特許第6982406号(P6982406)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6982406肉又は魚介類の加圧保水性向上剤及びその使用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6982406
(24)【登録日】2021年11月24日
(45)【発行日】2021年12月17日
(54)【発明の名称】肉又は魚介類の加圧保水性向上剤及びその使用
(51)【国際特許分類】
   A23L 29/00 20160101AFI20211206BHJP
   A23L 13/70 20160101ALI20211206BHJP
   A23L 17/00 20160101ALI20211206BHJP
   A23L 3/00 20060101ALN20211206BHJP
【FI】
   A23L29/00
   A23L13/70
   A23L17/00 A
   !A23L3/00 101C
【請求項の数】6
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2017-101031(P2017-101031)
(22)【出願日】2017年5月22日
(65)【公開番号】特開2018-57358(P2018-57358A)
(43)【公開日】2018年4月12日
【審査請求日】2020年3月17日
(31)【優先権主張番号】特願2016-192226(P2016-192226)
(32)【優先日】2016年9月29日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 モイステックスSTDカタログ
(73)【特許権者】
【識別番号】714004734
【氏名又は名称】テーブルマーク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100106057
【弁理士】
【氏名又は名称】柳井 則子
(72)【発明者】
【氏名】松藤 久
(72)【発明者】
【氏名】河原 聡
【審査官】 緒形 友美
(56)【参考文献】
【文献】 欧州特許出願公開第00950356(EP,A1)
【文献】 特開2015−023846(JP,A)
【文献】 特開2002−315550(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/080490(WO,A1)
【文献】 特開2014−064542(JP,A)
【文献】 特開2002−153263(JP,A)
【文献】 A Process for the Complete Fractionation of Baker's Yeast,J. Chem. Tech. Biotechnol.,英国,1996年,vol. 67,67-71
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 3/00
A23L 29/00
A23L 13/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母細胞を有効成分として含有し、
加圧加熱前に食材に注入する、又は、前記食材を浸漬する漬け込み液に添加して用いられ、
注入する液又は漬け込み液100質量部に対する前記酵母細胞の含有量が1.0質量部以上である、肉又は魚介類の加圧保水性向上剤。
【請求項2】
酵母細胞及び塩基性化合物を含有し、
加圧加熱前に食材に注入する、又は、前記食材を浸漬する漬け込み液に添加して用いられ、
注入する液又は漬け込み液100質量部に対する前記酵母細胞の含有量が1.0質量部以上であり、
前記注入する液又は前記漬け込み液100質量部に対する前記塩基性化合物の含有量が1.0質量部以上である、肉又は魚介類の加圧保水性向上用組成物。
【請求項3】
糖を更に含有する、請求項2に記載の肉又は魚介類の加圧保水性向上用組成物。
【請求項4】
加圧加熱前に食材に酵母細胞を添加する添加工程を備え、
前記添加工程は、加圧加熱前に前記酵母細胞を含む注入液を前記食材に注入する、又は、前記酵母細胞を含む漬け込み液に前記食材を浸漬することで行われ、
前記注入液又は前記漬け込み液100質量部に対する前記酵母細胞の含有量が1.0質量部以上である、肉又は魚介類の加圧保水性向上方法。
【請求項5】
前記添加工程において、塩基性化合物を更に添加する、請求項4に記載の肉又は魚介類の加圧保水性向上方法。
【請求項6】
前記添加工程において、糖を更に添加する、請求項4又は5に記載の肉又は魚介類の加圧保水性向上方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の加圧保水性向上剤及びその使用に関する。より詳細には、食品の加圧保水性向上剤、食品の加圧保水性向上用組成物、食品の加圧保水性向上方法及び加圧加熱処理された食品に関する。
【背景技術】
【0002】
レトルト食品、パックご飯等、加圧加熱処理された食品が広く流通している。加圧加熱処理により、耐熱性菌まで殺菌できるために、そのまま無菌の状態を維持できれば、長期間保存できるからである。しかしながら、例えば畜肉や魚介類は、その殺菌工程において、加圧、加熱される。そのため、食材そのものにストレスを受け、菌的には無菌であってもレトルトパウチ等に充填、保存した後に、硬化等の物性の変化、変色等の劣化が激しい場合が見られる。このため、加圧加熱処理後の畜肉や魚介類の劣化を抑制し、味や食感を向上させる需要が存在する。
【0003】
一方、畜肉又は魚介類を軟化させる技術が検討されている。例えば、特許文献1には、カラメルを含有する砂糖を含有し、水に溶解した場合にpH8〜11となることを特徴とする畜肉又は魚肉の軟化剤が記載されている。また、非特許文献1には、重曹(炭酸水素ナトリウム)に浸漬することにより、牛肉、豚肉を軟化させることができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013−247896号公報
