【実施例】
【0054】
(実施例1)
板厚:0.23mmの仕上焼鈍済みの方向性電磁鋼板を準備した。未反応の焼鈍分離剤を除去した後、歪取焼鈍(800℃、2時間、N
2雰囲気)を施した。歪取焼鈍後の前記鋼板の表面にはフォルステライトを主体とする被膜(下地被膜)が形成していた。この方向性電磁鋼板を、5質量%リン酸水溶液で酸洗後、表2に記載の種々の混合水溶液(比重:1.15)に、混合水溶液を固形分換算で100質量部に対して表3に記載の結晶を40質量部添加した絶縁被膜形成用処理液を焼付後の目付量が両面合計で8.0g/m
2となるように塗布したのち、1000℃、30秒の焼付け処理を施して絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の各試料を製造した。焼付雰囲気は窒素雰囲気とした。
【0055】
表2中のリン酸塩としては各々の第一リン酸塩水溶液を使用した。また、珪酸塩としては、組成:Li
2O・3.5SiO
2に調整した珪酸リチウム(以下、リチウムシリケートWともいう)を使用した。また、表2中、リン酸塩、ほう酸塩、珪酸塩、コロイド状シリカの配合量は、それぞれ固形分換算の配合量を示す。以降の表においても、特に断らない限りは、固形分換算の配合量を示す。なお、リチウムシリケートWはLi
2O・3.5SiO
2として固形分換算した値、コロイド状シリカはSiO
2として固形分換算した値である。
【0056】
また、表3に示す各結晶については、公知の条件で予め合成した後、粉砕してその粒度を平均粒子径で1μmに調整したものを使用した。各結晶の熱膨張係数をTMA(熱機械分析装置)を用いて測定した。なお、測定温度範囲は25℃〜200℃、昇温速度は5℃/分とした。各結晶の25℃〜200℃の温度範囲における平均熱膨張係数は、β−ユークリプタイト:−0.21×10
−6/K、窒化珪素:2.8×10
−6/K、珪酸ジルコニウム:4.0×10
−6/K、単結晶サファイア:11×10
−6/Kであった。また、窒化マンガン:0.05×10
−6/K、β−スポジュメン:0.56×10
−6/K、イットリア:7.3×10
−6/Kである(表1)。
【0057】
このようにして得られた絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の各試料の諸特性を、変圧器の運転条件を模した過程で各試料の昇降温処理前後で調査した。なお、被膜張力、鉄損の測定方法は、上述した測定方法と同様である。昇降温過程は、
図1に示すように、(1)25℃から200℃へ1時間かけて昇温、(2)200℃で10分間均熱保持、(3)200℃から25℃へ1時間かけて降温とし、(1)から(3)のサイクルを300回繰り返した。その結果を表3に併記する。また、SEMによって昇降温処理前後の絶縁被膜表面を観察し、昇降温処理後の絶縁被膜の割れ増加の有無を調べた結果も表3に併記する。また、
図2に、絶縁被膜に含まれる結晶の平均熱膨張係数と、昇降温処理前後の被膜張力との関係を示す。
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
以上のように、絶縁被膜中に25℃〜200℃の温度範囲における平均熱膨張係数が7.5×10
−6/K以下で、かつ、正の平均熱膨張係数の結晶を含有させることにより、8.0MPa以上の大きな張力を付与でき、かつ、昇降温処理の前後で、鋼板への付与張力が良好に保持され、鉄損の低減効果を良好に保持できたことがわかる。
【0061】
(実施例2)
板厚:0.23mmの仕上焼鈍済みの方向性電磁鋼板を準備した。未反応の焼鈍分離剤を除去した後、歪取焼鈍(800℃、2時間、N
2雰囲気)を施した。歪取焼鈍後の前記鋼板の表面にはフォルステライトを主体とする被膜(下地被膜)が形成していた。この方向性電磁鋼板を、5質量%リン酸水溶液で酸洗後、表2に記載の混合水溶液に、混合水溶液を固形分換算で100質量部に対して表4に記載の各結晶を20質量部又は80質量部添加した絶縁被膜形成用処理液を焼付後の目付量が両面合計で10.0g/m
