(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6984493
(24)【登録日】2021年11月29日
(45)【発行日】2021年12月22日
(54)【発明の名称】高圧ガス貯蔵タンク
(51)【国際特許分類】
F17C 1/16 20060101AFI20211213BHJP
F17C 1/06 20060101ALI20211213BHJP
F17C 13/00 20060101ALI20211213BHJP
【FI】
F17C1/16
F17C1/06
F17C13/00 301Z
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2018-40521(P2018-40521)
(22)【出願日】2018年3月7日
(65)【公開番号】特開2019-157873(P2019-157873A)
(43)【公開日】2019年9月19日
【審査請求日】2020年10月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】内田 祐
(72)【発明者】
【氏名】松岡 克弥
(72)【発明者】
【氏名】金子 智徳
(72)【発明者】
【氏名】和田 眞禎
(72)【発明者】
【氏名】西原 寅史
【審査官】
杉田 剛謙
(56)【参考文献】
【文献】
特開2018−013176(JP,A)
【文献】
実開昭54−088909(JP,U)
【文献】
米国特許第5287988(US,A)
【文献】
特開2000−291888(JP,A)
【文献】
特開2017−145959(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2009/152278(US,A1)
【文献】
特開2019−184023(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F17C 1/00−13/12
F16J 12/00−13/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バルブを装着可能な口金と前記口金が圧入される折り返し部を少なくとも一端部に有する円筒状のライナーとを少なくとも備えた高圧ガス貯蔵タンクであって、
前記ライナーの前記折り返し部の内周面と前記折り返し部に圧入された前記口金の外周面との間には周方向のシール部が形成されており、前記シール部よりも前記ライナーの中心軸方向外方における前記口金の外周面には周方向に凹部または凸部が形成されており、前記折り返し部の内周面には前記口金に形成した凹部または凸部に係合可能な凸部または凹部が形成されており、
常温常圧環境下では前記凹部と凸部とは非係合状態にあり、貯蔵したガスの放出時の断熱膨張により生じる低温低圧環境下では前記折り返し部の中心軸方向への熱収縮により前記凹部と凸部とが係合可能な状態であることを特徴とする高圧ガス貯蔵タンク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧ガス貯蔵タンクに関する。
【背景技術】
【0002】
水素ガスを貯蔵するための高圧ガス貯蔵タンクは、例えば燃料電池を備えた車両等において広く用いられている。高圧ガス貯蔵タンクは、通常、バルブを装着可能な口金と、高圧水素ガスの収容部となる樹脂製のライナーと、前記ライナーの外周を覆う補強層とを備えており、前記口金は前記ライナーの一方または双方の先端開口部に装着されている。一例が特許文献1に記載されている。そこでは、ブロー成形により、成形時にライナーの先端に口金を一体化するようにしている。成形の過程で、口金の外周に設けた凹溝内にライナーを成形する樹脂の一部が入り込むことで、口金がライナーの先端開口部との間で不用意に移動するのを阻止している。
【0003】
樹脂製のライナーは、低温環境下で熱収縮する。特許文献1に記載の高圧ガス貯蔵タンクでは、口金の外周に設けた凹溝内にライナーを成形する樹脂が一体に入り込んだ状態にあることから、ライナーの熱収縮時に応力が特定箇所に集中して破損等が生じる恐れがあり、そのために、設計時に、凹溝の形状や寸法等に、慎重な配慮が求められる。
【0004】
他の形態の高圧ガス貯蔵タンクが特許文献2に記載されている。そこでは、射出成形により、先端開口部に折り返し部を有する円筒状のライナーを成形する。成形後、後作業で折り返し部内に口金を圧入する。口金は外周面に周方向の凹溝を有し、該凹溝内にOリングが挿入され、挿入したOリングと前記ライナーの折り返し部の内周面との間で、シールラインが形成される。シールラインでのシール性を維持するために、シールラインに対応する前記折り返し部の外周面に金属製リング(インサートリング)を配置している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014−238110号公報
