特許第6981847号(P6981847)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6981847複素誘電率測定装置及び複素誘電率測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6981847
(24)【登録日】2021年11月22日
(45)【発行日】2021年12月17日
(54)【発明の名称】複素誘電率測定装置及び複素誘電率測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 22/00 20060101AFI20211206BHJP
【FI】
   G01N22/00 Y
   G01N22/00 X
   G01N22/00 U
   G01N22/00 G
【請求項の数】7
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-214900(P2017-214900)
(22)【出願日】2017年11月7日
(65)【公開番号】特開2019-86409(P2019-86409A)
(43)【公開日】2019年6月6日
【審査請求日】2020年9月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000121844
【氏名又は名称】応用地質株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091904
【弁理士】
【氏名又は名称】成瀬 重雄
(72)【発明者】
【氏名】高橋 一徳
【審査官】 嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−241468(JP,A)
【文献】 特開2006−220646(JP,A)
【文献】 特開2011−064535(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0150278(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 22/00−G01N 22/04
G01R 27/00−G01R 27/32
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
算出部と測定系と判定部とを備えており、
前記算出部は、一次元の数値計算モデルを用いて、入力された複素誘電率からSパラメータを算出する構成とされており、
前記測定系は、伝送線路内に配置された試料のSパラメータを測定する構成となっており、
前記伝送線路は、前記試料が充てんされた同軸管であり、かつ、前記伝送線路に入射された電波が前記同軸管内においてTEMモードで伝播する構成となっており、
前記判定部は、前記算出部により算出されたSパラメータと前記測定系により測定されたSパラメータとの比較によって、前記試料の複素誘電率を推定する構成となっている
ことを特徴とする複素誘電率測定装置。
【請求項2】
前記Sパラメータとして、反射特性S11及び/又は透過特性S21が用いられており、
前記判定部は、前記測定系により測定されたSパラメータの振幅値が小さいほど重みが小さくなるように調整された重みを、当該Sパラメータに適用する構成となっている
請求項1に記載の複素誘電率測定装置。
【請求項3】
前記数値計算モデルは、FDTD法により前記伝送線路に近似された1次元のFDTDモデルである
請求項1又は2に記載の複素誘電率測定装置。
【請求項4】
前記判定部は、前記算出部により算出されたSパラメータと前記測定系により測定されたSパラメータとの間の誤差が所定値以下となったときにおける、前記算出部において入力された複素誘電率を、前記試料の複素誘電率として推定する構成となっている
請求項1〜のいずれか1項に記載の複素誘電率測定装置。
【請求項5】
一次元の数値計算モデルを用いて、入力された複素誘電率からSパラメータを算出するステップと、
伝送線路内に配置された試料のSパラメータを測定するステップと、ここで前記伝送線路は、前記試料が充てんされた同軸管であり、かつ、前記伝送線路に入射された電波が前記同軸管内においてTEMモードで伝播する構成となっており、
算出された前記Sパラメータと、測定された前記Sパラメータとの比較によって、前記試料の複素誘電率を推定するステップと
を備えることを特徴とする複素誘電率測定方法。
【請求項6】
前記試料の複素誘電率を推定するステップは、
(1)算出された前記Sパラメータと、測定された前記Sパラメータとの比較に基づいて、前記数値計算モデルに入力される複素誘電率を更新し、
(2)更新された複素誘電率を前記数値計算モデルに入力して、新たなSパラメータを算出し、
