特許第6979269号(P6979269)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6979269微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6979269
(24)【登録日】2021年11月17日
(45)【発行日】2021年12月8日
(54)【発明の名称】微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの測定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/686 20180101AFI20211125BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20211125BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20211125BHJP
   C12R 1/225 20060101ALN20211125BHJP
【FI】
   C12Q1/686 ZZNA
   C12Q1/6851 Z
   !C12N15/09 Z
   C12R1:225
【請求項の数】6
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2016-212216(P2016-212216)
(22)【出願日】2016年10月28日
(65)【公開番号】特開2018-68211(P2018-68211A)
(43)【公開日】2018年5月10日
【審査請求日】2019年7月16日
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-01633
(73)【特許権者】
【識別番号】000006127
【氏名又は名称】森永乳業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137338
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 朋子
(72)【発明者】
【氏名】副島 隆志
【審査官】 宮岡 真衣
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−047150(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/010740(WO,A1)
【文献】 特表2014−514930(JP,A)
【文献】 特開2008−099632(JP,A)
【文献】 JING Z. et al.,Single template detection of food-borne pathogenic bacterium Listeria monocytogenes.,Abstracts of Papers, 241st ACS National Meeting & Exposition, Anaheim, CA, United States, March 27-3,Database CAplus [online], Accession Number: 2011:331624,Retrieved from STNext [retrieved on 2020.6.18]
【文献】 PAVSIC J. et al.,Anal Bioanal Chem,408 [Epub 2015.10.19],p.67-75
【文献】 WARD L.J.H. et al,Letters in Applied Microbiology,29 (1999),pp. 90-92
【文献】 CHAGNAUD P. et al,Journal of Microbiological Methods,vol.44 (2001),pp.139-148
【文献】 JING Z. et al.,Single template detection of food-borne pathogenic bacterium Listeria monocytogenes.,Abstracts of Papers, 241st ACS National Meeting & Exposition, Anaheim, CA, United States, March 27-31, 2011 (2011),Database CAplus [online], Accession Number: 2011:331624, Retrieved from STNext [retrieved on 2020.6.18]
【文献】 PAVSIC J. et al.,Anal Bioanal Chem,408 [Epub 2015.10.19],p.67-75
【文献】 WARD L.J.H. et al,Letters in Applied Microbiology,29 (1999),pp. 90-92
【文献】 CHAGNAUD P. et al,Journal of Microbiological Methods,vol.44 (2001),pp.139-148
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68−1/6897
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検試料中のグラム陽性細菌の死細胞を、デジタルPCR法を用いて測定する方法であって、
被検試料から測定用試料を調製する測定用試料調製工程と、
前記測定用試料中の前記グラム陽性細菌の死細胞のDNA又はRNAのターゲット領域をデジタルPCR法により増幅し、増幅産物を測定する増幅産物測定工程と、
前記測定結果に基づき前記グラム陽性細菌の死細胞を定量する定量工程と、を有し、
前記被検試料が油脂類を含有する試料であり、
前記測定用試料調製工程が、前記被検試料に核酸増幅阻害物質の働きを抑制する親水性薬剤を添加することを含み、かつ前記グラム陽性細菌の死細胞のDNA又はRNAを抽出することを含まない、方法。
【請求項2】
前記グラム陽性細菌がラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌がラクトバチルス・パラカゼイ(Lactoba cillus paracasei)である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記被検試料が動物性油脂及び/又は植物油脂を含む食品である、請求項1〜3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記測定用試料調製工程が、前記グラム陽性細菌の死細胞を超音波式若しくは圧力式の分散機を用い分散させることを含む、請求項1〜4の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記核酸増幅阻害物質の働きを抑制する親水性薬剤が、少なくともリゾチーム及びポリエチレングリコールを含む、請求項1〜5の何れか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを定量する測定方法に関する。本発明は特に食品等に添加されているグラム陽性細菌の死細胞を定量する測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、微生物又はウイルスの検出・定量は、微生物による汚染の検出や、ウイルスによる感染の検出に代表されるように、増殖能を有するものを対象として行われてきた。
微生物の検出・定量の技術としては、例えば、乳酸菌が存在しない飲料中における乳酸菌生細胞による汚染の検出・定量を目的として、被検試料をメンブランフィルターでろ過後、適当な培地中で培養し、生育したコロニーを観察する方法が知られている(特許文献1)。また、乳酸菌検出培地として改変NBB培地を使用する方法(非特許文献1)、KOT培地を使用する方法(非特許文献2)も知られている。さらに、菌体中のATPを利用し、ルシフェリン−ルシフェラーゼ反応による化学発光を用いる方法(非特許文献3、4)、また、培地中の菌の生育を培地の電気伝導度の変化で捕らえる方法(非特許文献5)も知られている。
ウイルスの検出・定量の技術としては、例えば、インフルエンザウイルスの検出・定量を目的として、ウイルスに対する抗体とウイルスの核蛋白質との抗原抗体反応を利用する方法が知られている(特許文献2)。
これらの方法は、何れも増殖能を有する微生物又はウイルスを検出・定量のターゲットとしており、微生物の死細胞や不活化ウイルスの定量という観点を有していない。
また、PCR法を用いた微生物やウイルスの定量も提案されており、例えば、逆転写PCR法による乳酸菌もしくはビフィズス菌の定量(非特許文献6)、プロピジウムアイオダイド(PMA)を添加することによる乳酸菌もしくはビフィズス菌の生細胞選択的定量(非特許文献7)、リアルタイムPCR法によるウイルスの定量(特許文献3)などが知られている。
【0003】
ところで、食品中の乳酸菌は善玉菌といわれ、これを添加した各種食品(発酵乳、チーズなど)が広く消費者に受け入れられている(非特許文献8〜11)。近年では、これらの食品の保存中における風味や物性の変化を抑制する目的で、加熱処理により乳酸菌を殺菌することも行われている。
そして、死細胞であっても生細胞と同様の活性を有する乳酸菌(特許文献4〜6)が報告された。
【0004】
上記報告からもいえるように、近年、増殖能を有さない微生物を対象とした研究が盛んになされている。
【0005】
また、不活化ワクチンの力価試験としては、動物にワクチンを接種し、一定期間の後、血中抗体価を測定する方法や、不活化ワクチンにおけるウイルスをELISAによって測定する方法などが知られている(非特許文献12)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−311894号公報
【特許文献2】特開2005−164496号公報
【特許文献3】特開2004−305092号公報
【特許文献4】国際公開第2015/004949号
【特許文献5】特開2010−6801号公報
【特許文献6】特開2008−099632号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Back, W. 1980. Brauwelt. 120: 1562.
【非特許文献2】Taguchi, H. et al. 1990. J. Am. Soc. Brew. Chem. 48: 72.
【非特許文献3】Hysert, D. W. et al. 1976. J. Am. Soc. Brew. Chem. 34: 145.
