(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6983716
(24)【登録日】2021年11月26日
(45)【発行日】2021年12月17日
(54)【発明の名称】触媒層のコーキング量の測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 29/04 20060101AFI20211206BHJP
G01N 29/11 20060101ALI20211206BHJP
G01N 29/44 20060101ALI20211206BHJP
【FI】
G01N29/04
G01N29/11
G01N29/44
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-82519(P2018-82519)
(22)【出願日】2018年4月23日
(65)【公開番号】特開2019-190949(P2019-190949A)
(43)【公開日】2019年10月31日
【審査請求日】2020年11月10日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「環境調和型製鉄プロセス技術開発(STEP2)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(73)【特許権者】
【識別番号】306022513
【氏名又は名称】日鉄エンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 信明
(72)【発明者】
【氏名】堂野前 等
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 公仁
(72)【発明者】
【氏名】中尾 憲治
【審査官】
佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−166106(JP,A)
【文献】
特開平7−270384(JP,A)
【文献】
実開平5−36359(JP,U)
【文献】
特表2005−506549(JP,A)
【文献】
国際公開第2017/002411(WO,A1)
【文献】
実開昭58−167465(JP,U)
【文献】
米国特許出願公開第2007/0199378(US,A1)
【文献】
米国特許第4653327(US,A)
【文献】
Tomas E. Gomez Alvarez-Arenas,Air-coupled ultrasonic spectroscopy for the study of membrane filters,Journal of Membrane Science,2003年03月01日,Volume 213, Issues 1-2,Pages 195-207,htpps://doi.org/10.1016/S0376-7388(02)00527-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC
B01J 8/00−B01J 8/46、
F01N 3/01、
F01N 3/02−F01N 3/038、
G01N 29/00−G01N 29/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定床触媒反応器内に設けられた触媒層のコーキング量を測定する触媒層のコーキング量の測定方法であって、
前記固定床触媒反応器が設置される化学反応装置内の配管系内に、スピーカおよび第1のマイクロフォンを、前記スピーカおよび前記第1のマイクロフォンの間に前記触媒層が配置され、かつ、前記スピーカおよび前記第1のマイクロフォンが前記配管系の配管内側に向くようにそれぞれ設け、
前記スピーカから所定の周波数範囲においてパワースペクトル密度が周波数に対して略一定となるように音波を出力させて前記第1のマイクロフォンで前記音波を測定し、
前記第1のマイクロフォンでの音波測定値を処理して得られるパワースペクトル密度値と所定のパワースペクトル密度値との差であるパワースペクトル密度差を算出し、
前記パワースペクトル密度差を、
パワースペクトル密度差=a・Log10(周波数)+b
a、b:定数
なる一次式で近似し、
前記定数aを用いて前記触媒層のコーキング量を算出することを特徴とする、触媒層のコーキング量の測定方法。
【請求項2】
前記定数aを用いて触媒層のコーキング量を算出する方法が、
触媒層のコーキング量=C・(a−a0)
