(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6978049
(24)【登録日】2021年11月15日
(45)【発行日】2021年12月8日
(54)【発明の名称】潮位推定装置および潮位推定方法
(51)【国際特許分類】
G01C 13/00 20060101AFI20211125BHJP
G01S 7/02 20060101ALI20211125BHJP
G01S 13/34 20060101ALI20211125BHJP
G01S 13/42 20060101ALI20211125BHJP
G01S 13/95 20060101ALI20211125BHJP
G01W 1/00 20060101ALI20211125BHJP
【FI】
G01C13/00 W
G01S7/02 216
G01S13/34
G01S13/42
G01S13/95
G01W1/00 Z
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-219353(P2017-219353)
(22)【出願日】2017年11月14日
(65)【公開番号】特開2019-90683(P2019-90683A)
(43)【公開日】2019年6月13日
【審査請求日】2020年5月15日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年9月12日東京都市大学において開催された電子情報通信学会2017年ソサイエティ大会で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年8月29日電子情報通信学会2017年ソサイエティ大会講演論文集にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年9月26日琉球大学において開催された電子情報通信学会九州支部学生会第25回学生会講演会で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年9月26日電子情報通信学会九州支部学生会第25回学生会講演会講演論文集にて公開
(73)【特許権者】
【識別番号】500372717
【氏名又は名称】学校法人福岡工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100182567
【弁理士】
【氏名又は名称】遠坂 啓太
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【弁理士】
【氏名又は名称】南瀬 透
(72)【発明者】
【氏名】近木 祐一郎
(72)【発明者】
【氏名】金子 大祐
(72)【発明者】
【氏名】間瀬 淳
(72)【発明者】
【氏名】池地 弘行
(72)【発明者】
【氏名】犬竹 正明
【審査官】
九鬼 一慶
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−241467(JP,A)
【文献】
特開2009−300207(JP,A)
【文献】
特開2015−158435(JP,A)
【文献】
米国特許第07394724(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01C 13/00
G01S 7/00 − 7/42
G01S 13/00 −13/95
G01W 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
周波数変調した電波を海面に向けて照射する送信アンテナと、
高さ方向に所定間隔で配置され、前記送信アンテナから海面に向けて照射された電波の後方散乱波を受信する複数の受信アンテナと、
前記複数の受信アンテナにより受信した各後方散乱波信号の位相を解析することにより潮位を推定する演算手段と
を含む潮位推定装置。
【請求項2】
前記演算手段は、前記送信アンテナと前記海面の散乱点と前記複数の受信アンテナの各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で受信した各後方散乱波信号と、前記送信アンテナと任意の位置に設定した基準点と前記各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で発生する参照波信号とから得られる各差周波信号を周波数軸方向にフーリエ変換して得られた複素データの振幅の大きな位置で位相を抽出し、異なる時刻で取得した前記各受信アンテナの各位置における位相のアンサンブル平均を取ることにより位相の分布の傾きを算出し、レンジ方向の潮位の分布を推定するものである請求項1記載の潮位推定装置。
