【文献】
今井誠一ほか,低食塩米みそ製造に関する研究(第1報),J. Brew. Soc. Japan,日本,1977年,Vol.72, No.12,p.897-900
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る味噌の製造方法を実施するための形態(本実施形態)について説明する。
【0012】
≪味噌≫
まず、本実施形態に係る味噌の製造方法によって製造される味噌について説明する。
味噌は、原料となる麹の種類によって、米味噌、麦味噌、調合味噌(複数の麹を原料とする味噌、又は、複数の味噌を混ぜ合わせた味噌)等に分類されるが、本実施形態に係る味噌の製造方法は、いずれの味噌を製造する場合にも適用することができる。
そして、本実施形態に係る味噌の製造方法によって製造される味噌は、100gあたりの食塩含量が10.5g以下(10.5質量%以下)の減塩味噌である。
なお、本実施形態に係る味噌の製造方法によって製造される味噌は、10.0質量%以下が好ましく、また、7.0質量%以上であるのが好ましく、7.9質量%以上であるのがより好ましく、8.0質量%以上であるのがさらに好ましい。
【0013】
なお、味噌には、本発明の所望の効果が阻害されない範囲で、適宜、食品衛生法に規定する食品添加物(調味料、エタノール等)の他、だし(鰹だし、昆布だし等)、エキス(鰹エキス、昆布エキス等)、砂糖類(砂糖、糖みつ等)、各種具材(肉、野菜・海藻、魚粉末等)、が含まれていてもよい。
【0014】
≪味噌の製造方法≫
次に、本実施形態に係る味噌の製造方法について
図1を参照して説明する。
本実施形態に係る味噌の製造方法は、原料準備工程S1と、仕込み工程S2と、発酵熟成工程S3と、後処理工程S4と、を含む。
以下、各工程を説明する。
【0015】
[原料準備工程]
原料準備工程S1とは、仕込み工程S2で使用する大豆や麹等の原料を準備する工程である。
【0016】
(大豆の処理)
大豆を精選し洗浄した後、水に浸漬させる。そして、浸漬後の大豆を蒸煮した後、擂砕する。
【0017】
(製麹)
米を精選し洗浄した後、水に浸漬させる。そして、浸漬後の米を蒸した後、32〜35℃程度まで冷まし、麹菌(ニホンコウジカビ:Aspergillus oryzae)を接種し、麹菌の育ち易い温度や湿度に保たれた製麹室で40〜46時間育成し、麹を造る。
なお、麦味噌を製造する場合は、米を麦に変更すればよい。
【0018】
[仕込み工程]
仕込み工程S2とは、原料準備工程S1で準備した大豆、麹、並びに、酵母、塩を含む原料を混合する工程である。
【0019】
(酵母)
仕込み工程S2で使用する酵母は、好適に発酵熟成を促進させるべく、塩が存在する環境下でも活動可能な耐塩性酵母が好ましく、例えば、Zygosaccharomyces rouxiiやCandida属(C.versatilis、C.etchellsii等)の酵母が挙げられ、複数種を使用してもよい。
【0020】
仕込み工程S2において原料として添加する酵母は、通常添加される量よりも多く、原料における添加量(詳細には、仕込み工程S2での全原料の質量に対する菌体個数)が4.0×10
5個/g以上であるのが好ましく、6.0×10
5個/g以上であるのがより好ましく、9.0×10
5個/g以上であるのがさらに好ましい。
このように、酵母の添加量を多くすることによって、後記する発酵熟成工程S3において塩の濃度が低い環境下であろうとも、酸敗による酸臭の発生が抑制された味噌を製造することができる。これは、発酵熟成工程S3において、多く添加された酵母(適宜「添加酵母」という)による過発酵が起こり、添加酵母以外の菌(乳酸菌、酢酸菌等)と比較して添加酵母による発酵が優先的に発生(促進)するためであると推察する。
なお、仕込み工程S2において原料として添加される酵母の添加量の上限は特に限定されないものの、発明の効果(酸敗による酸臭の発生の抑制)の飽和の観点から、例えば、2.0×10
