【実施例】
【0046】
本発明の試料の調製方法を実施例および比較例により詳細に説明する。但し本発明は以下の実施例の記載に限定されない。
【0047】
[核膜試料の調製]
アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection, ATCC)から入手したヒト大腸がんHCT1116細胞から、以下に示すプロトコールで核膜を単離した。具体的には、約10
8個の培養細胞を10mLのリン酸緩衝食塩水(PBS)中で懸濁した後、4℃、1,300gで5分間遠心して上澄みを取り除き細胞を洗浄した。次いで、3.5mLの低浸透圧緩衝液中で再懸濁し、氷中で40分間インキュベートした。4℃、2,300gで13分間遠心して上澄みを取り除き、核を含む分画を得た。これをショ糖溶液で懸濁し、さらに別の濃度のショ糖溶液を重層した後、4℃、17,000gで40分間遠心した。上澄みを取り除いて沈殿したペレット状の核を回収した。次いで、ペレット状の核を200μLの低浸透圧緩衝液で再懸濁した後、各0.5μLのデオキシリボヌクレアーゼ及びリボヌクレアーゼを加えて室温で15分間インキュベートした。最後に、懸濁液を4℃、10,000gで15分間遠心して沈殿したペレット状の核膜を得た。
【0048】
[観察用ステージの作成]
実施例
円柱形のガラス製のステージ(直径1.5〜2mm、高さ2mm)を、0.01%(w/w)のポリ−L−リジン(分子量150,000−300,000)水溶液中に室温で24時間浸漬させて、0.01%(w/w)のポリ−L−リジンでコーティングされたガラス製ステージを作成した。
【0049】
比較例
円柱形のガラス製のステージ(直径1.5〜2mm、高さ2mm)上に2mm四方の雲母シートを乗せたものを、0.01%(w/w)のポリ−L−リジン水溶液中に室温で24時間浸漬させて、0.01%(w/w)のポリ−L−リジンでコーティングされた雲母製ステージを作成した。
【0050】
[観察試料の調製]
得られたペレット状の核膜を、200μLの低浸透圧緩衝液(pH7.5)に懸濁し、この核膜懸濁液2μLを得られたガラス製ステージ及び雲母製ステージにそれぞれ滴下し、室温で1時間静置した。次いで、各ステージを低浸透圧緩衝液で洗浄して過剰に付着した核膜サンプルを除き、高速原子間力顕微鏡で観察するための観察試料を得た。
【0051】
[高速原子間力顕微鏡]
オリンパス社よりアモルファスカーボン製カンチレバー(長さ:6〜7μm、幅2μm、厚さ:90nm)を購入し、電子ビーム蒸着法(ELS−7500、Elionix社製)により、カンチレバー先端に長さ約2μm、半径約8nmの探針を調製した。このカンチレバーを用いて、液中ダイナミック(タッピング)モードの高速走査型原子間力顕微鏡(FS−AFM,NVB500、オリンパス社)を用いて室温で低浸透圧緩衝液(pH7.5)中の試料を観察した。
【0052】
[観察結果]
実施例による試料調製方法により調製された試料を用いて、ヒトの細胞の核膜孔が液中で動いている様子を観察できた。観察結果を
図1〜13に示す。一方、比較例の方法により調製された試料では、ヒトの細胞の核膜孔を観察することはできなかった。
【0053】
図1は、本発明の実施例による、ヒトの細胞質に面している複数のNPCの外側の観察結果である。
図1bは、単一のNPCの3D観察結果である。これらの観察結果から、核膜孔複合体は、円状の孔を囲む約8個の球形構造から構成されることが観察できた。
【0054】
図2は、本発明の実施例による、110個のNPCを観察した結果から計算した、NPCの断面の形状(孔の直径及び深さ)を示すグラフである。この結果から、核膜孔の深さ(すなわち、NPCの厚さ)が4±2nmであり、核膜孔の直径が86±13nmであることが確認できた。
【0055】
図3の上段は、本発明の実施例による、ミリ秒スケールで連続してNPCの同じ領域を観察した結果を示す。また、
図3の下段は、NPCの孔の略中心を横切る特定の2点間(黒い矢及び灰色の矢印)を結ぶ直線におけるNPCの断面形状(間隔及び高さ)を示すグラフである。
図4は、本発明の実施例による、NPCの孔の形状を上から連続して撮影して、NPCの孔の動的変化を示す観察結果である。
