特許第6978346号(P6978346)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6978346
(24)【登録日】2021年11月15日
(45)【発行日】2021年12月8日
(54)【発明の名称】ノイズ抑制シート
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/28 20060101AFI20211125BHJP
   H05K 9/00 20060101ALI20211125BHJP
   H01F 1/33 20060101ALI20211125BHJP
【FI】
   H01F1/28
   H05K9/00 M
   H05K9/00 W
   H01F1/33
【請求項の数】13
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-36162(P2018-36162)
(22)【出願日】2018年3月1日
(65)【公開番号】特開2019-153623(P2019-153623A)
(43)【公開日】2019年9月12日
【審査請求日】2020年6月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000134257
【氏名又は名称】株式会社トーキン
(74)【代理人】
【識別番号】100117341
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 拓哉
(74)【代理人】
【識別番号】100148840
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 健志
(74)【代理人】
【識別番号】100191673
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 久典
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 利行
【審査官】 後藤 嘉宏
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−103427(JP,A)
【文献】 特開2011−187568(JP,A)
【文献】 特開2015−084409(JP,A)
【文献】 特開2016−111305(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/28
H05K 9/00
H01F 1/33
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状の複合磁性体を備えたノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体は、バインダと、前記バインダ中に分散された軟磁性粉末とを含んでおり、
前記軟磁性粉末の全てにおいて、アスペクト比が5未満であり、真球近似したときの粒子径が100nm以下であり、
前記複合磁性体の比透磁率の実数成分は、少なくとも7GHzの周波数帯域まで1より大きな値を維持しており、
前記複合磁性体の前記比透磁率の前記実数成分は、1GHzの周波数帯域において3より小さく、
前記複合磁性体の前記比透磁率の虚数成分は、2GHzから少なくとも6GHzの周波数帯域まで0.5以上の値を維持しており、
前記複合磁性体の比誘電率の虚数成分は、少なくとも7GHzの周波数帯域まで25以下の値を維持している
ノイズ抑制シート。
【請求項2】
請求項1記載のノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体の比誘電率の虚数成分は、少なくとも9GHzの周波数帯域まで2以下の値を維持している
ノイズ抑制シート。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載のノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体の比誘電率の実数成分は、少なくとも7GHzの周波数帯域まで11〜25の値を維持している
ノイズ抑制シート。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記軟磁性粉末における前記アスペクト比が3以下である
ノイズ抑制シート。
【請求項5】
請求項1から請求項までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記軟磁性粉末は、Fe,Ni及びCoから選ばれる1種類以上の元素を含んでいる
ノイズ抑制シート。
【請求項6】