(3)算出された新たなSパラメータと測定された前記Sパラメータとの比較を行い、必要な場合には、前記数値計算モデルに入力される複素誘電率を再度更新する
ステップを含むことを特徴とする、請求項5に記載の複素誘電率測定方法。
【請求項7】
一次元の数値計算モデルを用いて、入力された複素誘電率からSパラメータを算出するステップと、
算出された前記Sパラメータと、伝送線路内に配置された試料について測定されたSパラメータとの比較によって、前記試料の複素誘電率を推定するステップと、ここで前記伝送線路は、前記試料が充てんされた同軸管であり、かつ、前記伝送線路に入射された電波が前記同軸管内においてTEMモードで伝播する構成となっている、
をコンピュータにより実行するための、複素誘電率測定用コンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の複素誘電率を測定するための技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
試料の複素誘電率を測定する手法としては、すでに各種のものが存在する。例えば、同軸管を用いた透過法による誘電率測定においては、同軸管内に測定試料を充填した時のSパラメータS11(反射特性)やS21(透過特性)の振幅および位相をベクトルネットワークアナライザにより測定し、それらの値より複素誘電率(あるいは複素比誘電率)を算出する。複素誘電率は周波数依存性があることが知られており、通常は、周波数ごとの複素誘電率が測定される。
【0003】
測定したSパラメータを用いて複素誘電率を算出する方法としては、下記非特許文献1および下記非特許文献2による方法が一般的に用いられている。この方法では、同軸線路における理論式を複素比誘電率について解くことにより得られた解析式にSパラメータを代入して、複素比誘電率を算出する。
【0004】
Sパラメータから複素比誘電率を算出する方法として、上記のほかに、下記非特許文献3による方法も知られている。この方法でも、非特許文献1及び2による方法のように理論式より導出した解析式を用いる。さらにこの方法では、ベクトルネットワークアナライザのポート1側からの入力に基づいて測定したSパラメータ(S11、S21)に加え、ポート2側からの入力に基づいて測定したSパラメータ(S22、S12)を用いて、冗長な方程式を解くことで、複素比誘電率を算出する。
【0005】
非特許文献1及び2による方法では、「測定試料の長さが、同軸管内の測定試料へ入射した電波の測定試料中での半波長の整数倍となる周波数」において、得られる複素比誘電率の値が不連続となる。これは、測定試料の端面において、測定される定常状態の透過電波の振幅が小さくなることにより、位相を精度よく測定できないためである。この問題を解決するためには、測定試料の長さを変えて複数回の測定および複素比誘電率の算出を行い、不連続となる周波数での複素比誘電率を補間するという方法が考えられる。複素誘電率は温度依存性があることが知られている。長さの異なる同軸管を複数個用意し、同じ温度や同じ条件で測定を行うことは非常に困難である。
【0006】
また、測定試料が液体や均質材料であれば、この方法により、広い周波数帯域において滑らかな複素比誘電率を得ることはできる。しかし、粒状の土壌などのように、測定体積に比べ不均質性が無視できない試料も存在する。このような試料について複素比誘電率を測定および算出する場合には、異なる長さの同軸管に測定試料を充填するたびに実際的には異なる組成の試料を充填することになり、ある特定の測定試料における複素比誘電率を求めることは困難である。
【0007】
また、非特許文献1及び2による方法では、Sパラメータの位相を陽に用いるが、測定される位相は2πのあいまいさを持っている。つまり、この位相は、実際は2nπ+θ(ここでnは整数)であるにもかかわらず、2πで折り返された位相θとなっている。したがって、Sパラメータの位相をそのまま用いた場合には、同軸管内へ入射した電波の測定試料中での波長が測定試料長以上となる周波数(n>=1となる周波数)において、複素比誘電率を正確に算出することができない。この問題を解決するためには、同軸管内へ入射した電波の測定試料中での波長が測定試料長以下となる周波数から、位相変化が2π以下となる周波数の間隔で、連続的に測定を行い、数値的に位相を決定する必要がある。したがって、この技術では、特定の周波数だけにおける複素比誘電率の算出を行うことができない。
【0008】
