特許第6979305号(P6979305)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6979305
(24)【登録日】2021年11月17日
(45)【発行日】2021年12月8日
(54)【発明の名称】非鉄金属の引抜用潤滑剤
(51)【国際特許分類】
   C10M 143/06 20060101AFI20211125BHJP
   C10M 143/12 20060101ALI20211125BHJP
   C10M 143/04 20060101ALI20211125BHJP
   C10M 143/10 20060101ALI20211125BHJP
   C10M 143/08 20060101ALI20211125BHJP
   C10M 161/00 20060101ALI20211125BHJP
   C10M 129/68 20060101ALN20211125BHJP
   C10M 129/04 20060101ALN20211125BHJP
   C10M 129/26 20060101ALN20211125BHJP
   C10N 20/02 20060101ALN20211125BHJP
   C10N 20/04 20060101ALN20211125BHJP
   C10N 20/00 20060101ALN20211125BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20211125BHJP
   C10N 40/24 20060101ALN20211125BHJP
【FI】
   C10M143/06
   C10M143/12
   C10M143/04
   C10M143/10
   C10M143/08
   C10M161/00
   !C10M129/68
   !C10M129/04
   !C10M129/26
   C10N20:02
   C10N20:04
   C10N20:00 Z
   C10N30:00 Z
   C10N40:24 A
【請求項の数】3
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-163869(P2017-163869)
(22)【出願日】2017年8月29日
(65)【公開番号】特開2019-38971(P2019-38971A)
(43)【公開日】2019年3月14日
【審査請求日】2020年5月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000115083
【氏名又は名称】ユシロ化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】泉 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】中野 智
(72)【発明者】
【氏名】伊澤 圭司
(72)【発明者】
【氏名】細田 貢司
【審査官】 松原 宜史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−179664(JP,A)
【文献】 特開2010−065134(JP,A)
【文献】 特開2002−105476(JP,A)
【文献】 特開2008−013682(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/138227(WO,A1)
【文献】 特開2016−006201(JP,A)
【文献】 特開2002−285180(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00−177/00
C10N 10/00− 80/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油及び分岐オレフィンポリマーを含有する非鉄金属の引抜用潤滑剤であって,
該分岐オレフィンポリマーが,ポリイソブチレン,ポリイソプレン,エチレン−プロピレン共重合体,及びスチレン−ブタジエン共重合体からなる群より選ばれる少なくとも一種であり,
室温下,該引抜用潤滑剤を満たした液槽中に円柱棒(φ4.0mm)を浸漬させ,速度0.5m/minで該円柱棒を液面から鉛直方向に引き上げるときに形成される液注の破断地点における,該液柱の伸び量が4〜40cmであり,
該引抜用潤滑剤の40℃における動粘度が500〜5000mm2/sであり,
前記基油,油性剤,及び分岐オレフィンポリマーの合計中,
前記分岐オレフィンポリマーの含有量が0.0001重量%〜20重量%であり,かつ,前記分岐オレフィンポリマーの平均分子量が10万〜300万であることを特徴とする,非鉄金属の引抜用潤滑剤。
【請求項2】
