特許第6979936号(P6979936)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6979936
(24)【登録日】2021年11月18日
(45)【発行日】2021年12月15日
(54)【発明の名称】雰囲気制御方法及び雰囲気制御装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/26 20060101AFI20211202BHJP
   C21D 1/76 20060101ALI20211202BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20211202BHJP
   C23C 8/22 20060101ALI20211202BHJP
   C23C 8/32 20060101ALI20211202BHJP
【FI】
   C23C8/26
   C21D1/76 M
   C21D1/06 A
   C23C8/22
   C23C8/32
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2018-215655(P2018-215655)
(22)【出願日】2018年11月16日
(65)【公開番号】特開2020-84219(P2020-84219A)
(43)【公開日】2020年6月4日
【審査請求日】2020年7月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】000220767
【氏名又は名称】東京窯業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098224
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 勘次
(74)【代理人】
【識別番号】100140671
【弁理士】
【氏名又は名称】大矢 正代
(72)【発明者】
【氏名】常吉 孝治
【審査官】 ▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−332075(JP,A)
【文献】 特開2013−249524(JP,A)
【文献】 特開2002−173759(JP,A)
【文献】 特開2018−095963(JP,A)
【文献】 特開2014−236830(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00−8/80
C21D 1/00−1/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼の表面に非金属元素を浸透拡散させる表面処理を行う処理炉の雰囲気を制御する雰囲気制御方法であって、
前記処理炉に、少なくとも前記非金属元素の供給源ガスを含むガスを導入し、
前記処理炉の雰囲気における水素濃度または水素分圧を、プロトン伝導性を示す固体電解質をセンサ素子とする水素センサで検出し、
検出された水素濃度または水素分圧に基づいて、前記処理炉に導入されるべきガスにおける少なくとも前記供給源ガスの流量を変化させるフィードバック制御を行うものであり、
前記表面処理は、
窒素を供給する前記供給源ガスをアンモニアとするガス窒化、ガス軟窒化、及び、真空浸炭窒化における窒化工程の何れかである特定窒化処理、または、
炭素を供給する前記供給源ガスをアセチレンとする真空浸炭、及び、真空浸炭窒化における浸炭工程の何れかである特定浸炭処理、であり、
前記センサ素子は前記処理炉の内部空間に挿入された状態であり、
前記フィードバック制御は、前記水素センサによる水素濃度または水素分圧の検出に基づき算出される、前記処理炉の雰囲気を反映する指標値の目標値と、所定時間前の前記指標値である過去指標値とを対比し、前記過去指標値が前記目標値より小さいときは前記供給源ガスの流量の流量を所定の変化率で減少させ、前記過去指標値が前記目標値より大きいときは前記供給源ガスの流量の流量を前記変化率で増加させることにより行われるものであり、
前記過去指標値を0.5秒〜10秒前の前記指標値とすることにより、前記指標値を前記目標値に一致させる
ことを特徴とする雰囲気制御方法。
【請求項2】
前記目標値と対比する前記過去指標値を0.5秒〜2秒前の前記指標値とする
ことを特徴とする請求項1に記載の雰囲気制御方法。
【請求項3】
鋼の表面に非金属元素を浸透拡散させる表面処理を行う処理炉の雰囲気を制御する雰囲気制御方法であって、
前記処理炉に、少なくとも前記非金属元素の供給源ガスを含むガスを導入し、
前記処理炉の雰囲気における水素濃度または水素分圧を、プロトン伝導性を示す固体電解質をセンサ素子とする水素センサで検出し、
検出された水素濃度または水素分圧に基づいて、前記処理炉に導入されるべきガスにおける少なくとも前記供給源ガスの流量を変化させるフィードバック制御を行うものであり、
前記表面処理は、
窒素を供給する前記供給源ガスをアンモニアとするガス窒化、ガス軟窒化、及び、真空浸炭窒化における窒化工程の何れかである特定窒化処理、または、
炭素を供給する前記供給源ガスをアセチレンとする真空浸炭、及び、真空浸炭窒化における浸炭工程の何れかである特定浸炭処理、であり、
前記処理炉からガスを排出するためのガス排出管の途中に管状部材を接続し、前記センサ素子における測定電極側の端部を前記管状部材の内部空間に位置させ、前記センサ素子をヒータで加熱すると共に、前記ガス排出管及び前記管状部材を金属製とすることにより、前記ヒータから前記管状部材を介して前記ガス排出管に伝熱させる
ことを特徴とする雰囲気制御方法。
【請求項4】
鋼の表面に非金属元素を浸透拡散させる表面処理を行う処理炉の雰囲気を制御する雰囲気制御方法であって、
前記処理炉に、少なくとも前記非金属元素の供給源ガスを含むガスを導入し、
前記処理炉の雰囲気における水素濃度または水素分圧を、プロトン伝導性を示す固体電解質をセンサ素子とする水素センサで検出し、
検出された水素濃度または水素分圧に基づいて、前記処理炉に導入されるべきガスにおける少なくとも前記供給源ガスの流量を変化させるフィードバック制御を行うものであり、
前記表面処理は、
窒素を供給する前記供給源ガスをアンモニアとするガス窒化、ガス軟窒化、及び、真空浸炭窒化における窒化工程の何れかである特定窒化処理、または、
炭素を供給する前記供給源ガスをアセチレンとする真空浸炭、及び、真空浸炭窒化における浸炭工程の何れかである特定浸炭処理、であり、
前記フィードバック制御は、前記水素センサによる水素濃度または水素分圧の検出に基づき算出される、前記処理炉の雰囲気を反映する指標値の目標値と、所定時間前の前記指標値である過去指標値との対比に基づいて前記処理炉に導入されるべきガスにおける少なくとも前記供給源ガスの流量を変化させる際の変化率の大きさを変化させることにより行うものであり、前記変化率をx%と設定して制御を開始し、前記過去指標値と前記目標値との差が所定値より大きいときは前記変化率の設定値を維持する一方で、前記差が前記所定値以下のときは前記変化率の設定値をx%=(1/10)x%と変化させて更新することにより、前記表面処理の進行に伴い前記過去指標値が前記目標値に近付くほど前記変化率を小さくする
