特許第6978045号(P6978045)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6978045未分化幹細胞を培養し心筋細胞を分化誘導するシステム及び心筋細胞の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6978045
(24)【登録日】2021年11月15日
(45)【発行日】2021年12月8日
(54)【発明の名称】未分化幹細胞を培養し心筋細胞を分化誘導するシステム及び心筋細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20211125BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20211125BHJP
   C12M 1/36 20060101ALI20211125BHJP
【FI】
   C12M3/00 B
   C12N5/077
   C12M1/36
【請求項の数】4
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-193600(P2017-193600)
(22)【出願日】2017年10月3日
(65)【公開番号】特開2019-62840(P2019-62840A)
(43)【公開日】2019年4月25日
【審査請求日】2020年8月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】516182203
【氏名又は名称】Heartseed株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】遠山 周吾
(72)【発明者】
【氏名】藤田 淳
(72)【発明者】
【氏名】福田 恵一
【審査官】 田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2016/069892(WO,A1)
【文献】 特表2013−540444(JP,A)
【文献】 特開昭52−145590(JP,A)
【文献】 特開2005−269921(JP,A)
【文献】 特開2006−014675(JP,A)
【文献】 国際公開第2005/033298(WO,A1)
【文献】 中国実用新案第205368393(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
C12N 5/077
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養装置と、
ガス供給装置と、
前記細胞培養装置に供給されるガスの速度が、1層あたり20mL/分以上60mL/分以下で全層において一定となるように前記ガス供給装置を制御する制御部と、
を備え、
前記細胞培養装置は、
液面高さが2mm以上10mm以下となるように設定された培養液を貯留可能な培養液貯留部と、
供給されたガスが通流するガス供給流路と、
前記ガス供給流路に設けられ、前記培養液貯留部に貯留された前記培養液に対して前記ガスを前記速度で全層において一定となるように吐出するガス吐出口と、
前記培養液に対して吐出された前記ガスを排出するためのガス排出口と、
前記ガス排出口を通じた前記ガスが通流するガス排出流路と、
を備えた培養容器を4層以上備え、
前記養容器を4層以上積層することにより形成されたものである、未分化幹細胞を培養し心筋細胞を分化誘導するシステム
【請求項2】
前記4層以上の培養容器は、一の前記培養容器の前記ガス供給流路と他の前記培養容器の前記ガス供給流路と、及び、一の前記培養容器の前記ガス排出流路と、他の前記培養容器の前記ガス排出流路とが、互いに連通可能に接続されることで積層されている請求項1に記載のシステム
【請求項3】
前記培養液貯留部は、矩形状に形成され、
前記ガス供給流路及び前記ガス排出流路は、前記培養液貯留部における一辺の両端の角部にそれぞれ設けられている請求項1又は請求項2に記載のシステム
【請求項4】
請求項1〜のいずれか一項に記載のシステムを用いて、未分化幹細胞を培養し、心筋細胞に分化誘導する分化誘導工程を備える心筋細胞の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養装置及びその使用に関する。具体的には、細胞培養装置、前記細胞培養装置を備える細胞培養システム、及び、前記細胞培養装置又は前記細胞培養システムを用いた心筋細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
成体における心筋細胞は増殖活性を喪失している。そのため、重症な心筋梗塞、心筋症等の疾患では、従来、心臓移植に頼らざるを得ない状況が続いていた。しかし、近年、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞についての研究が進んで来た。このことから、これらの多能性幹細胞を分化誘導して心筋細胞を作製し、そのような誘導された心筋細胞を移植医療において使用することが可能になりつつある。
【0003】
これまで、ヒトiPS細胞の維持及び増殖には懸濁培養系(suspension culture systems;SCSs)が用いられてきた。SCSsでは、培養量を容易にスケールアップすることができ、培地交換が簡単である。また、SCSsでは、ヒトiPS細胞は細胞凝集が自然に起こり、胚様体(embryoid body;EB)形成するため、分化細胞の生成に適している(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Hemmi N et al., “A Massive Suspension Culture System With Metabolic Purification for Human Pluripotent Stem Cell-Derived Cardiomyocytes.”, Stem Cells Translational Medicine, Vol. 3, No. 12, p1473-1483, 2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1に記載の方法等、SCSsによる未分化幹細胞の培養又は分化誘導系では、細胞塊が増殖しにくく、分化効率が不安定であるため、均質なEBを得ることが困難である。また、細胞株毎に至適条件が異なるため、羽の回転速度の条件検討が必要である。また、系内に残存する未分化幹細胞の完全除去が困難である。さらに、細胞を移植する際にはスフェロイド状やシート状、ファイバー状等様々な微小組織に変化させることが一般的であり、その際には、細胞を、一度酵素等を用いて単離する必要がある。しかしながら、SCSsによる未分化幹細胞の培養又は分化誘導系では、長期間の培養により細胞間の接着が強固であり、単離が極めて困難となる。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、高効率に未分化幹細胞を増殖させ、心筋細胞への分化誘導効率が安定した細胞培養装置及び細胞培養システムを提供する。また、前記細胞培養装置又は前記細胞培養システムを用いた心筋細胞の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