さらに,エステル,アルコール及びカルボン酸からなる群より選ばれる少なくとも一種の油性剤を含有する,請求項1に記載の非鉄金属の引抜用潤滑剤。
【請求項3】
前記分岐オレフィンポリマーがポリイソブチレンである,請求項1又は2に記載の非鉄金属の引抜用潤滑剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,アルミニウムや銅に代表される非鉄金属,又はこれらを他の材料に被覆した線,棒又は鋼管の引抜き加工用の潤滑剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来,アルミニウム又は銅などの非鉄金属や,例えば,アルミニウム鋼管のようにこれらの非鉄金属を他の材料に被覆した線材,棒材又は管材の引抜き加工では,被加工材とダイスとが直接接触して焼き付くのを防止し,滑り易くして安定した加工状態を維持するために潤滑剤が使用される。
【0003】
引抜き加工用の潤滑剤には,鉱油,又はポリブテン等の高粘度の合成炭化水素油を基油とし,これに各種の添加剤として,脂肪酸,脂肪酸エステル若しくはアルコール等の油性剤や,リン,硫黄,又は塩素系の極圧剤を一種又は二種以上混合して配合したものがある。引抜き加工での潤滑性を向上させるために,油性剤を増量させたり,鉱油の粘度を高めるなど,導入油量を調整することで対処している。
【0004】
しかしながら,近年の引抜き加工の高速化に伴い,これまでの技術では,引抜き加工時に油膜切れによる焼付きが発生することがあり,引抜き加工の妨げになっていた。このような場合,潤滑剤をより高粘度化することにより摩擦面に対して導入油量を増加させ油膜切れによる焼付き防止を図るのが一般的である。
【0005】
潤滑性に優れる引抜き加工用潤滑剤として,特許文献1には,40℃の粘度が600〜45000cStのポリブテンやポリイソブチレン等の潤滑ベース油に,油脂又は脂肪族ジカルボン酸を2〜25重量%添加し,さらに必要に応じて,高級脂肪酸,高級アルコール等の油性向上剤を配合した引抜き加工用潤滑油が開示されている。前記引抜き加工用潤滑油は,温度に対する粘度変化が小さく,化学的にも安定でかつ線材表面に対しても付着性に優れることから,摩擦面に良好な潤滑被膜(油膜)を形成する。
【0006】
特許文献2には,アルミニウムろう付け用フラックス入りワイヤーの伸線加工潤滑剤として,添加剤としてアルコールを1〜20重量%含有し,残部に基油として,動粘度3000cSt(40℃)以上のポリイソブチレン,及び動粘度20cSt(40℃)以下のポリイソブチレンを含有し,全体の動粘度が400〜1000cSt(40℃)である伸線加工潤滑油が開示され,該伸線加工潤滑油が伸線加工時の潤滑性が良く,焼付きが発生しにくく,伸線加工後の焼鈍を行う場合に残炭が少ないこと等が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2551459号公報
【特許文献2】特開2008−1825号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
引抜き加工用潤滑剤の性能を高める手法としては,高粘度化が一般的である。高速で引抜き加工を行うと,ダイスやプラグなどの工具温度が上昇し潤滑剤の粘度が低下する。そして,導入油膜の破断(油膜切れ)により,工具と被加工材料とが金属接触し,凝着および焼付きが起こる。このため,引抜き加工の高速化には限界があり,上記した従来技術における潤滑油は,その性能に未だ改善の余地がある。また,高粘度のものについては,加工機周辺や床等への付着や,線,棒,管,特に管内の残油及び残渣生成したときの洗浄除去の困難さや高粘度で流動性がないための取り扱いの困難さといった作業性に問題がある。
【0009】
本発明は,高粘度化といった手法によらず,潤滑性に優れ,作業性の改善を図った引抜き加工用潤滑剤組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は,上記した従来技術における課題を解決するものであり,以下の事項からなる。
本発明の非鉄金属の引抜用潤滑剤は,基油及び分岐オレフィンポリマーを含有する非鉄金属の引抜用潤滑剤であって,該分岐オレフィンポリマーが,ポリイソブチレン,ポリイソプレン,エチレン−プロピレン共重合体,及びスチレン−ブタジエン共重合体からなる群より選ばれる少なくとも一種であり,室温下,該引抜用潤滑剤を満たした液槽中に円柱棒(φ4.0mm)を浸漬させ,速度0.5m/minで該円柱棒を液面から鉛直方向に引き上げるときに形成される液注の破断地点における,該液柱の伸び量が4〜40cmであり,該引抜用潤滑剤の40℃における動粘度が500〜5000mm2/sであり,前記基油,油性剤,及び分岐オレフィンポリマーの合計中,前記分岐オレフィンポリマーの含有量が0.0001重量%〜20重量%であり,かつ,前記分岐オレフィンポリマーの平均分子量が10万〜300万であることを特徴とする。
