特許第6984056号(P6984056)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6984056
(24)【登録日】2021年11月26日
(45)【発行日】2021年12月17日
(54)【発明の名称】免震支承構造
(51)【国際特許分類】
   F16F 15/02 20060101AFI20211206BHJP
   E04H 9/02 20060101ALI20211206BHJP
【FI】
   F16F15/02 L
   E04H9/02 331E
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2021-37113(P2021-37113)
(22)【出願日】2021年3月9日
(65)【公開番号】特開2021-121754(P2021-121754A)
(43)【公開日】2021年8月26日
【審査請求日】2021年3月11日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】306022513
【氏名又は名称】日鉄エンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】酒井 快典
(72)【発明者】
【氏名】山口 路夫
【審査官】 児玉 由紀
(56)【参考文献】
【文献】 中国特許出願公開第108179817(CN,A)
【文献】 特開2003−306949(JP,A)
【文献】 特開2020−148260(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第108049308(CN,A)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0174555(US,A1)
【文献】 中国実用新案第201835225(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E01D 1/00−24/00
E04H 9/00− 9/16
F16F 15/00−15/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平面滑り装置の上に、球面滑り装置が可動自在に載置されている滑り免震装置が、上部構造体と下部構造体の間に配設され、
前記球面滑り装置は、上沓及び下沓と、これらの間を摺動するスライダーとを有し、
前記球面滑り装置において、前記上沓及び/又は前記下沓には、前記スライダーの脱落防止用のストッパーリングが取り付けられており、
レベル2地震動の水平荷重が作用した際には、前記球面滑り装置の構成部材のみが可動し、
前記レベル2地震動よりも大きな水平荷重が作用した際には、前記球面滑り装置の構成部材の可動に加えて、前記ストッパーリングにスライダーが当接することなく前記平面滑り装置に対して前記球面滑り装置が可動することを特徴とする、免震支承構造。
【請求項2】
平面滑り装置の上に、球面滑り装置が可動自在に載置されている滑り免震装置が、上部構造体と下部構造体の間に配設され、
前記球面滑り装置は、上沓及び下沓と、これらの間を摺動するスライダーとを有し、
前記球面滑り装置において、前記上沓及び/又は前記下沓には、前記スライダーの脱落防止用のストッパーリングが取り付けられており、
レベル2地震動の水平荷重が作用した際には、前記球面滑り装置の構成部材のみが可動し、
前記レベル2地震動よりも大きな水平荷重が作用した際には、前記球面滑り装置の構成部材の可動に加えて、前記ストッパーリングにスライダーが当接する前に前記平面滑り装置に対して前記球面滑り装置が可動を開始することを特徴とする、免震支承構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免震支承構造に関する。
【背景技術】
【0002】
建物の上部構造体(例えば上部架構)と下部構造体(例えば基礎)の間の免震層に免震装置を設置して免震支承構造とし、地震時の振動を免震支承構造にて減衰もしくは吸収することにより、地震力を上部構造体に可及的に伝達させない免震建物が建設されている。免震支承構造は、上部構造体の例えば柱の直下に配設される免震装置により形成されるのが一般的であり、この免震装置には、積層ゴム一体型の免震装置や、球面滑り装置や平面滑り装置等の滑り免震装置などがある。上記する免震装置は、地震による建物振動の振動態様を水平方向に長周期化させ、建物に作用する地震力を低減することを目的としている。
