(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
石炭ガス化炉では燃焼およびガス化反応によって、微粉炭焚きボイラでは燃焼によって灰が生成する。不燃物である灰は、伝熱管表面に付着・堆積して伝熱管全体の熱抵抗が増加するため、伝熱効率の低下を招く。肥大に灰が堆積する場合は、流路の閉塞や、巨大な灰塊の落下による伝熱管の破損を引き起こし、プラントの停止を引き起こす要因となる。従来、蒸気や空気を噴射するスートブロワによる吹き飛ばしや、微粉炭焚きボイラの場合は一時的な負荷変動による温度変化の熱衝撃も併用することによって、定期的な灰の脱落を実施している。
【0003】
一方、伝熱管への灰付着抑制のため、次の二つの種類の技術が提供されている。第一は添加物による灰粒子の改質であり、燃料の石炭への添加物による灰粒子径の増加や灰融点の増加により、伝熱管への灰粒子の付着を抑制する技術である。第二は、伝熱管に皮膜を形成することによる灰付着抑制である。例えば、溶融した灰粒子との疎水性を発揮するように伝熱管表面の濡れ性を制御する皮膜を溶射などで形成し、灰粒子の付着を抑制する技術が提供されている(特許文献1を参照)。セラミックやチタン酸化の塗布による熱膨張の違いにより付着した灰を剥離する技術も提供されている。(特許文献2、3を参照)。ゲル状組成物を伝熱管表面に塗布し、付着した灰を除去し易くする技術も提供されている(特許文献4、5を参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、スートブロワや熱衝撃により灰を取り除く運用には費用がかかるため、ランニングコストを低減することが求められている。また、従来の伝熱管への灰付着抑制技術は、すべての炭種に対して実施できるものではなく、効果の無い炭種の場合もあった。このため、炭種の拡大に対応できるような伝熱管への灰付着抑制技術が求められている。
【0006】
本発明は、上述の実情に鑑みて提案されるものであって、伝熱管等への灰付着を抑制するものであって、ランニングコストを低減し、炭種の拡大に対応できるような皮膜及びその形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するために、本出願に係る皮膜は、火炉の母材の表面に形成される皮膜であって、トップコートとして、酸化物セラミックスと、層状結晶構造を有する化合物とを含む摺動性材料層を有する。
【0008】
本出願に係る皮膜は、摺動性材料層のみからなる単層であってもよい。すなわち、摺動性材料層は、火炉の母材の表面に形成されてもよい。
【0009】
本出願に係る皮膜は、摺動性材料層の下層に、耐腐食性材料又は耐火材で構成されたベース層を有していてもよい。母材は、鋼材又は耐火材で構成されていてもよい。母材は、火炉の伝熱管又は壁面を構成するものであってもよい。
【0010】
本出願に係る火炉は、火炉の母材の表面に皮膜が形成されたものである。本出願に係る石炭ガス化炉、微粉炭焚きボイラ、燃焼装置又は反応装置は、火炉を含むものである。
【0011】
本出願に係る皮膜の形成方法は、火炉の母材の表面に形成される皮膜の形成方法であって、トップコートを形成する工程として、酸化物セラミックスと、層状結晶構造を有する化合物と、シリコーンとを含む摺動性材料のスラリーを塗布し、その後スラリーを焼成して成膜する工程を含む。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、ランニングコストを低減し、燃料種の拡大に対応することができる。ひいては、火炉への灰付着を抑制することにより、流路の閉塞や、伝熱管の破損を抑制し、プラントの安定した運転を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施の形態の皮膜の概略的な構成を示す断面図である。
【
図2】実施例1の灰付着試験に使用した燃焼炉の構成を説明する図である。
【
図3】実施例1のスラッギング条件の試験結果を示す写真である。
【
図4】実施例1のファウリング条件の試験結果を示す写真である。
【
図5】実施例2の灰付着試験に使用した電気炉を説明する図である。
【
図6】実施例2のスラッギング条件の試験結果を示す写真である。
【
図7】実施例2のスラッギング条件の試験結果を示すグラフである。
【
図8】実施例2のファウリング条件の試験結果を示す写真である。
【
図9】実施例2のファウリング条件の試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本実施の形態の皮膜及びその形成方法について、図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本実施の形態の皮膜を示す断面図である。本実施の形態の皮膜は、火炉への灰の付着を抑制し、かつ灰の脱落を容易にするものである。