請求項1から請求項までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記バインダは、重量平均分子量が80万以上であるポリマーからなる
ノイズ抑制シート。
【請求項7】
請求項1から請求項までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記軟磁性粉末の少なくとも一部は、表面を覆うシリカ膜を有しており、
前記シリカ膜の厚さは、1nm以上、且つ、10nm以下である
ノイズ抑制シート。
【請求項8】
請求項1から請求項までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記軟磁性粉末の少なくとも一部は、表面を覆う自然酸化膜を有しており、
前記自然酸化膜の厚さは、1nm以上、且つ、2nm以下である
ノイズ抑制シート。
【請求項9】
請求項1から請求項までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体における前記軟磁性粉末の体積占有率は、30vol%以上、且つ、40vol%以下である
ノイズ抑制シート。
【請求項10】
請求項1から請求項までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体の飽和磁化は、0.45T以上、且つ、0.98T以下である
ノイズ抑制シート。
【請求項11】
請求項1から請求項10までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体は、可撓性を有する
ノイズ抑制シート。
【請求項12】
請求項1から請求項11までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体は、7MPa未満の引張強度を有する
ノイズ抑制シート。
【請求項13】
請求項1から請求項12までのいずれかに記載のノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体は、0.1mm以下の厚さを有する
ノイズ抑制シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波ノイズを抑制可能なノイズ抑制シートに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、電子機器内部の電磁干渉を抑制可能な複合磁性体が開示されている。
【0003】
特許文献1に開示された複合磁性体は、有機結合剤によって結合された第1の軟磁性粉末と第2の軟磁性粉末とを含んでいる。第1の軟磁性粉末は、アスペクト比が例えば10以上の扁平形状を有している。第2の軟磁性粉末は、第1の軟磁性粉末に比べて十分に小さい。上述のように形成された複合磁性体は、例えば、30〜40MHz程度の磁気共鳴周波数を有しており、800MHz程度の周波数の電磁波を抑制可能である。従って、この複合磁性体は、800MHz〜2.4GHz程度の高周波ノイズを抑制可能なノイズ抑制シートとして使用可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−97913号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
携帯端末等の電子機器による通信データ量の増大に伴って、より高い周波数帯域を使用した高速データ通信が求められている。具体的には、3GHzを超える高周波数帯域を使用したデータ通信が検討されている。このような高周波数帯域を使用するためには、データ通信に伴って電子機器の内部に生じる高周波数帯域のノイズを抑制する必要がある。
【0006】
そこで、本発明は、3GHzを超える高周波数帯域のノイズを抑制可能なノイズ抑制シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、第1のノイズ抑制シートとして、
シート状の複合磁性体を備えたノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体は、バインダと、前記バインダ中に分散された軟磁性粉末とを含んでおり、
前記軟磁性粉末の全てにおいて、アスペクト比が5未満であり、真球近似したときの粒子径が300nm以下であり、
前記複合磁性体の比透磁率の実数成分は、7GHz以上の周波数帯域まで1より大きな値を維持しており、
前記複合磁性体の前記比透磁率の虚数成分は、6GHz以上の周波数帯域まで0.5以上の値を維持している
ノイズ抑制シートを提供する。
【0008】
また、本発明は、第2のノイズ抑制シートとして、第1のノイズ抑制シートであって、
前記軟磁性粉末における前記アスペクト比が3以下である
ノイズ抑制シートを提供する。
【0009】
