特許第6979206号(P6979206)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6979206
(24)【登録日】2021年11月17日
(45)【発行日】2021年12月8日
(54)【発明の名称】鉄供給材及び鉄供給方法
(51)【国際特許分類】
   C05D 9/02 20060101AFI20211125BHJP
   A01G 33/00 20060101ALI20211125BHJP
   A01G 7/06 20060101ALI20211125BHJP
【FI】
   C05D9/02
   A01G33/00
   A01G7/06 A
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-23410(P2018-23410)
(22)【出願日】2018年2月13日
(65)【公開番号】特開2019-137590(P2019-137590A)
(43)【公開日】2019年8月22日
【審査請求日】2020年12月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】309033921
【氏名又は名称】株式会社ダステック
(74)【代理人】
【識別番号】100126398
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 典子
(72)【発明者】
【氏名】西田 雄三
【審査官】 黒川 美陶
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−211913(JP,A)
【文献】 特開2015−006979(JP,A)
【文献】 特表2004−515561(JP,A)
【文献】 特開2014−198635(JP,A)
【文献】 特開昭61−19430(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第104261990(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第105669278(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第104109004(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C05B,C05C,C05D,C05F,C05G
A01G
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄イオンに対するキレート能を有し水に不溶性の基材を主体とし、当該基材に3価鉄イオンがキレート結合していることを特徴とする鉄供給材。
【請求項2】
前記基材は、茶葉、木材から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載の鉄供給材。
【請求項3】
前記木材は、木材チップス、おがくず、木屑のいずれかの形態であることを特徴とする請求項2記載の鉄供給材。
【請求項4】
請求項1記載の鉄供給材を土壌に散布することを特徴とする鉄供給方法。
【請求項5】
請求項1記載の鉄供給材をネットに収容し、土壌中、水中、海中のいずれかに静置することを特徴とする鉄供給方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水に不溶で植物や藻類などが必要とするときに3価鉄イオンを供給することができる新規な鉄供給材に関するものであり、さらには鉄供給方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄は、植物プランクトンにおける硝酸などの栄養の取り込み促進や、光合成の促進などの触媒作用があり、植物プランクトンの増殖に有効であると考えられている。近年、森林などの伐採や河川工事などによって川や海に流れ込む鉄分が減少したり、地球温暖化で海水中の鉄分が減少傾向にあることが報告されており、その結果、藻場が消失する磯焼けなどが発生するものと考えられている。
【0003】
このような問題を解消するための対策としては、積極的に鉄分を増加させることが有効であると考えられ、海水中の鉄分を増加させることで、このような焼失した藻場を再生することができる可能性が高い。海水中の鉄分が増加すれば、植物性プランクトンが繁殖し、この植物性プランクトンを捕食する動物性プランクトンが増加し、さらにこの動物性プランクトンを捕食するエビ、小魚などが集まることによって藻場が再生し、海岸環境が良好なものとなる。さらに、魚が食用とする海藻類が生育することで大きな魚も集まり、良好な漁場が生成されることが期待される。