【非特許文献4】Soejima, T. et al. 2009. FEMS Microbiol. Lett. 294: 74-81.
【非特許文献5】Vogel, H. & Bohak, I. 1990. Brauwelt. 130: 414.
【非特許文献6】Matsuda, K. et al. 2009. Appl. Environ. Microbiol. 75: 1961-1969.
【非特許文献7】Fujimoto, J. et al. 2013. Appl. Environ. Microbiol. 79: 2182-2188.
【非特許文献8】Yoshikawa, T. et al. 2009. Biosci. Biotechnol. Biochem. 73: 1439-1442.
【非特許文献9】Inoue, R. et al. 2010. Immunol Med Microbiol. 61: 94-102.
【非特許文献10】Iwabuchi, N. et al. 2012. Immunol Med Microbiol. 66: 230-239.
【非特許文献11】Nishibayashi, R. et al. 2015. Plos One | DOI:10.1371/journal.pone.0129806.
【非特許文献12】動薬検ニュース、No.267、農林水産省動物医薬品検査所発行、2005年10月、16頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前述した背景において、被検試料中の微生物の死細胞又は不活化ウイルスを定量する新規な技術を提供することを課題とする。特に食品における微生物の死細胞を簡便にかつ良好な定量性で測定することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは前記課題を解決するために鋭意研究に励んだ結果、デジタルPCR法が微生物の死細胞又は不活化ウイルスを定量するのに好適であることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、前記課題を解決する本発明は、
被検試料中の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを、デジタルPCR法を用いて定量する測定方法であって、
被検試料から測定用試料を調製する測定用試料調製工程と、
前記測定用試料中の前記微生物の死細胞及び/又は前記不活化ウイルスのDNA又はRNAのターゲット領域をデジタルPCR法により増幅し、増幅産物を測定する増幅産物測定工程と、
前記測定結果に基づき前記微生物の死細胞及び/又は前記不活化ウイルスを定量する定量工程と、を有することを特徴とする。
本発明によれば、被検試料中の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを定量的に測定することができる。
【0011】
微生物のなかでも、グラム陽性細菌は厚いペプチドグリカン層を有することが知られている。そのため、微生物の中でも、グラム陽性細菌を良好な定量性をもって測定することには課題がある。このような状況から、本発明は、グラム陽性細菌の定量測定に好適である。
【0012】
近年、ラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌の中には死細胞(死細菌)であっても人体に有利な生理活性を示すものがあることが報告されており(特許文献4及び6)、食品や医薬の有効成分となりうるラクトバチルス属細菌の死細胞を定量測定する需要がある。このような状況から、本発明は、ラクトバチルス属細菌の死細胞の定量測定に好適である。
【0013】
ラクトバチルス属細菌のうちラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)の菌種には、死細胞(死細菌)の状態で特に高い生理活性を示すものがある(特許文献5)。したがって、本発明の測定方法は特に、ラクトバチルス・パラカゼイの死細胞(死細菌)の定量測定に好適である。
【0014】
本発明の測定方法は、種々の被検試料に適用することができる。中でも、被検試料が油脂類を含有する試料である場合であって、該被検試料がグラム陽性細菌の死細胞を含む場合に好適である。
これは、グラム陽性細菌の死細胞は疎水性であるため、油脂類を含有する試料中において凝集体を形成しにくく、デジタルPCR法による増幅産物の測定を高い定量性で行うことができるためである。
【0015】
本発明の好ましい形態では、前記測定用試料調製工程が、前記被検試料中の微生物の死細胞及び/又は前記不活化ウイルスを分散させることを含む。
測定用試料調製工程において被検試料中の微生物の死細胞及び/又は前記不活化ウイルスを分散させる操作を行うことにより、デジタルPCRチップの一つのウェルに複数の前記微生物の死細胞及び/又は前記不活化ウイルスを含む凝集体が分注されることを防ぎ、デジタルPCR法による増幅産物の測定を高い定量性で行うことができる。
【0016】
本発明の好ましい形態では、前記測定用試料調製工程が、前記被検試料に核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤を添加することを含み、かつ前記微生物の死細胞及び/又は前記不活化ウイルスのDNA又はRNAを抽出することを含まない。
死細胞のDNA又はRNAを抽出せずに、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤を添加することで、簡便に良好な定量性をもって微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを測定することができる。
【0017】
本発明の好ましい形態では、前記核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤が、少なくともリゾチーム及び/又はポリエチレングリコールを含む。
核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤として、リゾチームやポリエチレングリコールを含むものを用いることによって、食品などの被検試料に含まれる核酸増幅阻害物質をより効率的に阻害し、微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを良好な定量性をもって測定することができる。
【0018】
また、本発明は、配列番号1に示される塩基配列を含むオリゴヌクレオチドと、配列番号2に示される塩基配列を含むオリゴヌクレオチドを含む、デジタルPCR法を用いて被検試料中のラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)の死細胞を定量測定するためのプライマーセットである。
本発明のプライマーセットによれば、デジタルPCR法を用いて、被検試料中のラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を簡便に、良好な定量性をもって測定することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを定量測定することができる。また、本発明の好ましい形態によれば、被検試料中のグラム陽性細菌、特にラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を簡便に、良好な定量性をもって測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例3、表7の結果より作成した被検試料中のラクトバチルス・パラカゼイの死細胞の濃度とデジタルPCR法による定量値との関係を表した標準曲線である。
図2】実施例3、表8の結果より作成した被検試料中のラクトバチルス・パラカゼイの死細胞の濃度とデジタルPCR法による定量値との関係を表した標準曲線である。
図3】実施例3、表9の結果より作成した被検試料中のラクトバチルス・パラカゼイの死細胞の濃度とデジタルPCR法による定量値との関係を表した標準曲線である。
図4】実施例4、表10の結果より作成した被検試料中のラクトバチルス・パラカゼイの死細胞の濃度とデジタルPCR法による定量値との関係を表した標準曲線である。
図5】実施例4、表11の結果より作成した被検試料中のラクトバチルス・パラカゼイの死細胞の濃度とデジタルPCR法による定量値との関係を表した標準曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施形態に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更することができる。