また、本発明は、第3のノイズ抑制シートとして、第1又は第2のノイズ抑制シートであって、
前記軟磁性粉末における前記粒子径が100nm以下である
ノイズ抑制シートを提供する。
【0010】
また、本発明は、第4のノイズ抑制シートとして、第1から第3までのいずれかのノイズ抑制シートであって、
前記軟磁性粉末は、Fe,Ni及びCoから選ばれる1種類以上の元素を含んでいる
ノイズ抑制シートを提供する。
【0011】
また、本発明は、第5のノイズ抑制シートとして、第1から第4までのいずれかのノイズ抑制シートであって、
前記バインダは、重量平均分子量が80万以上であるポリマーからなる
ノイズ抑制シートを提供する。
【0012】
また、本発明は、第6のノイズ抑制シートとして、第1から第5までのいずれかのノイズ抑制シートであって、
前記軟磁性粉末の少なくとも一部は、表面を覆うシリカ膜を有しており、
前記シリカ膜の厚さは、1nm以上、且つ、10nm以下である
ノイズ抑制シートを提供する。
【0013】
また、本発明は、第7のノイズ抑制シートとして、第1から第5までのいずれかのノイズ抑制シートであって、
前記軟磁性粉末の少なくとも一部は、表面を覆う自然酸化膜を有しており、
前記自然酸化膜の厚さは、1nm以上、且つ、2nm以下である
ノイズ抑制シートを提供する。
【0014】
また、本発明は、第8のノイズ抑制シートとして、第1から第7までのいずれかのノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体における前記軟磁性粉末の体積占有率は、30vol%以上、且つ、40vol%以下である
ノイズ抑制シートを提供する。
【0015】
また、本発明は、第9のノイズ抑制シートとして、第1から第8までのいずれかのノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体の飽和磁化は、0.45T以上、且つ、0.98T以下である
ノイズ抑制シートを提供する。
【0016】
また、本発明は、第10のノイズ抑制シートとして、第1から第9までのいずれかのノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体は、可撓性を有する
ノイズ抑制シートを提供する。
【0017】
また、本発明は、第11のノイズ抑制シートとして、第1から第10までのいずれかのノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体は、7MPa未満の引張強度を有する
ノイズ抑制シートを提供する。
【0018】
また、本発明は、第12のノイズ抑制シートとして、第1から第11までのいずれかのノイズ抑制シートであって、
前記複合磁性体は、0.1mm以下の厚さを有する
ノイズ抑制シートを提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によるノイズ抑制シートにおいて、複合磁性体に含まれる軟磁性粉末の全ては、ナノサイズの略球形状を有している。このような軟磁性粉末を含むことにより、複合磁性体の比透磁率における実数成分(磁束収束成分)を7GHz以上の周波数帯域まで1よりも大きな値に維持できると共に、複合磁性体の比透磁率における虚数成分(磁気損失成分)を、6GHz以上の周波数帯域まで0.5以上の値に維持できる。また、複合磁性体の比誘電率における虚数成分(誘電損失成分)を、3GHzを超える高周波数帯域に亘って低くできる。上述の特性によれば、高い磁束収束成分によってノイズを集め、集めたノイズを低い誘電損失成分によってノイズ抑制シート内部深くまで取り込み、取り込んだノイズを磁気損失成分によって抑制できる。即ち、本発明によれば、3GHzを超える高周波数帯域のノイズを抑制可能なノイズ抑制シートを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施の形態によるノイズ抑制シートを模式的に示す斜視図である。ノイズ抑制シートの主面に入射するノイズを模式的に破線で描画している。
図2図1のノイズ抑制シートをII−II線に沿って模式的に示す断面図である。ノイズ抑制シートの主面に入射するノイズを模式的に破線で描画している。軟磁性粉末のうちの2つを拡大して模式的に描画している。
図3図1のノイズ抑制シートを貼付した小型電子機器の内部空間を模式的に示す図である。
図4】実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2のノイズ抑制シートの夫々における比透磁率の実数成分の周波数特性を示すグラフである。
図5】実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2のノイズ抑制シートの夫々における比透磁率の虚数成分の周波数特性を示すグラフである。