さらに、非特許文献1〜3の方法では、同軸線路による応答の理論式を用いて測定したSパラメータより複素比誘電率を算出する。したがって、これらの方法は、理論的に解析可能な測定系のみに適用可能な方法である。実際に液体や粒状の媒質を同軸管内に充填し測定する場合には、その媒質を保持または固定するために他の固体材料を治具として測定試料の片側または両端に配置することが考えられる。その際、非特許文献1〜3の方法では、治具を含めた複数媒質を考慮した複雑な理論式を用いなければならない。また、これら固定治具の特性が未知であってその特性も同時に算出する必要がある場合には、算出する未知数が方程式の数を上回り、一意に解を決定することができなくなる。さらに、測定の都合により変形した同軸管などのように、理論式が導出不可能な測定系を用いた測定値には、これらの手法は適用不可能である。
【0009】
また、下記特許文献1では、インピーダンス整合を目的とした、誘電率および厚みが既知の誘電体を試料の電波入射面に配置することを前提として、測定系に近似した数値計算モデルを生成し、このモデルを用いて、誘電率とS11との対応を示す誘電率チャートを作成しておく技術が記載されている。そして、試料の測定により得られたS11を前記チャートに適用することにより、試料の誘電率を推定することができる。
【0010】
しかしながら、この特許文献1では、試料に対応したチャートを予め作成する必要があるため、測定の事前準備が煩雑になる。また、測定されたS11に対応する値がチャートに存在しないときは、内挿により推定することになるため、測定精度に疑問がある。また、精度向上のために細かいチャートを予め用意しておくことは現実的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2006−220646号公報(図16
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】A. M. NICOLSON and G. F. ROSS, "Measurement of the Intrinsic Properties of Materials by Time-Domain Techniques," IEEE TRANS. ON INSTRUMENTATION AND MEASUREMENT, VOL. IM-19, No. 4. Nov. 1970
【非特許文献2】W. B. Weir "Automatic measurement of complex dielectric constant and permeability at microwave frequencies," Proc. IEEE, Vol.62, no. 1, pp.33-36, Jan. 1974)
【非特許文献3】Baker-Jarvis et al. "Improved Technique for Determining Complex Permittivity with the Transmission/Reflection Method," IEEE Trans. Microwave Theory and Techniques, Vol. 38, no 8, pp. 1096-1103
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、前記した事情に鑑みてなされたものである。本発明の主な目的は、不均質な試料についても、高精度で簡便に複素誘電率を測定できる技術を提供することである。本発明の他の目的は、解析的な手法が適用しにくい測定系においても、高精度で簡便に複素誘電率を測定できる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、以下の項目に記載の発明として表現することができる。
【0015】
(項目1)
算出部と測定系と判定部とを備えており、
前記算出部は、数値計算モデルを用いて、入力された複素誘電率からSパラメータを算出する構成とされており、
前記測定系は、伝送線路内に配置された試料のSパラメータを測定する構成となっており、
前記判定部は、前記算出部により算出されたSパラメータと前記測定系により測定されたSパラメータとの比較によって、前記試料の複素誘電率を推定する構成となっている
ことを特徴とする複素誘電率測定装置。
【0016】
(項目2)
前記伝送線路は、同軸管又は導波管である
項目1に記載の複素誘電率測定装置。
【0017】
(項目3)
前記Sパラメータとして、反射特性S11及び/又は透過特性S21が用いられている
項目1又は2に記載の複素誘電率測定装置。
【0018】
(項目4)
前記数値計算モデルは、FDTD法により前記伝送線路に近似されたモデルである
項目1〜3のいずれか1項に記載の複素誘電率測定装置。
【0019】
(項目5)
前記判定部は、前記算出部により算出されたSパラメータと前記測定系により測定されたSパラメータとの間の誤差が所定値以下となったときにおける、前記算出部において入力された複素誘電率を、前記試料の複素誘電率として推定する構成となっている