【0022】
<1>微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの測定方法
本発明の測定方法は、被検試料中の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスをデジタルPCR法により定量する測定方法である。
【0023】
本発明の測定方法は、微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの量を決定する方法に限定されず、微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの存在を量についての測定値と共に検出する方法も含む。
すなわち、本発明は、被検試料中の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを、デジタルPCR法を用いて検出する方法であって、被検試料から測定用試料を調製する測定用試料調製工程と、前記測定用試料中の前記微生物の死細胞及び/又は前記不活化ウイルスのDNA又はRNAのターゲット領域をデジタルPCR法により増幅し、増幅産物を測定する増幅産物測定工程と、前記測定結果に基づき前記微生物の死細胞及び/又は前記不活化ウイルスを定量する定量工程と、を有する方法、にもある。
【0024】
本発明において測定の対象とする「微生物の死細胞」とは、好適な培養条件によって培養した場合であっても増殖は不可能であって、代謝活性を示さない状態(Dead)の微生物の細胞である。また、細胞壁の構造は維持されているものの、細胞壁自体は高度に損傷を受けており、ヨウ化プロピジウムのような弱透過性の核染色剤等が細胞壁を透過する状態の微生物の細胞である。
【0025】
微生物の死細胞としては、デジタルPCR法により、該微生物のDNA又はRNAを増幅し得る限り特に制限されず、例えば、細菌、糸状菌、酵母等の死細胞が挙げられる。
【0026】
中でも、本発明の測定方法は、グラム陽性細菌の死細胞を対象とすることが好ましい。グラム陽性細菌としては、ラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌、オルセネラ(Olsenella)属細菌、カルノバクテリウム(Carnobacterium)属細菌、ウェイセラ(Weissella)属細菌、エンテロコッカス(Enterococcus)属細菌、又はビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属細菌等が挙げられる。
【0027】
特にラクトバチルス属細菌の中には死細胞であっても人体に有利な生理活性を示すものがあることから、本発明の測定方法は、グラム陽性細菌のうちラクトバチルス属細菌の死細胞の定量測定に適用することが好ましい。
【0028】
ラクトバチルス属細菌としては、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス・ガセリ(Lactobacillus gasseri)、ラクトバチルス・サリバリウス(Lactobacillus salivarius)等が挙げられる。
【0029】
中でもラクトバチルス・パラカゼイには、死細胞の状態で特に高い生理活性を示すものがある。したがって、本発明の測定方法は、ラクトバチルス・パラカゼイの死細胞の定量測定に用いることが好ましい。より具体的には、本発明の測定方法は、ラクトバチルス・パラカゼイMCC1849(NITE BP−01633)の死細胞の定量測定に用いることが特に好ましい。
【0030】
また、本発明において測定の対象とする「不活化ウイルス」とは、細胞への感染能を失ったウイルスであって、例えば、哺乳動物の体内において増殖能を有さないウイルスをいう。
なお、不活化ウイルスは、化学処理・加温処理・紫外線照射などによって人工的に調製することもできる。
【0031】
不活化ウイルスとしては、デジタルPCR法により、該ウイルスのDNA又はRNAを増幅し得る限り特に制限されないが、例えば、ポックスウイルス科、ヘルペスウイルス科、アデノウイルス科、パピローマウイルス科、ポリオーマウイルス科、パルボウイルス科、ピコルナウイルス科、カリシウイルス科、アストロウイルス科、コロナウイルス科、トガウイルス科、フラビウイルス科、オルトミクソウイルス科、パラミクソウイルス科、ラブドウイルス科、フィロウイルス科、ボルナウイルス科、アレナウイルス科、ブニヤウイルス科、レオウイルス科、レトロウイルス科、肝炎ウイルス等が挙げられる。また、最外殻エンベロープの有無も制限されない。
【0032】
中でも、エンベロープを有しないヌクレオカプシド(タンパク質膜)のみ保有するウイルスは、外膜を有さず、直接ペプチドグリカン層が外界と接触するグラム陽性細菌に構造が比較的類似しているため、本発明の測定方法が好ましく適用できる。
【0033】
また、本発明の測定方法に用いることのできる被検試料に特に制限はなく、例えば、食品、生体試料、ワクチン製剤、飲料水、工業用水、環境用水、排水、土壌、又は拭き取り試料等が挙げられる。
【0034】
特に、生体に有利な生理活性を有する微生物の死細胞を定量測定することの有用性の観点から、食品を被検試料とすることが好ましい。食品としては、清涼飲料、炭酸飲料、栄養飲料、果汁飲料、乳酸菌飲料等の飲料(これらの飲料の濃縮原液及び調製用粉末を含む);アイスクリーム、アイスシャーベット、かき氷等の冷菓;チョコレート、キャラメル、キャンディ、ケーキ、ビスケット、クッキー等の菓子;殺菌ミルク、加工乳、乳飲料、発酵乳、バター等の乳製品;経腸栄養食品等の高栄養流動食品、育児用ミルク、スポーツ飲料;特定保健用食品、健康補助食品等の機能性食品が挙げられる。
【0035】
また、本発明の測定方法は、デジタルPCR法を用いることにより定量性を高めるという観点から、特に、グラム陽性細菌の死細胞を含む油脂類を含有する試料の測定に好適である。
これは、グラム陽性細菌の死細胞は疎水性であり、油脂類を含有する試料中で凝集体を形成しにくいためである。したがって、デジタルPCRを行う際に、デジタルPCRチップの一つのウェルに、死細胞の凝集体が分注されてしまうことを防ぐことが可能となる。
【0036】
前記油脂類は特に制限されず、天然油脂、合成油脂の何れも含む。また、食品に含まれる油脂として、乳脂肪等の動物性油脂、植物油脂が挙げられる。また、油脂類を含有する試料としては、特に油脂類を含有する食品が挙げられ、例えばチョコレート、キャラメル、ケーキ、クッキー等の菓子、アイスクリーム等の冷菓、殺菌ミルク、加工乳、乳飲料、発酵乳、バター等の乳製品、育児用ミルク、経腸栄養食品等の高栄養流動食品を挙げることができる。
【0037】
本発明においては、被検試料は、前述の食品、生体試料、ワクチン製剤、飲料水、工業用水、環境用水、排水、土壌、又は拭き取り試料等そのものであってもよく、これらを希釈もしくは濃縮したもの、又はその他任意の前処理をしたものであってもよい。前処理としては、加熱処理、濾過、遠心分離等が挙げられる。
【0038】
また、被検試料中に存在する測定対象の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルス以外の細胞、タンパク質コロイド粒子、脂肪及び糖質等の夾雑物は、これらを分解する活性を有する酵素による処理等によって除去又は低減させてもよい。被検試料中に存在する微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルス以外の細胞としては、被検試料が乳、乳製品、乳又は乳製品を原料とする食品である場合には、ウシ白血球及び乳腺上皮細胞等が挙げられる。
【0039】
前記酵素としては、夾雑物を分解することができるものであれば特に制限されないが、例えば、脂質分解酵素、タンパク質分解酵素、及び糖質分解酵素が挙げられる。酵素は、1種類の酵素を単独で用いてもよいし、2種又はそれ以上の酵素を併用してもよいが、脂質分解酵素及びタンパク質分解酵素の両方、又は脂質分解酵素、タンパク質分解酵素、及び糖質分解酵素の全てを用いることが好ましい。
脂質分解酵素としては、リパーゼ、フォスファターゼ等が、タンパク質分解酵素としてはセリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、プロテイナーゼK、プロナーゼ(登録商標)等が、糖質分解酵素としてはアミラーゼ、セルラーゼ、N−アセチルムラミダーゼ等が挙げられる。