ことを特徴とする雰囲気制御方法。
【請求項5】
前記処理炉の雰囲気に、前記供給源ガスと水素ガスを含めて三種類以上のガスを含む
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか一つに記載の雰囲気制御方法。
【請求項6】
固体電解質のセンサ素子、該センサ素子の表面に設けられた基準電極、及び、該基準電極が接している第一空間と区画されている第二空間において前記センサ素子の表面に設けられた測定電極を備えるセンサプローブ、前記基準電極と前記測定電極との間に生じる起電力に基づいて水素濃度または水素分圧を算出する手段を備える水素センサと、
鋼の表面に非金属元素を浸透拡散させる表面処理を行う処理炉に導入されるべきガスの制御を行う制御手段と、を具備し、
前記処理炉からガスを排出するためのガス排出管の途中に管状部材が接続されており、前記センサ素子における前記測定電極側の端部が前記管状部材の内部空間に位置するように前記センサプローブが前記管状部材に取付けられていると共に、前記センサプローブは前記センサ素子を加熱するヒータを備えており、前記ガス排出管及び前記管状部材が金属製であることにより、前記ヒータから前記管状部材を介して前記ガス排出管に伝熱するものであり、
前記制御手段は、
前記水素センサによる前記処理炉の雰囲気における水素濃度または水素分圧の検出に基づいて、前記処理炉の雰囲気を反映する指標値を算出し、前記指標値の目標値を所定時間前の前記指標値である過去指標値と対比することにより、前記処理炉に導入されるべきガスにおける少なくとも前記非金属元素の供給源ガスの流量を制御するフィードバック制御を行う
ことを特徴とする雰囲気制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の表面に非金属を浸透拡散させる表面処理の雰囲気制御方法、及び、該雰囲気制御方法を使用する雰囲気制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガス窒化、ガス軟窒化、及び、真空浸炭窒化の窒化工程では、窒素供給源としてアンモニアガスを処理炉に導入して加熱することにより、下記(1)式の分解で生じた原子状窒素が鋼に浸透拡散する。これにより、窒素が固溶した拡散相(α相)、鉄−窒素化合物の化合物相(ε相、γ’相)が、鋼の表面に生成する。これらの相は特性が異なり、その生成は処理条件に依存する。そのため、被処理物の用途等に応じて要請される特性を得るためには、処理温度や処理時間に加えて、処理炉内の雰囲気を制御することが必要となる。
2NH →2N +3H (1)
【0003】
一方、真空浸炭、及び、真空浸炭窒化の浸炭工程では、炭素供給源としてアセチレン、エチレンなどの炭化水素ガスを導入して加熱することにより、炭化水素の分解で生じた炭素が鋼の表面に浸透拡散する。例として、アセチレンから炭素が生成する場合を、下記(2)式に示す。このような炭素の浸透拡散により、鋼の表面に炭素濃度が高濃度である層が形成される。表面の炭素濃度や浸透深さは、処理条件に依存する。そのため、上記の窒化の場合と同様に、被処理物の用途等に応じて要請される特性を得るためには、処理温度や処理時間に加えて、処理炉内の雰囲気を制御することが必要となる。
→ 2C + H (2)
【0004】
そこで、表面処理を行う処理炉内の雰囲気における水素ガスの濃度を、熱伝導度式水素センサで検出する表面硬化処理装置が提案されている(特許文献1)。この提案では、熱伝導度式水素センサで検出した水素ガス濃度から炉内ガス組成を演算し、演算した炉内ガス組成が予め設定した炉内ガス混合比率となるように、炉内へのガス導入量を制御する。この制御としては、炉内へ導入される複数種類のガスの流量比率を一定に保持した状態で、炉内への合計導入量を制御する第一の制御と、複数の導入ガスの流量比率が変化するように導入量を個別に制御する第二制御のうち、何れかを選択的に実行することが提案されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1の表面硬化処理装置で使用されている熱伝導度式水素センサは、次のようにいくつかの難点を有している。まず、熱伝導度式水素センサでは、ガスの熱伝導度に基づいて水素濃度が測定されるものであるが、ガスの熱伝導率はガスの種類によって相違する。そのため、検量線の作成のために使用されたガス以外の種類のガスが雰囲気内に存在すると、水素濃度を正確に測定することができない。例えば、ガス窒化処理では、処理炉内にはアンモニアの分解によって生じた窒素ガスと水素ガスに加えて、未分解のアンモニアガスが残留している。そのため、水素と窒素との組み合わせで作成した検量線に基づいて校正した熱伝導度式水素センサでは、水素濃度を正確に測定することができない。更に、ガス軟窒化処理を行う処理炉内の雰囲気には、窒素ガス、水素ガス、残留アンモニアガスに加えて、炭素の供給源ガスも含まれていることにより、少なくとも四種類のガスが存在するため、水素と他のガスという二つのガスの組み合わせで作成した検量線に基づいて校正した熱伝導度式水素センサでは、水素濃度を正確に測定することができない。
【0006】
また、真空浸炭や真空浸炭窒化では、処理の進行に伴い炉内の圧力を変化させる。特に、真空浸炭窒化では浸炭工程と窒化工程とで適した圧力が大きく相違する。炉内の圧力が変化すれば、当然ながらガス密度も変動するため、熱の伝導も変化する。熱伝導度式水素センサについてある圧力範囲で校正を行えば、その圧力範囲内ではほぼ正確な測定ができるものの、圧力の変動がその範囲を超える場合に、その熱伝導度式水素センサを使用して水素濃度を正確に測定することは困難である。
【0007】
検出される水素濃度が、実際の水素濃度を正確に反映している値でなければ、検出結果に基づいて処理炉の雰囲気を適切に制御することも困難である。
【0008】
更に、特許文献1では、熱伝導度式水素センサについて「炉体に直接装着される」と表現されているものの、センサ素子自体は表面処理を行う高い温度(窒化では500℃〜600℃、真空浸炭では900℃〜950℃)に耐えられないため、センサ素子を含めてセンサ本体は炉外に置き、センサ素子に至る配管を処理炉に接続している。炉内ガスは自然対流によって配管に流入しセンサ素子まで導かれるため、炉内ガスがセンサ素子に達するまでに時間を要する。実際に、熱伝導度式水素センサを使用して処理炉内の水素濃度を検出している現場によれば、この検出の遅れは数十秒に達する。炉内ガスにおける水素濃度の変化に対して検出に遅れが生じると、検出結果に基づく制御にも遅れが生じるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第5629436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、鋼の表面に非金属を浸透拡散させる表面処理を行う雰囲気における水素濃度または水素分圧をより正確に検出することができ、検出に基づく雰囲気制御をより適切に行うことができる雰囲気制御方法、及び、該雰囲気制御方法を使用する雰囲気制御装置の提供を、課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するため、本発明にかかる雰囲気制御方法は、