【0004】
海水中の鉄分を増加させる方法としては、例えば護岸設備の表面に、緩衝材を介在させて鉄または鉄化合物を含有する基体を表面が露出するように埋め込み付設する海藻増殖方法が提案されている(特許文献1を参照)。この海藻増殖法では、基体に含有される鉄や鉄化合物が鉄イオンとして溶解することで徐々に海水中の溶解鉄を増加させる手法が採られている。
【0005】
その他、特許文献1記載の方法と同様に、鉄キレート化合物を用いる方法(特許文献2〜特許文献3など)や、固体の鉄とキレート物質とを共存させる方法(特許文献4〜特許文献9など)なども提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許2802575号公報
【特許文献2】特開2012−07539号公報
【特許文献3】特開2014−201470号公報
【特許文献4】特開2016−195579号公報
【特許文献5】特開2015−226511号公報
【特許文献6】特許4710036号公報
【特許文献7】特許5682906号公報
【特許文献8】特許6090665号公報
【特許文献9】特許6012127号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、例えば特許文献1記載の方法では、供給した鉄分が有効に利用されないという大きな問題を抱えている。すなわち、鉄はpHが低い液体中では溶解しやすい2価の状態で存在できるが、pHが8.3程度と高い海水中では沈殿を形成しやすい3価状態となるため、植物プランクトンによる鉄吸収効率は非常に低くなる。特許文献1記載の方法では、鉄または鉄化合物を含有する基体を海水中に付設しているだけなので、この基体から鉄イオンとして海水中に溶解している鉄は3価状態と考えられるので、増加させた鉄分は速やかに沈殿形成されるため効率よく植物プランクトンに吸収される可能性は非常に低い。
【0008】
また、特許文献1で用いられている鉄化合物や鉄キレート化合物は、それ自体が水溶性であり、例えば海流や雨によって簡単に流れ去ってしまい、鉄分を必要とする藻場や農地で有効利用されないという問題もある。さらには、特許文献1記載の発明で用いられるキレート物質(例えばEDTAなど)は価格が高く、広大な藻場や農地などに使用することはコストの面から現実的ではない。
【0009】
特許文献2〜特許文献3に記載される方法についても同様であり、水溶性の鉄キレート化合物を用いることから、海流や雨などによる流出の問題やコストの問題がある。
【0010】
一方、特許文献4〜特許文献9に記載される方法のように、固体の鉄とキレート物質とを共存させる方法では、流出の問題はある程度回避されるが、固体鉄とキレート物質との共存のみでは鉄キレート化合物の生成率が非常に低く、実用的ではない。
【0011】
また、特許文献4記載の方法は、植物または海藻に効率よく鉄(II)イオンを供給するものであるが、海水中で固体鉄から生じる2価鉄イオンは容易に酸化され(3価鉄)、プランクトンなどにとって利用不能な化合物(沈殿物)に変わってしまう可能性が高い。2価鉄化合物となったものは、沈殿を形成する可能性は低下するが水溶性であるため海水中への流出が大きな問題となる。同様にこの手法では畑で肥料としては使用できない。雨などが降ればこれらの2価鉄イオンはすべて流れ去ってしまうからである。
【0012】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、水に不溶で海流や雨などによって流されてしまうことがなく、植物や藻類などの要求に応じて鉄イオンを植物や藻類などが取り込みやすい形で容易に供給することが可能な鉄供給材を提供することを目的とし、さらには鉄供給方法を提供することを目的とする。また、本発明は、コストを大幅に抑制することが可能であり、実用性に優れた鉄供給材及び鉄供給方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前述の目的を達成するために、本発明の鉄供給材は、鉄イオンに対するキレート能を有し水に不溶性の基材を主体とし、当該基材に3価鉄イオンがキレート結合していることを特徴とするものである。また、本発明の鉄供給方法は、前記鉄供給材を土壌に散布するか、あるいは前記鉄供給材をネットに収容し、土壌中、水中、海中のいずれかに静置することを特徴とするものである。
【0014】