【0040】
以下、本発明の測定方法における各工程について、詳細に説明する。
【0041】
(1)測定用試料調製工程
測定用試料調製工程は、被検試料に、必要な試薬の添加や処理を行い、デジタルPCR法を用いた増幅産物の測定に供するための測定用試料(核酸増幅反応液)を調製する工程である。
【0042】
測定用試料調製工程では、被検試料に含まれる微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスのDNA又はRNAの抽出を行う必要がない。これは、本発明の測定方法が微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを対象としているためである。すなわち、測定対象である微生物の細胞壁やウイルスのカプシドが少なからず損傷しており、後述するデジタルPCR法による核酸増幅、増幅産物の測定において、プライマー、DNAポリメラーゼ、プローブ等の成分を微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスのDNA又はRNAに作用させることができるため、本発明の測定方法は被検試料に含まれる微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスのDNA又はRNAの抽出を要さない。
なお、本発明において、「DNA又はRNAの抽出を行う」とは、積極的に細胞を破壊又は溶解して核酸を採取又は精製する操作を意味する。すなわち、細胞を実質的に破壊又は溶解せずにプライマー等の核酸増幅に必要な成分を細胞内に流入させること、増幅産物の一部分を細胞内に留まらせること若しくは細胞外に流出させること、及び染色体DNAを細胞外に流出させることは、「DNA又はRNAを抽出する」に含まない。
【0043】
もちろん、測定用試料調製工程においては、微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスからDNA又はRNAを抽出することもできる。
このような形態では、ペプチドグリカン切断酵素や、その他薬品により溶菌を行う前に、被検試料に対して冷却遠心分離処理とガラスビーズ破砕操作を加えることが好ましい。このような操作を加えることにより、微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスのDNA又はRNA抽出効率を向上させることができ、被検試料中の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの定量性を向上させることができる。
微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスのDNA又はRNAを抽出する方法に特に制限はなく常法により行うことができ、市販のDNA抽出キットを用いてもよい。
【0044】
測定用試料調製工程では、デジタルPCR法に通常用いられる試薬を添加する。具体的には、後述するターゲット領域を増幅するためのプライマー、増幅産物を測定するためのプローブのほか、dNTP 混合液、DNAポリメラーゼ等通常のデジタルPCRに用いられる試薬を添加する。プライマー及びプローブ以外の試薬としては、例えば後述するデジタルPCR装置を用いる場合には、QuantStudio(登録商標) 3D digital PCR Master Mix v2(×2)(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いることができる。
【0045】
測定用試料調製工程では、被検試料を必要に応じて希釈した後、被検試料に含まれる微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを分散させることが、定量性の向上の観点から好ましい。これにより、後述するデジタルPCR法において、デジタルPCRチップの一つのウェルに複数の死細胞が含まれた凝集体が分注されてしまうことを防ぎ、定量性を向上させることが可能となる。
特に、測定用試料調製工程で被検試料中の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスのDNA又はRNAの抽出を行わない場合には、微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの凝集体を分散させることが、定量性の向上のために有効である。
【0046】
凝集体を分散させる手段は特に制限はないが、例えば、超音波式若しくは圧力式の分散機やホモジナイザーを用いた手法を挙げることができる。
【0047】
また、測定用試料調製工程では、被検試料に核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤を添加することが定量性の向上の観点から好ましい。
特に、測定用試料調製工程で被検試料中の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスのDNA又はRNAの抽出を行わない場合には、被検試料に核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤を添加することが、定量性の向上のために有効である。
【0048】
ここで「核酸増幅阻害物質」とは、核酸増幅反応又は核酸伸張反応を阻害する物質であって、例えば、DNAの鋳型に吸着する正電荷阻害物質、又は核酸合成酵素(DNAポリメラーゼなど)に吸着する負電荷阻害物質等が挙げられる。前記正電荷阻害物質としては、カルシウムイオン、ポリアミン、ヘム(heme)等が挙げられる。また、負電荷阻害物質としては、フェノール、フェノール系化合物、ヘパリン、グラム陰性菌の細胞壁外膜等が挙げられる。食品や臨床検体中には、このような核酸増幅反応を阻害する物質が多く含まれているといわれている。
【0049】
前述したような核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤としては、アルブミン、デキストラン、T4ジーン32プロテイン、アセトアミド、ベタイン、ジメチルスルホキシド、ホルムアミド、グリセロール、ポリエチレングリコール、大豆トリプシンインヒビター、α2−マクログロブリン、テトラメチルアンモニウムクロライド、リゾチームから、ホスホリラーゼ、及び乳酸脱水素酵素等の親水性薬剤が例示できる。これら親水性薬剤は1種のみを用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0050】
前述した親水性薬剤のうち、ポリエチレングリコールとしては、ポリエチレングリコール400又はポリエチレングリコール4000が好ましく例示できる。ベタインとしては、トリメチルグリシンやその誘導体等が挙げられる。また、ホスホリラーゼ及び乳酸脱水素酵素としては、ウサギ筋肉由来のグリコーゲンホスホリラーゼ及び乳酸脱水素酵素が挙げられる。なお、グリコーゲンホスホリラーゼとしては、グリコーゲンホスホリラーゼbが好ましい。
特に、アルブミン、デキストラン、T4ジーン32プロテイン、及びリゾチームを使用することが好ましい。
【0051】
BSA(ウシ血清アルブミン)に代表されるアルブミンは、ヘム(heme)のような核酸増幅阻害物質に結合することにより、核酸増幅阻害を低減させている可能性が示唆されている(Abu Al-Soudら)。
【0052】
また、T4ジーン32プロテインは1本鎖DNA結合性タンパク質であり、核酸増幅過程で鋳型となっている1本鎖DNAに予め結合することにより鋳型が核酸分解酵素によって分解されることを防いでいるか、または、BSAと同様の核酸増幅阻害物質に結合することにより核酸増幅阻害を低減しているのであろうと考えられている(Abu Al-Soud, W. et al, Journal of Clinical Microbiology, 38:4463-4470, 2000))。
【0053】
さらに、BSA、T4ジーン32プロテイン、及びタンパク質分解酵素阻害剤(proteinase inhibitor)は、タンパク質分解酵素(proteinase)に結合することによりタンパク質分解活性を低減させ、核酸合成酵素の働きを最大限に引き出す可能性が示唆されている。事実、牛乳や血液にはタンパク質分解酵素が残存していることもあり、その際BSA又はタンパク質分解酵素阻害剤(大豆トリプシンインヒビターやα2−マクログロブリン)の添加により核酸合成酵素が分解を受けずに核酸増幅反応が良好に進行したケースも紹介されている(Abu Al-Soudら)。
