特許第6983398号(P6983398)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6983398
(24)【登録日】2021年11月26日
(45)【発行日】2021年12月17日
(54)【発明の名称】皮膚感作性物質評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20211206BHJP
   C12N 15/65 20060101ALI20211206BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20211206BHJP
【FI】
   C12N5/10
   C12N15/65 Z
   C12Q1/02
【請求項の数】3
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2017-153098(P2017-153098)
(22)【出願日】2017年8月8日
(65)【公開番号】特開2019-30248(P2019-30248A)
(43)【公開日】2019年2月28日
【審査請求日】2020年6月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(72)【発明者】
【氏名】田中 曜
【審査官】 大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】 中国特許出願公開第106282229(CN,A)
【文献】 特開2020−074690(JP,A)
【文献】 評価会議報告書 ARE-Nrf2 Luciferase Test Method(角化細胞株レポーターアッセイ),2015年04月30日,1-6頁,https://www.jacvam.jp/files/list/05/05_08_all.pdf参照
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00−28
C12N 15/00−90
C12Q 1/00−70
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分泌型レポータータンパク質であって、レポーターがルシフェラーゼ(発光酵素)及び/又は蛍光物質である分泌型レポータータンパク質をコードする核酸配列の上流にプロモーター配列及びプロモーター配列の上流のエンハンサー領域にARE配列を有するレポーターベクターを導入して形質転換することによって樹立されたケラチノサイトに皮膚感作性物質と被験物質を同時に暴露し、一定時間培養後の培地を用いて発光強度及び/又は蛍光強度測定を行い、その測定結果に基づいて該被験物質の皮膚感作性増強作用を評価する方法。
【請求項2】
請求項1記載のレポーター導入ケラチノサイトに皮膚感作性物質と被験物質を同時に暴露し、一定時間培養後の培地を用いて発光強度及び/又は蛍光強度測定を行い、その測定結果に基づいて該被験物質の皮膚感作性抑制作用を評価する方法。
【請求項3】
請求項1記載のレポーター導入ケラチノサイトを含む皮膚感作性増強作用又は皮膚感作性抑制作用の評価用キットであって、前記ケラチノサイトに皮膚感作性物質と被験物質を同時に暴露し、一定時間培養後の培地を用いて発光強度及び/又は蛍光強度測定を行うための、皮膚感作性増強作用又は皮膚感作性抑制作用の評価用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分泌型感作性物質応答性レポーターベクターを安定的に組み込み、形質転換した細胞と被験物質とをインキュベートし、インキュベート後の培地を用いた発光強度測定及び/又は蛍光強度測定を実施することを特徴とする、被験物質の皮膚感作性を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体において、アレルギーを誘発する物質(感作性物質)を正当に評価及び検出することは、極めて重要である。これまでに、皮膚感作性物質を評価する方法としては、実験動物に被験物質を適用し、その皮膚等に生じる反応を観察する方法が知られている(非特許文献1、2、3)。しかしながら、これらの方法は、被験物質を評価する試験期間が長く、また、動物愛護等の見地からも短時間かつ動物を用いない皮膚感作性物質評価方法の開発が望まれている。
【0003】
