【実施例】
【0064】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
[試験例1]
酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を含有する漬け込み液に牛肉を浸漬した後、液切りをし、沸騰水中で30秒程度加熱した。続いて、レトルトパウチに入れてレトルト加熱し、牛肉の劣化を検討した。なお、「モイステックスSTD」は、酵母エキスを抽出した後の酵母細胞をプロテアーゼ及び乳化剤で処理し、さらに加工処理したものである。
【0066】
まず、表1に記載した配合の漬け込み液に、一口大にカットした牛肉を浸漬し、一晩放置した。漬け込み液は、牛肉の20質量%添加した。
【0067】
【表1】
【0068】
続いて、各牛肉を液切りし、浸漬前質量及び浸漬後質量を測定し、浸漬率を算出した。また、漬け込み液のpHを測定した。続いて、各牛肉を下茹でし、加熱後質量を測定し、加熱歩留り、合計歩留りを算出した。測定結果及び算出した各値を下記表2に示す。
【0069】
【表2】
【0070】
この結果から、漬け込み液に炭酸水素ナトリウムを配合することで、漬け込み液のpHの低下が抑制され、浸漬率や加熱歩留りが向上したことが明らかとなった。更に、漬け込み液に酵母細胞を配合することで、漬け込み液のpHの低下が更に抑制され、浸漬率や加熱歩留りが更に向上したことが明らかとなった。
【0071】
続いて、表3に記載した配合のカレーが入ったレトルトパウチに、各牛肉を投入した。投入量は、カレー150mLに対し、牛肉を30gとした。
【0072】
【表3】
【0073】
続いて、レトルト加熱を行い殺菌した。レトルト加熱の条件は120℃で30分間とした。続いて、レトルト加熱直後、45℃で1ヶ月放置後、及び45℃で8ヶ月放置後(加速試験後)に牛肉の官能評価試験を行った。
【0074】
評価基準は、対照1の漬け込み液に浸漬した牛肉の評価を0として次の通りとし、評価者の平均値を算出した。評価項目は、肉の柔らかさ、肉感、美味しさとした。表4に評価結果を示す。
<評価基準>
3:非常に好ましい
2:好ましい
1:やや好ましい
−1:やや悪い
−2:悪い
−3:非常に悪い
【0075】
【表4】
【0076】
その結果、漬け込み液に酵母細胞を添加した牛肉は、レトルトパウチに投入してレトルト加熱しても、肉の劣化を抑制することができることが明らかとなった。また、長期間(45℃で1ヶ月及び8ヶ月)保存しても、肉の劣化を抑制することができることが明らかとなった。
【0077】
より詳細には、漬け込み液に炭酸水素ナトリウムを配合することで、レトルトパウチに投入してレトルト加熱後の牛肉の柔らかさ、肉感、美味しさが向上することが明らかとなった。しかしながら、加速試験後では、レトルト加熱直後の柔らかさ、肉感、美味しさをわずかにしか保つことができず、保存中の劣化が認められた。
【0078】
一方、漬け込み液に酵母細胞を配合することで、レトルトパウチに投入してレトルト加熱後の牛肉の柔らかさ、肉感、美味しさが更に向上し、加速試験後においても、柔らかさ、肉感、美味しさを保つことができることが明らかとなった。
【0079】
[試験例2]
酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を含有する漬け込み液に鶏肉を浸漬した後、液切りをし、沸騰水中で30秒程度加熱した。続いて、レトルトパウチに入れてレトルト加熱し、鶏肉の劣化を検討した。なお、鶏肉はレトルトパウチに加工した後の劣化が激しいことが知られている。
【0080】
具体的には、まず、表5に記載した配合の漬け込み液に、一口大にカットした鶏肉を浸漬し、2時間放置した。漬け込み液は、鶏肉の20質量%添加した。
【0081】
【表5】
【0082】
続いて、各鶏肉を液切りし、浸漬前質量及び浸漬後質量を測定し、浸漬率を算出した。また、漬け込み液のpHを測定した。測定結果及び算出した各値を下記表6に示す。
【0083】
【表6】
【0084】