【0054】
また、デキストランは一般にグルコースを原料として乳酸菌が合成する多糖類である。ムチンという同様の多糖類−ペプチド複合体が腸管粘膜に接着することも報告されており(Ruas-Madiedo, P., Applied and Environmental Microbiology, 74:1936-1940, 2008)、デキストランが負電荷阻害物質(核酸合成酵素に吸着)、又は正電荷阻害物質(核酸に吸着)に予め吸着することにより、それら阻害物質に結合する可能性は十分あるものと推察される。
【0055】
また、リゾチームは牛乳中に多数含まれていると考えられる核酸増幅阻害物質と吸着しているものと推察される(前記Abu Al-Soudら)。
【0056】
以上のことから、アルブミン、T4ジーン32プロテイン、デキストラン、及びリゾチームに代表される親水性薬剤は、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤であるといえる。
【0057】
アルブミンとしては、ウシ血清アルブミン、卵白アルブミン、乳アルブミン、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。これらの中ではウシ血清アルブミン(BSA)が好ましく例示できる。アルブミンは精製品でもよく、本発明の効果を損わない限りグロブリン等の他の成分と組み合わせて用いてもよい。また、アルブミンは分画物であってもよい。
【0058】
測定用試料(核酸増幅反応液)中のアルブミンの濃度は、例えば、通常0.0001〜1質量%であり、好ましくは0.01〜1質量%であり、より好ましくは0.2〜0.6質量%である。
測定用試料調製工程においては、測定用試料におけるアルブミンの濃度が前記範囲となるように、被検試料にアルブミンを添加することが好ましい。
【0059】
デキストランとしては、デキストラン40やデキストラン500等が挙げられ、特にデキストラン40が好ましく挙げられる。
測定用試料(核酸増幅反応液)中のデキストランの濃度は、例えば、通常1〜8%であり、好ましくは1〜6%であり、より好ましくは1〜4%である。
測定用試料調製工程においては、測定用試料におけるデキストランの濃度が前記範囲となるように、被検試料にデキストランを添加することが好ましい。
【0060】
T4ジーン32プロテインとしては、市販品(例えば、ロシュ社製:gp32とも呼ばれる)を用いてもよい。
T4ジーン32プロテインの測定用試料(核酸増幅反応液)中の濃度は、通常0.01〜1%であり、好ましくは0.01〜0.1%であり、より好ましくは0.01〜0.02%である。
測定用試料調製工程においては、測定用試料におけるT4ジーン32プロテインの濃度が前記範囲となるように、被検試料にT4ジーン32プロテインを添加することが好ましい。
【0061】
リゾチームとしては、卵白由来のリゾチームが好ましく挙げられる。
測定用試料(核酸増幅反応液)中のリゾチームの濃度は、例えば、通常1〜20μg/mLであり、好ましくは6〜15μg/mLであり、より好ましくは9〜13μg/mLである。
測定用試料調製工程においては、測定用試料におけるリゾチームの濃度が前記範囲となるように、被検試料にリゾチームを添加することが好ましい。
【0062】
測定用試料調製工程においては、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤として、リゾチーム及びポリエチレングリコールの少なくとも一方を用いることが好ましい。
リゾチームとポリエチレングリコールは食品に含まれる蛋白質由来の核酸増幅阻害物質を阻害するため、これらを被検試料に添加することにより、微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの定量性を向上させることができる。
【0063】
また測定用試料調製工程において、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤として、リゾチーム及びポリエチレングリコールを組み合わせて用いることが特に好ましい。
リゾチームとポリエチレングリコールが核酸増幅阻害物質に協奏的に作用し核酸増幅阻害物質の表面構造を変質させるため、これらを組み合わせて用いれば、被検試料に含まれる蛋白質由来の核酸増幅阻害物質をより効率的に阻害することができる。
【0064】
また、測定用試料調製工程においては、被検試料又は被検試料より抽出したDNA又はRNAの溶液にマグネシウム塩、及び有機酸塩又はリン酸塩等を添加することが好ましい。
【0065】
マグネシウム塩としては、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、炭酸マグネシウム等が挙げられる。
測定用試料(核酸増幅反応液)中のマグネシウム塩の濃度が、例えば、1〜10mM、好ましくは2〜6mM、より好ましくは2〜5mMとなるように、被検試料又は被検試料より抽出したDNA又はRNAの溶液にマグネシウム塩を添加することが好ましい。
【0066】
有機酸塩としては、クエン酸、酒石酸、プロピオン酸、酪酸等の塩が挙げられる。塩の種類としては、ナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。また、リン酸塩として、ピロリン酸等が挙げられる。これらは1種でもよく、2種又は3種以上の混合物であってもよい。
測定用試料(核酸増幅反応液)中の有機酸塩又はリン酸塩の濃度が、例えば、合計量で0.1〜20mM、好ましくは1〜10mM、より好ましくは1〜5mMとなるように、被検試料又は被検試料より抽出したDNA又はRNAの溶液に有機酸塩又はリン酸塩を添加することが好ましい。
【0067】
なお、測定用試料調製工程において、前述したプライマー、プローブを含むデジタルPCR法を用いた核酸増幅、増幅産物の測定のための試薬、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤、マグネシウム塩、及び有機酸塩又はリン酸塩の添加の順序は問わず、また、同時に(あらかじめ混合する形態を含む)添加してもよい。
【0068】
(2)増幅産物測定工程 増幅産物測定工程は、測定用試料調製工程で調製した測定用試料中の前記死細胞のDNA又はRNAのターゲット領域をデジタルPCR法により増幅し、増幅産物を測定する工程である。
【0069】
デジタルPCR法は、測定対象となるDNA又はRNAを含む試料を、1ウェル当たり1コピーとなるようにDNA又はRNAを多くのウェルに分配し、ウェルごとに個別に核酸増幅を行い、各ウェルでの「増幅の有無」を検出し、シグナルのあるウェルの数をターゲットのコピー数として直接的に算出する方法である。
【0070】
デジタルPCRは、市販のデジタルPCR装置により実施することができる。例えば、20000ウェルを備える疎水性のチップにより解析を行うQuantStudio(登録商標) 3D digital PCR(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いることが好ましい。
【0071】
核酸増幅反応の条件は特に限定されず、DNA又はRNAのターゲット領域の長さ、プライマーのTM値などを考慮して適宜設定することができる。
【0072】
各ウェルにおける核酸増幅の有無は、蛍光分子などで標識されたプローブを増幅産物にハイブリダイズさせることにより判別することができる。すなわち、核酸増幅反応が起こったウェルではプローブに由来するシグナルが観察される。蛍光分子で標識されたプローブを用いる場合には、ケミルミフォトメータなどの装置によってウェルから発する蛍光を検出することができる。
【0073】
本発明において「DNA又はRNAのターゲット領域」とは、測定対象である微生物及び/又は不活化ウイルスのDNA又はRNAのうち、デジタルPCRによる増幅の目的とする領域である。例えば、被検試料に測定対象の微生物及び/又は不活化ウイルスと異なる種類の細胞が含まれる場合には、DNA又はRNAのターゲット領域は、測定対象の微生物及び/又は不活化ウイルスに特異的な配列を含むように設定することが好ましい。また、目的によっては複数種の微生物及び/又は不活化ウイルスに共通する配列を有するものであってもよい。さらに、DNA又はRNAのターゲット領域は単一であっても、複数であってもよい。
【0074】
