマーの数平均分子量(Mn)及び重量平均分子量(Mw)は、基材がシリカの場合や基材表面にシリカコートしてポリマーをグラフトしている場合には、フッ化水素酸処理によりポリマー(グラフト鎖)をグラフト点から切り出した後、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法により測定することができる。
【0058】
ポリマーブラシを形成するポリマーのMn及びMwは、ポリマーブラシを形成する際の重合と同条件で重合で得られる遊離ポリマーのMn及びMwとほぼ等しい。例えばポリマーブラシを形成する際の重合溶液に遊離開始剤を添加することで、ポリマーブラシを形成するポリマーと同等のMn及びMwを有する遊離ポリマーを得ることができる。この遊離ポリマーのMn及びMwをGPC法により測定し、ポリマーブラシを形成するポリマーのMn及びMwとしてもよい。
GPC法では、入手可能な分子量既知のポリマーを単分散した標準試料を用いた較正法、多角度光散乱検出器を用いた絶対分子量評価を行う。
【0059】
ポリマーブラシを形成するポリマーの平均長さは、所望の潤滑性を示すように設定でき、0.5μm以上が好ましく、0.7μm以上がより好ましく、0.8μm以上がさらに好ましく、1μm以上が特に好ましい。ポリマーの平均長さが下限値以上であれば、ポリマーブラシのトライボロジー特性が向上するうえ、強靭性(レジリエンシー)が図られるため、耐久性に優れたポリマーブラシとなる。圧縮機を様々な使用環境及び使用用途に適用できる。
ポリマーの平均長さの上限は、圧縮機の機能を損なわない範囲で適宜設定でき、例えば、5μmとすることができる。
ポリマーの分子鎖の平均長さは、例えば、ポリマーのMn及びMw/Mnから求めることができる。
【0060】
ポリマーブラシは、分子鎖の平均長さが0.5μm以上のポリマーで形成され、かつ摺動面及びシール面におけるポリマーの占有面積率σ
*が10%以上である厚膜濃厚ポリマーブラシであることが特に好ましい。
【0061】
ポリマーブラシは、圧縮機構部を潤滑する潤滑剤により膨潤されていることが好ましい。ポリマーブラシが膨潤状態となることで、柔軟性、強靭性、低摩擦等の摺動特性が向上し、摺動面における摩擦損失の低減効果、及びシール面におけるシール性の向上効果がさらに高まる。また、圧縮機構部を潤滑する潤滑剤を用いることで、潤滑剤がポリマーブラシに安定して供給され、ポリマーブラシの膨潤状態を保持しやすい。
【0062】
ポリマーブラシを膨潤させる潤滑剤としては、作動流体と潤滑剤の合計質量に対する潤滑剤の比率が60質量%以上となるように混合したときに、−10℃から60℃において、常に作動流体と相溶性を有する潤滑剤が好ましい。これにより、作動流体に潤滑剤を混合することで、作動媒体を利用してポリマーブラシに潤滑剤を安定して供給することができる。そのため、幅広い使用環境で圧縮機の効率向上と長期信頼性確保の両立が実現できる。
【0063】
このような作動流体と潤滑剤との組み合わせとしては、塩素を含まない炭化水素系冷媒、二酸化炭素、飽和フッ化炭化水素系冷媒、不飽和フッ化炭化水素系冷媒及び含フッ素エーテル系冷媒からなる群から選ばれる少なくとも1種の作動流体と、鉱物油、ポリオールエステル油、ポリビニルエーテル油、アルキレングリコール油及びポリアルファオレフィン油からなる群から選ばれる少なくとも1種の潤滑剤との組み合わせが好ましい。これにより、潤滑性及び化学安定性に優れ、長期信頼性に優れたポリマーブラシが形成されやすい。
【0064】
作動流体の具体例としては、プロパン、プロピレン、ノルマルブタン、2−メチルブタン、イソブタン、冷媒用炭酸ガス(R744)、HFC23、HFC32、HFC125、HFC134a、HFC143a、HFC236fa、HFC410A、HFO1225ye、HFO1233zd、HFO1233yd、HFO1234yf、HFO1234ze、HFO1234ye、HFO1243zf、HFE245mc、HFE143m等が挙げられる。
【0065】
潤滑剤の具体例としては、40℃の動粘度が74mm
2/s、100℃の動粘度が8.7mm
2/sであるポリオールエステル油(POE)、40℃の動粘度が68mm
2/s、100℃の動粘度が8mm
2/sであるポリビニルエーテル油(PVE)、40℃の動粘度が105mm
2/s、100℃の動粘度が20mm
2/sであるポリアルキレングリコール油(PAG)、40℃の動粘度が10mm