C、a0:定数
なる式で前記触媒層のコーキング量を求めるものであることを特徴とする、請求項1に記載の触媒層のコーキング量の測定方法。
【請求項3】
前記所定のパワースペクトル密度値は、前記触媒層を空にした時に前記第1のマイクロフォンが測定した音波測定値を処理して得られるパワースペクトル密度値であることを特徴とする、請求項1または2に記載の触媒層のコーキング量の測定方法。
【請求項4】
前記所定のパワースペクトル密度値が、前記スピーカと前記触媒層の間に設けられる第2のマイクロフォンで測定された音波測定値を処理して得られるパワースペクトル密度値であることを特徴とする、請求項1または2に記載の触媒層のコーキング量の測定方法。
【請求項5】
前記所定の周波数範囲においてパワースペクトル密度が略一定となるように音波を出力させる方法が、前記所定の周波数範囲を等分割して得られる代表周波数の音波を周波数の高いものから順に1波長ずつ間隔をあけずに連続して出力するとともに、前記代表周波数の音波の振幅を周波数に反比例する値に設定することを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項に記載の触媒層のコーキング量の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学プラント内の触媒反応器の操業に用いる情報の測定方法に関し、特に触媒層のコーキング量の測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
化学プラントにおいて、炭化水素ガスの水蒸気改質を、固定床触媒反応器を用いて行う場合には、しばしば触媒の表面に固体カーボン(コーク)微粒子を副生するコーキングが生じる。触媒粒子間に堆積したコーク粉は、触媒表面での目的の反応を妨げるとともに、触媒反応器の通気抵抗を増大させて触媒反応器を閉塞させる問題を生じる。
【0003】
触媒反応器からコークをオンラインで除去する方法としては、例えば、特許文献1に開示されている方法が知られている。特許文献1に開示されたコーク除去操作を行うことで、触媒層中のコークを除去できるものの、コーク除去操作を行う都度、一部の触媒が破損するという問題が生じる。このため、操作頻度を必要最低限にしなければならない。コークの触媒層中への堆積状況は操業ごとに大きく変動するため、操作頻度を必要最低限とするためには、定期的にコーク除去操作を行うような手段では不十分であり、操業中の触媒層中でのコーク堆積量(即ち、コーキング量)をオンラインで測定し、これが予め定めた許容値を超えたときのみコーク除去操作を行う必要がある。
【0004】
触媒層中のコーキング量を測定する方法としては、例えば、特許文献1に一例が示されるように、触媒層入側および出側で圧力を測定し、その差圧を用いる方法がある。しかし、この方法の場合、触媒層中のコーキング量が極めて大きくなるまで(すなわち、触媒層が閉塞する直前まで)差圧を検出することができない。すなわち、差圧を用いる方法では、閉塞直前の状態を検出できたとしても、これ以前の状態のコーキング量の測定を行えないという問題がある。
【0005】
つまり、コーキングは、一般に触媒層の局所に集中して生じる傾向を持ち、局所的に閉塞を生じた触媒部分およびその下流部分では触媒反応が妨げられて反応速度の低下を招く。一方、局所的な閉塞を触媒層内に生じたとしても、触媒層内の自由空間が十分に広い段階では、触媒層内に容易にガスのう回路が形成されるため、局所的な閉塞は触媒層前後での差圧には容易には影響しない。触媒層内のいたるところで局所的な閉塞を生じて触媒層内の自由空間が著しく減少して初めて、触媒層前後の圧力差は検出可能なレベルまで上昇する。したがって、差圧を用いてコーキング量を測定し、その結果に基づいてコーク除去操作の要否を判断した場合、触媒層が閉塞する直前の段階(すなわち、触媒層全体での反応速度が極めて低下した段階)で初めてコーク除去操作が行われることになる。これでは、触媒反応の効率が非常に悪い。
【0006】
上述したように、触媒層前後の差圧が検出下限以下の状態であっても、触媒層中に局所的な閉塞が触媒層内の広い領域に多く存在して触媒層全体での反応速度が有意に低下する場合がある。このような状態でもコーキング量を測定し、より早い段階でコーク除去操作を行う必要がある。
【0007】
内視鏡等の接触的なセンサを触媒層内に挿入してコーキング量を測定する方法も考えられる。しかし、このような方法を高温、かつ、高い密閉性を求められる触媒反応器に適用することは、装置の設計が困難であり、また、高価になるため、合理的でない。
