【実施例】
【0035】
以下、実施例を示して本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0036】
<GST−Httタンパク質及びHisタグ−Ku70タンパク質の調製>
まず、インビトロにおける単一分子蛍光分光法によるスクリーニング工程において使用するGST−Httタンパク質及びHisタグ−Ku70タンパク質を調製した。
(GST−Httベクター及びHis−Ku70ベクターの構築)
110又は20CAGリピートを含むヒトHtt遺伝子エクソン1のcDNAをpGEX−3X(GEヘルスケア社製)にサブクローニングした。
マウスKu70 cDNAは、5’−AAAGGATCCATGTCAGAGTGGGAGTCCTA−3’プライマー(配列番号6)及び5’−AAACTCGAGTGTTCTTCTCCAAGTGTCTGA−3’プライマー(配列番号7)を用いて、RIKEN full−length enriched mouse cDNAライブラリーから増幅し、pET28(a)(クロンテック社製)のBamHI部位及びXhoI部位にサブクローニングした。
【0037】
(GST−Httタンパク質及びHisタグ−Ku70タンパク質の発現及び精製)
GST−Httタンパク質のためのプラスミド及びHisタグ−Ku70タンパク質のためのプラスミドは、大腸菌ロゼッタ(DE3)(Novagen社製)のコンピテントセルに形質転換した。
形質転換細胞は37℃、200rpmでシェーカーで培養した。波長600nmにおけるODが0.3に達したときに、IPTG(1.0mMの最終濃度)を添加し、さらに37℃2時間200rpmでインキュベートした。
大腸菌細胞を遠心分離により回収し、GST−Httタンパク質については0.1%Tween20、0.1%リゾチーム(Sigma社)、及び1/500プロテアーゼ阻害剤カクテルIII−EDTAフリー(Calbiochem社製)を含むPBS20ml中で溶菌し、Hisタグ−Ku70タンパク質については、10mMイミダゾール、1%トリトンX−100、及び1/500プロテアーゼ阻害剤カクテルIII−EDTAフリー(pH8.0)を含むPBS20ml中で溶菌した。
【0038】
出力レベル6(超音波ホモジナイザー:UH−50、SMT社製)を使用して懸濁液を1分間隔で15秒間7回超音波処理し、4℃で20分間12,000×gで遠心分離した。
GST−Httタンパク質については、0.1%Tween20を含有するPBSで平衡化した50%グルタチオンセファロース4B(GEヘルスケア社製)の4mlに上清を混合し、Hisタグ−Ku70タンパク質については、0.1%Tween20を含有するPBSで平衡化したNi−NTAアガロース(Qiagen社)の4mlに上清を混合した。その後、4℃で3時間ゆっくり回転した。GST−Htt懸濁液は、0.1%Tween20を含有するPBS32ml(pH8.0)で洗浄したグルタチオンセファロース4Bカラムに4℃で適用し、4℃で0.1%Tween20を含むPBS中10mMグルタチオン4mlで重力流により4回溶出した。
Hisタグ−Ku70懸濁液は、1%トリトンX−100を含有するPBS中20mMイミダゾール32ml(pH8.0)で洗浄したNi−NTAアガロースカラムに4℃で適用し、250mMイミダゾール中の10mMグルタチオン4mlで重力流により4回溶出した。
各画分を、0.01%Tween20を含有するPBSの2Lで2回、4℃で12時間透析し、撹拌した。
タンパク質標識キット(488nm及び633nm)(オリンパス社製)を用いて精製されたKu70タンパク質を蛍光色素で標識した。
【0039】
<第1スクリーニングとしての単一分子蛍光分光法によるインビトロスクリーニング>
室温で共焦点レーザー顕微鏡を使用して384ウェルのガラス底プレートの40μl/ウェルのサンプルの単一分子蛍光を検出するMF20(オリンパス社製)を用いて蛍光強度分布解析分極(FIDA−PO)分析及び蛍光相関分光法(FCS)分析を行った。
各サンプルは、0.01%Tween20及び1%DMSOを含有するPBS中5nMの蛍光標識Ku70タンパク質を含有した。
FIDA−PO及びFCSの取得したデータはボンフェローニ/ダン検定を用いて分析した。合計で、東京医科歯科大学のケミカルバイオロジースクリーニングセンター(http://mechpc5.tmd.ac.jp:3000/cbdb)からの19,468種の化合物を第1スクリーニングとしてスクリーニングした。