本発明の第1態様に係るシステムは、未分化幹細胞を培養し心筋細胞を分化誘導するシステムであって、細胞培養装置と、ガス供給装置と、前記細胞培養装置に供給されるガスの速度が、1層あたり20mL/分以上60mL/分以下で全層において一定となるように前記ガス供給装置を制御する制御部と、を備え、前記細胞培養装置は、液面高さが2mm以上10mm以下となるように設定された培養液を貯留可能な培養液貯留部と、供給されたガスが通流するガス供給流路と、前記ガス供給流路に設けられ、前記培養液貯留部に貯留された前記培養液に対して前記ガスを前記速度で全層において一定となるように吐出するガス吐出口と、前記培養液に対して吐出された前記ガスを排出するためのガス排出口と、前記ガス排出口を通じた前記ガスが通流するガス排出流路と、を備えた培養容器を4層以上備え、前記養容器を4層以上積層することにより形成されたものである。
【0008】
前記4層以上の培養容器は、一の前記培養容器の前記ガス供給流路と他の前記培養容器の前記ガス供給流路と、及び、一の前記培養容器の前記ガス排出流路と、他の前記培養容器の前記ガス排出流路とが、互いに連通可能に接続されることで積層されていてもよい。
【0009】
前記培養液貯留部は、矩形状に形成され、前記ガス供給流路及び前記ガス排出流路は、前記培養液貯留部における一辺の両端の角部にそれぞれ設けられていてもよい。
【0013】
本発明の第態様に係る心筋細胞の製造方法は、上記第1態様に係るステムを用いて、未分化幹細胞を培養し、心筋細胞に分化誘導する分化誘導工程を備える方法である。
【発明の効果】
【0014】
上記態様の細胞培養装置及び細胞培養システムによれば、高効率に未分化幹細胞を増殖させ、安定した分化誘導効率で心筋細胞を得ることができる。上記態様の心筋細胞の製造方法によれば、未分化幹細胞から安定した分化誘導効率で心筋細胞を大量に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1A】本実施形態の細胞培養装置の一例を示す概略構成図(斜視図)である。
図1B】本実施形態の細胞培養装置の一例を示す概略構成図(正面図)である。
図2】本実施形態の細胞培養システムの一例を示す概略構成図である。
図3A】参考例1におけるヒトiPS細胞の培養試験のフローを示す概略構成図である。
図3B】参考例1におけるヒトiPS細胞のアルカリフォスファターゼ染色の結果を示す画像である。
図3C】参考例1におけるヒトiPS細胞の免疫蛍光染色の結果を示す画像である。上は、明視野における画像であり、下は、蛍光を検出した画像である。スケールバーは100μmである。
図4A】実施例1におけるヒトiPS細胞の培養試験のフローを示す概略構成図である。
図4B】参考例1及び実施例1におけるヒトiPS細胞の増殖効率を示すグラフである。
図4C】実施例1におけるヒトiPS細胞の免疫蛍光染色の結果を示す画像である。左は、明視野における画像であり、右は、蛍光を検出した画像である。スケールバーは100μmである。
図4D】実施例1におけるAGV条件下及びNGV条件下でヒトiPS細胞を培養した培養液中のCO分圧、O分圧、pH、グルコース濃度及びグルタミン濃度の経時変化を示すグラフである。
図5】実施例2におけるPBS中のフェノールレッドの色の経時的な変化を示す画像である。
図6A】実施例2におけるAGV条件下でのガス置換速度を示すグラフである。
図6B】実施例2におけるNGV条件下でのガス置換速度を示すグラフである。
図7A】実施例2におけるヒトiPS細胞の培養試験のフローを示す概略構成図である。
図7B】実施例2におけるAGV条件下及びNGV条件下でのヒトiPS細胞の細胞数の経時変化を示すグラフである。
図7C】実施例2におけるAGV条件下及びNGV条件下でのヒトiPS細胞の増殖効率を示すグラフである。
図7D】実施例2におけるヒトiPS細胞の免疫蛍光染色の結果を示す画像である。上は、明視野における画像であり、下は、蛍光を検出した画像である。スケールバーは100μmである。
図7E】実施例2におけるAGV条件下及びNGV条件下でヒトiPS細胞を培養した培養液中のCO分圧、O分圧及びpHの経時変化を示すグラフである。
図8A】実施例3におけるヒトiPS細胞から心筋細胞への分化誘導試験のフローを示す概略構成図である。
図8B】実施例3における各条件で培養したヒトiPS細胞由来の分化細胞の細胞生存率を示すグラフである。
図8C】実施例3における各条件で培養したヒトiPS細胞由来の分化細胞の細胞数を示すグラフである。グラフ中、「non−CMs」とは、心筋細胞ではない細胞の数を示し、「CMs」とは心筋細胞に分化した細胞の数を示す。
図8D】実施例3における各条件で培養したヒトiPS細胞由来の分化細胞中のトロポニンT陽性細胞の割合を示すグラフ(左)及びヒトiPS細胞由来心筋細胞の細胞数を示すグラフ(右)である。
図8E】実施例3における各条件で培養したヒトiPS細胞由来の分化細胞を用いたFACS分析の結果を示すグラフである。上は、ヒトiPS細胞を用いたFACS分析の結果を示すグラフである。真ん中は、代謝選択前の細胞を用いたFACS分析の結果を示すグラフである。下は、代謝選択後の細胞を用いたFACS分析の結果を示すグラフである。
図8F】実施例3におけるヒトiPS細胞由来の分化細胞の免疫蛍光染色の結果を示す画像である。左は代謝選択前の細胞の蛍光検出画像であり、右は代謝選択後の細胞の蛍光検出画像である。スケールバーは500μmである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
≪細胞培養装置≫
図1A(斜視図)及び図1B(正面図)は、本実施形態の細胞培養装置の一例を示す概略構成図である。図1A及び図1Bを参照しながら、本実施形態の細胞培養装置の各構成について以下に詳細を説明する。
【0017】
図1A及び図1Bに示す細胞培養装置100は、培養容器10を複数備える。培養容器10は、培養液貯留部1と、ガス供給流路2と、ガス吐出口3と、ガス排出口4と、ガス排出流路5と、を備える。また、細胞培養装置100は、複数の培養容器10を積層することにより形成されている。図1A及び図1Bにおいて、培養容器10が10層積層されたものを例示したが、積層される数は、2層以上であればよく、これに限定されない。
【0018】
培養容器10において、培養液貯留部1は、所定の液面高さとなるように培養液7を貯留するためのものである。