【特許文献2】特開2010−249239号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
射出成形によりライナーを成形し、その折り返し部内に口金を後作業で圧入する製造方法は、ブロー成形によりライナーの開口部に口金を一体に固定する製造方法と比較して、設計の自由度は大きくなる。しかし、前者の製造方法で得られた高圧ガス貯蔵タンクは、低温低圧環境下におかれたときに、ライナーの収縮に起因して、ライナーと口金との間に滑りが生じる恐れがあり、滑りが生じると、口金の姿勢が不安定になる恐れがある。極端な場合には、ライナーの先端部が口金から抜ける恐れがある。それを回避するために、シールライン位置に配置する金属製リングによる締め付け強度の設定等に慎重な配慮が求められている。
【0007】
図3は、従来の高圧ガス貯蔵タンクにおいて、低温低圧環境下に生じる恐れのあるシール部の滑りを示している。
図3において、中心軸Oの左側の図は、高圧ガス貯蔵タンク1の製造時の状態、すなわち、常温常圧時での状態を示し、中心軸Oの右側の図は、高圧ガス貯蔵タンク1が低温低圧状態時(例えば−67℃/0.1MPa)での状態を示している。
【0008】
図3において、2は射出成形によって形成された円周方向に軸対称である円筒状のライナーであり、中心軸Oは、該ライナー2の中心軸である。ライナー2は、中心軸方向の端部に折り返し部3を有し、該折り返し部3には、バルブ4を備え中心軸Oを共通する口金5が挿入されている。挿入された口金5の下端部は、折り返し部3の下端部内に圧入されている。ライナー2および口金5の外周面を覆うようにして、FRP等からなる補強層6が形成され、高圧ガス貯蔵タンク1の強度を確保している。
【0009】
口金5の下端部には周方向の凹溝が形成されており、該凹溝にOリング7が挿入されている。口金5の下端部の外周面とライナー2の折り返し部3の下端部の内周面とは全周面において面接触しており、Oリング7と折り返し部3の下端部の内周面との接触によって、そこにシールラインが形成されている。折り返し部3の下端部の前記シールラインに対応する外周面には金属製リング8が装着されている。
【0010】
図3の中心軸O左側の図に示すように、常温常圧時では、口金5の外周面とライナー2の折り返し部3の外側面とは密接しており、かつ、口金5の下端部の外周面と折り返し部3の下端部の内周面も密着している。この状態にある高圧ガス貯蔵タンク1が、低温低圧環境下におかれると、円周方向に軸対称である樹脂製のライナー2は、
図3の中心軸O右側の図の矢印で示すように、高圧ガス貯蔵タンク1の中心部方向に向かい径方向および中心軸方向に収縮する。そして、圧入部の摩擦力、すなわち金属製リング7の径方向への締め付け力をも加味した、口金5の下端部の外周面とライナー2の折り返し部3の下端部の内周面との間の摩擦力が、ライナー2の中心軸方向の収縮力よりも小さくなったときに、両者間に滑りが発生し、
図3の中心軸O右側の図に示すように、ライナー2の折り返し部3の下端部は、距離hだけ、常温常圧時よりも下方に滑りながら移動したようになる。このような滑りが生じると口金5の姿勢が不安定となり、ライナー2と口金5との間のシール性も低下する恐れがある。
【0011】
なお、上記したライナー2の低温低圧環境は、高圧ガス貯蔵タンク1内に例えば35〜70MPa程度で貯蔵された高圧水素ガスが、高圧ガス貯蔵タンク1から放出されるときに生じる水素ガスの断熱膨張によって、形成される。
【0012】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、バルブを装着可能な口金と前記口金が圧入される折り返し部を少なくとも一端部に有する円筒状のライナーとを少なくとも備えた高圧ガス貯蔵タンクにおいて、低温低圧環境下においてライナーが収縮した場合であっても、口金との間でライナーに滑りが生じるのを回避し、口金の姿勢の安定性を確保できるようにした高圧ガス貯蔵タンクを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明による高圧ガス貯蔵タンクは、バルブを装着可能な口金と前記口金が圧入される折り返し部を少なくとも一端部に有する円筒状のライナーとを少なくとも備えた高圧ガス貯蔵タンクであって、前記ライナーの前記折り返し部の内周面と前記折り返し部に圧入された前記口金の外周面との間には周方向のシール部が形成されており、前記シール部よりも前記ライナーの中心軸方向外方における前記口金の外周面には周方向に凹部または凸部が形成されており、前記折り返し部の内周面には前記口金に形成した凹部または凸部に係合可能な凸部または凹部が形成されており、常温常圧環境下では前記凹部と凸部とは非係合状態にあり、貯蔵したガスの放出時の断熱膨張により生じる低温低圧環境下では前記折り返し部の中心軸方向へ熱収縮により前記凹部と凸部とが係合可能な状態であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明による高圧ガス貯蔵タンクでは、貯蔵したガスの放出時の断熱膨張により生じる低温低圧環境時にライナーに熱収縮が生じても、口金との間でのライナーに滑りが生じるのを阻止することができる。