【特許文献2】特許第3088709号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】高橋智子、他、「牛肉,豚肉の硬さおよび官能評価におよぼす重曹浸漬の影響」、日本家政学会誌、vol. 53 (4), 347-354, 2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1や非特許文献1では、加圧加熱処理による食材の硬化の抑制効果については検討されていない。食品の加圧加熱処理工程は、通常の調理工程とは異なるため、特許文献1に記載された軟化剤や非特許文献1の方法により、加圧加熱による肉や魚介類の硬化を抑制することができるか否か、また、加圧加熱処理された食品の長期保存による劣化を抑制することができるか否かについては不明であった。
【0007】
ところで、酵母は、主に特定の呈味成分や栄養成分である可溶性のエキス成分と、その抽出後に残される酵母細胞(酵母細胞の細胞壁、細胞膜等の酵母の骨格部分)に分けることができる。酵母から呈味成分や栄養成分を抽出して得られる酵母エキスは、安全で高品質な天然調味料、各種微生物培養用の栄養源、土壌改良用有効微生物の栄養源等として、広く使われている(例えば、特許文献2参照)。これに対し、特にビール等の酒の発酵に用いた酵母由来の酵母細胞や、酵母エキスの抽出の後で回収した酵母細胞には異味及び異臭があるため、利用分野が限られており、一部が栄養食品や肥料等として利用されている以外は廃棄されている。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、酵母細胞を有効利用する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、酵母細胞を用いることで、食品の加圧保水性を向上できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
本発明の第1態様に係る肉又は魚介類の加圧保水性向上剤は、酵母細胞を有効成分として含有加圧加熱前に食材に注入する、又は、前記食材を浸漬する漬け込み液に添加して用いられ、前記注入する液又は前記漬け込み液100質量部に対する前記酵母細胞の含有量が1.0質量部以上である
【0011】
本発明の第2態様に係る肉又は魚介類の加圧保水性向上用組成物は、酵母細胞及び塩基性化合物を含有加圧加熱前に食材に注入する、又は、前記食材を浸漬する漬け込み液に添加して用いられ、前記注入する液又は前記漬け込み液100質量部に対する前記酵母細胞の含有量が1.0質量部以上であり、前記注入する液又は前記漬け込み液100質量部に対する前記塩基性化合物の含有量が1.0質量部以上である
上記第2態様に係る肉又は魚介類の加圧保水性向上用組成物は、糖を更に含有してもよい
【0012】
本発明の第3態様に係る肉又は魚介類の加圧保水性向上方法は、加圧加熱処理前に食材に酵母細胞を添加する添加工程を備え、前記添加工程は、加圧加熱前に前記酵母細胞を含む注入液を前記食材に注入する、又は、前記酵母細胞を含む漬け込み液に前記食材を浸漬することで行われ、前記注入液又は前記漬け込み液100質量部に対する前記酵母細胞の含有量が1.0質量部以上である、方法である。
前記添加工程において、塩基性化合物を更に添加してもよい。
前記添加工程において、糖を更に添加してもよい。
【発明の効果】
【0017】
上記態様によれば、酵母細胞を有効利用する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1A】試験例4における各配合の漬け込み液を注入してから一晩後の鶏ムネ肉の歩留まりを示すグラフである。
図1B】試験例4における各配合の漬け込み液に浸漬してから1日後の鶏ムネ肉の歩留まりを示すグラフである。
図1C】試験例4における各配合の漬け込み液に浸漬してから3日後の鶏ムネ肉の歩留まりを示すグラフである。
図2A】試験例4における各配合の漬け込み液を注入してから一晩後の鶏ムネ肉の加熱損失を示すグラフである。
図2B】試験例4における各配合の漬け込み液に浸漬してから3日後の鶏ムネ肉の加熱損失を示すグラフである。
図3A】試験例4における各配合の漬け込み液を注入してから一晩後であって未加熱の鶏ムネ肉の遠心保水性を示すグラフである。
図3B】試験例4における各配合の漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉の遠心保水性を示すグラフである。
図4A】試験例5における対照区2の漬け込み液を注入してから一晩後であって未加熱の鶏ムネ肉をHE染色した画像である。
図4B】試験例5における試験区3の漬け込み液を注入してから一晩後であって未加熱の鶏ムネ肉をHE染色した画像である。
図4C】試験例5における対照区2の漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉をHE染色した画像である。
図4D】試験例5における試験区3の漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉をHE染色した画像である。
図5A】試験例5における各配合の漬け込み液を注入してから一晩後であって未加熱の鶏ムネ肉の筋線維面積を示すグラフである。
図5B】試験例5における各配合の漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉の筋線維面積を示すグラフである。
図6A】試験例5における各配合の漬け込み液を注入してから一晩後であって未加熱の鶏ムネ肉の筋線維間隙の面積を示すグラフである。
図6B】試験例5における各配合の漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉の筋線維間隙の面積を示すグラフである。