DNA又はRNAのターゲット領域の長さとしては、通常50〜5000塩基、又は50〜3000塩基が挙げられる。核酸の増幅に用いるプライマーは核酸増幅法の原理に基づいて適宜設定することが可能であって、上記DNA又はRNAのターゲット領域を特異的に増幅することができるものであれば特に制限されない。
【0075】
好ましいDNA又はRNAのターゲット領域の例は、5S rRNA遺伝子、16S rRNA遺伝子、23S rRNA遺伝子、tRNA遺伝子、及び病原遺伝子等の各種特異遺伝子である。これらの遺伝子の一つ又はその一部をターゲットとしてもよく、2又はそれ以上の遺伝子にまたがる領域をターゲットとしてもよい。
【0076】
特に、ラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を測定対象とする場合には、配列番号1及び2に示すプライマーセット、配列番号3に示すプローブを用いることができる(表3参照)。同プライマーセットは、ラクトバチルス・パラカゼイの16S rRNA遺伝子の一部を特異的に増幅することができる。
【0077】
また、複数種の微生物及び/又は不活化ウイルスに共通するプライマーを用いると、被検試料中の複数種の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを定量測定することができる。また、特定の微生物及び/又は不活化ウイルスに特異的なプライマーを用いると、被検試料中の特定の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを定量測定することができる。
【0078】
(3)定量工程
定量工程は、増幅産物測定工程の結果に基づき、被検試料に含まれていた微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを定量する工程である。
【0079】
前述した増幅産物測定工程では、デジタルPCRチップに備えられた全ウェルに対する、核酸増幅反応が陽性又は陰性であるウェルの数又は割合に関する情報が得られる。この情報に基づき被検試料中の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの定量値を算出する方法は、特に制限されず、例えば、ポアソン分布モデルに適合させて解析する方法が挙げられる。なお、核酸増幅反応が陽性又は陰性のウェルに関する情報から微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスの定量値を算出する計算は、専用のクラウド型解析ソフトを用いて行うこともできる。
【0080】
<2>ラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を測定するためのプライマーセット
本発明のプライマーセットは、デジタルPCR法を用いて被検試料中のラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を定量的に測定するためのプライマーセットであって、配列番号1に示される塩基配列を含むオリゴヌクレオチドと、配列番号2に示される塩基配列を含むオリゴヌクレオチドを含む(後述の表3を参照)。
また、本発明のプライマーセットは、前述したデジタルPCR法に用いられる、DNAポリメラーゼやdNTP混合液等の試薬と組み合わせることによって、デジタルPCR法により被検試料中のラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を定量的に測定するためのキットとすることもできる。
【0081】
前記キットは、前記プライマーセットに加え、配列番号3に示される塩基配列(後述の表3)を含むプローブを含むことが好ましい。
また、前記キットは、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤をさらに含むことが好ましい。核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤の好ましい形態は、前述の<1>の項目で述べた事項を適用することができる。
【0082】
また、前記キットはデジタルPCR法で常用される、マグネシウム塩、及び有機酸塩又はリン酸塩等の試薬を含む実施形態としてもよい。また、希釈液、及び緩衝液等をキットの要素として含めた形態としてもよい。
これらの試薬に関しても、前述の<1>の項目で述べた事項を適用することができる。
【0083】
本発明のプライマーセット、前記キットを使用して被検試料中の微生物の死細胞及び/又は不活化ウイルスを測定するために必要な工程、すなわち、測定用試料調製工程、増幅産物測定工程、定量工程に関しても前述の<1>の項目で述べた事項を適用することができる。
【実施例】
【0084】
以下、実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0085】
[実施例1]
デジタルPCRを用いたグラム陽性細菌の定量試験において、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤が定量性に与える影響について検討を行った。
【0086】
(1)被検試料の調製
以下のラクトバチルス・パラカゼイ死細胞DNA水溶液と、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞懸濁液の2種の検体(被検試料)を以下の方法により調製した。
【0087】
(1−1)ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞DNA水溶液(0.4ng/μL)の調製
ラクトバチルス・パラカゼイMCC1849(NITE BP−01633)(以下、単にラクトバチルス・パラカゼイという)をMRS培地で培養し、リン酸緩衝食塩水(PBS、pH7.4)で集菌し洗浄した。洗浄した菌体に加熱処理(96℃、15min)を施し、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞を調製した。
【0088】
ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞を懸濁した懸濁液(1mL)を冷却遠心処理(8000×G、10min、4℃)し、上清除去後、直径1mmのガラスビーズ300mgを加え、ボルテックスミキサーを用いて2分間激しい振動を与えた後、卓上遠心機を用いてスピンダウンした。その後、DNA抽出キット(QuickGene SP Kit DNA tissue (SP−DT)、倉敷紡績社)を用いてラクトバチルス・パラカゼイ死細胞からDNAを抽出・精製した。
【0089】
精製したDNAを滅菌蒸留水に溶解し、超微量分光光度計(NanoDrop 2000c Spectrophotometer、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、吸光度比(OD260nm/OD280nm)を測定することで、DNA溶液へのRNAの混入がないことを確認した。
このDNA溶液を滅菌蒸留水にて希釈し、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞DNA水溶液(0.4ng/μL)検体(被検試料)を得た。DNA濃度は同超微量分光光度計を用いた吸光度測定(OD260nm)により求めた。
【0090】
(1−2)ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞懸濁液(2.8×10cells/mL)検体(被検試料)の調製
上記(1−1)の方法と同一の手順により調製したラクトバチルス・パラカゼイ死細胞を滅菌蒸留水にて希釈し、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞懸濁液(2.8×10cells/mL)検体(被検試料)を調製した。
なお、死細胞数はバクテリアカウンター血球計算盤(サンリード硝子社)を用いて実体顕微鏡(×400倍)にて計数した。
【0091】
(2)測定用試料の調製
(2−1)核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤の調製
次に、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤(以下、cDBC(濃縮ダイレクトコンポーネントの略)と表記する)を調製した。
具体的には、ウシ血清アルブミン(シグマ社、以下、BSAと表記)、クエン酸三ナトリウム2水和物(関東化学社、以下、TSCと表記)、塩化マグネシウム6水和物(ナカライテスク社、以下、MgClと表記)、卵白リゾチーム(和光純薬、以下、単にリゾチームと表記)、Brij58(登録商標:シグマ社)を、表1に示す濃度となるように混合し、cDBCを調製した。