【0003】
上記する免震装置の中で球面滑り装置を適用する場合、従来は、他の免震装置を併用せずに、球面滑り装置のみを単体で用いて免震支承構造を形成することが一般的である。そのため、復元力特性の調整に際して、両面滑り免震装置(所謂ダブルペンデュラム方式の球面滑り装置)では、上沓及び下沓の滑り面の曲率やスライダーの上下の滑り面の曲率、さらには摩擦係数を調整することにより、剛塑性のバイリニアを調整している。さらに、トリリニアの復元力特性とする際には、上下に外側上沓及び外側下沓を配置し、これら外側上沓及び外側下沓の間に、内側上沓及び内側下沓とスライダーを配置した、所謂トリプルペンデュラム方式の球面滑り装置を適用しているが、トリプルペンデュラム方式の免震装置は構造が複雑になるといった課題を有している。
【0004】
ところで、免震建物の設計においては、稀に起きる(50年に一度程度)レベル1地震動に加えて、極めて稀に起きる(500年に一度程度)レベル2地震動を想定内の地震動である設計地震動とし、当該設計地震動に対する制震性能を備えた免震建物となるように設計が行われるのが一般的である。しかしながら、近年の設計では、想定外の最大級の地震である、レベル2地震動よりも規模の大きな極大地震動をレベル3地震動とし、レベル3地震動に対する制震性能を備えるような設計が行われる場合がある。ただし、レベル3地震動を建物設計に適用することに関しては各種基準に明確な規定はなく、レベル3地震動までを想定して建物の設計を行った場合は、費用対効果の観点から過度な設計となる傾向にあり、供用期間中に実際には遭遇しないであろう規模の地震に対応した過大設計に基づく建物となることから、想定地震動にレベル3地震動を含めるか否かに関しては、設計者や建設される建物の重要度等により様々に相違し得る。
【0005】
いずれにせよ、レベル2地震動を対象(想定地震動)として免震建物の設計をした場合は、当該建物がレベル3地震動に対応するのは一般に困難となり、一方で、レベル3地震動を対象として免震建物を設計した場合は、当該免震建物がレベル2地震動の規模の地震動に対して制震構造というよりは耐震構造(建物の強度で地震動に対抗できるように設計された構造)のような挙動を呈することになる。そして、このように耐震構造の挙動を呈することにより、免震構造が支持する上部構造体への入力地震動が大きくなり、この入力地震動に抗する構造の上部構造体の設計が余儀なくされることになる。
【0006】
上記するレベル3地震動に対して、仮に球面滑り装置のみで対応しようとすると、平面寸法が過大な球面滑り装置とする必要があり、このように球面滑り装置の平面寸法を大きくすることにより、球面滑り装置を構成するスライダーの径と高さの比率が大きくなることに依拠して、スライダーの径を大径にする必要が生じる。
【0007】
以上のことから、球面滑り装置の規模を大きくすることなく、レベル2地震動とレベル3地震動の双方に対して十分な制震性能を発揮できる、滑り免震装置とこの滑り免震装置を備えた免震支承構造の開発が望まれている。
【0008】
ここで、特許文献1には、上部構造に固定され、かつ下部構造に対して滑り支承(滑り板)を介して滑り可能に支持された積層ゴムと、積層ゴムとの間にクリアランスを確保した状態で積層ゴムの外側に同軸状態で配置されて上部構造に固定された変形拘束用鋼管とを備える、免震装置が提案されている。ここで、積層ゴムの水平方向のせん断変形が線形変形限界点に達した時点で変形拘束用鋼管が積層ゴムに当接してそれ以上のせん断変形を拘束するようにクリアランスが設定され、その時点で積層ゴムが下部構造に対して滑り始めるように滑り支承の摩擦係数が設定される。また、積層ゴムと変形拘束用鋼管との間に減衰装置が介装され、減衰装置を介して積層ゴムの過大変形が防止されるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011−99462号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載の免震装置は、平面滑り装置と積層ゴム装置が直列に配設された構成ゆえに、例えば風荷重等の比較的小さな水平荷重が作用した際に積層ゴム装置が可動することになり、従って小さな水平荷重に対しても可動するといった課題を有している。