【0019】
培養液貯留部1において、培養液の液面高さは2mm以上10mm以下となるように設定されていることが好ましく、2mm以上6mm以下となるように設定されていることがより好ましく、2mm以上4mm以下となるように設定されていることがさらに好ましい。
培養液の液面高さが上記下限値以上であることにより、細胞を乾燥させることなく十分な栄養を与えながら、培養液中においてより高効率で増殖させることができる。一方、上記上限値以下であることにより、培養液中に供給されるガスをより高効率で溶存させることができる。
【0020】
また、培養液貯留部1の形状としては、特別な限定はないが、天面から見たときの形状が矩形状であることが好ましい。
【0021】
また、培養液貯留部1の底面には、未分化幹細胞を培養することができる公知のマトリックスで被覆されていることが好ましい。公知のマトリックスとしては、例えば、成長因子が低減されたマトリゲル(Thermo Fisher Scientific社製)、Laminin 511E8(Nippi社製)、Laminin 511/521(Biolamina社製)、Vitronectin(Thermo Fisher Scientific社製)、E−cadherin(R&D社製)、Synthemax(Corning社製)等が挙げられ、これらに限定されない。
【0022】
本実施形態の細胞培養装置において用いられる培養液は、細胞の生育に有効な成分を含有していてもよく、例えば、アミノ酸、ビタミン類、無機塩類、糖類、成長因子等の各種成分が挙げられる。その他、抗生物質、緩衝液、キレート剤、フェノールレッド指示薬等の成分を含有していてもよい。
【0023】
培養液としては、例えば、従来培地として用いられている一般的な細胞培養液と同様の組成としてもよい。前記従来培地として用いられている一般的な細胞培養液として具体的には、例えば、ダルベッコ改変イーグル培養液(DMEM)、MEM培養液(例えば、α−MEM、MEM[Hank’s BSS])、RPMI培養液(例えば、RPMI 1640等)、F12培養液、StemPro34、mTeSR1等が挙げられる。
【0024】
また、培養液としては、例えば、未分化幹細胞維持培地として用いられている一般的な細胞培養液と同様の組成としてもよい。前記未分化幹細胞維持培地として具体的には、例えばStemFit培地、mTeSR(登録商標) Essential 8(登録商標)培地、StemSure(登録商標)培地等が挙げられる。
【0025】
なお、本明細書において、「未分化幹細胞」は、分化多能性を有する多能性幹細胞を包含する概念として用いられる。未分化幹細胞としては、胚性幹細胞(embryonic stem cells:ES細胞)、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells:iPS細胞)、及び、これらの幹細胞から誘導された分化多能性を有する細胞、並びに各種体性幹細胞が含まれる。「未分化幹細胞」は、分化多能性を有する細胞であれば特に限定されず、上記例示したES細胞やiPS細胞と同等の性質を有する未知の細胞も包含する。
【0026】
細胞が未分化幹細胞であることは、未分化幹細胞に特異的な性質の有無や、未分化幹細胞に特異的な各種マーカーの発現等から判断することができる。例えば、未分化幹細胞に特異的な性質としては、自己複製能を有し、未分化幹細胞とは異なる性質を有する別種の細胞へと分化可能である性質が挙げられる。また、テラトーマ形成能やキメラマウス形成能等も未分化幹細胞に特異的な性質として挙げられる。
【0027】
未分化幹細胞に特異的な各種マーカー(以下、「未分化幹細胞マーカー」と称する場合がある)とは、未分化幹細胞に特異的に発現する因子である。未分化幹細胞マーカーとして具体的には、例えば、Oct3/4、Nanog、Sox2、SSEA−1、SSEA−3、SSEA−4、TRA1−60、TRA1−81、Lin28、Fbx15等が挙げられる。これら未分化幹細胞マーカーの少なくとも1つの発現が観察された場合には、当該細胞を未分化幹細胞と判断することができる。未分化幹細胞マーカーは、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。一実施形態として、Oct3/4を発現する細胞を未分化幹細胞と判断してもよい。なお、細胞における未分化幹細胞マーカーの発現は、RT−PCRやマイクロアレイ等の公知の方法を用いて確認することができる。
【0028】
未分化幹細胞は、哺乳類の未分化幹細胞であってもよく、げっ歯類の未分化幹細胞であってもよく、霊長類の未分化幹細胞であってもよく、ヒトの未分化幹細胞であってもよい。未分化幹細胞の一例として、ヒト由来の未分化幹細胞が挙げられる。未分化幹細胞として、より具体的な例としては、ヒトiPS細胞及びヒトES細胞等が挙げられる。
【0029】
本明細書において、「分化細胞」とは、上記「未分化幹細胞」の性質を有しない細胞のことを指す。分化細胞は、未分化幹細胞から誘導及び分化された細胞であり得るが、分化多能性を有しない。分化細胞としては、例えば、ES細胞から分化した細胞、iPS細胞から分化した細胞であってよい。分化細胞の例としては、心筋細胞、筋細胞、繊維芽細胞、神経細胞、リンパ球等の免疫細胞、血管細胞、網膜色素上皮細胞等の眼細胞、巨核球や赤血球等の血液細胞、その他各組織細胞、及び、それらの前駆細胞等が挙げられる。中でも、本実施形態の細胞培養装置を用いて未分化幹細胞から誘導及び分化される細胞としては、心筋細胞であることが好ましい。
【0030】
未分化幹細胞から心筋細胞を製造する場合、心筋細胞への分化が進行するにつれて、未分化中胚葉、心臓中胚葉(又は予定心筋細胞)を経て心筋細胞に分化すると考えられている。ここで、未分化中胚葉とは、未分化中胚葉に特異的なBrachyuryタンパク質の発現が認められる段階をいう。一方、心臓中胚葉(又は予定心筋細胞)とは、Brachyury等の未分化中胚葉に特異的なタンパク質の発現が認められ、且つ、同一細胞においてNkx2.5やアクチニン等の心筋細胞特異的タンパク質の発現を認めない細胞でを意味する。さらに、心臓中胚葉(又は予定心筋細胞)は、培養液に対して新たに物質が加えられることを必要とせず、専ら心筋細胞へ分化する能力を有する細胞を意味する。心筋細胞とは、自律拍動を行っている細胞のことを意味する。心筋細胞は、Nkx2.5、GATA4、アクチニン等のマーカーを発現する。
【0031】
未分化幹細胞から心筋細胞を製造する場合、例えば、未分化幹細胞を培養する培養液に、心筋細胞への分化を惹起する物質を添加することにより、心筋細胞への分化及び誘導を行ってもよい。心筋細胞への分化を惹起する物質としては、例えば、サイトカイン、接着分子、ビタミン、転写因子、心筋細胞由来の細胞外基質、BMPアンタゴニスト等を挙げられる。なお、後述の実施例に示すように、分化初期にWntシグナル及びBMPシグナルを活性化する物質(例えば、CHIR99021等)を添加し、分化後期にWntシグナルを抑制する物質(例えば、IWR1、Dkk、IWP2等)を添加することが好ましい。