【0008】
音波を利用して充填層内での粒子の充填率を非接触的に測定する方法を触媒層内のコーキング量の測定に応用することも考えうる。例えば、音波で固体材料中の気孔率を測定する方法が特許文献2に開示されている。しかし、この方法は、多孔質体を通過する音波の伝達速度遅れを検出して充填率に換算する原理を用いている。このため、音波に関して多数の反射パス(例えば、反応器に接続する多数の配管)が存在する実機の化学プラントに本方法を適用することは困難である。
【0009】
また、特許文献3には、蓄水タンク内の氷充填率を測定するために、単一波長の音波を蓄水タンクに照射し、貯水タンクを透過した音波の透過損失から氷充填率を求める方法も開示されている。しかし、音波の透過率は、本来、周波数の依存性が高く、系の寸法や音速等との関係でわずかに周波数が変化しても、音波の透過率は、例えば数十dBのレベルで変化しうる。このため、寸法と物性がほぼ一様と想定される蓄水タンクには適用できても、触媒充填率、コーク充填率、または、温度分布が絶えず変動する(即ち、音速が絶えず変動する)触媒反応器に本技術を適用したとしても、測定精度を十分確保できない。
【0010】
特許文献4には、複数の周波数の超音波を用いて懸濁液中の微粒子を励起し、前記超音波の減衰スペクトルをパターン判定して懸濁液中の粒径分布および濃度を測定する方法が開示されている。しかし、本発明が対象とするガス流れによるコーク粒子(触媒粒子間の空間に固定されている)を音波によって励起することは、ガスと固体の密度差が大きいためにそもそも困難であり、特許文献4の方法を触媒反応器には適用できない。なぜならば、本発明が対象とする触媒層内での音波の減衰は、微粒子の高速励起(超音波による励起)による流体粘性に基づくエネルギ損失のみによるものではなく、固定された粒子間の空間で音波が多重反射して互いに打ち消しあうことによって音響エネルギを損失することによる影響が大きく、特許文献4での原理とは異なるからである。
【0011】
また、これらの音波を用いる測定方法は、いずれも空間に粒子が一様に分布する状況を想定している。しかし、本発明が対象とする触媒層ではコークの分布は不均一であり、音波が減衰するとしてもその減衰量を直接に測定するわけでは必ずしもなく、特に、コーキング量の少ない状態では、触媒層内でコーキングのない自由空間の配置によって減衰量が決定する。また、触媒層内には、触媒粒子とコークという、2種類の極端に大きさのことなる粒子が任意の配合で存在しうる多様性が存在する。さらに、触媒層の充填率は、上記のコーク除去操業によってしばしば変化し、かつ、触媒層の音波透過減衰は、コークの音波透過減衰に比べて十分に小さいとも必ずしもいえない。このため、コーキング量と音波の透過減衰量の関係は、自明ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2017−56375号公報
【特許文献2】特開平6−18403号公報
【特許文献3】特開2000−329602号公報
【特許文献4】特公平6−27695号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】城戸健一:ディジタルフーリエ解析(I),コロナ社,2007,第6章
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
このように、コーキング量が少ない状態であってもコーキング量を高精度で測定する技術は存在しなかった。
【0015】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、コーキング量が少ない状態であってもコーキング量を高精度で測定することが可能な、新規かつ改良された触媒層のコーキング量の測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、固定床触媒反応器内に設けられた触媒層のコーキング量を測定する触媒層のコーキング量の測定方法であって、固定床触媒反応器が設置される化学反応装置内の配管系内に、スピーカおよび第1のマイクロフォンを、スピーカおよび第1のマイクロフォンの間に触媒層が配置され、かつ、スピーカおよび第1のマイクロフォンが配管系の配管内側に向くようにそれぞれ設け、スピーカから所定の周波数範囲においてパワースペクトル密度が周波数に対して略一定となるように音波を出力させて第1のマイクロフォンで音波を測定し、第1のマイクロフォンでの音波測定値を処理して得られるパワースペクトル密度値と所定のパワースペクトル密度値との差であるパワースペクトル密度差を算出し、パワースペクトル密度差を、
