【文献】
新たな超高周波電磁波を用いた道路構築物欠陥診断の研究開発,道路政策の質の向上の資する技術研究開発 成果報告レポート,NO.22-4,日本,新道路技術会議,2014年06月,1-46,様式5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記解析手段は、前記構造物における応力分布が変化する原因となる構成部材の設置条件を仮定した場合に、前記仮定された設置条件の場合に前記構造物に生じる応力分布を導出可能に構成され、
前記解析手段は、前記導出した応力分布が前記測定された応力分布と略一致した場合に、前記測定された前記構造物における前記構成部材の設置条件が、前記仮定した設置条件であると判定する
ことを特徴とする請求項1に記載の健全性評価方法。
前記テラヘルツ波発信手段から出射されたテラヘルツ波を前記非金属層に照射するとともに、前記テラヘルツ波検出手段により前記非金属層を透過したテラヘルツ波の強度を検出することによって、前記非金属層における応力状態を測定して前記非金属層を光弾性法におけるひずみ検出手段として用いることにより、前記構造物における応力分布を測定する
ことを特徴とする請求項3に記載の健全性評価方法。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態による健全性評価方法について、図面を参照しつつ説明する。なお、以下の一実施形態の全図においては、同一または対応する部分には同一の符号を付す。また、本発明は以下に説明する実施形態によって限定されるものではない。
【0015】
まず、本発明による健全性評価方法を説明するにあたり、本発明の理解を容易にするために、本発明の原理について説明する。なお、一実施形態においては、代表的な構造物として橋梁の鈑桁を例に説明する。鈑桁には桁や床版などの自重によって発生する死荷重と称される荷重が存在する。鈑桁には、死荷重と橋脚部に設けられた鈑桁を支持する装置(以下、支承)の設置条件または支持条件に対応して、設計上想定されている死荷重応力分布が存在する。一方、経年劣化などによってピンによって支持される支承が正しく回転しなくなった場合や、ローラによって支持される支承が正しく移動しなくなった場合など、支承の設置条件に異常が生じた場合には、死荷重応力分布に変化が生じる。
【0016】
そこで、測定対象としての鈑桁における死荷重応力分布を測定して、設計上想定されている死荷重応力分布と対比することができれば、両者の間に大きな乖離が存在した場合に、鈑桁に異常が生じていると判断できる。さらに、鈑桁の支承における支持条件を種々の条件に変更して、支持条件を調整した解析を行うことによって、支持条件に応じた死荷重応力分布を導出する。測定された鈑桁における死荷重応力分布を、解析によって導出された死荷重応力分布と比較して、両者が一致した場合、導出された死荷重応力分布における支持条件が、測定された鈑桁における支持条件であると判定することが可能になる。これにより、測定された鈑桁のどの部位にどのような異常が発生しているかを特定することができる。発生している異常と、異常の発生している部位を特定できれば、鈑桁における適切な部位に対して適切な補修を施すことが可能になる。以下に説明する本発明は、以上の鋭意検討により案出されたものである。
【0017】
次に、以上説明した原理に基づいた、本発明の一実施形態による健全性評価方法について説明する。
図1および
図2はそれぞれ、鋼製の橋梁における鈑桁のウエブ面の死荷重応力分布の正常状態および異常状態の一例を示す図である。
【0018】
図1に示すように、鋼製の橋梁の鈑桁30は、ウエブ30aおよびフランジ30bを有して構成される。鈑桁30の両側は、一方の端部を支持する例えばピン・ローラ型支承からなる支承31と、他方の端部を支持する例えばピン・固定型支承からなる支承32によって支持される。支承31,32が、いずれも正常状態であって、設計仕様通りに機能している場合、鈑桁30のウエブ30aの面に発生する応力分布は、圧縮応力33aおよび引張応力33bの応力分布が、設計で想定されている応力分布と一致する。これに対し、
図2に示すように、支承31,32の少なくとも一方が機能不全になっている異常状態であって、設計仕様通りに機能していない場合には、圧縮応力33aや引張応力33bの応力分布が、設計で想定されている応力分布(
図1参照)と乖離する。
【0019】
そのため、ウエブ30aにおいて死荷重によって発生する死荷重応力分布を測定して、設計上想定されている死荷重応力分布と対比した場合に、測定した死荷重応力分布が設計上想定されている死荷重応力分布と乖離していた場合、異常状態であると判断できる。また、異常状態においては、支承31,32の少なくとも一方が機能不全になっている可能性が高い。
【0020】
(応力分布の測定方法)
上述した正常状態および異常状態を判断するためには、鈑桁30に生じる応力分布を測定する必要がある。以下に、橋梁のウエブ30aにおける応力分布を測定するための応力分布の測定方法について説明する。
【0021】
通常、構造物は部材の保護のために、表面が耐環境性に優れた塗料や樹脂などによって被覆される。これらの代表的なものとして、塗装や塗覆装等の、鋼製の構造物が腐食しないように保護する防食層としての非金属層がある。これらの非金属層は通常、部材の表面に密着している。したがって、非金属層は部材に準じて変形するため、構造物を構成する金属基体としての鋼などにひずみが生じると、表面に密着している非金属層にも同様にひずみが生じる。非特許文献1に基づいた本発明者の知見によれば、金属基体のひずみと表面の非金属層のひずみとはほぼ一致する。したがって、非金属層のひずみを測定することによって、金属基体のひずみを評価することができるので、金属基体の応力状態も評価できる。
【0022】
従来、樹脂やガラスなどの透明な材料の応力を評価する方法として、光弾性法が知られている。
図7は、従来の光弾性法による応力測定方法を説明するための光弾性応力測定装置の概略構成を示す図である。
【0023】