2となるように塗布したのち、850℃、30秒の焼付け処理を施した。焼付雰囲気は窒素雰囲気とした。
【0062】
また、表4に示す各結晶については、公知の条件で予め合成した後、粉砕してその粒度を平均粒子径で1μmに調整したものを使用した。
【0063】
このようにして得られた絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の各試料の諸特性を、実施例1と同様にして評価した。また、次に示す方法により被膜密着性を評価した。被膜密着性は、JIS K 5600−5−6のクロスカット法にて評価した。前記評価における粘着テープとしては、セロテープ(登録商標)CT−18(粘着力:4.01N/10mm)を使用し、2mm角のマス目25個のうち、剥離したマス目の個数(剥離数)で被膜密着性を評価した。前記剥離数が3個以下であれば被膜密着性に優れるものとして評価できる。評価結果を表4に併記する。また、SEMによって絶縁被膜表面を観察し、昇降温処理後の絶縁被膜の割れ増加の有無を調べた結果も表4に併記する。
【0064】
【表4】
【0065】
表3、4に示すとおり、絶縁被膜中に所定の低熱膨張性結晶を含有させることにより、複数回昇降温過程を繰り返した後も高張力と低鉄損を保持可能な絶縁被膜が得られることが確認できた。また、表3では、低熱膨張性結晶の絶縁被膜中の含有量が28.6質量%、表4では、16.7質量%、44.4質量%となっており、絶縁被膜中に15質量%以上の所定の低熱膨張性結晶を含有させることが好ましく、25質量%以上の所定の低熱膨張性結晶を含有させることがより好ましく、40質量%以上の所定の低熱膨張性結晶を含有させることがさらに好ましいことが確認できた。また、β−スポジュメン型結晶を絶縁被膜中に含有させることにより、特に優れた被膜密着性が得られ、好ましいことが確認できた。
【0066】
(実施例3)
板厚:0.23mmの仕上焼鈍済みの方向性電磁鋼板を準備した。未反応の焼鈍分離剤を除去した後、歪取焼鈍(800℃、2時間、N
2雰囲気)を施した。歪取焼鈍後の前記鋼板の表面にはフォルステライトを主体とする被膜(下地被膜)が形成していた。この方向性電磁鋼板を、5質量%リン酸水溶液で酸洗後、表5、6、7に記載の組成の絶縁被膜形成用処理液を、焼き付け後の目付量が両面合計で7.0g/m
2となるよう塗布したのち、表5、6、7に記載の種々の条件で焼付け処理を施すことで、結晶化処理を行なった。950℃以上の加熱時間をW(秒)、800℃〜950℃の温度範囲での昇温速度をV(℃/s)とする。表5、7の条件では、W=15.0、V=10.0とした(ただし、No.5−1は、焼付温度900℃のため、除く)。
【0067】
なお、表5、7中の珪酸塩としては、リチウムシリケートW、組成:Li
2O・4.5SiO
2に調整した珪酸リチウム(以下、リチウムシリケートXともいう)、およびカオリナイトを使用した。カオリナイトは、Al
2Si
2O
5(OH)
4なる組成を有する粘土鉱物である。したがって、加熱脱水すると、Al
2O
3:SiO
2=1:2の組成を有する酸化物になる。また、表6、7中のリン酸塩としては第一リン酸塩水溶液を使用した。表5、6、7中、リン酸塩、珪酸塩、コロイド状シリカの配合量は、それぞれ固形分換算の配合量を示す(リチウムシリケートWはLi
2O・3.5SiO
2、リチウムシリケートXはLi
2O・4.5SiO
2として固形分換算した値)。また、アルミナゾルは、Al
2O
3とした固形分換算の配合量を示す。これら以外は試薬を用いた。
【0068】
このようにして得られた絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の各試料の諸特性を、実施例2と同様にして評価した。評価結果を表5、6、7に併記する。なお、結晶の同定は薄膜X線回折によりおこなった。また、SEMによって絶縁被膜表面を観察し、割れ増加の有無を調べた結果も表5、6、7に併記する。
【0069】
【表5】
【0070】
【表6】
【0071】
【表7】
【0072】