図6】実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2のノイズ抑制シートの夫々における比誘電率の虚数成分の周波数特性を示すグラフである。
図7】実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2のノイズ抑制シートの夫々における比誘電率の実数成分の周波数特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1に示されるように、本発明の実施の形態によるノイズ抑制シート10は、薄いシート形状を有している。より具体的には、本実施の形態のノイズ抑制シート10は、0.1mm以下の厚さを有している。図3を参照すると、この薄いノイズ抑制シート10は、携帯電話等の小型電子機器70の内部などの限られた内部空間(小空間)74において使用可能である。但し、本発明は、これに限られず、ノイズ抑制シート10は、より大きな空間内部において使用してもよい。また、ノイズ抑制シート10は、使用される空間のサイズに応じた厚さを有していてもよい。
【0022】
図2を参照すると、ノイズ抑制シート10は、シート状の複合磁性体20を備えている。複合磁性体20は、有機材料からなるバインダ30と、バインダ30中に分散された軟磁性粉末40とを含んでいる。軟磁性粉末40の全てにおいて、アスペクト比が5未満であり、真球近似したときの粒子径が300nm以下である。アスペクト比は、軟磁性粉末40の最も離れた2点の間を結ぶ線分の長さを長径とし、長径と直交する径のうち最も長いものを短径としたときの、短径/長径の値である。このような複合磁性体20は、例えば、下記のように作製できる。
【0023】
まず、軟磁性金属材料を使用して、略球形状を有するナノサイズの軟磁性粉末40を、例えば気相法(熱プラズマ法、火炎法)や液相法(液相還元法)によって作製する。次に、軟磁性粉末40を有機材料からなるゾル状のバインダ30と混合し、軟磁性粉末40がバインダ30に均一に分散するように攪拌してスラリーを作製する。次に、例えばドクターブレード法により、スラリーからシート状の薄膜を作製する。次に、作製した薄膜を複数枚に切断して積層する。次に、積層した薄膜をシート面と直交する方向に加圧する。この結果、圧縮された複数の薄膜からなるシート状の複合磁性体20が形成される。複合磁性体20においては、略球形状のナノサイズの軟磁性粉末40が、比較的高い電気抵抗率を有するバインダ30中に比較的密に且つ均一に分布している。
【0024】
ノイズ抑制シート10の複合磁性体20は、磁性材料(軟磁性粉末40)を含んでおり、磁束収束成分と、磁気損失成分と、誘電損失成分とを有している。磁束収束成分は、複合磁性体20の複素比透磁率(μr=μ′−jμ″:以下、単に「比透磁率μr」という。)の実数成分(μ′)であり、磁気損失成分は、比透磁率μrの虚数成分(μ″)である。誘電損失成分は、複合磁性体20の複素比誘電率(εr=ε′−jε″:以下、単に「比誘電率εr」という。)の虚数成分(ε″)である。
【0025】
本実施の形態によるノイズ抑制シート10において、複合磁性体20に含まれる軟磁性粉末40の全ては、ナノサイズの略球形状を有している。このような軟磁性粉末40を含むことにより、複合磁性体20の磁束収束成分μ′を7GHz以上の周波数帯域まで1よりも大きな値に維持できると共に、複合磁性体20の磁気損失成分μ″を、6GHz以上の周波数帯域まで0.5以上の値に維持できる。また、複合磁性体20の誘電損失成分ε″を、3GHzを超える高周波数帯域に亘って低くできる。
【0026】
詳しくは、図4の実施例1、2を参照すると、複合磁性体20の磁束収束成分μ′は、100MHzから7GHzまで、全体として徐々に低下しつつ、1よりも大きな値に維持される。図5の実施例1、2を参照すると、複合磁性体20の磁気損失成分μ″は、100MHzから6GHzまで、全体として徐々に上昇し、2GHz以上の周波数帯域において0.5以上の値に維持される。また、図6の実施例1、2を参照すると、複合磁性体20の誘電損失成分ε″は、100MHzから7GHzまで、25以下の低い値に維持される。特に、複合磁性体20の誘電損失成分ε″は、100MHzから9GHzまで、2以下の低い値に維持される。一方、図7の実施例1、2を参照すると、複合磁性体20の比誘電率の実数成分ε′は、100MHzから7GHzまで、殆ど一定の値(11〜25程度)に維持される。
【0027】
