(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1〜9のいずれかに記載のステンレス鋼管の製造方法であって、管軸方向への延伸加工を行い、その後、460〜480℃を除く150〜600℃の加熱温度で熱処理するステンレス鋼管の製造方法。
請求項1〜9のいずれかに記載のステンレス鋼管の製造方法であって、460〜480℃を除く150〜600℃の加工温度で管軸方向への延伸加工を行うステンレス鋼管の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ネジ部は圧縮と引張の応力が作用するため、二相ステンレス鋼管において、従来の冷間圧延により圧縮降伏応力がバウシンガー効果で低下すると、疲労寿命が低下する。ネジ部のバウシンガー効果による圧縮降伏強度低下を抑制するために、特許文献1に開示されるような低温熱処理は有効である。しかしながら、特許文献1のような低温熱処理を用いると、耐食性能に重要な元素が炭窒化物や窒素を含む脆化相として析出し消費されるため、耐食性効果を失ってしまう。そのため、二相ステンレス鋼管において、ネジ部の疲労特性と耐食性を両立することができない。
【0011】
また、特許文献2が対象とする材料は焼き入れ熱処理で硬化する化学成分に限られており、冷間加工による転位強化を必須とする二相ステンレス鋼管を対象としていない。すなわち、特許文献2では、バウシンガー効果に伴う圧縮降伏強度低下によりネジ部の疲労特性が低下するという二相ステンレス鋼管の問題点を考慮していない。
【0012】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、耐食性に優れるとともに、管軸方向引張降伏強度が高く、かつ管軸方向の引張降伏強度と圧縮降伏強度との差が少なく、さらにネジ部の疲労特性に優れたステンレス鋼管およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
二相ステンレス鋼は、Cr、Moの鋼中の固溶量を高めることで高い耐食性被膜の形成と局所的な腐食の進展を抑制する。また、組織中のフェライト相とオーステナイト相分率を適切な二相状態にすることも様々な腐食形態から材料を保護するために重要である。一方で、主要な耐食性元素であるCr、Moはすべてフェライト相形成元素であり、単純な添加量増加では相分率を適切な二相状態にできない。そのため、オーステナイト相形成元素の適量添加が必要となる。オーステナイト相形成元素はC、N、Mn、Ni、Cuがある。C量の鋼中の増加は耐食性を劣化させるため最大量を制限すべきであり、二相ステンレス鋼では0.08%以下とすることが多い。その他のオーステナイト相形成元素については、添加コストが安く、固溶状態で耐食性向上効果があるNを多く利用するケースが多い。
【0014】
ここで、二相ステンレス鋼管は、耐食性元素を鋼中に固溶させ、かつ相分率を適切な二相状態とするため熱間成形後に1000℃以上の高温熱処理である固溶体化熱処理が行われる。さらにその後、高強度化が必要な場合は冷間圧延により転位強化が施される。固溶体化熱処理、または冷間圧延の状態で製品になる場合は、耐食性に有効な元素は鋼中に固溶しており、高い耐食性能を示す。
【0015】
ネジ締結部のバウシンガー効果による圧縮降伏強度低下について抑制が必要な場合は、特許文献1のように低温の熱処理が有効である。しかしながら、低温の熱処理を行った場合、固溶体化熱処理で鋼中に溶かし込んだ元素が拡散する。その結果、耐食性能に重要な元素が炭窒化物や窒素を含む脆化相として析出し、消費され耐食性効果を失ってしまう。その場合、意図的に、または大気中での溶解や、その他添加金属元素に結合する形で多量に添加されたNが悪影響を及ぼすことが考えられる。つまり、Nは原子サイズが小さく、低温の熱処理でも容易に拡散し周囲の耐食性元素と結合して耐食性元素の効果を無力化してしまう。
【0016】
そこで本発明者らは、低温熱処理時の炭窒化物の析出に関して、微量添加されているCに対し、多量に添加されるNの量が窒化物形成による耐食性低下を引き起こすと考え、種々の調査を行った。その結果、以下の知見を得た。
【0017】
まず、熱処理時におけるN量と窒化物量との関係について調べた。
図1、2には、SUS329J3L(22%Crステンレス鋼、
図1)とSUS329J4L(25%Crステンレス鋼、
図2)のN量と低温熱処理(590℃)後のCr、Moの窒化物析出量を熱平衡計算により算出した値を示す。熱処理無では耐食性元素との窒化物の形成は確認されず、すべて鋼中に固溶していた。また、熱処理温度が150〜450℃の場合についても、
図1、2と同様に、Nの増加に従い、窒化物が増加した。低温熱処理により析出が確認された窒化物はCr系、Mo系が大半であり、いずれも耐食性能に重要な元素であった。また、Nの増加に従い、いずれの鋼種でも窒化物が増加しており、より多くの耐食性元素を析出物として消費していた。つまり、Nは熱処理無(固溶体化熱処理のまま)では、鋼中に固溶し、その他耐食性元素と合わせて耐食性能を向上させるが、低温熱処理を行うと、N量増加に比例して窒化物が増加する。それに伴いNが耐食性元素を消費し、鋼中の濃度を低下させるため耐食性能を低下させる原因になると考えられる。また、過剰なNの添加は、CrやMo以外の耐食性元素(たとえばW)とも窒化物を形成し、耐食性を低下させると考えられる。
【0018】
特許文献1によれば、冷間引抜圧延や冷間圧延に加えて低温の熱処理を必須条件としている。つまり、特許文献1の手法は通常の冷間引抜や冷間ピルガー圧延を利用するため、管軸方向へのバウシンガー効果の発生自体は防げておらず、バウシンガー効果発生後の降伏強度異方性を熱処理により緩和している。しかし、冷間引抜圧延、冷間圧延に加えて熱処理を行う特許文献1の手法は、鋼中の耐食性元素の低下に伴う耐食性の低下が発生する。つまり、二相ステンレス鋼管の耐食性能は、鋼中に固溶したCr、Mo、W、Nなどの耐食性元素の量が重要であるにもかかわらず、バウシンガー効果を低減させるために行う熱処理により、これらの耐食性元素が窒化物として析出する。その結果、Nの固溶量が低下し、耐食性が低下すると考えられる。
【0019】
さらに本発明者らは、N量と耐食性能の関係を明らかにするため、N量を変化させた場合の耐応力腐食性能を評価した。
図1の成分系について、N量のみを0.050、0.110、0.149、0.152、0.185、0.252%へ調整し溶解、熱間成形し、その後1050℃で固溶体化熱処理、冷間加工を行い、降伏強度を865〜931MPaへ調整後、4点曲げ腐食試験片を作成した。各試験片には熱処理を行わない場合と400℃の熱処理を行った場合の2条件を準備して、耐応力腐食性能を比較した。
【0020】
4点曲げによる負荷応力条件は降伏強度の90%固定とし、腐食環境は塩化物、硫化物腐食環境を模擬した水溶液(20%NaCl+0.5%CH
3COOH+CH
3COONaの水溶液にH
2Sガスを添加しpHを3.5に調整、試験温度25℃)とした。調査では応力付与状態で腐食液中に720hr浸漬し、N量と試験後の腐食状態を比較した。調査の結果、熱処理を行わない場合は腐食の発生はなかった。一方で、熱処理を行った場合ではN量0.149%までは腐食の発生はなかったが、0.152%で微小な孔状の腐食とクラックの発生が確認され、さらにそれ以上のN量では、き裂の大きな伝播が確認された。腐食部を観察すると、材料組織の粒界に沿って析出した窒化物を起点としてき裂が発生していた。熱処理中に、より拡散速度の速い粒界付近の耐食性元素が優先的に窒化物となり消費され、耐食性元素の固溶量が局所的に減少したことが孔状の腐食発生の原因であった。そのため、N量は最大でも0.150%未満と決定した。
【0021】