【0011】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、球面滑り装置の規模を大きくすることなく、風荷重等の小さな水平荷重に対して可動することなく、レベル2地震動とレベル3地震動の双方に対して十分な制震性能を発揮することのできる、免震支承構造を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記目的を達成すべく、本発明による滑り免震装置の一態様は、
平面滑り装置の上に、球面滑り装置が可動自在に載置されていることを特徴とする。
【0013】
本態様によれば、平面滑り装置の上に、球面滑り装置が可動自在(スライド自在)に載置されていることにより、例えば、レベル2地震動の規模の地震動に対しては球面滑り装置の制震性能が発揮され、レベル2地震動を超えてレベル3地震動までの規模の地震動に対しては、平面滑り装置の上を球面滑り装置が可動することによる(すなわち、滑り免震装置による)制震性能が発揮される。このことにより、球面滑り装置の規模を大きくすることなく、レベル2地震動とレベル3地震動の双方に対して十分な制震性能を発揮することが可能になる。また、風荷重等の水平荷重に対しては球面滑り装置が可動しないように当該球面滑り装置の摩擦係数が設定されることにより、風荷重等の比較的小さな水平荷重に対して滑り免震装置の可動を抑止もしくは抑制することができる。
【0014】
また、本発明による滑り免震装置の他の態様において、
前記平面滑り装置は、平板と、該平板の上面に取り付けられている滑り板とを有し、
前記球面滑り装置は、上沓及び下沓と、これらの間を摺動するスライダーとを有し、
前記滑り板の上に前記下沓が可動自在に載置されていることを特徴とする。
【0015】
本態様によれば、一般的な構成の平面滑り装置に対して同様に一般的な構成の球面滑り装置を載置することにより形成されることから、製作コストの上昇を抑制しながら、レベル2地震動とレベル3地震動の双方に対して十分な制震性能を発揮できる滑り免震装置となる。ここで、滑り板は、例えばステンレス鋼等により形成できる。
【0016】
また、本発明による滑り免震装置の他の態様は、
前記下沓の下面に滑り材が取り付けられていることを特徴とする。
【0017】
本態様によれば、球面滑り装置を構成する下沓の下面に滑り材が取り付けられていることにより、平面滑り装置に対する球面滑り装置の高面圧下における良好な摺動性を保証することが可能になる。ここで、滑り材には、PTFE(polytetrafluoroethylene、ポリテトラフルオロエチレン)を素材とする滑り材が適用できる。
【0018】
また、本発明による免震支承構造の一態様は、
上部構造体と下部構造体の間に、前記滑り免震装置が配設されていることを特徴とする。
【0019】
本態様によれば、上部構造体と下部構造体の間に本発明の滑り免震装置が配設されていることにより、レベル2地震動とレベル3地震動の双方に対して十分な制震性能を発揮できる免震建物を形成することができる。ここで、本態様の免震支承構造を備える免震建物には、低層から超高層までのビルやマンション等の他、橋梁等も含まれる。
【0020】
また、本発明による免震支承構造の他の態様において、
レベル2地震動の水平荷重が作用した際には、前記球面滑り装置の構成部材のみが可動し、
前記レベル2地震動よりも大きな水平荷重が作用した際には、前記球面滑り装置の構成部材の可動に加えて、前記平面滑り装置に対して前記球面滑り装置が可動するように、該球面滑り装置の摩擦係数μ1と二次剛性K2、該球面滑り装置と前記平面滑り装置の間の摩擦係数μ2が設定されていることを特徴とする。
【0021】
本態様によれば、レベル2地震動の水平荷重に対しては球面滑り装置の構成部材が可動し、レベル2地震動よりも大きな水平荷重(例えばレベル3地震動の水平荷重)に対しては平面滑り装置が可動する(平面滑り装置の上を球面滑り装置が可動する)ことにより、地震動の規模に応じて機能する可動部位が明確になり、免震支承構造の設計(滑り免震装置の設計)が可及的に容易になる。ここで、「球面滑り装置の構成部材が可動」とは、球面滑り装置を構成する下沓に対するスライダーの可動、スライダーに対する上沓の可動等が挙げられる。
【0022】