【請求項3】
前記演算手段は、前記送信アンテナと前記海面の散乱点と前記複数の受信アンテナの各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で受信した各後方散乱波信号と、前記送信アンテナと任意の位置に設定した基準点と前記各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で発生する参照波信号とから得られる各差周波信号を周波数軸方向および高さ方向にフーリエ変換してレンジ方向の潮位の分布を推定するものである請求項1記載の潮位推定装置。
【請求項4】
前記演算手段は、前記各差周波信号を相互相関解析した後、フーリエ変換を行うものである請求項2または3に記載の潮位推定装置。
【請求項5】
送信アンテナから海面に向けて照射された周波数変調した電波の後方散乱波を、高さ方向に所定間隔で配置された複数の受信アンテナにより受信すること、
前記複数の受信アンテナにより受信した各後方散乱波信号の位相を解析することにより潮位を推定すること
を含む潮位推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潮位を推定する潮位推定装置および潮位推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
津波を検出する装置として、例えば特許文献1,2には、ドップラーレーダにより津波の前面部分の速度を測定することにより予測する装置が開示されている。また、この技術をさらに発展させたものとして、非特許文献1には津波の伝搬速度が水深に依存する重力波の分散関係に従うことを利用して、津波が進行する前面の速度と位置をドップラーレーダにより観測し、水深のデータベースを利用して津波前面における水深を推定する技術が開示されている。さらに、非特許文献2には、ドップラーレーダによる波浪の測定により、ドップラー効果と、波と電波の散乱モデルを利用した波高推定が開示されている。
【0003】
ところで、本発明者は、飛翔体に搭載され、対象物に向けて照射したマイクロ波の反射波に基づいて対象物の画像を取得するスポットライトモード(移動補正)合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar、以下「SAR」と称する。)において、放射方向がアジマス方向に僅かに異なり、ビームのメインローブが互いにオーバーラップしている2つのマイクロ波によるチャープ波を照射帯に向けて同時に照射する2つの一次放射器を備えるとともに、照射帯からの反射波を2系統独立に受信するスプリットビーム送受信アンテナと、受信した2系統の反射波からの画像データの振幅差に基づき、静止物体の画像を除去して移動体の画像のみを抽出する手段と、抽出された移動体の画像に基づいて当該移動体の位置と速度を同定する手段とを備えたスプリットビーム方式SARを開発している(例えば、特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6008136号公報
【特許文献2】特許第6137961号公報
【特許文献3】特許第5035782号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】“「レーダーによる津波監視支援技術」を開発”,[online],2015年2月17日,三菱電機株式会社,[平成29年8月29日検索],インターネット<URL:http://www.mitsubishielectric.co.jp/news/2015/pdf/0217-e.pdf>
【非特許文献2】林 昌奎,連続波ドップラーレーダによる海洋波浪観測と波浪観測に及ぼすレーダ照射幅の影響,日本船舶海洋工学会論文集,日本船舶海洋工学会,2008年12月,第8号,ページp.61−69
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
引用文献1,2に記載の技術では、津波前面の速度から津波の検出を行うことは可能であるが、津波の高さを検出することができない。また、非特許文献1に記載のように、津波前面の進行速度と水深のデータベースとを利用して津波の伝搬モデルから水深を推定するドップラーレーダでは、津波における波の前面の速度を測定することから、津波の前面の波高しか検出することができない。また、進行する前面の波に続く奥側の領域では明確な潮位の立ち上がりが無いことから、速度測定ができず、したがって波高推定が困難であると予想される。また、津波の波高が低くなる水深が深い場所での波高推定は誤差が大きくなる可能性がある。これはチリ沖で起きた津波が日本に到達する時間の予報に大きな誤差があることなどからも推測できる。