「鋼の表面に非金属元素を浸透拡散させる表面処理を行う処理炉の雰囲気を制御する雰囲気制御方法であって、
前記処理炉に、少なくとも前記非金属元素の供給源ガスを含むガスを導入し、
前記処理炉の雰囲気における水素濃度または水素分圧を、プロトン伝導性を示す固体電解質をセンサ素子とする水素センサで検出し、
検出された水素濃度または水素分圧に基づいて、前記処理炉に導入されるべきガスにおける少なくとも前記供給源ガスの流量を変化させるフィードバック制御を行うものであり、
前記表面処理は、
窒素を供給する前記供給源ガスをアンモニアとするガス窒化、ガス軟窒化、及び、真空浸炭窒化における窒化工程の何れかである特定窒化処理、または、
炭素を供給する前記供給源ガスをアセチレンとする真空浸炭、及び、真空浸炭窒化における浸炭工程の何れかである特定浸炭処理、である」ものである。
【0012】
「特定窒化処理」は、鋼を窒化する処理のうち、本発明が対象とするガス窒化、ガス軟窒化、または、真空浸炭窒化における窒化工程を指している。また、「特定浸炭処理」は、鋼に浸炭する処理のうち、本発明が対象とする真空浸炭、または、真空浸炭窒化における浸炭工程を指している。
【0013】
以下では、「窒素を供給する供給源ガス」を「窒素供給源ガス」と称することがあり、「炭素を供給する供給源ガス」を「炭素供給源ガス」と称することがある。
【0014】
「固体電解質」をセンサ素子とするセンサは、同一イオンの濃度差により電位差が生じる濃淡電池の原理を使用したものであり、固体電解質を挟んだ二つの空間で検出対象のガスの濃度(またはガス分圧)が異なる場合に、固体電解質に生じる起電力を測定する。二つの空間のうち、第一の空間において検出対象ガスの濃度(またはガス分圧)が既知であれば、ネルンストの式により、測定された起電力とセンサ素子の温度から、第二の空間におけるガス濃度(またはガス分圧)を知ることができる。或いは、第一の空間のガス濃度を一定とした状態で、第二の空間におけるガス濃度(またはガス分圧)を変化させて起電力を測定して予め検量線を作成しておくことにより、ガス濃度(またはガス分圧)が未知の場合の起電力の測定値から、第二の空間のガス濃度(またはガス分圧)を知ることができる。
【0015】
「プロトン伝導性を示す固体電解質をセンサ素子とする水素センサ」(以下、「固体電解質水素センサ」と称することがある)は、純粋に水素濃度(または水素分圧)のみに起因して起電力が変化する。そのため、測定対象の雰囲気中に、水素以外で水素原子を有するガスや、その他の種類のガスが存在したとしても、それらの影響を受けることなく正確に水素濃度(または水素分圧)を検出することができる。これにより、検出した水素濃度(または水素分圧)に基づく雰囲気制御を、正確に行うことが可能となる。
【0016】
なお、測定対象のガス雰囲気の全圧に基づいて、水素分圧及び水素濃度の一方が分かれば他方が分かるため、以下では「水素濃度または水素分圧」との記載に替えて、単に「水素濃度」と記載することがある。
【0017】
プロトン伝導性の固体電解質が、水素濃度と起電力との間に相関関係を示す温度範囲は400℃〜1000℃である。この温度範囲は、特定窒化処理または特定浸炭処理が行われる処理温度をカバーしている。従って、固体電解質水素センサは、処理炉の内部空間にセンサ素子を挿入することが可能である。従って、処理炉の雰囲気における水素濃度の変化に速やかに応答して水素濃度を検出することができ、その検出に基づいて速やかなフィードバック制御を行うことが可能である。加えて、固体電解質水素センサは、詳細は後述するように、雰囲気における水素濃度の変化を反映して変化する検出値が安定するまでの所要時間が、熱伝導度式水素センサより短い。この点からも、処理炉の雰囲気における水素濃度の変化に速やかに応答して水素濃度を検出することができ、その検出に基づいて速やかなフィードバック制御を行うことが可能である。
【0018】
更に、固体電解質水素センサは、詳細は後述するように、測定対象の雰囲気が減圧されていても、水素濃度を正確に検出することができる。そのため、表面処理が真空浸炭や真空浸炭窒化である場合も、問題なく、正確に水素濃度を検出することができ、その検出に基づいて適切なフィードバック制御を行うことができる利点がある。
【0019】
本発明にかかる雰囲気制御方法は、上記構成に加え、
「前記処理炉の雰囲気に、前記供給源ガスと水素ガスを含めて三種類以上のガスを含む」ものとすることができる。
【0020】
上記のように、ガスの熱伝導率はガスの種類によって相違する。そのため、熱伝導度式水素センサで水素濃度を検出する場合に、測定対象の雰囲気が水素ガス以外のガスを含む混合ガスである場合は、そのガスの組み合わせで、ガス濃度と熱伝導度との関係を示す検量線を予め作成しておく必要がある。しかしながら、混合ガスが三種類以上のガスを含む場合、ガス濃度と熱伝導度との関係を示す検量線を作成することは極めて困難である。従って、処理炉の雰囲気に三種類以上のガスを含む場合、水素センサが熱伝導度式であると、処理炉の雰囲気における水素濃度を正確に検出することはできない。これに対し、固体電解質センサでは、上記のように、純粋に水素濃度のみに起因して起電力が変化するため、処理炉の雰囲気に水素ガスに加えて何種類のガスが存在していようと、問題なく、正確に水素濃度を検出することができ、その検出に基づいて適切なフィードバック制御を行うことができる。
【0021】
本発明にかかる雰囲気制御方法は、上記構成に加え、
「前記フィードバック制御は、前記水素センサによる水素濃度または水素分圧の検出に基づき算出される、前記処理炉の雰囲気を反映する指標値の目標値と、所定時間前の前記指標値である過去指標値との対比により行われるものであり、
前記過去指標値は、0.5秒〜10秒前の前記指標値である」ものとすることができる。
【0022】
窒素供給源ガスがアンモニアである特定窒化処理の場合、「処理炉の雰囲気を反映する指標値」は、上記の(1)式により、処理炉の雰囲気における水素濃度、処理炉の雰囲気におけるアンモニア濃度、または、処理炉の雰囲気の窒化ポテンシャルとすることができる。ここで、窒化ポテンシャルは、以下の(3)式によりKとして定義されるものであり、その雰囲気の窒化能力を表す指標である。
= PNH3/PH23/2 (3)
:窒化ポテンシャル
NH3:アンモニアガスの分圧
H2:水素ガスの分圧
【0023】