本発明の鉄供給材は、水に不溶性の基材に直接3価鉄イオンがキレート結合しているので、鉄キレート化合物(基材に3価鉄イオンがキレート結合したもの)も水に不溶性である。したがって、供給する鉄分が海流や雨などによって流れ去ってしまうことはない。また、本発明によってつくられる基材にキレート結合した3価鉄イオンは、植物や藻類などが外部からの鉄分の取り込みのために放出する特有のキレート物質が存在する環境では、両物質間の相対的なキレート力の違いにより、植物等のキレート物質へ移行する。このようにしてできた植物等由来の3価鉄キレート化合物は植物や藻類などに速やかに取り込まれる。さらに、鉄イオンに対するキレート能を有し水に不溶性の基材としては、茶葉(茶殻)や木材チップス、おがくず、木屑などが使用可能であり、コストがほとんどかからない。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、水に不溶で海流や雨などによって流されてしまうことがなく、植物や藻類などの要求に応じて鉄イオンを植物や藻類などが取り込みやすい形で容易に供給することが可能な鉄供給材、鉄供給方法を提供することが可能である。また、本発明によれば、コストを大幅に抑制することが可能であり、基材は天然の生分解性素材であるため環境負荷が少なく、実用性に優れた鉄供給材及び鉄供給方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】木材チップスの鉄イオンの結合の有無による外観の相違を示す写真である。
図2】砂地において、茶葉を基材とする鉄供給材の有無による植物の生育状態の相違を示す写真である。
図3】砂地において、木材チップスを基材とする鉄供給材の有無による植物の生育状態の相違を示す写真である。
図4】砂地において、木屑を基材とする鉄供給材の有無による植物の生育状態の相違を示す写真である。
図5】腐葉土において、茶葉を基材とする鉄供給材の有無による植物の生育状態の相違を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を適用した鉄供給材及び鉄供給方法の実施形態について、詳細に説明する。
【0018】
本発明の鉄供給材は、鉄イオンに対するキレート能を有し水に不溶性の基材を主体とし、当該基材に3価鉄イオンがキレート結合していることを特徴とするものである。
【0019】
ここで、基材としては、鉄イオンに対するキレート能を有し水に不溶性のものであれば如何なるものであってもよいが、入手が容易でコストもほとんどかからないことなどの理由から、茶葉(茶殻)、木材チップス、おがくず、木屑などが好適である。これらの基材(茶葉など)は、いずれも表面にポリフェノールに由来する水酸基を有しており、鉄イオン(特に3価鉄イオン)に対してキレート能を有する。
【0020】
勿論、これに限らず、例えば水に不溶なポリマーにキレート形成部位を導入し、これを基材とすることも可能である。具体的には、キレート形成部位を導入した水に不溶なキトサン由来のポリマーを挙げることができる。このキトサン由来のポリマーに3価鉄イオンがキレート結合した状態を化1に示す。
【0021】
【化1】
【0022】
前述の基材に対して3価鉄イオンをキレート結合させ、これを鉄供給材として、土壌に散布する、あるいは鉄供給材をネットに収容し、土壌中、水中、海中のいずれかに静置することにより、植物などの生育に必要な鉄分を供給する。基材に対して3価鉄イオンをキレート結合させるには、例えばクエン酸の鉄塩など、鉄塩の水溶液で基材を処理すればよく、簡単に行うことができる。
【0023】
本発明の鉄供給方法は、植物や細菌類が鉄イオンを吸収するときに、植物や細菌類などに特有なキレート物質を放出し、形成された鉄キレート化合物を細胞膜から吸収するという事実に基づき、3価鉄イオンを含む水に不溶な鉄供給材から、3価鉄イオンを前記植物や細菌類が放出するキレート物質と結合させて移行させ、その結果形成された水溶性鉄化合物を植物などに吸収させるというものである。
【0024】
また、本発明の鉄供給材の3価鉄に対するキレート力は他の元素に対するキレート力よりも高く、鉄選択性を有する。鉄キレート化合物の状態であるため、海洋中の他の成分との相互作用(沈殿)は生じにくい。一方で、植物や藻類、植物プランクトンが外界から鉄を得る際に放出するキレート物質に対して容易に鉄を移行しうるため、植物体が鉄を必要とする際に鉄(III)イオンを供給する、それまでは不溶性で3価鉄を保持できるという優れた特徴を有する。以下に、本発明による鉄供給のメカニズムについて説明する。
【0025】
植物の鉄イオン取り込み機構を詳細に調べたところ、例えばイネ科植物では、化2に示すムギネ酸を根から出して、水中の鉄(III)イオンとキレート化合物を形成し、それを根から取り込むことがわかってきた。ムギネ酸とは、キレート構造から言えば、実験室系ではよく知られているエチレンジアミン−4酢酸(EDTA)とよく似ている。化3にEDTAの構造とプロトンの解離を、化4にEDTAの鉄(III)錯体の構造を示す。