【0007】
また、非特許文献2に開示されているドップラーレーダによる波高推定は、風波のような波高を精度よく推定するところまで実用化されている。しかしながら、津波のような長波長の波に関してはモデルに当てはめることができず、またその検出を目的としていないため、波高の推定は不可能である。
【0008】
一方、通常の移動補正SARでは、開口を合成するためにプラットフォームを移動させる必要があり、移動しない対象物しか観測できないという特徴がある。そのため、海波や津波のような移動物体に対しては、通常の観測モードでは画像に映らない。特許文献3には移動体観測モードについても提案しているが、広大な海面を常時上空から監視するという運用方法は現実的ではない。また、レーダを衛星に搭載して監視することも考えられるが、リアルタイム性を確保するには周回衛星を多数機用いる必要があり、これも現実的ではない。
【0009】
そこで、本発明においては、従来のドップラーレーダのように津波前面の波高のみしか間接的に推定できない問題点を解決し、潮位を直接的に推定することが可能な潮位推定装置および潮位推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の潮位推定装置は、周波数変調した電波を海面に向けて照射する送信アンテナと、高さ方向に所定間隔で配置され、送信アンテナから海面に向けて照射された電波の後方散乱波を受信する複数の受信アンテナと、複数の受信アンテナにより受信した各後方散乱波信号の位相を解析することにより潮位を推定する演算手段とを含むものである。
【0011】
また、本発明の潮位推定方法は、送信アンテナから海面に向けて照射された周波数変調した電波の後方散乱波を、高さ方向に所定間隔で配置された複数の受信アンテナにより受信すること、複数の受信アンテナにより受信した各後方散乱波信号の位相を解析することにより潮位を推定することを特徴とする。
【0012】
本発明に係る複数の受信アンテナは高さ方向に所定間隔で配置されているため、複数の受信アンテナのそれぞれの位置で特定の位置の海面からの後方散乱波を同時に受信することができる。この複数の受信アンテナのそれぞれにより受信した後方散乱波信号の位相は、複数の受信アンテナおよび特定の位置の海面の空間的な幾何学的関係に従って異なるため、この位相を解析することにより潮位を直接的に推定することができる。また、本発明の潮位推定装置では、周波数変調した電波を用いるため、レンジ方向への潮位の分解が可能であり、レンジ方向の潮位の分布を直接的に推定することが可能となる。
【0013】
ここで、演算手段は、送信アンテナと海面の散乱点と複数の受信アンテナの各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で受信した各後方散乱波信号と、送信アンテナと任意の位置に設定した基準点と各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で発生する参照波信号とから得られる各差周波信号を周波数軸方向にフーリエ変換して得られた複素データの振幅の大きな位置で位相を抽出し、異なる時刻で取得した各受信アンテナの各位置における位相のアンサンブル平均を取ることにより位相の分布の傾きを算出し、レンジ方向の潮位の分布を推定するものであることが望ましい。これにより、波浪による潮位の変化を平均化したレンジ方向の潮位の分布を直接的に推定することが可能となる。
【0014】
あるいは、演算手段は、送信アンテナと海面の散乱点と複数の受信アンテナの各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で受信した各後方散乱波信号と、送信アンテナと任意の位置に設定した基準点と各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で発生する参照波信号とから得られる各差周波信号を周波数軸方向および高さ方向にフーリエ変換してレンジ方向の潮位の分布を推定するものであることが望ましい。これにより、レンジ方向だけでなくクロスレンジ方向にも広がる波浪による潮位の変化を平均化したレンジ方向の潮位の分布を直接的に推定することが可能となる。