【0015】
図1に示すように、皮膜は、母材11の表面に形成されたベース層12と、ベース層12の表面にトップコートとして形成された摺動性材料層13とから構成されている。母材11は、石炭ガス化炉や微粉炭焚きボイラのような火炉において、壁面を構成する鋼材や耐火材であってもよく、伝熱管を構成する炭素鋼材やステンレス鋼材であってもよい。耐火材としては、高アルミナ質れんが、クロム・マグネシア質れんが等が挙げられる。
【0016】
ベース層12は、母材11の表面に所定の厚さで形成され、粗さの大きな表面を形成して摺動性材料層13を定着させている。ベース層12の厚さは、200〜1000μmであってもよい。ベース層12の表面粗さは、算術平均粗さRaで1〜20μmであってもよい。ベース層12は、金属、セラミックス等の無機物であってもよく、母材11の表面が灰に長時間暴露したときの腐食反応による灰の付着力強化を抑制している。ベース層12は、耐腐食性材料にすることで、火炉の耐腐食性を向上させることができる。耐腐食性材料としては、高クロム系合金等が挙げられる。また、ベース層12は、耐火材にすることで火炉の耐火性を向上させることもできる。耐火材としては、キャスタブル耐火物が挙げられる。
【0017】
摺動性材料層13は、摺動性材料によってベース層12の表面に所定の厚さで形成されている。摺動性材料層13の厚さは、10〜90μmであってもよい。摺動性材料層13は、酸化物セラミックスと、層状結晶構造を有する化合物とを含む。酸化物セラミックスとしては、ケイ素、アルミニウム、クロム、マンガン及び鉄元素の少なくとも一つを含む酸化物が挙げられる。層状結晶構造とは、原子又は原子団が平面状に配列してシート構造をつくり、この平面に垂直な方向にシート構造の繰返しが見られる結晶構造をいう。このうち、六方晶系に属するものは黒鉛型結晶構造とも呼ばれ、特に対称性が高い。黒鉛型結晶構造を構成しうる化合物としては、黒鉛、硫化マンガン、フッ化黒鉛、窒化ホウ素、二硫化モリブデン及び二硫化タングステンが挙げられる。摺動性材料層13は、層状結晶構造のもつ、表面の摩擦抵抗を低下させる作用により、衝突した灰粒子をスリップさせるとともに、付着した灰の脱落性を向上させている。また、酸化物セラミックスのもつ耐久性により、高温環境下での灰とベース層12との間での腐食反応を抑制している。
【0018】
このような皮膜は、石炭ガス化炉や微粉炭焚きボイラの火炉の伝熱管や壁面を形成する母材11の表面にベース層12を形成し、ベース層12の表面にトップコートとして摺動性材料層13を形成することによって得られる。ベース層12は、無機物を溶射したり塗布したりすることによって形成してもよい。摺動性材料層13は、摺動性材料のスラリーを塗布したりスプレーしたりすることによって形成してもよい。摺動性材料には、酸化物セラミックス、及び層状結晶構造を有する化合物のほかに、シリコーンを含有させると、塗布性が向上する。シリコーンとは、有機基をもつケイ素と酸素が交互に結合してできた主鎖よりなるポリマーであり、シリコーン樹脂、シリコーンゴム、シリコーン油、シリコーングリース等が挙げられる。摺動性材料に含まれる酸化物セラミックスの割合は1〜30質量%であってもよい。摺動性材料に含まれる層状結晶構造を有する化合物の割合は10〜30質量%であってもよい。摺動性材料に含まれるシリコーンの割合は10〜50質量%であってもよい。皮膜は、石炭ガス化炉や微粉炭焚きボイラの火炉の他に、燃焼装置又は反応装置の火炉に適用してもよい。
【実施例1】
【0019】
実施例1では、火炉として横型の燃焼炉を使用し、本実施の形態の皮膜について灰付着試験を行った。実施例1の試験では、燃焼炉における炉内温度を模擬し、炉内に暴露した皮膜を形成したプローブ表面に付着する灰の様子を観察した。
【0020】
図2は、灰付着試験に使用した燃焼炉の構造を示す断面図である。
図2(a)に示すように、燃焼炉100は、入口102から出口103に向かう流路に沿って燃焼室101が略水平に伸びる横型に構成されている。燃焼室101は、複数のセグメントがフランジ105によって分離可能に連結され、流路に沿って予熱部121、燃焼部122、灰付着部123を構成している。
【0021】
