(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6984319
(24)【登録日】2021年11月29日
(45)【発行日】2021年12月17日
(54)【発明の名称】靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20211206BHJP
C22C 38/08 20060101ALI20211206BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20211206BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20211206BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/08
C22C38/54
C21D8/02 B
【請求項の数】7
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-210527(P2017-210527)
(22)【出願日】2017年10月31日
(65)【公開番号】特開2019-81930(P2019-81930A)
(43)【公開日】2019年5月30日
【審査請求日】2020年6月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001977
【氏名又は名称】特許業務法人なじま特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古谷 仁志
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】森 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】浅羽 正和
(72)【発明者】
【氏名】末松 芳章
【審査官】
河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】
特開2017−160512(JP,A)
【文献】
国際公開第2015/162939(WO,A1)
【文献】
国際公開第2016/114146(WO,A1)
【文献】
特開平10−096042(JP,A)
【文献】
古谷仁志、田川哲哉、石川幸司,低温用鋼の引張変形特性に及ぼすニッケル量の影響,鉄と鋼,日本,社団法人日本鉄鋼協会,2014年04月30日,Vol.100,678-687,https://doi.org/10.2355/tetsutohagane.100.678
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/08
C22C 38/54
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼が、質量%で、
C :0.02%以上0.12%以下、
Si:0.02%以上0.35%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
P:0.0010%以上0.0100%以下、
S:0.0001%以上0.0035%以下、
Ni:2.7%以上5.0%以下、
Al:0.002%以上0.090%以下、
N:0.0001%以上0.0070%以下、
T−O:0.0001%以上0.0030%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であり、旧オーステナイト粒径が20μm以下であり、有効結晶粒径が12μm以下であり、引張強さが450MPa以上690MPa以下であることを特徴とする,靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板。
【請求項2】
さらに質量%で、
Cu:0.01%以上2.00%以下、
Cr:0.01%以上5.00%以下、
Mo:0.01%以上1.00%以下、
B:0.0002%以上0.0500%以下、
Nb:0.001%以上0.050%以下、
Ti:0.001%以上0.050%以下、
V:0.001%以上0.050%以下、
Ca:0.0003%以上0.0300%以下、
Mg:0.0003%以上0.0300%以下、
REM:0.0003%以上0.0300%以下のいずれか1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であることを特徴とする、請求項1に記載の靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板。
【請求項3】
質量%で、
C :0.02%以上0.12%以下、
Si:0.02%以上0.35%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
P:0.0010%以上0.0100%以下、
S:0.0001%以上0.0035%以下、
Ni:2.7%以上5.0%以下、
Al:0.002%以上0.090%以下、