【0015】
また、演算手段は、各差周波信号を相互相関解析した後、フーリエ変換を行うものであることが望ましい。各差周波信号を相互相関解析することによりノイズを低減することができ、フーリエ変換後の潮位分布の診断が容易となる。
【発明の効果】
【0016】
(1)送信アンテナから海面に向けて照射された周波数変調した電波の後方散乱波を、高さ方向に所定間隔で配置された複数の受信アンテナにより受信し、複数の受信アンテナにより受信した各後方散乱波信号の位相を解析することにより、潮位を直接的に推定することが可能となる。これにより、レンジ方向の潮位の分布をリアルタイムに把握することが可能となり、津波の発生時には津波の伝播を可視化することができ、沿岸部への到達予測をより正確に行うことが可能となる。
【0017】
(2)演算手段が、送信アンテナと海面の散乱点と複数の受信アンテナの各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で受信した各後方散乱波信号と、送信アンテナと任意の位置に設定した基準点と各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で発生する参照波信号とから得られる各差周波信号を周波数軸方向にフーリエ変換して得られた複素データの振幅の大きな位置で位相を抽出し、異なる時刻で取得した各受信アンテナの各位置における位相のアンサンブル平均を取ることにより位相の分布の傾きを算出し、レンジ方向の潮位の分布を推定する構成により、波浪による潮位の変化を平均化したレンジ方向の潮位の分布を直接的に推定することが可能となり、レンジ方向の潮位の分布をリアルタイムに把握することが可能となる。
【0018】
(3)演算手段が、送信アンテナと海面の散乱点と複数の受信アンテナの各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で受信した各後方散乱波信号と、送信アンテナと任意の位置に設定した基準点と各受信アンテナとの間を電波が飛行する時間で発生する参照波信号とから得られる各差周波信号を周波数軸方向および高さ方向にフーリエ変換してレンジ方向の潮位の分布を推定する構成により、レンジ方向だけでなくクロスレンジ方向にも広がる波浪による潮位の変化を平均化したレンジ方向の潮位の分布を直接的に推定することが可能となり、レンジ方向の潮位の分布をリアルタイムに把握することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施の形態における潮位推定装置の概略構成図である。
【
図2】受信アンテナに後方散乱波が到達するタイミングを比較した説明図である。
【
図4】各受信アンテナ位置でレーダが測定する距離と潮位との関係を示す説明図である。
【
図5】各アンテナが受信する受信波から差周波信号を取得する説明図である。
【
図6】周波数軸方向にフーリエ変換して得られた複素データの振幅を示す図である。
【
図7】波を想定して点散乱体を二次元的に配列した場合の波浪の伝搬とレーダからの等距離線を示す図である。
【
図8】方法1により解析したシミュレーション結果を示す図である。
【
図9】1つの点散乱体がある場合に方法2により解析したシミュレーション結果を示す図である。
【
図10】複数の点散乱体がある場合に方法2により解析したシミュレーション結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は本発明の実施の形態における潮位推定装置の概略構成図である。
図1に示すように、本発明の実施の形態における潮位推定装置1は、周波数変調した電波(FM波)10を海面Sに向けて照射する送信アンテナ2と、送信アンテナ2から海面Sに向けて照射された電波10の後方散乱波11を受信する複数の受信アンテナ3と、複数の受信アンテナ3により受信した各後方散乱波信号の位相を解析することにより潮位を推定する演算手段4とを有する。複数の受信アンテナ3は、高さ方向Zに所定間隔で配置される。
【0021】
送信アンテナ2から海面Sに向けて電波を照射すると、海面Sの各所で後方散乱波が生じ、高さ方向Zに所定間隔で配置された複数の受信アンテナ3により同時に受信される。このとき、海面Sの特定の位置(例えば、
図1の散乱点P1)から各受信アンテナ3までの距離が異なるため、各受信アンテナ3では海面Sの空間的な幾何学的関係に従って異なる位相で後方散乱波11が受信される。このとき、複数の受信アンテナ3で受信された後方散乱波11の位相の分布は、散乱点P1の高さによって変化する。
