特許第6980238号(P6980238)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6980238
(24)【登録日】2021年11月19日
(45)【発行日】2021年12月15日
(54)【発明の名称】光吸収発熱保温用複合体
(51)【国際特許分類】
   C08L 29/04 20060101AFI20211202BHJP
   D06M 11/56 20060101ALI20211202BHJP
【FI】
   C08L29/04 A
   D06M11/56
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2020-88529(P2020-88529)
(22)【出願日】2020年5月21日
(62)【分割の表示】特願2019-569988(P2019-569988)の分割
【原出願日】2019年4月23日
(65)【公開番号】特開2020-180423(P2020-180423A)
(43)【公開日】2020年11月5日
【審査請求日】2020年5月21日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名 :山梨県産業技術センター 刊行物名 :山梨県産業技術センター 研究成果速報 平成29年度 発行年月日:平成30年4月24日以降 集会名:第1回山梨県産業技術センター研究成果発表会 開催日:平成30年5月10日 発行所名 :山梨日日新聞社 刊行物名 :山梨日日新聞 発行年月日:平成30年5月22日 集会名:山梨県産業技術センター 富士技術支援センター 繊維技術講習会 開催日:平成30年7月18日 発行者名 :山梨県産業技術センター 刊行物名 :山梨県産業技術センター 研究報告 平成29年度 第1号 発行年月日:平成30年7月31日 掲載年月日 :2018年9月30日 掲載アドレス:https://138etex.com/info/2250054 掲載年月日 :2018年10月10日 掲載アドレス:https://138etex.com/info/2265281 集会名:平成30年度 やまなし産学官連携研究交流事業 産学官連携による県内最大級 研究発表会 開催日:2018年10月17日 発行者名 :山梨県産業技術センター 刊行物名 :山梨県産業技術センターニュース・通巻005号 発行年月日:平成30年10月31日 発行者名 :一般社団法人 繊維学会 染色研究委員会 刊行物名 :第55回 染色化学討論会 発表要旨集 発行年月日:2018年11月1日 集会名:第55回染色化学討論会 開催日:2018年11月2日 集会名:山梨テクノICTメッセ2018 開催日:2018年11月15日 集会名:平成30年度産業技術連携推進会議ナノテクノロジー・材料部会繊維分科会 関東・東北地域連絡部会 生産・測定技術研究会 開催日:平成30年11月22日 掲載年月日 :2018年12月28日 掲載アドレス:https://138etex.com/info/2382926 発行所名 :一般社団法人 日本繊維製品消費科学会 刊行物名 :繊維製品消費科学 発行年月日:2019年1月25日 展示会名:The 4th Knit Material Fair in Tokyo 開催日 :2019年2月14日 発行者名 :山梨県産業技術センター 刊行物名 :山梨県産業技術センター 研究成果速報 平成30年度 発行年月日:平成31年4月23日以降
(73)【特許権者】
【識別番号】391017849
【氏名又は名称】山梨県
(74)【代理人】
【識別番号】100128071
【弁理士】
【氏名又は名称】志村 正樹
(72)【発明者】
【氏名】上垣 良信
(72)【発明者】
【氏名】阿部 治
(72)【発明者】
【氏名】塩澤 佑一朗
【審査官】 川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2018−091556(JP,A)
【文献】 特開2017−043670(JP,A)
【文献】 特開2004−013096(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/087620(WO,A1)
【文献】 国際公開第2019/111864(WO,A1)
【文献】 上垣良信ら,バナジウム処理と染色による布帛への光発熱と保温効果の付与 Photothermal Conversion and Thermal Preserv,繊維製品消費科学 Journal of the Japan Research Association for Textile End-Uses,2019年01月25日,Vol.60, No.1,pp.52-62
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 29/04
D06M 11/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシル基を備え、親水性溶媒に溶ける樹脂と、前記ヒドロキシル基にイオン結合しているバナジウムとを有し、光を吸収して発熱および保温する光吸収発熱保温用複合体。
【請求項2】
請求項1において、
前記樹脂が、デンプン、ゼラチン、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、レゾール型フェノール樹脂、メチロール化ユリア樹脂、メチロール化メラミン樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸系ポリマー、およびポリエチレンオキシドの少なくとも一種である光吸収発熱保温用複合体