N:0.0001%以上0.0070%以下、
T−O:0.0001%以上0.0030%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成である鋳片あるいは鋼片を、850℃以上1300℃以下に加熱し、仕上げ1パス前温度が600℃以上850℃以下の熱間圧延を行い、空冷したのち、焼入れを行う際の加熱中において、600℃以上750℃以下の温度範囲の昇温速度を0.3℃/s以上とし、焼入れは最高加熱温度を800℃以上940℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とし、さらに焼戻しは最高加熱温度を500℃以上660℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とすることにより、旧オーステナイト円相当粒径が20μm以下であり、有効結晶粒径が12μm以下である鋼板を得ることを特徴とする、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【請求項4】
質量%で、
C :0.02%以上0.12%以下、
Si:0.02%以上0.35%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
P:0.0010%以上0.0100%以下、
S:0.0001%以上0.0035%以下、
Ni:2.7%以上5.0%以下、
Al:0.002%以上0.090%以下、
N:0.0001%以上0.0070%以下、
T−O:0.0001%以上0.0030%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成である鋳片あるいは鋼片を、850℃以上1300℃以下に加熱し、仕上げ1パス前温度が600℃以上900℃以下の熱間圧延を行い、冷却速度200℃/s以下で水冷したのち、焼入れを行う際の加熱中において、600℃以上750℃以下の温度範囲の昇温速度を0.3℃/s以上とし、焼入れは最高加熱温度を800℃以上940℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とし、さらに焼戻しは最高加熱温度を500℃以上660℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とすることにより、旧オーステナイト円相当粒径が20μm以下であり、有効結晶粒径が12μm以下である鋼板を得ることを特徴とする、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【請求項5】
質量%で、
C :0.02%以上0.12%以下、
Si:0.02%以上0.35%以下、
Mn:0.10%以上1.50%以下、
P:0.0010%以上0.0100%以下、
S:0.0001%以上0.0035%以下、
Ni:2.7%以上5.0%以下、
Al:0.002%以上0.090%以下、
N:0.0001%以上0.0070%以下、
T−O:0.0001%以上0.0030%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成である鋳片あるいは鋼片を、850℃以上1300℃以下に加熱し、仕上げ1パス前温度が600℃以上900℃以下の熱間圧延を行い、水冷停止温度を150℃以上550℃以下とする水冷を行ったのち、焼入れを行う際の加熱中において、600℃以上750℃以下の温度範囲の昇温速度を0.3℃/s以上とし、焼入れは最高加熱温度を800℃以上940℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とし、さらに焼戻しは最高加熱温度を500℃以上660℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とすることにより、旧オーステナイト円相当粒径が20μm以下であり、有効結晶粒径が12μm以下である鋼板を得ることを特徴とする、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【請求項6】
焼き入れと焼き戻しの間に、加熱温度範囲が720℃以上820℃以下、保持時間が5分以上100分以下の中間熱処理を行うことを特徴とする、請求項3乃至5に記載の靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【請求項7】
さらに質量%で、
Cu:0.01%以上2.00%以下、
Cr:0.01%以上5.00%以下、
Mo:0.01%以上1.00%以下、
B:0.0002%以上0.0500%以下、
Nb:0.001%以上0.050%以下、
Ti:0.001%以上0.050%以下、
V:0.001%以上0.050%以下、
Ca:0.0003%以上0.0300%以下、
Mg:0.0003%以上0.0300%以下、