ネジ部の疲労強度についても管軸方向の圧縮降伏強度が重要である。つまり、ネジ部には不可避的に応力集中部がある。ネジ部の応力集中部に対しては、ネジの締結や締結した状態の鋼管の利用形態に応じて管軸方向に引張や圧縮応力が繰り返し作用する。バウシンガー効果により管軸方向圧縮降伏応力が低下すると、応力集中部の応力に対して管軸方向圧縮降伏応力が相対的に低下し、疲労強度が低下する。また、応力集中部の応力がバウシンガー効果で低下した管軸方向圧縮降伏応力を上回ると、応力集中部が塑性変形し、更に疲労寿命は低下する。一方で、上述したように、二相ステンレス鋼管の場合、バウシンガー効果に伴う圧縮降伏強度低下によりネジ部の疲労特性が低下するという問題がある。そこで本発明者らは、二相ステンレス鋼管の耐食性を維持しつつ、ネジ部の疲労特性も満足させるために鋭意検討した。その結果、管軸方向の引張降伏強度と圧縮降伏強度との差を少なくして強度比を制御するとともに、ネジの締結部において、ネジ谷底面と圧力側フランク面とで形成される角部の曲率半径を0.2mm以上にすることにより、耐食性とネジ部の疲労特性を両立させたステンレス鋼管を得ることができるという知見を得た。
【0022】
本発明は以上の知見に基づきなされたものであり、その要旨は次のとおりである。
[1]質量%で、C:0.005〜0.08%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.01〜10.0%、
Cr:20〜35%、
Ni:1.0〜15%、
Mo:0.5〜6.0%、
N:0.005%以上0.150%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、
管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15であり、
組織が体積分率で20〜80%のフェライト相と残部がオーステナイト相を有する組織を有し、
少なくとも一方の管端部に雄ネジまたは雌ネジの締結部を備え、前記締結部の管軸断面における、ネジ谷底面と圧力側フランク面とで形成される角部Rの曲率半径を0.2mm以上とするステンレス鋼管。
[2]管周方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85以上である[1]に記載のステンレス鋼管。
[3]さらに質量%で、
W:6.0%未満、
Cu:4.0%未満のうちから選ばれた1種または2種を含有する[1]または[2]に記載のステンレス鋼管。
[4]さらに質量%で、Ti:0.50%以下、
Al:0.30%以下、
V:0.55%以下、
Nb:0.75%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する[1]〜[3]のいずれかに記載のステンレス鋼管。
[5]さらに質量%で
B:0.010%以下、
Zr:0.10%以下、
Ca:0.010%以下、
Ta:0.3%以下、
REM:0.10%以下、
Mg:0.10%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する[1]〜[4]のいずれかに記載のステンレス鋼管。
[6]さらに質量%で
Sn:0.30%以下、
Sb:0.30%以下、
Ag:0.30%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する[1]〜[5]のいずれかに記載のステンレス鋼管。
[7]前記ステンレス鋼管が継目無鋼管である[1]〜[6]のいずれかに記載のステンレス鋼管。
[8][1]〜[7]のいずれかに記載のステンレス鋼管であって、前記角部Rの曲率半径が0.3mm以上であるステンレス鋼管。
[9][8]に記載のステンレス鋼管であって、前記締結部にメタルタッチシール部とトルクショルダ部を備えるステンレス鋼管。
[10][1]〜[9]のいずれかに記載のステンレス鋼管の製造方法であって、管軸方向への延伸加工を行い、その後、460〜480℃を除く150〜600℃の加熱温度で熱処理するステンレス鋼管の製造方法。
[11][1]〜[9]のいずれかに記載のステンレス鋼管の製造方法であって、460〜480℃を除く150〜600℃の加工温度で管軸方向への延伸加工を行うステンレス鋼管の製造方法。
[12]前記延伸加工後、さらに、460〜480℃を除く150〜600℃の加熱温度で熱処理する[11]に記載のステンレス鋼管の製造方法。
[13][1]〜[9]のいずれかに記載のステンレス鋼管の製造方法であって、管周方向の曲げ曲げ戻し加工を行うステンレス鋼管の製造方法。
[14]前記管周方向の曲げ曲げ戻し加工の加工温度は、460〜480℃を除く600℃以下である[13]に記載のステンレス鋼管の製造方法。
[15]前記曲げ曲げ戻し加工後、さらに、460〜480℃を除く150〜600℃の加熱温度で熱処理する[13]または[14]に記載のステンレス鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、高い耐食性能を有するとともに、管軸方向引張降伏強度が高く、かつ管軸方向引張降伏強度と管軸方向圧縮降伏強度との差が小さく、さらにネジ部の疲労強度特性に優れたステンレス鋼管を得ることができる。したがって、本発明のステンレス鋼管であれば、厳しい腐食環境での利用や、油井、ガス井戸の施工時のネジ締め作業が容易になり、さらに、ネジ締結部の形状設計も容易になる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
まず、本発明の鋼管の組成限定理由について説明する。以下、とくに断らない限り、質量%は単に%と記す。
【0027】
C:0.005〜0.08%
Cはオーステナイト相形成元素であり、適量の含有で相分率の適正化に役立つ。しかし、過剰な含有は炭化物の形成により耐食性の低下を招く。そのため、Cの上限は0.08%以下とする。下限については、C量低下に伴うオーステナイト相の低下を、その他のオーステナイト相形成元素で賄うことができるため特に設ける必要はないが、C量が低すぎると溶解時の脱炭コストが上昇するため、0.005%以上とする。
【0028】
Si:0.01〜1.0%
Siは鋼の脱酸作用があるため、溶鋼中への適量の含有が有効である。しかし、多量のSi含有に伴う鋼中への残存は、加工性と低温靱性を損なう。そのため、Siの上限は1.0%以下とする。下限については、脱酸後のSiを過剰に低減することは製造コスト上昇につながるため、0.01%以上とする。なお、十分に脱酸作用を得つつ、過剰に鋼中に残存することによる副作用抑制を両立する観点から、Siは0.2%以上とすることが好ましく、また0.8%以下とすることが好ましい。
【0029】
Mn:0.01〜10.0%
Mnは強力なオーステナイト相形成元素であり、かつその他のオーステナイト相形成元素に比べ安価である。さらに低温熱処理を実施してもCやNのように耐食性元素を消費することがない。また、溶鋼中に混入する不純物元素であるSの無害化にMnが有効であり、微量添加で鋼の耐食性、靭性を大きく劣化させるSをMnSとして固定する効果がある。これらの点から、Mnは0.01%以上含有する必要がある。一方で、Mnの過剰な含有は低温靱性を低下させる。そのため、10.0%以下とする。低温靭性を損なわないためには1.0%未満であることが好ましい。低温靱性に注意しつつ、コスト低減を両立させる観点でMnをオーステナイト相形成元素として十分に活用したい場合は2.0%以上とすることが好適であり、また8.0%以下が好適である。
【0030】
Cr:20〜35%
Crは鋼の不動態被膜を強固にし、耐食性能を高めるもっとも重要な元素である。過酷な腐食環境で利用されるステンレス鋼管には20%以上のCr量が必要となる。Cr量が増加するほど耐食性向上に寄与するが、35%超えの含有は溶解から凝固する過程で脆化相が析出し全体に割れが発生してしまい、その後の成形加工が困難になる。そのため、上限は35%以下とする。なお、耐食性の確保と製造性の両立の観点から、好ましい範囲は21.5%以上であり、また好ましくは28.5%以下である。
【0031】
Ni:1.0〜15%
Niは強力なオーステナイト相形成元素であり、かつ鋼の低温靱性を向上させる。安価なオーステナイト相形成元素であるMnの利用において、低温靱性が問題になる場合にNiを積極的に活用すべきであり、Ni量の下限は1.0%以上とする。一方で、Niはオーステナイト相形成元素中で最も高価な元素であり、含有量の増加は製造コスト上昇につながる。したがって、Ni量の上限は15%以下とする。なお、低温靱性が問題にならない用途の場合はNi量は1.0〜5%の範囲で、その他元素と複合添加することが好ましい。一方で、高い低温靱性が必要な場合はNiの積極的な添加が有効であり、5%以上とすることが好ましく、また13%以下とすることが好ましい。