【0032】
前記サイトカインとしては、例えば、デメチラーゼ、5−アザシチジン、DMSOなどの染色体DNA脱メチル化剤;PDGF、繊維芽細胞増殖因子8(FGF−8)、エンドセリン1(ET1)、ミドカイン(Midkine)骨形成因子4(BMP−4)、G−CSF、Active A等が挙げられる。
【0033】
前記接着分子としては、例えば、ゼラチン、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン等が挙げられる。
【0034】
前記ビタミンとしては、例えば、レチノイン酸等が挙げられる。
【0035】
前記転写因子としては、例えば、Nkx2.5/Csx、GATA4、MEF−2A、MEF−2B、MEF−2C、MEF−2D、dHAND、eHAND、TEF−1、TEF−3、TEF−5、MesP1等が挙げられる。
【0036】
前記BMPアンタゴニストとしては、例えば、ノギン、コーディン、フェチュイン、フォリスタチン、スクレロスチン、ダン、サーベラス、グレムリン、ダンテ等が挙げられる。
【0037】
ガス供給流路2は、供給されたガスが通流するためのものである。
【0038】
本実施形態の細胞培養装置において供給されるガスとしては、細胞培養に用いられる組成のガスであればよい。中でも、供給されるガスとしては、ガス中の二酸化炭素の濃度が3%以上10%以下であることが好ましく、4%以上8%以下であることがより好ましく、5%以上6%以下であることがさらに好ましい。ガス中の二酸化炭素の濃度が上記範囲であることにより、より高効率で細胞を増殖させることができる。
【0039】
また、供給されるガスの組成としては、その他に酸素(ガス中の濃度:例えば10%以上30%以下程度)及び窒素(ガス中の濃度:例えば70%以上90%以下程度)等を含むことができる。
【0040】
ガス吐出口3は、ガス供給流路2に設けられ、培養液貯留部1に貯留された培養液7に対してガスを吐出するためのものである。これにより培養液7中にガスが溶存し、高効率で細胞を増殖させることができる。
【0041】
ガス排出口4は、培養液7に対して吐出されたガスを排出するためのものである。これにより、培養容器10内の空気を高効率で置換することができ、培養容器10内の空気の組成を一定に保つことができる。
【0042】
ガス排出流路5は、ガス排出口4を通じたガスが通流するためのものである。これにより、排出されたガスは培養系外へと排出される。
【0043】
また、複数の培養容器において、一の培養容器のガス供給流路と、他の培養容器のガス供給流路とがそれぞれ独立していてもよく、互いに連通可能に接続されていてもよい。中でも、一の培養容器のガス供給流路と、他の培養容器のガス供給流路とが互いに連通可能に接続されていることが好ましい。これにより、各培養容器間の空気の組成を一定に保つことができる。
【0044】
また、複数の培養容器において、一の培養容器のガス排出流路と、他の培養容器のガス排出流路とがそれぞれ独立していてもよく、互いに連通可能に接続されていてもよい。中でも、一の培養容器のガス排出流路と、他の培養容器のガス排出流路とが互いに連通可能に接続されていることが好ましい。これにより、各培養容器間の空気の組成を一定に保つことができる。
【0045】
また、培養容器10におけるガス供給流路2及びガス排出流路5の位置は特別な限定はなく、培養液貯留部1の天面からみた形状が矩形状である場合、培養液貯留部1における一辺の両端の角部にガス供給流路2及びガス排出流路5が設けられていてもよい。又は、培養液貯留部1における対角線上の角部にガス供給流路2及びガス排出流路5が設けられていてもよい。中でも、培養液貯留部1の天面からみた形状が矩形状である場合、培養液貯留部1における一辺の両端の角部にガス供給流路2及びガス排出流路5が設けられていることが好ましい。これにより、培養容器10内に空気の流れにより液面を波立たせることなく、適度に培養容器10内の空気が置換され、より高効率で細胞を増殖させることができる。
【0046】
≪細胞培養システム≫
図2は、本実施形態の細胞培養システムの一例を示す概略構成図である。図2を参照しながら、本実施形態の細胞培養システムの各構成について以下に詳細を説明する。
【0047】
図2に示す細胞培養システムAは、上記実施形態に係る細胞培養装置100と、ガス供給装置200と、を備える。
【0048】
ガス供給装置200は、ガス供給流路2と互いに連通可能に接続している。ガス供給装置200は、二酸化炭素ボンベ11a、酸素ボンベ11b及び窒素ボンベ11cと、弁12a、弁12b及び弁12cと、ポンプ13とを備える。ガス供給装置200において、弁12a、弁12b及び弁12cを制御することで、細胞培養装置100に供給されるガス中の二酸化炭素、酸素及び窒素の濃度が上記細胞培養装置において示した範囲となるように、二酸化炭素ボンベ11a、酸素ボンベ11b及び窒素ボンベ11cからそれぞれ二酸化炭素、酸素及び窒素を供給することができる。
【0049】
また、図2に示すように、弁12a、弁12b及び弁12cは、制御部300としてのコンピュータに電気的に接続しており、コンピュータからの指令に基づいて動作するようになっていてもよい。制御部300は、細胞培養装置100に供給されるガス中の二酸化炭素、酸素及び窒素の濃度が上記細胞培養装置において示した範囲となるように、弁12a、弁12b及び弁12cを制御して、二酸化炭素ボンベ11a、酸素ボンベ11b及び窒素ボンベ11cからそれぞれ二酸化炭素、酸素及び窒素を供給することができる。
【0050】
また、図2に示さないが、培養容器10のうち少なくとも1つは、溶存ガス濃度検出器(図示せず)を備えてもよい。さらに、この溶存ガス濃度検出器は、制御部300としてのコンピュータに電気的に接続していてもよい。これにより、溶存ガス濃度検出器で検出された培養液中の溶存ガス濃度が制御部300に伝達することができる。例えば、培養液中の溶存ガス濃度が上記の細胞培養装置において示した範囲から外れている場合、当該範囲内におさまるように、弁12a、弁12b及び弁12cを制御することで、二酸化炭素ボンベ11a、酸素ボンベ11b及び窒素ボンベ11cからそれぞれ二酸化炭素、酸素及び窒素を供給して、培養液内の溶存ガス濃度を制御することができる。
【0051】
また、図2に示さないが、ポンプ13は、制御部300としてのコンピュータに電気的に接続しており、コンピュータからの指令に基づいて動作するようになっていてもよい。これにより、制御部300は、ポンプ13を制御して、供給されるガスの速度を制御することができる。
【0052】