パワースペクトル密度差=a・Log
10(周波数)+b
a、b:定数
なる一次式で近似し、定数aを用いて触媒層のコーキング量を算出することを特徴とする、触媒層のコーキング量の測定方法が提供される。
【0017】
ここで、定数aを用いて触媒層のコーキング量を算出する方法が、
触媒層のコーキング量=C・(a−a
0)
C、a
0:定数
なる式で触媒層のコーキング量を求めるものであってもよい。
【0018】
また、所定のパワースペクトル密度値は、触媒層を空にした時に第1のマイクロフォンが測定した音波測定値を処理して得られるパワースペクトル密度値であってもよい。
【0019】
また、所定のパワースペクトル密度値が、スピーカと触媒層の間に設けられる第2のマイクロフォンで測定された音波測定値を処理して得られるパワースペクトル密度値であってもよい。
【0020】
また、所定の周波数範囲においてパワースペクトル密度が略一定となるように音波を出力させる方法が、所定の周波数範囲を等分割して得られる代表周波数の音波を周波数の高いものから順に1波長ずつ間隔をあけずに連続して出力するとともに、代表周波数の音波の振幅を周波数に反比例する値に設定することであってもよい。
【0021】
本発明の第1の特徴は、例えば、800℃といった高温で反応する触媒層のコーキング量を、当該触媒層における音波の透過性を測定することによって、操業中に(オンラインに)、非接触、かつ、高精度で測定できることである。従来技術にはこのような目的を満足する技術は、存在しなかった。
【0022】
本発明の第2の特徴は、強さ一定の連続スペクトルを有する周波数の音波を触媒層に透過させたのちの測定値に基づいてパワースペクトル密度差を算出し、このパワースペクトル密度差に基づいてコーキング量を算出することである。より具体的には、パワースペクトル密度差の周波数特性を一次式で近似し、当該一次式の勾配(定数a)に基づいて、コーキング量を算出する。このようにすることで、操業中に音速あるいは音波の透過率が変動する触媒層中のコーキング量を正確に求めることができる。また、パワースペクトル密度差の勾配が触媒層中のコーキング量とよく対応づくことは、本発明者が実施した試験によってはじめて見出されたものである。
【発明の効果】
【0023】
以上説明したように本発明によれば、コーキングを生じうる触媒反応器におけるコーキング量を、非接触にオンラインで安価、かつ、高精度で測定できる。これにより、コーキング量が少ない状態であってもコーキング量を高精度で測定する。したがって、触媒層からのコーク除去操作を必要最小限の頻度で実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本実施形態を実施するための装置構成の一例を示す説明図である。
【
図2】本実施形態における音波のパワースペクトル密度の一例を示すグラフである。
【
図3】本実施形態におけるパワースペクトル密度差の一例を示すグラフである。
【
図4】本実施形態におけるパワースペクトル密度差とコーキング量との相関の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0026】
<1.前提となる装置構成>
本実施形態を実施するための化学反応装置の一例を
図1に示す。触媒粒子の充填された触媒層4を収納する固定床である触媒反応器1は、流入管2と流出管3に接続される。流入管2、触媒反応器1、流出管3の順にガスの流れ11が与えられ、触媒層4内で原料ガス(流入管2側のガス)が改質され、改質ガス(流出管3側のガス)に化学変化する。流入管2、流出管3、並びに、触媒反応器1は、加熱炉5内に設置されて所定反応温度に保持される。触媒反応器1には例えば、特許文献1に示すようなコーク除去装置6が付帯し、これを操作することによってオンラインで触媒反応器1からコークを除去できる。
【0027】
流出管3から管が分岐し、当該分岐管が加熱炉5外に引き出され、弁10を介してスピーカ7と第2のマイクロフォン9が接続される。スピーカ7及び第2のマイクロフォン9は、配管系の配管内側に向くように分岐管に接続される。さらに、流入管2から管が分岐し、当該分岐管がして加熱炉5外に引き出され、弁10を介して第1のマイクロフォン8が接続される。第1のマイクロフォン8は、配管系の配管内側に向くように分岐管に接続される。これらの個々の装置には市販のものを用いることができる。