【0026】
【化2】
【0027】
【化3】
【0028】
【化4】
【0029】
例えば化1に示すキトサン由来のポリマーは、水に不溶であるが、その高分子鉄(III)錯体 は、例えばEDTAと反応すると、キレート力の相対的な差から、鉄(III)イオンを容易にEDTAに渡す。すなわち、化5に示すように、キトサン由来のポリマー錯体にキレート(EDTA)が接近すると、鉄(III)イオンがキトサン由来のポリマー錯体からEDTAへ移る。このことは、キトサン由来のポリマー錯体は、水に不溶で、キレートすることで鉄(III)イオンの沈殿生成反応を阻止し、鉄(III)イオンの状態を維持しながら、適当なキレート剤が存在すれば、水溶液中で容易に3価鉄イオンの供給体となれることを示している。
【0030】
【化5】
【0031】
茶葉(茶殻)、木材チップス、おがくず、木屑なども同様であり、これら材料もポリフェノールに由来する水酸基を有することから、当該水酸基に鉄(III)イオンをキレート結合させた錯体は、3価鉄イオンの供給体となることができる。
【0032】
前述の通り、植物や細菌類などは、鉄イオンを吸収するときに植物、細菌類などに特有なキレート化合物を放出し、外界で形成された水溶性鉄キレート化合物を細胞膜から吸収するという機構で行っている。このとき、キレートと結合する鉄イオンは2価状態と3価状態のいずれかであるが、一般的にキレートとの結合能力は3価鉄イオンの方が2価鉄イオンよりずっと高い。例えばEDTAの鉄3価イオンとの鉄キレート化合物生成定数は1025であるのに対して、2価鉄イオンのそれは1016であり、その違いは明白である。したがって、本発明においては、3価鉄イオンを対象にしている。
【0033】
以上のような特徴を有する本発明の鉄供給材、鉄供給方法は、次のような利点を有している。
【0034】
本発明の鉄供給材は、水に不溶なため畑にまいても雨などで鉄イオンが流れ去ることがない、鉄イオンはキレートされた状態にあるためリン酸イオンと共存しても沈殿を作らずリン酸肥料の作用を妨害しない、原料が茶葉、木材のチップス等であるので地球にやさしい肥料である、植物などが鉄を必要とする際に鉄を供給することができる、などの点で非常に優れたものである。従来の同様な鉄肥料は、鉄(II)イオンを含む水溶液にして利用するものであるが、これらは水溶性であるため畑にまいても雨などによって流れ去る、広い海などでは使用できない、2価鉄イオンを対象としているため吸収効率が低い、などの欠点があり、本発明の鉄供給材はこれらの欠点を完全にカバーしている。
【0035】
本発明の鉄供給材は、材料として茶葉、木材チップス、おがくず、木屑などが使用可能であり、その合成法も簡単であるので、安価で大量に得られる利点がある。これらの材料は、農業再生や中東のような砂地での農業への適用など、植物への肥料として利用できるのみならず、自然環境再生(例えば海の生き物再生など:海水温度の高低にかかわらず鉄イオンを補給できるので、高い水温によって利用できる形の鉄イオンが少ない状況であるために従来生育できなかった環境においても、わかめ、昆布が生育する)など、多くの事項に利用可能である。その時、これらの化合物は、それ自身を畑、海、山に散布することもできるが、いろいろなものと混合させて形を変えて利用することもできる(例えばタドンや団子形にするなど)。
【0036】
本発明の鉄供給材[鉄(III)キレート]の安定性(化学的および熱的)は非常に高いので、その挙動は海水中のpH、温度などに全く影響されない。
【0037】
以上、本発明を適用した鉄供給材、鉄供給方法の実施形態について説明してきたが、本発明が前記実施形態に限定されるものでないことは言うまでもなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【実施例】
【0038】
次に、本発明の具体的に実施例について、実験結果を基に説明する。
【0039】
鉄供給材の合成
実施例1
キレート形成部位を導入したキトサン由来のポリマー(キトサン1gスケールで合成された試料)を200mlの水に懸濁させ、これに5gのクエン酸鉄アンモニウムを加え、50℃で24時間放置した。得られた褐色化合物をろ過し、数回50℃の水で洗って、風乾させた。これによりキトサン由来鉄供給材を得た。
【0040】
キレート形成部位を導入したキトサン由来のポリマーの合成方法は次の通りである。すなわち、キトサン(ナカライテスク製、クラブシェル由来)700mgと、バニリン(東京化成製)350mgを、5%酢酸溶液50mlとメタノール50mlの混合溶媒に加えた。得られたゲル状の溶液に水素化ホウ素ナトリウム(ナカライテスク製)3gを結晶性沈殿が生成するまで、徐々に加えた。沈殿形成が止まった時点で吸引濾過を行い、その後、水、メタノールで洗浄した。得られた合成物を風乾した後、さらに真空乾燥を行った。