表5、6、7に示すとおり、リン酸アルミニウム、硝酸アルミニウム、塩化アルミニウム、およびアルミナゾルの中から選ばれる1種又は2種以上の化合物と、硝酸リチウム、水酸化リチウム、珪酸リチウムの中から選ばれる1種又は2種以上の化合物と、コロイド状シリカを加え、950℃以上の温度で焼き付けた場合には、β−スポジュメン型結晶構造を有する被膜が形成されている。その結果、鋼板への付与張力が良好で、複数回昇降温過程を繰り返した後も、絶縁被膜表面の割れは増加せず、高張力と低鉄損を保持可能な絶縁被膜が得られた。β−スポジュメン型結晶を絶縁被膜中に含有させることにより、特に優れた被膜密着性が得られ、好ましいことが確認できた。また、特に、AlのLiに対するモル比を0.8〜1.2、SiのLiに対するモル比を0.8〜7.5の範囲で混合した場合には、鋼板への付与張力が9.5MPa超と非常に高い値を示した。特に6.0≦W≦150.0、W≦150.0/Vかつ0.75≦Vの条件で焼き付けた場合には、鋼板への付与張力が10.5MPa以上と非常に高い値を示し、かつ剥離数0個と被膜密着性に優れていた。ただし、カオリナイトを用いた場合(表5、No.5−5)では、1000℃以上の焼付温度でもβ-スポジュメン型結晶は析出せず、実施例2と同様にして評価した結果、被膜の割れは増加し、鉄損値が大きくなり、被膜密着性にも劣っている。
【0073】
(実施例4)
板厚:0.23mmの仕上焼鈍済みの方向性電磁鋼板を準備した。未反応の焼鈍分離剤を除去した後、歪取焼鈍(800℃、2時間、N
2雰囲気)を施した。歪取焼鈍後の前記鋼板の表面にはフォルステライトを主体とする被膜(下地被膜)が形成していた。この方向性電磁鋼板を、5質量%リン酸水溶液で酸洗後、表8、9、10に記載の組成の絶縁被膜形成用処理液を、焼付後の目付量が両面合計で8.0g/m
2となるよう塗布したのち、表8、9、10に記載の種々の条件で焼付け処理を施すことで、結晶化処理を行なった。950℃以上の加熱時間をW(秒)、800℃〜950℃の温度範囲での昇温速度をV(℃/s)とする。表8、10の条件では、W=15.0、V=10.0とした(ただし、No.8−1は、焼付温度900℃のため、除く)。なお、珪酸塩としては、組成:Li
2O・SiO
2に調整した珪酸リチウム(以下、リチウムシリケートVともいう)、リチウムシリケートW、リチウムシリケートX、組成:Li
2O・7.5SiO
2に調整した珪酸リチウム(以下、リチウムシリケートYともいう)、組成:Li
2O・20SiO
2に調整した珪酸リチウム(以下、リチウムシリケートZともいう)を使用した。また、リン酸塩としては第一リン酸塩水溶液を使用した。
【0074】
表8、9、10中、リン酸塩、珪酸塩の配合量は、それぞれ固形分換算の配合量を示す(リチウムシリケートVはLi
2O・SiO
2、リチウムシリケートWはLi
2O・3.5SiO
2、リチウムシリケートXはLi
2O・4.5SiO
2、リチウムシリケートYはLi
2O・7.5SiO
2、リチウムシリケートZはLi
2O・20SiO
2として固形分換算した値)。また、アルミナゾルは、Al
2O
3とした固形分換算の配合量を示す。これら以外は試薬を用いた。
【0075】
このようにして得られた絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の各試料の諸特性を、実施例2と同様にして評価した。評価結果を表8、9、10に併記する。なお、結晶の同定は薄膜X線回折によりおこなった。また、SEMによって絶縁被膜表面を観察し、割れ増加の有無を調べた結果も表8、9、10に併記する。
【0076】
【表8】
【0077】
【表9】
【0078】
【表10】
【0079】
表8、9、10に示すとおり、リン酸アルミニウム、硝酸アルミニウム、塩化アルミニウム、およびアルミナゾルの中から選ばれる1種又は2種以上の化合物と、珪酸リチウムを加え、950℃以上の温度で焼き付けた場合には、β−スポジュメン型結晶構造を有する被膜が形成されている。その結果、鋼板への付与張力が良好で、複数回昇降温過程を繰り返した後も、絶縁被膜表面の割れは増加せず、高張力と低鉄損を保持可能な絶縁被膜が得られた。AlのLiに対するモル比を0.8〜1.2、SiのLiに対するモル比を0.8〜7.5の範囲で混合した場合には、鋼板への付与張力が9.5MPa超と非常に高い値を示した。特に、6.0≦W≦150.0、W≦150.0/Vかつ0.75≦Vの条件で焼き付けた場合には、鋼板への付与張力が10.5MPa以上と非常に高い値を示し、かつ剥離数0個と被膜密着性に優れていた。
