【実施例1】
【0012】
図1は、本実施例における電力変換装置の構成図である。
図1において、電力変換装置により駆動される誘導モータ1は、磁束軸成分(d軸)の電流により発生する磁束と、磁束軸に直行するトルク軸成分(q軸)の電流によりトルクを発生する。電力変換器2は、3相交流の電圧指令値V
u*、V
v*、V
w*に比例した電圧値を出力し、誘導モータ1の出力電圧と出力周波数を可変する。直流電源2aは、電力変換器2に直流電圧を供給する。電流検出器3は、誘導モータ1の3相の交流電流I
u、I
v、I
wの検出値I
uc、I
vc、I
wcを出力する。電流検出器3は、誘導モータ1の3相の内の2相、例えば、U相とW相の相電流を検出し、交流条件(I
u+I
v+I
w=0)から、V相の線電流をI
v=−(I
u+I
w)として求めてもよい。座標変換部4は、3相の交流電流I
u、I
v、I
wの検出値I
uc、I
vc、I
wcと位相推定値θ
dcからd軸およびq軸の電流検出値I
dc、I
qcを出力する。
【0013】
速度推定演算部5は、m軸およびt軸の電流指令値I
m*, I
t*と電流検出値I
mc, I
tcと電圧指令値V
mc**, V
tc**、出力周波数値ω
1*および誘導モータ1の回路定数(R
1、R
2´、M、L
2、φ
2d*)に基づいて、誘導モータ1の速度推定値ω
r^を出力する。
【0014】
すべり周波数演算部6は、d軸およびq軸の電流指令値I
d*、I
q*と誘導モータ1の回路定数から計算した二次時定数T
2に基づいて、誘導モータ1のすべり周波数指令値ω
s*を出力する。加算部7は、速度推定値ω
r^とすべり周波数指令値ω
s*の加算値である出力周波数値ω
1*を出力する。
【0015】
位相推定演算部8は、出力周波数値ω
1*を積分演算して位相推定値θ
dcを出力する。
【0016】
d軸電流指令設定部9は、正極性であるd軸の電流指令値I
d*を出力する。定トルク領域では、d軸の電流指令値I
d*は一定値に設定あるいは制御される。定出力領域では、I
d*はトルクと回転数に対し可変に設定あるいは制御される。
【0017】
速度制御演算部10は、速度指令値ω
r*と速度推定値ω
r^^の偏差(ω
r*−ω
r^^)からq軸の電流指令値I
q*を出力する。
【0018】
ベクトル制御演算部11は、誘導モータ1の回路定数(R
1、L
σ、M、L
2)と電流指令値I
d*、I
q*、および、出力周波数値ω
1*に基づいて、d軸およびq軸の電圧基準値V
dc*、V
qc*を出力する。
【0019】
d軸電流制御演算部12は、d軸の電流指令値I
d*と電流検出値I
dcとの偏差(I
d*−I
dc)からd軸の電圧補正値△V
d*を出力する。
【0020】
q軸電流制御演算部13は、q軸の電流指令値I
q*と電流検出値I
qcとの偏差(I
q*−I
qc)からq軸の電圧補正値△V
q*を出力する。
【0021】
加算部14は、d軸の電圧基準値V
dc*とd軸の電圧補正値△V
d*との加算値である電圧指令値V
dc**を出力する。加算部15は、q軸の電圧基準値V
qc*とq軸の電圧補正値△V
q*との加算値である電圧指令値V
qc**を出力する。
【0022】
座標変換部16は、電圧指令値V
dc**、V
qc**と位相推定値θ
dcから3相交流の電圧指令値V
u*、V
v*、V
w*を出力する。
【0023】
一次電流の位相演算部17は、電流指令値I
d*、I
q*から、d軸からm軸までの位相角θ
φcを出力する。
【0024】
座標変換部18は、電圧指令値V
dc**、V
qc**と位相角θ
φcからm−t軸上の電圧指令値V
mc**、V
tc**を出力する。
【0025】
座標変換部19は、d軸およびq軸の電流検出値I
dc、I
qcからm−t軸上の電流検出値I
mc、I
tcを出力する。
【0026】
座標変換部20は、d軸の電流指令値I
d*とq軸の電流指令値I
q*からm−t軸上の電流指令値I
m*、I
t*を出力する。
【0027】
まず、最初に、本実施例の特徴である一次電流の位相演算部17と座標変換部18〜20を用いない場合の速度センサレス制御方式の基本動作について説明する。
【0028】
d軸電流指令設定部9では、誘導モータ1内でd軸の二次磁束値φ
2dを発生させるために必要な電流指令値I
d*を出力する。また、速度制御演算部10において、速度指令値ω
r*に速度推定値ω