図7A】試験例5における対照区2の漬け込み液を注入してから一晩後であって未加熱の鶏ムネ肉をPAS染色した画像である。
図7B】試験例5における試験区3の漬け込み液を注入してから一晩後であって未加熱の鶏ムネ肉をPAS染色した画像である。
図7C】試験例5における試験区4の漬け込み液を注入してから一晩後であって未加熱の鶏ムネ肉をPAS染色した画像である。
図7D】試験例5における対照区2の漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉をPAS染色した画像である。
図7E】試験例5における試験区3の漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉をPAS染色した画像である。
図7F】試験例5における試験区4の漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉をPAS染色した画像である。
図8A】試験例6における高温殺菌製品の酵母細胞1又は酵母細胞2を含む漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉の加圧保水性を示すグラフである。
図8B】試験例6における低高温殺菌製品の酵母細胞1又は酵母細胞2を含む漬け込み液を注入してから一晩後であって加熱処理後の鶏ムネ肉の加圧保水性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
≪食品の加圧保水性向上剤≫
本発明の一実施形態に係る食品の加圧保水性向上剤は、酵母細胞を有効成分として含有する。
【0020】
本明細書において、「食品の加圧保水性」とは、加圧時において食品内に水分を保つ性質を意味する。また、「食品の加圧保水性」には、食品を加熱後、加圧した場合における水分の保持性、及び、食品に加圧及び加熱を同時に行った場合における水分の保持性も包含される。
実施例において後述するように、本実施形態の加圧保水性向上剤によれば、食品の加圧及び加熱時における保水性を向上させることができる。加圧及び加熱された食品としては、例えば、レトルト食品、UHT(Ultra−High−Temperature)処理された食品(例えば、パックご飯等)及び飲料(例えば、固形分入り果実飲料等)等が挙げられ、特に限定されるものではない。ただし、本実施形態の加圧保水性向上剤は、大きな具材を有するレトルト食品に好適に用いられるが、米飯、粥、果肉等の具材の粒が小さい食品の場合には、UHT(Ultra−High−Temperature)処理された食品(例えば、パックご飯等)及び飲料(例えば、果肉入り果実飲料等)でも同様の効果を奏するものと考えられる。
【0021】
なお、本明細書において、レトルト食品とは、気密性及び遮光性を有する容器で密封し、加圧加熱殺菌した食品であり、缶詰も含む。レトルト食品の容器としては、一般的に、食品側にはポリプロピレン、外側にはポリエステル等の合成樹脂やアルミ箔を積層加工(ラミネート加工)したフィルムが用いられる。
【0022】
本明細書において、加圧加熱処理とは、レトルト食品等の製造時の加圧加熱殺菌のことを意味する。また、加圧加熱処理は、食材を容器に充填後に加圧加熱処理されるレトルト処理だけでなく、食材を容器に充填前に加圧加熱処理された後に無菌条件下で充填されるUHT処理を包含する。
また、レトルト処理とは、食品を密封容器ごと加圧加熱する処理方法を意味する。レトルト処理では、通常、100〜150℃程度の高温で、数分〜数十分程度の時間をかけて処理する。
また、UHT処理とは、食品を容器に充填する前に高温短時間で加圧加熱する処理方法を意味し、超高温加熱処理とも呼ばれる。UHT処理では、通常、100〜200℃程度の高温で、数秒〜数十秒程度の短時間で処理する。
また、加圧加熱による食材の硬化とは、加圧加熱後、又は、加圧加熱後の保存期間中に加圧加熱処理済みの食品中の肉、魚介類等の食材が硬化することを意味する。
【0023】
加圧加熱処理の条件は、一般的な調理における食品の加熱条件よりも過酷な条件である。より具体的には、耐熱性細菌を殺菌する通常の加圧加熱処理の条件は、食品中央部において120℃で4分間又はそれと同等の熱がかかる状態に加圧加熱する条件である。
また、上述したとおり、レトルト処理は、通常、レトルトパウチ等の容器に食品を充填し、密封した後に行われる。加圧加熱により容器に密封された食品が完全に殺菌される。一方、上述したとおり、UHT(Ultra−High−Temperature)処理は、短時間高温、高圧処理した飲食品を無菌状態の容器に無菌充填する方法である。
【0024】
実施例において後述するように、発明者らは、食品の内部に酵母細胞を注入又は漬け込み等で添加することで、当該酵母細胞が食品を構成する細胞の間隙に蓄積して細胞の間隙を拡張させることを初めて見出した。この細胞の間隙の拡張によって、毛細管現象が起きて、細胞の間隙に水分を蓄積させて、食品の保水力を向上させると推察される。
また、発明者らは、食材の内部に酵母細胞を漬け込み等で添加することにより、上記機構に基づき、食品の保水性を向上させて、その後の加圧加熱による食材の硬化を抑制することができることを明らかにした。
したがって、本実施形態の加圧保水性向上剤は、「加圧加熱処理による食材の硬化抑制剤」としても使用することができる。
【0025】
発明者らは、更に、加圧加熱処理された食品が酵母細胞を含有することにより、上記機構に基づき、食品の加圧及び加熱時における保水性を向上させて、加圧加熱処理された食品の長期保存による加圧加熱処理された食品中の肉、魚介類等の食材の硬化や、加圧加熱処理された食品中の肉、魚介類等の食材の味が抜けてしまうことを抑制することができることを明らかにした。