化学物質等により皮膚感作が成立する過程は、複数の段階からなる(非特許文献4、5)。まず、最初の段階では、皮膚感作性物質が生体内のタンパク質と結合し、本来生体内に存在しない物質へと修飾される。次に、抗原提示細胞は、このような物質を抗原として認識すると、細胞内で様々なシグナルが伝達され、細胞膜表面タンパク質の発現変化等を経て、活性化する。活性化した抗原提示細胞は、所属リンパ節へと移動し、その細胞表面に抗原を結合したMHC classIIタンパク質を発現し、共刺激分子と呼ばれるタンパク質を介してT細胞と結合し、抗原提示を行う。また、この際、IL−1、IL−3、IL−6、GM−CSF、TNF−α、INF−γなどの多くのサイトカインやケモカインを産生する。このような抗原提示細胞としては、血液中の樹状細胞及び単球、皮膚中のランゲルハンス細胞等が知られている。活性化した抗原提示細胞により、抗原提示を受けたT細胞は、記憶T細胞となり、皮膚感作が成立する。さらに、皮膚におけるケラチノサイトのように、抗原提示に直接関わっていないが、感作性物質に反応して様々なサイトカインを分泌することで、皮膚感作の成立を促進する細胞も存在する。したがって、皮膚感作の成立過程は、複数の細胞が関与し、さらに多くのサイトカインが様々な効果を発揮することで成り立っており、極めて複雑な生体反応である。
【0004】
皮膚感作の成立過程の複雑さから、動物を用いない感作性評価方法の開発は困難であった。しかし近年、皮膚感作の成立過程における3つの主要なメカニズムである(1)皮膚に浸透した皮膚感作性物質の生体タンパク質との結合、(2)生体タンパク質と結合した感作性物質に対する角化細胞の防御反応、(3)樹状細胞(ランゲルハンス細胞)の活性化のそれぞれの生体反応に基づいた評価法がそれぞれ開発されている。それら評価法の代表的なものとしてはそれぞれ、Direct Peptide Reactivity Assay (DPRA):ペプチド結合性試験(非特許文献6)、ARE−Nrf2 Luciferase Test Method:角化細胞株レポーターアッセイ(非特許文献7)、human Cell Line Activation Test (h−CLAT)(非特許文献8)が知られている。
【0005】
DPRAは、皮膚感作性成立の初期段階の反応であるハプテンとタンパク質の結合性を調べることにより、皮膚感作性の有無を予測する試験法である。皮膚内のタンパク質の代わりに7個のアミノ酸からなる合成ペプチドのシステイン含有ペプチドとリジン含有ペプチドの2種類を使用する。化学物質とそれぞれのペプチドを混合することにより反応させ、混合24時間後における未反応のペプチド量をHPLCで分離定量する。化学物質の反応性は、測定ごとのペプチド減少率から平均値を算出し、皮膚感作性を予測評価する(非特許文献6)。
【0006】
ARE−Nrf2 Luciferase Test Methodは、Nrf2−Keap1−ARE pathwayを利用し、ケラチノサイト由来ARE−Nrf2ルシフェラーゼレポーター遺伝子を用いたレポーターアッセイである。Nrf2−Keap1−ARE pathwayは、転写因子Nrf2、Nrf2の抑制因子Keap1およびAREが関係する遺伝子発現経路である。Nrf2はKeap1と結合し、AREに依存して発現する遺伝子群の発現量を制御している。Keap1のシステイン残基に求電子性の化学物質が結合すると、Nrf2はKeap1から解離し、核内に移行してDNA上のAREに結合する。その結果、下流の遺伝子群の発現が誘導され、化学物質による障害から細胞を保護するために機能する。皮膚感作性を有する多くの化学物質がNrf2−Keap1−ARE pathwayを活性化することが知られていることから、皮膚感作性評価法として利用されている。ARE−Nrf2 Luciferase Test Methodでは、AKR1C2遺伝子(樹状細胞において皮膚感作性物質により発現誘導される遺伝子の1つ)のAREを融合させたSV40プロモーターを有するルシフェラーゼ遺伝子のプラスミドを安定的に導入したHaCaT細胞(ヒトケラチノサイト由来培養細胞株)を用いる。化学物質によりNrf2−Keap1−ARE pathwayが活性化されるとルシフェラーゼ遺伝子が発現する。基質を添加してルシフェラーゼが触媒する反応の発光強度を測定することにより、化学物質の皮膚感作性を評価する(非特許文献7)。
【0007】
