【実施例】
【0025】
冷間加工で用いる金型の摩耗量を予測する手順(ステップ)を示すフローチャートを
図1に示した。各手順に係る具体例に示しつつ、本発明をさらに詳しく説明する。
【0026】
《シミュレーション》
(1)冷間加工
本実施例では、
図2に示すように、ダイスとパンチ(金型)で円板状(外径12mm×厚さ0.1mm)のワーク(被加工材)を円環状(内径6mm)に打ち抜く冷間加工を取り上げて説明する。ワークの材質:鉄、金型の材質:超硬合金、パンチの外径:5.95mm、ダイスの内径:6mmとした。
【0027】
(2)摩耗測定試験
冷間加工を繰り返し行い、パンチのエッジ部(円柱端部/
図3(a)参照)の摩耗状況を観察および測定した。エッジ部は、加工回数(Shot数)が増加するにつれて摩耗し、
図3(b)に示すように変形した。なお、
図3(b)に示すエッジ部の形状はレーザー顕微鏡により計測したものである。
【0028】
エッジ部の幾何学的な端点(仮想点)から、エッジ部の実際の加工面までの距離(45°方向の距離:L値/μm)を測定した。そのL値(L−value)と加工回数(Number of shots)との関係を
図3(c)にまとめて示した。
【0029】
(3)測定モデル解析
図2に示した金型(パンチとダイス)およびワークを模擬した測定モデルを作成して、その測定モデルについてFEM解析を行った(測定解析ステップ)。その一例として、パンチのエッジ部を初期形状(
図3(b)の”Initial”形状)としたときの算出結果を
図4に示した。このようなFEM解析により、摩耗量の予測対象であるパンチのエッジ部に、加工中に作用する接触面圧(Normal stress on edge)P(MPa)の時間変化と、その加工中にエッジ部がワークと接触しつつ移動する距離(すべり距離/sliding distance)D(mm)の時間変化が求まる。なお、すべり距離(D)を時間微分すると、すべり速度(V=dD/dtとなる。
【0030】
摩耗測定試験と測定モデルのFEM解析により得られた各結果を対応付けてまとめると、
図5に示すようになる。ここでは、加工回数:100万ショット毎の摩耗量を例示していた。
図5に示した「L値増分」が100万ショット毎の実摩耗量に相当する。また、FEM解析結果に示した接触面圧およびすべり距離が加工回数の増加に伴って減少している理由は、摩耗によるエッジ部の形状変化が考慮されているためである。
【0031】
(4)接触面圧の補正
上述したように、FEM解析で求まったすべり距離の推移(時間変化)から、すべり速度の推移(時間変化)も求まる。この様子を
図6に示した。各算出点間毎に求まったすべり速度が1(mm/s)となるように、時間軸を伸縮(時間補正)する。例えば、FEMの解析結果に基づいて直接的に算出されるすべり速度が0.06mm/sであるとき、すべり距離が等しくなるようにするためには、時間幅を0.06倍するとよい。同様に、FEMの解析結果から算出されたすべり速度が0.03mm/sであるとき、補正後の時間幅は0.03倍すればよい。
【0032】
このように、すべり速度が1(mm/s)となるように変更した時間軸に合わせて、接触面圧も時間補正する。こうして得られる補正面圧の一例を
図6に併せて示した。
【0033】
(5)摩耗推定式の特定
図5の対応表から2つのshots数に対応する測定結果とFEM解析結果を抽出し、それぞれの実摩耗量(L値増分)と各実摩耗量に対応する補正面圧とを組合わせて、摩耗推定式(式1)に代入する。こうして得られた二元連立方程式を数値計算により解く。これにより摩耗係数(α、β)が求まり、本実施例の冷間加工系における摩耗推定式が特定される。
【0034】
(6)予測モデル解析
測定モデル解析と同様に、
図2に示した金型(パンチとダイス)およびワークを模擬した予測モデルに基づいてFEM解析を行う。そして、加工1回毎(または所定回数毎)に、接触面圧とすべり距離(さらにはすべり速度)の時間変化を算出すると共に、そのすべり速度が1(mm/s)となるように時間補正した後の補正面圧を算出する。こうして得られた補正面圧を、既に特定されている推定式へ代入して、その加工回数時の摩耗量を算出する。こうして得られた摩耗量(累積摩耗量)を次回の摩耗量の算出に反映させる。これを繰り返すことにより、所定回数の冷間加工を行ったときの予測摩耗量(累積値)が算出される。
【0035】
なお、本実施例では、本発明の有効性確認の便宜を図るため、敢えて、測定モデルと同一な予測モデルについて予測摩耗量を算出している。しかし、通常、両モデルは異なることが多い。また、摩耗量の予測対象である冷間加工は、摩耗測定試験と加工の形態や条件が異なってもよい。
【0036】
《評価》
図1に示した冷間加工(せん断加工)を50万回(ショット)行ったときの実摩耗量と、上述した方法で特定した推定式に基づいて算出した予測摩耗量(実施例)と、従来の方法で特定した推定式(式2)に基づいて算出した予測摩耗量(比較例)とを
図7に対比して示した。
【0037】
なお、実摩耗量は、実際の冷間加工(摩耗測定試験)を20回/秒(加工速度:約650mm/s)で行ったときの値である。一方、予測摩耗量は、冷間加工を2回/秒(加工速度:約65mm/s)で行う場合を想定して算出した値である。
【0038】
図7から明らかなように、摩耗測定時と摩耗量予測時との加工速度が10倍(1/10倍)も異なる場合でも、実施例に係る予測摩耗量は実摩耗量にほぼ近く、妥当な数値となった。一方、比較例に係る予測摩耗量は、実摩耗量に対して正に桁違いに大きく乖離した数値となった。
【0039】
以上のように、本発明の方法により摩耗推定式を特定し、その摩耗推定式を用いて摩耗量を算出することにより、摩耗測定時と摩耗量予測時との加工速度が乖離しているときでも、実際の冷間加工により生じる摩耗量が適切に予測可能であることが確認できた。