一方、炭素供給源ガスがアセチレンである特定浸炭処理の場合、「処理炉の雰囲気を反映する指標値」は、上記の(2)式により、処理炉の雰囲気における水素濃度、処理炉の雰囲気におけるアセチレン濃度、または、処理炉の雰囲気の浸炭ポテンシャルとすることができる。ここで、浸炭ポテンシャルは、以下の(4)式によりKcとして定義されるものであり、その雰囲気の浸炭能力を表す指標である。
=(PC2H2/PH21/2 (4)
:浸炭ポテンシャル
C2H2:アセチレンガスの分圧
H2:水素ガスの分圧
【0024】
上記のように、処理温度が数百度以上である処理炉の雰囲気における水素濃度を熱伝導度式水素センサで測定する場合、センサ素子を含めてセンサ本体は炉外に置かれ、炉内ガスは配管を介してセンサ素子まで導かれるため、炉内ガスがセンサ素子に達するまでに、一般的に数十秒を要する。そのため、所定時間前の指標値である過去指標値を指標値の目的地と対比してフィードバック制御を行う場合、参照できる過去指標値は数十秒以上前の値である。そのため、その数十秒の間にも処理炉の雰囲気は変化してしまい、適切な制御を行うことができない。
【0025】
これに対し、固体電解質水素センサは、詳細は後述するように、水素濃度の変化に速やかに応答し、且つ、約0.5秒の短時間で起電力値が安定する。そのため、過去指標値として0.5秒秒〜10秒というごく短い時間だけ前の指標値を使用するフィードバック制御を行うことが可能である。従って、刻々と変化する処理炉の雰囲気変化を速やかに反映させた、適切なフィードバック制御を行うことができる。ここで、過去指標値は、0.5秒〜2秒前の指標値とすれば、同じ理由でより望ましく、0.5秒〜1秒前の指標値とすれば更に望ましい。
【0026】
なお、実際に表面処理を行っている現場では、被処理物(ワーク)の入れ替えの度に処理炉が開放されて炉内の雰囲気が一気に変化するが、ワークの入れ替えは数分という短い時間間隔で行われることもある。加えて、新しいワークは表面処理による反応の進行速度が速い。そのため、速やかにフィードバックを行う雰囲気制御が従前より要請されていたところ、このように0.5秒〜10秒というごく短い時間だけ前の指標値を参照して行う本構成の雰囲気制御は、水素センサとして固体電解質水素センサを使用することにより初めて可能となったものである。
【0027】
本発明にかかる雰囲気制御方法は、上記構成に加え、
「前記フィードバック制御は、前記水素センサによる水素濃度または水素分圧の検出に基づき算出される、前記処理炉の雰囲気を反映する指標値の目標値と、所定時間前の前記指標値である過去指標値との対比により行われるものであり、前記処理炉に導入されるべきガスにおける少なくとも前記供給源ガスの流量を変化させる際の変化率の大きさを、前記過去指標値と前記目標値との差の大きさに基づいて変化させる」ものとすることができる。このフィードバック制御は、「前記変化率をx%と設定して制御を開始し、前記過去指標値と前記目標値との差が所定値より大きいときは前記変化率の設定値を維持する一方で、前記差が前記所定値以下のときは前記変化率の設定値をx%=(1/10)x%と変化させて更新することにより、前記表面処理の進行に伴い前記過去指標値が前記目標値に近付くほど前記変化率を小さくする」ものとすることができる。
【0028】
処理炉に導入するガスの流量を変化させるフィードバック制御において、ガス流量の変化率の大きさを、過去指標値と目標値との差の大きさに基づいて変化させることにより、詳細は後述するように、指標値を目標値により正確に一致させることができる。また、目標値と対比する過去指標値がより長時間前の指標値であっても、指標値を目標値に収束させる適切なフィードバック制御を行うことができる。
【0029】
本発明にかかる雰囲気制御方法は、上記構成に加え、
「前記水素センサによる前記処理炉の雰囲気における水素濃度または水素分圧の検出は、前記センサ素子を前記処理炉の内部空間に挿入した状態で行う」ものとすることができる。
【0030】
上記のように、プロトン伝導性の固体電解質では、水素濃度と起電力との間に相関関係を示す温度範囲は400℃〜1000℃であり、表面処理が行われる雰囲気の温度範囲を含んでいるため、処理炉の内部空間にセンサ素子を挿入する本構成を実現することができる。従って、処理炉の雰囲気における水素濃度の変化に速やかに応答して水素濃度を検出することができ、その検出に基づいて速やかなフィードバック制御を行うことが可能である。
【0031】
加えて、水素センサとして熱伝導度式水素センサを使用し、ガス軟窒化を行う処理炉の雰囲気における水素濃度を検出する従来技術では、炉内ガスをセンサ素子まで導く配管内でガス温度が低下することにより、炭酸アンモニウムが析出して配管詰まりを生じるという問題があった。これに対し、本構成では、固体電解質水素センサのセンサ素子は高温の処理炉の内部空間に挿入されているため、炉内ガスから炭酸アンモニウムが析出することが無いという利点を有している。なお、センサ素子が処理炉の内部空間に挿入されていると、供給源ガスがアセチレンの場合に、センサ素子にススが付着することがある。しかしながら、固体電解質のセンサ素子の表面にスス層が形成されたとしても、水素ガスはスス層を通過し、その濃度を正しく反映した起電力を生じることにより、問題なく、正確に水素濃度を検出することができることを確認している。
【0032】
次に、本発明にかかる雰囲気制御装置は、
「固体電解質のセンサ素子、該センサ素子の表面に設けられた基準電極、及び、該基準電極が接している第一空間と区画されている第二空間において前記センサ素子の表面に設けられた測定電極を備えるセンサプローブ、前記基準電極と前記測定電極との間に生じる起電力に基づいて水素濃度または水素分圧を算出する手段を備える水素センサと、
鋼の表面に非金属元素を浸透拡散させる表面処理を行う処理炉に導入されるべきガスの制御を行う制御手段と、を具備し、
前記制御手段は、
前記水素センサによる前記処理炉の雰囲気における水素濃度または水素分圧の検出に基づいて、前記処理炉の雰囲気を反映する指標値を算出し、前記指標値の目標値を所定時間前の前記指標値である過去指標値と対比することにより、前記処理炉に導入されるべきガスにおける少なくとも前記非金属元素の供給源ガスの流量を制御するフィードバック制御を行う」ものである。
【0033】
本構成の雰囲気制御装置は、上記の雰囲気制御方法を使用するものであり、上記の作用効果が発揮される。また、上記の雰囲気制御方法を使用される雰囲気制御装置は、更に「前記処理炉からガスを排出するためのガス排出管の途中に管状部材が接続されており、前記センサ素子における前記測定電極側の端部が前記管状部材の内部空間に位置するように前記センサプローブが前記管状部材に取付けられていると共に、前記センサプローブは前記センサ素子を加熱するヒータを備えており、前記ガス排出管及び前記管状部材が金属製であることにより、前記ヒータから前記管状部材を介して前記ガス排出管に伝熱するものである」ものとすることができる。
【発明の効果】
【0034】