【0011】
さらに,エステル,アルコール及びカルボン酸からなる群より選ばれる少なくとも一種の油性剤を含有することが好ましい。
前記分岐オレフィンポリマーはポリイソブチレンであることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の引抜き用潤滑剤は,特定の分岐オレフィンポリマーを含有させることにより,比較的低粘度でも糸引き性に優れる。つまり,本発明の引抜用潤滑剤では,糸引き性及び粘度のバランスが最適化されている。
本発明は,低粘度でありながら潤滑性に優れた引抜き用潤滑剤を見出したものであり,引抜き用潤滑剤は,高速で引抜き加工を行っても,油膜切れを発生することなく,効率良く安定的に引抜き加工ができるという効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は試験機模式図である。
図2図2は引抜き用線材を超硬ダイスの中を通して引き抜き,細く加工する様子を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下,本発明について詳細に説明する。
本発明の非鉄金属の引抜用潤滑剤(以下単に「引抜用潤滑剤」ともいう。)は,基油及び分岐オレフィンポリマーを含有し,該分岐オレフィンポリマーが,ポリイソブチレン,ポリイソプレン,エチレン−プロピレン共重合体,及びスチレン−ブタジエン共重合体からなる群より選ばれる少なくとも一種であり,かつ,平均分子量が1万〜500万であり,室温下,該引抜用潤滑剤を満たした液槽中に円柱棒(φ4.0mm)を浸漬させ,速度0.5m/minで該円柱棒を液面から鉛直方向に引き上げるときに形成される液注の破断地点における,該液柱の伸び量が4〜40cmであり,該引抜用潤滑剤の40℃における動粘度が500〜5000mm2/sであることを特徴とする。
【0015】
以下,上記引抜用潤滑剤の各要件について詳細に説明する。
上記引抜用潤滑剤には,基油として,鉱油,非水素添加及び水素添加(水添)のポリブテン,並びにイソパラフィン(水添ポリイソブテン)からなる群より選ばれる少なくとも一種が含まれる。すなわち,上記引抜用潤滑剤には,潤滑剤に通常用いられる任意の基油を添加することができる。
上記基油は,一種単独で用いてもよいし,二種以上を混合して用いてもよい。
【0016】
上記引抜用潤滑剤における上記基油の含有量は,基油と分岐オレフィンポリマーとの合計中,通常10〜90重量%,好ましくは40〜80重量%である。上記基油の含有量を上記範囲内で適宜変更することにより,引抜用潤滑剤の粘度を容易に調整することができる。
【0017】
上記引抜用潤滑剤には,分岐オレフィンポリマーとして,ポリイソブチレン,ポリイソプレン,エチレン−プロピレン共重合体,及びスチレン−ブタジエン共重合体からなる群より選ばれる少なくとも一種であり,かつ,平均分子量が1万〜500万であるポリマーが含まれる。
上記したポリイソブチレン,ポリイソプレン,エチレン−プロピレン共重合体,及びスチレン−ブタジエン共重合体は,水素添加又は水素非添加のいずれであってもよい。
これらの分岐オレフィンポリマーは,その平均分子量が10万〜300万であることが好ましく,50万〜200万であることがより好ましい。なお,平均分子量は,通常,ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定される数平均分子量(Mn)を指す。分岐オレフィンポリマーの平均分子量を1万〜500万の範囲内で適宜変更することにより,引抜用潤滑剤の粘度及び糸引き性のバランスを調整することができる。分岐オレフィンポリマーの平均分子量が500万を超えると,糸引き性は高いものの,液流動性が低下するために,潤滑性向上の妨げとなることがある。
【0018】
上記引抜用潤滑剤における分岐オレフィンポリマーの含有量は,基油,分岐オレフィンポリマー,及び後述する油性剤の合計中,0.0001重量%(1ppm)〜50重量%,好ましくは0.0001重量%(1ppm)〜20重量%である。上記分岐オレフィンポリマーの含有量が0.0001重量%(1ppm)未満であると,引抜用潤滑剤が充分な糸引き性を発揮できないことがある。一方,50重量%超であると,糸引き性が著しく高くなり,液流動性が低下し,潤滑性向上の妨げとなることがある。
【0019】
上記引抜用潤滑剤には,基油及び分岐オレフィンポリマーに加えて,さらに,エステル,カルボン酸及びアルコールからなる群より選ばれる少なくとも一種の油性剤を含有させることができる。
分子の一端に金属と強く結合する極性基を持ち,かつ,長い炭素鎖を持つ極性化合物は,物理吸着や化学吸着により,金属表面に吸着膜を形成する。油性剤は,引抜用引抜き材料やダイス等の金属表面に吸着膜を形成し,比較的低温低荷重の場合に摩耗低減効果を発揮する添加剤である。