それにより、口金の姿勢の安定性が保持される。また、高圧ガス貯蔵タンクの製造時に口金をライナーに圧入するときの圧入作業にも格別の不都合をもたらすこともない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】高圧ガス貯蔵タンクを構成するライナーに口金を圧入した状態での当該高圧ガス貯蔵タンクの口金近傍の断面図であり、常温常圧時での状態を示す。
【
図2】
図1に示す構成を備えた高圧ガス貯蔵タンクが貯蔵ガスの放出時の断熱膨張により生じる低温低圧環境下にあるときの口金近傍を示す断面図。
【
図3】従来の高圧ガス貯蔵タンクにおいて、常温常圧時と低温低圧時との間でのライナーの姿勢変化を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態を、添付の図面を参照して説明する。
図1は、本実施の形態の高圧ガス貯蔵タンク100を構成するライナー10に口金20を圧入した状態での、前記口金20の近傍を断面で示しており、高圧ガス貯蔵タンク100が常温常圧時での状態を示している。
図1の状態から、口金20に図示しないバルブを装着し、さらに、ライナー10と口金20の外周面を、FRPのような補強材料で被覆することにより、高圧ガス貯蔵タンク100とされる。なお、ここで、常温常圧時とは、高圧ガス貯蔵タンク100が製造されるときの環境あるいは製造後に高圧ガスを貯蔵することなく大気環境にそのままおかれている環境である。
【0017】
ライナー10は中心軸Oを持つ円筒体であり、その中心軸方向の一端部または両端部には、中心軸Oを同じくする円錐状の折り返し部11を備えている。折り返し部11の下端部12は円筒状となっており、該円筒状の下端部12の内径は、ライナー10の本体部13の内径よりも小さい。この例で、ライナー10は、射出成形による成形品であり、素材としては、ポリアミド、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリエチレン等が用いられる。
【0018】
射出成形されたライナー10の前記した折り返し部11内に、バルブを装着可能な口金20が圧入される。
図1では、バルブの図示は省略している。口金20は、円筒状の本体部21と、該本体部21の下端部であるシール部22と、本体部21の上方部の大径のフランジ部23とを有する。前記シール部22の外径寸法は、ライナー10の折り返し部11における円筒状の下端部12の内径寸法よりもわずかに大きく、また、前記フランジ部23の外径寸法は、前記折り返し部11とライナー10の円筒状の本体部13との間の繋ぎ部14の中間部近傍に達する寸法とされている。
【0019】
成形後のライナー10の前記折り返し部11に、図で上方から口金20の本体部21を圧入する。それにより、前記シール部22の外周面と、ライナー10の折り返し部11における円筒状の下端部12の内周面とは圧着した状態となる。口金20のフランジ部23が、ライナー10の前記繋ぎ部14に乗った位置となることで、口金20はライナー10に対して装着された状態となる。
【0020】
口金20のシール部22は、その外周面に周方向の凹溝24が形成されており、該凹溝24内には、所要寸法のOリング25が嵌入されている。前記のようにライナー10の折り返し部11の円筒状の下端部12の内周面は、口金20のシール部22の外周面に圧接しており、その圧接面とOリング25とで、シールラインが形成される。有効なシール性を確保するために、ライナー10の折り返し部11の円筒状の下端部12の外周面またはその内部には、金属製リング(インサートリング)15が配置されており、該金属製リング15によってシールラインに所要の圧接力が維持される。
【0021】
ライナー10の前記下端部12と前記繋ぎ部14との間である円錐状の折り返し部11は、口金20の前記本体部21の外周面には接していない。より具体的には、ライナー10に口金20を組み付けるとき、すなわち常温常圧の状態では、ライナー10の前記折り返し部11の内周面は口金20の本体部21の外周面とは接していない。
【0022】