本明細書において、加圧加熱処理された食品の長期保存とは、例えば製造後、室温で6〜36ヶ月保存することを意味する。このような長期保存が食材の質に及ぼす影響は、食品を加圧加熱処理された食品に加工することによって初めて検討が可能になったものである。すなわち、加圧加熱処理された食品は、殺菌されていることにより腐敗しないため、加圧加熱処理された食品の長期保存における、特に食材の化学的な変化(油脂の酸化等)、物理的な変化(食材の硬化等)等に対する酵母細胞の影響の検討が可能となった。
【0026】
したがって、本実施形態の加圧保水性向上剤は、「加圧加熱処理された食品中の食材の劣化抑制剤」、「加圧加熱処理された食品中の食材の品質保持剤」等としても使用することができる。
【0027】
本実施形態の加圧保水性向上剤において、「有効成分として含有する」とは、酵母細胞を、食品の加圧保水性向上効果が奏される程度に含有していれば特に限定されないが、加圧保水性向上剤を基準とした乾燥重量で、例えば50質量%以上、例えば70質量%以上、例えば90質量%以上含有することを意味する。
【0028】
本実施形態の加圧保水性向上剤は、食品の加圧及び加熱前(例えば、レトルト加熱前等)に食品に注入する、又は、食品を浸漬する漬け込み液に添加して用いられることが好ましい。実施例において後述するように、発明者らは、食品に注入する、又は、食品を浸漬する漬け込み液に本実施形態の加圧保水性向上剤を添加することにより、加圧及び加熱による食品の加圧保水性向上効果を得ることができることを明らかにした。
更に、実施例において後述するように、発明者らは、加圧加熱前に食材を浸漬する漬け込み液に、本実施形態の加圧保水性向上剤を添加することにより、加圧加熱による食材の加圧保水性向上効果を効果的に得ることができることを明らかにした。
以下に、本実施形態の加圧保水性向上剤の構成成分について、詳細を説明する。
【0029】
<酵母細胞>
酵母細胞としては、酵母の内容物を除去した後(酵母エキスを抽出した後)の酵母細胞(酵母細胞の細胞壁、細胞膜等の酵母の骨格部分)を用いることができる。したがって、従来廃棄されていた、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞を有効利用することができる。
【0030】
酵母エキスの抽出方法は特に限定されず、熱水処理法、自己消化法、酵素分解法等の抽出方法が挙げられる。
【0031】
酵母細胞は、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞そのものであってもよいし、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞に風味改善処理を行ったものであってもよい。風味改善処理は、酵母細胞が有する異味又は異臭を低減する処理であり、詳細については後述する。風味改善処理を行っていない酵母細胞は、異味又は異臭を有しているが、これが問題とならない食品や、これが問題とならない程度の添加量の範囲において、上述した各実施形態に利用することができる。
【0032】
酵母細胞は、プロテアーゼ及び乳化剤で処理されたものであってもよい。プロテアーゼ及び乳化剤による処理は風味改善処理の一種である。プロテアーゼ及び乳化剤で処理された酵母細胞は、酵母細胞が有する特有の異味(苦み、渋み、えぐ味等)又は異臭が低減されている。なお、酵母細胞に含まれる化学物質は非常に多岐にわたるため、これらの異味又は異臭の原因物質を特定することは困難である。また、原因物質を特定することが困難であるため、これらの原因物質の含有量により、プロテアーゼ及び乳化剤で処理された酵母細胞であるか否かを特定することも困難である。
【0033】
酵母細胞としては、トルラ酵母、パン酵母、ビール酵母、清酒酵母等の細胞が挙げられる。また、酵母細胞は、圧搾酵母、乾燥酵母、活性乾燥酵母、死滅酵母、殺菌乾燥酵母等の種々の形態であってもよい。また、酵母細胞は、酵母細胞(菌体)と実質的に同じ組成からなる酵母細胞由来物(例えば、酵母細胞の破砕物、粉末)であってもよい。
【0034】
上述した各実施形態に用いられる酵母細胞は、乾燥酵母菌体、酵母脱水物、菌体懸濁液等の種々の形態であり得る。保存性、安定性、運搬及び保管、並びに、取り扱い等の観点からは、殺菌乾燥酵母であることが好ましい。
【0035】
酵母は、例えば、サッカロミセス(Saccharomyces)属に属する酵母やキャンディダ(Candida)属に属する酵母であってよく、特に限定されるものではない。例えば、食経験が豊富である観点から、サッカロミセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)等であってもよく、研究等で知見が多い観点から、キャンディダア・ユーティリス(Candida utilis)等であってもよい。
【0036】
[風味改善処理]
酵母細胞は、風味改善処理が行われたものであってもよい。風味改善処理としては、例えば、プロテアーゼ処理、セルラーゼ処理等の酵素処理が挙げられる。
【0037】
風味改善処理において、上述した、プロテアーゼ又はセルラーゼを反応させる工程の前あるいは後の酵母細胞に、乳化剤を添加する工程を更に行ってもよい。乳化剤を酵母細胞に添加することにより、苦み、渋み、えぐ味等の異味を更に低減させることができる。
【0038】
≪食品の加圧保水性向上用組成物≫
本発明の一実施形態に係る食品の加圧保水性向上用組成物は、酵母細胞及び塩基性化合物を含有する。
【0039】
本実施形態の加圧保水性向上用組成物によれば、食品の加圧及び加熱時における保水性を向上させることができる。加圧及び加熱された食品としては、例えばレトルト食品等が挙げられ、本実施形態の加圧保水性向上剤はレトルト食品に好適に用いられる。
【0040】
酵母細胞としては、上述の食品の加圧保水性向上剤にて例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0041】