【0020】
ここで,上記油性剤として添加するエステルとしては,一般式 R1C(=O)OR2(R1は炭素数8〜20のアルキル基;R2は炭素数1〜24のアルキル基)で表される脂肪酸エステルが好ましい。上記エステルの具体例としては,カプリル酸メチル,カプリル酸エチル,カプリル酸プロピル,カプリル酸ブチル,ペラルゴン酸メチル,ペラルゴン酸エチル,ペラルゴン酸プロピル,ペラルゴン酸ブチル,カプリン酸メチル,カプリン酸エチル,カプリン酸プロピル,カプリン酸ブチル,ラウリン酸メチル,ラウリン酸エチル,ラウリン酸プロピル,ラウリン酸ブチル,ミリスチン酸メチル,ミリスチン酸エチル,ミリスチン酸プロピル,ミリスチン酸ブチル,パルミチン酸メチル,パルミチン酸エチル,パルミチン酸プロピル,パルミチン酸ブチル,ステアリン酸メチル,ステアリン酸エチル,ステアリン酸プロピル,ステアリン酸ブチル,オレイン酸メチル,オレイン酸エチル,オレイン酸プロピル,及びオレイン酸ブチル等がある。なお,上記エステルの中でも,モノエステルに限らず,ジエステル,トリエステル,テトラエステル,ヒンダートエステル構造も含む。すなわち,上記脂肪酸と多価アルコールとのエステル化物等も挙げられる。多価アルコールとしては,エチレングリコール,グリセリン,ソルビトール,ネオペンチルグリコール,トリメチロールプロパン,ペンタエリスリトール等が挙げられる。また,特にグリセリンと脂肪酸のエステルである油脂についても菜種油のような天然油脂や合成品も含む。
【0021】
上記カルボン酸の具体例としては,カプリン酸,ウンデカン酸,ラウリン酸,トリデカン酸,デミスリチン酸,ペンタデカン酸,パルチミン酸,マルガリン酸,ステアリン酸,及びベヘン酸等の直鎖飽和脂肪酸や,パルミトレイン酸,オレイン酸,リノール酸,リノレン酸,及びリシノール酸等の不飽和脂肪酸がある。これらのうち,潤滑性,作業性,長期安定性及びコストの面を考慮すると,ラウリン酸,ミリスチン酸,パルミチン酸,及びオレイン酸等が好ましい。
【0022】
上記アルコールの具体例としては,一般式 R3OH(ただし,R3は炭素数4〜24のアルキル基)で表される高級アルコールが好ましい。R3の炭素数は12〜18がより好ましい。
【0023】
また,上記引抜用潤滑剤における油性剤の含有量は,基油,分岐オレフィンポリマー及び油性剤の合計中,通常0.1〜60重量%,好ましくは1〜40重量%である。
【0024】
その他,上記引抜用潤滑剤には,本発明の効果を損なわない範囲内で,炭酸カルシウム等の無機物や,PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)等の耐熱樹脂といった添加剤を含有してもよい。これらの添加剤の含有量は,基油,分岐オレフィンポリマー及び油性剤の合計中,通常0.1〜60重量%,好ましくは1〜40重量%である。
【0025】
上記のとおり,潤滑剤を高粘度化することで,潤滑性は向上する。しかしながら,高粘度化による弊害,具体的には,潤滑剤が加工機周辺や床に付着すると,洗浄・除去が困難である他,流動性が乏しいため取り扱いが困難となるといった作業上の問題が生じる。本発明では,上記引抜用潤滑剤中に,屈曲した構造を有する高分子量の分岐オレフィンポリマーを添加することで,該分岐ポリブチレンがレオペクシー性により,せん断応力の高い過大な摩擦状態にあっても高い粘性を保持するため,油膜破断が発生し難くなり,焼付きの防止が可能となる。つまり,本発明の引抜用潤滑剤は,特定の分岐オレフィンポリマーを含有することで,高粘度化しなくても,高い糸引き性を有することができ,引抜き加工に必要な潤滑性を発揮することができる。なお,糸引き性とは,粘度の高い液体の中に棒を入れて手早く引き上げた時に液体が糸を引く性質をいう。
【0026】
ここで,上記引抜用潤滑剤の潤滑性は,図1に示すように,滑り距離試験により評価する。すなわち,引抜用潤滑剤1をアルミニウム試験板2上に少量滴下し,鋼球5を一定荷重Wで押し付け,該引抜用潤滑剤1を一定の滑り速度で滑らせて,鋼球5に働く摩擦力Pをストレインゲージにより検出し,μ=P/Wの式により摩擦係数μを算出する。油膜切れが起きると,この摩擦係数が急上昇することから,本発明では,摩擦係数が急上昇した時点までの滑り距離を潤滑性としている。
【0027】
糸引き性の指標として,室温下,引抜用潤滑剤を満たした液槽中に円柱棒(φ4.0mm)を浸漬させ,速度0.5m/minで該円柱棒を液面から鉛直方向に引き上げるときに形成される液注の破断地点における,該液柱の伸び量が4〜40cmである。
この液柱の伸び量が4cm未満であると,上記引抜用潤滑剤の粘性が低いために,引抜き材料に充分に付着させることが難しい場合がある。一方,前記液柱の伸び量が40cmを超えると,過度に粘性が高く,従来技術における問題が解消されるとは言い難い。前記液柱の伸び量は4〜40cmが好ましく,4〜20cmがより好ましい。