【請求項3】
請求項1または2において、
前記親水性溶媒が水である光吸収発熱保温用複合体。
【請求項4】
請求項1からのいずれかにおいて、
前記光が近赤外光である光吸収発熱保温用複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バナジウムを含有し、近赤外線などの光を吸収して発熱および保温する光吸収発熱保温用複合体と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スポーツなどの特殊用途を除く日用品では、天然素材製品の方が人工素材製品より高い価値があると認識される場合が多い。ストール、マフラー、日傘、および衣類などでは、天然素材を用いた色彩豊かな製品の需要が近年高まっており、これらの製品開発が行なわれている。さらに高付加価値のある天然素材製品を実現するため、特に冬季に身に着ける天然繊維製品には、天然素材が備える特性に加えて、温熱機能などの性質を付与した製品の開発が望まれている。
【0003】
光エネルギーを熱に変換する機能を備える機能性セラミックのミクロ粒子を、繊維の芯部分に錬り込んだ蓄熱保温素材が知られている(非特許文献1)。しかしながら、この蓄熱保温素材と天然素材の交織や混紡では、天然素材部分の光照射による発熱が低いため、蓄熱保温機能が十分に発現できない。また、天然素材に機能性粒子を付加させるためにバインダーを用いると、天然素材の特長である風合いを損ねてしまうおそれがある。
【0004】
また、大量の繊維を染色するとき、チーズ染色方法がよく用いられている。チーズ染色方法は、多孔体製の円筒の外表面に繊維を多重に巻き、円筒の内表面に染色液を流し、その後円筒の外表面に染色液を流し、これらを繰り返して繊維を染色する方法である。チーズ染色方法に、ZrCまたはVOなどの機能性固体微粒子が分散している染色液を用いると、円筒の内表面および外側の繊維に機能性固体微粒子が捕捉されてしまう。このため、内側の繊維に機能性固体微粒子が付着されない。したがって、染色液に溶ける機能性物質の出現が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】ユニチカトレーディング株式会社、”素材特徴で見る|サーモトロン”、http.www.unitrade.co.jp/products/materials、平成29年11月15日検索
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明のある態様は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、繊維との相互作用などによって繊維に付着するバナジウムを含有する光吸収発熱保温用複合体を提供することを目的とする。また、本発明の他の態様は、バナジウムが官能基に化学結合している樹脂を備える光吸収発熱保温用複合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様の光吸収発熱保温用複合体は、天然繊維と、天然繊維に付着しているバナジウムと、化学染料とを有し、光を吸収して発熱機能および保温機能を発揮する。この光吸収発熱保温用複合体の製造方法は、濃度10mM以上でバナジウムイオンを含む液体に、天然繊維を浸す浸漬工程と、化学染料で天然繊維を染色する染色工程を有する。
【0008】
本発明の他の態様の光吸収発熱保温用複合体は、官能基を備え、親水性溶媒に溶ける樹脂と、官能基に化学結合しているバナジウムとを有し、光を吸収して発熱および保温する。この光吸収発熱保温用複合体の製造方法は、親水性溶媒に溶けるバナジウム塩と、樹脂を親水性溶媒に溶かした溶液とを混合する混合工程を有する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のある態様の光吸収発熱保温用複合体によれば、天然素材の風合いを活かした光吸収発熱保温性能を備える天然繊維製品が得られる。また、本発明の他の態様の光吸収発熱保温用複合体によれば、光を吸収して発熱および保温する樹脂製品が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】バナジウム媒染ウール布帛、鉄媒染ウール布帛、およびウール布帛の光吸収発熱保温状態を示すグラフ。
図2】バナジウム媒染剤濃度を変化させたときのバナジウム媒染ウール布帛の光吸収発熱保温状態を示すグラフ。
図3】3種類の波長カットフィルターを用いたとき((b)、(c)、(d))と、波長カットフィルターを用いなかったとき((a))のバナジウム媒染ウール布帛、鉄媒染ウール布帛、ジルコニウム媒染ウール布帛、およびウール布帛の光吸収発熱保温状態を示すグラフ。
図4】バナジウム媒染ウール布帛の光透過率((a))と光反射率((b))を示すグラフ。
図5】バナジウム媒染剤濃度に対する特定波長における光透過率および光反射率を示すグラフ。
図6】黒色バナジウム先媒染ウール布帛、黒色ウール布帛、およびウール布帛の光吸収発熱保温状態を示すグラフ。
図7】化学黒色ウール布帛、化学黒色バナジウム先媒染ウール布帛、およびウール布帛の光吸収発熱保温状態を示すグラフ。
図8】赤色の化学染料で染色した各種ウール布帛の光吸収発熱保温状態を示すグラフ。