REM:0.0003%以上0.0300%以下のいずれか1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であることを特徴とする請求項3乃至6に記載の靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板およびその製法に関するものである。この製法で製造した鋼板は、造船、橋梁、建築、海洋構造物、圧力容器、タンク、ラインパイプなどの溶接構造物一般に用いることができるが、特に−130℃程度の低温での破壊靱性が要求される低温タンクでの使用において有効である。
【背景技術】
【0002】
エタン、エチレンなどの取引の広がりとともに、液化エタン、液化エチレンなどの船舶による長距離輸送が求められている。液化エタン、液化エチレンを積載するタンクの材料として、オーステナイト系ステンレス鋼のほかに、3.5%Ni鋼などのフェライト系低温用鋼も使用可能と考えられる。しかしながら、フェライト系低温用ニッケル鋼は、歪時効による靭性低下がみられることから、この克服が実用化への鍵となる。たとえば6%のひずみ付与後に200℃で1hrの熱処理を行った材料の−130℃のシャルピー衝撃吸収エネルギーの最低値が150J以上であることが望ましい。現在の水準では、これを達成することは必ずしも容易ではない。
【0003】
フェライト系低温用ニッケル鋼の−130℃でのシャルピー衝撃吸収エネルギーに、ごく低い確率で発生する低値には、介在物が関わっていることがある。連続鋳造で製造される鋼スラブには、数μmの介在物が浮上分離せずに残存しているが、通常の清浄度であれば、そのような独立した介在物が−130℃でのシャルピー衝撃吸収エネルギーに与える影響は軽微である。しかしながら、数μmの介在物が凝集合体したクラスターを形成した場合、6%のひずみ付与後に200℃で1hrの熱処理を行った材料の−196℃のシャルピー衝撃吸収エネルギーが150J以下に低下することがある。介在物の主たるものは、アルミナ(Al
2O
3)である。アルミナクラスターは、製鋼工程において一般的に生じうる事象であり、本質的な改善は困難である。
【0004】
介在物、たとえばMnSなどの伸長介在物による害悪を軽減する方法として、クロス圧延がある。クロス圧延とは、鋼板の形状を作りこむ熱間圧延において、普通は鋼板の長手方向にのみ実施する圧延のうち、一部の圧下を鋼板の幅方向に実施するものであり、介在物がMnSの場合は鋼板長手方向のMnSの伸長が抑制されることから、試験片の長手方向が圧延幅方向と平行になるような試験片を用いたシャルピー試験において、シャルピー衝撃吸収エネルギーが改善する。
【0005】
たとえば、特許文献1、特許文献2では、クロス圧延を実施する際の幅方向圧延を未再結晶温度域で行うことで、曲げ加工性や低温靭性を改善している。しかしながら、未再結晶温度域での幅方向圧延を行った場合、圧下前のオーステナイト粒径が大きいまま未再結晶域圧延を行うこととなり、却って靭性が低下することが多く、この方法では前記の目的を達成できない。また、特許文献3には、クロス圧延を実施する際の幅方向圧延と長手方向圧延の圧下比率を規定することで等方性の高い鋼板としている。介在物の制御に関しては、この方法が有効であるものの、圧下比率の規定のみでは、シャルピー衝撃吸収エネルギーに最も影響する因子である有効結晶粒径を小さくできないため、この方法では前記の目的を達成できない。
つまり、現在の技術では、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板を提供することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4897125号
【特許文献2】特開2005−226080号公報
【特許文献3】特開2002−161341号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板およびその製造方法を提供するものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
(1)鋼が、質量%で、C:0.02%以上0.12%以下、Si:0.02%以上0.35%以下、Mn:0.10%以上1.50%以下、P:0.0010%以上0.0100%以下、S:0.0001%以上0.0035%以下、Ni:2.7%以上5.0%以下、Al:0.002%以上0.090%以下、N:0.0001%以上0.0070%以下、T−O:0.0001%以上0.0030%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であり
、旧オーステナイト粒径が20μm以下であり
、有効結晶粒径が12μm以下であり、引張強さが450MPa以上690MPa以下であることを特徴とする,靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板。
【0009】