【0028】
加えて,上記引抜用潤滑剤の40℃における動粘度は500〜5000mm2/sである。動粘度が500mm2/s以上であると,上記引抜用潤滑剤中に分岐オレフィンポリマーを添加することによる糸引き性の発現を確認することができる。ただし,5000mm2/sを超えると,洗浄除去の困難さや取扱いが困難といった作業性の問題が従来技術と変わらなくなる。
【0029】
本発明の引抜用潤滑剤は,基油,分岐オレフィンポリマー及び油性剤を,通常の方法で攪拌・混合して調製することができる。
【0030】
本発明の引抜用潤滑剤は,特に,アルミニウムや銅に代表される非鉄金属,またはこれらを金属に被覆した線,棒又は鋼管の引抜き加工に好適に用いられる。なお,本発明の引抜用潤滑剤が,その他の用途,例えば,プレス加工,しぼり加工,しごき加工,曲げ加工,転造加工,冷間鍛造加工などの潤滑剤としても広く使用可能であることはいうまでもない。
【実施例】
【0031】
以下,本発明を実施例及び比較例に基づき,さらに具体的に説明するが,本発明はこれらの実施例等により制限されるものではない。
〔実施例1〕
[1]引抜用潤滑剤の調製
基油としてポリブテン(動粘度:2100mm2/s)80.85重量%と,油性剤として,オレイン酸6.9重量%及び菜種油12重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソブチレン(平均分子量160万)0.15重量%と,非鉄防食剤としてベンゾトリアゾール0.1重量%とを混合して,試料を調製した。
なお,実施例及び比較例において,基油,油性剤,分岐オレフィンポリマー,及び非鉄防食剤の合計を100重量%とする。
【0032】
[2]引抜用潤滑剤の評価
(1)糸引き性
25℃下,得られた試料を10mL入れた50mLビーカーに,直径φ4.0mmの円柱棒を浸漬させ,0.5m/minの速度で円柱棒を液面から垂直方向に引き上げ,形成された液柱の破断地点における液柱の伸び量(cm)を測定した。
結果を表3に示す。
【0033】
(2)潤滑性(滑り距離)
表1に示す滑り距離試験により,試料の潤滑性を評価した。
図1に示すように,アルミニウム試験板上に試料を0.5mL滴下し,鋼球を一定荷重(負荷荷重W)で押し付け,試料を一定の滑り速度で滑らせた。鋼球に働く摩擦力Pをストレインゲージにより検出し,μ=P/Wの式により摩擦係数μを算出した。
油膜切れが起きることで摩擦係数の上昇が認められることから,摩擦係数が急上昇した距離を滑り距離(mm)として測定した。
結果を表3に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
(3)引抜力及び表面性状(焼付き)
表2に示す線材の引抜き試験により,引抜力及び表面性状(焼付き)を評価した。
アルミニウム線材を試料に浸漬した後,超硬ダイスの中を速度0.5 m/minで引抜き,引抜き力(kg)をロードセルで検知した荷重の最大値で評価した。
得られた材料について焼付きの発生を目視で観察した。焼付きが発生した場合を「有」,焼付きが発生せず,線材表面が良好であった場合を「無」とした。
その結果,引抜き力においては,実施例では119〜146kg,比較例では121〜155kgであり,実施例の優位性は認められなかった。しかしながら,引抜き加工後の材料表面において,実施例は焼きつきが認められないのに対して,比較例には焼きつきが認められた。
結果を表3に示す。
【0036】
【表2】
【0037】
(4)作業性
試料を線材に塗布する際の取り扱い易さについて,500mLビーカーに試料を200mL加え,攪拌時に試料が流動性を示す場合を「良」とし,流動性を示さない,あるいは固化傾向にある場合を「悪」とした。
結果を表3に示す。
【0038】
〔実施例2〕
基油としてポリブテン(動粘度:9000mm2/s)80.9重量%と,油性剤として,オレイン酸18.9重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソブチレン(平均分子量160万)0.1重量%と,非鉄防食剤としてベンゾトリアゾール0.1重量%とを混合して,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。
結果を表3に示す。
【0039】
〔実施例3〕
基油として,ポリブテン(動粘度:24000mm2/s)50.93重量%及びポリブテン(動粘度:9000mm2/s)30重量%と,油性剤として,オレイン酸18.9重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソブチレン(平均分子量160万)0.07重量%と,非鉄防食剤としてベンゾトリアゾール0.1重量%とを混合して,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。