図9】緑色の化学染料で染色した各種ウール布帛の光吸収発熱保温状態を示すグラフ。
図10】青色の化学染料で染色した各種ウール布帛の光吸収発熱保温状態を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の光吸収発熱保温用複合体および光吸収発熱保温用複合体の製造方法について、実施形態と実施例に基づいて説明する。なお、重複説明は適宜省略する。また、2つの数値の間に「〜」を記載して数値範囲を表す場合には、この2つの数値も数値範囲に含まれる。
【0012】
本発明の第一実施形態に係る光吸収発熱保温用複合体は、光を吸収して発熱機能および保温機能を発揮する。光としては太陽光が挙げられる。本実施形態の光吸収発熱保温用複合体は、天然繊維と、静電気力による結合によってこの天然繊維に付着しているバナジウムとを備えている。本実施形態の光吸収発熱保温用複合体が光を吸収して発熱機能を発揮するとは、光照射10分後の光吸収発熱保温用複合体の温度が、光照射10分後のバナジウムを備えていない天然繊維の温度と比べて、5℃以上高いことをいう。
【0013】
また、光吸収発熱保温用複合体が光を吸収して保温機能を発揮するとは、光照射10分後に光照射を停止し、停止から1分後の光吸収発熱保温用複合体の温度が、光照射10分後に光照射を停止し、停止から1分後のバナジウムを備えていない天然繊維の温度と比べて、1.0℃以上高いことをいう。本実施形態の光吸収発熱保温用複合体は、特に波長1000nm付近の近赤外線を吸収して発熱する。バナジウムが近赤外線を吸収しやすいからだと考えられる。天然繊維としては、羊毛、絹、カシミヤ、麻、および木綿、ならびにレーヨンまたはキュプラのように、天然繊維を原料とした再生繊維等が挙げられる。
【0014】
バナジウムは天然繊維に付着している。バナジウムは、イオン結合のような静電気力による結合によって、天然繊維に付着していると考えられる。バナジウムが天然繊維に付着しているため、光吸収発熱保温用複合体の機能、すなわち光を吸収して発熱および保温する機能を発揮する。本実施形態の光吸収発熱保温用複合体は、化学染料をさらに備えている。本実施形態の光吸収発熱保温用複合体は、化学染料を含有していても、光を吸収して発熱および保温する機能を有する。
【0015】
また、本実施形態の光吸収発熱保温用複合体の化学染料を天然染料に代えた場合、植物色素の没食子酸によって染色された黒色の複合体および緑色の複合体以外では、光耐久性が低く、繊維製品として成立しない。このように、本実施形態の光吸収発熱保温用複合体によれば、光を吸収して発熱機能および保温機能を発揮し、カラーバリエーションが豊富な天然繊維製品が得られる。化学染料としては、直接染料、酸性染料、塩基性染料、建染染料、反応染料、もしくは分散染料等の人工染料、または顔料を溶いたもの等が挙げられる。
【0016】
本実施形態の光吸収発熱保温用複合体は、濃度10mM以上でバナジウムイオンを含む液体に、天然繊維を浸す浸漬工程と、化学染料で天然繊維を染色する染色工程を経て製造される。濃度5mM以下でバナジウムイオンを含む液体を用いると、得られた複合体が発熱機能を発揮しないからである。より具体的には、浸漬工程では、例えば、硫酸バナジル、シュウ酸バナジル、または五酸化バナジウム等のバナジウム塩の濃度10mM以上の溶液に天然繊維を浸し、撹拌しながら必要に応じて加熱処理する。浸漬工程の後、ソーピング、すなわちセッケン水溶液で加熱処理し、流水ですすいで乾燥させる。こうしてバナジウムが天然繊維に付着する。
【0017】
染色工程では、化学染料を用いた一般的な天然繊維の染色が行われる。例えば、化学染料の溶液に天然繊維を浸し、撹拌しながら必要に応じて加熱処理する。染色工程の後、ソーピングし、流水ですすいで乾燥させる。こうして、化学染料が天然繊維に定着する。浸漬工程と染色工程の順番、すなわち、先媒染であるか後媒染であるかは、どちらでもよい。さらに、浸漬工程と染色工程を一緒に、すなわち同時媒染を行ってもよい。なお、本願発明者は、化学染料を用いずに、濃度100mM以上のバナジウムイオンを含む水溶液を用いて、繊維を緑色に染色した。しかしながら、この緑色の繊維は、光耐久性が極めて低く、光を照射すると濃緑色に変色してしまう。このため、この緑色の繊維は製品として成立しない。
【0018】
本発明の第二実施形態に係る光吸収発熱保温用複合体は、光を吸収して発熱および保温する。本実施形態の光吸収発熱保温用複合体は、官能基を備え、親水性溶媒に溶ける樹脂と、官能基に化学結合しているバナジウムとを備えている。化学結合としては、イオン結合のような静電気力による結合などが挙げられる。親水性溶媒に溶ける樹脂としては、デンプンもしくはゼラチンなどの天然由来高分子、カルボキシメチルセルロース(CMC)もしくはメチルセルロース(MC)などの半合成樹脂、またはレゾール型フェノール樹脂、メチロール化ユリア(尿素)樹脂、メチロール化メラミン樹脂、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリアクリル酸系ポリマー、ポリアクリルアミド(PAM)、もしくはポリエチレンオキシド(PEO)などの合成樹脂などが挙げられる。
【0019】