図7に示すように、従来の光弾性応力測定装置100は、互いに直線状に配置された、可視光源101、第1偏光板102、λ/4波長板103,104、第2偏光板105、およびカメラ106を有して構成される。なお、必要に応じてさらにレンズなどが設けられる。これらのうちの第1偏光板102と第2偏光板105とは、互いの偏光方向が90°(π/2)異なるように設けられている。一方、λ/4波長板103,104は互いの主軸方向が90°異なるように設けられている。その上で、第1偏光板102の偏光方向とλ/4波長板103の主軸方向とは互いに、45°(π/4)異なるように設けられている。同様に、λ/4波長板104の主軸方向と第2偏光板105の偏光方向は互いに、45°異なるように設けられている。応力が測定される光弾性体からなる測定対象物110は、可視光に対して透明な例えばエポキシ樹脂などからなる。測定対象物110は、λ/4波長板103,104の間の所定位置に配置される。
【0024】
光弾性応力測定装置100によって測定対象物110に生じる応力を測定する場合には、まず、可視光源101から可視光を出射させる。可視光源101から出射された可視光は、第1偏光板102によって直線偏光となった後、λ/4波長板103によって円偏光となる。円偏光となった可視光は、測定対象物110に入射して測定対象物110の応力場に起因する複屈折によって位相差δを生じ、楕円偏光となる。なお、楕円偏光は円偏光である場合を含む。ここで、複屈折により生じる位相差δは、以下の(1)式に示すように、測定対象物110の主応力差(σ
1−σ
2)に比例する。
δ=2πCt(σ
1−σ
2)/λ …(1)
なお、λは使用する光の波長、Cは測定対象物110の材料の光弾性係数、tは測定対象物110の厚さである。
【0025】
測定対象物110を透過した光は、λ/4波長板104によって直線偏光になった後、第2偏光板105を通過した偏光成分が、カメラ106によって撮像される。これにより、測定対象物110に生じた位相差に依存した画像が、カメラ106によって撮像可能となって、測定対象物110の応力状態が観察可能になる。カメラ106によって撮像された画像は、測定対象物110における明暗模様の光弾性縞の画像として得られる。得られた明暗模様の光弾性縞は等色線と言われる。撮像された等色線を観察することによって、測定対象物110の厚さtと光弾性係数Cとから光弾性パラメータとしての主応力差(σ
1−σ
2)を導出することができる。
【0026】
一方、
図7に示す光弾性応力測定装置100において、λ/4波長板103,104を取り除いた構成にすることによって、さらに主応力方向を測定することができる。すなわち、光弾性応力測定装置100において、可視光源101からカメラ106の間の光軸上から、λ/4波長板103,104を取り外した状態にする。この構成においては、可視光源101から出射した可視光が、第1偏光板102を通過して直線偏光に偏光された後、測定対象物110に入射する。ここで、第1偏光板102の偏光方向、すなわち直線偏光の偏光方向と主応力方向とが一致している場合には、直線偏光は偏光方向が変化することなく測定対象物110を透過する。測定対象物110を透過した光は、第1偏光板102の偏光方向と平行な直線偏光であることから、第2偏光板105をほとんど透過しない。この場合、第2偏光板105を透過した光を観測すると、測定対象物110において等傾線と言われる暗線が発現する。一方、第1偏光板102の偏光方向と主応力方向とが一致していない場合には、測定対象物110を透過する光には複屈折によって位相差δが生じるため、測定対象物110を透過した光は楕円偏光になって、第2偏光板105によって偏光されて透過する。透過する光の強度は、第1偏光板102の偏光方向と主応力方向との角度の差に応じて変化する。これにより、第1偏光板102と第2偏光板105とを、互いの偏光方向が90°異なった状態を維持しながら測定対象物110に入射する可視光の偏光方向の角度が変化するように回転させると、カメラ106によって撮像される光に明暗が生じて、第1偏光板102の回転角度に対応して光弾性縞が撮像される。カメラ106によって撮像された光弾性縞の画像に基づいて、測定対象物110における主応力方向を導出することができる。
【0027】
以上のようにして、光弾性応力測定装置100により光弾性パラメータとしての主応力差(σ
1−σ
2)および主応力方向を検出することができる。主応力差(σ
1−σ
2)および主応力方向が得られると、例えば、せん断応力差積分法により、測定対象物110における主応力成分σ
1,σ
2をそれぞれ分離した状態で導出することが可能になる。主応力成分σ
1,σ
2および主応力方向(最大主応力方向)が得られれば、測定対象物110の状態、すなわち測定対象物110の健全性を詳細に評価可能となる。
【0028】
ところが、上述した従来の光弾性応力測定装置100を用いた光弾性法による応力の測定においては、可視光源101から出射する可視光を使用しているため、測定対象物110としては、可視光を透過可能な透明材料からなるものに限定されていた。これに対し、実際の構造物などに対して防食のために使用される塗装や塗覆装を構成する樹脂材料は、可視光に対して不透明であることから、可視光を用いた光弾性法を適用することが困難であった。
【0029】
そこで、本発明者は、可視光に代えて電磁波の一種であるテラヘルツ波を用いることを想到し、テラヘルツ波を用いた光弾性法による健全性評価方法について検討を行った。テラヘルツ波は、非特許文献2に記載のように、樹脂などの非金属材料に照射するとほとんどが透過する一方、金属材料に照射するとほとんどが反射する性質を有する。本発明者は、テラヘルツ波が有する性質に着目して、ひずみによって電磁波の複屈折現象が生じる光弾性法の原理と併用することによって、可視光に対して不透明な非金属層である樹脂においてもひずみを測定可能であることを想到した。さらに、本発明者は、非金属層のひずみを評価することによって、その下層の鋼材などの対象物のひずみを評価できることを見いだした。このような方法を、本明細書において「テラヘルツ波光弾性法」と言う。すなわち、本発明者は、テラヘルツ波を用いることによって、構造物の表面に密着した防食層などの樹脂からなる非金属層を、構造物のひずみを測定するためのひずみセンサとして用いることを想到した。すなわち、非金属層をひずみ検出手段としての機能させることを想到した。上述した本発明者の鋭意検討によるテラヘルツ波光弾性法を用いて、非金属層のひずみを測定することにより、構造物の任意の位置におけるひずみを非接触で測定可能になる。さらに、本発明者は、テラヘルツ波は、金属材料に照射するとほとんどが反射することから、反射を用いたテラヘルツ波光弾性法なども可能であることを想到した。この一実施形態による応力分布の測定に用いられる応力測定装置は、以上の本発明者による鋭意検討によって構成されたものである。