続いて、各鶏肉を下茹でした。続いて、表7に記載した配合の親子丼のタレが入ったレトルトパウチに、各鶏肉を投入した。投入量は、タレ150mLに対し、鶏肉を30gとした。
【0085】
【表7】
【0086】
続いて、レトルト加熱を行い殺菌した。レトルト加熱の条件は120℃で30分間とした。続いて、35℃で1ヶ月放置後(加速試験後)に鶏肉の官能評価試験を行った。官能評価試験は、訓練されたパネラー10人で行った。試験区及び対照の鶏肉を比較し、各項目(肉の柔らかさ、肉感、美味しさ)でそれぞれ優れた方を選択させた。表8に、対照及び試験区の鶏肉の選択人数の結果を示す。
【0087】
【表8】
【0088】
その結果、漬け込み液に酵母細胞を添加した鶏肉は、レトルトパウチしてレトルト加熱し、長期間(35℃で1ヶ月)保存しても、肉の劣化を抑制することができることが明らかとなった。
【0089】
[試験例3]
酵母細胞(商品名「モイステックスSTD」、富士食品工業株式会社製)を含有する漬け込み液にイカを浸漬した後、液切りをした。続いて、レトルトパウチに入れて殺菌し、イカの劣化を検討した。
【0090】
具体的には、まず、表9に記載した配合の漬け込み液に、一口大にカットしたイカを浸漬し、一晩放置した。漬け込み液は、イカの20質量%添加した。
【0091】
【表9】
【0092】
続いて、イカを液切りし、浸漬前質量及び浸漬後質量を測定し、浸漬率を算出した。また、漬け込み液のpHを測定した。また、対照として、漬け込み液には浸漬せず、一晩冷蔵保存のみ行ったイカを用いた。測定結果及び算出した各値を下記表10に示す。
【0093】
【表10】
【0094】
表10中、対照のイカの「浸漬前質量」は、冷蔵保存前の質量であり、「浸漬後質量」は冷蔵保存後の質量である。また、対照及び試験区において、浸漬後質量が浸漬前質量よりも減少したのは、半解凍の状態で浸漬を開始したため、イカが完全に溶解し、水分が出たためだと考えられた。
【0095】
続いて、表11に記載した配合のカレーが入ったレトルトパウチに、各イカを投入した。投入量は、カレー150mLに対し、イカを30gとした。
【0096】
【表11】
【0097】
続いて、レトルト加熱を行い殺菌した。レトルト加熱の条件は120℃で30分間とした。続いて、レトルト加熱直後、及び室温で1週間放置後にイカの官能評価試験を行った。
【0098】
その結果、対照のイカは、縮みが大きく、味が抜けてパサパサしており、食感が悪くて食べられなかった。一方、試験区のイカは、縮みが抑制され、水分を保持しており、味も残っており、呈味良好であった。
【0099】
[試験例4]
酵母細胞1(商品名「DYP−SY−02」、富士食品工業株式会社製)又は酵母細胞2を含有する漬け込み液を鶏肉に注入した後、又は、前記漬け込み液に鶏ムネ肉を浸漬した後、液切りをした。続いて、歩留まり、加熱損失(クッキングロス)及び遠心保水性を評価した。
なお、「DYP−SY−02」は、パン酵母から酵母エキスを抽出した後、酵素処理等を行わずにそのまま乾燥させた酵母細胞である。
また、酵母細胞2は、パン酵母から酵母エキスを抽出した後の酵母細胞をプロテアーゼ及び乳化剤で処理したものである。
【0100】
具体的には、まず、18G針を用いて、表12に記載した配合の漬け込み液50mLを一口大にカットした鶏肉に注入し、一晩4℃で静置した。又は、表12に記載した配合の漬け込み液50mLに、一口大にカットした鶏ムネ肉を浸漬し、4℃で1〜3日間放置した。続いて、注入後又は浸漬後の鶏ムネ肉について、以下に示す方法により、歩留まり、クッキングロス及び保水性を評価した。
【0101】
【表12】
【0102】
(1)歩留まり
注入前と注入後との肉重量、又は、浸漬前と浸漬後との肉重量を測定し、以下の計算式[1]を用いて、歩留まりを算出した。漬け込み液の注入から一晩後、並びに、浸漬から1日後及び3日後における結果を
図1A〜
図1Cに示す。
歩留率(%)=浸漬後の肉重量/浸漬前の肉重量×100 ・・・[1]
【0103】
図1A〜
図1Cから、漬け込み液を注入した場合では、漬け込み液に浸漬した場合と比較して、歩留まりが大きく向上していた。また、