本実施形態の光吸収発熱保温用複合体は、近赤外光を含む太陽光を吸収して発熱および保温するので、ビニールハウスのシート等に利用できる。本実施形態の光吸収発熱保温用複合体は、親水性溶媒に溶けるバナジウム塩と、樹脂を親水性溶媒に溶かした溶液とを混合する混合工程を経て製造される。より具体的には、混合工程では、例えば、硫酸バナジル、シュウ酸バナジル、または五酸化バナジウム等の親水性溶媒に溶けるバナジウム塩を、樹脂を親水性溶媒に溶かした溶液に添加して攪拌し、必要に応じて加熱する。なお、樹脂を親水性溶媒に溶かした溶液に染料を加えて、樹脂を着色してもよい。
【0020】
そして、攪拌と加熱をやめて室温で静置して気泡を取り除くと、本実施形態の光吸収発熱保温用複合体が得られる。親水性溶媒としては水などが挙げられる。従来の光発熱材料のZrCまたはVOは、親水性溶媒に溶けないため、親水性溶媒に溶ける樹脂に高分散させることが難しい。これに対して、硫酸バナジル等の親水性溶媒に容易に溶けてイオン化する物質は、バナジウムを含有するイオンが、親水性溶媒に溶ける樹脂の官能基と静電気力による結合をすることができる。
【0021】
このため、バナジウムが高分散でこの樹脂に付着する。したがって、本実施形態の光吸収発熱保温用複合体は、光を吸収すると、従来の複合体よりかなり高く発熱する。また、イオン結合性の官能基を有する樹脂に、親水性溶媒に溶かしたバナジウム塩溶液を接触させて、本実施形態の光吸収発熱保温用複合体を得てもよい。イオン結合性の官能基としては、カルボキシル基、スルホン酸基、ヒドロキシル基、ハロゲン基、またはアミド基などが挙げられる。なお、従来の光発熱材料のZrCまたはVOの無機粒子は、これらの官能基に結合させることは困難である。
【実施例】
【0022】
〔天然繊維を含む複合体〕
A:実験
1.バナジウム媒染(実施例と比較例)と鉄媒染(比較例)
蒸留水に硫酸バナジルVOSO(関東化学株式会社)を溶解し、濃度が1.0×10−3mol/L(比較例)、5.0×10−3mol/L(比較例)、1.0×10−2mol/L、5.0×10−2mol/L、1.0×10−1mol/L、および5.0×10−1mol/Lの6種類の水溶液を調製した。また、蒸留水に硫酸第一鉄FeSO(関東化学株式会社)を溶解して、濃度が1.0×10−1mol/Lの水溶液を調製した。
【0023】
小型の回転式ポット染色試験機MINI COLOUR(テクサム技研株式会社)(以下、単に「回転式ポット染色試験機」ということがある)を用いて、上記の各媒染剤水溶液にウール布帛10g(JIS染色堅ろう度試験用添付白布1−1号、財団法人日本規格協会)を浴比1:20となるように浸漬し、100℃で1時間処理した。そして、回転式ポット染色試験機を用いて、2.0g/Lのマルセル石鹸溶液で処理後の布帛を、浴比1:20、50℃、20分間ソーピングし、その後、5分間流水で洗って乾燥させた。こうして、バナジウム媒染ウール布帛と鉄媒染ウール布帛を得た。
【0024】
2.染色
(1)天然染料での染色
天然染料として植物由来ポリフェノール(タンニン)の構成成分である没食子酸GA(関東化学株式会社)と蒸留水を用いて2.5wt%水溶液を調製した。回転式ポット染色試験機を用いて、この染料水溶液にウール布帛、バナジウム媒染ウール布帛、または鉄媒染ウール布帛を50%o.w.f、浴比1:20となるように浸漬し、100℃で1時間染色した。そして、回転式ポット染色試験機を用いて、2.0g/Lのマルセル石鹸溶液で染色後の各ウール布帛を、浴比1:20、50℃、20分間ソーピングし、その後、5分間流水で洗って乾燥させた。こうして、黒色バナジウム先媒染ウール布帛と黒色鉄先媒染ウール布帛を得た。
【0025】
(2)先媒染化学染料での染色
また、回転式ポット染色試験機を用いて、赤色染料Red GRN、緑色染料Green 5GW、または青色染料Cyanine 5R(いずれもKayanol Milling)で、5.0×10−2mol/LのVOSO水溶液で媒染したバナジウム媒染ウール布帛を、濃度2.0%o.w.f.で染色した。他の染色条件はGAでの染色条件と同じであった。染色後、GAでの染色と同条件でソーピング、水洗、および乾燥を行った。こうして、化学赤色バナジウム先媒染ウール布帛、化学緑色バナジウム先媒染ウール布帛、および化学青色バナジウム先媒染ウール布帛を得た。
【0026】
(3)同時媒染化学染料での染色
また、VOSO(5.0×10−2mol/Lの)とRed GRN(2.0%o.w.f)を溶解させた水溶液を用いて、GAでの染色と同じ条件でウール布帛を染色した。染色後、GAでの染色と同条件でソーピング、水洗、および乾燥を行った。こうして、化学赤色バナジウム同時媒染ウール布帛を得た。
【0027】
(4)媒染なし化学染料
また、回転式ポット染色試験機を用いて、表1に示す配合染料(Kayanol Milling、日本化薬株式会社)と、1.0%o.w.fの均染剤(ニューボンE−1 K、日華化学株式会社)および1.0g/LのpH調整剤(オプチシド VS)の助剤で、ウール布帛を浴比1:20で黒色に染色して比較例の化学黒色ウール布帛を作製した。なお、染色工程では、30分間かけて20℃から90℃まで昇温し、90℃に達した時点で酸を加えて35分間保持した。その後、冷却して15分間流水で洗浄した。
【0028】
【表1】
【0029】
3.色彩評価
分光測色計(SD−6000、日本電色工業株式会社)を用いて、測定径φ6.4mm、光源D65、10°視野、正反射光を含むモードで媒染後および/または染色後のウール布帛の色彩を測定し、数値化した。そして、色彩管理ソフト(Color Mate Pro、日本電色工業株式会社)のL表色系および色差(ΔE00)で媒染後および/または染色後のウール布帛の色彩を評価した。