球面滑り装置の摩擦係数μ1は、下沓とスライダー、及びスライダーと上沓との摩擦係数であり、この摩擦係数μ1は、例えば想定される風荷重では球面滑り装置が可動しない摩擦係数に設定される。一方、球面滑り装置の二次剛性K2は降伏後の剛性であり、球面滑り装置と平面滑り装置の間の摩擦係数μ2と摩擦係数μ1の差分値と、摩擦係数μ2に対応する変位量δ1との比により設定される。球面滑り装置の各構成部材が摩擦係数μ2に相当する変位量δ1まで変形した後、例えば、摩擦係数μ2を維持したまま所定の変位量δ2(δ2>δ1)まで球面滑り装置が平面滑り装置の上を可動する。
【0023】
また、本発明による免震支承構造の他の態様は、
前記球面滑り装置において、前記上沓及び/又は前記下沓には、前記スライダーの脱落防止用のストッパーリングが取り付けられており、
前記摩擦係数μ2と、前記滑り免震装置に作用する前記上部構造体の鉛直荷重Nの積が、前記ストッパーリングの破断耐力より小さな値となるように該摩擦係数μ2が設定されていることを特徴とする。
【0024】
本態様によれば、摩擦係数μ2と滑り免震装置に作用する上部構造体の鉛直荷重Nの積が、ストッパーリングの破断耐力より小さな値となるように摩擦係数μ2が設定されていることにより、球面滑り装置を構成するスライダーがストッパーリングまで変位してストッパーリングにてそれ以上の相対変位を抑止された状態で、平面滑り装置の上を球面滑り装置が可動する際に、ストッパーリングが破断してスライダーや上沓が下沓から脱落することを防止できる。そのため、球面滑り装置の構成部材の可動と、それに続く平面滑り装置上における球面滑り装置の可動といった、地震動の規模に応じた段階的な可動を保証することができる。
【発明の効果】
【0025】
以上の説明から理解できるように、本発明の免震支承構造によれば、球面滑り装置の規模を大きくすることなく、風荷重等の小さな水平荷重に対して可動することなく、レベル2地震動とレベル3地震動の双方に対して十分な制震性能を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造を備えた免震建物の一例の側面図である。
図2図1のII部の拡大図であって、実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造の常時における縦断面図である。
図3】実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造のレベル2地震時における縦断面図である。
図4】実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造のレベル3地震時における縦断面図である。
図5】実施形態に係る滑り免震装置の変位−摩擦係数グラフの一例である。
図6】実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造のレベル3地震時における縦断面図である。
図7】実施形態に係る滑り免震装置の変位−摩擦係数グラフの他の例である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造について、添付の図面を参照しながら説明する。尚、本明細書及び図面において、実質的に同一の構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省く場合がある。
【0028】
[実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造、及び免震建物]
図1乃至図7を参照して、実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造について、これらを備えた免震建物とともに説明する。ここで、図1は、実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造を備えた免震建物の一例の側面図であり、図2は、図1のII部の拡大図であって、実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造の常時における縦断面図である。また、図3は、実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造のレベル2地震時における縦断面図であり、図4は、実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造のレベル3地震時における縦断面図である。さらに、図5は、実施形態に係る滑り免震装置の変位−摩擦係数グラフの一例である。