(2)さらに質量%で、Cu:0.01%以上2.00%以下、Cr:0.01%以上5.00%以下、Mo:0.01%以上1.00%以下、B:0.0002%以上0.0500%以下、Nb:0.001%以上0.050%以下、Ti:0.001%以上0.050%以下、V:0.001%以上0.050%以下、Ca:0.0003%以上0.0300%以下、Mg:0.0003%以上0.0300%以下、REM:0.0003%以上0.0300%以下のいずれか1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であることを特徴とする、前記(1)に記載の靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板。
【0010】
(3)質量%で、C:0.02%以上0.12%以下、Si:0.02%以上0.35%以下、Mn:0.10%以上1.50%以下、P:0.0010%以上0.0100%以下、S:0.0001%以上0.0035%以下、Ni:2.7%以上5.0%以下、Al:0.002%以上0.090%以下、N:0.0001%以上0.0070%以下、T−O:0.0001%以上0.0030%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成である鋳片あるいは鋼片を、850℃以上1300℃以下に加熱し、仕上げ1パス前温度が600℃以上850℃以下の熱間圧延を行い、空冷したのち、焼入れを行う際の加熱中において、600℃以上750℃以下の温度範囲の昇温速度を0.3℃/s以上とし、焼入れは最高加熱温度を800℃以上940℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とし、さらに焼戻しは最高加熱温度を500℃以上660℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とすること
により、旧オーステナイト円相当粒径が20μm以下であり、有効結晶粒径が12μm以下である鋼板を得ることを特徴とする、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【0011】
(4)質量%で、C:0.02%以上0.12%以下、Si:0.02%以上0.35%以下、Mn:0.10%以上1.50%以下、P:0.0010%以上0.0100%以下、S:0.0001%以上0.0035%以下、Ni:2.7%以上5.0%以下、Al:0.002%以上0.090%以下、N:0.0001%以上0.0070%以下、T−O:0.0001%以上0.0030%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成である鋳片あるいは鋼片を、850℃以上1300℃以下に加熱し、仕上げ1パス前温度が600℃以上900℃以下の熱間圧延を行い、冷却速度200℃/s以下で水冷したのち、焼入れを行う際の加熱中において、600℃以上750℃以下の温度範囲の昇温速度を0.3℃/s以上とし、焼入れは最高加熱温度を800℃以上940℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とし、さらに最高加熱温度を500℃以上660℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とすること
により、旧オーステナイト円相当粒径が20μm以下であり、有効結晶粒径が12μm以下である鋼板を得ることを特徴とする、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【0012】
(5)質量%で、C:0.02%以上0.12%以下、Si:0.02%以上0.35%以下、Mn:0.10%以上1.50%以下、P:0.0010%以上0.0100%以下、S:0.0001%以上0.0035%以下、Ni:2.7%以上5.0%以下、Al:0.002%以上0.090%以下、N:0.0001%以上0.0070%以下、T−O:0.0001%以上0.0030%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成である鋳片あるいは鋼片を、850℃以上1300℃以下に加熱し、仕上げ1パス前温度が600℃以上900℃以下の熱間圧延を行い、水冷停止温度を150℃以上550℃以下とする水冷を行ったのち、焼入れを行う際の加熱中において、600℃以上750℃以下の温度範囲の昇温速度を0.3℃/s以上とし、焼入れは最高加熱温度を800℃以上940℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とし、さらに焼戻しは最高加熱温度を500℃以上660℃以下の温度範囲まで加熱し、保持時間を5分以上100分以下とすること
により、旧オーステナイト円相当粒径が20μm以下であり、有効結晶粒径が12μm以下である鋼板を得ることを特徴とする、靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【0013】
(6)焼き入れと焼き戻しの間に、加熱温度範囲が720℃以上820℃以下、保持時間が5分以上100分以下の中間熱処理を行うことを特徴とする、前記(3)乃至(5)に記載の靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【0014】