項目1〜4のいずれか1項に記載の複素誘電率測定装置。
【0020】
(項目6)
前記判定部は、前記測定系により測定されたSパラメータの振幅値の大きさに応じて、当該Sパラメータへの重みを変動させる構成となっている
項目1〜5のいずれか1項に記載の複素誘電率測定装置。
【0021】
(項目7)
数値計算モデルを用いて、入力された複素誘電率からSパラメータを算出するステップと、
伝送線路内に配置された試料のSパラメータを測定するステップと、
算出された前記Sパラメータと、測定された前記Sパラメータとの比較によって、前記試料の複素誘電率を推定するステップと
を備えることを特徴とする複素誘電率測定方法。
【0022】
(項目8)
前記試料の複素誘電率を推定するステップは、
(1)算出された前記Sパラメータと、測定された前記Sパラメータとの比較に基づいて、前記数値計算モデルに入力される複素誘電率を更新し、
(2)更新された複素誘電率を前記数値計算モデルに入力して、新たなSパラメータを算出し、
(3)算出された新たなSパラメータと測定された前記Sパラメータとの比較を行い、必要な場合には、前記数値計算モデルに入力される複素誘電率を再度更新する
ステップを含むことを特徴とする複素誘電率測定方法。
【0023】
(項目9)
数値計算モデルを用いて、入力された複素誘電率からSパラメータを算出するステップと、
算出された前記Sパラメータと、伝送線路内に配置された試料について測定されたSパラメータとの比較によって、前記試料の複素誘電率を推定するステップと
をコンピュータにより実行するための、複素誘電率測定用コンピュータプログラム。
【0024】
このコンピュータプログラムは、適宜な記録媒体(例えばCD−ROMやDVDのような光学的な記録媒体、ハードディスクやフレキシブルディスクのような磁気的記録媒体、あるいはMOディスクのような光磁気記録媒体)に格納されることができる。このコンピュータプログラムは、インターネットなどの通信回線を介して伝送されることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、不均質な試料についても、高精度で簡便に複素誘電率を測定することができる。また、解析的な手法が適用しにくい測定系においても、高精度で簡便に複素誘電率を測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の一実施形態に係る誘電率測定装置の概略的な構成を示すためのブロック図である。
図2】本発明の一実施形態に係る誘電率測定方法の手順を説明するためのフローチャートである。
図3】数値計算モデルの一例としてのFDTDモデルを示す説明図である。
図4】滑降シンプレックス法による最適化の様子を示すグラフであって、図(a)は、ε−ε’’平面上での最適化の軌跡を示し、図(b)は、繰り返し回数(横軸)に対する目的関数(縦軸)の推移を示す。
図5】空気に対するSパラメータの測定値と最適化後のFDTDによる計算値を示す周波数特性グラフであって、図(a)はS11とS21の実数部を示し、図(b)はS11とS21の虚数部を示し、図(c)はS11とS21の振幅を示し、図(d)はS11とS21の位相を示す。
図6】NRW法および本実施形態の手法により求めた、空気の複素比誘電率(縦軸)と、入力電波の周波数(横軸)との関係を示すグラフである。
図7】NRW法および本実施形態の手法により求めた、エタノールの複素比誘電率(縦軸)と、入力電波の周波数(横軸)との関係を示すグラフである。
図8】NRW法および本例の手法により求めた、水の複素比誘電率(縦軸)と、入力電波の周波数(横軸)との関係を示すグラフである。さらに、このグラフには、Kaatze(1989)による値も付記してある。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の一実施形態に係る複素誘電率測定装置(以下、単に「測定装置」又は「装置」と呼ぶことがある)を、添付の図面を参照しながら説明する。
【0028】
(本実施形態の構成)
本実施形態の測定装置は、算出部1と、測定系2と、判定部3とを主要な構成として備えている(図1参照)。
【0029】
(算出部)
算出部1は、数値計算モデルを用いて、入力された複素誘電率からSパラメータを算出する構成とされている。本例における数値計算モデルは、FDTD法により、測定系2で用いられる伝送線路に近似されたモデルである。本実施形態では、Sパラメータとして、反射特性S11及び透過特性S21が用いられているが、いずれか一方のみを用いることは可能である。
【0030】