結果を表3に示す。
【0040】
〔実施例4〕
基油としてポリブテン(動粘度:24000mm2/s)80.95重量%と,油性剤として,オレイン酸6.9重量%及び菜種油12重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソブチレン(平均分子量160万)0.05重量%と,非鉄防食剤としてベンゾトリアゾール0.1重量%とを混合して,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。
結果を表3に示す。
【0041】
〔実施例5〕
基油として,ポリブテン(動粘度:24000mm2/s)60.98重量%及びポリブテン(動粘度:170000mm2/s)20重量%と,油性剤として,オレイン酸18.9重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソブチレン(平均分子量300万)0.02重量%と,非鉄防食剤としてベンゾトリアゾール0.1重量%とを混合して,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。
結果を表3に示す。
【0042】
〔実施例6〕
基油として,ポリブテン(動粘度:24000mm2/s)60.9999重量%及びポリブテン(動粘度:170000mm2/s)20重量%と,油性剤として,オレイン酸18.9重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソブチレン(平均分子量300万)0.0001重量%と,非鉄防食剤としてベンゾトリアゾール0.1重量%とを混合して,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。
結果を表3に示す。
【0043】
〔実施例7〕
基油として,鉱油(動粘度:480mm2/s)77重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソブチレン(平均分子量6万)23重量%とを混合して,試料を調製した。
実施例1と同様にして,得られた試料を評価した。
結果を表3に示す。
【0044】
〔実施例8〕
基油として,ポリブテン(動粘度:24000mm2/s)80.97重量%と,油性剤として,オレイン酸6.9重量%及び菜種油12重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソプレン(平均分子量50万)0.03重量%と,非鉄防食剤としてベンゾトリアゾール0.1重量%とを混合して,試料を調製した。得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。
結果を表3に示す。
【0045】
〔実施例9〕
基油としてポリブテン(動粘度:24000mm2/s)80.93重量%と,油性剤として,オレイン酸6.9重量%及びC14−15分岐・直鎖アルコール混合物12重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソブチレン(平均分子量160万)0.07重量%と,非鉄防食剤としてベンゾトリアゾール0.1重量%とを混合して,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。
結果を表3に示す。
【0046】
【表3】
【0047】
〔比較例1〕
実施例4において,分岐オレフィンポリマーを使用しなかったこと以外は,実施例4と同様にして,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。結果を表4に示す。
比較例1の試料は糸引き性が劣っていた。また,滑り距離も短く,焼付きの発生がみられた。
【0048】
〔比較例2〕
実施例1において,分岐オレフィンポリマーを使用しなかったこと以外は,実施例1と同様にして,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。結果を表4に示す。
比較例2の試料は糸引き性に劣っていた。また,滑り距離も短く,焼付きの発生がみられた。
【0049】
〔比較例3〕
基油としてポリブテン(動粘度:9000mm2/s)75重量%と,油性剤としてダイマー酸25重量%とを混合して,試料を調製した。なお,この試料は,特許文献1の引抜き加工用潤滑油の一形態に該当する。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。結果を表4に示す。
比較例3の試料は糸引き性に劣っていた。また,滑り距離も短く,焼付きの発生がみられた。
【0050】
〔比較例4〕