以上のように、本発明によれば、鋼の表面に非金属を浸透拡散させる表面処理を行う雰囲気における水素濃度または水素分圧をより正確に検出することができ、検出に基づく雰囲気制御をより適切に行うことができる雰囲気制御方法、及び、該雰囲気制御方法を使用する雰囲気制御装置を、提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本発明の一実施形態である雰囲気制御方法を使用する雰囲気制御装置を備える表面処理装置の構成図である。
図2】(a)〜(c)所定時間前の指標値を参照した雰囲気制御について、処理炉に導入されるガスの流量の変化率を1%とした場合のシミュレーション結果である。
図3】(a)〜(c)所定時間前の指標値を参照した雰囲気制御について、処理炉に導入されるガスの流量の変化率を0.5%または0.1%とした場合のシミュレーション結果である。
図4】(a)〜(d)所定時間前の指標値を参照した雰囲気制御について、処理炉に導入されるガスの流量の変化率の大きさを、指標値と目標値との差の大きさに基づいて変化させた場合のシミュレーション結果である。
図5】複数種類のガスの混合ガスについて固体電解質水素センサで水素濃度を検出した結果を、熱伝導度式水素センサで検出した結果と対比したグラフである。
図6】測定対象の雰囲気の水素濃度が変化したときの応答の速さと検出値が安定するまでの時間を、固体電解質水素センサと熱伝導度式水素センサとで対比したグラフである。
図7】(a)〜(d)測定対象の雰囲気の圧力が異なる場合について、それぞれ導入ガスにおける水素濃度と検出された水素濃度との関係を、固体電解質水素センサと熱伝導度式水素センサとで対比したグラフである。
図8図1の表面処理装置とは異なる形態の表面処理装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の具体的な実施形態である雰囲気制御方法、及び、その雰囲気制御方法を使用する雰囲気制御装置、及び、雰囲気制御装置によって雰囲気制御される表面処理装置について説明する。本実施形態の雰囲気制御方法は、鋼の表面に非金属元素を浸透拡散させる表面処理を行う処理炉30の雰囲気fを制御する雰囲気制御方法であって、処理炉30に、少なくとも非金属元素の供給源ガスを含むガスを導入し、処理炉30の雰囲気fにおける水素濃度または水素分圧を、プロトン伝導性を示す固体電解質をセンサ素子11とする固体電解質水素センサ1で検出し、検出された水素濃度または水素分圧に基づいて、処理炉30に導入されるべきガスにおける少なくとも供給源ガスの流量を変化させるフィードバック制御を行うものである。
【0037】
この雰囲気制御方法が適用される表面処理は、アンモニアを窒素供給源ガスとするガス窒化、ガス軟窒化、及び、真空浸炭窒化における窒化工程の何れかであり、アセチレンを炭素供給源ガスとする真空浸炭、及び、真空浸炭窒化における浸炭工程の何れかである。
【0038】
まず、本実施形態の雰囲気制御方法を使用する雰囲気制御装置、雰囲気制御装置の構成である固体電解質水素センサ1、及び、雰囲気制御装置を具備する表面処理装置E1について、図1を用いて説明する。
【0039】
表面処理装置E1は、処理炉30、ガス導入管31、ガス排出管32、ガス導入装置25、及び雰囲気制御装置を具備している。また、雰囲気制御装置は、固体電解質水素センサ1と、雰囲気制御部21とを具備している。
【0040】
より詳細に説明すると、処理炉30は加熱炉であり、表面処理としてガス窒化またはガス軟窒化を行う場合は、処理炉30の雰囲気fを少なくとも500℃〜600℃の温度とすることができ、表面処理として真空浸炭または真空浸炭窒化を行う場合は、処理炉30の雰囲気fを少なくとも900℃〜950℃の温度とすることができるものを使用する。
【0041】
ガス導入管31は、処理炉30の内部に表面処理用のガスを導入するための管であり、一端は処理炉30の内部で開放しており、他端はガス導入装置25に接続されている。ガス排出管32は、処理炉30から外部にガスを排出するための管であり、一端は処理炉30の内部で開放しており、他端は処理炉30の外部で開放している。ここでは、表面処理装置E1を使用して行う表面処理が真空浸炭または真空浸炭窒化であり、ガス排出管32に接続された減圧装置41としての吸引ポンプと圧力計42を表面処理装置E1が備えている場合を例示しているが、表面処理がガス窒化またはガス軟窒化である場合は、減圧装置41及び圧力計42を省略すればよい。
【0042】
固体電解質水素センサ1は、センサプローブ10とセンサ制御装置1Dとを具備している。センサプローブ10は、プロトン伝導性固体電解質のセンサ素子11、基準電極p1、測定電極p2、筒状のホルダ18を主要な構成としている。センサ素子11は有底筒状であり、ホルダ18の内部で開口させた状態で、その外周面とホルダ18の内周面とが封止部19によって気密に封止されている。これにより、ホルダ18の内部空間は、第一空間S1と第二空間S2とに気密に区画されている。そして、基準電極p1は第一空間S1においてセンサ素子11の表面に形成されており、測定電極p2は第二空間S2においてセンサ素子11の表面に形成されている。基準電極p1及び測定電極p2は、それぞれリード線L1,L2によって電圧計(図示を省略)に電気的に接続されており、基準電極p1と測定電極p2との間に生じた起電力が測定される。
【0043】
センサプローブ10は、センサ素子11における測定電極p2側の端部が、処理炉30の内部空間に位置するように処理炉30に挿入されており、残部は処理炉30の外部にある。従って、処理炉30の雰囲気fが、センサプローブ10にとっての第二空間S2である。
【0044】
また、センサプローブ10は、センサ素子11の温度を測定するための熱電対13と、第一空間S1に基準ガスを供給する基準ガス供給管14を更に備えており、共に処理炉30の外部からセンサプローブ10内に挿入されている。なお、固体電解質が基準ガスとして大気を使用できるタイプである場合は、基準ガス供給管14を備えることなく、第一空間S1を大気に開放させてもよい。
【0045】
センサ制御装置1Dは、主記憶装置、補助記憶装置、及びマイクロプロセッサを備えるマイクロコンピュータを具備しており、マイクロコンピュータをセンサ制御手段として機能させるセンサ制御プログラムが主記憶装置に記憶されている。センサ制御手段は、熱電対13の起電力をセンサ素子11の温度に変換する温度検出手段、基準電極p1及び測定電極p2の間に生じた起電力、基準ガスにおける水素濃度、及びセンサ素子11の温度に基づいて、処理炉30の雰囲気fにおける水素ガス濃度を算出する水素ガス濃度算出手段、算出された水素ガス濃度を雰囲気制御部21に送信する送信手段、水素ガス濃度やセンサ素子10の温度等の検出結果を補助記憶装置に記憶させる記憶手段を、主に備えている。
【0046】