h−CLATでは、樹状細胞のモデルとしてヒト単球系培養細胞であるTHP-1細胞を用い、被験物質がTHP-1細胞を活性化する能力を評価する。THP-1細胞に被験物質を添加して24時間培養した後、fluorescein isothiocyanate(FITC)で蛍光標識したCD86及びCD54の特異抗体、およびpropidium iodide(PI)を用いて細胞を染色し、フローサイトメトリーにより細胞表面分子CD86及びCD54の発現量、並びに細胞生存率を測定する。被験物質で処理した時のCD86及びCD54それぞれの平均蛍光強度を、溶媒のみを添加したコントロールと比較し、相対蛍光強度を算出する(非特許文献8)。
【0008】
上記の3試験法は、すでにOECDテストガイドラインとして承認されており、皮膚感作性試験代替法として妥当であることが認められている。しかし、いずれの方法にも課題は残されており、ARE−Nrf2 Luciferase Test Methodに関しては、発光強度を測定する際に細胞を溶解する必要があることから、細胞を溶解することなく、生きたままの状態で発光強度を測定し、皮膚感作性を評価することが望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Magnusson B.,et al., J.Invest.Dermatol.,1969,52,268−276
【非特許文献2】Sato Y.,et al.,Contact Dermatitis,1981,7,255−257
【非特許文献3】Buehler E.V.,Arch.Dermatol., 1965,91,171−177
【非特許文献4】多田富雄,免疫学イラストレイテッド 原書第5版,南江堂
【非特許文献5】Jacques B.,et al.,Nature,1998,392,245−252
【非特許文献6】JaCVAM 新規試験法提案書 皮膚感作性試験代替法 Direct Peptide Reactivity Assay (DPRA):ペプチド結合性試験 平成27年3月 国立医薬品食品衛生研究所
【非特許文献7】JaCVAM 新規試験法提案書 皮膚感作性試験代替法 角化細胞株レポーターアッセイに関する提案 平成27年8月 国立医薬品食品衛生研究所
【非特許文献8】JaCVAM 新規試験法提案書 皮膚感作性試験代替法 human Cell Line Activation Test(h−CLAT) 平成29年3月 国立医薬品食品衛生研究所
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明は、上述した実情に鑑み、被験物質の皮膚感作性の有無及び強弱を、細胞を溶解することなく、生きたままの状態で評価することができる系及び細胞を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、分泌型ARE応答性レポーターを導入したケラチノサイトを作製し、このケラチノサイトに被験物質を暴露した後の培地を基質と反応させて発光強度及び/又は蛍光強度を測定することにより、細胞を溶解せずに生きたままの状態で皮膚感作性を評価できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
[1] 分泌型レポータータンパク質をコードする核酸配列の上流にプロモーター配列及びプロモーター配列の上流のエンハンサー領域にARE配列を有するレポーターベクターを導入して形質転換することによって樹立された細胞株。
[2] 前記レポーターがルシフェラーゼ(発光酵素)である、[1]記載の細胞株。
[3] 前記レポーターが蛍光物質である、[1]記載の細胞株。
[4] 前記細胞がケラチノサイトである、[1]〜[3]のいずれか一項記載の細胞株。
[5] 以下の工程を含む、細胞株の製造方法。
(1) エンハンサー領域にARE配列を有することを特徴とする分泌型レポータープラスミドを編集、構築する工程。
(2) 工程(1)で得られたレポータープラスミドベクターを細胞に導入する工程。
[6] [1]〜[4]のいずれか一項記載のレポーター導入細胞に被験物質を暴露し、一定時間培養後の培地を用いて発光強度及び/又は蛍光強度測定を行い、その測定結果に基づいて該被験物質の皮膚感作性を評価する方法。
[7] [1]〜[4]のいずれか一項記載のレポーター導入細胞に被験物質を暴露し、一定時間培養後の培地を用いて発光強度及び/又は蛍光強度測定を行い、その測定結果に基づいて該被験物質の皮膚感作性増強作用を評価する方法。
[8] [1]〜[4]のいずれか一項記載のレポーター導入細胞に被験物質を暴露し、一定時間培養後の培地を用いて発光強度及び/又は蛍光強度測定を行い、その測定結果に基づいて該被験物質の皮膚感作性抑制作用を評価する方法。