【0030】
4.光吸収発熱保温性能試験
ボーケン法(BQE−A法)を用いて、媒染後および/または染色後のウール布帛の光吸収発熱保温性能試験を行った。すなわち、裏面中央部に熱電対温度センサーを設けた発泡スチロール製試料台に、15cm四方の各種ウール布帛を並列に置き、30cm離れた位置から写真用レフランプ(PRF−500WB/D、パナソニック株式会社、またはPRF−500WD、岩崎電気株式会社)で10分間照射した。その後、レフランプを消し、10分間続けて温度の測定を行った。
【0031】
また、特定の波長領域をカットするフィルターを用いて、上記と同様にして光吸収発熱保温性能試験を行った。すなわち、濃度1.0×10−1mol/Lの硫酸バナジル水溶液、硫酸第一鉄水溶液、および炭化ジルコニウム(関東化学株式会社)でそれぞれ先媒染した15cm四方のウール布帛の上方1cm地点に、サイズ5cm×5cm×3mmの3種類の色ガラスフィルター(東芝硝子株式会社製の赤外線フィルターIRA−10、紫外線フィルターUV−29、および紫外線フィルターY−46)を配置した。
【0032】
BQE−A法と同様に、試験環境は温度20℃、湿度65%であった。写真用レフランプ(PRF−500WD)の出力波長特性は、減光フィルター(03FNQ023/OD 2.0、MELLES GRIOT社)を通して、受光器(PHOTONIC MULTI−CHANNEL ANALYZER、浜松ホトニクス株式会社)を用いて測定した。
【0033】
5.透過率・反射率測定
紫外可視近赤外分光光度計(UV−VIS NIR SPECTROPHOTOMETER SolidSpec−3700、株式会社島津製作所)を用いて、媒染後および/または染色後のウール布帛の光透過率と光反射率を測定して、ウール布帛の光吸収性を評価した。なお、スリット幅は32nm、測定波長範囲は200〜2500nmとした。検出器の切替波長は870nmおよび1650nm、グレーティングの切替波長は780nmとした。
【0034】
B:結果
1.バナジウム媒染ウール布帛と鉄媒染ウール布帛の光吸収発熱保温状態
濃度1.0×10−1mol/Lでのバナジウム媒染ウール布帛(▲:V)と鉄媒染ウール布帛(□:Fe)の光吸収発熱保温性能試験の結果を図1に示す。なお、光照射開始時が経過時間0分である(図2図3、および図6図10も同様)。媒染後に光吸収発熱保温性能を示すことの指標は、媒染後と媒染前の温度差が、光照射10分後で5℃以上、その後の光照射停止1分後で1.0℃以上である。
【0035】
鉄は、ログウッドとの組み合わせによる黒色染色に用いられる媒染剤である。鉄媒染ウール布帛と、媒染してないウール布帛(●:blank)の温度差は、光照射10分後で1.4℃、光照射停止1分後で0.8℃であった。一方、バナジウム媒染ウール布帛と、媒染してないウール布帛の温度差は、光照射10分後で14.9℃、光照射停止1分後で5.9℃であった。鉄媒染ウール布帛は光吸収発熱保温性能を示さなかった。これに対して、バナジウム媒染ウール布帛は、非常に高い光吸収発熱保温性能を示した。
【0036】
2.バナジウム媒染剤濃度と光吸収発熱保温状態
図2は、バナジウム媒染剤濃度を変化させたとき(1.0×10−3mol/L(■)〜5.0×10−1mol/L(◇)の6種類)のバナジウム媒染ウール布帛および媒染していないウール布帛(〇:0mol/L)の光吸収発熱保温状態を示している。バナジウム媒染剤の濃度が5.0×10−3mol/L以下では、光吸収発熱保温性能を示さなかった。
【0037】
一方、バナジウム媒染剤の濃度が1.0×10−2mol/L以上では、バナジウム媒染剤の濃度が上昇するにつれて、光吸収発熱保温性能が徐々に向上することがわかった。なお、植物染料の発色バリエーションを増やす目的で、媒染剤VOSOを繊維に導入することが知られている(「植物染料五倍子染色におけるバナジウム先媒染の最適条件」、繊維製品消費科学、2014年)。しかし、媒染剤自体の着色を抑えるために、VOSO濃度は5mM以下に抑えられている。
【0038】
光照射10分後の染色バナジウム先媒染ウール布帛と染色ウール布帛(バナジウム媒染なし)の温度差が10.0℃以上となるためには、濃度1.0×10−2mol/L以上の媒染剤で媒染することが必要であることがわかった。なお、高濃度1.0×10−1mol/Lのバナジウム媒染剤で処理したバナジウム先媒染ウール布帛の皮膚一次刺激性は、蒸留水およびワセリン程度の低刺激性であることが確認されている。
【0039】
3.光源波長が光吸収発熱保温状態に及ぼす影響
バナジウム媒染ウール布帛(□:V)、鉄媒染ウール布帛(▲:Fe)、ジルコニウム媒染ウール布帛(◇:Zr)、およびウール布帛(●:no mordant)の発熱保温性に影響を及ぼす特性波長を調べた。媒染剤VOSO、ZrC、およびFeSOの濃度は、いずれも1.0×10−1mol/Lとした。3種類の波長カットフィルターを用いたときと、波長カットフィルターを用いなかったときの光吸収発熱保温性能試験の結果を図3に示す。
【0040】
赤外線フィルターIRA−10は波長320nm以下および800nm〜4800nmをカットする(図3(d))。紫外線フィルターUV−29は波長240nm以下をカットする(図3(b))。紫外線フィルターY−46は波長430nm以下をカットする(図3(c))。図3(b)と図3(c)では、波長カットフィルターを用いなかった図3(a)と変わらない傾向が見られた。これは、紫外線の光吸収発熱保温性能に対する寄与が小さいことを示している。一方、赤外線カットフィルターを用いると光吸収発熱保温性が劣った(図3(d))。これより、バナジウムの赤外線領域波長の光吸収が、光吸収発熱保温性能に影響を及ぼしていることがわかった。