【0029】
図示例の免震建物80は、地盤Gを掘削することにより形成される免震ピット60(下部構造体の一例)を地表面下に備え、免震ピット60と上部構造体70の間の免震層65に、平面滑り装置20の上に球面滑り装置10が載置された、異種装置による直列型の滑り免震装置50を備えている建物であり、下部構造体60と上部構造体70の間に滑り免震装置50が配設されることにより、免震支承構造90が形成されている。
【0030】
免震ピット60は、鉄筋コンクリート製のピット底盤61と、ピット底盤61に連続して周囲の地盤Gの土圧や土水圧に抗する擁壁62とを有する。ピット底盤61の上面には下方フーチング63(下部構造体の一例)が上方に突設されており、下方フーチング63の上面に滑り免震装置50に載置されている。擁壁62と端部の滑り免震装置50との間には、例えば大地震の際に滑り免震装置50を介して上部架構75と擁壁62が衝突しない程度の隙間Sが設けられている。
【0031】
免震支承構造90を形成する滑り免震装置50は、平面滑り装置20と、平面滑り装置20の上に可動自在(スライド自在)に載置されている球面滑り装置10とを有する。球面滑り装置10の上面には、上部架構75の下端に設けられている鉄筋コンクリート製の上部基礎体71が配設されている。上部基礎体71は、格子状に配設された地中梁72と、格子状の各地中梁72の格点に設けられている上方フーチング73(上部構造体の一例)とを有し、球面滑り装置10の上面に上部基礎体71が配設されている。ここで、上部架構75は、S造(鉄骨造)、RC造(鉄筋コンクリート造)、SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)のいずれであってもよい。
【0032】
上方フーチング73の直上には上部架構75を構成する柱76が立設しており、柱76を直接支持する上方フーチング73の直下に球面滑り装置10が配設されている。
【0033】
ここで、滑り免震装置50を形成する球面滑り装置10の構成について説明する。
【0034】
図2に詳細に示すように、球面滑り装置10は、上沓11と、下沓13と、上沓11及び下沓13の間で摺動するスライダー18とを有する。上沓11と下沓13はいずれも、平面視矩形(長方形もしくは正方形)の板材であり、溶接鋼材用圧延鋼材(SM490A、B、C、もしくはSN490B、C、もしくはS45C)等から形成されている。上沓11の下面と下沓13の上面にはそれぞれ、曲率を有する滑り面12、14が設けられており、この滑り面12,14には、ステンレス製の滑り板(図示せず)が固定されている。また、上沓11と下沓13には、滑り板の外周において、スライダー18の脱落を防止するための平面視環状のストッパーリング15が固定されている。
【0035】
また、下沓13の下面には、PTFEを素材とする滑り材16が取り付けられている。
【0036】
一方、スライダー18は、曲率を有する上下の滑り面19を備え、略円柱状を呈している。また、スライダー18は、溶接鋼材用圧延鋼材(SM490A、B、C、もしくはSN490B、C、もしくはS45C)等から形成され、面圧60N/mm2(60MPa)程度の耐荷強度を有している。
【0037】
スライダー18の上下の滑り面19には、少なくともPTFEを素材とする摩擦材(図示せず)が取り付けられている。摩擦材は二重織物により形成され、二重織物は、PTFE繊維と、PTFE繊維よりも引張強度の高い繊維(高強度繊維)とにより形成される。ここで、「PTFE繊維よりも引張強度の高い繊維」としては、ナイロン6・6、ナイロン6、ナイロン4・6などのポリアミドやポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどのポリエステルやパラアラミドなどの繊維を挙げることができる。また、メタアラミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ガラス、カーボン、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、LCP、ポリイミド、PEEKなどの繊維を挙げることができる。また、さらに、熱融着繊維や綿、ウールなどの繊維を適用してもよい。その中でも、耐薬品性、耐加水分解性に優れ、引張強度の極めて高いPPS繊維が望ましい。尚、少なくともPTFEを素材とする摩擦材としては、二重織物以外のPTFE繊維を含む織物でもよく、また、PTFEのみを素材とする摩擦材、PTFEと他の樹脂の複合素材からなる摩擦材、PTFEを素材とする摩擦材と他の樹脂を素材とする摩擦材との積層構造の摩擦材などであってもよい。