ガス導入装置25は、処理炉30に少なくとも供給源ガスを含むガスを導入するものであり、ガスが充填されたボンベと、ボンベと処理炉30の雰囲気fとを連通させる流路を開閉する開閉弁と、開閉弁の開閉及び開度を調整する開閉弁調整装置とを備えている。複数種類のガスを含む混合ガスを処理炉30に導入する場合は、各ガスについて、ボンベと、ボンベと雰囲気fとを連通させる流路を開閉する開閉弁と、開閉弁調整装置とが設けられる。
【0047】
雰囲気制御部21は、主記憶装置、補助記憶装置、及びマイクロプロセッサを備えるマイクロコンピュータを具備しており、マイクロコンピュータを雰囲気制御手段として機能させる雰囲気制御プログラムが主記憶装置に記憶されている。雰囲気制御手段は、センサ制御装置1Dから送られた処理炉30の雰囲気fにおける水素濃度と、処理炉30に導入されたガスの流量に基づいて、処理炉30の雰囲気fを反映する指標値を算出する指標値算出手段と、所定時間前の指標値を目標値と対比し、その対比に基づいて処理炉30に導入すべきガスの流量を決定し、ガス導入装置25の開閉弁調整装置を制御する流量調整手段とを備えている。
【0048】
処理炉30に導入されるガス(以下、「導入ガス」と称することがある)が、供給源ガスに加えて他の種類のガスを含む混合ガスである場合、流量調整手段によるガスの流量調整は、混合ガスにおける供給源ガスの流量のみを変化させるもの、複数種類のガスの流量比を一定に保持したまま混合ガス全体の流量を変化させるもの、或いは、複数種類のガスそれぞれの流量を変化させるもの、とすることができる。
【0049】
例として、表面処理がガス窒化であり、処理炉に導入されるガスが窒素供給源ガスとしてのアンモニアガスに加え、窒素ガス、水素ガス、不活性ガス(アルゴン)を含む混合ガスである場合について、雰囲気制御をシミュレーションした結果を示す。ここでは、処理炉の雰囲気を反映する指標値は窒素ポテンシャルKであり、指標値の目標値をK=4.5と設定し、混合ガスの流量比をNH:N:H:Ar=8:5:1:1に保持したまま、所定時間前のKが目標値より小さいときは混合ガス全体の流量を1%減少させ、所定時間前のKが目標値より大きいときは混合ガス全体の流量を1%増加させた。すなわち、処理炉の雰囲気における水素濃度の検知に基づいて導入ガスの流量を変化させる際の変化率を、1%とした例である。
【0050】
また、導入ガスにおける供給源ガスの流量が減少すると、処理炉内での供給源ガスの滞留時間が増加し分解が進行するため、混合ガス全体の流量を1%減少させたときは供給源ガス(ここでは、アンモニア)の分解率が1%増加するものとした。一方、導入ガスにおける供給源ガスの流量が増加すると、処理炉内での供給源ガスの滞留時間が減少し分解が進行しにくくなるため、混合ガス全体の流量を1%増加させたときは供給源ガスの分解率が1%減少するものとした。そして、処理開始時のアンモニアの分解率が20%であり、雰囲気における水素濃度に基づいて算出されたKが4.15である時点から、シミュレーションを開始した。1秒前の指標値を目標値と対比して雰囲気制御した場合の指標値の変化を図2(a)に、2秒前の指標値を目標値と対比して雰囲気制御した場合の指標値の変化を図2(b)に、10秒前の指標値を目標値と対比して雰囲気制御した場合の指標値の変化を図2(c)に示す。
【0051】
図2(a)から明らかなように、1秒前の指標値を目標値と対比して雰囲気制御した場合は、処理炉の雰囲気における窒化ポテンシャルKは、約6秒という短時間で速やかに目標値である4.5に調整され、その後もごく僅かに小刻みに変動したものの(K=4.5±0.03)、ほぼ一定に保持された。また、2秒前の指標値を目標値と対比して雰囲気制御した場合も、図2(b)に示すように、雰囲気における窒化ポテンシャルKは、約7秒という短時間で速やかに目標値である4.5に調整された。その後は、1秒前の指標値を参照したときよりは変動幅がやや大きくなったものの(K=4.5±0.1)、小刻みな変動にとどまり窒化ポテンシャルKはほぼ一定に保持された。
【0052】
これに対し、10秒前の指標値を目標値と対比して雰囲気制御した場合は、図2(c)に示すように、窒化ポテンシャルKは初期値と目標値との差より大きな幅で変動し、目標値であるK=4.5に収束させることはできなかった。固体電解質水素センサは、測定対象の雰囲気において水素濃度が変化したとき、速やかに応答し、検出される水素濃度も測定対象の雰囲気において水素濃度が変化した時点から0.5秒未満で安定するため(後述)、上記のように2秒、1秒という短時間前の指標値を、目標値と対比して雰囲気制御を行うことが可能である。すなわち、固体電解質水素センサを使用することにより、0.5秒〜2秒前の指標値を目標値と対比して処理炉の雰囲気制御を行うことができる。
【0053】
ここで、水素濃度の検知に基づくフィードバック制御において、導入ガスの流量を変化させるに当たり、その変化率を上記の例の1%より小さく設定することにより、目標値に収束するまでの所要時間は長くなるものの、目標値と対比する指標値を、より長時間前の指標値(より過去に遡ったときの指標値)とすることができる。具体的に、処理炉に導入される混合ガスの組成、処理開始時のアンモニアの分解率、指標値としての窒素ポテンシャルKの目標値、及び処理開始時のKの値を上記の例と同様に設定し、所定時間前の指標値と目標値との対比により、処理炉に導入される混合ガス全体の流量をx%の変化率で変化させる(所定時間前の指標値が目標値より小さいときは混合ガスの流量をx%減少させ、所定時間前の指標値が目標値より大きいときは混合ガスの流量をx%増加させる)制御において、変化率x%を0.5%とするシミュレーションと、変化率x%を0.1%とするシミュレーションを行った。その結果を図3に示す。なお、アンモニアの分解率も、同じ変化率(0.5%または0.1%)とした。
【0054】
図3(a)に示すように、導入ガスの流量の変化率が0.5%の場合は、変化率が1%であった場合と同様に、10秒前の指標値を参照する制御において指標値は初期値と目標値との差より大きな幅で変動し、目標値に収束させることはできなかった。これに対し、導入ガスの流量の変化率を0.1%という小さい値とした場合は、図3(b),(c)に示すように、目標値と対比する指標値を10秒前の指標値とした場合も、30秒前の指標値とした場合も、指標値をほぼ目標値に調整することが可能であった。より具体的には、10秒前の指標値を参照した場合はK=4.5±0.07に調整され、30秒前の指標値を参照した場合はK=4.5±0.17であった。
【0055】
水素濃度の検知に基づいて処理炉に導入する混合ガスの流量を変化させる際の変化率をx%とする上記の雰囲気制御において、変化率x%の大きさを、処理の進行に伴い変化する目標値と指標値との差の大きさに基づいて変化させると、目標値と対比する指標値として、更に長時間前の指標値(より過去に遡ったときの指標値)を使用できると共に、指標値を目標値と一致した値に正確に調整することができる。具体的に、処理炉に導入される混合ガスの組成、処理開始時のアンモニアの分解率、指標値としての窒素ポテンシャルKの目標値、及び処理開始時のKの値を上記と同様に設定し、導入ガスの流量の変化率x%を次のように変化させた。すなわち、変化率x%=2%で制御を開始し、所定時間前の指標値と目標値との差が0.1より大きいときは、変化率x%を維持する一方で(x%=x%)、所定時間前の指標値と目標値との差が0.1以下のときは、x%=(1/10)x%と変化させた。従って、検出される指標値が目標値に近付くほど、変化率は2%、0.2%、0.02%、0.002%・・と変化する。また、アンモニアの分解率も同じ割合で変化するものとした。