【0028】
スピーカ7の制御や各マイクロフォンでのデータの記録には、図示しない市販の音響制御装置およびデータレコーダを用いることができる。弁10にはボール弁等を用いればよく、測定を行わない際には弁10を閉めることによってスピーカ7や各マイクロフォンを雰囲気による汚染や腐食から保護することができる。触媒反応器1の寸法は、例えば直径50〜300mm程度であってもよく、触媒層4の高さは、10cm〜10m程度であってもよく、触媒の量は、1kg〜1000kgであってもよいが、これらの数値範囲に限定されない。
【0029】
なお、第1のマイクロフォン8、スピーカ7、並びに、触媒層4の位置関係は、化学反応装置の管路系内において、第1のマイクロフォン8とスピーカ7の間の空間に触媒層4を配置すればよいのであって、例えば、スピーカ7が流入管2に接続され、かつ、第1のマイクロフォンが流出管3に接続されてもよい。第2のマイクロフォン9は、スピーカ7と触媒反応器4の間の空間に配置すればよい。
【0030】
<2.前提となる操業>
化学反応装置を用いた操業は、例えば以下のとおりである。すなわち、メタンやタール等の炭化水素ガスを含む原料ガスと水蒸気を流入管2に供給し、直径5mm〜100mm程度のNi系触媒粒子を充填した触媒層4を通過させる。これにより、炭化水素ガスを水蒸気改質してH
2ガスとCOガス等の改質ガスに化学変化させる。ついで、改質ガスを流出管3から流出させる。反応温度は、例えば、800℃とされる。この反応の際、直径数μ〜数百μmのコーク粒子が多数、副生する。コーキング量は、最大で触媒質量の10質量%程度である。本実施形態が対象とする操業は、上記のものに限られるわけではなく、触媒反応中に触媒粒子間の空間にコーキングを生じるものであれば、どのような操業であってもよい。
【0031】
<3.測定手順>
つぎに、本実施形態に係る触媒層のコーキング量の測定方法について説明する。まず、弁10を両方とも開放して、スピーカ7から所定の音波を出力させる。所定の音波は、所定の周波数範囲でパワースペクトル密度(PSD)が周波数に対して略一定となるように設定する。つまり、スピーカ7には、出力される音響のPSDが周波数に対して略一定になるような信号、例えば、電圧信号が入力される。このような音波の代表的なものには白色雑音がある。白色雑音の発生には、ランダムなデジタル電圧信号を発生させるという公知の手法がある。また、スピーカ入力信号(例えば、電圧実効値)を略一定としたうえで、所定の周波数範囲を等分割して得られるN個の代表周波数の音波を周波数の高いものから順に1波長ずつ間隔を空けずに連続して出力してもよい。この際、各代表周波数の音波の振幅は、周波数に反比例する値になる。後者の音波を使用する場合、周波数に対してPSDをほぼ一定にするのに必要な測定時間(すなわち、1番目の周波数での1波長出力開始から最後の周波数での1波長出力終了までの時間)を白色雑音の場合に比べて短縮できるので、スピーカ7および各マイクロフォンを反応性のガスにさらす時間を低減することができる。また、一般にスピーカには同一電圧入力に対する出力の周波数依存性が存在するので、白色雑音入力の場合にはスピーカ出力を周波数に対して完全に一定にすることはできないが、後者の方法であれば周波数ごとに出力を調整することによって周波数の影響のより少ない出力を得ることができる。このように生成させた音波をスピーカ7から出力させ、第1のマイクロフォン8および第2のマイクロフォン9にてマイクロフォン信号(電圧信号や音圧信号等)をそれぞれ測定・記録する。記録内容は、少なくとも音圧(または、これに換算可能な電圧値等)の時系列データを含む。なお、データの種類は音圧に限定されず、パワースペクトル密度に換算できるデータであればどのようなものであってもよい。ただし、音圧は容易にパワースペクトル密度に換算できるので好ましい。各マイクロフォンが音波を測定した後、弁10が閉塞される。
【0032】
ここで、所定の周波数範囲は、音波の透過性、配管系の管径、装置の寸法等を考慮して対象系ごとに最適な値を調査して用いればよいが、本実施形態では、例えば100〜1000Hzであることが好ましい。なお、加熱炉5内に配置される外熱式の触媒反応器1の直径は、所要の伝熱量を満たすために一般に直径200mm以下に制限される。このため、触媒反応器1に直接的または間接的に接続する配管系の管径も、200mm以下とされることが多い。スピーカ7の直径は、管径と略一致するか、管径よりも小さい値に設定することが好ましい。1000Hzを大きく超える周波数の音波を使用した場合、触媒層4での音波の透過減衰が過大となり、第1のマイクロフォン8に到達した音波の音圧レベルが第1のマイクロフォン8での計測下限を以下となる場合が多くなり、問題を生じる場合がある。また、100Hzを大きく下回る周波数の音波を使用した場合、一定のPSD値を出力するために必要な音波の振幅が極端に大きくなり、スピーカ7が巨大化するため経済的に不利である。