【0038】
次に、滑り免震装置50を形成する平面滑り装置20の構成について説明する。
【0039】
図2に詳細に示すように、平面滑り装置20は、平板21と、平板21の上面に取り付けられている滑り板22とを有する。平板21は、上沓11等と同様に平面視矩形で平面寸法が球面滑り装置10よりも大きな板材であり、溶接鋼材用圧延鋼材(SM490A、B、C、もしくはSN490B、C、もしくはS45C)等から形成されている。一方、滑り板22はステンレス鋼等により形成されている。
【0040】
滑り免震装置50では、平面滑り装置20を形成する滑り板22の上に、球面滑り装置10の下面に取り付けられている滑り材16が載置されている。上部構造体70の重量のうち、一つの免震支承構造90が分担する鉛直荷重Nが、上方フーチング73を介して球面滑り装置10に載荷されるが、鉛直荷重Nにより、例えば60N/mm(60MPa)程度の高面圧が球面滑り装置10と平面滑り装置20の間に作用した状態で、地震時の水平荷重を受けた場合でも、滑り板22と滑り材16が相互に当接していることにより、平面滑り装置20に対する球面滑り装置10のスムーズな可動(スライド)が保証される。
【0041】
免震支承構造90は、所定のレベル2地震動に加えて、レベル2地震動よりも規模の大きな所定のレベル3地震動に対しても十分な制震性能を発揮できるように設計されており、各地震動に対して、滑り免震装置50を構成する球面滑り装置10と平面滑り装置20が段階的に可動するように構成されている。
【0042】
図3に示すように、所定のレベル2地震動による水平荷重H1が免震支承構造90に作用した際には、球面滑り装置10の構成部材のみが可動するように構成されている。ここで、図5に示すように、球面滑り装置10の構成部材である、上沓11とスライダー18の間、及びスライダー18と下沓13の間の摩擦係数(すなわち、球面滑り装置10の摩擦係数)はμ1であり、二次剛性はK2であり、変位量δ1にて摩擦係数はμ2(μ2>μ1)となる。
【0043】
ここで、摩擦係数μ1は、風荷重等の比較的小さな水平荷重に対しては球面滑り装置10が可動しないように設定されている。さらに、滑り免震装置50においては、変位量δ1までは球面滑り装置10の構成部材のみが可動するように構成され、変位量δ1に相当する摩擦係数μ2となった段階で、平面滑り装置20の上を球面滑り装置10が変位量δ2(δ2>δ1)まで可動(スライド)するように、平面滑り装置20と球面滑り装置10との間の摩擦係数μ2が設定されている。尚、図2には、変位量δ1,δ2を示しており、下沓13もしくは上沓11の一端までのスライダー18の変位量がδ1/2となり、平面滑り装置20の一端までの球面滑り装置10の変位量がδ2となる。
【0044】
図3に戻り、所定のレベル2地震動による水平荷重H1が免震支承構造90に作用した際に、平面滑り装置20上における下沓13の可動は抑止された状態で、下沓13上をスライダー18がX1方向に可動し、スライダー18上を上部構造体73を支持する上沓11がX2方向に可動する。
【0045】
このように、所定のレベル2地震動による水平荷重H1に対しては、球面滑り装置10のみが機能してレベル2地震動の振動を免震支承構造90にて減衰もしくは吸収する。
【0046】
一方、図4に示すように、レベル2地震動よりも規模の大きな所定のレベル3地震動による水平荷重H2が免震支承構造90に作用した際には、図3を参照して説明したように球面滑り装置10の構成部材が可動し、それに続いて、平面滑り装置20上を球面滑り装置10がX3方向に可動(スライド)することにより、球面滑り装置10と平面滑り装置20の双方が機能してレベル3地震動の振動を免震支承構造90にて減衰もしくは吸収する。
【0047】
図5に示す、μ1,μ2,K2,δ1、Nの関係をまとめると、μ1×N+K2×δ1<μ2×Nなる関係式が成立し、この関係式を満足するように、各摩擦係数(と各変位量、二次剛性)が設定される。
【0048】