(7)さらに質量%で、Cu:0.01%以上2.00%以下、Cr:0.01%以上5.00%以下、Mo:0.01%以上1.00%以下、B:0.0002%以上0.0500%以下、Nb:0.001%以上0.050%以下、Ti:0.001%以上0.050%以下、V:0.001%以上0.050%以下、Ca:0.0003%以上0.0300%以下、Mg:0.0003%以上0.0300%以下、REM:0.0003%以上0.0300%以下のいずれか1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼組成であることを特徴とする前記(3)乃至(6)に記載の靭性に優れた低温用ニッケル含有鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、不可避的にアルミナクラスターが存在する場合でも、厚板工程の製造方法の工夫により、優れた靭性の低温用ニッケル含有鋼板およびその製造方法を提供することが可能となり、産業上の価値の高い発明であるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】熱間圧延後空冷における焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径に及ぼす圧下比と仕上げ1パス前温度の関係を示すグラフである。
【
図2】熱間圧延後水冷における焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径に及ぼす圧下比と仕上げ1パス前温度の関係を示すグラフである。
【
図3】焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径に及ぼす焼入れ時の昇温速度の影響を示すグラフである。
【
図4】ひずみ時効後の有効結晶粒径と靭性の関係を示すグラフである。
【
図5】焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径と有効結晶粒径の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明を詳細に説明する。発明者は、低温用ニッケル含有鋼板のうち、Ni含有量が2.7%以上5.0%以下の鋼板において、製鋼工程ではなく熱間圧延以降の工程でアルミナクラスターに起因する靭性低下を回避、もしくはリカバリーできないか鋭意検討した。その結果、適正な熱間圧延の後、焼入れの昇温時に600℃以上750℃以下の昇温速度をわずかに高めることで、焼入れ加熱段階のオーステナイトが大幅に微細化することを知見した。焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径の微細化は、最終的な組織、すなわち焼戻しベイナイトを主体とする組織の微細化に繋がることから、靭性を大幅に改善することができる。
【0018】
本発明において、焼入れ前の旧オーステナイト粒径を大幅に微細化するためには、2つの製造方法の組み合わせが重要である。第1点目は、焼入れ前に実施される熱間圧延の条件を適正に制御することであり、第2点目は、圧延後の焼入れの際の昇温条件を適正に制御することである。
最初に第1点目の方法、すなわち、焼入れ前に実施される熱間圧延の条件について説明する。尚、熱間圧延の条件は、熱間圧延後空冷する場合と、熱間圧延後水冷する場合で異なる。
【0019】
(1)熱間圧延後空冷する場合;
最初に、熱間圧延後空冷する場合について説明する。Niを2.7%以上5.0%以下含有する鋳片あるいは鋼片を、加熱温度を850℃以上1300℃以下とした加熱を行った後、熱間圧延を行い、以後空冷する。熱間圧延は、圧下比4以上で行い、仕上げ1パス前温度を600℃以上850℃以下とする。ここで、圧下比とは、圧延前の鋼片の厚さを、圧延後の鋼板の厚さで除した値である。また、仕上げ1パス前温度とは、圧延の最終1パスを行う直前たとえば5秒以内に測定された、鋼板表面の温度を指す。
図1には、圧延後空冷する場合において、圧下比と仕上げ1パス前温度を種々変えた実験を行い、熱処理後の鋼板を用いて推定した、焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径と仕上げ1パス前温度の関係を示す。仕上げ1パス前温度が850℃超の場合、空冷で常温まで冷却された時点での組織が粗大であるため、焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径が大きくなる。また、仕上げ1パス前温度が600℃未満では、変形抵抗が大きいため熱間圧延を実施できない。さらに、圧下比が4未満の際には、空冷後の組織が粗大になるため、焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径が大きくなる。なお、ここで旧オーステナイト円相当粒径とは、熱処理後、最終製品の鋼板の板厚中央部から採取した光学顕微鏡試料について、長手方向と厚さ方向がなす面に平行な面を研磨し、さらにピクリン酸等の腐食液により旧オーステナイト粒界を現出したのち、JISG0551に記載の方法で測定した粒度番号から算出した円相当直径をいう。