その結果のトップ177を第2スクリーニングである、再度の単一分子蛍光分光法によるインビトロスクリーニングに供した。
【0040】
<インシリコスクリーニング>
全てのドッキングシミュレーションは、ディスカバリースタジオ2.5(Dassault Systems BIOVIA社製)及び市販化合物のデータベースChemical Available Purchase(CAP)2006(Dassault Systems BIOVIA社製)を用い、LibDockを使用して行った。
ポリ(アミノ酸)の構造(10残基以下)は、「Build and Edit Protein」コマンドを使用して生成し、ディスカバリースタジオ3.0における結合シミュレーションに使用した。
DNAに結合したKuヘテロダイマーの結晶構造(PDB ID:1JEY)を、構造バイオインフォマティクス研究コラボレート(RCSB)タンパク質データバンク(PDB)からダウンロードし、単離されたKu70の結晶構造は複合体(1JEY)からインポートした(http://www.rcsb.org/pdb/explore/explore.do?structureid=1JEY)。
【0041】
図2(a)は、様々な長さのポリQと、Ku70タンパク質の様々なセグメント(サイト1〜26)との間の分子ドッキングシミュレーションを行った。
結果を
図2(a)、(b)に示す。
Ku70タンパク質のN末端領域であるサイト4は、変異HttExon1と相互作用することが知られている(非特許文献2)。
図2(a)から明らかなように、N末端領域であるサイト4にある窪みにポリQが結合することがわかった。
【0042】
図2(b)に示した結果から明らかなように、6Qはサイト4に対し最も親和性が高く、ポリQの長さが短いほど、親和性が低くなることがわかる。
7Q以上の長さのポリQはソフトウエアのアルゴリズムの限界と思われる原因によりシミュレートし得なかった。
図2(c)は、サイト4に対する1〜10残基の様々なポリアミノ酸のLibDockスコアを示す図であり、(d)は様々な長さのポリHのLibDockスコアを示す図である。
図2(c)及び(d)から明らかなように、7Hが最もサイト4に対して親和性が高いポリアミノ酸であることがシミュレートされた。
【0043】
上記結果に基づき、上記仮想ライブラリーからの3,010,121種の化合物のサイト4に対する親和性をLibDockスコアに基づきスクリーニングした。
その結果のトップ20を第2スクリーニングの単一分子蛍光分光法によるインビトロスクリーニングに供した。
<第2スクリーニングとしての単一分子蛍光分光法によるインビトロスクリーニング>
第1スクリーニングとしての単一分子蛍光分光法によるインビトロスクリーニングと同様な方法により第1スクリーニングで選抜された化合物を更にスクリーニングした。
その結果、59種の化合物が選抜された。
【0044】
<第3スクリーニングとしてのハエスクリーニング>
59種の化合物のうちの3種は合成困難であったことから、56種について、以下の第3スクリーニングとしてのショウジョウバエHDモデルを用いたインビボスクリーニングに供した。
(ハエの調製)
全てのハエは、特に断りのない限り、コーンミール培地(9.2%コーンミール、3.85%酵母、3.8%スクロース、1.05%酒石酸カリウム、0.09%塩化カルシウム、7.6%グルコース、2.416%のnipagin、1%寒天)で飼育し、12時間:12時間の明暗サイクルで25℃湿度60%±10%で維持した。
UAS−Htt103Qトランスジェニックハエ及びOK6−Gal4トランスジェニックハエ(Tamura,T.et al.Ku70 alleviates neurodegeneration in Drosophila models of Huntington’s disease.PLoS One6,e27408(2011).)を交配して、F1処女雌ハエを、寿命のスクリーニングに供した。
スクリーニングのための化合物又はペプチドは、5mMで蒸留水又はエタノールに溶解させ、9倍量のコーンミール培地で500μMの最終濃度になるように均一に混合した。
対照培地として蒸留水又はエタノールのみ加えた。
20匹の処女雌ハエは、バイアルごとに維持し、2〜3日ごとに新鮮な培地を使用した新しいバイアルに移した。死んだハエの数を2〜3日ごとに定量した。
【0045】
(統計)