r^^が一致するように、式(2)に従いq軸の電流指令値I
q*を演算する。
【0029】
【数2】
ここで、Kp
ASR:速度制御の比例ゲイン、Ki
ASR:速度制御の積分ゲイン。
【0030】
ベクトル制御演算部11では、d軸およびq軸の電流指令値I
d*、I
q*と誘導モータ1の回路定数(R
1、L
σ、M、L
2)とd軸の二次磁束指令値φ
2d*および出力周波数値ω
1*を用いて、式(3)に従い、電圧基準値V
dc*、V
qc*を演算する。
【0031】
【数3】
ここで、T
ACR:電流制御遅れ相当の時定数。
【0032】
d軸電流制御演算部12には、d軸の電流指令値I
d*と電流検出値I
dcが入力され、q軸電流制御演算部13には、q軸の電流指令値I
q*と電流検出値I
qcが入力される。ここでは、式(4)に従い、電流指令値I
d*、I
q*に、各成分の電流検出値I
dc、I
qcが追従するようにPI(比例+積分)制御を行い、d軸およびq軸の電圧補正値△V
d*、△V
q*を出力する。
【0033】
【数4】
【0034】
ここで、K
pdACR:d軸の電流制御の比例ゲイン、K
idACR:d軸の電流制御の積分ゲイン、K
pqACR:q軸の電流制御の比例ゲイン、K
iqACR:q軸の電流制御の積分ゲイン、である。
【0035】
さらに、加算部14、15において、式(5)に従い、
【0036】
【数5】
電圧指令値V
dc**、V
qc**を演算して、電力変換器2の出力電圧を制御する。
【0037】
速度推定演算部5では、式(1)により誘導モータ1の速度を推定する。
【0038】
また、すべり周波数演算部6では、式(6)に従い、誘導モータ1のすべり周波数指令値ω
s*を演算する。
【0039】
【数6】
ここで、T
2:二次時定数値。
【0040】
さらに加算部7では、速度推定値ω
r^とすべり周波数指令値ω
s*を用いて、式(7)に従い、
【0041】
【数7】
出力周波数値ω
1*を演算する。
【0042】
位相推定演算部8では、式(8)に従い、誘導モータ1の磁束軸の位相θ
dを演算する。
【0043】
【数8】
【0044】
磁束軸の位相θ
dの推定値である位相推定値θ
dcを制御の基準に、センサレス制御による演算を実行する。以上が基本動作である。
【0045】
ここからは、本実施例の特徴である一次電流の位相演算部17および座標変換部18〜20を用いた場合の制御特性について述べる。
【0046】
図2に、速度推定演算に従来技術である特許文献1を用いた場合の負荷運転特性を示す。ここでは、式(1)および式(3)に用いる一次抵抗値の設定R
1*をR
1の0.5倍に設定し、誘導モータ1を低速域の1Hzで運転しており、同図におけるA点からC点までランプ状のトルクτ
Lを200%まで与えている。誘導モータ1の実速度値ω
rは速度推定値ω
r^よりも低下し、
図2に示すB点以降において誘導モータ1は停止しているが、速度推定値ω
r^は定常的に1Hzであり、推定誤差△ω
rが発生していることがわかる。これは式(1)の分子項に含まれる(R
1*+R
2’
*)I
qcの電圧成分によるものであり、低速運転ではトルク不足が発生する問題があった。
【0047】
本実施例の特徴である一次電流の位相演算部17と座標変換部18〜20を用いれば、このトルク不足を改善することができる。以下、これについて説明する。
【0048】
図3は、従来の制御軸であるd−q軸上のベクトル図である。磁束の方向をd軸、d軸より90度(π/2)進んだ方向をq軸としている。ここで、d軸電流I
dとq軸電流I
qおよび一次電流I
1は式(9)の関係にある。
【0049】
【数9】
【0050】
また、式(10)に、
【0051】
【数10】
I
dとI
1の位相角の関係を示す。
【0052】
図4は、本実施例で導入する制御軸であるm−t軸のベクトル図である。一次電流の方向をt軸、このt軸より90度遅れた方向をm軸としている。ここで、m軸電流I
mとt軸電流I
tおよび一次電流I
1は式(11)の関係にある。
【0053】
【数11】
【0054】
図1における一次電流の位相演算部17では、d軸およびq軸の電流指令値I
d*、I
q*が入力され、式(12)に従い、
【0055】
【数12】
【0056】
座標変換部18〜20の演算式に用いられる位相角であるθ
φcを出力する。
【0057】
座標変換18では、d軸およびq軸の電圧指令値V
dc**、V
qc**と、位相角θ