【0092】
【表1】
【0093】
(2−2)cDBC含有デジタルPCRマスターミックス及びcDBC非含有デジタルPCRマスターミックスの調製
表2に示す組成にて、cDBC含有デジタルPCRマスターミックスを調製した。また、表2に示す組成において、cDBCに代えて蒸留水を添加して、cDBC非含有デジタルPCRマスターミックスも調製した。
使用したフォワードプライマー及びリバースプライマー、並びにTaqMan(登録商標)プローブの配列は表3に示す。
【0094】
【表2】
【0095】
【表3】
【0096】
(2−3)核酸増幅反応液(測定用試料)の調製
(2−2)で調製したcDBC含有デジタルPCRマスターミックス(16μL)に、被検試料である2μLのラクトバチルス・パラカゼイ死細胞DNA水溶液又はラクトバチルス・パラカゼイ死細胞懸濁液を添加し、合計18μLの核酸増幅反応液(測定用試料)を調製した。
また、同様に、cDBC非含有デジタルPCRマスターミックス(16μL)にも、2μLのラクトバチルス・パラカゼイ死細胞DNA水溶液又はラクトバチルス・パラカゼイ死細胞懸濁液を添加し、合計18μLの核酸増幅反応液(測定用試料)を調製した。
【0097】
(3)増幅産物の測定及び死細胞の定量
この核酸増幅反応液(測定用試料)を、QuantStudio(登録商標)3D Digital PCR 20K Chip Kit v2(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)のチップの各ウェルに専用のローダーを用いて、865pLずつ分注した。分注後、デジタルPCR装置(QuantStudio(登録商標) 3D Digital PCR System、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、表4に示すPCRサーマルサイクル条件により、デジタルPCRを実施した。
【0098】
【表4】
【0099】
キット専用のチップリーダーを用いて緑色蛍光を発するウェル数及びその蛍光強度を計測し、増幅産物の測定を行った。
その増幅産物の測定結果に基づき、ポアソン分布に従ってデジタルPCRに供した被検試料に含まれるラクトバチルス・パラカゼイ特異遺伝子のコピー数を専用のクラウド型解析ソフトを用いて算出した。
【0100】
(4)結果
表5にデジタルPCRの結果を示す。
【0101】
【表5】
【0102】
(5)考察
ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞DNA水溶液(0.4ng/μL)に関して、cDBC非含有デジタルPCRマスターミックスを用いてデジタルPCRを実施したところ、反応溶液1μL当たりのラクトバチルス・パラカゼイのターゲット遺伝子コピー数は129.42コピーに留まった。
一方、cDBC含有デジタルPCRマスターミックスを用いてデジタルPCRを実施したところ、反応溶液1μL当たりのラクトバチルス・パラカゼイのターゲット遺伝子コピー数は711.72コピーとなり、cDBC非含有デジタルPCRマスターミックスを用いてデジタルPCRを行った場合と比較して5.5倍の定量値となった。
【0103】
同様に、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞懸濁液(2.8×10cells/mL)に関して、デジタルPCRを行った場合についても、cDBC含有デジタルPCRマスターミックスを用いた場合の方が、cDBC非含有デジタルPCRマスターミックスを用いた場合と比較して約3倍の定量値を示した。
【0104】
以上の結果は、デジタルPCR法によりグラム陽性細菌の死細胞の定量測定を行う場合には、被検試料に核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤を添加することにより、定量性を向上させることができることを示している。
【0105】
[実施例2]
次に、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞を含有するチョコレートや流動食(乳製品)を被検試料としてデジタルPCR法による死細胞の定量測定を行う場合において、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤が定量性に与える影響について検討を行った。
【0106】
(1)被検試料の調製
(1−1)ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有チョコレート検体(被検試料)の調製
ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有チョコレート(ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞 2×10cells/g)5gを45mLの滅菌蒸留水に加え、40℃で30分間加熱し、均一な溶液とした。この溶液を滅菌蒸留水にてさらに10倍希釈し、通算で100倍に希釈した。このチョコレートの100倍希釈液を1mL採取し、冷却遠心処理(8000×G、10分、4℃)を施し、上清を除去した後、1mLの滅菌蒸留水を加え、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有チョコレート(100倍希釈)検体(被検試料)とした。
【0107】
(1−2)ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有流動食(乳製品)検体(被検試料)の調製
ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有流動食(乳製品)(1.25×10cells/mL)5mLを45mLの滅菌蒸留水に加え10倍希釈とした後、1mLを採取し冷却遠心処理(8000×G、10分、4℃)を施し、上清を除去した後、1mLの滅菌蒸留水を加え、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有流動食(乳製品)検体(被検試料)とした。
【0108】
(2)測定用試料の調製
各被検試料について、実施例1と同様の方法で、cDBC含有デジタルPCRマスターミックス及びcDBC非含有デジタルPCRマスターミックスを用いて、測定用試料を調製した。
(3)増幅産物の測定及び死細胞の定量測定
実施例1と同様の方法で、デジタルPCRを実施した。
【0109】
(4)結果
デジタルPCRの結果を表6に示す。
【0110】
【表6】
【0111】
(5)考察
表6に示す通り、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有チョコレートに含まれる同細菌の死細胞の定量測定に関して、cDBC含有デジタルPCRマスターミックスを用いてデジタルPCRを実施した場合には、cDBC非含有デジタルPCRマスターミックスを用いた場合と比較して、4.5倍高い定量値を示した。
【0112】
また、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有流動食に含まれる同細菌の死細胞の定量測定に関しても同様に、cDBC含有デジタルPCRマスターミックスを用いてデジタルPCRを実施した場合には、cDBC非含有デジタルPCRマスターミックスを用いた場合と比較して、2.8倍高い定量値を示した。
【0113】
実施例2の結果は、被検試料が食品の場合であってもDNAの抽出を行わずに、デジタルPCRによりグラム陽性細菌の死細胞の定量測定を行うことができることを示している。また、実施例1の結果と同様、実施例2の結果も、被検試料に核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤を添加することにより、定量性を向上させることができることを示している。
【0114】
[実施例3]
実施例3では、食品中の死細胞の凝集体を分散させる工程の有無による定量性の比較を行った。
【0115】
(1)被検試料の調製
油脂類を含む高栄養流動食品(製品名:A(エース)1.5、株式会社クリニコ製)を10倍に希釈し、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞非含有高栄養流動食品希釈液を調製した。これにラクトバチルス・パラカゼイ死細胞(4×1010cells/mL)を段階的に添加し、1.0×10cells/mL、2.0×10cells/mL、4.0×10cells/mLのラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有高栄養流動食品希釈液を調製した。