【0030】
(応力分布測定装置)
図3は、本発明の一実施形態による応力分布測定装置の構成を示す図である。
図3に示すように、一実施形態による応力分布測定装置としての応力測定装置1は、解析制御部10、テラヘルツ波発信器11、およびテラヘルツ波検出器12を備える。一実施形態において測定の対象となる鋼製の鈑桁30などの構造物(以下、鋼構造物15)は、金属基体としての鋼材15aの表面に、塗装や塗覆装などの各種の樹脂からなる非金属層の防食層15bが設けられて構成されている。
【0031】
応力測定装置1は、テラヘルツ波L
1を偏光させて鋼構造物15の表面に照射可能に構成されているとともに、鋼構造物15を反射したテラヘルツ波L
2を偏光させた後に検出可能に構成された反射型のテラヘルツ波計測装置から構成される。すなわち、応力測定装置1は、テラヘルツ波発信手段とテラヘルツ波検出手段とを兼ね備える。ここで、テラヘルツ波は、1テラヘルツ(1THz=10
12Hz)前後、具体的には、100GHz〜10THz(10
11〜10
13Hz)オーダーの周波数領域である、いわゆるテラヘルツ領域に属する電磁波である。テラヘルツ領域は、光の直進性と電波の透過性を兼ね備えた周波数領域である。なお、一実施形態においてテラヘルツ波の周波数は、防食層15bの材質や厚さなどの条件に応じて選択することが可能であり、防食層15bでのテラヘルツ波の減衰度(透過度)によって選択してもよい。
【0032】
テラヘルツ波発信手段としてのテラヘルツ波発信器11は、例えば共鳴トンネルダイオード(RTD:Resonant Tunneling Diode)などを備えたテラヘルツ波発生素子11a、半球レンズ11b、コリメートレンズ11c、および対物レンズ11dを有して構成される。なお、共鳴トンネルダイオードの代わりに、光伝導アンテナ(PCA:Photo Conductive Antenna)を用いてもよい。テラヘルツ波発信器11における発信側には、発信側直線偏光手段としての第1偏光板13a、および発信側位相変換手段としてのλ/4波長板14aが設けられている。なお、直線偏光手段は、電磁波に対して位相変換を行う位相変換手段として機能する。第1偏光板13aの偏光方向とλ/4波長板14aの主軸方向とは互いに、45°異なるように設けられている。なお、テラヘルツ波発信器11、第1偏光板13a、およびλ/4波長板14aは、直線状に配置された光学系を構成しているが、必ずしも直線状に配置される場合に限定されず、テラヘルツ波L
1を反射する反射ミラーなどをさらに備えて、テラヘルツ波を屈曲させる光学系であってもよい。テラヘルツ波発信器11、第1偏光板13a、およびλ/4波長板14aからなる発信光学系は、テラヘルツ波L
1の直線偏光であるテラヘルツ波L
1pを、鋼構造物15の面に対して所定角度αで照射可能に構成されている。
【0033】
テラヘルツ波検出手段としてのテラヘルツ波検出器12は、例えばRTDからなるテラヘルツ波検出素子12a、半球レンズ12b、および集光レンズ12cを有して構成される。テラヘルツ波検出器12は、テラヘルツ波検出素子12aによってテラヘルツ波の反射波(テラヘルツ波L
2,L
2p)を受信可能な状態で、応力測定装置1に設けられている。テラヘルツ波検出器12における検出側には、検出側偏光手段としての第2偏光板13b、および検出側位相変換手段としてのλ/4波長板14bが設けられている。λ/4波長板14bの主軸方向と第2偏光板13bの偏光方向とは互いに、45°異なるように設けられている。
【0034】
第1偏光板13aと第2偏光板13bとは互いに、偏光方向が90°異なるように設けられている。ここで、第1偏光板13aと第2偏光板13bとの偏光方向が90°異なるように設けられているとは、λ/4波長板14a,14bが設けられておらず、かつ複屈折現象が生じる部材が設けられていない状態で、第1偏光板13aによって直線偏光にされた後、偏光状態が変わることなく所定の面を反射したテラヘルツ波が、第2偏光板13bを透過しない状態になることである。また、上述した第1偏光板13aおよび第2偏光板13bとの関係から、λ/4波長板14a,14bは互いの主軸方向が90°異なっている。
【0035】
以上のように構成された応力測定装置1において、少なくともテラヘルツ波発信器11、テラヘルツ波検出器12、第1偏光板13a、第2偏光板13b、およびλ/4波長板14a,14bからなるテラヘルツ波光学系は、一体として鋼構造物15に対して相対的に走査可能に構成される。これにより、応力測定装置1は、鋼構造物15の表面の所定範囲を走査しつつ、テラヘルツ波L
1を照射可能、かつ反射されたテラヘルツ波を検出可能に構成されている。なお、応力測定装置1のテラヘルツ波光学系を鋼構造物15の表面に対して相対的に走査させる走査機構としては、従来公知の種々の走査機構を採用することができ、さらには手動で走査させることも可能である。
【0036】