図1B及び
図1Cから、浸漬時間に依存して歩留まりが向上していた。また、試験区1及び2の間、並びに試験区3及び4の間で、歩留まりに有意差は見られなかった。
【0104】
(2)加熱損失(クッキングロス)
漬け込み液の注入後及び浸漬後の鶏ムネ肉50gを筋線維が明確になるように立方体に切り出した。続いて、切り出した鶏ムネ肉の初期重量を量り、ポリプロピレン製の袋に入れて、水が入らないように袋を閉じた。続いて、袋に密封した鶏ムネ肉を70℃の温湯が入ったウォーターバスに入れて、1時間加熱した。加熱後、袋ごと流水で30分間冷却し、鶏ムネ肉を袋から取り出した。続いて、表面の肉汁を流水で落として、鶏ムネ肉表面の水分を軽く取り除いた。続いて、鶏ムネ肉の加熱後の重量を量った。
続いて、以下の計算式[2]を用いて、加熱損失(クッキングロス)を算出した。漬け込み液の注入から一晩後、及び、浸漬から3日後における結果を
図2A〜
図2Bに示す。
加熱損失(%)={(初期重量−加熱後の重量)/初期重量}×100 ・・・[2]
【0105】
図2A及び
図2Bから、漬け込み液を注入した場合及び漬け込み液に浸漬した場合、いずれにおいても、加熱損失は低減されていた。漬け込み液を注入した場合の方が、漬け込み液に浸漬した場合よりも、加熱損失の低減効果が顕著であった。
また、
図2Aから、漬け込み液を注入した場合では、酵母細胞1を用いた試験区1と酵母細胞2を用いた試験区2とで、加熱損失の低減効果に有意差は見られなかった。
一方、
図2Bから、漬け込み液に浸漬した場合では、酵母細胞1を用いた試験区3と酵母細胞2を用いた試験区4とで、加熱損失の低減効果に有意差は見られなかった。
【0106】
(3)遠心保水性
漬け込み液の注入後であって未加熱の鶏ムネ肉及び「(2)加熱損失(クッキングロス)」に記載の方法と同様の方法を用いて加熱処理を行った鶏ムネ肉を0.5g±0.05gとなるように立方体に切り出し、遠心分離前の重量を量った。続いて、秤量後の鶏ムネ肉をメンブレンフィルター(ADVANTEC社製、10μm、47mm)及びさらしの中央部に置き、肉がはみ出さないように、包み込んだ。次いで、包んだ鶏ムネ肉を遠沈管に入れ、蓋をして、4℃、2,200×gの条件で、30分間遠心分離を行った。続いて、遠沈管から鶏ムネ肉を取り出し、遠心分離後の重量を量った。
次いで、以下の計算式[3]を用いて、遠心保水性(%)を算出した。漬け込み液の注入後であって未加熱の鶏ムネ肉、及び、漬け込み液の注入後であって、加熱処理後の鶏ムネ肉における結果を
図3A〜
図3Bに示す。
遠心保水性(%)=遠心分離後の重量/遠心分離前の重量×100 ・・・[3]
【0107】
図3A及び
図3Bから、未加熱及び加熱処理、又は、漬け込み液の種類の違いによる遠心保水性に差異は認められなかった。
このことから、酵母細胞による保水性向上効果は、筋線維の間隙の拡張等、物理的な要因により引き起こされるものと推測された。
【0108】
[試験例5]
酵母細胞1(商品名「DYP−SY−02」、富士食品工業株式会社製)又は試験例4で使用した酵母細胞2を含有する漬け込み液を鶏肉に注入した後、液切りした。続いて、鶏ムネ肉の組織を観察した。
【0109】
具体的には、まず、18G針を用いて、表13に記載した配合の漬け込み液50mLを一口大にカットした鶏肉に注入し、一晩4℃で静置した。
【0110】
【表13】
【0111】
続いて、漬け込み液の注入後の鶏ムネ肉の一部を、試験例4の「(2)加熱損失(クッキングロス)」に記載の方法と同様の方法を用いて加熱処理を行った。続いて、未加熱及び加熱処理後の鶏ムネ肉を約1cm×約1cmに切り出し、ホルマリン固定(固定液の組成は、「飽和ピクリン酸:ホルマリン:酢酸=15:5:1」、固定時間は2時間)した。続いて、固定化された各鶏ムネ肉を最終成形して、パラフィン包埋した。続いて、ミクロトームを用いて、パラフィン包埋された鶏ムネ肉の切片を作製した。続いて、ヘマトキシリン−エオジン染色(以下、「HE染色」と称する場合がある)及び過ヨウ素酸シッフ染色(以下、「PAS染色」と称する場合がある)を行った。HE染色の結果を