基油として,鉱油(動粘度480mm2/s)9重量%及びポリブテン(動粘度:24000mm2/s)70重量%と,油性剤として,オレイン酸10重量%及びステアリン酸ブチルエステル10重量%と,潤滑添加剤として,カルナバ蝋1重量%とを混合して,試料を調製した。なお,この試料は,特許第4783026号公報のアルミニウム管抽伸潤滑油の一形態に該当する。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。結果を表4に示す。
比較例4の試料は糸引き性に劣っていた。また,滑り距離も短く,焼付きの発生がみられた。
【0051】
〔比較例5〕
基油として,ポリブテン(動粘度:2100mm2/s)63重量%と,油性剤として,C14〜C15の分岐アルコール混合物25重量%と,分岐オレフィンポリマーとしてポリイソブチレン(平均分子量6万)12重量%とを混合して,試料を調製した。なお,この試料は,特許第4970777号公報の鋼管加工用潤滑油に近い形態である。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。結果を表4に示す。
比較例5の試料は糸引き性に劣っていた。また,滑り距離も短く,焼付きの発生がみられた。
【0052】
〔比較例6〕
基油成分として,ジエチレングリコールジエチルエーテル19重量%及びポリブテン(動粘度:9000mm2/s)80重量%と,油性剤として,カプリル酸1重量%とを混合して,試料を調製した。なお,この試料は,特開平11−209781号公報の抽伸加工用潤滑油に近い形態である。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。結果を表4に示す。
比較例6の試料は糸引き性に劣っていた。また,滑り距離も短く,焼付きの発生がみられた。
【0053】
〔比較例7〕
潤滑添加剤である,2−エチルヘキシルジチオリン酸亜鉛70重量%と脂肪酸の亜鉛塩30重量%とを混合して,試料を調製した。なお,この試料は,特許第4560174号公報の塑性加工用潤滑油組成物の一形態に該当する。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。結果を表4に示す。
比較例7の試料は糸引き性に劣っていた。また,滑り距離も短く,焼付きの発生がみられた。
【0054】
〔比較例8〕
比較例4において,基油として,ポリブテン(動粘度:24000mm2/s)の代わりに,ポリブテン(動粘度:170000mm2/s)を使用したこと以外は,比較例4と同様にして,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。結果を表4に示す。
比較例4と比べて比較例8では,高い動粘度を有するポリブテンを使用したため,得られた試料も高い動粘度を有するが,糸引き性に差がなかった。この結果から,単に潤滑剤の動粘度を上げるだけでは,糸引き性が得られないことがわかる。
【0055】
〔比較例9〕
実施例5において,分岐オレフィンポリマーであるポリイソブチレン(平均分子量300万)の量を0.02重量%から0.03重量%に変更したこと以外は,実施例5と同様にして,試料を調製した。
得られた試料を実施例1と同様の方法で評価した。結果を表4に示す。
実施例5に比べて,分岐オレフィンポリマーの含有量が多い比較例9では,滑り距離も充分に長く,焼付きもみられなかったが,糸引き性が45cmとなった。しかし,試料がゼリー状に固化する傾向があり,液流動性低下が認められた。なお,液流動性が低下すると,引抜用潤滑剤の洗浄性が困難となり,作業性が低下する。
【0056】
【表4】
【0057】
表3及び4に記載の材料について以下に示す。
鉱油;鉱物油(動粘度480mm2/s)
ポリブテンA;ポリブテン(動粘度24,000mm2/s)
ポリブテンB;ポリブテン(動粘度9,000mm2/s)
ポリブテンC;ポリブテン(動粘度2,100mm2/s)
ポリブテンD;ポリブテン(動粘度170,000mm2/s)
油性剤A;オレイン酸
油性剤B;菜種油
油性剤C;C14−15分岐・直鎖アルコール 混合物
非鉄防食剤;ベンゾトリアゾール
分岐オレフィンポリマーA:ポリイソブチレン(平均分子量160万)
分岐オレフィンポリマーB;ポリイソブチレン(平均分子量6万)
分岐オレフィンポリマーC;ポリイソブチレン(平均分子量300万)
分岐オレフィンポリマーD;ポリイソプレン(平均分子量50万)
溶剤A;ジエチレングリコールジエチルエーテル
油性剤D;ダイマー酸
油性剤E;ステアリン酸ブチルエステル
油性剤F;C14−15分岐アルコール混合物
油性剤G;カプリル酸
潤滑添加剤A;カルナバ蝋
潤滑添加剤B;2−エチルヘキシルジチオリン酸亜鉛
潤滑添加剤C;脂肪酸の亜鉛塩
【符号の説明】
【0058】
1 引抜用潤滑剤
2 アルミニウム試験板
3 支持台
4 円柱棒
5 鋼球
6 超硬ダイス
7 非鉄金属細線
W 荷重
図1
図2