φcが入力され、式(13)に従い、
【0058】
【数13】
m軸およびt軸の電圧指令値V
mc**、V
tc**を出力する。
【0059】
座標変換19では、d軸およびq軸の電流検出値I
dc、I
qcと、位相角θ
φcが入力され、式(14)に従い、
【0060】
【数14】
m軸およびt軸の電流検出値I
mc、I
tcを出力する。
【0061】
座標変換20では、d軸およびq軸の電流指令値I
d*、I
q*と、位相角θ
φcが入力され、式(15)に従い、
【0062】
【数15】
m軸およびt軸の電流指令値I
m*、I
t*を出力する。
【0063】
速度推定演算部5では、式(16)に従い、m軸の逆起電力値を推定し、磁束係数で除算することにより、ω
r^^を出力する。
【0064】
【数16】
【0065】
低速域では式(16)の分子項に含まれる電圧成分である(R
1*+R
2’
*)I
mcは、I
mc=0より、R
1*の設定に誤差があっても、常に0Vとなるので、速度推定値ω
r^^の推定精度は向上する。
【0066】
図5に、本実施例における負荷運転特性を示す(
図2に用いた条件を設定している)。
図2と
図5に開示した負荷特性を比較すれば、誘導モータ1の速度推定値ω
r^^の精度が顕著に向上しており、その効果は明白である。つまり、低速域において、一次抵抗値に低感度となり、安定で高精度な速度制御を実現することができる。
【0067】
また、前述した低速域とは、一次周波数ω
1*の絶対値が、誘導モータ1の定格周波数の10%程度以下とすればよい。あるいは、一次抵抗値に関係する降下電圧と、逆起電力に関係する降下電圧を比較して、式(17)
【0068】
【数17】
が成立する場合を低速域としてもよい。
【0069】
ここで、
図6を用いて、本実施例を採用した場合の検証方法について説明する。
【0070】
一次電流軸のm─t軸上で制御演算を行えば、m軸の電圧指令値は式(18)となる。
【0071】
【数18】
【0072】
同式において、m軸の電流I
m=0となるので、m軸の電圧指令値は式(19)となる。
【0073】
【数19】
【0074】
電力変換装置21と誘導モータ1を接続する電線の長さを変更すると、一次抵抗値R
1の値は変化する。本実施例の方式では、一次抵抗値R
1に低感度であるため、m軸の電圧値V
mは一定値となる。
【0075】
したがって、
図6に示すように、誘導モータ1を駆動する電力変換装置21に、電圧検出器22と電流検出器23を取り付け、誘導モータ1のシャフトにエンコーダ24を取り付ける。V
m電圧成分の計算部25には、電圧検出器22の出力である三相の電圧値(V
u1,V
v1,V
w1)と電流検出器23の出力である三相の電流値(I
u1,I
v1,I
w1)、およびエンコーダの出力である位置θ
d1が入力さる。入力された情報から、V
m電圧成分を計算し、前述した電線の長さを変更しても、V
m電圧成分の計算部25の出力値に変化がなければ、本実施例を採用していることになる。
【0076】
以上のように、本実施例は、誘導モータを速度センサレスベクトル制御により駆動する電力変換装置であって、指令値あるいは検出値を、一次電流の方向とそれより90度遅れた方向を回転座標系とした制御軸に変換する座標変換部と、座標変換部で変換された指令値あるいは検出値に基づいて誘導モータの速度推定値を演算する速度推定演算部を有し、速度推定値に基づいて出力周波数値を制御する。すなわち、一次電流の方向をt軸、それより90度遅れた方向をm軸として、m−t軸の回転座標系上の電圧指令値と電流検出値、および誘導モータの回路定数を用いて、速度推定値を演算する。
【0077】
これにより、低速域は一次抵抗値に低感度化して、トルク不足なしに高精度な速度制御特性を実現できる誘導モータの速度推定方法およびそれを用いた電力変換装置を提供できる。
【実施例6】
【0102】
本実施例は、誘導モータ駆動システムに、実施例5を適用した例について説明する。
【0103】
図10は、本実施例における誘導モータ駆動システムの構成図である。
図10において、構成要素の1、4、5’’’、6〜20、26からなる27aは、
図9のものと同一である。
【0104】
図10において、誘導モータ1は、電力変換装置27により駆動される。また、電力変換装置27には、構成要素の1、4、5’’’、6〜20、26が27aとしてソフトウェアとして実装され、さらに、デジタル・オペレータ27bが、ハードウェアとして実装されている。