【0032】
Mo:0.5〜6.0%
Moは含有量に応じて鋼の耐孔食性を高める。そのため腐食環境に応じて適量添加される。一方で過剰なMoの含有は溶鋼から凝固時に脆化相が析出し、凝固組織中に多量の割れを発生させ、その後の成形安定性を大きく損なう。そのため、Mo量の上限は6.0%以下とする。硫化物環境で安定した耐食性を維持するためにはMo量は0.5%以上が必要である。なお、ステンレス鋼管に必要とされる耐食性と製造安定性両立の観点からMo量は1.0%以上とすることが好適であり、また5.0%以下が好適である。
【0033】
N:0.005%以上0.150%未満
Nは強力なオーステナイト相形成元素であり、かつ安価である。また、単体では耐食性向上元素であるため積極的に利用される。しかし、固溶体化熱処理の後で低温の熱処理を行う場合は、多量のN添加は窒化物析出を招き、耐食性元素の消費による耐食性低下を引き起こす。そのため、N量の上限は0.150%未満とする。なお、N量の下限については特に制限はないが、N量が低すぎると、溶解時の処理が複雑になり生産性低下を招く。そのため、下限値は0.005%以上とする。なお、耐食性に問題のない範囲でNを含有することは、その他のオーステナイト相形成元素であるNi、Mn、Cuの含有量を抑えコストダウンにつながるため、N量は好ましくは0.08%以上であり、好ましくは0.14%以下である。
【0034】
残部はFeおよび不可避不純物である。なお、不可避的不純物としては、P:0.05%以下、S:0.05%以下、O:0.01%以下が挙げられる。P、S、Oは精錬時に不可避的に混入する不純物である。これらの元素は不純物として残留量が多すぎた場合、熱間加工性の低下や耐食性、低温靱性の低下など様々な問題が生じる。そのためそれぞれP:0.05%以下、S:0.05%以下、O:0.01%以下に管理することが必要である。
【0035】
上記成分組成のほかに、本発明では必要に応じて、以下に述べる元素を適宜含有してもよい。
【0036】
W:6.0%未満、Cu:4.0%未満のうちから選ばれた1種または2種
W:6.0%未満
WはMoと同様に含有量に応じて耐孔食性を高めるが、過剰に含有すると熱間加工時の加工性を損ない製造安定性を損なう。そのため、Wを含有する場合は、上限は6.0%未満とする。W量は特に下限を設ける必要はないが、ステンレス鋼管の耐食性能を安定させる理由で0.1%以上の含有が好適である。なお、ステンレス鋼管に必要とされる耐食性と製造安定性の観点からW量は1.0%以上がより好適であり、5.0%以下がより好適である。
【0037】
Cu:4.0%未満
Cuは強力なオーステナイト相形成元素であり、かつ鋼の耐食性を向上させる。そのためその他のオーステナイト相形成元素であるMnやNiでは耐食性が不足する場合に積極的に活用すべきである。一方で、Cuは含有量が多くなると熱間加工性の低下を招き、成形が困難になる。そのため、含有する場合、Cuは4.0%未満とする。Cu含有量の下限は特に規定する必要はないが、0.1%以上の含有で耐食性効果が得られる。なお、耐食性の向上と熱間加工性の両立の観点からCu量は1.0%以上がより好適であり、3.0%以下がより好適である。
【0038】
本発明はさらに必要に応じて、以下に述べる元素を適宜含有してもよい。
【0039】
Ti:0.50%以下、Al:0.30%以下、V:0.55%以下、Nb:0.75%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Ti、Al、V、Nbは適量添加すると余剰なNと結合し、鋼中の固溶N量を低減し、耐食性元素とNが結合するのを抑制して耐食性を向上させる効果がある。これらの成分の添加は単独で添加、または複合して添加してもよく、適宜利用できる。これらの成分の添加量は下限を特に設ける必要はないが、含有する場合はいずれも0.0001%以上により耐食性効果が得られる。しかしながら、過剰な添加は合金コストの増加を招くため、それぞれTi:0.50%以下、Al:0.30%以下、V:0.55%以下、Nb:0.75%以下を上限とすることが好ましい。より好ましくは、Ti:0.30%以下、Al:0.20%以下、V:0.30%以下、Nb:0.30%以下とすることが好ましい。
【0040】
本発明はさらに必要に応じて、以下に述べる元素を適宜含有してもよい。
【0041】
B:0.010%以下、Zr:0.10%以下、Ca:0.010%以下、Ta:0.3%以下、REM:0.10%以下、Mg:0.10%以下のうちから選ばれた1種また2種以上
B、Zr、Ca、REM、Mgは、ごく微量を添加すると粒界の結合力向上や、表面の酸化物の形態を変化させ熱間の加工性、成形性を向上する。二相ステンレス鋼管は一般的に難加工材料であるため、加工量や加工形態に起因した圧延疵や形状不良が発生しやすい。そのような問題が発生するような成形条件の場合にこれらの元素は有効である。B、Zr、Ca、REM、Mgの添加量について、下限を特に設ける必要はないが、含有する場合はそれぞれ0.0001%以上添加することにより加工性や成形性向上の効果が得られる。一方で、添加量が多くなると逆に熱間加工性を悪化させることに加え、希少元素のため合金コストが増大する。そのため添加量の上限は、B、Caについてはそれぞれ0.010%以下、Zr、REM、Mgについてはそれぞれ0.10%以下とする。Taは少量添加すると脆化相への変態を抑制し、熱間加工性と耐食性を同時に向上する。熱間加工やその後の冷却で脆化相が安定な温度域で長時間滞留する場合にTaは有効である。したがって、Taを含有する場合は0.0001%以上とする。一方で添加量が多くなると合金コストが増大するため、Taを含有する場合は0.3%以下とする。
【0042】
本発明はさらに必要に応じて、以下に述べる元素を適宜含有してもよい。
【0043】
Sn:0.30%以下、Sb:0.30%以下、Ag:0.30%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Sn、Sb、Agは、微量に添加すると耐食性能が向上する。添加量について特に下限を設ける必要はないが、含有する場合にはそれぞれ0.0001%以上により耐食性能向上効果が得られる。一方で、添加量が多すぎると熱間加工性が低下する。そのため、添加する場合、それぞれ0.30%以下とする。
【0044】
次に耐食性に重要なフェライト相、オーステナイト相の適切な相分率について説明する。本発明の組織は、体積分率で、20〜80%のフェライト相と残部がオーステナイト相からなる二相組織とする。
【0045】
二相ステンレス鋼の各相は耐食性に関して異なる作用を有しており、それらが二相で鋼中に存在することで高い耐食性を発揮する。二相ステンレス鋼中にはオーステナイト相とフェライト相の両方が存在していなければならず、さらにその相分率も耐食性能の観点で重要である。本発明は耐食性能が必要な用途で使用されるステンレス鋼管であるため、耐食性の観点から適切な二相分率状態にすることが重要である。本発明における適切な二相分率状態とは、ステンレス鋼管組織中のフェライト相分率を体積分率で20〜80%とする。また、より耐食性が厳しく求められる環境で利用される際はISO15156-3に準拠し、フェライト相を35〜65%とすることが好ましい。なお、残部はオーステナイト相とする。フェライト相体積分率は固溶体化熱処理後、各種冷間圧延、加工後に測定する。簡単な測定、予測には得られた鋼の化学成分を分析し、熱平衡計算を行うことで得られる。または得られた鋼管からサンプルを切り出し、X線回折後のフェライト相とオーステナイト相のピーク値の比較や結晶方位解析後のfcc、bcc体積分率測定結果からも得ることができる。
【0046】
例えば、油井・ガス井用二相ステンレス鋼管といった、冷間加工により高強度化された二相ステンレス鋼管の強度グレードは、もっとも高い荷重の発生する管軸方向引張降伏強度で決定されている。本発明のステンレス鋼管において、管軸方向引張降伏強度689MPa以上とする。通常、二相ステンレス鋼は軟質なオーステナイト相を組織中に含むため、固溶体化熱処理の状態では管軸方向引張降伏強度が689MPaに到達しない。このため、上述した冷間加工(管軸方向への延伸加工もしくは管周方向の曲げ曲げ戻し加工)による転位強化により管軸方向引張降伏強度を調整する。なお、管軸方向引張降伏強度が高いほど、管を薄肉厚で設計でき、コスト的に有利となる。しかしながら、管の外径が変わらないまま肉厚のみ薄くすると、外圧による圧潰に対し弱くなり、利用できない。以上の理由から、管軸方向引張降伏強度は高くても1033.5MPa以内の範囲で用いられる。