解析手段および制御手段としての解析制御部10は、信号増幅部10a、バイアス生成部10b、ロックイン検出部10c、および解析処理部10dを備える。解析制御部10は、テラヘルツ波発信器11に対する各種制御を行う。また、解析制御部10は、テラヘルツ波検出器12によって検出されたテラヘルツ波の信号に対して、各種処理を行う。信号増幅部10aは、テラヘルツ波検出器12によって検出された信号を増幅し、テラヘルツ波受信データとしてロックイン検出部10cに出力する。バイアス生成部10bは、バイアス電圧を生成してテラヘルツ波発生素子11aおよびテラヘルツ波検出素子12aをバイアスすることによって、発信するテラヘルツ波、または検出されたテラヘルツ波を、バイアス電圧に応じて変化させる。テラヘルツ波発生素子11aおよびテラヘルツ波検出素子12aによって発信または検出されたテラヘルツ波は、微弱な場合もある。この一実施形態においては、発信または検出されたテラヘルツ波が微弱である場合の例を示し、テラヘルツ波の検出にはロックイン検出が用いられる。ロックイン検出の際、テラヘルツ波発信器11においては、テラヘルツ波発生素子11aのバイアス電圧として変調された参照信号が用いられることにより、テラヘルツ波の検出信号のノイズ成分が除去される。これにより、発信または検出されたテラヘルツ波が微弱であっても、検出を精度良く行うことができる。解析手段としての解析処理部10dは、検出されたテラヘルツ波受信データを格納する所定の記録部(図示せず)を備えるとともに、テラヘルツ波受信データに対して解析処理を行う。さらに、解析処理部10dの記憶部(図示せず)には、上述した鈑桁30などが正常状態である場合の死荷重応力分布のデータが格納されている。
【0037】
(主応力差の測定方法)
次に、以上のように構成された応力測定装置1による応力の測定について説明する。上述したように、鋼構造物15は鋼材15aの鋼面15asに防食層15bが設けられている。鋼材15aは、橋梁や配管などの構造物において一般的に用いられる代表的な材料である。なお、鋼構造物15としては、例えば塗覆装を有する鋼構造物のほか、アルミニウム(Al)やステンレス鋼(SUS)などの金属基体の所定の面を下地として、下地の上層に非金属層が形成された種々の物体とすることができる。
【0038】
防食層15bは、下地の鋼材15aにおける鋼面15asの防食層として機能し、接着剤なども含む。防食層15bは、鋼材15aの鋼面15asに密着して設けられている。そのため、防食層15bが施された鋼材15aに応力に起因してひずみが生じると、生じたひずみのほとんどが防食層15bに伝播し、防食層15bにも鋼材15aに準じたひずみが発生する。そのため、鋼構造物15においてあらかじめ、従来公知の方法、例えば引きはがし試験等により、防食層15bが鋼材15aの鋼面15asに密着した状態であるか否かの検査を行う。
【0039】
防食層15bが鋼面15asに密着した状態の鋼構造物15において、応力測定装置1のテラヘルツ波発信器11から防食層15bの表面15bsに向けてテラヘルツ波L
1を出射する。具体的には、テラヘルツ波発生素子11aにおいて発生したテラヘルツ波は、半球レンズ11b、コリメートレンズ11c、および対物レンズ11dを介して、テラヘルツ波L
1として出射される。ここで、発信されるテラヘルツ波L
1は、典型的には連続的に発信されるテラヘルツ連続波であるが、断続的に発信されるテラヘルツパルス波やトーンバースト波であってもよい。
【0040】
テラヘルツ波発信器11から発信されたテラヘルツ波L
1は、第1偏光板13aによって直線偏光にされる。第1偏光板13aを通過した直線偏光のテラヘルツ波は、λ/4波長板14aを透過して円偏光となる。円偏光となったテラヘルツ波L
1pは、所定角度αの入射角で鋼構造物15の防食層15bに入射する。上述したように、防食層15bには下層の鋼材15aのひずみに準じたひずみが生じている。そのため、防食層15bに入射したテラヘルツ波L
1pは、防食層15b内においてひずみに応じた複屈折が生じつつ鋼面15asによって完全反射される。鋼面15asにおいて完全反射したテラヘルツ波L
2は、防食層15b内においてひずみに応じた複屈折が生じつつ、表面15bsから出射される。
【0041】
表面15bsから出射したテラヘルツ波L
2は、複屈折により位相差δを生じて楕円偏光または円偏光になっており、λ/4波長板14bを透過して直線偏光となった後、第2偏光板13bによって偏光される。偏光されたテラヘルツ波L
2pは、テラヘルツ波検出器12によって検出される。これにより、防食層15bを透過したテラヘルツ波の楕円率であって、防食層15bにおける複屈折によって生じた位相差に依存したテラヘルツ波の強度が、テラヘルツ波検出器12によって検出される。
【0042】
以上のように、テラヘルツ波検出器12によって検出されたテラヘルツ波L
2pの強度は、防食層15bの主応力差(σ
1−σ
2)に比例した物理量になる。他方で、防食層15bの光弾性係数および厚さをあらかじめ計測しておく。その上で、テラヘルツ波L
2pの強度を検出すると、テラヘルツ波L
2pの強度、光弾性係数、および厚さから、防食層15bの主応力差(σ
1−σ
2)を導出できる。上述したように、防食層15bのひずみは下層の鋼材15aのひずみに準じている。そのため、防食層15bの主応力差(σ
1−σ
2)が求まると、この主応力差から防食層15bの主ひずみ差(ε
1−ε
2)を導出できる。防食層15bの主ひずみ差(ε
1−ε
2)は、鋼面15asの主ひずみ差と等価になるので、鋼材15aの各種パラメータに基づいて、鋼面15asの主応力差(σ
1′−σ
2′)を導出できる。すなわち、導出された防食層15bの主応力差(σ
1−σ
2)から、鋼材15aの主応力差(σ
1′−σ
2′)を導出できる。これらの導出は、解析制御部10の解析処理部10dなどにより実行される。
【0043】
さらに、上述した走査機構によって、上述したテラヘルツ波光学系を鋼構造物15の表面に沿って所定範囲を走査させる。これにより、鋼構造物15の表面15bsの所定範囲において、防食層15bのひずみに応じたテラヘルツ波の強度分布が、テラヘルツ波検出器12によって検出される。テラヘルツ波検出器12によって検出されたテラヘルツ波の強度分布は、防食層15bにおけるテラヘルツ波の光弾性縞の等色線の分布として得られる。上述したように、得られた防食層15bにおける光弾性縞の等色線の分布は、鋼材15aにおける等色線の分布と同等になる。すなわち、防食層15bは、鋼材15aのひずみの主応力差(σ
1−σ