図4A〜
図4Dに示す。また、PAS染色の結果を
図7A〜
図7Fに示す。なお、
図7B、
図7C、
図7E及び
図7Fにおいて黒い矢印は、特に酵母細胞の蓄積が顕著であるところを示している。
【0112】
また、HE染色及びPAS染色後の標本をバーチャルスライドスキャナ(Nanozoomer 2.0−RS、浜松ホトニクス社製)を用いて取り込み、データを観察して、必要に応じて、写真を撮影した。
さらに、筋線維面積及び筋線維間隙の面積のデータは、上記スキャナにより取り込んだデータを元に、画像解析ソフトウェアを用いて計測し、各試験区内の30カ所の計測値の平均値と標準偏差とを算出した。筋線維面積の結果を
図5A〜
図5Bに示す、筋線維間隙の面積の結果を
図6A〜
図6Bに示す。
【0113】
図4A〜
図4Dにおいて、結合組織は、脱水時に水と共に色素が抜けるため、染色されず白抜きとなっていた。また、
図4A及び
図4Cにおいて、塩化ナトリウムの存在により、筋線維の膨潤が観察された。
一方、
図4A〜
図4Dから、酵母細胞の存在の有無及び加熱の有無の保水性向上効果への影響は、画像のみから判別することは困難であった。
【0114】
図5A及び
図5Bから、酵母細胞の存在の有無及び加熱の有無によって、筋線維面積について有意な差は見られなかった。
【0115】
また、
図6Aから、未加熱の鶏ムネ肉では、酵母細胞の存在の有無によって、筋線維間隙の面積について有意な差は見られなかった。一方、
図6Bから、加熱処理後の鶏ムネ肉では、対照区2と比較して、試験区3及び試験区4では、筋線維間隙の面積が拡大していた。
【0116】
また、
図7A及び
図7Dでは、酵母細胞を含まないため、PAS陰性であった。一方、
図7B、
図7C、
図7E及び
図7Fでは、PAS陽性であり、酵母細胞が筋線維間隙に蓄積していることが確かめられた。以上の結果から、酵母細胞が筋線維間隙に蓄積することで、毛細管現象により筋繊維間隙に水分を蓄積させる、すなわち、保水力が向上すると推察された。
【0117】
[試験例6]
酵母細胞1(商品名「DYP−SY−02」、富士食品工業株式会社製)又は試験例4で使用した酵母細胞2について、UHT未殺菌の製品(以下、「低温殺菌製品」と称する場合がある)と、UHT殺菌工程を経た製品(以下、「高温殺菌製品」と称する場合がある)とを準備した。続いて、酵母細胞1又は酵母細胞2を含有する漬け込み液を鶏肉に注入した後、液切りした。続いて、鶏ムネ肉の加圧保水性を評価した。
【0118】
具体的には、まず、18G針を用いて、表14及び表15に記載した配合の漬け込み液50mLを一口大にカットした鶏肉に注入し、一晩4℃で静置した。
【0119】
【表14】
【0120】
【表15】
【0121】
続いて、漬け込み液の注入後の鶏ムネ肉を試験例4の「(2)加熱損失(クッキングロス)」に記載の方法と同様の方法を用いて加熱処理を行った。続いて、加熱処理後の鶏ムネ肉を約0.5cm×約0.5cm×約0.5cmに切り出し、荷重前の重量を量った。続いて、0.47kg/cm
2、2.35kg/cm
2及び5.11kg/cm
2の荷重をかけて、排出された水の重量を量った。
続いて、以下の計算式[4]を用いて、加圧保水性(%)を算出した。高温殺菌製品又は低温殺菌製品の酵母細胞を含む漬け込み液の注入後であって加熱処理後の鶏ムネ肉における結果を
図8A及び
図8Bに示す。
加圧保水性(%)
={(荷重前の重量−排出された水の重量)/荷重前の重量}×100 ・・・[4]
【0122】
図8A及び
図8Bから、酵母細胞1及び酵母細胞2いずれも、高温殺菌製品の方が、より高い加圧保水性を有することが明らかとなった。また、
図8Aから、5.11kg/cm
2の荷重条件下において、酵母細胞2の方が、酵母細胞1よりもより優れた加圧保水効果を示した。一方、
図8Bから、0.47kg/cm
2の荷重条件下において、酵母細胞2の方が、酵母細胞1よりもより優れた加圧保水効果を示した。
【0123】
以上のことから、酵母細胞を用いることで、食品の加圧保水性を向上できることが確かめられた。