供給されるガスの速度としては、1層あたり5mL/分以上100mL/分以下であることが好ましく、10mL/分以上80mL/分以下であることがより好ましく、20mL/分以上60mL/分以下であることがさらに好ましい。ガスの速度が上記範囲であることにより、培養容器10内の空気をより高効率で置換することができる。
【0053】
また、図2に示さないが、ガス排出流路は、ガスを排出するためのポンプを備えていてもよい。これにより、培養装置100内のガスをより高効率に培養系外に排出することができる。また、このガスを排出するためのポンプについても、制御部300としてのコンピュータに電気的に接続しており、コンピュータからの指令に基づいて動作するようになっていてもよい。
【0054】
≪心筋細胞の製造方法≫
本発明の一実施形態に係る心筋細胞の製造方法は、上記実施形態に係る細胞培養装置、又は、上記実施形態に係る細胞培養システムを用いて、未分化幹細胞を培養し、心筋細胞に分化誘導する分化誘導工程を備える方法である。
【0055】
本実施形態の心筋細胞の製造方法によれば、未分化幹細胞から安定した分化誘導効率で心筋細胞を大量に得ることができる。図1A図1B及び図2を参照しながら、本実施形態の心筋細胞の製造方法について以下に詳細を説明する。
【0056】
[分化誘導工程]
まず、培養容器10に未分化幹細胞8を播種する。播種する細胞数としては、特別な限定はなく、例えば、1.0×10個/cm以上5.0×10個/cm以下程度であればよい。また、未分化幹細胞としては、上記細胞培養装置において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0057】
次いで、心筋細胞への分化を惹起する物質を含む培養液7を用いて、培養を開始する。心筋細胞への分化を惹起する物質及び培養液としては、上記細胞培養装置において例示されたものと同様のものが挙げられる。培養液は、1日以上3日以下おきに交換することができる。
【0058】
分化誘導工程において、細胞培養装置100に、ガスを積極的に供給することが好ましい。供給されるガスとしては、上記細胞培養装置において例示されたものと同様のものが挙げられる。中でも、供給されるガス中の二酸化炭素の濃度が3%以上10%以下であることが好ましく、4%以上8%以下であることがより好ましく、5%以上6%以下であることがさらに好ましい。ガス中の二酸化炭素の濃度が上記範囲であることにより、より高効率で細胞を増殖させることができる。
【0059】
また、供給されるガスの速度としては、1層あたり5mL/分以上100mL/分以下であることが好ましく、10mL/分以上80mL/分以下であることがより好ましく、20mL/分以上60mL/分以下であることがさらに好ましい。ガスの速度が上記範囲であることにより、培養容器10内の空気をより高効率で置換することができる。
【0060】
培養温度としては、例えば30℃以上40℃以下とすることができる。培養時間としては、7日以上14日以下であることが好ましい。培養時間が上記範囲内であることにより、培養することで、未分化幹細胞から心筋細胞への分化誘導を完了させることができる。
【0061】
図2に示す細胞培養システムAを使用する場合、供給されるガスの組成及び速度は、制御部300としてのコンピュータにより自動で制御することができる。
【0062】
本実施形態の心筋細胞の製造方法は、分化誘導工程に加えて、他の工程を備えていてもよい。他の工程としては、例えば、分化細胞を精製する工程、分化細胞を回収する工程等が挙げられる。これらの工程を追加する場合、これらの工程は、上記分化誘導工程の後に行われる。
【0063】
心筋細胞の精製工程や回収工程としては、例えば、国際公開第2006/022377号(参考文献1)、国際公開第2007/088874号(参考文献2)、国際公開2016/010165号(参考文献3)に記載の方法等を、精製工程に適用してもよい。また、回収工程としては、遠心分離法等を適用してもよい。
【0064】
本実施形態の製造方法において得られる心筋細胞は、例えば、分化細胞/(未分化幹細胞+分化細胞)×100で表される分化細胞率が、50%以上であってよく、70%以上であってよく、80%以上であってよく、90%以上であってよく、95%以上であってよい。なお、死細胞は上記細胞数に含めないものとする。
【0065】
さらに、他の実施形態において、本発明は、上記分化誘導工程を含む心筋細胞の製造方法によって製造された心筋細胞、を提供する。
【実施例】
【0066】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0067】
[参考例1]1層からなる細胞培養装置を用いたヒトiPS細胞の培養
1.ヒトiPS細胞の準備
ヒトiPS細胞系統(253G4)は、京都大学iPSCリサーチアンドアプリケーションセンターから入手した。
【0068】
2.ヒトiPS細胞の培養
次いで、ヒトiPS細胞(253G4)1×10個を1層のプレート(培養面積:632cm、成長因子低減マトリゲルで被覆されたプレート)(Thermo Fisher Scientific社製)に播種した(図3A参照)。培養液としては、改変Stem Fit培地(味の素社製)120mLを用いて、1日おきに交換した。
【0069】
なお、改変Stem Fit培地の組成としては、21種のアミノ酸、10種のビタミン、5種の微量ミネラル及び塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む7種の成長因子である。21種のアミノ酸としては、L−アラニン、L−アルギニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−システイン、L−グルタミン酸。L−グルタミン、グリシン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−プロリン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン及びL−バリンである。10種のビタミンとしては、L−アスコルビン酸、コバラミン、ビオチン、葉酸、I−イノシトール、ナイアシンアミド、D−ペンチテン酸カルシウム、ピリドキシン、リボフラビン及びチオアミン塩酸塩である。5種の微量ミネラルとしては、硫酸銅(II)、硫酸鉄(II),硝酸鉄(II)、硫酸亜鉛及び亜セレン酸ナトリウムである。改変Stem Fit培地では、通常のStem Fit培地と比較して、大量培養のために、ほとんどの成分を8倍量含有している。
【0070】
また、正常ガスインキュベーター中で7日間培養した。次いで、培養後の細胞を収集し、成長因子低減マトリゲルで被覆されたプレート上で改変Stem Fit培地(味の素社製)(10μMのY27632(和光純薬工業社製)含有)に細胞を再懸濁した。次いで、Vi−Cell細胞カウンター(Beckman Coulter社製)を用いて、細胞数を計測した。7日後の細胞数は、7.9×10個(3.0×10細胞/cm)であり、細胞の増殖効率は187倍であった。なお、ヒトiPS細胞の増殖効率とは、細胞培養装置への播種細胞数に対する、7日後の細胞培養装置中の合計細胞数の割合である。