塩基性化合物としては、食品に添加することが認められている化合物が挙げられ、例えば、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、リン酸二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、水酸化マグネシウム等が挙げられる。
【0042】
実施例において後述するように、発明者らは、加圧加熱処理された食品に塩基性化合物を添加することにより、加圧加熱による食材の硬化を抑制することができることを明らかにした。発明者らはまた、加圧加熱処理された食品に酵母細胞及び塩基性化合物を添加することにより、食材の加圧保水性を向上させて、加圧加熱による食材の硬化を更に抑制することができることを明らかにした。
【0043】
本実施形態の加圧保水性向上用組成物は、糖を更に含有していてもよい。糖としては、例えば上白糖、三温糖、中双糖、グラニュー糖等が挙げられる。
【0044】
上記の糖にも加圧加熱による食材の硬化を抑制する効果があり、酵母細胞を更に添加することにより、食材の加圧保水性を向上させて、加圧加熱による食材の硬化を更に抑制することができる。
【0045】
本実施形態の加圧保水性向上用組成物は、さらに、本実施形態の効果を損なわない範囲において他の食品添加物を添加することもできる。
【0046】
≪食品の加圧保水性向上方法≫
本発明の一実施形態に係る食品の加圧保水性向上方法は、加圧加熱前に食材に酵母細胞を添加する添加工程を備える方法である。
【0047】
本実施形態の加圧保水性向上方法によれば、酵母細胞を添加することで、特に加圧加熱処理された食品中の食材の加圧保水性を向上させて、加圧加熱による食材の硬化を抑制することができる。
以下に、本実施形態の加圧保水性向上方法の工程について、詳細を説明する。
【0048】
[添加工程]
実施例において後述するように、発明者らは、酵母細胞を含有する漬け込み液を食材に注入、又は、酵母細胞を含有する漬け込み液に食材を浸漬し、液切りした後に下茹でを行うことにより、食材の加圧保水性を向上させて、加圧加熱による食材の硬化を抑制することができることを明らかにした。
【0049】
酵母細胞の添加量は、上述の漬け込み液100質量部あたり0.3質量部以上10質量部以下であることが好ましく、0.4質量部以上3.0質量部以下であることがより好ましく、0.5質量部以上2.0質量部以下であることが更に好ましい。
【0050】
実施例において後述するように、上記の範囲の添加量であれば、食材の加圧保水性向上効果を効果的に得ることができ、これにより、加圧加熱による食材の硬化抑制効果を効果的に得ることができる。肉又は魚介類に、酵母細胞を含有する漬け込み液を注入する、又は、肉又は魚介類を、酵母細胞を含有する漬け込み液に漬け込むことで、肉等の筋繊維の間隙に酵母細胞が入り込んで蓄積する。この酵母細胞が蓄積された筋線維の間隙に水分や栄養分が保持されることによって、その肉自体の品質が保持されることが示唆される。
【0051】
漬け込み液に含まれる酵母細胞としては、上述の食品の加圧保水性向上剤にて例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0052】
食材の漬け込み液には、塩基性化合物を更に添加してもよい。塩基性化合物としては上述したものと同様のものが挙げられる。
【0053】
実施例において後述するように、食材の漬け込み液に塩基性化合物を添加することにより、加圧加熱による食材の硬化を抑制することができ、酵母細胞を更に添加することにより、食材の加圧保水性を向上させて、加圧加熱による食材の硬化を更に抑制することができる。
【0054】
塩基性化合物の添加量は、漬け込み液100質量部あたり0.2質量部以上8.0質量部以下であることが好ましく、0.5質量部以上5.0質量部以下であることがより好ましく、1.0質量部以上4.0質量部以下であることが更に好ましい。
【0055】
食材の漬け込み液には、糖を更に添加してもよい。糖としては、上述したものと同様のものが挙げられる。
【0056】
上記の糖にも加圧加熱による食材の硬化を抑制する効果があり、酵母細胞を更に添加することにより、食材の加圧保水性を向上させて、加圧加熱による食材の硬化を更に抑制することができる。
【0057】
糖の添加量は、漬け込み液100質量部あたり0.2質量部以上20質量部以下であることが好ましく、0.5質量部以上15質量部以下であることがより好ましく、1.0質量部以上10質量部以下であることが更に好ましい。
【0058】
≪加圧加熱処理された食品≫
本発明の一実施形態に係る加圧加熱処理された食品は、酵母細胞を含有する。
【0059】
本実施形態の加圧加熱処理された食品は、酵母細胞を含有することで、食材の加圧保水性が向上されており、加圧加熱による食材の硬化が抑制されたものである。
【0060】
酵母細胞は不溶性であり、異物等と間違われる可能性がある。そこで、加圧加熱処理された食品の製造において、食材を酵母細胞で処理した後、ろ過、デカンテーション等により可能な限り食材から酵母細胞を除去することが好ましい。しかしながら、食材の内部(特に、食材を構成する細胞の間隙)に取り込まれた酵母細胞は加圧加熱処理された食品中に残留することとなる。
【0061】
したがって、本実施形態の加圧加熱処理された食品において、酵母細胞は、加圧加熱処理された食品中の食材(肉又は魚介類)中(特に、食材を構成する細胞の間隙)に残留していればよく、その含有量については特に限定されない。
【0062】
加圧加熱処理された食品は、酵母細胞に加えて上述した塩基性化合物、糖又は食品添加物を更に含有していてもよい。
また、加圧加熱処理された食品としてはレトルトパウチに充填されたものに限定されず、例えば、缶、瓶等に充填されたものであってもよい。