2/s、100℃の動粘度が2.3mm
2/sである鉱物油等が挙げられる。
【0066】
ポリマーブラシを潤滑剤で膨潤させる場合、ポリマーブラシを形成するポリマーと潤滑剤の組み合わせは、PLMAと、ポリオールエステル及びポリビニルエーテルから選ばれる冷凍機油との組み合わせが好ましい。PLMAとこれらの冷凍機油とは親和性に優れるため、ポリマーブラシを膨潤させることが容易になり、摩擦損失の低減効果及びシール性向上による漏れ損失の低減効果がより安定して得られる。
【0067】
ポリマーブラシを潤滑剤で膨潤させる場合、非極性の潤滑剤を適用できる点では、ポリマーブラシを形成するポリマーはPMMAが好ましい。非極性の潤滑剤は圧縮機で使用される金属材料、有機材料等への悪影響が少なく、より信頼性に優れた圧縮機とすることができる。
【0068】
以上説明した少なくともひとつの実施形態によれば、圧縮機構部の摺動面又はシール面の少なくとも一方にポリマーブラシが設けられることにより、加工精度や組立精度を過度に高くすることなく、圧縮機構部における摺動面の摩擦損失の低減やシール性向上による作動流体の漏れ量の低減を図ることができる。
【0069】
なお、本発明の実施形態を説明したが、実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【実施例】
【0070】
以下、実施例によって具体的に説明するが、以下の記載によっては限定されない。なお、以下の記載における「部」は、「質量部」を意味する。
[実施例1]
ブレードの摺動面にシリコンを含む酸化物をコートする方法の一例を説明する。
図3に例示した形態のガス窒化処理を施したブレード(SUS440C)を、アセトンとヘキサンの質量比1:1の混合溶媒で30分間、次いでクロロホルムで30分間、次いで2−プロパノールで30分間、超音波洗浄し、UVオゾンクリーナーで30分処理した。洗浄したブレードをエタノール34.8部に浸漬した。
蓋付きサンプル容器でテトラエトキシシラン(TEOS)0.54部とエタノール17.8部の溶液を調製し、別のサンプル容器で28%アンモニア水1.3部とエタノール17.8部の溶液を調製し、それらを混合した。その混合液に、洗浄したブレードをエタノール34.8部とともに加え、室温(25℃)で24時間反応させた後、反応液からブレードを取り出してエタノールで超音波洗浄し、シリカコートブレードを得た。
【0071】
シリ力コートブレードをアセトンとヘキサンの質量比1:1の混合溶媒で30分間、次いでクロロホルムで30分間、次いで2−プロパノールで30分間、超音波洗浄し、UVオゾンクリーナーで30分処理した。
蓋付きサンプル容器で(3−トリメトキシシリル)プロピル−2−ブロモ−2−メチルプロピオネート0.5部とエタノール22.3部の溶液を調製し、別のサンプル容器で28%アンモニア水5.7部とエタノール25.4部の溶液を調製してそれらを混合した。その混合液に、洗浄したシリカコートブレードを浸漬させ、室温(25℃)で24時間、シランカップリング反応を行った後、反応液からブレードを取り出してエタノールで超音波洗浄し、開始基固定化ブレードを得た。
【0072】
グローブボックス中で、テフロン(登録商標)製耐圧容器に、エチル−2−ブロモ−2−メチルプロピオネート0.00026部、メチルメタクリレート(MMA)26.6部、臭化銅(I)0.12部、臭化銅(II)0.021部、4,4’−ジノニル−2,2’−ビピリジル0.78部、アニソール27.5部を添加した。次に、開始基固定化ブレードを耐圧容器に入れて蓋をし、600C、400MPaの条件で4時間、表面開始原子移動ラジカル重合(SI−ATRP)を行った。重合終了後、重合溶液からブレードを取り出し、テトラヒドロフラン(THF)で十分洗浄し、厚膜PMMAブラシ付ブレードを得た。
【0073】
重合後の重合溶液について、
1H−NMR測定とGPC法による分子量測定を行い、遊離PMMAのMn及びMw/Mnを算出したところ、Mnは1.8×10
6、Mw/Mnは1.14であった。
また、重合に際しては、ブレードの場合と同様の方法で重合開始基を固定化したシリコンウェーハも重合溶液に加え、膜厚測定のレファレンスとした。偏光解析法(ellipsometry)により、シリコンウェーハに形成されたPMMAブラシの乾燥膜厚を分析したところ、0.80μmであった。また、得られたデータからグラフト密度σと表面占有率σ