【0080】
(実施例5)
板厚:0.23mmの仕上焼鈍済みの方向性電磁鋼板を準備した。未反応の焼鈍分離剤を除去した後、歪取焼鈍(800℃、2時間、N
2雰囲気)を施した。歪取焼鈍後の前記鋼板の表面にはフォルステライトを主体とする被膜(下地被膜)が形成していた。この方向性電磁鋼板を、5質量%リン酸水溶液で酸洗後、表11、12、13に記載の組成の絶縁被膜形成用処理液を、焼付後の目付量が両面合計で8.0g/m
2となるよう塗布したのち、表11、12、13に記載の条件で焼付け処理を施すことで、結晶化処理を行なった。950℃以上の加熱時間をW(秒)、800℃〜950℃の温度範囲での昇温速度をV(℃/s)とする。表11、13の条件では、W=15.0、V=10.0とした(ただし、No.11−1は、焼付温度900℃のため、除く)。
【0081】
なお、珪酸塩としては、リチウムシリケートW、リチウムシリケートX、リチウムシリケートY、リチウムシリケートZを使用した。また、リン酸塩としては第一リン酸塩水溶液を使用した。表11、12、13中、リン酸塩、珪酸塩の配合量は、それぞれ固形分換算の配合量を示す(リチウムシリケートWはLi
2O・3.5SiO
2、リチウムシリケートXはLi
2O・4.5SiO
2、リチウムシリケートYはLi
2O・7.5SiO
2、リチウムシリケートZはLi
2O・20SiO
2として固形分換算した値)。また、アルミナゾルは、Al
2O
3とした固形分換算の配合量を示す。これら以外は試薬を用いた。
【0082】
このようにして得られた絶縁被膜付き方向性電磁鋼板の各試料の諸特性を、実施例2と同様にして評価した。評価結果を表11、12、13に併記する。なお、結晶の同定は薄膜X線回折によりおこなった。また、SEMによって絶縁被膜表面を観察し、割れ増加の有無を調べた結果も表11、12、13に併記する。
【0083】
【表11】
【0084】
【表12】
【0085】
【表13】
【0086】
表11、12、13に示すとおり、リン酸アルミニウム、硝酸アルミニウム、塩化アルミニウム、およびアルミナゾルの中から選ばれる1種又は2種以上の化合物と、硝酸リチウム、水酸化リチウムの中から選ばれる1種又は2種の化合物と、珪酸リチウムを加え、950℃以上の温度で焼き付けた場合には、β−スポジュメン型結晶構造を有する被膜が形成されている。その結果、鋼板への付与張力が良好で、複数回昇降温過程を繰り返した後も、絶縁被膜表面の割れは増加せず、高張力と低鉄損を保持可能な絶縁被膜が得られた。AlのLiに対するモル比を0.8〜1.2、SiのLiに対するモル比を0.8〜7.5の範囲で混合した場合には、鋼板への付与張力が9.5MPa超と非常に高い値を示した。特に、6.0≦W≦150.0、W≦150.0/Vかつ0.75≦Vの条件で焼き付けた場合には、鋼板への付与張力が10.5MPa以上と非常に高い値を示し、かつ剥離数0個と被膜密着性に優れていた。
【0087】
以上、説明したとおり、本発明によれば、被膜張力が大きく、かつ、変圧器等の昇降温が複数繰り返される環境においても、被膜張力を保持でき、鉄損の低減効果も保持できる絶縁被膜付き方向性電磁鋼板が得られる。本発明によれば、例えば8.0MPa以上の、より好ましくは9.5MPa超の、さらに好ましくは9.6MPa以上の被膜張力を有し、昇降温が複数繰り返される環境においても、前記被膜張力を保持できる絶縁被膜付き方向性電磁鋼板が得られる。また、本発明によれば、例えば0.85W/kg以下の、より好ましくは0.80W/kg以下の鉄損値(W
17/50)を有し、昇降温が複数繰り返される環境においても、前記鉄損値を保持できる絶縁被膜付き方向性電磁鋼板が得られる。