6個/g以下が好ましく、1.5×10
6個/g以下であれば更に好ましい。
【0021】
(塩)
仕込み工程S2において原料として添加する塩(NaCl)は、減塩の味噌を製造するために、原料における添加量(詳細には、仕込み工程での全原料の質量に対する塩の質量の割合)が10.5質量%以下であるのが好ましく、10.0質量%以下であるのがより好ましい。
このように、塩の添加量を少なくすることによって、消費者のニーズに合致した減塩の味噌(食塩含量が10.5質量%以下の味噌)を製造することができる。また、塩の添加量が少なくとも、前記のとおり、多く添加された添加酵母による発酵が優先的に発生(促進)するため、減塩であるとともに酸敗による酸臭の発生が抑制された味噌を製造することができる。
仕込み工程S2において原料として添加される塩の添加量の下限は特に限定されないものの、酸臭の発生の抑制という効果をより明確にする観点から、例えば、7.0質量%以上であるのが好ましく、7.9質量%以上であるのがより好ましく、8.0質量%以上であるのが特に好ましい。
なお、仕込み工程S2での原料として添加される塩の添加量(質量%)は、製造される味噌の食塩含量(質量%)と略同じ値となる。
【0022】
(酵母、塩の添加量と芳香との関係)
本発明者らは、詳細なメカニズムについて明確には把握できていないものの、仕込み工程S2において酵母の添加量を通常よりも多くすると、芳香の強い味噌を製造することができることを確認した。さらに、この「芳香」は、酵母の添加量だけでなく、塩の添加量(製造された味噌の食塩含量)にも影響を受けることを、多くの実験結果から見出した。
具体的には、製造する味噌の食塩含量をA質量%とした場合、仕込み工程S2における酵母の添加量B個/gが、(3A−22.5)×10
5個/g以上となるのが好ましい。
図2を用いて説明すると、AとBとが、関係式B=(3A−22.5)×10
5によって示される直線の右下側に位置する場合(つまりB≧(3A−22.5)×10
5を満たす場合)、製造される味噌の芳香がより確実に強くなる。
このような関係式が成立するのは、酵母の添加量の増加に伴う芳香の増強という効果が塩によって抑制されるためであると推察される。よって、芳香をより確実に強くするためには、減塩味噌の中でも食塩含量の比較的多い味噌の場合、酵母の添加量をより多くする必要があり、食塩含量の少ない場合は、酵母の添加量は本発明が規定する多い範囲の中でも比較的少なくてもよいことがわかった。
なお、上記関係式中の係数と切片の値は、多くの実験結果から導き出したものである。
【0023】
(大豆、麹)
仕込み工程S2において原料として添加する大豆、麹の添加量は、一般的な量であればよい。
例えば、麹は、麹歩合(詳細には、製麹する前の米、麦等の質量/蒸煮前の大豆の質量×10)が5歩以上であればよい。
【0024】
(その他の物質)
仕込み工程S2における原料として、本発明の所望の効果が阻害されない範囲で、適宜、一般的に使用される乳酸菌、仕込み水(種水)、ビタミン、ミネラル等を添加してもよい。
【0025】
[発酵熟成工程]
発酵熟成工程S3とは、仕込み工程S2で仕込んだ原料を発酵室内で発酵熟成させる工程である。
発酵熟成工程S3の期間は、味噌の種類によって適宜設定すればよく、例えば、発酵熟成の期間は淡色味噌では30日以上、濃色味噌では90日以上あればよい。また、発酵熟成工程S3での発酵室内の温度も、味噌の種類によって適宜設定すればよく、例えば、20〜35℃とすればよい。
なお、この発酵熟成工程S3では、適宜、切り返し(天地返し)を行ってもよい。
【0026】
[後処理工程]
後処理工程S4とは、発酵熟成工程S3によって得られた味噌を出荷製品とするため、適宜、所定の処理を行う工程である。
