(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0008】
〔実施形態1〕
図1は、実施形態1における車両のパワートレインの構成図である。
実施形態1の車両は、エンジン1から駆動輪2に至るパワートレインに、トルクコンバータ3、前後進切り替え機構4、ベルト式無段変速機(以下、CVT)5、ファイナルギア6およびドライブシャフト7を備える。
トルクコンバータ3は、エンジン1および前後進切り替え機構4と接続されている。トルクコンバータ3は、オイルを介さずにエンジン1のトルク、回転を前後進切り替え機構4に伝達可能とするロックアップクラッチ3aを有する。ロックアップクラッチ3aは、車速が所定のロックアップ車速以上のとき締結され、車速がロックアップ車速未満のとき解放される。
【0009】
前後進切り替え機構4は、トルクコンバータ3およびCVT5と接続されている。前後進切り替え機構4は、遊星歯車、前進クラッチおよび後進ブレーキを有する。
CVT5は、プライマリプーリ8、セカンダリプーリ9およびVベルト10を有する。CVT5は、プライマリプーリ室8aおよびセカンダリプーリ室9aに給排されるCVTフルードを調整することで、Vベルト10と、プライマリプーリ8およびセカンダリプーリ9との接触半径を変更し、連続的に変速比を変更する。
プライマリプーリ8には前後進切り替え機構4からトルク、回転が伝達される。Vベルト10は、プライマリプーリ8およびセカンダリプーリ9に巻き掛けられ、プライマリプーリ8に伝達されたトルク、回転をセカンダリプーリ9に伝達する。セカンダリプーリ9に伝達されたトルク、回転は、ファイナルギア6により減速され、ドライブシャフト7を介して駆動輪2に伝達される。
【0010】
統合コントロールユニット(コントローラ)11は、ドライバの運転操作や車両状態に基づいて、エンジントルク指令値および変速比指令を演算する。ドライバの運転操作は、アクセルペダル開度センサ12により検出されたアクセル開度である。車両状態は、車速である。車速は、図外のブレーキコントロールユニットからCAN通信などの通信線13を介して得られる。統合コントロールユニット11は、演算したエンジントルク指令値および変速比指令値を、通信線13を介してCVTコントロールユニット14およびエンジンコントロールユニット15へ送信する。
CVTコントロールユニット14は、プライマリプーリ回転数センサ16およびセカンダリプーリ回転数センサ17により検出されたプライマリプーリ8の回転数(プライマリ回転数)およびセカンダリプーリ9の回転数(セカンダリ回転数)、変速比指令値およびエンジントルク等の情報に基づいて、CVT5の変速比が変速比指令値と一致するように、プライマリプーリ室8aおよびセカンダリプーリ室9aへのCVTフルードの給排を操作する。エンジントルクは、エンジンコントロールユニット15から通信線13に出力される。
エンジンコントロールユニット15は、エンジントルク指令値およびエンジン回転数に基づいて、エンジントルクがエンジントルク指令値と一致するように、スロットルアクチュエータによる吸入空気量、インジェクタによる燃料噴射量および点火プラグによる点火時期を操作する。
【0011】
実施形態1では、ドライブシャフト7などのねじれにより生じるパワートレインの振動を低減することを狙いとし、統合コントロールユニット11において、変速比指令値およびエンジントルク指令値にそれぞれ振動低減フィルタであるインバースフィルタをかけるインバースフィルタ処理を行う。
図2は、統合コントロールユニット11におけるインバースフィルタ処理の流れを示すフローチャートである。この処理は、基本的に一定サンプリングで実行される。
ステップS1では、入力信号として、アクセルペダル開度センサ12により検出されたアクセル開度APO、ブレーキコントロールユニットから出力された車速VSPを読み込む。
ステップS2では、アクセル開度APOおよび車速VSPに基づき、あらかじめ設定された変速比指令値設定マップを参照して、変速比指令値Ratio_comを算出する。
ステップS3では、アクセル開度APOおよび車速VSPに基づき、あらかじめ設定されたエンジントルク指令値設定マップを参照して、エンジントルク指令値Te_comを算出する。
【0012】
ステップS4では、エンジントルク指令値用および変速比指令値用のインバースフィルタにおけるフィルタ用パラメータを算出する。その詳細について、
図3のフローチャートを用いて説明する。
図3は、フィルタ用パラメータの算出処理の流れを示すフローチャートである。