2)の検出に関するひずみセンサとして機能する。このひずみセンサとしての防食層15bにおけるひずみの状態を、テラヘルツ波を用いて検出することによって、鋼材15aのひずみの状態を測定することが可能となる。
【0044】
(主応力方向の測定装置)
上述した構造物である鋼材15aに生じる主応力方向が不明である場合、主応力差(σ
1−σ
2)の測定に加えて、主応力方向を測定する必要がある。
図4は、主応力方向を測定するための、一実施形態による応力測定装置の他の構成を示す図である。
【0045】
図4に示すように、応力測定装置2は、応力測定装置1において、λ/4波長板14a,14bが設けられていない構成を有する。また、応力測定装置2は、応力測定装置1における第1偏光板13aおよび第2偏光板13bに対応して、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bがそれぞれ設けられている。第1偏光板21aおよび第2偏光板21bはそれぞれ、互いに同径の円盤状の偏光板から構成されているとともに、円盤状の外周部分に互いに同じピッチの外歯が形成された円盤ギヤ形状を有する。
【0046】
応力測定装置2において、第1偏光板21aと第2偏光板21bとの間には、偏光板同期回転機構22が設けられている。偏光板同期回転機構22は、旋回ヘッド22a、ギヤボックス22b、および偏光板同期回転ギヤ22cを有して構成される。旋回ヘッド22aは、従来公知のギヤボックス22bを介して偏光板同期回転ギヤ22cに接続されている。旋回ヘッド22aを回転軸Oの回りで回転させることにより、ギヤボックス22b内の複数のギヤを介して、偏光板同期回転ギヤ22cが回転される。偏光板同期回転ギヤ22cの外周部分には、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bの外周部分の外歯と噛み合う外歯が形成されている。偏光板同期回転ギヤ22cの外歯と、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bの外歯とが噛み合うことにより、偏光板同期回転ギヤ22cの回転に伴って、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bが同じ回転方向に回転する。ここで、第1偏光板21aの外径と第2偏光板21bの外径とは互いに同径である。そのため、旋回ヘッド22aを回転させて偏光板同期回転ギヤ22cを回転させると、第1偏光板21aと第2偏光板21bとは、偏光方向が所定の偏光方向、ここでは90°の角度だけ異なった状態を維持しながら、同じ回転方向に回転する。その他の構成は、応力測定装置1と同様である。
【0047】
(主応力方向の測定方法)
次に、上述した応力測定装置2を用いた主応力方向の測定方法について説明する。すなわち、
図4に示すように、テラヘルツ波発信器11から出射したテラヘルツ波L
1は、第1偏光板21aを通過して直線偏光に偏光された後、鋼構造物15の防食層15bに入射される。防食層15bに入射したテラヘルツ波L
1pは、鋼材15aの鋼面15asによって完全反射されて防食層15bを透過して出射される。この状態で、偏光板同期回転ギヤ22cを回転させて、第1偏光板21aと第2偏光板21bとを、互いの偏光方向が90°異なった状態を維持しながら回転させる。
【0048】
第1偏光板21aと第2偏光板21bとの回転に伴って、第1偏光板21aの偏光方向、すなわち直線偏光のテラヘルツ波L
1pの偏光方向と防食層15bの主応力方向とが一致する状態が生じる。この状態においてテラヘルツ波L
1pは、直線偏光が変化することなく防食層15bを透過する。テラヘルツ波L
1pはさらに、鋼面15asで反射されて防食層15bを透過する。防食層15bを透過したテラヘルツ波L
2は、第1偏光板21aの偏光方向に沿った直線偏光である。そのため、テラヘルツ波L
2は、第1偏光板21aの偏光方向に対して90°異なる偏光方向の第2偏光板21bをほとんど透過せず、第2偏光板21bを透過したテラヘルツ波L
2pの強度は極小になる。この場合、第2偏光板21bを透過したテラヘルツ波L
2pを観測すると、防食層15bにおいてテラヘルツ波L
2pの強度が極小となる等傾線と言われる暗線が発現する。
【0049】
第1偏光板21aの偏光方向と防食層15bの主応力方向とが一致した場合、テラヘルツ波L
2は第2偏光板21bをほとんど透過しない。すなわち、
図4に示すX軸およびY軸と第2偏光板21bとにおいて、第2偏光板21bを透過したテラヘルツ波L
2pが極小になった場合に、第2偏光板21bの偏光方向、および、第2偏光板21bの偏光方向に対して直交する方向が主応力方向になる。これにより、防食層15bの主応力方向を導出することができる。
【0050】
一方、第1偏光板21aの偏光方向と主応力方向とが不一致の状態の場合、防食層15bに入射したテラヘルツ波L
1pは、防食層15bで生じる複屈折によって位相差が生じる。そのため、防食層15bから出射したテラヘルツ波L
2は楕円偏光または円偏光になっている。楕円偏光のテラヘルツ波L
2は第2偏光板21bを透過して直線偏光に偏光される。直線偏光のテラヘルツ波L
2pは、テラヘルツ波検出器12によって検出される。この状態におけるテラヘルツ波L
2pの強度は、上述した第1偏光板21aの偏光方向と防食層15bの主応力方向とが一致した場合のテラヘルツ波L
2pの強度に比して大きくなる。
【0051】
以上の状態の変化に基づいて、テラヘルツ波検出器12によって検出されるテラヘルツ波L
2pの強度は、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bが90°回転する間に、極大と極小が交互に発現する。これにより、主応力方向が導出されると、従来公知の方法によって、鋼材15aの形状や外力の作用条件などに基づいて、最大主応力成分σ
1の主応力方向を導出することができる。
【0052】