予熱部121では、入口102からLPG及び空気が供給され、流路の途中で空気及び酸素ガスがさらに供給され、LPGが燃焼する。予熱部121から燃焼部122に移行する部分には流路が狭くなったスロート104が形成されている。スロート104には、タンク131に格納された微粉炭が石炭供給器133によってキャリアガスの空気とともに供給路135を通って供給されている。供給されている微粉炭の熱量は、35kWである。燃焼部122では、スロート104から供給された微粉炭が燃焼する。灰付着部123では、微粉炭の燃焼によって生成した灰が燃焼室101に設置されたプローブ111や壁面に付着する。
【0022】
図2(b)は、燃焼室101の灰付着部123を構成するセグメント110の構成を示す破断斜視図である。セグメント110はフランジ105によって互いに連結されるが、この斜視図では簡単のためにフランジ105を省略している。円筒状のセグメント110には、内部にプローブ111を導入するプローブポート113と、観測ポート115と、サンプリングポート117と、熱電対ポート119が形成されている。プローブポート113からは水冷されたプローブ111が燃焼室101内に延び、観測ポート115から目視が可能である。プローブ111の径は、31.8mmである。サンプリングポート117からは燃焼室101の試料の採取が可能であり、熱電対ポート119からは燃焼室101に熱電対が挿入されている。
【0023】
図2(a)における符号P1〜P6は、燃焼室101の灰付着部123に設置されたプローブを示している。これらのプローブP1〜P6は、スロート104を基準として流路の方向にそれぞれ836、1200、1562、1924、2297、2794mmに位置している。
【0024】
表1に示すように、試験は、スラッギング条件とファウリング条件とについて個別に実施した。ここで、スラッギング条件は、ガス温度が灰の軟化温度以上である環境で溶融した灰が母材の表面に付着する条件である。スラッギング条件は、火炉内及び火炉出口部の壁面を想定して、母材11には炭素鋼材(SS400鋼)を使用した。ファウリング条件は、ガス温度が灰の軟化温度以下である環境で母材の表面に灰が付着する条件である。ファウリング条件は、火炉後部に位置する伝熱管を想定して、母材11にはステンレス鋼材(SUS304鋼)を使用した。ベース層12はニッケル−クロム合金層であり、大気プラズマ溶射法によって形成した。ベース層12の厚さは、450μmであった。ベース層12の表面粗さは、算術平均粗さRaで10μmであった。摺動性材料層13は、鉄及びマンガンを含む酸化物セラミックスと、窒化ホウ素とを含む混合物の焼成皮膜であり、酸化物セラミックスを25質量%、窒化ホウ素を15質量%、シリコーンを40質量%含み、残部を有機溶媒とする混合物のスラリーを調製し、ベース層12上に塗布した後、500℃で30分間焼成して成膜した。摺動性材料層13の厚さは、30μmであった。
【0025】
【表1】
【0026】
図3は、
図2の燃焼炉で実施したスラッギング条件の試験結果を示す写真である。
図3(a)に示すように、プローブ111に皮膜なしの炭素鋼材(SS400鋼)を使用した場合には、試験開始から18分、40分、53分でプローブ111から灰の脱落が見られた。
図3(b)に示すように、炭素鋼材にベース層のみを形成したものを使用した場合には、試験開始から34分でプローブ111から灰の脱落が見られた。
図3(c)に示すように、炭素鋼材にベース層及び摺動性材料層からなる皮膜を形成したものを使用した場合には、試験開始から8分、27分、43分でプローブ111から灰の脱落が見られた。
【0027】
図4は、
図2の燃焼炉で実施したファウリング条件の試験結果を示す写真である。
図4(a)に示すように、プローブ111に皮膜なしのステンレス鋼材(SUS304鋼)を使用した場合には、試験開始から41分でプローブ111から灰の脱落が見られた。
図4(b)に示すように、ステンレス鋼材にベース層のみを形成したものを使用した場合には、試験開始から50分でプローブ111から灰の脱落が見られた。
図4(c)に示すように、ステンレス鋼材にベース層及び摺動性材料層からなる皮膜を形成したものを使用した場合には、試験開始から15分、29分、59分でプローブ111から灰の脱落が見られた。
【0028】
実施例1においては、スラッギング条件とファウリング条件のいずれの場合でも、鋼材に皮膜を形成した場合に、皮膜なしの場合、及び鋼材にベース層のみを形成した場合と比べて灰の脱落が促進されることが確認された。したがって、本実施の形態のベース層及び摺動性材料層からなる皮膜に、灰の付着を抑制する効果が認められた。
【実施例2】
【0029】
実施例2は、電気炉で模擬灰に試験片を埋没させて加熱することにより、火炉への灰の付着を試験した。この試験では、電気炉で模擬灰と試験片とを火炉の表面温度相当に加熱し、付着する灰の重量とエアーブローにて除去される灰の割合を計測した。