【0041】
また、炭化ジルコニウムを含有する媒染剤で媒染したジルコニウム媒染ウール布帛の発熱保温性も、バナジウム媒染ウール布帛の発熱保温性と同様の傾向を示した。これより、ジルコニウムとバナジウムは、赤外線領域波長の光を吸収して、似たようなメカニズムによって媒染ウール布帛が発熱保温性を示すと推察される。バナジウムとジルコニウムの飽和到達温度を比較すると、バナジウムの方が約10℃高い。これは、水に溶けるバナジウム塩から供給されるバナジウムが、媒染により、静電気力による結合で天然繊維に付着しやすいからだと考えられる。
【0042】
4.バナジウム媒染ウール布帛の光透過率と光反射率
バナジウム媒染ウール布帛の光透過率と光反射率の測定結果を図4に示す。媒染剤濃度を高くしていくと、光透過率(図4(a))および光反射率(図4(b))はともに低くなっていく。100%から光透過率と光反射率の和を引いた数値がバナジウム媒染ウール布帛の光吸収率である。可視領域光波長380nm〜780nmにおけるバナジウム媒染ウール布帛の光吸収は、バナジウム媒染ウール布帛の色に関する吸収である、このため、波長380nm〜780nmを除いた領域におけるバナジウム媒染ウール布帛の光透過率と光反射率の低さは、バナジウム媒染ウール布帛の光吸収率の高さといえる。波長300nm〜380nmおよび波長780nm〜1900nmでは、媒染剤濃度を高くしていくとバナジウム媒染ウール布帛の光吸収率が高くなることが図4からわかった。
【0043】
バナジウム媒染剤濃度に対するバナジウム媒染ウール布帛の特定波長における光透過率(□:T)および光反射率(●:R)を図5に示す。紫外線領域の波長200nmと、近赤外線領域の長波長側の波長2000nmにおいては、バナジウム媒染剤濃度を高くしてもバナジウム媒染ウール布帛の光吸収率に変化が見られなかった(図5(a)と図5(d))。これは、これらの波長が光吸収発熱保温性能にあまり寄与しないことを意味している。
【0044】
一方、図5(b)および図5(c)では、バナジウム媒染剤濃度を高くしていくと、バナジウム媒染ウール布帛の光透過率および光反射率がともに下がり、媒染剤の濃度が5.0×10−2mol/L以上で、バナジウム媒染ウール布帛の光吸収率が最も高く飽和している。図5(b)は、可視光領域の波長500nmの光照射であり、バナジウム媒染後に緑色の度合いが深まっていることを示している。図5(c)は、近赤外線領域の波長1000nmの光照射である。バナジウム媒染剤の濃度が5.0×10−2mol/L以上で1000nmの光吸収率が飽和していることは、バナジウム媒染ウール布帛の光吸収発熱保温性能が、このバナジウム媒染剤濃度で飽和していると推察される。
【0045】
これらの結果から、天然繊維であるウール布帛をバナジウム媒染して、バナジウムを付着させたバナジウム媒染ウール布帛は、1000nm等の近赤外線領域の中で特に短波長側の光を吸収し、高い発熱保温性を示すことが明らかとなった。地球表面にそそぐ太陽エネルギースペクトルは500nm付近を極大として長波長側は減衰する。太陽光は近赤外領域においても短波長側のエネルギー強度が高いことから、バナジウム媒染ウール布帛は、太陽光による光吸収発熱保温に関して有利であると考えられる。
【0046】
5.黒色バナジウム先媒染ウール布帛の光吸収発熱保温状態
濃度1.0×10−1mol/Lのバナジウム媒染剤で媒染したバナジウム媒染ウール布帛を、ポリフェノール構成成分である没食子酸GAで染色した黒色バナジウム先媒染ウール布帛(▲:V→GA)の光吸収発熱保温状態を図6示す。また、媒染せずにウール布帛を没食子酸で染色した黒色ウール布帛(□:GA)と、媒染も染色もしていないウール布帛(●:blank)の光吸収発熱保温状態も図6に示す。黒色バナジウム先媒染ウール布帛と媒染も染色もしていないウール布帛の温度差は、光照射10分後で14.5℃、光照射停止1分後で5.8℃であった。黒色バナジウム先媒染ウール布帛の光吸収発熱保温性能が没食子酸での黒色染色前後で同等であることから(図1参照)、バナジウム媒染ウール布帛の黒色度の光吸収発熱保温性能への寄与は小さいと考えられる。
【0047】
6.化学黒色ウール布帛の光吸収発熱保温状態
バナジウム媒染剤で媒染したバナジウム媒染ウール布帛を没食子酸で染色した黒色バナジウム先媒染ウール布帛と、媒染していないウール布帛を化学染料の黒色染料TLB(Kayanol Milling)、またはTLBおよび緑色染料Green 5GW(以下、単に5GWと記載することがある)(Kayanol Milling)の混合物で染色した化学黒色ウール布帛の明度L値と、クロマティクネス指数a値およびb値と、色差値ΔE00を表2に示す。なお、ΔE00は黒色バナジウム先媒染ウール布帛を基準とした。
【0048】
【表2】
【0049】