【0047】
また、本発明では、管軸方向圧縮降伏強度と管軸方向引張降伏強度の比、すなわち管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度を0.85〜1.15とする。0.85〜1.15とすることにより、ネジ締結時や、井戸内で鋼管が湾曲した際に発生する管軸方向圧縮応力に対し、より高い応力まで耐えられるようになり、耐圧縮応力のために必要であった管肉厚の減少が可能になる。また、これによりネジ締結部に繰り返し加わる引張圧縮応力に対して高い降伏強度となるため、疲労特性も向上する。管肉厚の自由度の向上、特に減肉範囲の拡大は材料費の削減によるコストダウンや生産量向上につながる。なお、N量を0.005%以上0.150%未満として、管軸方向への延伸加工後に低温熱処理、温間延伸加工、曲げ曲げ戻し加工のいずれかをすることにより、耐食性を維持しつつ、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度を0.85〜1.15とすることができる。更に、曲げ曲げ戻し加工を温間にする、または温間延伸加工後もしくは曲げ曲げ戻し加工後に低温熱処理をさらに行うと、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度をより異方性が少ない1に近づけることができる。
【0048】
また、本発明では、管周方向圧縮降伏強度と管軸方向引張降伏強度との比、すなわち管周方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85以上であることが好ましい。二相ステンレス鋼管の強度代表値は管軸方向引張強度特性であることが多く、この値に対して管周方向降伏強度が小さいと、製品の強度仕様に対して周方向の強度特性に依存する外圧に弱くなるためである。なお、管周方向圧縮降伏強度が管軸方向引張降伏強度に対して大きい場合には特に問題にならないが、管周方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度は、通常は1.50程度で飽和する。一方で、あまりに強度比が高すぎると、管軸方向と管周方向のその他機械的特性、例えば低温靭性が管軸方向に比較し大きく低下する。このため、管周方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度は、0.85〜1.25の範囲がより好ましい。
【0049】
さらに、本発明では、管軸方向肉厚断面の結晶方位角度差15°以上で区切られたオーステナイト粒のアスペクト比が9以下であることが好ましい。また、アスペクト比が9以下のオーステナイト粒が面積分率で50%以上であることが好ましい。本発明のステンレス鋼管は、固溶体化熱処理温度により適切なフェライト相分率へ調整される。ここで、残部のオーステナイト相内部では、熱間加工時や熱処理時に再結晶化により方位角15°以上で区切られた結晶粒を複数有する組織となる。その結果、オーステナイト粒のアスペクト比は小さい状態となる。この状態のステンレス鋼管は、油井管に必要な管軸方向引張降伏強度を有していない一方で、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度も1に近い状態となる。その後、油井管に必要な管軸方向引張降伏強度を得るために、(1)管軸方向への延伸加工:冷間引抜圧延、冷間ピルガー圧延や、(2)管周方向への曲げ曲げ戻し加工がおこなわれる。これらの加工により、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度とオーステナイト粒のアスペクト比に変化が生じる。つまり、オーステナイト粒のアスペクト比と管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度は密接に関係している。具体的には、(1)または(2)の加工において、管軸方向肉厚断面のオーステナイト粒が加工前後で延伸した方向は降伏強度が向上するが、代わりにその反対方向はバウシンガー効果により降伏強度が低下し、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度の差が大きくなるのである。このことより、(1)または(2)の加工前後のオーステナイト粒のアスペクト比を小さく制御すれば、管軸方向に強度異方性の少ない鋼管を得ることができる。
【0050】
本発明において、オーステナイト粒のアスペクト比は9以下であれば安定した強度異方性の少ない鋼管を得られることができる。また、アスペクト比が9以下のオーステナイト粒が面積分率で50%以上とすれば、安定した強度異方性の少ない鋼管を得られる。なお、アスペクト比は5以下とすることでより安定して強度異方性の少ない鋼管を得ることができる。アスペクト比は小さくなれば、より強度異方性を減らせるため、特に下限は限定せず、1に近いほどよい。また、オーステナイト粒のアスペクト比は、例えば管軸方向肉厚断面の結晶方位解析によりオーステナイト相の結晶方位角度15°以上の粒を観察し、その粒を長方形の枠内に収めた際の長辺と短辺の比で求められる。なお、粒径が小さいオーステナイト粒は測定誤差が大きくなるため、粒径が小さいオーステナイト粒が含まれるとアスペクト比にも誤差が出る可能性がある。そのため、アスペクト比を測定するオーステナイト粒は、測定した粒の面積を用いて同じ面積の真円を作図した際の直径で10μm以上が好ましい。
【0051】
管軸方向肉厚断面のオーステナイト粒のアスペクト比が小さい組織を安定して得るには、(1)または(2)の加工において、管軸方向に延伸させず、さらに肉厚を減じないのが有効である。(1)の加工方法については、原理的に管軸方向延伸と減肉を伴うため、加工前に比べアスペクト比が大きくなり、それによる強度異方性が発生しやすい。このため、加工量を小さくすること(肉厚圧下を40%以下とする。または管軸方向への延伸を50%以下とし、組織の延伸を抑制する。)や、延伸減肉と同時に管外周長を小さくして(管軸方向への延伸時に外周長を10%以上減少させる。)アスペクト比を小さく保つことに加え、発生した強度異方性を緩和するために加工後の低温熱処理(熱処理温度が600℃以下であれば、再結晶や回復による軟化が起こらない。)等が必要となる。一方、(2)の加工方法は管周方向への曲げ曲げ戻し変形であるため、基本的にアスペクト比は変化しない。そのため、(2)の加工方法は管の延伸や減肉などの形状変化量に制限はあるがアスペクト比を小さく保ち、強度異方性を低減させることに極めて有効であり、(1)で必要となるような加工後の低温熱処理も必要ない。なお、(1)の加工温度や熱処理条件を本発明の範囲内に制御する、もしくは(2)の加工方法を用いることにより、アスペクト比が9以下のオーステナイト粒が面積分率で50%以上に制御することができる。
【0052】
(1)または(2)の加工方法において、加工後に熱処理を施してもアスペクト比に変化は生じない。また、フェライト相についてはオーステナイト相と同様の理由でアスペクト比が小さい方が好ましいが、オーステナイト相のアスペクト比が小さい方が低い降伏強度を有し、加工後のバウシンガー効果へ影響を与えやすい。
【0053】
製品の強度仕様では管軸方向引張降伏強度が最も重要であるが、管の連結部については管軸方向圧縮降伏強度も重要となる。油井・ガス井用あるいは地熱井用の管は火災防止や抜き差しを繰り返す観点から、連結に溶接が利用できず、ネジによる締結が利用される。
【0054】