【0033】
次に、記録された各マイクロフォンの音圧データを処理してPSDに換算する。換算方法としては、例えば、非特許文献1に記載されるDFT解析を用いることができる。本処理によって得られたPSDの一例を
図2に示す。
図2の横軸は周波数の対数(log(周波数)(Hz))であり、縦軸はPSD(dBV/Hz
1/2)を示す(図ではdBVを単にdBと簡略化して表記している)。
図2には、第1のマイクロフォン8のPSD(マイク1)、第2のマイクロフォン9のPSD(マイク2)の他、スピーカ7に入力される音圧データのPSD(スピーカ入力、この入力値がアンプで比例的に増幅されてスピーカに供給される)も示す。上述したように、スピーカ7には、PSDが周波数に対して略一定になるような音圧データが入力される。
【0034】
この例では、触媒層4を構成する触媒粒子は、直径20mmのNi系触媒粒子とし、2kgの触媒粒子を予め100gのコークを触媒と混合してから触媒反応器1に充填した。スピーカ7の直径は120mm、出力は平均20Wとした。各マイクロフォンには検出下限が−90dBのものを用いた。スピーカ7から各マイクロフォンまでの距離は、第1のマイクロフォン8で5m、第2のマイクロフォン9で0.3mとし、スピーカ7および各マイクロフォンが流入管2あるいは流出管3と接続するための配管径は、いずれも50mmとした。
【0035】
図2をみると、第1のマイクロフォン8および第2のマイクロフォン9のPSD値は、周波数の増大にともなって減少する傾向を示すものの、周期的な変動を示している。さらに、スピーカへの入力のPSDが一定であるにもかかわらず、スピーカ直近に配置された第2のマイクロフォン9のPSD値は一定とはならず、変動している。このような変動が生じる原因として、スピーカ7の出力特性(すなわち、スピーカ7から出力された音波の音圧レベルとスピーカ7に入力された音圧レベルとのズレ)、管路内(特に管路の節)での音波間の干渉等が挙げられる。
【0036】
次に、第1のマイクロフォン8で測定した音波の減衰量(スピーカ7から出力された音波に対する減衰量)を算出する。コーキング量が多いほど音波の減衰量が大きくなるからである。ここで、音波の減衰量(言い換えれば、コーキング量)を算出するにあたり、第2のマイクロフォン9のPSD変動の影響を除くため、第1のマイクロフォン8のPSD値から第2のマイクロフォン9のPSD値を減じる。これにより得られたPSD差の一例を
図3に示す。
図3は、
図2のPSD値から得られるものである。
図3の横軸は周波数の対数(log(周波数)(Hz))であり、縦軸はPSD差(dB/Hz
1/2)を示す(図ではdBVを単にdBと簡略化して表記している)。横軸の表示範囲は、概ね100〜1000Hzに相当する。
【0037】
図3から明らかな通り、PSD差の値は、周波数の増大にともなって減少する傾向を示すものの、最大20dB/Hz
1/2程度の周期的な変動を示している。このPSD差の変動幅は、周波数によるPSD差の減少量と比べて十分に小さいとはいえない。このため、特定の単一、または、少数の周波数のみのPSD差の値から音波の減衰量を算出し、算出した音波の減衰量からコークング量を算出すると誤差が大きくなるおそれがある。また、このPSD差の変動は、管の寸法、音速、並びに、音の周波数等の値の関係から定まる音波間の干渉によるものなので、PSD差の変動を除去することは原理的に困難である。
【0038】
さらに、本実施形態が対象とする系(化学反応装置)では、反応装置内の温度分布、触媒粒子の充填率、またはコークの充填率の変動によって操業中に音速が変動するため、各周波数での音波が干渉によって増幅・減衰のいずれを生じさせるのかを予測することは難しい。
【0039】
そこで、本実施形態では、
図3のようなPSD差の分布を直線近似し、その勾配を用いて、コーキング量を算出する。即ち、次の式1〜式3を用いて、触媒断面積(ガス流れに垂直な断面積)の単位面積当たりのコーキング量を求める。
【0040】
P
1−P
2=a・x+b (式1)
P