また、本実施形態の加圧加熱処理された食品には、上述のとおり、食材の加圧保水性の向上効果が発揮されることから、アセプティック充填された飲食品(UHT殺菌により無菌化された後に、常温で充填された飲食品)も包含される。
【0063】
本実施形態の加圧加熱処理された食品として具体的には、例えば、カレー、シチュー、ソース類、マーボ豆腐の素、すきやき、おでん等の調理済食品;ハンバーグ、ミートボール、レバーペースト、コンビーフ、スライスハム、ソーセージ等の食肉加工品どんぶりの素;エビクリーム煮、ウナギ蒲焼、さば味噌煮、かまぼこ等の水産食品類;かま飯の素、スープ類、ご飯、おかゆ、餅等の加工食品;ぜんざい、ケーキミックス等の菓子及びベーカリー製品類等が挙げられ、これらに限定されない。ソース類としては、例えば、ホワイトソース、トマトソース、ブラウンソース、カレーソース、ステーキソース、ミートソース、カルボナーラソース等のパスタソース、具材を含むうどんやそばのだし等が挙げられ、これらに限定されない。また、本実施形態の加圧加熱処理された食品には、果肉入り果実飲料、コーン等の粒入りスープ等の飲料も包含される。
【実施例】
【0064】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
[試験例1]
酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を含有する漬け込み液に牛肉を浸漬した後、液切りをし、沸騰水中で30秒程度加熱した。続いて、レトルトパウチに入れてレトルト加熱し、牛肉の劣化を検討した。なお、「モイステックスSTD」は、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞をプロテアーゼ及び乳化剤で処理し、さらに加工処理したものである。
【0066】
まず、表1に記載した配合の漬け込み液に、一口大にカットした牛肉を浸漬し、一晩放置した。漬け込み液は、牛肉の20質量%添加した。
【0067】
【表1】
【0068】
続いて、各牛肉を液切りし、浸漬前質量及び浸漬後質量を測定し、浸漬率を算出した。また、漬け込み液のpHを測定した。続いて、各牛肉を下茹でし、加熱後質量を測定し、加熱歩留り、合計歩留りを算出した。測定結果及び算出した各値を下記表2に示す。
【0069】
【表2】
【0070】
この結果から、漬け込み液に炭酸水素ナトリウムを配合することで、漬け込み液のpHの低下が抑制され、浸漬率や加熱歩留りが向上したことが明らかとなった。更に、漬け込み液に酵母細胞を配合することで、漬け込み液のpHの低下が更に抑制され、浸漬率や加熱歩留りが更に向上したことが明らかとなった。
【0071】
続いて、表3に記載した配合のカレーが入ったレトルトパウチに、各牛肉を投入した。投入量は、カレー150mLに対し、牛肉を30gとした。
【0072】
【表3】
【0073】
続いて、レトルト加熱を行い殺菌した。レトルト加熱の条件は120℃で30分間とした。続いて、レトルト加熱直後、45℃で1ヶ月放置後、及び45℃で8ヶ月放置後(加速試験後)に牛肉の官能評価試験を行った。
【0074】
評価基準は、対照1の漬け込み液に浸漬した牛肉の評価を0として次の通りとし、評価者の平均値を算出した。評価項目は、肉の柔らかさ、肉感、美味しさとした。表4に評価結果を示す。
<評価基準>
3:非常に好ましい
2:好ましい
1:やや好ましい
−1:やや悪い
−2:悪い
−3:非常に悪い
【0075】
【表4】
【0076】
その結果、漬け込み液に酵母細胞を添加した牛肉は、レトルトパウチに投入してレトルト加熱しても、肉の劣化を抑制することができることが明らかとなった。また、長期間(45℃で1ヶ月及び8ヶ月)保存しても、肉の劣化を抑制することができることが明らかとなった。
【0077】
より詳細には、漬け込み液に炭酸水素ナトリウムを配合することで、レトルトパウチに投入してレトルト加熱後の牛肉の柔らかさ、肉感、美味しさが向上することが明らかとなった。しかしながら、加速試験後では、レトルト加熱直後の柔らかさ、肉感、美味しさをわずかにしか保つことができず、保存中の劣化が認められた。
【0078】
一方、漬け込み液に酵母細胞を配合することで、レトルトパウチに投入してレトルト加熱後の牛肉の柔らかさ、肉感、美味しさが更に向上し、加速試験後においても、柔らかさ、肉感、美味しさを保つことができることが明らかとなった。
【0079】
[試験例2]
酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を含有する漬け込み液に鶏肉を浸漬した後、液切りをし、沸騰水中で30秒程度加熱した。続いて、レトルトパウチに入れてレトルト加熱し、鶏肉の劣化を検討した。なお、鶏肉はレトルトパウチに加工した後の劣化が激しいことが知られている。
【0080】
具体的には、まず、表5に記載した配合の漬け込み液に、一口大にカットした鶏肉を浸漬し、2時間放置した。漬け込み液は、鶏肉の20質量%添加した。
【0081】
【表5】
【0082】
続いて、各鶏肉を液切りし、浸漬前質量及び浸漬後質量を測定し、浸漬率を算出した。また、漬け込み液のpHを測定した。測定結果及び算出した各値を下記表6に示す。
【0083】
【表6】
【0084】
続いて、各鶏肉を下茹でした。続いて、表7に記載した配合の親子丼のタレが入ったレトルトパウチに、各鶏肉を投入した。投入量は、タレ150mLに対し、鶏肉を30gとした。
【0085】
【表7】
【0086】
続いて、レトルト加熱を行い殺菌した。レトルト加熱の条件は120℃で30分間とした。続いて、35℃で1ヶ月放置後(加速試験後)に鶏肉の官能評価試験を行った。官能評価試験は、訓練されたパネラー10人で行った。試験区及び対照の鶏肉を比較し、各項目(肉の柔らかさ、肉感、美味しさ)でそれぞれ優れた方を選択させた。表8に、対照及び試験区の鶏肉の選択人数の結果を示す。
【0087】
【表8】
【0088】