後処理工程S4では、必要に応じて、漉し味噌とするための漉す処理、発酵を止めるためにアルコール(酒精)を添加したり、加熱したりする処理、香味等を変化させるために前記した調味料、だし、エキス、砂糖類、各種具材等を添加する処理等を行い、最後に、カップ、フィルム、パウチ、ボトル等の容器に味噌を詰めて包装する処理を行う。
【0027】
各工程S1〜S4において行われる処理は、味噌を製造するために一般的に用いられている設備にて行うことができる。
なお、原料準備工程S1、仕込み工程S2、後処理工程S4で使用する原料等は、一般に市販されているものを使用することができる。
【0028】
本実施形態に係る味噌の製造方法は、以上説明したとおりであるが、前記各工程において、明示していない条件については、従来公知の条件を用いればよく、前記各工程での処理によって得られる効果を奏する限りにおいて、その条件を適宜変更できることは言うまでもない。
【0029】
≪本実施形態に係る味噌の製造方法の効果≫
本実施形態に係る味噌の製造方法は、仕込み工程S2において酵母の添加量を通常よりも多く添加することによって、酸敗による酸臭の発生が抑制された減塩の味噌を製造することができる。これは、発酵熟成工程S3において、多く添加された添加酵母による過発酵が起こり、添加酵母以外の菌(乳酸菌、酢酸菌等)と比較して添加酵母による発酵が優先的に発生(促進)するためであると推察する。
【0030】
また、本実施形態に係る味噌の製造方法は、仕込み工程S2において酵母の添加量を通常よりも多くすることによって、芳香の強い味噌を製造することができる。詳細なメカニズムについて明確には把握できていないものの、実験の結果に基づいてこのような効果が発揮できることを確認している。また、本実施形態に係る味噌の製造方法は、味噌の食塩含量と酵母の添加量とが所定の関係を満たす場合、より確実に芳香の強い味噌を製造することができる。
【0031】
また、本実施形態に係る味噌の製造方法は、仕込み工程S2において酵母の添加量を通常よりも多くすることから、発酵熟成工程S3において添加酵母による過発酵が発生する。その結果、本実施形態に係る味噌の製造方法によると、発酵熟成工程S3において、アルコールが通常よりも多く産生し、当該アルコールによって発酵を抑えることができるため、後処理工程S4においてアルコールを別途添加する必要がなくなる。よって、本実施形態に係る味噌の製造方法によると、後処理工程S4におけるアルコールの添加処理などを回避できるため、アルコールをはじめとした添加物を使用しない「無添加」の味噌を製造することができる。
【実施例】
【0032】
次に、本発明の実施例について説明する。
【0033】
[実施例1]
(サンプル1の準備)
大豆は一晩浸漬した後、1.5kg/cm
2で3分間蒸した。さらに冷却及び擂砕したものを約3.1kg準備した。また、浸漬した米を、水切りし、0.2kg/cm
2で約50分間蒸した後、32℃程度まで冷却した。この冷却した蒸米に麹菌(味噌用麹菌Aspergillus oryzae)を接種した後、品温30〜45℃、相対湿度95%以上で45時間製麹して米麹を得た。得られた米麹約1.2kgを仕込みに用いた。そして、蒸し大豆3.1kg、米麹1.2kg、食塩、酵母(信州味噌研究所 味噌用耐塩性酵母:添加量は表1参照)、種水からなる原料を混合した後、25〜30℃で6週間発酵熟成させ、所定の食塩含量(含量は表1参照)のサンプル1とした。
【0034】
(食塩含量、酵母菌数の確認)
サンプル中の食塩含量については、モール法によって確認した。詳細には、サンプル5gを250mLメスフラスコで定容した後、ろ紙(No.1)でろ過し、ろ液5mLを1/50N硝酸銀溶液で滴定して食塩含量を求めた。なお、滴定には、自動滴定装置(平沼産業株式会社、COM−1700)を用いた。
また、添加した酵母菌数については、添加前の酵母(酵母培養液)1mLを0.01%メチレンブルー溶液10mLと混合し5分静置した後、トーマ血球計算盤を用いて染色されていない酵母のみを顕微鏡下でカウントし、当該カウント数を用いてサンプルへの添加した酵母菌数を算出した。