本例の算出部1としては、通常は、ハードウエア及びコンピュータプログラムを組み合わせたコンピュータにより実装されるが、実装の形態は特に制約されない。本実施形態の算出部1における具体的な算出手法については後述する。
【0031】
(測定系)
測定系2は、伝送線路内に配置された試料のSパラメータを測定する構成となっている。本例においては、伝送線路として、同軸管又は導波管を想定しているが、これに制約されるものではない。測定系2としては、伝送線路内に配置された試料のSパラメータを測定できる適宜な構成であればよい。例えば測定系2は、伝送線路を構成する同軸管又は導波管と、入力電波の周波数に応じたSパラメータを測定可能なベクトルネットワークアナライザとを用いて構成できる。
【0032】
(判定部)
判定部3は、算出部1により算出されたSパラメータと測定系2により測定されたSパラメータとの比較によって、試料の複素誘電率を推定する構成となっている。具体的には、本実施形態の判定部3は、算出部1により算出されたSパラメータと測定系2により測定されたSパラメータとの間の誤差が所定値以下となったときにおける、算出部1において入力された複素誘電率を、試料の複素誘電率として推定する構成となっている。
【0033】
また、判定部3は、測定系2により測定されたSパラメータの振幅値の大きさに応じて、当該Sパラメータへの重みを変動させる構成となっている。
【0034】
本例の判定部3としては、通常は、ハードウエア及びコンピュータプログラムを組み合わせたコンピュータにより実装されるが、実装の形態は特に制約されない。本実施形態の判定部3における具体的な判定手法については後述する。
【0035】
(本実施形態の測定方法)
次に、前記した装置を用いて複素誘電率を測定する方法の一例を、図2をさらに参照しながら説明する。この方法は、測定系2で測定したSパラメータの逆解析を行い、誘電媒質(つまり試料)の複素誘電率を各周波数において求めるためのものである。ここで、複素誘電率ε(ω)は、以下のように、比誘電率ε(ω)及び導電率σ(ω)で表される。また、ここでωは入力電波の周波数である。
【0036】
【0037】
図2のステップSA−1)
まず、本実施形態の測定系2において用いる伝送線路(以下の例では同軸管)に近似される数値計算モデルを構築する。ここで、同軸管は3次元の物体であるが、同軸管中において電波はTEMモードで伝搬する。したがって、1次元のFDTDモデルでその挙動を数値計算することができる。図3に、本手法で使用する1次元FDTDモデルを模式的に示す。中央の破線で示した部分が測定媒質に相当する。観測点P、P(いわゆるポート1及びポート2)並びに励振点Pは、測定媒質の端点より距離をおいて設定する。モデルの両端においては、インピーダンス整合のとれたケーブルおよびベクトルネットワークアナライザを模擬して吸収境界条件(図3において符号ABCで示す)を設定する。
【0038】
図2のステップSA−2)
つぎに、測定すべき周波数を決定する。
【0039】
ここで、FDTD法は時間領域の数値解法であるが、デバイモデルやロレンツモデルなどのように、周波数分散媒質に対するモデル化が可能であることが知られている(参考:D. M. Sullivan, Electromagnetic Simulation Using the FDTD Method, IEEE Press, New York, 2000. 及び U. S. Inan and R. A. Marchall, Numerical Electromagnetics: the FDTD Method, Cambridge University Press, UK, 2011.)。
【0040】
周波数分散媒質をFDTD法に実装するためには、周波数領域のモデルを解析的に時間領域で表現する必要がある。本手法では、周波数分散媒質モデルに依存しない手法とするために、順解析および逆解析を周波数毎に行う。したがって、以下に示す逆解析を周波数毎に、測定した周波数範囲で繰り返し行うことになる。
【0041】
図2のステップSA−3及びSA−4)
ついで、媒質の誘電率ε及び導電率σの初期値(つまり、これらの値で決まる複素導電率の初期値)を設定し、数値計算モデルを用いて算出部1によりSパラメータを算出する(つまり順解析を行う)。複素導電率の初期値としては、適宜の解析手法(例えばNRW法)で算出された値を用いることができるが、これには制約されない。
【0042】
具体的には、観測点Pにおいて観測された信号e1,ωは、入射波を含んでいるため、ε=ε及びσ=σとして、Pにおいて観測される参照信号e1,ω(t)を、得られた信号e1,ωから減算し、入射波の影響を除去する。ここで、ε、σは、試料外部(つまり空気)の誘電率及び導電率である。また、FDTD法により計算される観測点における信号は時間波形であり、時間tで変動する値となる。減算後の信号e1,ωと、観測点Pにおいて観測された信号e2,ω(これについては入射波の影響を含まないため減算は行わない)及びe1,ωとは、以下の式で表される。