【0022】
図2は潮位が高いときと低いときとで受信アンテナに後方散乱波が到達するタイミングを比較した説明図である。
図2に示すように、潮位が高いときは、後方散乱波が上側の受信アンテナに早く到達し、潮位が低いときは、後方散乱波が下側の受信アンテナに早く到達する。すなわち、本実施形態における潮位推定装置1では、高さ方向Zに配列したそれぞれの受信アンテナ3に後方散乱波11が到達するタイミングが潮位によって変わることを利用して、潮位を推定する。
【0023】
ここで、散乱点P1から受信アンテナ3までの距離が十分に遠方である場合は、
図1の右上のグラフに示すように後方散乱波11の位相の分布は線形に変化し、その傾きが散乱点P1の高さにより決まる。そのため、この各受信アンテナ3により受信した各後方散乱波信号の位相を解析することにより、潮位を直接的に推定することができる。
【0024】
また、本実施形態における潮位推定装置1では、送信波として周波数変調した電波(FM波)10を用いるため、レンジ方向Yへの分解が可能であり、潮位の高さのレンジ方向Yの分布をリアルタイムに直接的に推定することが可能である。なお、津波は非常に長波長(λ>km)の波であり、通常の波浪の波長(λ〜10m)と比較すると、津波の波高の変化は潮位の変化ととらえることができるため、津波の発生時には津波の伝搬を可視化することができ、沿岸部への到達予測をより正確に行うことが可能となる。
【0025】
次に、演算手段4のより具体的な処理例について説明する。
図3は演算手段4の処理を示すフロー図、
図4は各受信アンテナ3位置でレーダが測定する距離と潮位との関係を示す説明図、
図5は各アンテナが受信する受信波から差周波信号を取得する説明図である。
演算手段4は、以下の手順により各後方散乱波信号の位相を解析する。
【0026】
(A)多チャンネルの差周波信号取得
送信アンテナ2と海面の散乱点P1と各受信アンテナ3との間を電波が飛行する時間
で受信した各後方散乱波信号と、送信アンテナ2と基準点と各受信アンテナ3との間を電波が飛行する時間
で発生する参照波信号とを混合することで、各後方散乱波信号の差周波(IF)信号を得る(
図5参照。)。ここで、1番下の受信アンテナRX
1で受信した後方散乱波信号から得られた差周波信号を基準信号
【数1】
とし、その他の受信アンテナRXmで受信した後方散乱波信号から得られた差周波信号を
【数2】
とする。
【0027】
なお、
図4において、基準点は任意の位置に設定した点、
は送信アンテナ2(TX)から散乱点P1へ向かうベクトル、
は散乱点P1から各受信アンテナ3(RXm)へ向かうベクトル、
は送信アンテナ2(TX)から基準点へ向かうベクトル、
は基準点から各受信アンテナ3(RXm)へ向かうベクトル、
は基準点から散乱点P1までの高さ方向のベクトル、
はアンテナ設置位置から散乱点P1までのレンジ方向のベクトル、
はアンテナ設置位置における送信アンテナ2(TX)までの高さ方向のベクトル、
はアンテナ設置位置における各受信アンテナ3(RXm)までの高さ方向のベクトルである。
【0028】
(B)相互相関解析
1番下の受信アンテナ3のIF信号を共通して用いて各IF信号を相互相関解析することによりノイズを低減させ、コヒーレントな後方散乱波信号を抽出する。次式(3)は基準信号とその他の受信信号間の波数kに関する相互相関解析を示している。C(Δk,n
m)は相互相関関数である。
【数3】
なお、この相互相関解析は省略することも可能である。
【0029】
(C)フーリエ変換
次式(4)により各相互相関関数を周波数軸方向にフーリエ変換してレンジ方向に分解された複素データI(r,n
m)を得る。
図6は周波数軸方向にフーリエ変換して得られた複素データI(r,n
m)の振幅を示す図である。
【数4】
なお、(B)の相互相関解析を省略する場合は、S
R(k,n
m)を次式(5)によりフーリエ変換する。
【数5】
【0030】
(D)波高の推定
(C)で得られた複素データI(r,n
m)の振幅の大きな位置(距離r)で位相を抽出し、異なる時刻で取得した複数の受信アンテナ3の各位置における位相の分布の傾きを計算し、散乱点の高さを得る。このとき、(A)の操作によって、散乱点の位置は基準点を基準とした位置として評価される。
次式(6)は各受信アンテナ3で得られた複素データの位相を各距離rで抽出したものである。
【数6】
上式(6)から複数の受信アンテナ3の各位置における位相は、
【数7】
となる。
【0031】
ところで、海面は二次元状に広がっているため、等距離線は二次元的な分布を持つ。