さらに、上述した走査機構(図示せず)によって、少なくともテラヘルツ波発信器11、テラヘルツ波検出器12、第1偏光板21a、および第2偏光板21bを一体とした第2テラヘルツ波光学系を、鋼構造物15の表面に沿って所定範囲を走査させる。これにより、テラヘルツ波検出器12によって、鋼構造物15の所定範囲において防食層15bの主応力方向に沿ったテラヘルツ波L
2pの強度分布が検出される。テラヘルツ波検出器12によって検出されたテラヘルツ波L
2pの強度分布は、防食層15bにおけるテラヘルツ波の等傾線として得られる。防食層15bは鋼材15aの鋼面15asに密着しているので、得られた光弾性縞の等傾線は、鋼材15aにおける等傾線になる。すなわち、防食層15bは、鋼材15aのひずみの主応力方向の検出に関するひずみセンサとして機能する。
【0053】
以上の方法に基づいて、主応力差(σ
1−σ
2)および主応力方向が導出される。必要に応じて、従来公知のせん断応力差積分法によって、導出された主応力差(σ
1−σ
2)と主応力方向とに基づき、主応力成分σ
1,σ
2を互いに分離した形で導出可能である。これらの導出は、解析制御部10の解析処理部10dなどにより実行される。防食層15bにおける主応力成分σ
1,σ
2や主応力方向など光弾性パラメータが判明すると、防食層15bの弾性定数などに基づいて、防食層15bのひずみを導出できる。上述したように、通常、防食層15bと下層の構造物を構成する鋼材15aとは密着状態であり、防食層15bのひずみは鋼材15aのひずみに準じている。したがって、防食層15bのひずみとして得られた鋼材15aのひずみと鋼材15aの弾性係数とに基づいて、鋼材15aに生じる応力を導出できる。
【0054】
すなわち、応力測定装置1,2によって、テラヘルツ波を用いてひずみセンサとなる防食層15bのひずみの状態を検出することによって、鋼材15aのひずみの状態を測定可能となる。これにより、主応力成分σ
1,σ
2および主応力方向が導出されると、鋼構造物15の応力状態、すなわち測定対象物である鋼材15aの応力状態を測定できる。換言すると、テラヘルツ波光弾性法によって防食層15bの応力状態を導出することによって、最終的に下層の鋼材15aの応力状態を導出して、鋼構造物15に生じている応力分布を測定することが可能となる。
【0055】
(変形例)
次に、上述した一実施形態による主応力差の測定方法および主応力方向の測定方法の変形例について説明する。すなわち、
図4に示す応力測定装置2において、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bは、偏光方向が90°異なった状態を維持しながら同じ回転方向に回転する。この場合、任意の偏光方向の位置での検出強度と,その位置から第1偏光板21aおよび第2偏光板21bを偏光方向が90°異なった状態を維持しながら45°回転させた位置でのテラヘルツ波L
2pの強度を検出し、検出された2つのテラヘルツ波L
2pの強度を加算することによって、主応力差(σ
1−σ
2)を求めることも可能である。
【0056】
より詳細には、任意の偏光方向で検出される光の強度I
1は、以下の(2)式に示すように、複屈折により生じる位相差δと主応力方向と偏光方向とのなす角度φに依存する。
I
1=A
2sin
22φ・sin
2(δ/2) …(2)
なお、Aは入射光の振幅である。
【0057】
さらに、光の強度I
1が検出された位置から、第1偏光板21aおよび第2偏光板21bを、互いの偏光方向が90°異なった状態を維持しながら、45°回転させた位置において検出される光の強度I
2は、(3)式に示すようになる。
I
2=A
2sin
22(φ+π/4)・sin
2(δ/2) …(3)
【0058】
以上のように検出された光の強度I
1,I
2を合成すると、合成された光の強度Iは、以下の(4)式に示すように、主応力方向と偏光方向とのなす角度φに依存しない。
I=I
1+I
2=A
2sin
2(δ/2) …(4)
これは、光弾性法において、円偏光を用いた場合と同じ結果が得られることを意味する。これにより、応力測定装置2によって、防食層15bの主応力方向と主応力差(σ
1−σ
2)とをともに導出可能になる。その他の構成は、上述した一実施形態と同様である。
【0059】
(健全性評価方法)
次に、以上のようにして測定された鈑桁30からなる鋼構造物15の応力分布は、鈑桁30の死荷重応力分布となる。そこで、以上のように測定される鈑桁30の死荷重応力分布に基づいた鈑桁30を支持する支承31,32の健全性評価方法について説明する。
図5は、一実施形態による健全性評価方法の一例を説明するためのフローチャートである。
図5に示すフローチャートは、鋼製の橋梁における健全性の評価から補修対象の絞り込みを行うまでの処理を示し、例えば解析制御部10における解析処理部10dによって実行される。
【0060】
図5に示すように、まず、ステップST1において、上述した応力測定装置1,2などを用いて、橋梁の鈑桁30における死荷重応力分布を測定する。次に、ステップST2に移行して解析処理部10dは、記憶部に格納されている正常状態における死荷重応力分布(以下、設計応力分布)のデータと、ステップST1において測定された死荷重応力分布(以下、測定応力分布)のデータとの比較を行う。その後、ステップST3に移行する。
【0061】
ステップST3において解析処理部10dは、設計応力分布と測定応力分布との間に乖離があるか否かを判定する。解析処理部10dが、設計応力分布と測定応力分布との間に乖離はなく互いに略一致していると判定した場合(ステップST3:No)、ステップST10に移行して、現状の鈑桁30の応力分布は正常状態であって、支承31,32の状態も正常状態であると判定して、健全性診断処理を終了する。一方、ステップST3において解析処理部10dが、設計応力分布と測定応力分布との間に乖離があると判定した場合(ステップST3:Yes)、ステップST4に移行する。
【0062】