【0056】
このシミュレーションの結果から、目標値と対比する過去の指標値が1秒前の指標値である場合を図4(a)に、10秒前の指標値である場合を図4(b)に、30秒前の指標値である場合を図4(c)に、60秒前の指標値である場合を図4(d)に示す。これらの図から明らかなように、過去の指標値がより長時間前の指標値であるほど、当然ながら、制御を開始してから指標値が目標値に近付くように変化し始めるまでの所要時間は長くなっているが、何れの場合も指標値が変化し始めてから3秒〜6秒という極めて短時間で目標値と一致している。そして、指標値が目標値と一致した後、図2及び図3を用いて示した例とは異なり、目標値を挟んで増減する小刻みな変動は見られなかった。
【0057】
このように、処理炉の雰囲気を反映する指標値である窒化ポテンシャルKを目標値に調整する雰囲気制御により、処理後の鋼の表面に生成する相を、所望の相とすることができる。具体的には、窒化により生成する相には、窒素が固溶した拡散相(α相)、鉄−窒素化合物の化合物相であるε相(Fe2−3−N)、及びγ’相(Fe−N)があるが、ε相は脆くポーラスな相であるのに対し、γ’相は緻密な相であり、α相は化合物相より深い部分に形成される硬度の高い相である。このように各生成相は性質が大きく相違するため、被処理物の用途等により要請される特性に応じて、所望の相を生成させることが望ましい。これらの生成相(α相、ε相、γ’相)、窒化ポテンシャルK、及び処理温度との関係を示す状態図(Lehrer状態図)を用いれば、所望の相を生成させるために目標値とすべき窒化ポテンシャルKと処理温度とを、予め設定することができる。
【0058】
プロトン伝導性の固定電解質は、純粋に水素ガス濃度を反映した起電力を生じるため、水素センサとして固体電解質水素センサを使用することにより、上記のように処理炉の雰囲気に供給源ガス(NH)と水素ガスを含めて三種類以上のガス(上記では、N及びArを含む四種類)が存在しても、正確に水素ガス濃度を検出することができる。具体的に説明すると、図5に示すように、何れも水素ガスと他の種類のガスを含み、水素濃度が1%の混合ガスであるが、ガスの組み合わせの異なる四種類の混合ガス、すなわち、水素1%・窒素99%のガスA、水素1%・アルゴン99%のガスB、水素1%・プロパン5%・アルゴン94%のガスC、及び、水素1%・アンモニア1%・アルゴン98%のガスDを使用し、測定対象の雰囲気のガスをガスA、B、C、D、Aの順に切り替えて、固体電解質水素センサで水素濃度を検出した。その結果、図5から明らかなように、ガスを切り替えても、検出された水素濃度は1%でほぼ一定であった。
【0059】
一方、水素センサとして熱伝導度式水素センサを使用し、同様に測定対象の雰囲気のガスをガスA、B、C、D、Aの順に切り替えた場合に、検出された水素濃度を図5に合わせて示す。この熱伝導度式水素センサによる検出値の水素濃度への変換は、水素−窒素の組み合わせで作成した検量線を用いて行った。図5から明らかなように、検量線を作成したガスの組み合わせであるガスAについては、ほぼ正確に水素濃度が検出されたものの、その他の種類のガスを含むガスB、C、Dについては、水素濃度を正確に検出することはできなかった。
【0060】
これは、表1に示すように、ガスの種類によって熱伝導率が相違するためである。そして、混合ガスが三種類以上のガスを含む場合、そのガスの組み合わせで検量線を作成することは、不可能であるか、扱いを単純にするために何らかの仮定をしたとしても極めて困難である。従って、水素センサとして固体電解質水素センサを使用する雰囲気制御方法は、多種類のガスの混合ガスが処理炉に導入される場合であって、水素センサとして熱伝導度式水素センサを使用したとしたら正確な水素濃度の検出ができないために適切なフィードバック制御を行うことができない場合であっても、問題なく、正確な水素濃度の検出に基づく適切なフィードバック制御を行うことができる利点を有している。
【0061】
【表1】
【0062】
上記では、表面処理がガス窒化である場合を例示したが、窒素供給源ガスをアンモニアとするガス軟窒化にも、本実施形態の雰囲気制御方法を適用することができる。ガス軟窒化では、処理炉に導入される混合ガスとして、NHと吸熱型変性ガスRX(CO、N、H)の混合ガス、NH、N、及びCOの混合ガス、或いは、NH、N、CO、及びHの混合ガスを使用することができる。ガス軟窒化では、処理炉の雰囲気は、窒素供給源ガスであるアンモニアと水素ガスを含めて四種類以上のガスを含むため、ガスが三種類以上となると正確に水素濃度を検出できない熱伝導度式水素センサを使用する雰囲気制御方法に対する、本実施形態の雰囲気制御方法の優位性が、より明らかである。
【0063】
また、処理炉の雰囲気が減圧される真空浸炭、及び、真空浸炭窒化を表面処理とする場合にも、本実施形態の雰囲気制御方法を好適に適用することができる。固体電解質水素センサは、測定対象の雰囲気が大気圧であっても減圧されていても、同一の固体電解質水素センサによって、図7に示すように、正確に水素濃度を検出することができる。ここで、図7は、センサ素子がプロトン伝導性の固体電解質であるSrZr0.95Yb0.053−αで形成された固体電解質水素センサ1を備える上記構成の表面処理装置E1を使用し、処理炉30内に導入するガスにおける水素濃度を変化させると共に、処理炉30の雰囲気fの全圧が大気圧(101325Pa)、5000Pa、1000Pa、200Paであるとき、それぞれ導入ガスにおける水素濃度を100%、80%、50%、30%と変化させ、そのときの起電力に基づいて水素濃度を算出した結果である。処理炉30の内部空間に挿入されたセンサ素子の温度は、600℃であった。
【0064】
比較のために、固体電解質水素センサ1に替えて熱伝導度式水素センサを使用する他は、表面処理装置E1と同様の構成である比較例の表面処理装置Rを使用し、同様に雰囲気fの圧力を変化させると共に導入ガスにおける水素濃度を変化させて、水素濃度を検出した。その結果を、図7に合わせて示す。
【0065】
図7から、固体電解質水素センサ1を使用している表面処理装置E1では、何れの圧力においても導入した水素ガスの濃度が正確に検出されていることが明らかである。これに対し、熱伝導度式水素センサを使用している比較例の表面処理装置Rでは、導入ガスにおける水素濃度と算出された水素濃度に差があり、その差は、圧力が200Paと小さい場合に非常に大きなものであった。これらのことから、固体電解質水素センサを使用している本実施形態の雰囲気制御方法は、減圧下で行われ、且つ、処理に伴い圧力が変化する真空浸炭及び真空浸炭窒化に適していると考えられた。