ステップS41では、エンジントルク指令値Te_comからエンジントルク変化率ΔTeを算出する。具体的には、下記の式を用いて算出した変化率T
e_dotの絶対値に下限処理を施したものをエンジントルク変化率ΔTeとする。
【数1】
ここで、sはラプラス演算子、T
engは時定数である。T
engは、後述するフィルタ機能制限処理の開始時における変速比に応じて可変とし、変速比が大きいほどT
engを大きな値に設定する。
【0013】
ステップS42では、変速比指令値Ratio_comから変速比変化率ΔRatioを算出する。具体的には、下記の式を用いて算出した変化率R
atio_dotの絶対値に下限処理を施したものを変速比変化率ΔRatioとする。
【数2】
ここで、T
ratioは時定数である。T
ratioは、後述するフィルタ機能制限処理の開始時における変速比に応じて可変とし、変速比が大きいほどT
engを大きな値に設定する。
ステップS43では、エンジントルク変化率ΔTeおよび変速比変化率ΔRatioから変化率比率αを算出する。変化率比率αは、エンジントルク変化率ΔTeを変速比変化率ΔRatioで除した値(α=ΔTe/ΔRatio)とする。
【0014】
ステップS44では、変化率比率αに基づき、
図4および5に示すフィルタ用係数マップを参照して、エンジントルク指令用および変速比指令値用のインバースフィルタのフィルタ用係数を算出する。
図4は、エンジントルク指令値用のインバースフィルタのフィルタ用係数設定マップである。
図4において、エンジントルクフィルタ用係数K
engは、変化率比率αが0のときは0、αが0からα
teまでの範囲にあるときは変化率比率に比例し、αがα
teを超えるときは1となる。
図5は、変速比指令値用のインバースフィルタのフィルタ用係数設定マップである。
図5において、変速比フィルタ用係数K
ratioは、変化率比率αが0からα
ratioまでの範囲にあるときは1、αがα
ratioを超える範囲にあるときはαに反比例し、αがα
1を超えるときは0となる。α
ratioはα
teよりも大きく、α
1はα
ratioよりも大きい。
【0015】
ステップS45では、エンジントルクフィルタ用係数K
engおよび変速比フィルタ用係数K
ratioに基づき、下記の式を用いてエンジントルク指令値用および変速比指令値用のインバースフィルタのフィルタ用パラメータの1つである規範減衰率ζ
eng_refおよびζ
ratio_refを算出する。
ζ
eng_ref=ζ
p+K
eng(ζ
eng_ref0−ζ
p)
ζ
ratio_ref=ζ
p+K
ratio(ζ
ratio_ref0−ζ
p)
ここで、ζ
pは制御対象であるパワートレインの減衰率、ζ
eng_ref0およびζ
ratio_ref0は理想的な規範減衰率である。
【0016】
ステップS5では、規範減衰率ζ
eng_refおよびζ
ratio_refに基づき、下記の式を用いてエンジントルク指令値用および変速比指令値用のインバースフィルタ(振動低減フィルタ)の伝達関数G
eng_vib,G
ratio_vibを設定し、エンジントルク指令値Te_comおよび変速比指令値Ratio_comにそれぞれインバースフィルタ処理を施す。
【数3】
ここで、ω
pは制御対象(パワートレイン)の振動特性を示す固有角周波数[rad/s]、ω
rは規範角周波数[rad/s]である。ω
rをω
pと同値としてもよい。ω
r=ω
pとすることにより、最大の振動低減効果が得られる。
ステップS6では、インバースフィルタ処理後のエンジントルク指令値Te_com_invおよび変速比指令値Ratio_com_invを、エンジンコントロールユニット15およびCVTコントロールユニット14へ送信する。
【0017】
インバースフィルタ処理では、エンジントルクフィルタ用係数K
engから規範減衰率ζ
eng_refを算出し、エンジントルク指令値用のインバースフィルタの伝達関数G
eng_vibを設定する。同様に、変速比フィルタ用係数K
ratioから規範減衰率ζ
ratio_refを算出し、変速比指令値用のインバースフィルタの伝達関数G
ratio_vibを設定する。K
engおよびK
ratioは、変化率比率αに応じて0から1までの範囲で変化する。ζ
eng_refは、K
engが1のとき最大値ζ
eng_ref0となり、K
engが0のとき最小値ζ
pとなる。ここで、ζ
pはパワートレインの減衰率であるから、K
engが0のとき、エンジントルク指令値用のインバースフィルタは無効(振動低減機能なし)となる。同様に、ζ