ネジ継手は雄ネジを有するピンと雌ネジを有するボックスから構成される。ネジ継手としては、API(米国石油協会)規格に規定された標準的なネジ継手や、ネジ部だけでなくメタルタッチシール部とトルクショルダ部とを備えるプレミアムジョイントと呼ばれる高性能の特殊なネジ継手がある。ネジ部の強固な締結を実現するためには、ネジ部は、直径方向に接触面圧が発生するように設計されるのが一般的であり、例えばテーパーネジが用いられる。直径方向の面圧に伴いピン(雌ネジ側)は縮径変形して管軸方向に伸び、ボックス(雄ネジ側)は拡管変形して管軸方向に縮むため、ネジ部両端のフランク面において接触面圧が発生する。そのため、ネジ山には締結力に応じた管軸方向圧縮応力が発生する。したがって、この圧縮応力にも耐えることができる管軸方向圧縮降伏強度が重要となる。プレミアムジョイントにおいてはトルクショルダ部に大きな管軸方向圧縮応力が発生するため、高い管軸方向圧縮降伏強度を有する材料はトルクショルダ部の塑性変形を防止することにおいても重要である。
【0055】
先述したように、高耐食性能を有する鋼管を油井・ガス井用あるいは地熱井用に利用するには鋼管の管軸方向引張降伏強度の向上と、締結に利用されるネジ部の強度特性が極めて重要となる。プレミアムジョイントにおいてはトルクショルダ部の強度特性も極めて重要となる。二相ステンレス鋼に代表される高耐食性材料は、総じて組織中に常温で降伏強度が低いオーステナイト相を含む。そのため、高耐食性能に加えて、油井用あるいは地熱井用に必要な高降伏強度を得るには、固溶体化熱処理後に冷間引き抜き、または、冷間ピルガー圧延による転位強化が必須となる。これらの冷間加工方法は油井・ガス井用に利用するための管軸方向引張降伏強度を十分に高められる一方で、締結に利用されるネジ部の強度特性を同時に得ることができない。すなわち、従来の冷間引き抜き、冷間ピルガー圧延は管肉厚を減じる、または引き抜き力により管軸方向に延伸させる形態をとるため、最終的に鋼管は管軸方向に延びる変形により管軸引張方向の降伏強度が高められる。一方で、金属材料には最終変形方向と逆方向の変形に対し、降伏強度が大きく低下するバウシンガー効果が発生する。従来の冷間加工方法で得られる鋼管は油井・ガス井用あるいは地熱井用に必要な管軸方向引張降伏強度を有するが、管軸方向の圧縮降伏強度が低下する。このため、従来の冷間加工方法で得られる鋼管は、圧縮降伏強度の低下を回復する低温熱処理を行わないと、油井採掘で必ず使用されるネジ締結時に、ねじ部やトルクショルダ部が管軸方向圧縮応力に耐えられない。その結果、塑性変形が生じ、不動態被膜が破壊されて耐食性が低下する欠点やねじ継手としての構造的な機能を喪失する欠点を有していた。
【0056】
本発明のステンレス鋼管は、他の鋼管と直接またはカップリングを介して連結される鋼管であり、少なくとも一方の管端部に雄ネジまたは雌ネジの締結部を備え、締結部の管軸断面における、ネジ谷底面と圧力側フランク面とで形成される角部Rの曲率半径を0.2mm以上とする。本発明によれば、ネジの種類によらず、締結により雄ネジと雌ネジが互いに接触し、締結により圧力が発生するフランク面(圧力側フランク面)とネジ谷底面で形成される角部Rの曲率半径を0.2mm以上とすることにより、ネジ部の疲労特性を向上させることができる。
【0057】
本発明のステンレス鋼管は、優れた耐圧縮性を有することから、他の鋼管と直接連結(インテグラル型)されるネジ継手、または、カップリングを介して連結(T&C型)されるネジ継手に用いることができる。ネジの締結部では締め付け時、締め付け後の曲げ変形により管軸方向引張と圧縮応力が発生する。本発明のステンレス鋼管をネジ継手に用いることにより、高い耐食性能とネジ継手性能を維持できるネジ継手の実現が可能である。
【0058】
図3は、雄ネジと雌ネジの締結部の管軸方向断面図(管軸方向に平行な断面図)であり、ネジの締結部における、角部の曲率半径Rの位置を示す模式図である。
図3(a)は角ネジの場合、
図3(b)は台形ネジの場合、
図3(c)は三角ネジの場合である。本発明において、少なくとも一方の管端部に雄ネジまたは雌ネジの締結部を備え、前記締結部のフランク面とネジ谷底面で形成される角部の曲率半径が0.2mm以上である。すなわち、本発明によれば、ネジの種類によらず、締結により雄ネジと雌ネジが互いに接触し、締結により圧力が発生するフランク面とネジ谷底面で形成される角部Rの曲率半径を0.2mm以上とすることにより、高い耐食性能を維持したまま疲労特性を向上させることができる。なお、フランク面については、雄ネジ(ピン)において管端に近い側のネジ山斜面をスタビングフランク面と呼び、管端から遠い側のネジ山斜面をロードフランク面と呼ぶ。雌ネジ(ボックス)においては、ピンのスタビングフランク面に対向するネジ山斜面をスタビングフランク面と呼び、ピンのロードフランク面に対向するネジ山斜面をロードフランク面と呼ぶ。
【0059】
図4は、ネジ継手の管軸方向断面図(管軸方向に平行な断面図)であり、
図4(a)はAPIネジ継手の場合、
図4(b)はプレミアムジョイントの場合である。APIネジ継手のようにネジ部のみで構成されるネジ継手においては、ネジ締結時にはネジ部の両端に最大面圧が発生し、ピン先端側のネジ部はスタビングフランク面で接触し、ピン後端側のネジ部はロードフランク面で接触する。プレミアムジョイントの場合にはトルクショルダ部による反力も考慮する必要があり、ネジ締結時にはネジ部の両端のロードフランク面に最大面圧が発生する。従来は管軸方向におけるバウシンガー効果の影響で管軸方向引張降伏強度に対する管軸方向圧縮降伏強度が低く、応力集中部に圧縮応力が発生すると、圧縮降伏強度が低いために容易にミクロな変形が生じ、疲労寿命が低下してしまう。バウシンガー効果を低減するために低温熱処理を行う手法も開示されているが、低温熱処理を行うと「耐食性元素が固溶した状態」ではなくなり、高い耐食性能が得られず、耐食性とネジ部の疲労特性向上を両立できない。本発明によれば、角部Rの曲率半径を0.2mm以上とすることにより、ステンレス継目無鋼管におけるネジ部の疲労特性が向上し、かつ良好な耐食性能が得られる。
【0060】
角部Rの曲率半径を0.2mm以上に大きくすることは更なる応力集中の緩和に有効である。しかしながら、大きな角部Rはネジ部の設計の自由度を奪い、ネジ加工できる鋼管のサイズ制約や設計不能になる可能性がある。また、角部Rを大きくすると、接触する雄ネジと雌ネジのフランク面の面積が低下するために密封性や締結力の低下が発生する。そのため、角部Rは0.2mm以上とし、0.3mm以上が好ましい。また、角部Rは3.0mm以下とすることが好ましい。または、角部Rの大きさで減少するフランク面の面積はネジ山高さと関係づけて定義するのが適切であり、ネジ山の高さの20%未満の径方向長さ(管軸中心から直径方向の長さ)を角部Rが占めるような曲率半径とし、かつ、角部Rの曲率半径を0.2mm以上に設計するとよい。また、角部Rの大きさで減少する圧力側フランク面の面積はネジ山高さの影響を受けるため、ネジ山の高さの10%未満の長さを角部Rの曲率半径とし、かつ、角部Rの曲率半径を0.3mm以上に設計するとよい。
【0061】
図4(b)はネジ部だけでなくメタルタッチシール部とトルクショルダ部とを備えるプレミアムジョイントの模式図である。
図4(b)に示すメタルタッチシール部(
図4(b)中のSeal)により締結された管の密閉性が保証される。一方でトルクショルダ部(
図4(b)中のShoulder)は締め付け時のストッパーの役割をしており、安定した締め付け位置を保証するのに重要な役割を持っているが、締め付け時に高い圧縮応力が発生する。高い圧縮応力によりトルクショルダ部が変形すると、高い密閉性が損なわれたり、内径側への変形により内径が縮径して問題になるため、トルクショルダ部が変形しないように肉厚を厚くして圧縮強度を向上させる必要が発生し、薄肉形状の鋼管が設計できない、または余剰な肉厚による材料の無駄が発生する。
【0062】
更に、通常、ネジを締結する場合は、締付けトルク値(ネジを締めつけている間のトルクの値)を確認し、密閉されたトルク値(締め付けにより、ある基準を超えると密閉状態を示すトルク値となるため、締め付けている間のトルク値をいう)から、トルクショルダ部が変形しないトルク値(ある基準を超えてトルク値が大きくなるとネジ先端が変形してしまうため、この基準を超えないトルク値)を上限として、密閉されたトルク値からトルクショルダ部が変形しないトルク値の範囲で管理して締結を行う。
【0063】