図1及び図2を参照すると、ノイズ抑制シート10は、水平面(XY平面)と平行な平面上を延びている。詳しくは、ノイズ抑制シート10は、XY平面と平行な入射面12及び反対面14を有している。入射面12及び反対面14は、所定方向(Z方向)において互いに反対側に位置している。図3を参照すると、ノイズ抑制シート10は、例えば、小型電子機器70のアンテナ78の近傍に配置される。詳しくは、反対面14は、小型電子機器70の筐体72の内面に貼りつけられる。このとき、入射面12は、小型電子機器70の小空間74の内部に露出しており、小型電子機器70の様々な電子部品76から生じた電磁波(ノイズ)80は、入射面12に入射する。
【0028】
本実施の形態において、小型電子機器70の小空間74は、電磁波80の波源からの距離をr、電磁波80の波長をλとするとき、2πr/λ<1となる空間である。このような小空間74においては、3GHzを超える高周波数帯域のノイズ80が生じ易い。本実施の形態のノイズ抑制シート10は、この高周波数帯域においても1よりも大きな(即ち、小空間74の磁束収束成分μ′よりも大きな)磁束収束成分μ′を有するため、小空間74内を伝播する高周波数帯域のノイズ80を集め易い。
【0029】
ノイズ抑制シート10に集められたノイズ80は、入射面12に入射する。複合磁性体20は、高周波数帯域においても低い誘電損失成分ε″を有するため、入射面12におけるノイズ80の反射を抑制できる。また、本実施の形態の複合磁性体20は、誘電体としても機能するため、誘電損失成分ε″及びノイズ80の周波数fと導電率σとの間には、σ=2π・ε″・fという関係がある。加えて、ノイズ80の複合磁性体20への電磁波80の侵入深さ(即ち、表皮深さ)δは、δ=√{1/(π・μ′・σ・f)}との式によって表される。従って、δ=√{1/(2π・μ′・ε″・f)}となり、表皮深さδは、電磁波80の周波数fに反比例して小さくなる。但し、所定の周波数fにおける表皮深さδは、係数であるε″を小さくすることで大きくできる。複合磁性体20の誘電損失成分ε″は低いため、表皮深さは大きい。このため、入射面12に入射したノイズ80は、ノイズ抑制シート10の内部深くまで侵入する。
【0030】
複合磁性体20は、高周波数帯域においても0よりも大きな(0.5以上の)磁気損失成分μ″を有するため、複合磁性体20の内部深くまで侵入したノイズ80は減衰する。減衰したノイズ80は、筐体72に反射されて、更に減衰しつつ複合磁性体20の内部を通過し、入射面12から小空間74内に放射される。入射面12から放射されるノイズ80は、大きく減衰している。従って、仮にノイズ80がアンテナ78に入射したとしても、アンテナ78は、殆ど影響を受けない。即ち、小型電子機器70の通信品質は、殆ど劣化しない。
【0031】
上述したように、本実施の形態の複合磁性体20の特性によれば、高い磁束収束成分μ′によって3GHzを超える高周波数帯域のノイズ80を集め、集めたノイズ80を低い誘電損失成分ε″によってノイズ抑制シート10内部深くまで取り込み、取り込んだノイズ80を磁気損失成分μ″によって抑制できる。即ち、本発明によれば、3GHzを超える高周波数帯域のノイズ80を抑制可能なノイズ抑制シートを提供できる。
【0032】
例えば、周波数3GHzのノイズ80の波長λは、10cmであり、近傍界を規定する波源からの距離r=λ/2πは、16mm未満である。即ち、小空間74は、波動インピーダンスが、微小ダイポールアンテナ(電界成分)が波源である高インピーダンス界と、微小ループアンテナ(磁界成分)が波源である低インピーダンス界とに分離した近傍界にある。このため、小空間74のインピーダンスとノイズ抑制シート10の入射面12のインピーダンスとを整合させることは困難である。
【0033】
一方、小空間74のノイズ80の発生源(波源)は微小ループアンテナ(磁界成分)である事例が大多数である。本実施の形態によるノイズ抑制シート10は、磁界成分のノイズ80を、磁束収束成分μ′によって集めて磁気損失成分μ″によって抑制する。加えて、本実施の形態によれば、磁界成分のノイズ80の侵入深さδを大きくすることで、より大きなノイズ抑制効果が得られる。本実施の形態によるノイズ抑制シート10は、入射面12の界面インピーダンスを小空間74のインピーダンスと整合させることなく、近傍界を伝播するノイズ80を抑制できる。
【0034】
図2を参照すると、本実施の形態において、バインダ30の材料、軟磁性粉末40の形状、組成、体積充填率等の様々な特徴は、特に限定されない。但し、以下に説明するように、これらの特徴を好ましい範囲にすることで、本実施の形態による効果を高めることができる。
【0035】