【0041】
実施例2
日本茶葉(市販)、100gを温水(50℃)300mlに加え、これにクエン酸鉄アンモニウム(20g)を加えて、24時間放置した。一度ろ過して、数回温水(50℃)で洗った。これにより茶葉由来鉄供給材を得た。なお、このときの最初のろ液は、実施例3で使用するので、捨てないで保存しておいた。
【0042】
実施例3
実施例2で得られた茶葉とクエン酸鉄アンモニウム反応後のろ液300mlに、鉄(III)−イミノ2酢酸錯体溶液(200ml,塩化第二鉄・6水和物、13.4gスケールで得られた溶液)を加え、これに木材チップスを加えて、3〜4日放置した。鉄(III)イオンをキレートしたため黒く変色した木材チップスをろ過し、水で数回洗って、空気中、乾燥させた。これにより木材チップス由来鉄供給材を得た。木屑(ヒノキ)に関しても同様にして木屑由来鉄供給材を得た。
【0043】
鉄供給材としての効果
先ず、作成した各鉄供給材について、乾燥試料中の鉄(III)イオンの含有量を測定した。測定は、試料(1〜10g)を1M−塩酸中に数時間浸して、鉄供給体にキレートされている鉄(III)を遊離させ、この遊離した鉄(III)イオンをEDTAを用いて評定した。結果を表1に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
図1に木材チップスの鉄イオンの結合の有無による外観の相違を示す。杉の木材チップスは、図1左に示すように肌色をしているが、これに鉄(III)イオンをキレートさせると、図1中央に示すように黒色になる。このチップスを1M−EDTA溶液に浸しておくと、色が徐々に消えて、もとの肌色に戻る(図1右)。すなわち、チップスから得られた鉄化合物は、植物等のキレート化合物に類似する構造を有するEDTAに対して鉄(III)イオンの供給体となれることを示している。
【0046】
茶葉はよく知られているように、ポリフェノールが中心構造をなしている。これらは容易に鉄(III)イオンと反応する。そこで鉄イオンをキレートさせた茶葉(黒色に変わる)を作り、その鉄(III)イオンキレート化合物(茶葉)をEDTAと接触させるとEDTAへ容易に鉄(III)イオンを受け渡すことを確認した。すなわち、本発明の方法で茶葉から有効な鉄(III)イオン供給体を作製できることが示された。
【0047】
ソバの生育実験
得られた化合物が実際に植物に対して鉄イオン供給体として機能するかどうかを、イネ科植物のひとつであるソバの実の成長過程で調べた。土壌として、肥沃土と砂地(栄養化合物は加えていない)で検討してみた。ソバは市販(タキイ社)のもので、室温(20〜28℃)で30日間放置し、生育状況を鉄供給材が加えられている場合と、鉄供給材が加えられていない場合で、茎の長さを測定して比較した。ソバの実は、2〜10粒を土に埋めて、観察した。
【0048】
図2図4は、砂地での結果であり、図2は茶葉由来鉄供給材、図3は木材チップス由来鉄供給材、図4は木屑由来鉄供給材について、それぞれ鉄供給材の有無による生育の相違を示すものである(種まきから3週間後:10粒での実験)。いずれの図においても、左側が鉄供給材有り、右側は鉄供給材無しである。
【0049】
いずれの場合も、コントロール(鉄供給材無し)と比較して鉄供給材有りの場合、成長では平均して1.5倍程度伸びが良いことが観察された。キトサン由来鉄供給材を用いた場合も同様の結果であった。
【0050】
図5は、肥沃地(腐葉土)での結果であり、茶葉由来鉄供給材の有無による生育の相違を示すものである(種まきから3週間後:10粒での実験)。図5において、左側が鉄供給材有り、右側は鉄供給材無しである。
【0051】
この場合も、茶葉由来鉄供給材有りの方がソバの成長が良い(成長率は概ね2倍ほど優れている)ことがはっきりしている。茶葉由来鉄供給材以外の(木屑由来、木材チップス由来)鉄供給材でも、同様な挙動が観測された。成長後の様子(30日後)も鉄供給材有りの方が良好な結果であった。
【0052】
藻類の生育実験
キトサン由来鉄供給材について、水に不溶でありながら珪藻類への3価鉄イオン供給体として作用できることを実験的に明らかにした。具体的には、人工海水培地にキトサン由来鉄供給材を投入し、珪藻の増殖試験を行った。キトサン由来鉄供給材の投入の有無により明らかな相違が認められ、キトサン由来鉄供給材を投入した場合の方が良好な結果であった。また、キトサン由来鉄供給材の安定性(化学的および熱的)が非常に高く、この挙動は海水中のpH、温度などに全く影響されなかった。
図1
図2
図3
図4
図5