その結果、漬け込み液に酵母細胞を添加した鶏肉は、レトルトパウチしてレトルト加熱し、長期間(35℃で1ヶ月)保存しても、肉の劣化を抑制することができることが明らかとなった。
【0089】
[試験例3]
酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を含有する漬け込み液にイカを浸漬した後、液切りをした。続いて、レトルトパウチに入れて殺菌し、イカの劣化を検討した。
【0090】
具体的には、まず、表9に記載した配合の漬け込み液に、一口大にカットしたイカを浸漬し、一晩放置した。漬け込み液は、イカの20質量%添加した。
【0091】
【表9】
【0092】
続いて、イカを液切りし、浸漬前質量及び浸漬後質量を測定し、浸漬率を算出した。また、漬け込み液のpHを測定した。また、対照として、漬け込み液には浸漬せず、一晩冷蔵保存のみ行ったイカを用いた。測定結果及び算出した各値を下記表10に示す。
【0093】
【表10】
【0094】
表10中、対照のイカの「浸漬前質量」は、冷蔵保存前の質量であり、「浸漬後質量」は冷蔵保存後の質量である。また、対照及び試験区において、浸漬後質量が浸漬前質量よりも減少したのは、半解凍の状態で浸漬を開始したため、イカが完全に溶解し、水分が出たためだと考えられた。
【0095】
続いて、表11に記載した配合のカレーが入ったレトルトパウチに、各イカを投入した。投入量は、カレー150mLに対し、イカを30gとした。
【0096】
【表11】
【0097】
続いて、レトルト加熱を行い殺菌した。レトルト加熱の条件は120℃で30分間とした。続いて、レトルト加熱直後、及び室温で1週間放置後にイカの官能評価試験を行った。
【0098】
その結果、対照のイカは、縮みが大きく、味が抜けてパサパサしており、食感が悪くて食べられなかった。一方、試験区のイカは、縮みが抑制され、水分を保持しており、味も残っており、呈味良好であった。
【0099】
[試験例4]
酵母細胞1(商品名「DYP−SY−02」、富士食品工業株式会社製)又は酵母細胞2を含有する漬け込み液を鶏肉に注入した後、又は、前記漬け込み液に鶏ムネ肉を浸漬した後、液切りをした。続いて、歩留まり、加熱損失(クッキングロス)及び遠心保水性を評価した。
なお、「DYP−SY−02」は、パン酵母から酵母エキスを抽出した後、酵素処理等を行わずにそのまま乾燥させた酵母細胞である。
また、酵母細胞2は、パン酵母から酵母エキスを抽出した後の酵母細胞をプロテアーゼ及び乳化剤で処理したものである。
【0100】
具体的には、まず、18G針を用いて、表12に記載した配合の漬け込み液50mLを一口大にカットした鶏肉に注入し、一晩4℃で静置した。又は、表12に記載した配合の漬け込み液50mLに、一口大にカットした鶏ムネ肉を浸漬し、4℃で1〜3日間放置した。続いて、注入後又は浸漬後の鶏ムネ肉について、以下に示す方法により、歩留まり、クッキングロス及び保水性を評価した。
【0101】
【表12】
【0102】
(1)歩留まり
注入前と注入後との肉重量、又は、浸漬前と浸漬後との肉重量を測定し、以下の計算式[1]を用いて、歩留まりを算出した。漬け込み液の注入から一晩後、並びに、浸漬から1日後及び3日後における結果を図1A図1Cに示す。
歩留率(%)=浸漬後の肉重量/浸漬前の肉重量×100 ・・・[1]
【0103】
図1A図1Cから、漬け込み液を注入した場合では、漬け込み液に浸漬した場合と比較して、歩留まりが大きく向上していた。また、図1B及び図1Cから、浸漬時間に依存して歩留まりが向上していた。また、試験区1及び2の間、並びに試験区3及び4の間で、歩留まりに有意差は見られなかった。
【0104】
(2)加熱損失(クッキングロス)
漬け込み液の注入後及び浸漬後の鶏ムネ肉50gを筋線維が明確になるように立方体に切り出した。続いて、切り出した鶏ムネ肉の初期重量を量り、ポリプロピレン製の袋に入れて、水が入らないように袋を閉じた。続いて、袋に密封した鶏ムネ肉を70℃の温湯が入ったウォーターバスに入れて、1時間加熱した。加熱後、袋ごと流水で30分間冷却し、鶏ムネ肉を袋から取り出した。続いて、表面の肉汁を流水で落として、鶏ムネ肉表面の水分を軽く取り除いた。続いて、鶏ムネ肉の加熱後の重量を量った。
続いて、以下の計算式[2]を用いて、加熱損失(クッキングロス)を算出した。漬け込み液の注入から一晩後、及び、浸漬から3日後における結果を図2A図2Bに示す。
加熱損失(%)={(初期重量−加熱後の重量)/初期重量}×100 ・・・[2]
【0105】
図2A及び図2Bから、漬け込み液を注入した場合及び漬け込み液に浸漬した場合、いずれにおいても、加熱損失は低減されていた。漬け込み液を注入した場合の方が、漬け込み液に浸漬した場合よりも、加熱損失の低減効果が顕著であった。
また、図2Aから、漬け込み液を注入した場合では、酵母細胞1を用いた試験区1と酵母細胞2を用いた試験区2とで、加熱損失の低減効果に有意差は見られなかった。
一方、図2Bから、漬け込み液に浸漬した場合では、酵母細胞1を用いた試験区3と酵母細胞2を用いた試験区4とで、加熱損失の低減効果に有意差は見られなかった。
【0106】
(3)遠心保水性
漬け込み液の注入後であって未加熱の鶏ムネ肉及び「(2)加熱損失(クッキングロス)」に記載の方法と同様の方法を用いて加熱処理を行った鶏ムネ肉を0.5g±0.05gとなるように立方体に切り出し、遠心分離前の重量を量った。続いて、秤量後の鶏ムネ肉をメンブレンフィルター(ADVANTEC社製、10μm、47mm)及びさらしの中央部に置き、肉がはみ出さないように、包み込んだ。次いで、包んだ鶏ムネ肉を遠沈管に入れ、蓋をして、4℃、2,200×gの条件で、30分間遠心分離を行った。続いて、遠沈管から鶏ムネ肉を取り出し、遠心分離後の重量を量った。
次いで、以下の計算式[3]を用いて、遠心保水性(%)を算出した。漬け込み液の注入後であって未加熱の鶏ムネ肉、及び、漬け込み液の注入後であって、加熱処理後の鶏ムネ肉における結果を図3A図3Bに示す。