[9] [1]〜[4]のいずれか一項記載のレポーター導入細胞を含む、皮膚感作性評価用キット。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、Nrf2−Keap1−ARE pathwayを利用して皮膚感作性を評価することのできる、分泌型ARE応答性レポーターを安定的に導入した細胞株及びその製造方法が提供される。本発明の分泌型レポーター安定発現細胞株は、従来のレポーター安定発現細胞株のように、被験物質の皮膚感作性を評価する場合に、細胞溶解といった煩雑な作業を行うことなく、生きたままの状態で測定でき、同じ細胞を用いて細胞生存率などの情報を取得できる。また、本発明の分泌型レポーター安定発現細胞株では、細胞を溶解することなく測定を行うことが可能であるため、一定間隔をおいた連続した測定により、被験物質に対する細胞の時間経過に伴う反応を測定することも可能である。また、被験物質を組み合わせることによって、皮膚感作性増強作用や皮膚感作性抑制作用を評価することもできる。よって、本発明の分泌型レポーター安定発現細胞株は、被験物質の皮膚感作性評価のほか、皮膚感作性増強作用、皮膚感作性抑制作用等の有効性評価などに有用である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.分泌型レポーター安定発現細胞株
本発明の分泌型レポーター安定発現細胞株は、ARE応答性レポーターを培地中に分泌することを特徴とする。
本発明の分泌型レポーター安定発現細胞株作製方法は、(1)ARE応答性分泌型レポータープラスミドを構築する工程と、(2)工程(1)で得られた分泌型レポータープラスミドをケラチノサイトに導入する工程を含む。
【0015】
まず、工程(1)では、ARE応答性分泌型レポータープラスミドを構築する。レポーターとしては、蛍光発光、化学発光または比色反応のいずれか1種類以上の測定系で検出できれば特に限定はされないが、例えば、ルシフェラーゼ、蛍光タンパク質、アルカリホスファターゼ等が挙げられる。ルシフェラーゼとしては、生細胞に対して毒性がなく、定量性に優れたものであれば特に限定はされないが、例えば、NanoLuc(NanoLuc;登録商標)などが挙げられる。蛍光タンパク質としては、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)、赤色蛍光タンパク質(RFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、シアン色蛍光タンパク質(CFP)等が挙げられる。これらのレポーターは、1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。プロモーターとしては、例えば、minP(minimal Promoter)、SV40 promoter(Simian Virus 40 promoter)、CMV promoter(Cytomegalovirus promoter)、HSV−TK promoter(Hepes Simplex Virus−Thymidine Kinase promoter)等でもよいが、minPが望ましい。
【0016】
AREとは、遺伝子上流に存在する抗酸化剤応答配列(antioxidant response element)または親電子性物質応答配列EpRE(electrophile responsive element)のことであり、感作性物質応答遺伝子の上流に存在することが知られている。AREはレポータープラスミド内に1つ用いてもよく、2つ以上を用いてもよい。
【0017】
分泌型レポーターには分泌シグナル配列が付加されおり、発現したルシフェラーゼ及び/又は蛍光タンパク質は細胞外に分泌される。分泌シグナル配列としては、細胞外への分泌を誘導するものであれば特に限定はされないが、例えば、IL−6 分泌シグナル配列などが挙げられる。
【0018】
次に、工程(2)では、ケラチノサイトにレポーターベクターを導入する。ケラチノサイトは、不死化ケラチノサイトでも正常ケラチノサイトでもよいが、不死化ケラチノサイトが好ましい。不死化ケラチノサイトは購入しても作製してもよい。不死化方法については、ケラチノサイトなどの上皮細胞の培養細胞を不死化させ、かつ細胞死を誘導しない方法であれば限定はされないが、例えば、テロメラーゼ逆転写酵素(TERT)、ウイルス遺伝子(SV40T、HPV E6−E7、EBV等)による方法などが挙げられる。細胞の由来は哺乳動物であれば特に限定はされず、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ等が挙げられるが、ヒトであることが好ましい。