ハエモデルの寿命アッセイ及び後述のマウスモデルの寿命アッセイのために、ログランク検定を用いた。他の生物学的分析は、データが正規分布に従うとみなされ、平均±標準誤差として表した。スチューデントt−検定は2群比較(化学処理群対PBS適用群)のために適用した。多重グループの比較のため、チューキーのHSD検定またはDunnettの比較を適用した。有意水準1%又は5%に設定した。
【0046】
結果を
図3に示す。
図3に示したように、6の化合物で寿命延長効果がみられた。
すなわち、p<0.01でのログランク検定での寿命延長効果が、7H、アンジオテンシンIII、ケンプチド酢酸塩で見られた。
また、p<0.05でのログランク検定での寿命延長効果が、7Q、LH−RH4−10ペプチド断片、ノルジヒドログアイアレチン酸
エステルで見られた。
寿命の延長は長くはなかったが、再現性ある結果であった。
結果を下記表1にまとめる。
【表1】
【0047】
<第4スクリーニングとしてのマウスHDモデルを用いたスクリーニング>
上記6化合物のうち、7H、アンジオテンシンIII、LH−RH4−10ペプチド断片を第4スクリーニングとしてのマウスHDモデルを用いたスクリーニングに供した。
(マウスの体重試験)
上記化合物を50μg/g体重で腹腔内注入し体重変化を測定した。
結果を
図4(a)に示す。
図4(a)から明らかなように、R6/2マウスは約9週齢で体重が減少に転じた。
この体重減少は死ぬまで続くが、7H、アンジオテンシンIIIの投与により体重減少が抑制されていることがわかる(各週齢でp<0.01又はp<0.05)。
【0048】
(マウスの運動機能試験)
マウスは、12時間の明/暗サイクル(午前8:00に点灯し午後8:00に消灯)で22℃で維持し、水及び標準飼料ペレット(クレア齧歯類ダイエットCE−2、日本クレア社製)を自由に摂取させた。ログランク検定を用いて生存曲線を分析した。
ロータロッド試験のために、マウスをロータロッド(軸径:3.2cm、車線幅5.7cm、高さ落下16.5cm;ファイブステーションロータロッドスタンドアロンフォアマウス、ENV−577M、MEDアソシエイツ社製)上に置き、回転速度を300秒間に0rpmから35rpmまで直線的に増加し、(4〜12週齢のマウス用に)追加の60秒間35rpmに維持した。
マウスに対し3日間連続の3回の試験を行った。
【0049】
結果を
図4(b)に示す。
図4(b)から明らかなように、7Hは運動機能の改善がみられるが、アンジオテンシンIIIは運動機能の明白な改善は見られなかった。
【0050】
(R6/2トランスジェニックマウスへの被験物質投与による寿命延長試験)
雄のR6/2マウス及びそれらのバックグラウンドマウス(CBA/J)は、12時間の明/暗サイクル(午前8:00に点灯し午後8:00に消灯)で22℃に維持し、各実験の開始に先立って、水及び標準飼料ペレット(クレア齧歯類ダイエットCE−2、日本クレア社製)を自由に摂取させた。
PBSに溶解した化合物を3週齢から週一回の50μg/g体重でマウスに腹腔内注射した。生存率をログランク検定を用いて分析した。
【0051】
結果を
図4(c)に示す。
図4(c)から明らかなように、7H及びアンジオテンシンIIIはいずれも寿命延長効果がみられた(p<0.05)。
一方、LH−RH4−10ペプチド断片については、3回の試験では寿命延長効果は確認できなかった。
結果を表2にまとめる。
【表2】
【0052】
<動的光散乱(DLS)による神経変性疾患タンパク質の異常凝集の動態変化の確認>
(DLS分析(1))
DLSは、ゼータサイザーμV機器(マルバーン社製)で、化合物の存在下及び非存在下でハンチンチンの凝集の時間経過をモニターした。10μMのタンパク質を、6日間PBS緩衝液中で25℃で各3種の化合物500μMとともにインキュベートし、そのDLSシグナルを数時間毎に記録した。用語「Z平均サイズ」は、「凝集の指標(ISO−22412:2008)」として適用した。各測定は4回繰り返し、4回の測定の平均値を算出した。
結果を
図5に示す。
図5中、対照は化合物非存在下10μMのGST−HttExon1−110Qである。
No.1は500μMの7H存在下であり、No.2は500μMのアンジオテンシンIII存在下であり、No.3は500μMの黄体形成ホルモン放出ホルモン断片4−10存在下である。
【0053】
図5に示した結果から明らかなように、7H、アンジオテンシンIII、黄体形成ホルモン放出ホルモン断片4−10存在下はいずれも、GST−HttExon1−110Qの最終的な凝集産物の分子量を著しく増加させることがわかる。また、インキュベーションの初期段階の間では、凝集体形成のプロセスは、化合物の存在下では遅いのに対し、より大きな凝集が進むにつれ急速に分子量が増加することが分かる。