図5は、5つのNPCの孔について、経時での直径の変化を示すグラフである。これらの結果から、NPCの動的挙動が観察でき、NPCが液中で絶えず動いていることが確認できた。
【0056】
図6は、100nMのMLN8237で48時間処理したヒトのHCT116細胞のNPCの観察結果を示す図である。MLN8237は、オーロラAキナーゼ阻害薬(Alisertib)とも称され、再発癌臨床試験で使用されているアポトーシス及びオートファジー誘導物質である。
図6aは、細胞質に面している複数のNPCの外側の観察結果である。
図6bは、単一のNPCの3D画像である。
図7は、野生型のNPCと、MLN8237で処理したNPCの断面の形状(孔の直径及び深さ)の比較を示すグラフである。MLN8237で処理したHCT116細胞のNPCは、核膜孔の深さが6±1nmであり、核膜孔の直径が52±8nmになることが判明した。すなわち、MLN8237で処理したNPCは、核膜孔が深く、狭く変形することが判明した。
【0057】
図8の上段は、本発明の実施例による、ミリ秒スケールの間隔で、MLN8237で処理したNPCの同じ領域を観察した結果を示す。また、
図8の下段は、孔の略中心を横切る直線におけるNPCの断面形状(間隔及び高さ)を示すグラフである。この結果を、
図3に示したMLN8237で処理していない野生型のNPCの結果と比較すると、明らかにMLN8237で処理したNPCは動的挙動が少なくなっていることが確認できた。
【0058】
図9は、本発明の実施例による、NPCにおけるフェニルアラニン−グリシン−ヌクレオポリン(FGNup)の動的挙動を解析するために、単一のNPCに対して40nm×40nmの範囲で連続して孔の内部を観察した結果を示す。
図10は、本発明の実施例による、NPCの内面から伸びているFGNupを観察した結果である。
図10の下段において、矢印は一本一本のFGNupのフィラメントを指している。
図11は、FGNup繊維(フィラメント)と、FGNupのネットワーク構造を示す模式的な断面図である。これらの結果から、NPCの内部から伸びているFGNupの一本一本のフィラメントの動的挙動を観察でき、これらがブラシのように挙動していることが観察できた。
【0059】
図12は、本発明の実施例による、FGNupの挙動を野生型のNPCと、MLN8237で処理したNPCとで比較した観察結果である。
図12(a)は、野生型のNPCのFGNupの経時での動きを観察した結果である。
図12(b)は、MLN8237で処理したNPCの内側を観察した結果である。矢印は、一本一本のFGNupフィラメントを指している。
図12の結果から、野生型のNPCの場合、一本一本のFGNupフィラメントが活発に収縮と伸長を繰り返して動いているのが確認できたが、MLN8237で処理したNPCの場合、FGNupフィラメントの動きがほどんど観察できなかった。また、野生型のNPCにおいて、FGNupフィラメントの平均長さは収縮時で約5.1nmであり、伸長時で約20.9nmであったが、MLN8237で処理したNPCの場合、FGNupフィラメントの収縮時と伸長時の長さは約5nmから11nmであった。
【0060】
図13は、野生型のNPCのFGNup(a)とMLN8237で処理したNPCのFGNup(b)の厚さを比較した結果である。また、
図13(c)は、野生型とMLN8237で処理したFGNupの経時での厚さの変化を測定した結果を示すグラフである。
図13(a)の結果から、野生型のFGNupの厚さは0.6±0.3nm(n=20)であることが示され、一方、
図13(b)の結果から、MLN8237で処理したFGNupの厚さは0.2±0.2nm(n=20)に短縮していることが示された。さらに、
図13(c)の結果から、MLN8237で処理したFGNupの厚さは、野生型の物に比べて劇的に短くなり、その動的な挙動も低下していることが確認された。
【0061】
以上から、本願の実施例によって、ヒトの核膜複合体の液中での動的挙動を高速原子間力顕微鏡で高い解像度で明瞭に観察できた。さらに、野生型の核膜複合体とMLN8237で処理した核膜複合体の構造及び挙動を比較した結果から、細胞死と核膜複合体の機能低下とが密接に関連していることが考察される。