ステップST4において解析処理部10dは、支承31,32の条件を仮定して、応力分布の計算による導出を行う。これは、設計応力分布と測定応力分布との間に乖離がある場合、橋梁の鈑桁30において、何らかの異常が生じていると考えられるためである。この点、鈑桁30や床版の重量が経年的に大きく変化する可能性は極めて低い。そのため、設計応力分布と測定応力分布との乖離の原因は、支持している支承31,32の機能の異常に起因していると考えられる。ここで、支承31,32の設置条件を変更する方法の一例について説明する。
【0063】
一実施形態において、鈑桁30の一方の端部を支持する支承31は、例えばピン・ローラ型支承からなり、回転可能かつ水平移動可能に構成されている。鈑桁30の他方の端部を支持する支承32は、例えばピン・固定型支承からなり、回転可能かつ固定状態に構成されている。そこで、解析処理部10dは、支承31の回転の自由度のデータを設計仕様に対してX%、水平移動の自由度のデータを設計仕様に対してY%だけ減少させるように変更する。これとともに、解析処理部10dは、支承32の回転の自由度のデータを設計仕様に対してZ%減少させるように変更する。支承31,32における自由度を設計仕様に対して減少させるのは、支承31,32における機能が低下した状態を再現するためである。その後、解析処理部10dは、支承31,32における自由度が変更されたデータに基づいて、鈑桁30に生じる死荷重応力分布を導出する。解析処理部10dが計算によって導出した死荷重応力分布(以下、計算応力分布)のデータは、解析処理部10dの記憶部に格納される。
【0064】
その後、ステップST5に移行して、解析処理部10dは、計算応力分布のデータと測定応力分布のデータとの比較を行う。その後、ステップST6に移行する。ステップST6において解析処理部10dは、計算応力分布と測定応力分布との間に乖離があるか否かを判定する。解析処理部10dが、計算応力分布と測定応力分布との間に乖離があると判定した場合(ステップST6:Yes)、ステップST7に移行する。
【0065】
ステップST7において解析処理部10dは、支承31,32における条件を変更する。すなわち、解析処理部10dは、支承31,32における自由度のデータを、ステップST4において変更した自由度のデータと異なるデータに変更する。具体的には、支承31において、回転の自由度に関するX%、水平移動の自由度に関するY%、および支承32において回転の自由度に関するZ%のうちの少なくとも1つの値を変更して、自由度のデータを変更する。その後、ステップST4に復帰する。ステップST4〜ST7の処理は、ステップST6において解析処理部10dが、計算応力分布と測定応力分布との間に乖離がないと判定するまで繰り返し実行される。
【0066】
ステップST6において解析処理部10dが、計算応力分布と測定応力分布との間に乖離はなく互いに略一致していると判定した場合(ステップST6:No)、ステップST8に移行する。ステップST8において解析処理部10dは、実際の支承31,32の状態と、ステップST4またはステップST7において仮定したデータに基づいた支承31,32の状態とが一致していると判定する。すなわち、解析処理部10dは、計算応力分布で仮定した支承31,32の自由度の状態が、実際の支承31,32における異常状態での自由度の状態であると判定する。
【0067】
その後、ステップST9に移行すると、解析処理部10dは、ステップST8において判定した支承31,32の状態に基づいて、異常が生じている支承31,32と、支承31,32における不良事象を導出する。これにより、解析処理部10dは、補修対象にすべき支承31,32、および不良事象を確定する。以上により、健全性診断処理を終了する。
【0068】
(構造物の補修処理方法)
その後、以上の健全性診断処理によって導出された、補修対象にすべき支承31,32、および不良事象に基づいて、補修の状態を確認しつつ、鈑桁30からなる鋼構造物15の補修を行う。
図6は、一実施形態による構造物の補修処理方法の一例を示すフローチャートである。
【0069】
図6に示すように、まず、ステップST11において、上述した補修対象にすべき支承31,32に対する不良事象に基づき、補修作業者などが補修を行う。その後、ステップST12において所定の管理者または解析処理部10d(以下、管理者と総称する)が、補修の効果を確認する必要があるか否かを判定する。管理者が、補修の効果を確認する必要は無いと判定した場合(ステップST12:No)、ステップST16に移行して、補修が完了したと判定して、補修処理を終了する。
【0070】
一方、ステップST12において管理者が、補修の効果を確認する必要があると判定した場合(ステップST12:Yes)、ステップST13,ST14,ST15を順次実行する。ステップST13,ST14においては、上述した健全性診断処理におけるステップST1,ST2と同様にして、応力測定装置1,2などを用いて再度、鋼構造物15における死荷重応力分布を測定した後、設計応力分布と測定応力分布とを比較する。ステップST15においては、上述したステップST3と同様にして、解析処理部10dが設計応力分布と測定応力分布との間に乖離があるか否かを判定する。ステップST15において解析処理部10dが、設計応力分布と測定応力分布との間に乖離があると判定した場合(ステップST15:Yes)、ステップST17に移行する。
【0071】
ステップST17においては、ステップST14において行われた設計応力分布と測定応力分布との比較に基づいて、管理者が補修工事の内容を調整して、ステップST18に移行して、追加の補修工事を行う。その後、ステップST12に復帰する。ステップST12〜ST15,ST17,ST18の処理は、ステップST15において設計応力分布と測定応力分布との間に乖離はなく略一致していると判定される(ステップST15:No)まで、繰り返し実行される。
【0072】
ステップST15において解析処理部10dが、設計応力分布と測定応力分布との間に乖離はなく互いに略一致していると判定した場合(ステップST15:No)、ステップST16に移行する。ステップST16においては、補修後の鋼構造物15の死荷重応力分布は正常状態であることから、支承31,32の状態も正常状態であることから、補修が完了したと判定して、補修処理を終了する。以上により、一実施形態による補修処理が終了する。