【0043】
【0044】
ここで、cは空気中での電波の伝搬速度である。これらの信号は、モデル中に設定した媒質に起因する振幅(|E1,ω|,|E2,ω|)および位相(∠E1,ω,∠E2,ω)を含んでいる。また、参照信号も振幅と位相(|E1,ω|,∠E1,ω)を含んでおり、これらの値からSパラメータを計算することができる。振幅および位相を与える信号の実数部および虚数部(同相成分および直交成分)を得るために、周波数ωの局部発振(LO)信号(励振に用いた信号sin(ωt))を混合し、信号の定常状態の部分を積分することによるホモダイン検波(ダイレクトコンバージョン方式による検波)を行う。観測点Pで観測された信号e1,ωの場合、以下のように複素電界強度を算出できる。
【0045】
【0046】
ここで得られた周波数ωにおける複素電界強度E1,ωは、式(3)〜(5)で示したように、数値解析モデルにおける媒質端部からの距離L、L、Lを含んで算出されているが、この距離およびこの間の媒質は既知のため、単純な位相シフトにより補正できる。複素電界強度E1,ωについて、下記のように補正後の電界強度E1,ωチルダを算出できる。
【0047】
【0048】
同様の処理をe2,ω(t)およびe1,ω(t)にも施すことにより、それぞれ、補正後の電界強度E2,ωチルダおよびE1,ωチルダを得ることができる。周波数ωにおけるSパラメータS11,ωおよびS21,ωは、反射成分E1,ωチルダおよび透過成分E2,ωチルダを参照成分E1,ωチルダで除することにより得られる。すなわち、下記式(10)及び式(11)の通りである。
【0049】
【0050】
図2のステップSA−5)
一方、伝送線路内に配置された試料のSパラメータを、測定系2により実際に測定する。この測定の手順は従来と同様でよいので、詳しい説明は省略する。
【0051】
図2のステップSA−6〜SA−8)
本実施形態の判定部3は、前記した実際の測定で得られたSパラメータを最もよく説明できる誘電率および導電率を見つけるために、以下の目的関数を用いる(下記式(12)〜(14)を参照)。この目的関数を最小化することにより、数値計算によって得られるSパラメータを最適化することを目指す。
【0052】
【0053】
これらの式において、Si1,ω は測定で得られたSパラメータであり、i=1,2である。目的関数zは測定および数値計算によるSパラメータの実数部および虚数部のそれぞれの差の和として定義した。また、Sパラメータの振幅が小さい場合には雑音が位相に大きく影響するため、位相の有意性を考慮するため、重みwを当該Sパラメータに乗算する。雑音に大きく影響された位相を用いてSパラメータの最適化を行った場合、得られる誘電率は大きな誤差を含むこととなる。これは、NRW法において、半波長の整数倍がサンプル長となる周波数で、誘電率が不連続となる原因である。本実施形態では、振幅が小さいSパラメータほど重みが小さくなるように重みを設定しているので、振幅に起因する誤差を減らすことができ、複素誘電率の推定精度を向上させることができる。
【0054】
上式により定義される目的関数は、数値計算により得られる項を含んでいるため、多くのよく知られた最適化アルゴリズム(例えば準ニュートン法や最急降下法)で必要となる目的関数の導関数を単純に導出することができない。そこで、本例では、導関数を用いない最適化アルゴリズムを用いる。
【0055】
本例では、滑降シンプレックス法(参照:J. A. Nelder and R. Mead, "A simplex method for function minimization," The Computer Journal, vol. 7, no. 4, pp. 308-313, Jan. 1965.)を用いる。このアルゴリズムは、初期値としてシンプレックス(n次元平面においてn+1個の頂点からなる単体)を与え、各頂点での目的関数の値によって「反射」「膨張」「収縮」「縮小」を繰り返してシンプレックスを更新し、最小値に近づけていく手法である。このアルゴリズムは、導関数を必要としないものの中では比較的簡単に実装できるが、導関数を用いるものに比べると非効率である。また、滑降シンプレックス法は局所最小化の手法であり、得られる解は初期値に依存する。
【0056】
すなわち、本実施形態においては、目的関数(コスト関数)を計算した後、目的関数zが最小化したかどうかを判定し、最小化したと評価できないときは、複素誘電率εを更新し、更新された複素誘電率を用いて再度Sパラメータを計算するという手順(ステップSA−4〜SA−7)を繰り返す。ただし、目的関数の最小化の手順においては、当然のことながら、ステップSA−5を繰り返す必要はない。