複合磁性体20の誘電損失成分ε″をできるだけ低くするという観点から、軟磁性粉末40は、できるだけ真球形状に近い形状を有することが好ましい。より具体的には、軟磁性粉末40におけるアスペクト比は、3以下であることが好ましい。このように、軟磁性粉末40の形状を真球形状に近づけることで、3軸(X軸、Y軸及びZ軸)における反磁界係数が等方的になり、複合磁性体20のシート面と平行な平面(XY平面)における比透磁率μrが低くなる。比透磁率μrが低くなると、比透磁率μr、磁気共鳴周波数fr及び飽和磁化Msとの間の関係式、μr・fr∝Msにより、磁気共鳴周波数frが高くなる。この結果、高周波数帯域において強磁性共鳴を発現することができ、大きな磁気損失成分μ″が得られる。
【0036】
軟磁性粉末40の粒子径を表皮深さよりも小さくすることで、渦電流による磁束収束成分μ′の低下を抑制できる。加えて、軟磁性粉末40の粒子形状が略球形状であり等方形状であるため、ノイズ抑制シート面内の反磁界係数は、1/3と大きくなり、μ′が小さくなるため、式δ=√{1/(2π・μ′・ε″・f)}により高周波での表皮深さδは小さくなる。これにより、磁気共鳴周波数frを高くできる。上述したように、磁気共鳴周波数frを高くすることで、高周波数帯域において強磁性共鳴損失が得られる。従って、軟磁性粉末40は、できるだけ粒子径が小さく、球形状であることが好ましい。より具体的には、軟磁性粉末40における粒子径は、100nm以下であることが好ましい。
【0037】
軟磁性粉末40は、様々な磁性材料から作製できる。例えば、軟磁性粉末40は、Fe,Ni及びCoから選ばれる1種類以上の元素を含んでいてもよい。例えば、軟磁性粉末40は、不可避不純物を除いてMg,Al,Si,Ca,Zr,Ti,Hf、Zn,Mn,ランタノイド,Ba及びSrを全く含まないFe−Ni合金やFe−Co合金から作製できる。上述の組成によれば、1GHzのノイズ80に対する複合磁性体20の表皮深さは300nm程度であり、粒子径以上である。
【0038】
軟磁性粉末40を上述の組成で作製することで、軟磁性粉末40の飽和磁歪λsを20×10−6以上にでき、且つ、軟磁性粉末40の飽和磁化Msを、1.5T以上、且つ、2.45Tにできる。この軟磁性粉末40を、バインダ30中に多数分散させることで、複合磁性体20の飽和磁化Msは、0.45T以上、且つ、0.98T以下になる。また、軟磁性粉末40の飽和磁化Msを、1.7T以上、且つ、2.45Tにすることで、複合磁性体20の飽和磁化Msを、0.51T以上、且つ、0.98T以下にできる。このように軟磁性粉末40の飽和磁化Msを高めてことで、磁気共鳴周波数frを高めて3GHzを超える高周波数帯域における磁束収束成分μ′を1より大きくできる。飽和磁化Msを高くするという観点から、複合磁性体20における軟磁性粉末40の体積占有率は、30vol%以上であることが好ましく、複合磁性体20を容易に作製するという観点から、40vol%以下であることが好ましい。
【0039】
軟磁性粉末40の粒子径が小さくなるにつれ、体積に対する表面積(比表面積)が大きくなる。本実施の形態による軟磁性粉末40の比表面積は、8〜18m/g程度である。比表面積が大きな多数の軟磁性粉末40を被覆して亀裂等を生じさせることなくシート状の複合磁性体20を形成するという観点から、バインダ30は、大きな重量平均分子量を有するポリマー(即ち、被覆面積が大きなポリマー)であることが好ましい。より具体的には、バインダ30は、重量平均分子量が80万以上であるポリマーからなることが好ましく、重量平均分子量が100万以上であるポリマーからなることが更に好ましい。このようなバインダ30を備える複合磁性体20は、7MPa未満の引張強度を有する。
【0040】
より具体的には、バインダ30は、例えば、アクリルゴム、アクリル酸アルキル共重合体等の(メタ)アクリル系ポリマー、アクリロニトリル−ブタジエンゴム(NBR)、シリコーンゴム、ポリウレタン、ポリエチレン、エチレン・プロピレンゴム(EPM)やエチレン・プロピレン・ジエンゴム(EPDM)などのオレフィン系ゴム、ポリフェニレンオキシド(PPO)、ビスマストリアジンレジン等の様々な材料を単独で又は2以上組み合わせて形成すればよい。
【0041】
本実施の形態によれば、略球形状の多数の軟磁性粉末40が、誘電体からなるバインダ30に分散されている。従って、複合磁性体20のシート面と平行な面(XY平面)内において、誘電体を導電体である金属によって挟んだキャパシタが多数形成され直列に接続されている。本実施の形態によれば、この構造によって、XY平面内における誘電損失成分ε″(即ち、複合磁性体20の内部を通過するノイズ80の振幅方向における誘電損失成分ε″)を更に低くできる。
【0042】