【0073】
以上説明した一実施形態による健全性評価方法によれば、設計応力分布と測定応力分布との間に乖離があるか否かを判定し、乖離があると判定した場合に、支承31,32の設置条件を変更して計算応力分布を導出し、計算応力分布と測定応力分布との間に乖離がなく互いに略一致するまで、支承31,32の設置条件を繰り返し仮定していることにより、鈑桁30などの鋼構造物15における健全性を定量的に測定して評価することが可能となる。
【0074】
以上、本発明の一実施形態について具体的に説明したが、本発明は、上述した一実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。例えば、上述の一実施形態において挙げた応力測定装置1,2の構成はあくまでも例に過ぎず、テラヘルツ波を用いて構造物の表面に密着した非金属層の主応力差および主応力方向を測定可能な構成であれば、必要に応じてこれと異なる構成の装置を用いてもよい。また、本発明は、上述した実施形態による本発明の開示の一部をなす記述および図面により限定されない。
【0075】
例えば、上述した一実施形態においては、橋梁の鈑桁30などの支承31,32の健全性を診断しているが、健全性の診断対象となる構造物としては、必ずしも鈑桁30および支承31,32に限定されるものではない。具体的にはパイプラインなどの構造物を健全性の診断対象とすることも可能である。パイプラインなどにおいては、管軸方向に水平移動するように設計されたサポート部や、熱応力などを吸収するために設置された伸縮継手などが設けられている。これらのサポート部や伸縮継手が正常に機能していない場合、パイプラインの全体にわたって応力分布に変化が生じる。この場合、上述した一実施形態による健全性診断処理によって、応力分布の変化を測定して設計による応力分布と比較することによって、補修箇所および補修すべき機能を特定でき、最適な補修を行うことが可能になる。さらに、構造物としては、橋梁の鈑桁30やパイプライン以外にも、ガントリークレーン(橋形クレーン)などのクレーンや、プラントの配管などであってもよく、種々の構造物とすることが可能である。
【0076】
また、上述した一実施形態においては、支承の自由度の変更を3つのパラメータとして行っているが、必ずしも3つのパラメータに限定されるものではなく、1つ以上の変更可能なパラメータであって、鋼構造物15において応力分布の変化を生じさせるものであれば、任意のパラメータを設定することが可能である。
【0077】
例えば、上述した一実施形態においては、鈑桁30における死荷重応力分布を測定する方法として、テラヘルツ波光弾性法を用いたが、必ずしもテラヘルツ波光弾性法に限定されるものではない。すなわち、テラヘルツ波光弾性法以外に、X線応力測定法、磁気ひずみ法、パルクハウゼンノイズ法、音弾性法などの各種非破壊応力測定法や、部分的な切り取りによる応力開放法や盲穴法などの、ひずみゲージを用いた準非破壊的な測定方法を採用することも可能である。また、応力が発生する原因として、死荷重に限定されるものではなく、載荷試験などによって重量物を載置した場合に生じる応力を測定するようにしてもよい。
【0078】
例えば、上述した一実施形態においては、鋼構造物15に対してテラヘルツ波をスポット的に照射して、鋼材15aの鋼面15asによってスポット的に反射させているが、必ずしもスポット的に照射および反射に限定されない。例えば、テラヘルツ波発信器11の代わりに、テラヘルツ波を面状に出射可能なテラヘルツ波光源を用いるとともに、テラヘルツ波検出器12の代わりに、テラヘルツ波L
2pを面状の分布として検出可能なテラヘルツ波検出アレイなどを用いることも可能である。この構成によれば、測定対象物としての鋼構造物15における鋼材15aの応力分布、すなわち主応力差(σ
1−σ
2)と主応力方向とを導出して、評価することが可能になる。
【0079】
例えば、上述した一実施形態においては、応力測定装置2において、第1偏光板21aと第2偏光板21bとを互いの偏光方向が90°異なった状態を維持しながら回転させるための機構として、偏光板同期回転機構22を用いているが、必ずしもこの機構に限定されるものではない。第1偏光板21aと第2偏光板21bとを互いの偏光方向が90°異なった状態を維持しながら回転させることが可能であれば、従来公知の種々の回転機構を採用することが可能である。
【0080】
例えば、上述した一実施形態においては、応力測定装置1,2において、テラヘルツ波を鋼構造物15に向けて出射するための光学系と、鋼面15asで反射されたテラヘルツ波を検出するための光学系とを光軸が異なる非同軸とした構成にしているが、必ずしも非同軸に限定されない。具体的には、ハーフミラーなどを用いることによって、テラヘルツ波を出射する光学系と反射されたテラヘルツ波を検出する光学系とを、光軸が重なる同軸とした構成にすることも可能である。
【0081】
また、上述した一実施形態において、鋼構造物15の鋼材15aに生じる主応力方向が、形状や設計などによって明確である場合がある。この場合、上述のように得られた主応力差(σ
1−σ
2)と、形状や設計などによって明確である主応力方向とに基づいて、従来公知のせん断応力差積分法によって、主応力成分σ
1,σ
2を互いに分離した形で求めることが可能になる。これらの導出は、解析制御部10の解析処理部10dなどにより実行される。主応力成分σ
1,σ
2および主応力方向が導出されることによって、鋼構造物15の状態、すなわち測定対象物である橋梁の鈑桁30の荷重応力分布を詳細に測定することが可能となる。さらに、鋼材15aにおいて生じる応力が一軸応力場の場合、または一軸応力場に近い状態の応力場である場合、主応力差(σ
1−σ
2)は、ほぼ最大主応力成分σ
1とみなすことができる。この場合、せん断応力差積分法によって主応力差(σ
1−σ
2)から主応力成分σ
1,σ
2を分離させる導出処理が省略可能になる。すなわち、主応力差(σ
1−σ
2)を測定するのみで、鈑桁30における死荷重応力分布を詳細に測定することが可能となる。