ratio_refは、K
ratioが1のとき最大値ζ
ratio_ref0となり、K
ratioが0のときζ
pとなるから、K
ratioが0のとき、変速比指令値用のインバースフィルタはOFF(無効)となる。
エンジントルクフィルタ用係数K
engおよび変速比フィルタ用係数K
ratioは、変化率比率αがα
teからα
ratioまでの範囲にあるときは共に1である。K
engは、αがα
teを下回ると減少し、αが0のとき0となる。一方、K
ratioは、αがα
ratioを上回ると減少し、αがα
1を超えると0となる。つまり、ステップS44において、αが所定範囲(α
te〜α
ratio)外にあるとき、αに応じてK
engまたはK
ratioの一方を1未満の値に設定することは、αが所定範囲(α
te〜α
ratio)外にあるとき、変化率が小さい方のインバースフィルタの振動低減機能を低下させるフィルタ機能制限処理に相当する。αが所定範囲(α
te〜α
ratio)外にあるシーンは、インバースフィルタの過補償が生じると想定されるシーンである。
【0018】
次に、実施形態1の作用効果を説明する。
図6は、エンジントルク変化率ΔTeと変速比変化率ΔRatioとが大きく異ならない場合における実施形態1の振動低減効果を示すプライマリ回転数のタイムチャートである。比較例1として、エンジントルク指令値Te_comおよび変速比指令値Ratio_comにインバースフィルタ処理を施さない場合を破線で示す。
図6に示すように、比較例1では、車両停止状態からドライバがアクセルペダルを踏み込んだとき(アクセルON)、ドライブシャフト7等のねじれによりプライマリ回転数が変動し、パワートレインに大きな振動が発生している。
一方、実施形態1では、エンジントルク指令値Te_comおよび変速比指令値Ratio_comの双方にインバースフィルタ処理を施す。変速比変化率ΔRatioに対するエンジントルク変化率ΔTeの比率は所定範囲(α
te〜α
ratio)内にあるから、両インバースフィルタは、パワートレインの振動を打ち消し、その代わりに規範減衰率ζ
eng_ref,ζ
ratio_refを実現するように作用する。このため、比較例1と比べて、プライマリ回転数の変動が大幅に抑制され、パワートレインの振動が効果的に低減されている。
【0019】
図7は、エンジントルク変化率ΔTeと変速比変化率ΔRatioとが大きく異なる場合、具体的には、αがα
1以上である場合における実施形態1の振動低減効果を示すプライマリ回転数のタイムチャートである。比較例2として、エンジントルクフィルタ用係数K
engおよび変速比フィルタ用係数K
ratioを共に1に固定した場合を一点鎖線で示す。
図7から明らかなように、比較例2では、パワートレインの振動を十分には低減できていない。ここで、ドライブシャフト7に伝わるトルクは、エンジントルクと変速比との積となる。したがって、それぞれにインバースフィルタを施す際、双方の変化率が大きく異なる場合には、インバースフィルタが過補償する形となる。このため、比較例2では、パワートレインの振動を十分に低減できず、特に発進時はトルク変化が大きく、比較的大きな振動がパワートレインに残るため、ドライバに違和感を与えてしまう。
これに対し、実施形態1のインバースフィルタ処理では、変化率比率αがα
1以上である場合には、変速比フィルタ用係数K
ratioを0とし、変速比指令値用のインバースフィルタをOFFする。これにより、過補償分を小さくできるため、エンジントルク変化率ΔTeと変速比変化率ΔRatioとが大きく異なるシーン、つまり、インバースフィルタの過補償が生じるシーンにおいて、振動低減効果の低下を抑制できる。
【0020】
図8は、エンジントルク変化率ΔTeおよび変速比変化率ΔRatioが一定値の状態からエンジントルク変化率ΔTeが急変後に一定値に復帰した場合における実施形態1の振動低減効果を示すプライマリ回転数のタイムチャートである。比較例3として、変化率比率αが所定範囲(α
te〜α
ratio)内に復帰したら速やかに変速比指令値用のインバースフィルタをOFFからONに戻す場合を二点鎖線で示す。エンジントルク指令値Te_comや変速比指令値Ratio_comは、ドライバの運転操作と車両状態によっては、エンジントルクや変速比が急変した後、各変化率が小さい状態が保持される場合がある。このとき、比較例3のように変速比指令値用のインバースフィルタのフィルタ機能制限処理を速やかに元に戻すことが考えられる。しかし、インバースフィルタは過渡特性を有するため、早く戻し過ぎると、振動低減機能を低下させるべき領域で振動低減機能を復活させてしまう可能性がある。この場合、