1:第1のマイクロフォンのPSD値[dBV/Hz
1/2]
P
2:第2のマイクロフォンのPSD値[dBV/Hz
1/2]
a、b:定数
x=Log
10{f} (式2)
f:音波の周波数[Hz]
m=C・(a−a
0) (式3)
m:コーキング量[g/m
2]
C、a
0:定数
この式でのPSDは、マイク出力電圧の振幅値(公知の方法で音圧値に容易に換算可能)に対応する単位で表記している。
【0041】
定数a,a
0,bは、公知の最小自乗法等を用いて
図3等のPSD差の曲線を直線近似した際に求めることができる。a
0は、コーキング量0のときのaの値として求める。このようにすることで、まず、PSD差の変動による誤差を低減できる。また、この近似直線の勾配aは、コーキング量とよく対応するので、精度よくコーキング量を予測することができる。また、定数Cは、使用する触媒反応器において、例えば、事前に触媒層に質量を測定したコークを触媒と混合して充填し、当該コーク質量をmとして、式3から求めることができる。
【0042】
このように、本実施形態では、所定の周波数範囲の全域における音波の減衰量(PSD差の勾配=定数a)を考慮して、コーキング量を求める。したがって、精度よくコーキング量を予測することができる。ここで、式1から明らかな通り、第2のマイクロフォン9のPSD値を所定のPSD値として第1のマイクロフォン8のPSD値から減じている。ただし、所定のPSD値はこの例に限定されない。すなわち、第2のマイクロフォン9のPSD値は、上記所定の周波数範囲内で変動するものの、各周波数における値は平均的にほぼ一定値となる。さらに、触媒層4を空にした場合、第1のマイクロフォン8のPSD値と第2のマイクロフォン9のPSD値とはほぼ同程度であると考えられる。このため、触媒層4を空にしてスピーカ7から上記の音波(PSDが略一定となる音波)を出力し、第1のマイクロフォン8の各周波数でのPSD値を平均した値を所定のPSD値としてもよい。なお、触媒層を空にする代わりに、操業前のタイミング、コーク除去操作直後のタイミングでこのような操作を行ってもよい。この場合、第2のマイクロフォン9を省略することができる。さらに、第1のマイクロフォン8と第2のマイクロフォン9との製品誤差が生じないので、より正確なコーキング量の測定が可能となる。
【0043】
あるいは、所定のPSD値のおおよその値が判明しているのであれば、第2のマイクロフォン9での実測値を使用する代わりに、所定のPSD値を予め設定しても良い。この場合にも、第2のマイクロフォン9を省略することができる。
【0044】
以上により、本実施形態によれば、コーキングを生じうる触媒反応器1におけるコーキング量を、非接触にオンラインで安価、かつ、高精度で測定できる。これにより、コーキング量が少ない状態であってもコーキング量を高精度で測定する。したがって、触媒層4からのコーク除去操作を必要最小限の頻度で実施できる。
【実施例】
【0045】
つぎに、本実施形態の実施例について説明する。本実施例では、数式1〜3によってコーキング量が正確に測定することができることを試験により確認した。以下、その試験について説明する。本試験では、
図1に示す化学反応装置を使用した。この化学反応装置は、直径200mmの単一の触媒反応器1を有しており、触媒層4を1、または、3段にオフラインで切り替え可能となっている。触媒層4の総高さ(3段時の高さ)は450mmとなる。
【0046】
本試験では、触媒層4の各段に直径約20mmの触媒を2kgずつ充填した。ここで、各段に充填される触媒には、0、30、または100gのコークを予め添加し、十分に混合したものを使用した。上記の2kgは、触媒のみの質量である。音響装置として、第1のマイクロフォン8及び第2のマイクロフォン9には検出下限が−90dBのものを用いた。スピーカ7から各マイクロフォンまでの距離は、第1のマイクロフォン8で3m、第2のマイクロフォン9で0.3mとし、スピーカ7、第1のマイクロフォン8、及び第2のマイクロフォン9が流入管2や流出管3と接続するための配管径(分岐管の内径)は、いずれも50mmとした。この触媒層4にPSDが150〜1000Hzの範囲で略一定となる音波、ここでは、Log[150Hz]〜Log[1000Hz]の間を500等分して代表周波数を定め、各代表周波数の音波を周波数の高いものから低いものへと順に1波長ずつ間隔をあけずに連続してスピーカ7から出力した。触媒およびコークの充填条件を種々変更し、第1のマイクロフォン8および第2のマイクロフォン9で音波を測定、記録した。結果は次のとおりである。