この時、管の管軸方向の圧縮降伏強度が弱い場合はトルクショルダ部の変形を抑止するためにトルク値の上限が小さくなる。このため、トルク値の管理範囲が狭くなり締め付けが安定してできない。管の管軸方向の圧縮降伏強度に優れる本発明によれば、高い耐食性能を維持したまま、トルクショルダ部の変形を抑止できる。トルクショルダ部の変形を抑止して安定して締め付けを行うには
図5中で示す雄ネジのトルクショルダ部である先端厚み(カップリング側の雄ネジ先端を受ける部分であり、(Ds1−Ds0)/2)の断面積を素管の断面積に対して25%以上(ショルダ部の断面積比で0.25以上)確保すればよい。雄ネジのトルクショルダ部である先端厚みを厚くするとノーズ剛性が高くなりすぎて締め付け時に焼き付き発生の問題があるため、好ましい範囲は25〜60%である。トルクショルダ部の耐圧縮強度をさらに上げるようなノーズ部の設計をすることにより更にハイトルク性能(変形しないトルク値が高くなり、より高い締付けトルクを与えられるようになること)を実現できるため好ましい。ピンの延長部であるノーズ部付近の模式図として、ピンとカップリング締結部の管軸方向平行の切断断面図とピンのネジ先端部をピン先端部正面から見たトルクショルダ部を
図5(a)(b)にそれぞれ示す。ハイトルク性を実現するためには、管端からのシールポイント位置をxとしたときのピン先端のネジ無し部であるノーズ長さLに対する比x/Lを0.01以上0.1以下とするのが良い。シールポイント位置をショルダ部近傍に設置することにより、実質的なショルダ部の断面積(ショルダ部の断面積:π/4×(Ds1
2−Ds0
2))が上昇しハイトルク性が得られる。このとき、ノーズ長さが長すぎるとノーズ剛性が低下して高い圧縮力に耐えられなくなるため、ノーズ長さは0.5インチ以下とするのが良い。一方、ノーズ長さが短すぎるとシール部を配置する余地がなくなるため0.2インチ以上とするのが望ましい。なお、従来の管軸方向の圧縮降伏強度の低いステンレス鋼では、いずれのハイトルク性能についても実現することが不可能であった。
なお、
図5において、
δ:シール干渉量を意味し、図面を重ね合わせたときの重なり代の最大値で定義される
Ds1:ショルダ接触領域の外径
Ds0:ショルダ接触領域の内径
である。
【0064】
気密性を示すシール性もネジ部の特性として重要であり、ISO13679:2019のシール試験で示す圧縮率85%以上を満たすことが好ましい。高いシール性を実現するためには、ピン先端のネジ無し部であるノーズ長さを0.3インチ以上とし、管端からのシールポイント位置をxとしたときのノーズ長さLに対する比x/Lを0.2以上0.5以下とするのが良い。ただし、ノーズ長さを必要以上に長くすると切削に時間がかかるのとノーズ剛性が低下して性能が不安定となるため、ノーズ長さは1.0インチ以下とするのが望ましい。なお、ノーズ長さの長いデザインは従来の圧縮降伏強度の低い二相ステンレス鋼では、必然的にノーズ先端が薄くなる設計に耐えられないため、実現することが不可能であった。
【0065】
なお、本発明のステンレス鋼管は、管周方向の材料特性および強度特性について均一なものを得るという点から、管周方向に溶接部などの継目が無い継目無鋼管であることが好ましい。
【0066】
次に、本発明のステンレス鋼管の製造方法について説明する。
【0067】
まず、上記の二相ステンレス鋼組成を有する鋼素材を作製する。二相ステンレス鋼の溶製は各種溶解プロセスが適用でき、制限はない。たとえば、鉄スクラップや各元素の塊を電気溶解して製造する場合は真空溶解炉、大気溶解炉が利用できる。また、高炉法による溶銑を利用する場合はAr-O
2混合ガス底吹き脱炭炉や真空脱炭炉等が利用できる。溶解した材料は静止鋳造、または連続鋳造により凝固させ、インゴットやスラブとし、その後、熱間圧延で板形状の鋼素材、または、鍛造や圧延で丸ビレット形状に成形し鋼素材となる。
【0068】
次に、板形状の鋼素材の場合は、略管形に成形された後、端部を溶接されて鋼管形状とされる。鋼管成形のプロセスは特に制限はなく、UOE成形法やロールフォーミングなどの成形技術と、溶材を利用した溶接や誘導加熱を利用した電縫溶接が利用できる。また、丸ビレット状の鋼素材の場合は、加熱炉で加熱され、各種熱間圧延プロセスを経て鋼管形状となる。丸ビレットを中空管にする熱間成形(穿孔プロセス)を行う。熱間成形としては、マンネスマン方式、押出製管法等のいずれの手法も利用できる。また、必要に応じて、中空管に対し減肉、外径定型を行う熱間圧延プロセスであるエロンゲーター、アッセルミル、マンドレルミル、プラグミル、サイザー、ストレッチレデューサー等を利用してもよい。
【0069】
次に、成形後の鋼管は固溶体化熱処理を行うことが望ましい。板形状の鋼素材を曲げて成形した鋼管は曲げ変形によるひずみが蓄積する。また、各種熱間圧延プロセスを経て鋼管形状とする場合、熱間圧延中の二相ステンレス鋼は加熱時の高温状態から熱間圧延中に徐々に温度が低下する。また熱間成形後も空冷されることが多く、サイズや品種により温度履歴が異なり制御できない。そのため、耐食性元素が温度低下中の種々の温度域で熱化学的に安定な析出物となり消費され、耐食性が低下する可能性がある。また、脆化相への相変態が生じ低温靱性を著しく低下させる可能性もある。さらに二相ステンレス鋼は種々の腐食環境に耐えるため、オーステナイト相とフェライト相分率が適切な二相状態であることが重要である。加熱温度からの冷却速度が制御できないため、保持温度により逐次変化する二相分率の制御が困難となる。以上の問題があることから、累積したひずみの除去、析出物の鋼中への固溶、脆化相の非脆化相への逆変態、相分率を適切な二相状態とする目的で高温加熱後、急速冷却を行う固溶体化熱処理が多用される。この処理により、累積したひずみによる残留応力の除去、析出物や脆化相を鋼中に溶かし込み、かつ、相分率を適切な二相状態へ制御する。固溶体化熱処理の温度は析出物の溶解、脆化相の逆変態、相分率が適切な二相状態となる温度が添加元素により多少異なるが、1000℃以上の高温であることが多い。また加熱後は固溶体化状態を維持するため急冷を行うが、圧縮空気による冷却やミスト、油、水など各種冷媒が利用できる。
【0070】
固溶体化熱処理後の鋼管は低降伏強度であるオーステナイト相を含むため、そのままでは、例えば高強度が必要な油井・ガス井採掘の用途に適用できない。そのため、各種冷間圧延による転位強化を利用して管の高強度化を行う。なお、高強度化後のステンレス鋼管の強度グレードは管軸方向引張降伏強度により決定される。
【0071】
本発明では、以下に説明するように、(1)管軸方向への延伸加工、もしくは、(2)管周方向への曲げ曲げ戻し加工、のいずれかの方法により、管の高強度化を行う。
【0072】
(1)管軸方向への延伸加工:冷間引抜圧延、冷間ピルガー圧延
管の冷間圧延法で油井・ガス井採掘に関して規格化されているのは冷間引抜圧延、冷間ピルガー圧延の2種類であり、いずれの手法も管軸方向への高強度化が可能であり、適宜利用できる。これらの手法では、主に圧下率と外径変化率を変化させて必要な強度グレードまで高強度化を行う。一方で、冷間引抜圧延や冷間ピルガー圧延は管の外径と肉厚を減じ、その分を管軸長手方向に大きく延伸する圧延形態であるため、管軸長手方向へは高強度化が容易に起こる。その反面、管軸圧縮方向へ大きなバウシンガー効果が発生し、管軸方向圧縮降伏強度が管軸引張降伏強度に対し最大20%程度低下することが問題として知られている。
【0073】
そこで本発明では、管軸方向への延伸加工を行った後に460〜480℃を除く150〜600℃の熱処理を行う。N量が0.150%未満であれば上記熱処理後でも耐食性元素の消費による耐食性能低下を起こすことなく管軸方向への延伸加工により生じた管軸方向圧縮降伏強度の低下を改善することができる。
【0074】
また、管軸方向への延伸加工温度を460〜480℃を除く150〜600℃として延伸加工を行うことも有効である。N量が0.150%未満であれば延伸加工後の熱処理同様に耐食性能低下を起こすことなく管軸方向への延伸加工により生じた管軸方向圧縮降伏強度の低下を改善することができる。また、材料の軟化による加工負荷の低減効果も期待できる。
【0075】
延伸加工時の加工温度および熱処理時の加熱温度の上限は、加工による転位強化が消失しない温度であることが必要であり600℃以下まで適用できる。また、フェライト相の脆化温度である460〜480℃での加工は管の脆化による製品特性の劣化に加え、加工中の割れにもつながるため避けるべきである。