【0020】
(2)熱間圧延後水冷する場合;
次に、熱間圧延後水冷する場合について説明する。Niを2.7%以上5.0%以下含有する鋳片あるいは鋼片を、加熱温度を850℃以上1300℃以下とした加熱を行った後、熱間圧延を行い、以後水冷する。熱間圧延は、圧下比4以上で行い、仕上げ1パス前温度を600℃以上900℃以下とする。熱間圧延後、水冷の場合は、変態温度の低温化により、空冷よりも仕上げ1パス前温度上限が50℃高温で同様の微細化効果が得られる。
図2には、熱間圧延後水冷する場合において、圧下比と仕上げ1パス前温度を種々変えた実験を行い、熱処理後の鋼板を用いて推定した、焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径と仕上げ1パス前温度の関係を示す。仕上げ1パス前温度が900℃超の場合、水冷で常温まで冷却された時点での組織が粗大であるため、焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径が大きくなる。また、仕上げ1パス前温度が600℃未満では、変形抵抗が大きいため熱間圧延を実施できない。さらに、圧下比が4未満の際には、水冷後の組織が粗大になるため、焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径が大きくなる。
【0021】
焼入れの際の昇温速度;
次に、第2点目の方法、すなわち、焼入れの際の加熱中の昇温速度について説明する。
焼入れの際の加熱中の昇温速度のうち、600℃以上750℃以下の平均昇温速度を0.3℃/s以上とすることで、焼入れ前の旧オーステナイト粒径を大幅に微細化することができる。ここで、平均昇温速度とは、この場合、600℃と750℃との間の温度差150℃を、この間の昇温に要した時間で除した値である。
図3には、焼入れの昇温速度を種々変えた実験を行い、熱処理後の鋼板を用いて推定した、焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径と600℃以上750℃以下の平均昇温速度の関係を示す。焼入れ時の昇温速度が0.3℃/s以上の場合、焼入れの加熱時の旧オーステナイト粒径が小さくなる。
【0022】
ここで、昇温速度を高める温度区間を明らかにするために、200℃以上焼入れ加熱温度以下の昇温速度を0.1℃/sとした標準的な昇温を行った際の焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径を、特定の温度範囲のみ昇温速度を2℃/sに高め、その他の温度範囲の昇温速度は0.1℃/sとした3つの条件、すなわち200℃以上600℃未満のみを2℃/sとした条件、600℃以上750℃以下のみを2℃/sとした条件、750℃超焼入れ加熱温度以下のみを2℃/sとした条件での昇温時の焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径と比較した。その結果、表1に示すように、600℃以上750℃以下のみを2℃/sとして、その他の温度区間は0.1℃/sとした条件のみで、著しい焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径の微細化がみられた。このことから、昇温速度の増大によって焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径の微細化をはかる場合、600℃以上750℃以下の昇温速度を高めることが必要である。
【0024】
有効結晶粒径の微細化により、ひずみ時効後の靭性が向上する。
図4には、ひずみ時効後の靭性と、有効結晶粒径の関係を示す。本発明の鋼板においては、高い安全性の観点から、6%のひずみを付与した後に200℃で1時間熱処理をした後に試験片を採取して行った試験温度−130℃のシャルピー試験の吸収エネルギーが仕様上求められることが多く、その値は最大150Jであることから、150J以上を合格とした。この場合、有効結晶粒径は12μm以下であることが必要である。焼入れ時の旧オーステナイト粒径が微細化すると、最終的な組織も微細化する。
図5には、焼入れ、焼戻し後の有効結晶粒径と、焼入れ、焼戻し後の鋼板を用いて推定した、焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径の関係を示す。なお、ここで、有効結晶粒径とは、熱処理をすべて終了した鋼板の板厚中央部から採取した試料について、機械研磨およびひずみ除去のための化学研磨あるいは電解研磨、あるいはコロイダルシリカ等による研磨を行ったのち、EBSD(Electron
Backscatter Diffraction Pattern)により測定したデータから、方位差15°以上の界面を粒界と定義して算出した円相当直径である。