口金20のシール部22よりも、中心軸方向の外方部である本体部21の外周面には、周方向の係合用凹溝26が形成されている。一方、ライナー10の折り返し部11における、前記係合用凹溝26に対向する部位には、係合用凸部16が形成されている。前記したように、温常常圧の状態では、ライナー10の折り返し部11と口金20の本体部21とは接してなく、その状態で、前記係合用凸部16と係合用凹溝26とが相互に干渉しない位置と大きさに、前記係合用凸部16が形成されている。そのために、ライナー10に対して口金20を圧入するときに、係合用凹溝26と係合用凸部16が互いに干渉することはなく、口金20の圧入はスムーズに行われ、ライナー10に予期しない塑性変形等が生じるようなことはない。
【0023】
図1に示したライナー10と口金20との組み付け体に対して、その全外周面を覆うようにしてFRPのような強化材を巻き付けることで、外周補強層30(
図2参照)が形成され、それにより、高圧ガス貯蔵タンク100が完成する。製造された高圧ガス貯蔵タンク100に対して、口金20に装着したバルブを介して、ライナー10の内部に高圧のガス(例えば、水素、ヘリウム等)が供給され、供給されたガスは、高圧ガス貯蔵タンク100内に、例えば35〜70MPa程度の状態で貯蔵される。
【0024】
貯蔵した高圧ガスを高圧ガス貯蔵タンク100から放出するときに、その放出により高圧ガス貯蔵タンク100内の温度および圧力は低下する。温度の低下は放出ガスの断熱膨張に起因する。貯蔵するガスの種類やガスの放出環境によって異なるが、水素ガスの場合、高圧ガス貯蔵タンク100内の温度は例えば−70℃程度まで低下し、また、放出によって、高圧ガス貯蔵タンク100内の圧力は、0.1MPa程度まで降下する。
【0025】
高圧ガス貯蔵タンクの内部が低温になると、樹脂製であるライナー10が熱変形により、軸方向と径方向の双方向に収縮する。高圧ガス貯蔵タンク内が高圧状態の場合には、高圧ガス貯蔵タンク内圧力によりライナー10の熱収縮はある程度は抑制されるが、高圧ガス貯蔵タンク内が低圧状態となると、無視できない量の熱収縮が生じる。
【0026】
図2は、高圧ガス貯蔵タンク100において、例えば−67℃/0.1MPaの環境下で、ライナー10に熱収縮が起こった状態を示している。前記したように、ライナー10が熱収縮を起こすと、ライナー10は中心軸O方向だけでなく径方向にも収縮する。
図2に示すように、熱収縮により、一部において、ライナー10と口金20および外周補強層30との間に剥離40が生じるとともに、その収縮時の挙動により、常温常圧下での口金の圧入工程では互いに干渉しなかった口金20に形成した係合用凹溝26とライナー10に形成した係合用凸部16とは、口金20に形成した係合用凹溝26内に、ライナー10に形成した係合用凸部16が係合した状態となる。その係合により、ライナー10の軸方向下方へ向けての収縮は抑制される。その結果、熱収縮によって、口金20のシール部22の外周面とライナー10の折り返し部11の下端部12の内周面との間の摩擦力が、ライナー10の中心軸Oに向けての収縮力よりも小さくなったときでも、
図3に基づき説明したような、ライナー10が軸方向へ滑る挙動は阻止される。滑りが阻止されることで、口金20のライナー10に対する姿勢の安定性は、良好に維持される。
【0027】
なお、本発明において、低温および低圧の具体的数値は、固定した値でなく、高圧ガス貯蔵タンクの形状および容量や、ライナーの材料の種類、所蔵するガスの種類、等によって、変化する。実際の高圧ガス貯蔵タンクに対して、実験的に、あるいは計算により、それぞれ高圧ガス貯蔵タンクごとに設定される。また、高圧ガス貯蔵タンクが実際に使用される環境で起こり得る、前記低温低圧環境を考慮して、
図1に示したライナー10と口金20の隙間や、そこに形成する係合用凹溝26と係合用凸部16の大きさを設定することとなる。
なお、以上の説明では、口金20側に係合用凹溝26を、ライナー10側に係合用凸部16を、それぞれ形成するようにしたが、係合用凹溝26と係合用凸部16の形成部は逆であってもよい。しかし、ライナー10に係合用凹溝26を形成する場合には、その部位においてライナー10の厚みが薄くなることとなり、場合によっては、機械的強度が不足することが起こり得る。したがって、
図1および
図2に示した形態は、より好ましい態様といえる。
【符号の説明】
【0028】
100…高圧ガス貯蔵タンク、
O…中心軸、
10…ライナー、
11…折り返し部、
12…折り返し部の下端部、
13…ライナーの本体部、
14…繋ぎ部、
15…金属製リング(インサートリング)、
16…係合用凸部、
20…口金、
21…口金の本体部、
22…口金のシール部、
23…口金のフランジ部、
24…凹溝、
25…Oリング、
26…係合用凹溝、
30…外周補強層、
40…ライナーと口金および外周補強層との間に生じた剥離。