【0076】
熱処理時の加熱温度や、延伸加工時の加工温度が150℃未満では急激な降伏強度低下が生じる温度域となる。また、十分な加工負荷低減効果を得るために、150℃以上とする。好ましくは、加熱冷却時の脆化相通過を避ける為に350〜450℃とする。
【0077】
(2)管周方向への曲げ曲げ戻し加工
油井・ガス井採掘用二相ステンレス継目無鋼管の冷間加工手法として規格化されていないが、管周方向への曲げ曲げ戻し加工による転位強化を利用した管の高強度化も利用できる。図面に基づいて、本加工手法について説明する。この手法は、圧延によるひずみが管軸長手方向へ生じる冷間引抜圧延や冷間ピルガー圧延と異なり、
図6に示すように、ひずみは管の扁平による曲げ加工後(1回目の扁平加工)、再び真円に戻す際の曲げ戻し加工(2回目の扁平加工)により与えられる。この手法では、曲げ曲げ戻しの繰り返しや曲げ量の変化を利用してひずみ量を調整するが、与えるひずみは加工前後の形状を変えることがない付加的せん断ひずみである。さらに、管軸方向へのひずみがほとんど発生せず管周方向と管肉厚方向へ与えられたひずみによる転位強化で高強度化するため、管軸方向へのバウシンガー効果の発生を抑制できる。つまり、冷間引抜圧延や冷間ピルガー圧延のように管軸圧縮強度の低下がない、または少ないため、ネジ締結部の設計自由度が向上できる。さらに、管外周長が減ずるように加工を行えば、管周方向圧縮強度が向上し、高深度の油井・ガス井採掘時の外圧に対しても強い鋼管とすることができる。管周方向への曲げ曲げ戻し加工は、冷間引抜圧延や冷間ピルガー圧延のように大きな外径、肉厚変化を与えることはできないが、特に管軸方向と管軸引張に対する管周方向圧縮方向の強度異方性の低減が求められる場合に有効である。
【0078】
なお、
図6(a)(b)は、工具接触部を2ヶ所とした場合の断面図であり、
図6(c)は工具接触部を3か所とした場合の断面図である。また、
図6における太い矢印は、鋼管に偏平加工を行う際の力の掛かる方向である。
図6に示すように、2回目の偏平加工を行う際、1回目の偏平加工を施していない箇所に工具が接触するように、鋼管を回転させるように工具を動かしたり、工具の位置をずらしたりなどの工夫をすればよい(
図6中の斜線部は1回目の扁平箇所を示す。)。
【0079】
図6のように、鋼管を扁平させる管周方向への曲げ曲げ戻し加工を、管の周方向全体に間欠的、または連続的に与えることで、鋼管の曲率の最大値付近で曲げによるひずみが加えられ、鋼管の曲率の最小値に向けて曲げ戻しによるひずみが加わる。その結果、鋼管の強度向上(転位強化)に必要な曲げ曲げ戻し変形によるひずみが蓄積される。また、この加工形態を用いる場合、管の肉厚や外径を圧縮して行う加工形態とは異なり、多大な動力を必要とせず、偏平による変形であるため加工前後の形状変化を最小限にとどめながら加工可能な点が特徴的である。
【0080】
図6のような鋼管の扁平に用いる工具形状について、ロールを用いてもよく、鋼管周方向に2個以上配置したロール間で鋼管を扁平させ回転させれば、容易に繰り返し曲げ曲げ戻し変形によるひずみを与えることが可能である。さらにロールの回転軸を管の回転軸に対し、90°以内で傾斜させれば、鋼管は偏平加工を受けながら管回転軸方向に進行するため、容易に加工の連続化が可能となる。また、このロールを用いて連続的に行う加工は、例えば、鋼管の進行に対して扁平量を変化させるように、適切にロールの間隔を変化させれば、容易に一度目、二度目の鋼管の曲率(扁平量)を変更できる。したがって、ロールの間隔を変化させることで中立線の移動経路を変更して、肉厚方向でのひずみの均質化が可能となる。また同様に、ロール間隔ではなく、ロール径を変更することにより扁平量を変化させることで同様の効果が得られる。また、これらを組み合わせても良い。設備的には複雑になるが、ロール数を3個以上とすれば、加工中の管の触れ回りが抑制でき、安定した加工が可能になる。
【0081】
管周方向への曲げ曲げ戻し加工における加工温度については、常温でも良い。一方、加工温度が常温であればNをすべて固溶した状態にできるため、耐食性の観点で好ましい。N量が0.150%未満の範囲であれば、冷間加工負荷が高く、加工が困難な場合は加工温度を上昇させて材料を軟化させることが有効である。加工温度の上限は、加工による転位強化が消失しない温度であることが必要であり600℃以下まで適用できる。また、フェライト相の脆化温度である460〜480℃での加工は管の脆化による製品特性の劣化に加え、加工中の割れにもつながるため避けるべきである。したがって、管周方向への曲げ曲げ戻し加工の場合、加工温度は460〜480℃を除く600℃以下とすることが好ましい。加工温度の下限について、加工温度が150℃未満では急激な降伏強度低下が生じる温度域となるため、加工温度は150℃以上とすることがより好ましい。加工温度の上限については、より好ましくは、省エネと加熱冷却時の脆化相通過を避ける為に450℃とする。また、所定の加工温度にて曲げ曲げ戻し加工をすることは、加工後の管の強度異方性を若干低減する効果もあるため、強度異方性が問題になる場合も有効である。
【0082】
転位強化に利用した上記(1)もしくは(2)の加工後、本発明ではさらに熱処理を行っても良い。熱処理を行うことにより、耐食性を維持したまま強度異方性を改善できる。熱処理の加熱温度が150℃未満では急激な降伏強度低下が生じる温度域となるため、加熱温度は150℃以上とすることが好ましい。また、加熱温度の上限は、加工による転位強化が消失しない温度であることが必要であり600℃以下まで適用できる。一方で、フェライト相の脆化温度である460〜480℃での熱処理は管の脆化による製品特性の劣化につながるため避けるべきである。したがって、さらに熱処理を行う場合は、460〜480℃を除く150〜600℃の加熱温度で熱処理することが好ましい。異方性の改善効果を得つつ、省エネ、加熱冷却時の脆化相通過を避ける為に350〜450℃とすることがより好ましい。加熱後の冷却速度は空冷相当、水冷相当いずれでもよい。
【0083】
冷間加工後、必要に応じてめっき処理などの表面処理を施してもよい。
【0084】
本発明では、以上により得られたステンレス鋼管について、ネジ継手部の管軸断面(管軸方向に平行な断面)における、ネジ谷底面とフランク面とで形成される角部Rの曲率半径を0.2mm以上になるように、雄ネジ、および、雌ネジを設計すればよい。ネジ形状は、切削や転造を用いて設ければよく、角部Rの形状を安定して得るには切削が好ましい。ネジ継手としてより性能を高くするためには、ネジ部だけでなくメタルタッチシール部とトルクショルダ部とを備えるプレミアムジョイントの採用が望ましい。本発明のステンレス鋼管は、管軸方向で高い圧縮降伏強度を有することにより、ショルダ部断面積はピン素管断面積の25%以上とすれば、継手として問題のない機能を発揮することが可能である。
【0085】
ハイトルク性(変形しないトルク値が高くなり、より高い締付けトルクを与えられるようになること)を実現するためには、
図5で示すピン先端のネジ無し部であるノーズ長さを0.2インチ以上0.5インチ以下とし、管端からのシールポイント位置をxとしたときのノーズ長さLに対する比x/Lを0.01以上0.1以下とするのが良い。一方で、気密性の高いメタルタッチシール部を実現するためには、ピン先端のネジ無し部であるノーズ長さを0.3インチ以上1.0インチ以下とし、管端からのシールポイント位置をxとしたときのノーズ長さLに対する比x/Lを0.2以上0.5以下とするのが良い。
【0086】
以上の製造方法により、本発明のステンレス鋼管を得ることができる。
【実施例1】
【0087】
以下、実施例に基づいて本発明を説明する。なお、固溶体化熱処理後の二相ステンレス鋼は特性が均一化するため、板形状の鋼素材から成形および溶接して得られた鋼管であっても、丸ビレットから製造した継目無鋼管であっても大きな差異はない。そこで、本実施例では冷間加工前の素管に継目無鋼管を利用した。
【0088】
表1に示すA〜Sの化学成分を真空溶解炉で溶製し、その後φ60mmの丸ビレットへ熱間圧延した。
【0089】
【表1】