【0116】
このように調製したラクトバチルス・パラカゼイ死細胞非含有高栄養流動食品希釈液と、3種のラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有高栄養流動食品希釈液をA群とした。
また、超音波ホモジナイザーを用いて、これらA群の試料を超音波処理した試料群をB群とした。
【0117】
また、滅菌蒸留水にラクトバチルス・パラカゼイ死細胞(4×1010cells/mL)を段階的に添加し、1.0×10cells/mL、2.0×10cells/mL、4.0×10cells/mLのラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有滅菌蒸留水を調製した。
そして、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有滅菌蒸留水及び死細胞を含有しない滅菌蒸留水を、超音波ホモジナイザーを用いて超音波処理した。超音波処理後のこれら試料群をC群とする。
【0118】
(2)測定用試料の調製
上記(1)で調製したA〜C群の試料を被検試料として、これらに含まれる死細胞をデジタルPCRにて定量した。表2における各試薬の添加量(μl)を1.125倍にスケールアップし、合計量を18μlとしたcDBC含有デジタルPCRマスターミックスに、被検試料2μlを添加し測定用試料とした。
【0119】
(3)増幅産物の測定及び死細胞の定量測定
実施例1と同様のPCRサーマルサイクル条件により増幅産物の測定及び死細胞の定量測定を行った。同試験については並行測定を6回行った。
【0120】
(4)結果
結果を表7〜表9に示す。また、表7〜表9の結果をグラフにプロットし、標準曲線を作成した(図1図3)。
【0121】
【表7】
【0122】
【表8】
【0123】
【表9】
【0124】
(5)考察
表7、表8及び図1図2より、被検試料に対し超音波処理を行うことによりラクトバチルス・パラカゼイの死細胞の定量値が向上し、また、標準曲線のR値がより1に近づくことわかる。
この結果は、被検試料に超音波処理のような死細胞の凝集体を分散させる操作を加えることによって、デジタルPCRチップの一つのウェルに複数の死細胞を含む凝集体が分注されてしまうことを防ぎ、定量性を向上できることを示唆している。
【0125】
なお、表7のA群において「対Cell数」で表されるラクトバチルス・パラカゼイの死細胞の回収率が平均10.6%であり、この値が、表6において算出される当該回収率である約20%の半分の値となったのは、対象の製品が異なったために、検体マトリックスのデジタルPCRへ与える影響に差異が生じたためであると推察される。
【0126】
また、表8、表9及び図2図3を比較すると、滅菌蒸留水を用いたときよりも、油脂類を含有する高栄養流動食品を用いたときの方が、ラクトバチルス・パラカゼイの死細胞の定量値が向上していることが分かる。この結果は、本発明の測定方法が、油脂食品に含まれるグラム陽性細菌の死細胞の定量測定に適していることを示唆している。
【0127】
この結果は、死細胞が外面に疎水部を露出する構造をとっているため、全体として疎水化度が高くなっており、同じく疎水性の高い油脂類を含有する試料に分散しやすく、凝集体を形成しにくいことに起因しているものと考えられる。
【0128】
さらに表7〜表9及び図1図3の結果は、本発明の測定方法が、被検試料中のグラム陽性細菌の死細胞の濃度差が2倍程度であっても、明瞭にその濃度差を区別して測定することができるものであり、高い定量性が発揮されていることを示している。
【0129】
[実施例4]
次に、DNAの抽出工程を含む、グラム陽性細菌の死細胞の測定方法について検討を行った。
【0130】
(1)被検試料の調製
まず、ラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を含有していない豆腐10gを蒸留滅菌水で2.5倍に希釈した。この希釈液へ、別途、超音波ホモジナイザーによって予め超音波処理を施したラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を添加し、0、2×10cells/g、4×10cells/g、8×10cells/gの濃度で死細胞を含むスタンダード溶液を調製した。
【0131】
同時に、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有豆腐(理論添加量:6.67×10cells/g)を蒸留滅菌水で2.5倍に希釈し、豆腐2.5倍希釈液(理論添加量2.67×10cells/g)を調製した。
【0132】
(2)測定用試料の調製
(2−1)豆腐ペレットDNA抽出検体測定用試料
上記(1)で調製した豆腐2.5倍希釈液から200μlを分取し、冷却遠心分離処理(8000×G、10分、4℃)を行い、ペレットを調製した。その後、得られたペレットに直径1mmのガラスビーズ300mgを加え、激しく1分間撹拌し、死細胞を破砕した。この死細胞破砕物から、KURABO DNA extraction Kit(倉敷紡績社)を用いてDNAを抽出し、200μlのDNA水溶液を得た。このうちの2μlのDNA水溶液を市販のcDBC非含有デジタルPCRマスターミックス(サーモフィッシャーサイエンティフィックライフテクノロジーズジャパン社製)18μlと混合し、豆腐ペレットDNA抽出検体測定用試料を調製した。
また、上記(1)で調製したスタンダード溶液についても同様の操作を加え、スタンダードペレットDNA抽出検体測定用試料を調製した。
【0133】
(2−2)豆腐懸濁液DNA抽出検体測定用試料
上記(1)で調製した豆腐2.5倍希釈液から200μlを分取し、KURABO DNA extraction Kit(倉敷紡績社)を用いてDNAを抽出し、200μlのDNA水溶液を得た。2μlのDNA水溶液を市販のcDBC非含有デジタルPCRマスターミックス(サーモフィッシャーサイエンティフィックライフテクノロジーズジャパン社製)18μlと混合し、豆腐懸濁液DNA抽出検体測定用試料を調製した。
また、上記(1)で調製したスタンダード溶液についても同様の操作を加え、スタンダード懸濁液DNA抽出検体測定用試料を調製した。
【0134】
(3)増幅産物の測定及び死細胞の定量測定
上記(2−1)の(2−2)で調製したそれぞれの測定用試料について、実施例1と同様の方法によりデジタルPCRを実施し、増幅産物の測定を行った。
該測定結果に基づき、各測定試料に含まれているラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を定量測定した。
【0135】
(4)結果
結果を表10、表11に示す。また、表10、表11の結果から標準曲線を作成し、図4図5にそれぞれ表した。
【0136】
【表10】
【0137】
【表11】
【0138】
さらに、図4図5の標準曲線を用いて、2.5倍希釈前のラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有豆腐に含まれる死細胞を定量測定した。測定結果を表12に示す。
【0139】
【表12】
【0140】
(5)考察
表10、表11及び図4図5に示すように、実施例4の方法、すなわちDNAの抽出操作を行った場合でも、2倍程度の小さな濃度差を区別し、ラクトバチルス・パラカゼイの死細胞を良好な定量性で測定することが可能である。
【0141】
また、表12の結果に示すように、ラクトバチルス・パラカゼイ死細胞含有豆腐の理論添加量に対して、(2−1)の手法でDNA抽出を行った場合は85.9%、(2−2)の手法でDNA抽出を行った場合には、77.5%の定量値となった。この結果は、DNAの抽出操作を行う前に、死細胞とガラスビーズを共に激しく撹拌し、死細胞を破砕する操作を加えることで定量性が向上することを示している。
【産業上の利用可能性】
【0142】
本発明は人体に有効な生理活性を発揮する微生物の死細胞が添加された健康食品などの品質管理、及び不活化ワクチンのウイルスの定量などに応用することができる。
【受託番号】
【0143】
NITE BP−01633
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]