驚くべきことに、ハエ及びマウスHDモデルにおいてHD予防ないし治療効果を示した7H及びアンジオテンシンIIIがHttの凝集を阻害するよりはむしろ促進していることがわかる。
以上から、7H、アンジオテンシンIIIのように、GST−HttExon1−110Qの凝集の動態を少なくとも変化させることにより、神経疾患に対する予防又は治療剤候補になるといえる。
【0054】
(DLS分析(2))
ゼータサイザーμV機器(マルバーン社製)を用いて、
図6(a)に示すようにタウタンパク質における244〜369番目のアミノ酸残基からなる微小管結合ドメイン(MBD)における306〜337番目のR3イソフォームペプチド断片の凝集の時間経過を化合物の存在下及び非存在下でモニターした。
用いたR3イソフォームペプチド断片は以下の通りである。
フルオレセイン−V
306QIVYKPVDLSKVTSKCGSLGNIHHKPGGGQ
336−NH
2(配列番号8)
【0055】
10μMのR3イソフォームペプチド断片(分子量3.6kDa)を、9日間、50mMトリス−塩酸、pH8、1mMヘパリンを含有する緩衝液中で25℃で各3種の化合物500μMとともにインキュベートし、そのDLSシグナルを数時間毎に記録した。
結果を
図6(b)に示す。
図6(b)中、対照は化合物非存在下10μMのR3イソフォームペプチド断片である。
No.1は500μMの7H存在下であり、No.2は500μMのアンジオテンシンIII存在下であり、No.3は500μMの黄体形成ホルモン放出ホルモン断片4−10存在下である。
図6(b)に示した結果から明らかなように、7H存在下のNo.1は、R3イソフォームペプチド断片の凝集が対照に対して1/10に抑制されているのに対し、アンジオテンシンIII存在下のNo.2は、R3イソフォームペプチド断片の凝集が対照に対して4〜10倍増加していることが分かる。また、黄体形成ホルモン放出ホルモン断片4−10存在下のNo.3は、R3イソフォームペプチド断片の凝集が対照とほぼ同程度であることが分かる。
以上から、7H、アンジオテンシンIIIは少なくとも、タウタンパク質の凝集の動態を変化することが分かり、アルツハイマー型認知症、FTLD等の神経疾患に対する予防又は治療剤候補であるといえる。
【0056】
<神経変性疾患タンパク質の異常凝集を伴って発症する神経疾患に対する予防又は治療効果の確認>
7H及びアンジオテンシンIII、及びLH−RH4−10ペプチド断片について、ヒトHD患者のiPS細胞から分化した初代ニューロンの形態学的異常に対する治療効果を確認した。
(iPS細胞の培養)
201B7は、RIKEN BRC(https://ja.brc.riken.jp)に由来する。HD患者のCS92iHD−57n9のiPS細胞はコーリエル医学研究所で樹立していた(https://catalog.coriell.org)。
【0057】
(iPS細胞の核型分析)
iPS細胞の生成中発生する可能性がある異常核型の可能性を排除するためにiPS細胞株(201B7及びCS92iHD−57n9)の標準的なG−バンディング分析を実施した。
【0058】
(iPS細胞のインビトロ分化)
Chaddah,R.,Arntfield,M.,Runciman,S.,Clarke,L.&van der Kooy,D.Clonal neural stem cells from human embryonic stem cell colonies. J Neurosci 32,7771−7781(2012)に準じてiPS細胞の神経分化を行った。
簡単に述べると、iPS細胞が10cmの皿に播種し3μMのSB431542、3μMのCHIR99021及び3μMのデソモルヒネとともに5日間超維持した。次に、iPS細胞は、フィーダー層から剥離し、単一細胞に解離し、20ng/mlのbFGF、10ng/mLのhLIF、10μMのY27632、3μMのCHIR99021及び2μMのSB431542を伴う2×B27補充KBM培地(KHOJIN BIO社製)で10cmの細胞撥皿内で懸濁培養条件で培養しニューロスフェアを形成した。
ニューロスフェアは2回継代し、接着培養法(B27及びグルタマックスを補充したDMEM/F12)を用いて、神経細胞に分化した。ニューロンは、ポリ−L−オルニチン被覆カバーガラス及びポリ−L−リジン被覆カバーガラスに14−21日間付着させた。
【0059】
(iPS細胞及び分化細胞の免疫染色)