【0105】
低速域と中高速域を判定するレベル値26は、電力変換装置27のデジタル・オペレータ27b、パーソナル・コンピュータ28、タブレット29、スマートフォン30などの上位装置により、設定できるようにしても良い。また、電力変換器を含む電力変換装置内に搭載されているマイクロ・コンピュータの内部メモリなどに設定されている誘導モータの回路定数や定格周波数および定格電流の値を用いて、自動的に設定しても良い。
【0106】
本実施例を誘導モータ駆動システムに適用すれば、全速度域で高精度な速度制御特性を実現することができる。
【0107】
なお、本実施例では、実施例5を適用した例について説明したが、実施例1から4を適用しても良い。
【0108】
また、ここまでの実施例1から3においては、電流指令値I
d*、I
q*と電流検出値I
dc、I
qcから、電圧補正値△V
d*、△V
q*を作成し、この電圧補正値とベクトル制御の電圧基準値を加算する式(3)に従い演算しているが、電流指令値I
d*、I
q*に電流検出値I
dc、I
qcから、ベクトル制御演算に使用する式(23)に示す中間的な電流指令値I
d**、I
q**を作成し、
【0109】
【数23】
【0110】
この電流指令値と出力周波数値ω
1*、および誘導モータ1の回路定数を用いて、式(24)に従い、電圧指令値V
dc***、V
qc***を演算するベクトル制御方式としても良い。
【0111】
【数24】
【0112】
ここに、K
pdACR1:d軸の電流制御の比例ゲイン、K
idACR1:d軸の電流制御の積分ゲイン、K
pqACR1:q軸の電流制御の比例ゲイン、K
iqACR1:q軸の電流制御の積分ゲイン、T
d:d軸の電気時定数(L
d/R)、T
q:q軸の電気時定数(L
q/R)、である。
【0113】
また、電流指令値I
d*、I
q*に電流検出値I
dc、I
qcから、ベクトル制御演算に使用するd軸の比例演算成分の電圧補正値△V
d_p*、d軸の積分演算成分の電圧補正値△V
d_i*、q軸の比例演算成分の電圧補正値△V
q_p*、q軸の積分演算成分の電圧補正値△V
q_i* を式(25)により演算し、
【0114】
【数25】
【0115】
これらの電圧補正値と出力周波数値ω
1*、および誘導モータ1の回路定数を用いて、式(26)に従い、
【0116】
【数26】
電圧指令値V
dc****、V
qc****を演算するベクトル制御方式としても良い。
【0117】
また、ここまでの実施例1から6において、速度推定演算部において、速度推定値を演算していたが、q軸電流制御で、電流制御と速度推定を併用する方式でも良い。すなわち、式(27)に示すように速度推定値ω
r^^^^^を演算する。
【0118】
【数27】
ここで、K
pqACR2:電流制御の比例ゲイン、K
iqACR2:電流制御の積分ゲイン、である。
【0119】
また、実施例4においては、m−t軸の電流制御演算部の出力を、式(22)に従い、V
mc***、V
tc***として出力しているが、電流指令値I
m*、I
m*と電流検出値I
mc、I
mcから、式(28)に従い、電圧補正値△V
m*、△V
t*を作成し、この電圧補正値とベクトル制御の電圧基準値を加算して、式(29)に従い、
【0120】
【数28】
【0121】
【数29】
演算するベクトル制御方式にしても良い。
【0122】
また、実施例4において、速度推定演算部5’’において、速度推定値を演算していたが、t軸電流制御で、電流制御と速度推定を併用する方式でも良い。すなわち、式(30)に従い速度推定値ω
r^^^^^^を演算する。
【0123】
【数30】
ここで、K
ptACR2:電流制御の比例ゲイン、K
itACR2:電流制御の積分ゲイン、である。
【0124】
また、実施例1から6において、速度推定値を、低速域は、m−t軸上で、中高速域は、従来のd−q軸上で演算してもよい。
【0125】
なお、実施例1から6において、電力変換器2を構成するスイッチング素子としては、Si(シリコン)半導体素子であっても、SiC(シリコンカーバイト)やGaN(ガリュームナイトライド)などのワイドバンドギャップ半導体素子であってもよい。
【0126】
以上実施例について説明したが、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加、削除、置換をすることも可能である。