【0025】
前述の
図4のように、試験温度−130℃のシャルピー試験の吸収エネルギーが150Jを達成するために必要な有効結晶粒径は最大12μmであることから、
図5では有効結晶粒径12μm以下を合格とした。この場合、旧オーステナイト粒径は20μm以下であることが必要である。
【0026】
以下に鋼板の合金元素の範囲を規定する。
Cは、強度確保に必須の元素であるため、その添加量を0.020%以上とする。しかし、一方でC量の増大は靱性低下を招くため、その上限を0.120%とする。
【0027】
Siは、強度確保に必須の元素であるため、その添加量を0.02%以上とする。しかし、一方で0.35%超のSi添加は靭性や溶接性の低下を招くためその上限を0.35%とする。
【0028】
Mnは、強度増大に有効な元素であり、最低でも0.10%以上の添加が必要となるが、逆に1.50%を超えて添加すると焼戻し脆化感受性が高くなって靭性が低下する。よって、Mnの添加量を0.10%以上1.50%以下と規定する。
【0029】
Pは、0.0010%未満とするには精錬負荷の増大により生産性が大幅に低下し、好ましくない。また0.0100%を超えると焼戻し脆化により靭性が低下する。よって、Pの添加量を0.0010%以上0.0100%以下と規定する。
【0030】
Sは、0.0001%未満では精錬負荷の増大により生産性が大幅に低下し、好ましくない。また0.0035%を超えると靱性が低下する。よって、Sの添加量を0.0001%以上0.0035%以下と規定する。
【0031】
Niは、下限については靭性確保のため、最低でも2.7%以上の添加が必要となる。また、5.0%超では製造コストが大幅に増大する。よって、Niの添加量を2.7%以上5.0%以下と規定する。
【0032】
Alは、脱酸に有効な元素であり、最低でも0.002%以上の添加が必要となるが、逆に0.090%を超えて添加すると溶鋼再酸化を通じたアルミナクラスター形成を通じて靭性が低下する。よって、Alの添加量を0.002%以上0.090%以下と規定する。
【0033】
Nは、下限については特に規定はないものの、0.0001%未満では精錬負荷の増大によって生産性が低下するため0.0001%以上が好ましい。し、また0.0070%を超える添加では靭性が低下するため上限は0.0070%とする。よって、Nの添加量を0.0001%以上0.0070%以下と規定する。
【0034】
T−Oは、下限については特に規定はないものの、0.0001%未満では精錬負荷の増大によって生産性が低下するため0.0001%以上が好ましい。0.0030%を超えて添加するとアルミナクラスター形成を通じて靭性が低下するため上限は0.0030%とする。よって、T−Oの添加量を0.0001%以上0.0030%以下とする。
【0035】
なお、本発明では、さらに以下の元素を添加することができる。
Cuは、強度確保のため、最低でも0.01%以上の添加が必要となるが、2.00%を超えると靭性が低下する。よって、Cuの添加量を0.01%以上2.00%以下と規定する。
【0036】
Crは、焼入性の確保に有効な元素であり、最低でも0.01%以上の添加が必要となるが、逆に5.00%を超えて添加すると靭性と溶接性が低下する。よって、Crの添加量を0.01%以上5.00%以下と規定する。
【0037】
Moは、焼戻し脆化の軽減に有効な元素であり、最低でも0.01%の添加が必要となるが、逆に1.00%を超えて添加すると靭性と溶接性が低下する。よって、Moの添加量を0.01%以上1.00%以下と規定する。
【0038】
Bは、焼入性の向上に有効な元素である。0.0002%未満ではその効果が小さく、0.0500%を超える添加では靭性が低下する。よって、Bの添加量を0.0002%以上0.0500%以下と規定する。
【0039】
Nbは強度確保に有効な元素である。0.001%未満の添加では効果が小さく、0.050%超の添加では靱性の低下を招く。よって、Nbの添加量を0.001%以上0.050%以下と規定する。
【0040】
Tiは、強度確保に有効な元素である。0.001%未満の添加では効果が小さく、0.050%超の添加では靭性の低下を招く。よって、Tiの添加量を0.001%以上0.050%以下と規定する。
【0041】
Vは、強度確保に有効な元素である。0.001%未満の添加では効果が小さく、0.050%超の添加では靱性の低下を招く。よって、Vの添加量を0.001%以上0.050%以下と規定する。
【0042】
Caは、ノズル閉塞防止に有効な元素である。0.0003%未満の添加ではその効果が小さく、0.0300%超の添加では靭性の低下を招く。よって、Caの添加量を0.0003%以上0.0300%以下と規定する。
【0043】
Mgは、靱性向上に有効な元素である。0.0003%未満の添加ではその効果が小さく、0.0300%超の添加では靭性の低下を招く。よって、Mgの添加量を0.0003%以上0.0300%以下と規定する。
【0044】