【0019】
レポーターの種類は、前述のとおりである。レポータープラスミドのケラチノサイトへの導入は、工程(1)で構築したレポーターベクター(ARE応答性分泌型レポータープラスミド)をエレクトロポレーション法、トランスフェクション法、マイクロインジェクション法等を用いてケラチノサイトに導入することにより行うことができる。
【0020】
2.皮膚感作性物質の評価方法
本発明の皮膚感作性物質の評価方法は、(1) 分泌型レポーター導入ケラチノサイトに被験物質を暴露する工程と、(2)工程(1)で被験物質を暴露した細胞の培地を用いて発光強度及び/又は蛍光強度を測定する工程を含む。
【0021】
まず、工程(1)では、培地中の分泌型レポーター導入ケラチノサイトに被験物質を添加し、37℃、5%CO下にて、6〜72時間、好ましくは24〜48時間培養する。また、皮膚感作性物質を活性化又は抑制する物質の評価においては、培地中の分泌型レポーター導入ケラチノサイトに既知の感作性物質と被験物質を添加し、37℃、5%CO下にて、6〜72時間、好ましくは24〜48時間培養する。
【0022】
次に、工程(2)では、培養終了後、分泌型レポーター導入ケラチノサイトによって培地中に分泌されたルシフェラーゼ及び/又は蛍光タンパク質の発現量を測定する方法として、プレートリーダーを用いたルシフェラーゼアッセイ等を用いることができる。
【0023】
ルシフェラーゼアッセイに用いる基質としては、ライセンスプログラムに基づき、ルシフェラーゼレポーターベクターに適した、購入元指定の試薬キットを用いることができる。
【0024】
本発明の上記分泌型レポーター導入ケラチノサイトは、キット化してもよく、当該キットには、例えば、分泌型レポーター導入ケラチノサイトの培養に適した培地や容器、陽性や陰性の標準試料、キットの使用方法を記載した指示書等を含めることができる。
【0025】
3.分泌型レポーター導入ケラチノサイトの使用方法
本発明の分泌型レポーター導入ケラチノサイトは、動物実験の代替法として、化粧品や皮膚外用剤、化学物質(洗剤、衣服用染料等)の有効性や安全性の評価に用いることができる。例えば、安全性の評価には、皮膚感作性の有無等が挙げられ、有効性の評価としては、皮膚感作性増強作用、皮膚感作性抑制作用の有無等が挙げられる。
【0026】
本発明において、化粧品や医薬品の有効性や安全性の評価、及びスクリーニングは、本発明の分泌型レポーター導入ケラチノサイトに被験物質を暴露し、該細胞の被験物質への応答性を発光または蛍光イメージングによって観察することによって行うことができ、発光強度及び/又は蛍光強度の変化が評価の指標となる。この際、被験物質と暴露しない本発明の分泌型レポーター導入ケラチノサイトを対照とし、その観察結果と比較することで正確な評価が可能となる。また、被験物質の皮膚感作性増強作用、皮膚感作性抑制作用の有無を調べる際には、被験物質を既知の感作性物質と混合して暴露し、一定時間後に発光強度及び/又は蛍光強度を測定し、既知の感作性物質のみを暴露した際のものと比較することによって評価することができる。被験物質は、培地内に溶解させ、細胞に暴露する。
【0027】
被験物質は、主に化粧品及び/又は医薬品に利用できる成分を対象とし、例えば、動・植物組織の抽出物もしくは微生物培養物等の複数の化合物を含む混合物、またそれらから精製された標品;天然に生じる分子(例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、核酸、脂質、ステロイド、糖タンパク質、プロテオグリカンなど);あるいは天然に生じる分子の合成アナログ又は誘導体(例えば、ペプチド擬態物など);及び天然に生じない分子(例えば、コンビナトリアルケミストリー技術等を用いて作製した低分子有機化合物);ならびにそれらの混合物などを挙げることができる。また、被験物質としては単一の被験物質を独立に試験しても、いくつかの候補となる被験物質の混合物(ライブラリーなどを含む)について試験をしてもよい。複数の被験物質を含むライブラリーとしては、合成化合物ライブラリー、ペプチドライブラリーなどが挙げられる。
【0028】