図7は点散乱体を波のように二次元的に配列した場合の波浪の伝搬とレーダからの等距離線を示している。(D)の処理によって得られるある距離における位相の分布の傾きは複数の異なる高さの波の情報を反映することになる。これは、高さ方向Zに配列された受信アンテナ3では、レンジ方向Y−高さ方向Z平面については分解できるが、クロスレンジ方向Xの分解ができないためである。そこで、本実施形態における演算手段4では、潮位推定のため、以下の2つの方法を採る。
【0032】
〔方法1〕
方法1では、異なる時刻で取得した複数の受信アンテナ3の各位置における位相のアンサンブル平均を取ることにより位相の分布の傾きを算出し、レンジ方向Yの潮位の分布を推定する。ある特定のレンジで高さを推定したとき、風波などによる高さΔrの変化は数秒程度のスケールで起こり、津波による高さΔrの変化はよりタイムスケールが長い。従って、
図1右上のグラフに示す傾きは、風波の影響により測定ごとに時々刻々変化するが、数秒程度で取得する複数のデータを用いて傾きを平均化することで、風波などによる波高の影響をキャンセルした津波の波高を表すレンジ方向Yの潮位の分布を得ることができる。
【0033】
〔方法2〕
方法2では、複数の受信アンテナ3により受信した各後方散乱波信号の位相を二次元フーリエ変換により解析する。具体的には、演算手段4は、前述の(A)、(B)で得られた全てのIF信号を次式(8)に示すように、波数軸方向および高さ方向Zに二次元フーリエ変換することにより位相の傾きを周波数として表し、これをさらに高度に変換して潮位のレンジ方向Yの分布を得ることができる。
【数8】
なお、この方法2においても(B)の相互相関解析は省略することも可能である。この場合、次式(9)により二次元フーリエ変換する。
【数9】
【実施例】
【0034】
上記実施形態における潮位推定装置1によるシミュレーション実験を行った。
【0035】
図8は
図7に示すような波を想定して二次元的に配列した点散乱体を方法1により解析したシミュレーション結果を示している。海波の波長は10[m]、波高はすべて2[m]に設定した。なお、波高(波の高さ)とは、一般に波の頂上から谷までの高さの差をいうが、本実施例においては、波の頂上から谷までの高さの差の1/2をいう。すなわち、潮位+波高が波の頂上の高さとなる。(a)は潮位0[m]、(b)は潮位2[m]である。各時刻の位相分布(細線)は等レンジ上の海表面高の分布により様々な傾きになる。
【0036】
この異なる時刻で取得された位相をアンサンブル平均すると、直線状の位相分布(太線)が得られる。この傾きが波浪による高度の変化を均した潮位に対応する(実際には電波が照射された部分の潮位+波高の平均値が得られる。)。すなわち、風波のタイムスケール(1秒程度)より十分長い時間(5秒〜10秒程度)でこれらを平均化することで潮位の検出が可能である。
【0037】
図9はレンジ3000mにターゲット(散乱点P1)が1つあった場合、つまり1つの点散乱体で方法2により解析したシミュレーション結果を示している。点散乱体の設置高さは、それぞれ(a)0[m]、(b)1[m]、(c)2[m]である。このように位相の変化量が数フリンジ変化するような設置高さの大きな変化の場合は、この方法2により高さの推定が可能であるが、方法1で位相の傾きを評価するほうがより正確に高さを測定できる。
図9では、設置高さの変化に対応して、画像上の位置が変化していることが分かる。
【0038】
図10は複数の点散乱体がある場合に方法2により解析したシミュレーション結果を示している。これは、おおよそレンジ3000mの位置に点散乱体を二次元的に配置したときの高さの検出結果例を示している。海波の波長は10[m]に設定した。(a)潮位高さ0[m]、(b)潮位高さ1[m]、(c)潮位高さ2[m]であり、波高は全て1[m]で共通である。これは二次元フーリエ変換した
図1下に対応する図であり、高さ方向Zの幅の中心位置がおおよそ潮位に、幅の広さがおおよそ波高の2倍に対応する。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の潮位推定装置および潮位推定方法は、潮位を直接的に推定する装置および方法として有用であり、特に、津波のような長波長の波までの距離とその潮位(波高)をリアルタイムに推定することが可能な装置および方法として好適である。
【符号の説明】
【0040】
1 潮位推定装置
2 送信アンテナ
3 受信アンテナ
4 演算手段
10 電波(FM波)
11 後方散乱波