本実施の形態によれば、複合磁性体20には、無機充填材や炭素系充填材が含まれていない。このため、複合磁性体20は、高い可撓性を有し、様々な箇所に取り付け可能である。但し、本発明は、これに限られない。例えば、複合磁性体20は、可撓性を大きく低下させない範囲において、メラミンシアヌレート、赤燐、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、ホスファゼン等の難燃剤を1種又は2種類以上含んでいてもよい。これらの難燃剤は、バインダ30中に分散されていればよい。
【0043】
軟磁性粉末40の表面には、基材元素の酸化膜が形成されていてもよい。換言すれば、軟磁性粉末40の少なくとも一部は、表面を覆う自然酸化膜46を有していてもよい。但し、複合磁性体20における磁性材料の体積占有率の低下を防止するという観点から、自然酸化膜46の厚さは薄い方がよい。より具体的には、自然酸化膜46の厚さは、1nm以上、且つ、2nm以下であることが好ましい。
【0044】
軟磁性粉末40の表面には、母合金に予めシリコン元素(Si)を仕込んで置き、酸素分圧を調整した雰囲気で熱処理する熱酸化法や、アルコキシシランを使ったゾルゲル法等によって酸化ケイ素からなる高抵抗膜を形成してもよい。換言すれば、軟磁性粉末40の少なくとも一部は、表面を覆うシリカ膜48を有していてもよい。軟磁性粉末40の表面をシリカ膜48で覆うことにより、複合磁性体20の誘電損失成分ε″を更に低くできる。加えて、ノイズ抑制シート10の表面抵抗率が大きくなるため、ノイズ抑制シート10を貼付可能な場所が広がる。上述の効果を得るという観点から、シリカ膜48の厚さは、厚い方が好ましい。一方、複合磁性体20における磁性材料の体積占有率の低下を防止するいう観点から、シリカ膜48の厚さは薄い方がよい。より具体的には、シリカ膜48の厚さは、1nm以上、且つ、10nm以下であることが好ましい。
【0045】
本実施の形態のノイズ抑制シート10は、複合磁性体20のみを備えている。但し、本発明は、これに限られない。例えば、入射面12は、絶縁フィルムによって覆われていてもよい。即ち、ノイズ抑制シート10は、絶縁フィルム等の層を備えていてもよい。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の効果について、具体的な実施例及び比較例を使用して更に詳しく説明する。
【0047】
(実施例1のノイズ抑制シート)
Fe−Ni合金からなり略球形状を有する軟磁性粉末を、気相法によって作製した。軟磁性粉末は、50質量%のNiを含んでおり、軟磁性粉末の表面は、自然酸化膜によって覆われていた。軟磁性粉末のアスペクト比は1〜1.5程度であり、軟磁性粉末の粒子径は100nm以下だった。また、軟磁性粉末の比表面積は8.3m/gだった。軟磁性粉末を、バインダが溶解されたトルエンの中に分散して磁性塗料を作製した。バインダとしては、特殊官能基としてカルボン酸を有するアクリル酸アルキル共重合体を使用した。バインダの重量平均分子量(Mw)は約100万だった。ドクターブレード法により、磁性塗料からグリーンシートを成膜した。グリーンシートを複数枚に切断した。複数枚のグリーンシートを積層して加熱冷却プレスし、これによりシート状の複合磁性体からなる実施例1のノイズ抑制シートを作製した。
【0048】
実施例1の飽和磁化Msを、試料振動型磁力計によって測定した。実施例1の飽和磁化Msは、0.53Tだった。また、この測定により、実施例1に含まれている軟磁性粉末の体積占有率が35vol%であることが分かった。
【0049】
(実施例2のノイズ抑制シート)
Fe−Co合金からなり略球形状を有する軟磁性粉末を、気相法(熱プラズマ法)によって作製した。軟磁性粉末は、30質量%のNiを含んでおり、軟磁性粉末の表面は、自然酸化膜によって覆われていた。軟磁性粉末のアスペクト比は1〜1.5程度であり、軟磁性粉末の粒子径は100nm以下だった。また、軟磁性粉末の比表面積は17.7m/gだった。軟磁性粉末を、バインダが溶解されたトルエンの中に分散して磁性塗料を作製した。バインダとしては、特殊官能基としてカルボン酸を有するアクリル酸アルキル共重合体を使用した。バインダの重量平均分子量(Mw)は約100万だった。ドクターブレード法により、磁性塗料からグリーンシートを成膜した。グリーンシートを複数枚に切断した。複数枚のグリーンシートを積層して加熱冷却プレスし、これによりシート状の複合磁性体からなる実施例2のノイズ抑制シートを作製した。
【0050】
実施例2の飽和磁化Msを、試料振動型磁力計によって測定した。実施例2の飽和磁化Msは、0.66Tだった。また、この測定により、実施例2に含まれている軟磁性粉末の体積占有率が35vol%であることが分かった。
【0051】
(比較例1のノイズ抑制シート)