表2に示すように、濃度2.45%o.w.fのTLBと濃度1.75o.w.f%の5GWを含有する染色剤(以下、「TLB2.45%o.w.f+5GW1.75o.w.f%」と記載することがある。他の染色剤についても同様の記載をすることがある)で染色した化学黒色ウール布帛の色差値ΔE00は、基準と一致した。また、他の染色剤での染色では、ΔE00が全て3.0未満であった。これらのΔE00は、A級許容差と呼ばれる色の離間比較においてほとんど色差を認識することができないレベルである。黒色バナジウム先媒染ウール布帛のb値はプラスであり、化学黒色ウール布帛のb値はすべて0に近いマイナスであった。これらの結果から、基準色となる黒色バナジウム先媒染ウール布帛は黄色系の黒色であり、化学黒色ウール布帛は青味を若干帯びた黒色であることがわかる。しかし、これらの色差は目視でほとんど認識できない。
【0050】
6種類の化学黒色ウール布帛の平均(□:black)、濃度が5.0×10−2mol/Lのバナジウム媒染剤で媒染したバナジウム媒染ウール布帛を、TLB2.45%o.w.f+5GW1.75%o.w.fの化学染料で染色した化学黒色バナジウム先媒染ウール布帛(▲:V→black)、および媒染も染色もしていないウール布帛(●:blank)の光吸収発熱保温状態を図7示す。なお、6種類の化学黒色ウール布帛のプロットはほぼ重なっていた。図7に示すように、化学黒色ウール布帛と媒染も染色もしていないウール布帛の温度差は、光照射10分後で2.5℃、光照射停止1分後で1.4℃であった。したがって、化学染料で天然繊維のウール布帛を黒色染色すると、従来の発熱保温素材の指標程度の効果は得られるが、それほど高い効果は期待できない。
【0051】
7.化学赤色ウール布帛、化学緑色ウール布帛、化学青色ウール布帛の光吸収発熱保温状態
媒染していないウール布帛を赤色の化学染料で染色した化学赤色ウール布帛(□:red)、濃度が5.0×10−2mol/Lのバナジウム媒染剤で媒染したバナジウム媒染ウール布帛を、赤色の化学染料で染色した化学赤色バナジウム先媒染ウール布帛(▲:V→red)、濃度が5.0×10−2mol/Lのバナジウム媒染剤と赤色の化学染料を含む染色剤で同時媒染した化学赤色バナジウム同時媒染ウール布帛(◇:V+red)、および媒染も染色もしていないウール布帛(●:blank)の光吸収発熱保温状態を図8示す。なお、同時媒染は、媒染および染色の工程の省力化のために検討した。
【0052】
同様に、媒染していないウール布帛を緑色の化学染料で染色した化学緑色ウール布帛(□:green)、濃度が5.0×10−2mol/Lのバナジウム媒染剤で媒染したバナジウム媒染ウール布帛を、緑色の化学染料で染色した化学緑色バナジウム先媒染ウール布帛(▲:V→green)、および媒染も染色もしていないウール布帛(●:blank)の光吸収発熱保温状態を図9示す。
【0053】
また同様に、媒染していないウール布帛を青色の化学染料で染色した化学青色ウール布帛(□:blue)、濃度が5.0×10−2mol/Lのバナジウム媒染剤で媒染したバナジウム媒染ウール布帛を、青色の化学染料で染色した化学青色バナジウム先媒染ウール布帛(▲:V→blue)、および媒染も染色もしていないウール布帛(●:blank)の光吸収発熱保温状態を図10示す。
【0054】
図8から図10に示すように、バナジウム媒染ウール布帛を3原色の化学染料で染色しても、化学赤色バナジウム先媒染ウール布帛、化学緑色バナジウム先媒染ウール布帛、および化学青色バナジウム先媒染ウール布帛と、媒染も染色もしていないウール布帛の温度差の平均値は、光照射10分後で16.5℃、光照射停止1分後で6.4℃であった。すなわち、化学赤色バナジウム先媒染ウール布帛、化学緑色バナジウム先媒染ウール布帛、および化学青色バナジウム先媒染ウール布帛は、高い光吸収発熱保温性能を示した。また、化学赤色バナジウム同時媒染ウール布帛も、同様の高い光吸収発熱保温性能を示した。硫酸バナジル水溶液と化学染料の混合溶液による染色を行っても発熱保温効果が得られることは、染色工程の一元化による染色コスト低減につながる。
【0055】
化学赤色バナジウム先媒染ウール布帛、化学緑色バナジウム先媒染ウール布帛、および化学青色バナジウム先媒染ウール布帛と、バナジウム媒染剤と赤色の化学染料を含む染色剤で同時媒染した化学赤色バナジウム同時媒染ウール布帛(表中に「mixed」の記載あり)のL値、a値、およびb値を表3に示す。
【0056】
【表3】
【0057】
化学赤色バナジウム同時媒染ウール布帛は、化学赤色バナジウム先媒染ウール布帛と比べて、染色コストの低減化が可能であるが、L値が若干下がり、黄色味を示すb値も低下している。これより、同時媒染では、明度の低い紫系に染色されており、布帛の色彩と色相の調色が必要となってくると考えられる。明度の低い紫系に染色されるのは、媒染剤のバナジウム高濃度によるバナジウム由来の着色が要因であると考えられる。
【0058】
本発明によれば、化学染料による染色を用いることで繊維のカラーバリエーションが豊富になり、黒色に限定されずに耐光性の高い染料の選択肢が増加する。従来の炭化ジルコニウムを用いた繊維の染色方法では、染料が練り込みできる樹脂系繊維に限定され、また色彩も灰色から黒系に限定されていた。また、天然染料による染色では、黒色または緑色以外の繊維は耐光性が低い。一方、本発明では、天然素材への媒染によって、様々な色相や色彩に対応可能である。
【0059】
以上より、ウール布帛にバナジウムを付着することによって、高い光吸収発熱保温性能が得られることが明らかになった。バナジウムの付着はウール布帛のみならずシルクやナイロンにも可能で、さらに改質することでセルロース系素材にも適用できる。したがって、様々な天然素材に光吸収発熱保温機能を持たせることができると考えられる。バナジウム先媒染繊維は、化学染料で様々な色相や色彩に染色しても光吸収発熱保温性能が発揮される。特殊な波長カットフィルターを用いて光照射した光吸収発熱保温性能試験の結果、その効果は近赤外線領域におけるバナジウムの光吸収によるものであり、紫外線領域におけるバナジウムの光吸収の寄与は小さいと考えられる。