発光の測定は、発光プレートリーダー等を用いて行うことができる。発光プレートリーダーは、発光測定用に市販されている発光測定装置であれば特に限定はされない。ある一定の時間でのみ測定してもよいが、一定の時間間隔で経時的にレポーターが分泌された培地を採取し測定することにより、細胞によるレポーター発現の変化を観察することができる。
【0029】
蛍光イメージングによる細胞の観察及び測定は、蛍光を可視化できる顕微鏡または蛍光プレートリーダー等を用いて行うことができる。蛍光顕微鏡は、光学顕微鏡本体、及び検出器を備え、生細胞観察用に市販されている蛍光イメージング装置であれば特に限定はされない。観察は、蛍光を直接肉眼で行ってもよく、又は写真撮影をして画像を取得し、該画像に基づいて行ってもよい。写真撮影により得られた画像に基づいて観察する場合、ある一定の時間でのみ撮影して画像を取得してもよいが、一定の時間間隔で経時的に連続撮影(タイムラプス撮影)を行って画像を取得することにより、細胞の変化の動的可視化を行うことができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
(実施例1)分泌型レポーター導入ケラチノサイトを用いた被験物質の皮膚感作性評価
まず、pNL2.3[secNluc/Hygro](Promega社製)のマルチクローニングサイトにminPを、さらにminPの上流にAKR1C2遺伝子のAREを挿入してARE応答性分泌型レポーターベクターを構築した。構築したARE応答性分泌型レポーターベクターを、Lipofectamine&reg; 3000 Reagent (Thermo Fisher Scientific社製)を用いてヒト不死化表皮細胞HaCaTにトランスフェクション法により遺伝子導入した。HaCaTは、10% FBSを含むDMEM(nacalai社製)を用いて培養した。薬剤選択により安定発現株を樹立し、皮膚感作性物質に反応すると分泌型レポーターの発現が増強する細胞を樹立した。
【0031】
次に、当該細胞を96−well plateに1ウェルあたり1万個ずつ播種し、10% FBSを含むDMEMにて24時間培養後(培養液量はウェル内に100μL)、ウェル内の培地を除き、皮膚感作性陽性物質としてシンナムアルデヒド(sigma−aldrich社製)を最終濃度0、0.98、1.95、3.91、7.81、15.6、31.3、62.5、125μM、皮膚感作性陰性物質としてグリセロール(和光純薬工業株式会社製)を最終濃度0、0.98、1.95、3.91、7.81、15.6、31.3、62.5、125μMとなるように培地中に溶解させて細胞に暴露した。48時間培養後(培養液量はウェル内に200μL)、それぞれ培地を50μLずつ採取し同量の発光基質であるNano Luc Luciferase assay system(Promega社製)を加え、5分間インキュベート後、プレートリーダーにて発光強度を測定した。測定結果を解析した結果、シンナムアルデヒド暴露群では、コントロール群と比較して、発光強度の濃度依存的な増強が認められた(表1)。一方、グリセロール暴露群では、コントロール群と比較して、発光強度の増強は見られなかった(表1)。
【0032】
【表1】
【0033】
以上の結果から、当該細胞を用いれば、皮膚感作性物質であるか否かの評価が非常に詳細にかつ簡便にできることが明らかとなった。また、本評価法は、細胞が生きたまま測定できるので、例えば本評価の後に細胞生存率の測定などを同一サンプルを用いて行うことができる。これに対し、従来法では、発光強度の測定には、細胞溶解処理が必要であり、経時的な観察を行うためには、各日数ごとにサンプルを用意しなければならず、また同一サンプルの経時的な観察を行うことはできなかった。
【0034】
表2に、従来法の皮膚感作性評価方法と本発明の皮膚感作性評価方法の比較を示す。
【0035】
【表2】
【0036】
表2に示した通り、本発明のARE応答性分泌型レポーター導入ケラチノサイトによる皮膚感作性評価法は、従来法の皮膚感作性評価法に比較して非常に優れた利点を多数有する。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明のARE応答性分泌型レポーター導入ケラチノサイトを用いた皮膚感作性評価法は、細胞を溶解することなく皮膚感作性の指標となる発光強度を測定し、皮膚感作性の有無を判定することができる。従って、本発明のARE応答性分泌型レポーター導入ケラチノサイトを用いた皮膚感作性評価法によれば、動物実験を行わずに医薬品や化粧品原料の安全性や有効性の評価試験を行うことでき、当該細胞は、化粧品や医薬品の製造分野、皮膚科学研究分野などに利用できる。