【0057】
目的関数zが最小化したと評価できる場合は、そのときの複素誘電率を、当該周波数ωにおける複素誘電率として決定する。
【0058】
図2のステップSA−9)
次いで、周波数ωを更新して、前記の手順(ステップSA−2以降)により、複素誘電率を測定する。更新すべき周波数ωがないときは処理を終了することができる。
【0059】
(実施例)
空気、エタノールおよび水を用いて同軸管法による測定を行う具体的な例を以下において説明する。この例では、長さ50mm、内導体の外径7mm、外導体の内径16mmの同軸管(Rosenberger 7-16-50 air line)に試料を充てんした。この同軸管は、その両端が、APC-7(Amphenol Precision Connector-7mm)アダプタのオスおよびメスとなっており、標準的な校正キットを用いて測定試料の両端においてベクトルネットワークアナライザの校正を行うことができるものである。試料を充てんした同軸管は、ベクトルネットワークアナライザ(Rhode&Schwarz ZVL13)に接続し、周波数帯域1MHz〜10GHzにおいてSパラメータを測定した。測定は20〜25℃の室温で行った。
【0060】
前記した実施形態において述べた方法により、観測点P及びPで記録された時間波形からSパラメータを計算した。式(12)〜(14)に示した測定および計算に基づくSパラメータの差を目的関数として、既に述べたように滑降シンプレックス法により最小化を行った。図4に、周波数1GHzにおいて試料エタノールの誘電率を測定した場合における、最適化の様子を示す。この例では、初期値として、図中丸で示した(ε,ε’’)=(5,6),(4,4)及び(6,4)を頂点とするシンプレックスを与えた。これらの値は、前記した繰り返しの計算により更新され、(ε,ε’’)=(15,10)という最小値へ近づいている。解の軌跡を考察すると、この最適化アルゴリズムでは最小値へ最短距離で近づいておらず、それほど効率的ではないが、最終的には最小値へたどり着く。図4(b)に、繰り返し計算による目的関数の変化を示す。この最適化の手順は、ある一つの周波数におけるものである。周波数に応じた複素誘電率の変化を得るためには、この手順を測定周波数帯域ごとに繰り返して適用する。
【0061】
図5に、測定対象を空気とした場合における、本例の方法による最適化後のSパラメータと、測定により得られたSパラメータとを、実数部、虚数部、振幅および位相において比較したものを示す。
【0062】
図5(a)及び(b)によれば、実数部および虚数部において、本例による算出値が測定値によく合致していることがわかる。振幅の比較(図5(c))では、S11の算出値が測定値よりも小さく、両者がよく合致していないように見える。これは、空気に対しては理論的には|S11|=0であるが、ネットワークアナライザの測定雑音やFDTD法の計算誤差により、算出値も測定値も、完全には0にならないためである。位相の比較(図5(d))では、推定された∠S11が測定値によく合致していない。これはS11の振幅が非常に小さいためである。振幅が0の場合には、位相は定義できないが、実際の測定では、雑音により小さな値を持つ。したがって、何らかの値が位相として得られるが、このようにして得られた位相は不確実なものである。これを考慮するために、式(13)で与えられる重みwの項を、前記したように、目的関数において用いている。理論的には|S21|=1であり、大きな値であるS21に関しては、振幅・位相ともに、最適化後のSパラメータと、測定によるSパラメータとがよく合致している。
【0063】
図6に、本実施形態の手法で得られた空気の複素比誘電率と、従来のNRW法で得られた空気の複素比誘電率とを示す。両手法とも、実数部が1周辺、虚数部が0周辺となる値が得られている。多くの文献で指摘されているように、NRW法では、3、6、9GHzにおいて不連続な値が得られる。その理由は、S21の振幅が、「試料の長さが、入力電波の半波長の整数倍となる周波数」において非常に小さくなり、位相の特定が難しくなるためである。これに対して、本実施形態の手法では、これらの周波数においても妥当な値が得られている。これは、振幅の大きさを重みにより考慮し(具体的には振幅が小さい場合は重みを小さくし)つつ、実数部および虚数部に対してSパラメータを最適化しているためである。
【0064】
図7に、本実施形態の手法とNRW法とによってそれぞれ得られたエタノールの誘電率を示す。エタノールは、適度な誘電率および導電率を示し、NRW法は、このような媒質に適している。したがって、この場合、NRW法による値は妥当であり、測定周波数帯域に起因する不連続は生じていない。提案手法では、実数部では200MHz、虚数部では1.5 GHzあたりで異常値が得られている。ただし、異常値(いわゆる外れ値)については、適宜な手法により数理的に除去可能である。