【0060】
炭化ジルコニウムも2000nm以下の近赤外線領域に吸収を持つことが知られている。バナジウムも同様の作用で光吸収発熱保温性を示すものと推察される。バナジウムは、特に1000nm等の2000nm付近よりも短波長側における近赤外線領域の光吸収が発熱保温性効果に寄与していると考えられる。バナジウムは、天然素材への導入が可能である点、少量で効果が非常に高い点、およびカラーバリエーションを任意に選べる点で、媒染物質として優れている。
【0061】
〔樹脂を含む複合体〕
親水性溶媒に溶ける樹脂としてポリビニルアルコール(PVA)を用い、光吸収発熱保温用複合体であるバナジウム含有PVAフィルムを作製した。PVAは無色透明のため、染料と複合化することで様々な色のバナジウム含有ポリビニルアルコールフィルムを作製することができる。純水200mLにPVA(n=1500〜1800、和光純薬工業株式会社)10gを加えて溶かした。硫酸バナジル・n水和物(鹿特級、関東化学株式会社)0.4gをさらに加え(VOSO濃度0.19%)、沸騰しない温度の50〜80℃に保ちながら1時間攪拌した。
【0062】
加熱と攪拌をやめ、室温で1時間静置して気泡を取り除いた。樹脂溶液の上部に形成された樹脂固形分を取り除いた。水平な金属板上に水溶液を静かにキャストし、樹脂溶液を薄く伸ばした。乾燥機で40℃、20時間、キャストした樹脂溶液を加熱および乾燥した後、放冷して樹脂フィルムを形成した。金属板から樹脂フィルムを剥がし取り、バナジウム含有PVAフィルムを得た。得られたバナジウム含有PVAフィルムは、従来の光発熱材料のZrCまたはVOの無機粒子が分散されているPVAフィルムと異なり、高い透明性を備えていた。無機粒子が分散されているPVAフィルムは、無機粒子が光を散乱して、艶消し効果が発現するためだと考えられる。
【0063】
以下のようにして、PVAフィルムとバナジウム含有PVAフィルムの各試料の光吸収発熱保温性能試験を行った。発砲スチロール製試料台の上に、一辺が5cmの正方形板状の各試料を置き、試料から30cmの距離に写真用レフランプ(パナソニック、PRF−500WB/D)を設置して光を照射した。実験室の温度は20℃で、相対湿度は65%であった。光照射中、一定時間毎に赤外線サーモグラフィで温度を測定した。その後、レフランプを消灯した状態でも、一定時間毎に温度を測定した。試料の表面温度は、非接触小型放射温度計(NEC Avio赤外線テクノロジー(株)、赤外線サーモグラフィ InfReC Thermo GEAR G100)を用いて、放射率E=0.94で測定した。試料面から約45°の方向で、70cmの距離に放射温度計を設置して温度測定した。
【0064】
レフランプ点灯から270秒後、PVAフィルムおよびバナジウム含有PVAフィルムの表面到達温度は、それぞれ39.4℃および43.6℃であった。また、レフランプ消灯から60秒後、PVAフィルムおよびバナジウム含有PVAフィルムの表面到達温度は、それぞれ30.8℃および35.6℃であった。このように、バナジウム含有PVAフィルムは、光を吸収して、大きく発熱および保温した。なお、ウール布帛の比熱と比べてPVAフィルムの比熱が小さいので、バナジウム含有PVAフィルムは、バナジウム媒染ウール布帛よりも、光を吸収して発熱および保温する程度が低かった。
【0065】
同様の方法で、バナジウム含有PVAフィルムと、VOSO粒子が分散されているポリ塩化ビニルフィルム(VOSO分散PVCフィルム)が、光を吸収して発熱および保温する程度を比べた。なお、VOSO分散PVCは、濃度1.6%となるようにポリ塩化ビニル溶液にVOSOを混合し、減圧脱泡しながら硬化させて得た。レフランプ点灯から270秒後、VOSO分散PVCフィルムおよびバナジウム含有PVAフィルムの表面到達温度は、それぞれ40.6℃および43.0℃であった。
【0066】
また、レフランプ消灯から60秒後、VOSO分散PVCフィルムおよびバナジウム含有PVAフィルムの表面到達温度は、それぞれ32.1℃および35.4℃であった。VOSO分散PVCフィルムは、バナジウム含有PVAフィルムよりバナジウム濃度が高かったにも関わらず、バナジウム含有PVAフィルムより保温の程度が低かった。このように、機能性粒子が樹脂中に分散している複合体よりも、本実施例のような樹脂の官能基にバナジウムが化学結合している複合体の方が、透明性と、光を吸収して発熱および保温する程度が高かった。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の光吸収発熱保温用複合体またはその製造方法は、発色機能および/または光を熱エネルギーに変換する機能を有するので、温熱機能付きのビニールハウス用ビニールシート、色素増感太陽電池、化粧品、ヘアカラー、繊維の染色、漆の塗膜、CD−RやDVD−Rの記録層の色素、コピー機のトナー用色素、ボールペンのインク、インクジェットプリンタの染料インクなどに利用できる。
図1
図2
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図7
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図9
図10