【0047】
まず、コークのない場合、aの値は、触媒層1段では約2、3段では約6であった。一方、触媒層3段での上記周波数範囲内における平均的なPSD差は、約20dB/Hz
1/2であり、コークがない状態でもPSD差(音波の減衰)は、無視できない大きさで生じることがわかった。
【0048】
次に、コークの量をさまざまに変化させてaを求めた結果を
図4に示す。
図4の横軸は触媒断面積(ガス流れに垂直な断面積)の単位面積当たりのコーキング量(コーク量)を示し、縦軸はPSD差の勾配aを示す。この図から、コーキング量(
図4の横軸)は、触媒量とは無関係にaのみで整理できることがわかった。触媒層4中の触媒による音波の透過減衰は無視できない大きさで生じうるものの、この透過減衰は、周波数の影響を比較的受けにくい。これに対し、コークによる透過減衰は、周波数の影響を大きく受ける(音波の周波数が高いほど減衰が大きい)。このため、コーキング量がaのみで整理できると考えられる。
【0049】
ここで、コークのない触媒層4とコーク粒子を含んだ触媒層4での音波の透過減衰傾向の違いは、粒子間の空間スケールの差によるものと考えられる。コークのない場合、粒子(すなわち触媒粒子)間の空間スケールは、数〜数十mmと、付与する音波の波長(数百〜数千mm)に近い値であるのに対して、コークを含む場合の粒子(ここでは触媒粒子またはコーク粒子)間の空間スケールは、数μm程度まで小さくなりうる。
【0050】
粒子間の空間スケールが透過減衰に与える影響には様々な原理によるものがある。例えば、ガス粘性による透過損失は、空間スケールが数μmレベルの場所(コークあり時)では、支配的な透過損失原因になりうるのに対し、空間スケールが数〜数十mmレベルの場所(コークなし時)では、そのようなことはない。コークを含まない触媒層と含む触媒層の間では、粒子間空間の時間スケールのオーダが異なるので、このような透過損失原理の差に基づいて、透過減衰の周波数依存性の傾向に大きな差が生じる。本実施形態では、このような現象を利用して、コーキング量の測定を触媒量の影響を受けずに測定することができる。
【0051】
図4の結果から、式3におけるC、a
0を、図中の回帰式を変形して、それぞれ次の値として求めることができた。
C=−0.12 (式4)
a
0=2.7 (式5)
【0052】
このように、本実施形態の方法を用いることによって、式3から、触媒層中のコーキング量をオンラインで求めることができ、この測定結果を用いて、コーク除去操作を行うかどうかの判断をすればよい。
【0053】
尚、本実施形態における定数は、対象とする系によって変化しうるので、より正確にコーキング量を予測しようとする際には、適宜、上記の方法と同様の試験を行うなどして、モデル式(式3)の各定数を決定することができる。
【0054】
上記の例では化学反応装置内に触媒反応器1が1つだけ配置されているが、化学反応装置内に複数の触媒反応器が並列に配置される場合にも本実施形態を好適に適用可能である。この場合、各触媒反応器1の流入管にそれぞれ第1のマイクロフォン8を設け、各触媒反応器1において上記の方法でPSD差の勾配aを求めることができる。これにより、各触媒反応器1でのコーキング量を求めることができる。但し、このような方法が適用できるのは、特定の(すなわち、コーキング量を測定したい)触媒反応器1を経由する音波が、他の触媒反応器1を経由する音波に対して卓越している配管系であることが前提である。この条件が成立する場合、特定の触媒反応器1を経由して特定の(すなわち、特定の触媒反応器1に付随する)第1のマイクロフォン8に到達した音波の強度は、他の触媒反応器1を経由して特定の第1のマイクロフォン8に到達した音波の強度よりも十分に大きくなる。つまり、特定の第1のマイクロフォン8で測定したPSD値は、特定の触媒反応器1におけるコーキング量を強く反映したものとなる。この条件が成立するかどうかは、化学反応装置の配管系内での音波の伝播特性を事前に調査して確認すればよい。なお、仮にこの条件が成立しない場合であっても、上記の方法で測定した各触媒反応器1のコーキング量を平均することで、全体的なコーキング量を推定することができる。
【0055】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0056】
1 触媒反応器
2 流入管
3 流出管
4 触媒層
5 加熱炉
6 コーク除去装置
7 スピーカ
8 第1のマイクロフォン
9 第2のマイクロフォン
10 弁