図8に示すように、振動が再開するおそれがある。
【0021】
一方、実施形態1のインバースフィルタ処理では、一旦インバースフィルタの振動低減機能を低下させるフィルタ機能制限処理に入った場合は、所定時間(時定数T
ratio)が経過した後にフィルタ機能制限処理を解除するため、大きな振動を発生させることなく補償を再開できる。このとき、時定数T
ratioは、フィルタ機能制限処理の開始時における変速比が大きいほど大きな値となる。パワートレインの振動は、変速比が大きいほど振動の周期が長くなる傾向にある。このため、変速比が大きいほどフィルタ機能制限処理の継続時間を長くすることにより、フィルタ機能制限処理を不要に長く実施することに起因する振動の発生を抑制できる。
【0022】
実施形態1にあっては以下の効果を奏する。
(1) エンジン1の出力を無段階に変速して出力するCVT5を有する車両の制振制御方法であって、エンジントルク指令値Te_comおよび変速比指令値Ratio_comに応じてエンジントルクおよび変速比を制御するにあたり、エンジントルク指令値Te_comおよび変速比指令値Ratio_comにそれぞれインバースフィルタを施し、変速比変化率ΔRatioに対するエンジントルク変化率ΔTeの比率である変化率比率αが所定範囲(α
te〜α
ratio)外にある場合、変化率が小さい方のインバースフィルタの振動低減機能を低下させるフィルタ機能制限処理を実行する。
これにより、エンジントルク変化率ΔTeと変速比変化率ΔRatioとが大きく異なるシーンにおいて、インバースフィルタの過補償に起因する振動低減効果の低下を抑制できる。
【0023】
(2) フィルタ機能制限処理は、変化率比率αが0またはα
1を超える場合、変化率が小さい方のインバースフィルタを無効とする。
これにより、インバースフィルタの過補償に起因する振動低減効果の低下を最大限抑制できる。
【0024】
(3) フィルタ機能制限処理は、変化率が小さい方のインバースフィルタの振動低減機能を徐々に低下させる。つまり、変化率比率αが所定範囲(α
te〜α
ratio)内から0またはα
1に向けて変化する際、ζ
eng_refまたはζ
ratio_refは、ζ
eng_ref0またはζ
ratio_ref0からζ
pへ向けて連続的に変化する。
これにより、インバースフィルタの振動低減機能を低下させる際のエンジントルク指令値Te_comまたは変速比指令値Ratio_comに不要な段差が発生し、新たな振動が発生するのを抑制できる。
【0025】
(4) フィルタ機能制限処理は、変化率比率αにかかわらず少なくとも所定時間(T
eng,T
ratio)継続する。
これにより、フィルタ機能制限処理の早期解除に伴う振動の再開を抑制できる。
【0026】
(5) 所定時間(T
eng,T
ratio)は、フィルタ機能制限処理開始時の変速比が大きい場合には、小さい場合よりも長くする。
これにより、フィルタ機能制限処理を不要に長く実施することに起因する振動の発生を抑制できる。
【0027】
(6) エンジン1の出力を無段階に変速して出力するCVT5を有する車両の制振制御装置であって、エンジントルク指令値Te_comおよび変速比指令値Ratio_comに応じてエンジントルクおよび変速比を制御するにあたり、エンジントルク指令値Te_comおよび変速比指令値Ratio_comにそれぞれインバースフィルタを施し、変速比変化率ΔRatioに対するエンジントルク変化率ΔTeの比率である変化率比率αが所定範囲(α
te〜α
ratio)外にある場合、変化率が小さい方のインバースフィルタの振動低減機能を低下させるフィルタ機能制限処理を実行する統合コントロールユニット11を備える。
これにより、エンジントルク変化率ΔTeと変速比変化率ΔRatioとが大きく異なるシーンにおいて、インバースフィルタの過補償に起因する振動低減効果の低下を抑制できる。
【0028】
(他の実施形態)
以上、本発明を実施するための形態を、実施形態に基づいて説明したが、本発明の具体的な構成は、実施形態に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。
例えば、エンジントルク変化率と変速比変化率との比率に代えて、エンジントルク変化率と変速比変化率との差分が所定範囲外にある場合、変化率が小さい方のインバースフィルタの振動低減機能を低下させる構成としてもよい。