【0071】
3.ヒトiPS細胞の形質確認
(1)アルカリフォスファターゼ(ALP)染色
Leukocyte Alkaline Phosphatase kit(シグマ社製)を用いて、「1.」で7日間培養したヒトiPS細胞を染色した。結果を図3Bに示す。
【0072】
図3Bから、全てのコロニーにおいてALP陽性であり、多能性状態が保たれていた。また、図3Bに示すように、ヒトiPS細胞はプレート全体にわたって均一に培養されていた。
【0073】
(2)未分化幹細胞マーカーの検出
「1.」で7日間培養したヒトiPS細胞を4%パラホルムアルデヒドで20分間固定した。次いで、細胞を0.1%Triton X−100(シグマ社製)を用いて、室温で5分間浸透させた。次いで、一次抗体として、以下のa)〜c)を用いて4℃で一晩インキュベートした。
a)マウス抗TRA1−60(Millipore社製)の1/200希釈物
b)マウス抗TRA1−81(Millipore社製)の1/200希釈物
c)マウス抗SSEA4(Millipore社製)の1/200希釈物
【0074】
次いで、細胞をn0.1%Tween20を含むPBSで3回洗浄した。次いで、二次抗体として、Alexa Fluor 488/594抗マウスIgGを用いて、室温で1時間インキュベーションした。
【0075】
次いで、Hoechst 33342(Thermo Fisher Scientific社製)で核染色した。蛍光顕微鏡(Axio Observe、Carl Zeiss社製)を用いて、染色細胞を検出した。結果を図3Cに示す。上は明視野での画像であり、下は蛍光検出画像である。図3Cにおいて、上及び下共に、スケールバーは100μmである。
【0076】
図3Cから、すべてのコロニーにおいて、未分化幹細胞マーカーの強い発現が観察された。
【0077】
以上のことから、1層からなる細胞培養装置を用いた2D培養系がヒトiPS細胞における多能性の維持に適していることが強く示唆された。
【0078】
[実施例1]4層からなる細胞培養装置を用いたヒトiPS細胞の培養
1.ヒトiPS細胞の準備
参考例1の「1.」と同様に、ヒトiPS細胞系統(253G4)を準備した。
【0079】
2.ヒトiPS細胞の培養
次いで、ヒトiPS細胞(253G4)1×10個/1層(合計4×10個)を4層のプレート(培養面積:632cm×4層=2528cm、成長因子低減マトリゲルで被覆されたプレート)(Thermo Fisher Scientific社製)に播種した(図4A参照)。培養液としては、改変Stem Fit培地(味の素社製)500mL/4層を用いて、1日おきに交換した。また、多層ガスインキュベーター(MG−70M、TAITEC社製)(以下、「AGV」と称する場合がある)を用いて、1層当たり50mL/分の速度で5%CO含有ガスを積極的に通気しながら、細胞を37℃で7日間培養した。また、対照として、正常ガスインキュベーター(以下、「NGV」と称する場合がある)を用いて、細胞を37℃で7日間培養した。次いで、培養後の細胞を収集し、成長因子低減マトリゲルで被覆されたプレート上で改変Stem Fit培地(味の素社製)(10μMのY27632(和光純薬工業社製)含有)に細胞を再懸濁した。次いで、Vi−Cell細胞カウンター(Beckman Coulter社製)を用いて、細胞数を計測した。
【0080】
その結果、4層からなる細胞培養装置を用いたヒトiPS細胞の増殖効率は、179倍であり、1層からなる細胞培養装置を用いた場合(187倍)と、ほぼ同等であった(図4B参照)。
【0081】
3.ヒトiPS細胞の形質確認
(1)未分化幹細胞マーカーの検出
「1.」で7日間培養したヒトiPS細胞を4%パラホルムアルデヒドで20分間固定した。次いで、細胞を0.1%Triton X−100(シグマ社製)を用いて、室温で5分間浸透させた。次いで、一次抗体として、以下のa)〜d)を用いて4℃で一晩インキュベートした。
a)ウサギ抗NANOG(ReproCELL社製)の1/200希釈物
b)マウス抗OCT4(Santa Cruz Biotechnology社製)の1/200希釈物
c)マウス抗TRA1−60(Millipore社製)の1/200希釈物
d)マウス抗SSEA4(Millipore社製)の1/200希釈物
【0082】
次いで、細胞を0.1%Tween20を含むPBSで3回洗浄した。次いで、二次抗体として、Alexa Fluor 488/594抗マウスIgG、又は、Alexa Fluor 488/594抗ウサギIgGを用いて、室温で1時間インキュベーションした。
【0083】
次いで、Hoechst 33342(Thermo Fisher Scientific社製)で核染色した。蛍光顕微鏡(Axio Observe、Carl Zeiss社製)を用いて、染色細胞を検出した。結果を図4Cに示す。左は明視野での画像であり、右は蛍光検出画像である。図4Cにおいて、左及び右共に、スケールバーは100μmである。
【0084】
図4Cから、すべてのコロニーにおいて、未分化幹細胞マーカーの強い発現が観察された。
【0085】
4.培養液中のバイオプロファイル分析
AGV又はNGV条件下での培養開始から3、5及び7日後の培養液中のCO分圧(pCO)、O分圧(pO)、pH、グルコース濃度及びグルタミン濃度を、BioProfile 400 Analyzer(Nova Biomedical社製)を用いて測定した。結果を図4Dに示す。
【0086】
図4Dから、培養液中のCO分圧は、AGV条件下では、培養開始から3、5及び7日後のいずれの時点でも安定であった。一方、NGV条件下では、培養液中のCO分圧は、時間の経過とともに有意に増加した。
【0087】
また、いずれの条件下でも、培養液のpHは低下し、培養液中のO分圧は有意に変化しなかった。また、いずれの条件下でも、培地中のグルコース濃度及びグルタミン濃度は、時間の経過とともに著しく減少した。
【0088】
[実施例2]10層からなる細胞培養装置を用いたヒトiPS細胞の培養
1.ヒトiPS細胞の準備
参考例1の「1.」と同様に、ヒトiPS細胞系統(253G4)を準備した。
【0089】
2.各層におけるCO透過性の確認
10層からなる細胞培養装置に2LのPBS(20mgのフェノールレッド含有)を満たし、多層ガスインキュベーター(MG−70M、TAITEC社製)を用いて、1層当たり50mL/分の速度で5%CO含有ガスを37℃で1時間積極的に細胞培養装置内に通気した。また、開始から10分毎に写真を撮影した。結果を図5に示す。
【0090】
図5から、AGV条件下では、PBS中のフェノールレッドから1時間後には、赤色から黄色に変化していた。このことから、培養液中に十分にCOが供給されることが確かめられた。