【0065】
図8に、試料が水である場合の結果を示す。また、Kaatzeによる25℃での測定値(参考:U. Kaatze, "Complex permittivity of water as a function of frequency and temperature," J. Chem. Eng. Data, vol. 34, no. 4, pp. 371-374, 1989.)もこの図に示した。1GHz以下では、NRW法で得られた値には、試料長に起因する不連続があるが、本例の手法(図中黒丸と黒三角で示す)では滑らかな値が得られている。しかし、NRW法による誘電率は、7GHzまではKaatzeによる測定値と傾向が一致しており、その後不安定となる。本例の手法では、3GHz以上において、NRW法およびKaatzeによる値から大きく外れている。これは、FDTDにおけるグリッドサイズに起因するものと考えられる。FDTDのグリッドサイズは1mmであるのに対し、水の比誘電率をε=81と仮定すると、周波数3GHzでの波長は11mmとなる。したがって、グリッドサイズがλ/10以上となり、数値計算モデルを用いた順解析の精度が不十分となる。また、本例において、1GHzからグリッドサイズの影響が出るまでの周波数では、得られた値が若干振動しているように見える。これは、伝搬モードの変化によるものと考えている。内導体の外径および外導体の内径がそれぞれ7mmおよび16mmの同軸管に水(ε=81と仮定)を充てんした場合、高次モードの遮断周波数は約0.9GHzとなる。この周波数以下の波はTEMモードで伝搬するが、この周波数以上ではTE11モードとなる。したがって、FDTDのモデルを1次元に簡単化することは不適当であり、解が不安定となると考えられる。したがって、このような場合は、伝搬モードに対応した数値計算モデルを用いることが好ましい。
【0066】
以上説明したように、本実施形態によれば、測定試料の長さを変更した測定を行う必要がない。したがって、非均質な試料についても、高精度で簡便に複素誘電率を測定することができるという利点がある。
【0067】
また、本実施形態によれば、理論的に得た解析式を用いる必要がないので、解析的な手法が適用しにくい測定系においても、高精度で簡便に複素誘電率を測定できるという利点がある。
【0068】
また、本実施形態では、伝送線路として、同軸管又は導波管としたので、数値計算モデルの生成が簡易であるという利点がある。
【0069】
さらに、本実施形態では、複素誘電率の特定に用いるSパラメータとして、反射特性S11及び透過特性S21を用いたので、一方のみを用いるよりも測定精度を向上させることができる。また、一方の特性における振幅値が小さいときは、そのSパラメータに対する重みを減らして、複素誘電率を決定できるので、その点でも、測定精度を向上させることができる。
【0070】
なお、前記した実施例では、FDTD法において1mmのグリッドを用いたが、比較的高い誘電率を持つ試料の場合には、特に高い周波数ではグリッドサイズが大きすぎる。単純にグリッドを小さくすればこの問題は解決するが、計算量が増大してしまう。したがって、計算を行う誘電率と周波数とに応じてグリッドサイズを自動的に調節するような手法を用いることが好ましい。
【0071】
前記した実施形態の動作は、コンピュータに適宜のコンピュータソフトウエアを組み込むことにより実施することができる。
【0072】
なお、本発明の内容は、前記実施形態に限定されるものではない。本発明は、特許請求の範囲に記載された範囲内において、具体的な構成に対して種々の変更を加えうるものである。
【0073】
例えば、前記した各構成要素は、機能ブロックとして存在していればよく、独立したハードウエアとして存在しなくても良い。また、実装方法としては、ハードウエアを用いてもコンピュータソフトウエアを用いても良い。さらに、本発明における一つの機能要素が複数の機能要素の集合によって実現されても良く、本発明における複数の機能要素が一つの機能要素により実現されても良い。
【0074】
また、機能要素は、物理的に離間した位置に配置されていてもよい。この場合、機能要素どうしがネットワークにより接続されていても良い。グリッドコンピューティング又はクラウドコンピューティングにより機能を実現し、あるいは機能要素を構成することも可能である。
【符号の説明】
【0075】
1 算出部
2 測定系
3 判定部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8