【0030】
図5は、灰付着試験を説明する図である。
図5(a)に示す電気炉150の断面図のように、電気炉150においては炉材152によって加熱室151が形成され、炉材152には加熱室151を囲んでヒータ154が配置されている。加熱室151の底面には模擬灰158を入れた皿状の容器156が置かれている。容器156内の模擬灰158の温度は、熱電対160によって監視されている。
【0031】
図5(b)は、試験片を示す斜視図である。試験片21は、所定長さの管を中心軸を通る断面で切断した形状を有し、幅wが31.8mmであり、長さlが30mmである。
図5(c)は、試験により模擬灰158が付着した試験片23を示す斜視図である。模擬灰158の付着した試験片23は、中心軸について断面から角度θが45度をなす方向からのエアーブローによって模擬灰158が除去される。
【0032】
図5(a)に示したような電気炉150を使用し、火炉における炉内温度を模擬し、模擬灰158に埋没させた試験片21に付着する模擬灰158の状態を観測した。試験は、表2に示すように、スラッギング条件とファウリング条件とについて個別に実施した。模擬灰158は、いずれの場合にも、硫酸カリウム(K
2SO
4)、硫酸ナトリウム(Na
2SO
4)、酸化第二鉄(Fe
2O
3)の粉末を1:1:1.5のモル比で混合して作成した。
【0033】
【表2】
【0034】
図6は、
図5(a)の電気炉で実施したスラッギング条件の試験結果を示す写真である。試験は、試験片21として、実施例1と同様、皮膜なしの炭素鋼材、炭素鋼材にベース層のみを形成したもの、炭素鋼材にベース層と摺動性材料層とからなる皮膜を形成したものの3種類を用意し、加熱前、加熱後、エアーブロー後のそれぞれの段階で外観写真を撮影した。これらの写真を比較すると、加熱後とエアーブロー後とのいずれの段階においても、炭素鋼材に皮膜を形成したものは、皮膜なしの炭素鋼材、及び炭素鋼材にベース層のみを形成したもののいずれよりも表面が滑らかであり、模擬灰158の付着が抑制されていることが見られる。
【0035】
図7は、
図5(a)の電気炉で実施したスラッギング条件で灰の量等を測定した試験結果を示すグラフである。
図7(a)は試験片への灰の付着量を示すグラフである。試験片21への灰の付着量は、炭素鋼材にベース層のみを形成したものが最も多く、皮膜なしの炭素鋼材がこれに続き、炭素鋼材にベース層と摺動性材料層とからなる皮膜を形成したものが最も少なかった。
【0036】
図7(b)は試験片に付着した灰のエアーブローによる除去率を示すグラフである。灰の除去率は、炭素鋼材にベース層と摺動性材料層とからなる皮膜を形成したものが最も大きく、炭素鋼材にベース層のみを形成したものがこれに続き、皮膜なしの炭素鋼材が最も小さかった。
【0037】
図8は、
図5の電気炉でのファウリング条件の試験結果を示す写真である。試験は、試験片23として、実施例1と同様、皮膜なしのステンレス鋼材(SUS304鋼)、ステンレス鋼材にベース層のみを形成したもの、ステンレス鋼材にベース層と摺動性材料層とからなる皮膜を形成したものの3種類を用意し、加熱前、加熱後、エアーブロー後のそれぞれの段階で外観写真を撮影した。これらの写真を比較すると、加熱後とエアーブロー後とのいずれの段階においても、ステンレス鋼材に皮膜を形成したものは、皮膜なしのステンレス鋼材、及びステンレス鋼材にベース層のみを形成したもののいずれよりも灰の付着が少なく、模擬灰158の付着が抑制されていることが見られる。
【0038】
図9は、
図5の電気炉でのファウリング条件で灰の量等を測定した試験結果を示すグラフである。
図9(a)は試験片への灰の付着量を示すグラフである。試験片23への灰の付着量は、皮膜なしのステンレス鋼材が最も多く、ステンレス鋼材にベース層を形成したものがこれに続き、ステンレス鋼材にベース層と摺動性材料層とからなる皮膜を形成したものが最も少なかった。
【0039】
図9(b)は試験片に付着した灰のエアーブローによる除去率を示すグラフである。灰の除去率は、ステンレス鋼材にベース層と摺動性材料層とからなる皮膜を形成したものが最も大きく、ステンレス鋼材にベース層を形成したものがこれに続き、皮膜なしのステンレス鋼材が最も小さかった。
【0040】
実施例2においては、スラッギング条件とファウリング条件のいずれの場合でも、鋼材に皮膜を形成した場合に、皮膜なしの場合、及び鋼材にベース層のみを形成した場合と比べて灰の付着が抑制されると共に、灰の脱落が促進されることが確認された。したがって、本実施の形態のベース層及び摺動性材料層からなる皮膜に、灰の付着を抑制するとともに、灰の脱落を容易にする効果が認められた。