【0066】
次に、他の形態の固体電解質水素センサ2を構成とする雰囲気制御装置を備える表面処理装置E2について、図8を用いて説明する。表面処理装置E2が表面処理装置E1と相違する点は、ガス排出管32の途中に管状部材35が接続されており、センサプローブ10bが管状部材35に配設される点、センサプローブ10bがセンサプローブ10と同一の構成に加えて、センサ素子11を加熱するヒータ15を更に備えている点、及び、センサ制御装置2Dのセンサ制御手段が、センサ制御装置1Dのセンサ制御手段と同一の温度検出手段、水素濃度算出手段、送信手段、及び記憶手段に加えて、更に温度調整手段を備えている点である。温度調整手段は、熱電対13によって検出されたセンサ素子11の温度に基づいてヒータ15に出力する電流を調整し、センサ素子11の温度を調整する。
【0067】
より詳細には、管状部材35は処理炉30から離隔した常温の空間内にある。センサプローブ10bは、センサ素子11における測定電極p2側の端部が、管状部材35の内部空間に位置するように、管状部材35に取り付けられている。すなわち、管状部材35の内部空間が固体電解質水素センサ2の測定対象の雰囲気であると共に、センサプローブ10bにとっての第二空間S2である。なお、図8では、管状部材35より下流のガス排出管32に減圧装置41としての吸引ポンプが接続され、管状部材35に圧力計42が取り付けられている場合を例示しており、表面処理として真空浸炭または真空浸炭窒化を行う場合の構成であるが、表面処理がガス窒化またはガス軟窒化である場合は、減圧装置41及び圧力計42を省略すればよい。
【0068】
このような構成の固体電解質水素センサ2及び表面処理装置E2は、センサプローブ10bを挿入する孔部を処理炉30が有していない場合や、処理炉30が回転炉である場合など、センサプローブ10bを処理炉30の内部空間に挿入できない場合に採用される。このような構成では、炉内ガスがガス排出管32を通過して管状部材35の内部空間に流入してセンサ素子11まで到達しなければ、炉内ガスにおける水素濃度の変化を検出できない点で、熱伝導度式水素センサを使用している特許文献1の表面処理装置、すなわち、炉内ガスが配管を介してセンサ素子に達するまで時間を要する表面処理装置と、同じ事情となる。しかしながら、図6に示すように、固体電解質水素センサは、水素濃度の変化に応答して出力する値が安定するまでの時間が、熱伝導度式水素センサより短い。そのため、熱伝導度式水素センサによる水素濃度の検出に基づくフィードバック制御より、短い時間間隔でフィードバックすることにより、より適切な雰囲気制御を行うことが可能である。
【0069】
ここで、図6は、表面処理装置E2において処理炉30の雰囲気fにおける水素濃度を50%から80%に切り替えたときの固体電解質水素センサ2による水素濃度の検出と、固体電解質水素センサ2に替えて熱伝導度式水素センサを使用した場合の水素濃度の検出とを、対比して示したものである。
【0070】
水素センサが固体電解質水素センサ2の場合は、検出された水素濃度がある時点で50%から急激に上昇しており、この時点で炉内ガスがセンサ素子11に達したと考えられた。この時点を起点(ゼロ秒)とすると、固体電解質水素センサ2により検出された水素濃度は、0.5秒未満という極めて短い時間で80%まで上昇し、速やかに安定化している。これに対し、水素センサが熱伝導度式水素センサである場合は、水素濃度が80%に変化した炉内ガスが管路を介してセンサ素子に達したと考えられる上記の時点(起点)から、少し遅れて水素濃度が上昇し始め、水素濃度は緩やかに増加した後で80%に達している。熱伝導度式水素センサによる水素濃度の検出値が安定した時点は、固体電解質水素センサ2の場合より1秒以上遅れている。従って、センサプローブ10bを処理炉30の内部空間に挿入しない本構成においても、固体電解質水素センサ2を使用する雰囲気制御方法は、熱伝導度式水素センサを使用する雰囲気制御方法より有利である。
【0071】
なお、起点に至るまでの時間Tは、炉内ガスがガス排出管32を通過して管状部材35の内部空間に流入し、センサ素子に達するまでの時間である。このように炉内ガスがセンサ素子に達するまでに時間を要すると、その分だけフィードバック制御に遅れが生じることとなるが、図4を用いて上述したように、導入ガスの流量の変化率の大きさを指標値と目標値との差の大きさに基づいて変化させることにより、指標値を目標値に一致させる雰囲気制御を適切に行うことができる。
【0072】
ここで、プロトン伝導性の固体電解質が、水素濃度と起電力との間にきれいな相関関係を有する温度範囲は400℃〜1000℃である。従って、表面処理装置E2が備える固体電解質水素センサ2では、ヒータ15で加熱することにより、センサ素子11の温度を少なくとも400℃とする。また、表面処理装置E2では、ガス排出管32及び管状部材35の材質を、熱伝導率の高い金属とする。これにより、ヒータ15によって加熱され、センサ素子11の温度が少なくとも400℃となったセンサプローブ10bから、金属製の管状部材35を介して金属製のガス排出管32に熱が伝わるため、これらの管は直接加熱しなくても高温となる。これにより、処理炉30のガスがセンサ素子11に達するまでに、ガスの温度が低下して炭酸アンモニウム等が析出することが防止される。なお、ガス排出管32及び管状部材35を直接的に加熱することまでは要さないが、これらの外周面を断熱材で被覆すればより望ましい。
【0073】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0074】
例えば、上記では、固体電解質水素センサ1,2のセンサプローブ10,10bとして、形状が有底筒状であるセンサ素子11が筒状のホルダ18の内部空間を閉塞している態様を例示したが、基準電極が接する第一空間と測定電極が接する第二空間とが区画されるようにセンサ素子がホルダに保持されるものであれば、センサ素子の形状及びホルダによる保持の態様は限定されない。例えば、有底筒状のセンサ素子が、その開口をホルダの内部または外部に向けた状態で、ホルダの一端を閉塞している態様、柱状または平板状のセンサ素子がホルダの内部空間を閉塞している態様、或いは、柱状または平板状のセンサ素子がホルダの一端を閉塞している態様とすることができる。
【符号の説明】
【0075】
1,2 固体電解質水素センサ(水素センサ)
1D,2D センサ制御装置
10,10b センサプローブ
11 センサ素子
21 雰囲気制御部
25 ガス導入装置
30 処理炉
31 ガス導入管
32 ガス排出管
f 雰囲気(処理炉の雰囲気)
p1 基準電極
p2 測定電極
S1 第一空間
S2 第二空間
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8