遠心保水性(%)=遠心分離後の重量/遠心分離前の重量×100 ・・・[3]
【0107】
図3A及び図3Bから、未加熱及び加熱処理、又は、漬け込み液の種類の違いによる遠心保水性に差異は認められなかった。
このことから、酵母細胞による保水性向上効果は、筋線維の間隙の拡張等、物理的な要因により引き起こされるものと推測された。
【0108】
[試験例5]
酵母細胞1(商品名「DYP−SY−02」、富士食品工業株式会社製)又は試験例4で使用した酵母細胞2を含有する漬け込み液を鶏肉に注入した後、液切りした。続いて、鶏ムネ肉の組織を観察した。
【0109】
具体的には、まず、18G針を用いて、表13に記載した配合の漬け込み液50mLを一口大にカットした鶏肉に注入し、一晩4℃で静置した。
【0110】
【表13】
【0111】
続いて、漬け込み液の注入後の鶏ムネ肉の一部を、試験例4の「(2)加熱損失(クッキングロス)」に記載の方法と同様の方法を用いて加熱処理を行った。続いて、未加熱及び加熱処理後の鶏ムネ肉を約1cm×約1cmに切り出し、ホルマリン固定(固定液の組成は、「飽和ピクリン酸:ホルマリン:酢酸=15:5:1」、固定時間は2時間)した。続いて、固定化された各鶏ムネ肉を最終成形して、パラフィン包埋した。続いて、ミクロトームを用いて、パラフィン包埋された鶏ムネ肉の切片を作製した。続いて、ヘマトキシリン−エオジン染色(以下、「HE染色」と称する場合がある)及び過ヨウ素酸シッフ染色(以下、「PAS染色」と称する場合がある)を行った。HE染色の結果を図4A図4Dに示す。また、PAS染色の結果を図7A図7Fに示す。なお、図7B図7C図7E及び図7Fにおいて黒い矢印は、特に酵母細胞の蓄積が顕著であるところを示している。
【0112】
また、HE染色及びPAS染色後の標本をバーチャルスライドスキャナ(Nanozoomer 2.0−RS、浜松ホトニクス社製)を用いて取り込み、データを観察して、必要に応じて、写真を撮影した。
さらに、筋線維面積及び筋線維間隙の面積のデータは、上記スキャナにより取り込んだデータを元に、画像解析ソフトウェアを用いて計測し、各試験区内の30カ所の計測値の平均値と標準偏差とを算出した。筋線維面積の結果を図5A図5Bに示す、筋線維間隙の面積の結果を図6A図6Bに示す。
【0113】
図4A図4Dにおいて、結合組織は、脱水時に水と共に色素が抜けるため、染色されず白抜きとなっていた。また、図4A及び図4Cにおいて、塩化ナトリウムの存在により、筋線維の膨潤が観察された。
一方、図4A図4Dから、酵母細胞の存在の有無及び加熱の有無の保水性向上効果への影響は、画像のみから判別することは困難であった。
【0114】
図5A及び図5Bから、酵母細胞の存在の有無及び加熱の有無によって、筋線維面積について有意な差は見られなかった。
【0115】
また、図6Aから、未加熱の鶏ムネ肉では、酵母細胞の存在の有無によって、筋線維間隙の面積について有意な差は見られなかった。一方、図6Bから、加熱処理後の鶏ムネ肉では、対照区2と比較して、試験区3及び試験区4では、筋線維間隙の面積が拡大していた。
【0116】
また、図7A及び図7Dでは、酵母細胞を含まないため、PAS陰性であった。一方、図7B図7C図7E及び図7Fでは、PAS陽性であり、酵母細胞が筋線維間隙に蓄積していることが確かめられた。以上の結果から、酵母細胞が筋線維間隙に蓄積することで、毛細管現象により筋繊維間隙に水分を蓄積させる、すなわち、保水力が向上すると推察された。
【0117】
[試験例6]
酵母細胞1(商品名「DYP−SY−02」、富士食品工業株式会社製)又は試験例4で使用した酵母細胞2について、UHT未殺菌の製品(以下、「低温殺菌製品」と称する場合がある)と、UHT殺菌工程を経た製品(以下、「高温殺菌製品」と称する場合がある)とを準備した。続いて、酵母細胞1又は酵母細胞2を含有する漬け込み液を鶏肉に注入した後、液切りした。続いて、鶏ムネ肉の加圧保水性を評価した。
【0118】
具体的には、まず、18G針を用いて、表14及び表15に記載した配合の漬け込み液50mLを一口大にカットした鶏肉に注入し、一晩4℃で静置した。
【0119】
【表14】
【0120】
【表15】
【0121】
続いて、漬け込み液の注入後の鶏ムネ肉を試験例4の「(2)加熱損失(クッキングロス)」に記載の方法と同様の方法を用いて加熱処理を行った。続いて、加熱処理後の鶏ムネ肉を約0.5cm×約0.5cm×約0.5cmに切り出し、荷重前の重量を量った。続いて、0.47kg/cm、2.35kg/cm及び5.11kg/cmの荷重をかけて、排出された水の重量を量った。
続いて、以下の計算式[4]を用いて、加圧保水性(%)を算出した。高温殺菌製品又は低温殺菌製品の酵母細胞を含む漬け込み液の注入後であって加熱処理後の鶏ムネ肉における結果を図8A及び図8Bに示す。
加圧保水性(%)
={(荷重前の重量−排出された水の重量)/荷重前の重量}×100 ・・・[4]
【0122】
図8A及び図8Bから、酵母細胞1及び酵母細胞2いずれも、高温殺菌製品の方が、より高い加圧保水性を有することが明らかとなった。また、図8Aから、5.11kg/cmの荷重条件下において、酵母細胞2の方が、酵母細胞1よりもより優れた加圧保水効果を示した。一方、図8Bから、0.47kg/cmの荷重条件下において、酵母細胞2の方が、酵母細胞1よりもより優れた加圧保水効果を示した。
【0123】
以上のことから、酵母細胞を用いることで、食品の加圧保水性を向上できることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0124】
本実施形態によれば、酵母細胞を有効利用する技術を提供することができる。
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図6A
図6B
図7A
図7B
図7C
図7D
図7E
図7F
図8A
図8B