*を算出したところ、グラフト密度σは0.32鎖/nm
2、表面占有率σ
*は18%であった。
【0074】
得られた厚膜PMMAブラシ付ブレードを用いて
図1に例示した圧縮機2と同じ態様の圧縮機を作製した。シリンダ41、主軸受42、副軸受43の材質はFC250のねずみ鋳鉄、ローラ53の材質は、FC250のねずみ鋳鉄にMo、Ni、Cr等を添加した特殊合金鋳鉄(モニクロ鋳鉄)とした。
【0075】
[実施例2]
実施例1と同様の方法で開始基固定化ブレードを得た。
グローブボックスの中で、テフロン(登録商標)製耐圧容器に、エチル−2−ブロモ−2−メチルプロピオネート0.00026部、ラウリルメタクリレート(SLMA、日油株式会社製ブレンマーSLMA−S)36.1部、臭化銅(I)0.21部、臭化銅(II)0.014部、4,4’−ジノニル−2,2’−ビピリジル1.2部、アニソール37.5部を添加した。次に、開始基固定化ブレードを耐圧容器に入れて蓋をし、600C、400MPaの条件で2時間、SI−ATRPを行った。重合終了後、重合溶液からブレードを取り出し、THFで十分洗浄し、厚膜PLMAブラシ付ブレードを得た。
【0076】
重合後の重合溶液について、
1H−NMR測定とGPC法による分子量測定を行い、遊離PLMAのMn及びMw/Mnを算出したところ、Mnは4.6×10
6、Mw/Mnは1.23であった。
また、実施例1と同様の方法でシリコンウェーハに形成されたPLMAブラシの乾燥膜厚を分析したところ、1.02μmであった。また、得られたデータからグラフト密度σと表面占有率σ
*を算出したところ、グラフト密度σは0.12鎖/nm
2、表面占有率σ
*は22%であった。
【0077】
厚膜PMMAブラシ付ブレードの代わりに厚膜PLMAブラシ付ブレードを用いる以外は、実施例1と同様にして圧縮機を作製した。
【0078】
[比較例1]
ポリマーブラシを形成しないブレードを用いる以外は、実施例1と同様にして圧縮機を作製した。
【0079】
[
1H−NMR測定]
1H−NMR測定では、フーリエ変換核磁気共鳴装置FT−NMR(株式会社JEOL RESONANCE製「JNM−ECA600」あるいは「ECA400」)を用いた。重溶媒として、重クロロホルム(和光純薬工業株式会社製)を用いた。
【0080】
[ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)]
GPC法による分子量測定では、分子量測定装置として昭和電工株式会社製「Shodex GPC−101」を用い、カラムは昭和電工株式会社製「Shodex KF−806L」)を2本直列に接続した。溶離液としてはTHFを用いた。測定は40℃で行い、流量を0.8mL/分とした。キャリブレーション試料を分子量既知のPMMA(VARIAN社製)として得たPMMA換算の検量線を用いて、Mn及びMw/Mnをそれぞれ求めた。
【0081】
[ポリマーブラシの乾燥膜厚]
ポリマーブラシの乾燥膜厚の測定では、分光エリプソメーター(ジェー・エー・ウーラム・ジャパン株式会社製「M−2000U」)を用いた。光源には、重水素(Deuterium)及び石英タングステンハロゲン(Quartz Tungsten Halogen:QTH)ランプを用いた。
【0082】
[圧縮機の効率評価]
作動流体としてHFC32を用い、潤滑剤としてポリオールエステル油を用い、ASHRAE(アメリ力暖房冷凍空調学会)条件にて、ポリマーブラシを付与していない比較例1の圧縮機を基準に効率を比較した。結果を
図5に示す。
【0083】
図5に示すように、ブレードの摺動面及びシール面にポリマーブラシを設けた実施例1、2の圧縮機では、ポリマーブラシを付与していない比較例1の圧縮機を基準にした効率が100%を超えており、特に低回転域ほど効率向上が認められた。これはブレードまわりの摺動面の摩擦損失の低減や、シール性向上による漏れ損失の低減によってもたらされていると考えられる。
【0084】
[実験例1]
作動流体として冷媒であるHFC410A、潤滑剤としてポリオールエステルの冷凍機油を用いたときの、−10℃から60℃におけるそれらの二層分離温度線図を
図6に示す。
【0085】
図6に示すように、−10℃から60℃の温度範囲において、この作動流体(冷媒)と潤滑剤(冷凍機油)は二層分離する領域があるが、作動流体と潤滑剤の合計質量に対する潤滑剤の比率が60質量%以上では、常に相溶性を有していた。