3.5質量%のSiを含み且つ4.5質量%のCrを含むFe−Si−Cr合金からなり略球形状を有する軟磁性粉末を、気相法(熱プラズマ法)によって作製した。軟磁性粉末をボールミルを使用して扁平化し、扁平形状の軟磁性粉末を作製した。軟磁性粉末のアスペクト比は46であり、軟磁性粉末の粒子径は23μmだった。作製した軟磁性粉末を使用して、実施例1、2と同様な方法によりシート状の複合磁性体からなる比較例1のノイズ抑制シートを作製した。
【0052】
比較例1の飽和磁化Msを、試料振動型磁力計によって測定した。比較例1の飽和磁化Msは、0.85Tだった。また、この測定により、比較例1に含まれている軟磁性粉末の体積占有率は、50vol%であることが分かった。
【0053】
(比較例2のノイズ抑制シート)
市販の略球形状を有するカルボニル鉄粉を用意した。カルボニル鉄粉の粒子径は4μm(=4000nm)であり、カルボニル鉄粉の比表面積は0.3m/gだった。カルボニル鉄粉を、バインダが溶解されたトルエンの中に分散して磁性塗料を作製した。バインダとしては、特殊官能基としてカルボン酸を有するアクリル酸アルキル共重合体を使用した。バインダの重量平均分子量(Mw)は約100万だった。ドクターブレード法により、磁性塗料からグリーンシートを成膜した。グリーンシートを複数枚に切断した。複数枚のグリーンシートを積層して加熱冷却プレスし、これによりシート状の複合磁性体からなる比較例2のノイズ抑制シートを作製した。
【0054】
比較例2の飽和磁化Msを、試料振動型磁力計によって測定した。比較例2の飽和磁化Msは、0.78Tだった。また、この測定により、比較例2に含まれている軟磁性粉末の体積占有率は、39vol%であることが分かった。
【0055】
(複素透磁率及び複素誘電率の測定)
実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2の夫々について、シートと平行な面内における比透磁率μr(複素比透磁率)及び比誘電率εr(複素比誘電率)を測定した。この測定は、ネットワークアナライザを使用して同軸管法によって行った。図4から図7までの夫々に測定結果を示す。
【0056】
図4及び図5を参照すると、比較例1は、高い磁気損失成分μ″を有する一方、周波数が2GHzを超えて高くなるにつれて磁束収束成分μ′が急速に低下する。比較例1の磁束収束成分μ′は、6GHzを超える周波数帯において、実施例1や実施例2の磁束収束成分μ′よりも小さくなり、十分なノイズ抑制効果が得られない。比較例2の粒子径は、表皮深さよりも大きい。このため、渦電流による磁気損失により、磁束収束成分μ′が徐々に低下し、3GHz〜6GHzの高周波数帯域において、実施例1や実施例2よりも小さくなり、7GHzにおいて1以下となる。
【0057】
実施例1は180MHzで磁気共鳴する。実施例1の磁束収束成分μ′は、比較例2と同様に、7GHzにおいて1以下となる。また、実施例1の磁気損失成分μ″は、3GHzを超える高周波数帯域の2つの周波数においてピークになる。実施例1の磁気損失成分μ″は、6GHzを超える周波数帯域において、比較例2と略同じである。但し、実施例1の磁気損失成分μ″は、200MHzから徐々に上昇する。このため、実施例1のローパスフィルタ性能は、比較例2よりも高い。実施例2は1.1GHzで磁気共鳴する。実施例2の磁束収束成分μ′は、9GHzにおいても1よりも大きい。また、実施例2の磁気損失成分μ″は、3GHzを超える高周波数帯域の2つの周波数においてピークになる。実施例2の磁気損失成分μ″は、9GHzにおいて比較例2と略同じであり、9GHzを超える周波数帯域においても上昇して比較例2よりも大きくなる傾向がある。
【0058】
図6及び図7を参照すると、比較例1は、誘電損失成分ε″及び比誘電率εrの実数成分ε′が大きく、3GHzを超える高周波数帯域において、ノイズを大きく反射する。比較例1、実施例1及び実施例2は、誘電損失成分ε″及び比誘電率εrの実数成分ε′がが比較例1に比べて1/5程度であり、3GHzを超える高周波数帯域においても、ノイズ抑制シートの内部にノイズを侵入させることができる。
【0059】
図4から図7までから理解されるように、実施例1及び実施例2は、比較例1や比較例2よりも高い周波数までノイズを抑制できる。即ち、小型電子機器の小空間において磁気損失成分μ″によるノイズ吸収効果を得るためには、3GHzを超える高周波数帯域において磁束収束成分μ′を1よりも大きな値に維持し、且つ、誘電損失成分ε″を小さくするという本発明が有効である。
【符号の説明】
【0060】
10 ノイズ抑制シート
12 入射面
14 反対面
20 複合磁性体
30 バインダ
40 軟磁性粉末
46 自然酸化膜
48 シリカ膜
70 小型電子機器
72 筐体
74 内部空間(小空間)
76 電子部品
78 アンテナ
80 電磁波(ノイズ)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7