【0035】
(品質の確認)
前記の方法により製造したサンプルを用いて、酸敗の有無を検定するために、酸度Iの確認、官能検査を行った。
【0036】
(酸度Iの確認)
前記の方法により製造したサンプル10gに水40mlを加えて撹拌しながら、1/10N水酸化ナトリウム溶液でpH7.0まで滴定する常法により滴定酸度Iを求めた。滴定には自動滴定装置(平沼産業株式会社:COM−1700)を用いた。
【0037】
(官能評価)
味噌の官能評価として、訓練されたパネル3名が香に関する評価を実施した。具体的には、サンプル20gにお湯200mlを加えて撹拌した状態とし、各パネル3名が「芳香」が強い/弱い、「酸臭」があり/なし、について確認した。
芳香:強い/弱い
酸臭:あり/なし
なお、「芳香」とは、発酵段階で生じる様々な香気生成物が奏する発酵香及び熟成香であり、強い/弱いとは、基準とする味噌(酵母の添加量が6.0×10
5個/gで製造された食塩含量11.7質量%の味噌)と比較した評価である。なお、基準とする味噌と同程度の芳香の場合は、強くはないため「弱い」と評価した。
【0038】
【表1】
【0039】
[結果の検討]
サンプル1の酸度Iは8.4という高くない数値であるとともに、官能評価(具体的な理由)について「芳香が強い」「酸臭がない」との結果が得られた。そして、サンプル1は、100gあたりの食塩含量が約9.2gの減塩の味噌となった。
【0040】
以上の結果より、仕込み工程における酵母の添加量が所定値以上であると、酸敗による酸臭の発生が抑制され、さらに、芳香が十分に感じられる減塩の味噌を製造できることがわかった。
【0041】
[実施例2]
(サンプルの準備)
実施例2において使用した各サンプルは、実施例1と同じ方法により準備した。
なお、食塩添加量、食塩含量、酵母の添加量は表2のとおりである。
【0042】
(食塩含量、酵母菌数の確認)
食塩含量、酵母菌数の確認の方法については、実施例1と同じ方法により実施した。
【0043】
(官能評価)
官能評価については、実施例1と同じ方法により実施した。
なお、表2では、芳香が強いと評価した人数を「強い」の後に示した。具体的には、表2において「強い1」との記載は、芳香が強いと評価した人が3名中1名であることを示し、「弱い」との記載は、芳香が強いと評価した人が3名中0名であることを示している。
また、表2では、酸臭がありと評価した人数を「あり」の後に示した。具体的には、表2において「あり1」との記載は、酸臭がありと評価した人が3名中1名であることを示し、「なし」との記載は、酸臭がありと評価した人が3名中0名であることを示している。
また、芳香の結果(一部)については、
図2にも示した。
図2において、三重丸は「強い3」、二重丸は「強い2」、一重丸は「強い1」、三角は「弱い」(又は「基準」)との結果を示している。
【0044】
【表2】
【0045】
[結果の検討]
各サンプルの酸臭の結果から、酵母菌数が増加することにより、酸敗による酸臭の発生が抑制されることがわかった。
特に、食塩濃度が所定値以上のサンプル(サンプル2−3〜2−6、3−3〜3−6、4−3〜4−6)は、酸臭の抑制効果がより確実に発揮されることもわかった。
【0046】
また、各サンプルの芳香の結果から、酵母菌数が増加することにより、芳香が強くなることがわかった。
特に、
図2の結果から、食塩含量をA質量%とし、酵母の添加量をB個/gとした場合、B≧(3A−22.5)×10
5を満たすサンプル(サンプル2−4〜2−6、3−3〜3−6、4−3〜4−6)は、芳香がより確実に強くなることがわかった。
なお、食塩濃度が低いサンプル(サンプル4−1、4−2、5−1〜5−4)は、芳香が「弱い」との結果となったが、これは、強い酸臭に芳香がかき消され、芳香が感じられ難かった結果であると推察する。