熱間圧延後、丸ビレットは再度加熱炉へ挿入し、1200℃以上の高温で保持した後マンネスマン式穿孔圧延機で外径φ70mm、内径58mm(肉厚6mm)の継目無素管へ熱間成形した。熱間成形後のそれぞれの成分の素管はフェライト相とオーステナイト相の分率が適切な二相状態になる温度で固溶体化熱処理を実施し、高強度化のための加工を行った。加工方法は、表2に示すように、管軸方向への延伸加工の一つである引抜圧延と曲げ曲げ戻し加工の2種類を行った。なお、引抜圧延もしくは曲げ曲げ戻し加工後、一部を切り出して測定面積1.5mm
2について結晶方位解析を行い、組織全体に対するbcc(フェライト相)の割合を求め、フェライト相とオーステナイト相の適切な二相分率状態であることを確認した。
【0090】
さらに、管軸方向に平行な管断面の肉厚方向について、EBSDによる結晶方位解析を行い、結晶方位角度15°で区切られるオーステナイト粒のアスペクト比を測定した。測定面積は1.2mm×1.2mmとし、真円と仮定した際の粒径が10μm以上のオーステナイト粒についてアスペクト比を測定した。
【0091】
引抜圧延は、肉厚圧下を10〜30%の範囲で行い、外周長を20%低減させる条件で行った。曲げ曲げ戻し加工は、管外周上に円柱形状ロールを120°ピッチで3個配置した圧延機を準備し(
図6(c))、ロール間隔を管外径より小さくした状態で管外周を挟み込み、管を回転させて行った。また、一部の条件で300〜570℃の温間加工を行った。また、各冷、温間での加工後、一部の条件には低温熱処理として300〜620℃の熱処理を行った。
【0092】
得られた鋼管は、管軸長手方向の引張、圧縮降伏強度と管周方向圧縮降伏強度を測定し、油井・ガス井用鋼管の強度グレードである管軸方向引張降伏強度と、強度異方性の評価として管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度と、管周方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度を測定した。
【0093】
さらに、応力腐食試験を実施した。腐食環境は塩化物、硫化物環境の水溶液(20%NaCl+0.5%CH
3COOH+CH
3COONaの水溶液に0.01〜0.10MPaの圧力でH
2Sガスを添加しpHを3.0に調整、試験温度25℃)とした。応力は、管軸長手方向へ応力が付与できるように肉厚5mmの4点曲げ試験片を切り出し、管軸方向引張降伏強度に対し、90%の応力を付与して腐食水液に浸漬した。腐食状況の評価は、応力付与状態で腐食水溶液に720hr浸漬し、その後、取り出して直ぐの応力付与面にクラックがないものは「○」、破断に至らないがクラックの発生が認められたものは「き裂」、クラックが進展して破断したものは「破断」として評価した。
【0094】
さらに、得られたステンレス鋼管の端部に機械加工により角形のネジ部を形成し、二本の鋼管をネジで締結したのちに鋼管の軸方向引張降伏強度に応じて両管端を3〜10%偏芯させた状態で回転させるネジ部の疲労試験を行った。また、得られたステンレス鋼管の端部に機械加工により台形のネジ部および三角のネジ部を形成し、二本の鋼管をネジで締結またはカップリングを介して締結したのちに鋼管の軸方向引張降伏強度に応じて両管端を3〜10%偏芯させた状態で回転させるネジ部の疲労試験を行った。なお、ネジ部については応力集中部であるピンねじ底のロードフランク面およびスタビングフランク面の角部の曲率半径R、カップリングねじ底のロードフランク面およびスタビングフランク面の角部の曲率半径Rの値を同じ値で変化させ、応力集中部の疲労き裂や疲労き裂の進展によるネジ山の破断有無を調査した。疲労によるき裂の発生が無いものを「○」、破断に至らないが角部Rに疲労き裂が確認されたものを「き裂」、ネジ山の破断に至ったもの「破断」として評価した。
【0095】
製造条件および評価結果を表2に示す。なお、ここに記載の加工方法、加工回数(パス)、及び加工温度は、熱間圧延後の鋼管を熱処理した後、更に強度を得るための加工を示し、具体的には引抜圧延や曲げ曲げ戻し加工を指す。
【0096】
【表2】
【実施例2】
【0097】
次にプレミアムジョイントにおいて、トルクショルダ部の設計の評価を行った。表3に示すように、外径Φ88.9mm、肉厚t6.5mm、引張強度689MPaのピンとそれに対応するカップリングからなるネジ継手(プレミアムジョイント)において締め付け試験(Yieldトルク評価試験)を実施した。
【0098】
【表3】
具体的には、ショルダ部の断面積がピン未加工部断面積の20%未満となると締付けトルク3000N・mでYieldが発生してしまうことがわかった。よって、ショルダ部の断面積はピン未加工部断面積の20%以上とするとYieldが4000N・m以上となり十分高いトルクが確保でき締付け可能となることがわかった。この値は従来の耐圧縮強度が低い二相ステンレス鋼では25%以上が必要であるため、本発明の二相ステンレス鋼におけるショルダ部の断面積はピン未加工部断面積の20%以上で同等のトルクを確保できるという優位性が確認できた。結果を表3に示す。
【0099】
また、第2の高性能なネジ継手としてISO13679:2019のシール試験に合格可能な高いシール性を有するネジ継手の実現が挙げられる。そこで、表4に示すように、外径Φ88.9mm、肉厚t6.5mm、引張強度689MPaのピンとそれに対応するカップリングからなるネジ継手(プレミアムジョイント)、外径Φ244.5mm、肉厚t13.8mmのピンとそれに対応するカップリングからなるネジ継手(プレミアムジョイント)においてシール試験を実施した。
【0100】
【表4】
表3、表4の結果から、本発明のステンレス鋼管の適用により、より低いショルダ断面積でも締め付け可能なネジ継手の実現が可能であることがわかった。この特徴はネジ継手設計の自由度を増すことができ、以下の2種類の高性能なネジ継手の実現を可能とする。
【0101】
まず第1の高性能なネジ継手として高い締め付けトルクを適用してもシール性能を確保できるハイトルクネジ継手が挙げられる。本発明のような耐圧縮強度の高いステンレス継目無鋼管をネジ継手に採用することにより、ハイトルク性が得られる。加えてネジ継手の設計の適正化によりさらなるハイトルクの実現が可能となる。具体的にはピン先端のネジ無し部であるノーズ長さを0.2インチ以上0.5インチ以下とし、管端からのシールポイント位置をxとしたときのノーズ長さLに対する比x/Lを0.01以上0.1以下と設計する。
【0102】
また、シール試験の結果から、気密性の高いメタルタッチシール部を実現するためには、ピン先端のネジ無し部であるノーズ長さを0.3インチ以上1.0インチ以下とし、管端からのシールポイント位置をxとしたときのノーズ長さLに対する比x/Lを0.2以上0.5以下とするのが良い。上記のようにノーズ長さを長くしてシールポイントを管端から離すとショルダ部の断面積が小さくなり、従来材料ではYieldの問題が発生してしまう断面積となって設計不可となる可能性が高い。薄肉でこの問題は顕著となり肉厚6.5mmでは実現不可能であった。本発明のステンレス鋼管では耐圧縮強度が高いためにショルダ部の断面積を20%以上確保できればYieldの問題は回避でき、ショルダ部の断面積確保と高いシール性のデザインの両立が可能となった。表4に示すように、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85以上のときにはISO13679:2019の試験荷重において圧縮率85%以上でシール試験合格することが確認された。
耐食性に優れるとともに、管軸方向引張降伏強度が高く、かつ管軸方向の引張降伏強度と圧縮降伏強度との差が少なく、さらにネジ部の疲労特性に優れたステンレス鋼管およびその製造方法を提供することを目的とする。
所定の成分組成であり、管軸方向引張降伏強度が689MPa以上であり、管軸方向圧縮降伏強度/管軸方向引張降伏強度が0.85〜1.15であり、組織が体積分率で20〜80%のフェライト相と残部がオーステナイト相を有する組織を有し、少なくとも一方の管端部に雄ネジまたは雌ネジの締結部を備え、前記締結部の管軸断面における、ネジ谷底面と圧力側フランク面とで形成される角部Rの曲率半径を0.2mm以上とするステンレス鋼管。