REMは、靱性向上に有効な元素である。0.0003%未満の添加ではその効果が小さく、0.0300%超の添加では靭性の低下を招く。よって、REMの添加量を0.0003%以上0.0300%以下と規定する。
【0045】
なお、鋼板および溶接材料を製造する上で、添加合金を含めた使用原料または溶製中に炉材等から溶出する不可避的不純物として混入しうる、Zn、Sn、Sb等も0.002%未満の混入であれば何ら本発明の効果を損なうものではない。
【0046】
次に本発明の鋼板の製造方法について記載する。
鋼板は、連続鋳造で製造されたスラブを前記の方法で熱間圧延する方法で製造されるが、前記以外に、一般的にベイナイトを主体とする組織を微細化するために実施する下記の条件も必要になる。鋼片の加熱温度は、1300℃以上ではオーステナイトの粒成長により変態後のベイナイトを主体とする組織が粗大化すること、850℃未満では熱間圧延が困難になることから、850℃以上1300℃以下とする。
熱間圧延は、前述
図1、
図2での説明のように、圧下比4以上で行い、仕上げ1パス前温度を、その後の冷却が空冷の場合は600℃以上850℃以下、水冷の場合は600℃以上900℃以下とする。
【0047】
熱間圧延後に水冷を行う場合、水冷時の冷却速度を200℃/s超とすることは設備コストが高くなることから、水冷時の冷却速度は200℃/s以下とすることが好ましい。なお、圧延後に水冷を実施する場合、常温まで水冷することのほかに、水冷を途中停止することができる。水冷停止温度が150℃未満では、温度が不均一になり材質がばらつくこと、水冷停止温度が550℃超では、組織が粗大化することから、水冷停止温度を150℃以上550℃以下とすることも好ましい。
【0048】
圧延後は、焼入れを行う。焼入れ時の600℃以上750℃以下の昇温速度は、前述
図3での説明のように、0.3℃/s以上とする。焼入れ時の最高加熱温度は、800℃未満では未変態組織が残存して靭性が低下し、940℃超では焼入れ加熱時の旧オーステナイトが粗大化して靭性が低下する。よって、焼入れ時の最高加熱温度を800℃以上940℃以下とする。
焼入れ加熱時の保持時間は、5分以下では材質が不均一になり、100分以上では組織が粗大化して靭性が低下する。よって、焼入れ加熱時の保持時間を5分以上100分以下とする。
【0049】
なお、必要に応じて、焼入れと焼戻しの間に、中間熱処理を行うことができる。中間熱処理の加熱温度が720℃未満の場合、靭性低下し、820℃超では、中間熱処理によるオーステナイト安定化による靭性改善効果が殆ど得られないことから、中間熱処理の加熱温度を720℃以上820℃以下とすることが好ましい。
【0050】
中間熱処理の保持時間は、5分未満では逆変態がほとんど進まずに焼入れ加熱時の旧オーステナイト安定化による靭性改善効果がほとんど得られず、100分超では逆に焼入れ加熱時の旧オーステナイト分率が高くなり不安定化して靭性低下することから、中間熱処理の保持時間を5分以上100分以下とする。
【0051】
焼戻しは、500℃未満では、焼戻し脆化により靭性が低下し、660℃超では靭性が低下することから、500℃以上660℃以下で実施するのが望ましい。また、焼戻しの保持時間は、5分未満では十分な効果が得られる靭性が低下し、100分以上では生産性が低下することから、5分以上100分以下とするのが望ましい。
なお、本発明の鋼の引張強さは、当該の分野で求められる引張強さ450MPa以上690MPa以下の範囲とする。
【実施例】
【0052】
種々の化学成分、製造条件で製造した板厚13、43mmの鋼板について、引張試験およびシャルピー衝撃試験を実施した。鋼板の化学成分、焼入れ加熱時の旧オーステナイト粒径、有効結晶粒径、板厚を表2−1に、熱間圧延条件、熱処理条件、機械的特性の評価結果を表2−2に示す。焼入れ、中間熱処理、焼戻しの最高加熱温度における保持時間は、板厚13mmでは20分、板厚43mmでは40分とした。
【0053】
引張試験はJIS Z 2241に記載の金属材料引張試験方法に基づいて行った。試験片は、板厚の1/4だけ鋼板表面から内部に入った部位において、試験片の長手方向が圧延方向と垂直になるように採取した。常温で2本の試験を行った。常温で2本の試験を行い,引張強さの平均値が450MPa以上690MPa以下を合格とした。
【0054】
シャルピー衝撃試験は、予め6%のひずみを常温で付与した後、200℃で1hrの熱処理を行った鋼板から、2mmVノッチ試験片のフルサイズ試験片を、板厚の1/4だけ鋼板表面から内部に入った部位において、試験片の長手方向が圧延方向と垂直になるように、またノッチの前縁を結ぶ線が板厚方向に平行になるように採取した。試験温度−130℃で3本の試験を行い、3本の平均値が150J以上を合格とした。
【0055】
【表2-1】
【0056】
【表2-2】
【0057】
実施例1〜30に示すように、本発明に規定した成分および製造方法で鋼板を製造することにより、優れた引張強度および靭性の鋼板が得られた。
以上の実施例から、本発明により製造された鋼材である発明例実施例1〜30の鋼板は、引張強度および靭性に優れた鋼板鋼材であることは明白である。