このように、レベル2地震動の規模の地震動に対しては球面滑り装置10の制震性能が発揮され、レベル2地震動を超えてレベル3地震動までの規模の地震動に対しては、平面滑り装置20の上を球面滑り装置10が可動することによる制震性能が発揮されることにより、球面滑り装置10の規模を大きくすることなく、レベル2地震動とレベル3地震動の双方に対して十分な制震性能を発揮することが可能になる。また、風荷重等の水平荷重に対しては球面滑り装置10が可動しないように球面滑り装置10の摩擦係数μ1が設定されることにより、風荷重等の比較的小さな水平荷重に対して滑り免震装置50の可動を抑止することができる。
【0049】
以上、図3図4を参照して説明する形態では、球面滑り装置10の可動に際して、スライダー18が上沓11と下沓13の備えるストッパーリング15まで可動しないケースとして説明した。これに対して、以下、図6及び図7を参照して、スライダー18が上沓11と下沓13の備えるストッパーリング15まで可動するケースについて説明する。ここで、図6は、実施形態に係る滑り免震装置と免震支承構造のレベル3地震時における縦断面図であり、図7は、実施形態に係る滑り免震装置の変位−摩擦係数グラフの他の例である。
【0050】
図6は、レベル3地震動による水平荷重H2が免震支承構造90に作用し、球面滑り装置10の構成部材が可動し、それに続いて、平面滑り装置20上を球面滑り装置10がX3方向に可動している状態を示している。この球面滑り装置10の構成部材の可動において、スライダー18は下沓13のストッパーリング15まで可動し、上沓11はそのストッパーリング15がスライダー18と当接するまで可動している。そして、スライダー18により、上沓11と下沓13の備えるそれぞれのストッパーリング15はせん断力Qを受けている。
【0051】
ここで、図7に示すように、球面滑り装置10の構成部材である、上沓11とスライダー18の間、及びスライダー18と下沓13の間の摩擦係数はμ1であり、二次剛性はK2であるが、平面滑り装置20と球面滑り装置10との間の摩擦係数は、図5と異なり、摩擦係数μ2よりもΔμだけ大きな摩擦係数μ2(μ2'>μ2)に設定されている。
【0052】
この摩擦係数μ2'は、摩擦係数μ2'と滑り免震装置50に作用する上部構造体70の鉛直荷重Nの積が、ストッパーリング15の破断耐力Sよりも小さな値となるように設定されており、μ1,μ2,μ2'、K2,δ1,N、Sの関係をまとめると、μ1×N+K2×δ1<μ2×N<Sなる関係式が成立し、この関係式を満足するように、各摩擦係数(と各変位量、二次剛性)が設定される。
【0053】
このように、摩擦係数μ2と滑り免震装置50に作用する上部構造体70の鉛直荷重Nの積が、ストッパーリングの破断耐力Sよりも小さな値となるように摩擦係数μ2'が設定されていることにより、球面滑り装置10を構成するスライダー18がストッパーリング15まで変位してストッパーリング15にてそれ以上の相対変位を抑止された状態で、平面滑り装置20の上を球面滑り装置10が可動する際に、ストッパーリング15が破断してスライダー18や上沓11が下沓13から脱落することを防止できる。そのため、球面滑り装置10の構成部材の可動と、それに続く平面滑り装置20上における球面滑り装置10の可動といった、地震動の規模に応じた段階的な可動が保証される。
【0054】
尚、上記実施形態に挙げた構成等に対し、その他の構成要素が組み合わされるなどした他の実施形態であってもよく、ここで示した構成に本発明が何等限定されるものではない。この点に関しては、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更することが可能であり、その応用形態に応じて適切に定めることができる。
【符号の説明】
【0055】
10:球面滑り装置
11:上沓
12:滑り面
13:下沓
14:滑り面
15:ストッパーリング
16:滑り材
18:スライダー
19:滑り面
20:平面滑り装置
21:平板
22:滑り板
50:滑り免震装置
60:免震ピット(下部構造体)
61:ピット底盤
62:擁壁
63:下方フーチング(下部構造体)
65:免震層
70:上部構造体
71:上部基礎体
72:地中梁
73:上方フーチング(上部構造体)
75:上部架構
76:柱
80:免震建物
90:免震支承構造
G:地盤
S:隙間
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7