【0091】
3.ガス交換速度の確認
AGV条件下では、10層からなる細胞培養装置に多層ガスインキュベーター(MG−70M、TAITEC社製)を用いて、1層当たり50mL/分の速度でNガスを積極的に通気した。また、NGV条件下では、10層からなる細胞培養装置を低酸素状態(1%O)下に静置した。AGV条件下及びNGV条件下の10層からなる細胞培養装置の第5層に、センサチップ(SP−PSt3−YAU−D5、PreSens社製)及び光ファイバ(POF−1MSA、PreSens社製)を配置した。Fibox 3(PreSens社製)を用いて、層内の酸素濃度を測定した。結果を図6A(AGV条件下)及び図6B(NGV条件下)に示す。
【0092】
図6Aから、AGV条件下では、4時間でガス交換が完了した。一方、図6Bから、NGV条件下では、24時間の間に、ガス交換が完了することができなかった。
【0093】
4.ヒトiPS細胞の培養
次いで、ヒトiPS細胞(253G4)1×10個/1層(合計1×10個)を10層のプレート(培養面積:632cm×10層=6320cm、成長因子低減マトリゲルで被覆されたプレート)(Thermo Fisher Scientific社製)に播種した(図7A参照)。培養液としては、改変Stem Fit培地(味の素社製)1200mL/10層を用いて、1日おきに交換した。また、多層ガスインキュベーター(MG−70M、TAITEC社製)(以下、「AGV」と称する場合がある)を用いて、1層当たり50mL/分の速度で5%CO含有ガスを積極的に通気しながら、細胞を37℃で7日間培養した。また、対照として、正常ガスインキュベーター(以下、「NGV」と称する場合がある)を用いて、細胞を37℃で28日間培養した。なお、ヒトiPS細胞は、1週間(7日)毎に、D−PBSで洗浄し、細胞分散剤として、Accutase(登録商標)(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて、継代した。
【0094】
また、培養開始から7、14、21及び28日後に細胞を収集し、成長因子低減マトリゲルで被覆されたプレート上で改変Stem Fit培地(味の素社製)(10μMのY27632(和光純薬工業社製)含有)に細胞を再懸濁した。次いで、Vi−Cell細胞カウンター(Beckman Coulter社製)を用いて、細胞数を計測した。AGV条件下及びNGV条件下での10層からなる細胞培養装置を用いたヒトiPS細胞の細胞数の経時変化を図7Bに示す。また、AGV条件下及びNGV条件下での培養開始から7日後のヒトiPS細胞の増殖効率を図7Cに示す。
【0095】
図7Bから、AGV条件下では、NGV条件下よりも、ヒトiPS細胞の増殖が安定していた。
【0096】
図7Cから、AGV条件下では、培養開始から7日後のヒトiPS細胞の細胞数が1.7×10個であり、NGV条件下よりも44%程度細胞数が多かった。
【0097】
5.ヒトiPS細胞の形質確認
(1)未分化幹細胞マーカーの検出
実施例1の「3.」の(1)と同様の方法を用いて、AGV条件下で培養したヒトiPS細胞について、未分化幹細胞マーカー(NANOG、OCT4、TRA1−60及びSSEA4)を検出した。結果を図7Dに示す。図7Dにおいて、上及び下共に、スケールバーは100μmである。
【0098】
図7Dから、すべてのコロニーにおいて、未分化幹細胞マーカーの強い発現が観察された。
【0099】
6.培養液中のバイオプロファイル分析
実施例1の「4.」と同様の方法を用いて、AGV条件下及びNGV条件下での培養開始から3、5及び7日後の培養液中のCO分圧(pCO)、O分圧(pO)及びpHを測定した。結果を図7Eに示す。
【0100】
図7Eから、実施例1と同様に、いずれの条件下でも、培養液のpHは低下した。一方、O分圧は、実施例1とは異なり、NGV条件下で有意に減少した。
【0101】
また、CO分圧は、AGV条件下では、通常の10cmディッシュを用いた培養と同様に、安定していることが確認された。一方、NGV条件下では、CO分圧は、培養開始から3日後では、AGV条件下でのCO分圧よりも顕著に低く、時間の経過とともに有意に増加した。
【0102】
以上のことから、10層からなる細胞培養装置を用いたヒトiPS細胞の培養において、AGV条件下であることにより、ヒトiPS細胞を効率的に培養できることが明らかとなった。
【0103】
[実施例3]1層、4層又は10層からなる細胞培養装置を用いたヒトiPS細胞由来の心筋細胞の製造
1.ヒトiPS細胞の準備
参考例1の「1.」と同様に、ヒトiPS細胞系統(253G4)を準備した。また、ヒトiPS細胞系統(201B7及びFf14)についても、京都大学iPSCリサーチアンドアプリケーションセンターから入手した。ヒトiPS細胞系統(253G4、201B7及びFf14)をそれぞれ、分化誘導開始の4日前にNGV条件下にて1層又は10層のプレート(成長因子低減マトリゲルで被覆されたプレート)(Thermo Fisher Scientific社製)に播種し、AGV条件下にて、4層又は10層のプレート(成長因子低減マトリゲルで被覆されたプレート)(Thermo Fisher Scientific社製)に播種し、分化誘導開始日に細胞が90%コンエンスに達するように予め培養した(図8A参照)。
【0104】
2.ヒトiPS細胞の心筋細胞への分化誘導
次いで、B27(インシュリン不含(−))(Thermo Fisher Scientific社製)、6μMのCHIR99021(和光純薬工業社製)及び1ng/mLの骨形態形成タンパク質4(R&D Systems社製)を含むRPMI(和光純薬工業社製)に培養液を交換し、1日間培養した。次いで、分化誘導開始から1日目から2日目までは、B27(インシュリン不含(−))を含むRPMIに培養液を交換して、培養した。次いで、分化誘導開始から3日目から5日目まで、B27(インシュリン不含(−))及び5μMのIWR1(Sigma−Aldrich社製)を含むRPMIに培養液を交換して、培養した。次いで、分化誘導開始から6日目に、B27(インシュリン不含(−))を含むRPMIに培養液を交換して、培養した。次いで、分化誘導開始から7日目に、5%ウシ胎児血清(FBS、Hyclone社製)含有MEMαに培養液を交換して、培養を維持した。次いで、分化誘導開始から10日目に、ViCell(Beckman Coulter社製)を用いたトリパンブルー染色により、解離した単細胞の数及び細胞生存率を評価した。結果を図8B(細胞生存率)及び図8C(細胞数)に示す。なお、図8Cにおいて、「non−CMs」とは、心筋細胞へ未分化の細胞の数を示し、「CMs」とは心筋細胞に分化した細胞の数を示す。
【0105】
図8Bから、いずれの条件においても、細胞生存率は95%以上であった。
【0106】
図8Cから、1層(NGV条件下)、4層(AGV条件下)又は10層(AGV条件下)の細胞培養装置を用いた場合において、ヒトiPS細胞から分化誘導後の総細胞数は、それぞれ1.5×10個、6.7×10個及び1.5×10個であった。
【0107】
3.代謝選択によるヒトiPS細胞由来の心筋細胞の精製
分化誘導開始から12〜14日目に、ヒトiPS細胞由来の分化細胞からB27(インスリン不含(−))含有RPMIを除去し、D−PBSとともに3分間インキュベートした。次いで、0.25%トリプシン−EDTA(ナカライタスク社製)を用いて、細胞を解離させた。次いで、解離した細胞を回収し、5%FBS含有MEMαに懸濁し、1型コラーゲン被覆15cmディッシュ(IWAKI社製)、フィブロネクチン被覆15cmディッシュ(シグマ社製)、又は、フィブロネクチンが被覆された1層の細胞培養装置(Thermo Fisher Scientific社製)に播種した。次いで、5%FBS含有MEMαを用いて、1〜2日間培養した。次いで、5%FBS含有MEMαを除去し、D−PBSとともに3分間インキュベートした。次いで、グルコース不含及びグルタミン不含DMEM(味の素社製)(4mM L−乳酸及び0.1%BSA(Thermo Fisher Scientific社製)含有)に培養液を交換して、3〜6日間培養した。なお、培養液は、2〜3日毎に交換し、死細胞を排除した。この代謝選択により精製されたヒトiPS細胞由来心筋細胞を凍結保存し、免疫蛍光染色及びFACS分析に用いた。
【0108】
4.分化効率の評価
分化誘導開始から10日目に細胞を回収し、免疫蛍光染色及びフローサイトメトリーを用いて分析した。具体的には、以下に示すとおりである。
【0109】
(1)免疫蛍光染色
「2.」で回収された分化誘導開始から10日目のヒトiPS細胞由来の分化細胞、及び、「3.」で得られた代謝選択により精製されたヒトiPS細胞由来心筋細胞をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで20分間固定した。次いで、細胞を0.1%Triton X−100(シグマ社製)を用いて、室温で5分間浸透させた。次いで、一次抗体として、マウス抗α−アクチニン(シグマ社製)の1/500希釈物を用いて4℃で一晩インキュベートした。
【0110】
次いで、細胞を0.1%Tween20を含むPBSで3回洗浄した。次いで、二次抗体として、Alexa Fluor 488/594抗マウスIgGを用いて、室温で1時間インキュベーションした。
【0111】
次いで、Hoechst 33342(Thermo Fisher Scientific社製)で核染色した。蛍光顕微鏡(Axio Observe、Carl Zeiss社製)を用いて、染色細胞を検出した。結果を図8Fに示す。左は代謝選択前の細胞の蛍光検出画像であり、右は代謝選択後の細胞の蛍光検出画像である。図8Fにおいて、左及び右共に、スケールバーは500μmである。
【0112】
図8Fから、代謝選択前及び代謝選択後の細胞において、心筋マーカーであるα−アクチンの蛍光が確認された。特に、代謝選択後の細胞において、α−アクチンの蛍光が顕著に確認された。
【0113】
(2)FACS分析
「2.」で回収された分化誘導開始から10日目のヒトiPS細胞由来の分化細胞、及び、「3.」で得られた代謝選択により精製されたヒトiPS細胞由来心筋細胞をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで20分間固定した。次いで、細胞を0.1%Triton X−100(シグマ社製)を用いて、室温で5分間浸透させた。次いで、一次抗体として、マウス抗心筋トロポニンT(Thermo Fisher Scientific社製)の1/200希釈物を用いて4℃で一晩インキュベートした。
【0114】
次いで、細胞を0.1%Tween20を含むPBSで洗浄した。次いで、二次抗体として、Alexa488ロバ抗マウスIgG(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて、室温で2時間インキュベーションした。
【0115】
次いで、FACS(Gallios、Beckman Coulter社製)を用いて、細胞を分析した。結果を図8Eに示す。上は、ヒトiPS細胞を用いたFACS分析の結果を示すグラフである。真ん中は、代謝選択前の細胞を用いたFACS分析の結果を示すグラフである。下は、代謝選択後の細胞を用いたFACS分析の結果を示すグラフである。
【0116】
また、図8Dは、図8EのFACS分析の結果から算出されたものである。左は、ヒトiPS細胞由来の分化細胞中のトロポニンT陽性細胞の割合を示すグラフであり、右は、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の細胞数を示すグラフである。
【0117】
図8Dから、心筋細胞への分化効率は、AGV条件下とNGV条件下とで有意差はなかった。一方、心筋細胞の細胞数は、AGV条件下のほうが、NGV条件下よりも多かった。これは、NGV条件下では、10層中の6層以下の下層における細胞の増殖効率が低いためであると推察された。
【0118】
図8Eから、代謝選択前の細胞では、ヒトiPS細胞由来心筋細胞(トロポニンT陽性細胞)の割合は、約80%程度であった。一方、代謝選択後の細胞では、ヒトiPS細胞由来心筋細胞(トロポニンT陽性細胞)の割合は、97%以上であり、ほとんど全ての細胞において、トロポニンTが発現されていることが確認された。
【0119】
以上のことから、10層からなる細胞培養装置を用いたヒトiPS細胞の培養において、AGV条件下であることにより、ヒトiPS細胞から心筋細胞へ効率的で分化誘導できることが明らかとなった。さらに、心筋細胞を大量に得られることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本実施形態の細胞培養装置及び細胞培養システムによれば、高効率に未分化幹細胞を増殖させ、安定した分化誘導効率で心筋細胞を得ることができる。本実施形態の心筋細胞の製造方法によれば、未分化幹細胞から安定した分化誘導効率で心筋細胞を大量に得ることができる。
【符号の説明】
【0121】
1…培養液貯留部、2…ガス供給流路、3…ガス吐出口、4…ガス排出口、5…ガス排出流路、7…培養液、8…未分化幹細胞、10…培養容器、11a…二酸化炭素ボンベ、11b…酸素ボンベ、11c…窒素ボンベ、12a,12b,12c…弁、13…ポンプ、100…細胞培養装置、200…ガス供給装置、300…制御部(コンピュータ)、A…細胞培養システム。
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B
図4C
図4D
図5
図6A
図6B
図7A
図7B
図7C
図7D
図7E
図8A
図8B
図8C
図8D
図8E
図8F