細胞を、氷上で15分間、4%パラホルムアルデヒドを含有するPBSで固定し、以下のタンパク質に対する一次抗体とインキュベートした。:SSEA1(1:1000、Abcam社、ab16285)、Nanog(1:200、RCAB0004PF、リプロセル社)、βIIIチューブリン(1:1000、T8660シグマケミカル社)、αSMA(1:150、M085101、ダコ社)、及びSOX17(1:500、ab84990、アブカム社)。
次いで、細胞をPBSで洗浄し、アレクサフルオロ488結合二次抗体、アレクサフルオロ555結合二次抗体、又はアレクサフルオロ647結合二次抗体(1:500、Invitrogen社製)とインキュベートした。
【0060】
図7(a)に示した結果から明らかなように、分化7日目には、7H、アンジオテンシンIII、及びLH−RH4−10ペプチド断片はいずれも、神経突起長が改善したことがわかる。
また、
図7(b)に示した結果から明らかなように、分化14日目で樹状突起の長さ及び分岐点数の回復が確認された。
また、
図7(c)に示した結果から明らかなように、分化14日目にPSD95を使用した免疫細胞化学により7H及びアンジオテンシンIIIの添加によりスパイン密度が回復したことを明らかになった。
しかし、
図7(d)に示した結果から明らかなように、
図5に示したDLSの結果から予想されたように、7H、アンジオテンシンIII、及びLH−RH4−10ペプチド断片の投与群は、Htt包含体陽性神経細胞数は減少しなかった。
以上から、Htt包含体形成とは無関係にヒト神経細胞に対する7H、アンジオテンシンIII、及びLH−RH4−10ペプチド断片のHD治療効果が確認された。
【0061】
<後発性変異Httノックインマウス(以下、変異Htt−KIマウスともいう。)の運動機能障害のスフィンゴシン−1−フォスフェートによる回復>
変異Httノックインマウス(Wheeler, V.C., Auerbach, W., White, J.K., Srinidhi, J., Auerbach, A., Ryan, A., Duyao, M.P., Vrbanac, V., Weaver, M., Gusella, J.F. et al. (1999) Length−dependent gametic CAG repeat instability in the Huntington’s disease knock−in mouse. Hum. Mol.Genet., 8, 115−122.)を使用して、69週目(60週付近の症状発症後2か月以上後)にスフィンゴシン−1−フォスフェート(以下、S1Pともいう。)を髄腔内連続注射(200mM、0.15μl/時間)を開始した。
結果を
図8及び9に示す。
図8及び9中、データは平均±標準誤差として示した。チューキー検定におけるp値:*はp<0.05、**はp<0.01。図中n.s.は有意差なし。
WT(対照:C57BL/6)マウスは、上記と同じプロトコルでPBSの髄腔内注射を受けたマウスである。
図8から明らかなように、S1Pで一週間後に劇的な効果が観察され、改善は73週の観察まで継続された。注目すべきことに、処理後に運動機能の衰退が発生しなかったことがわかる。
【0062】
ヒッポ(Hippo)シグナル伝達は、進化的に保存された経路で、細胞密度のレベルの変化に応じて、細胞分裂、アポトーシス及び器官の大きさを制御し得る。比較的低い細胞密度の状態では、転写活性化補助因子であるYAPとTAZが転写因子に結合して、細胞の増殖と分裂に有利に働く遺伝子の発現を誘導し得る(Yu, F.X. and Guan, K.L. (2013) The Hippo pathway: regulators and regulations. Genes Dev., 27, 355−371.)。
ヒッポ経路はMstとLatsを活性化し、その後、YAPをリン酸化し、YAPの核移行を防止する。これは、ヒッポ経路の活性化が、細胞増殖及び生存を阻害することを意味する(Harvey, K. and Tapon, N. (2007) The Salvador−Warts−Hippo pathway−an emerging tumour−suppressor network. Nat. Rev. Cancer, 7, 182−191.)。
【0063】
図9(a)は、YAPのシグナル強度を、各グループの4匹のマウスからの100ニューロンにおいて定量した結果、各グループの4匹のマウスからの線条体における10視野から%Htt包含体陽性細胞を定量した結果を示す図である。
【0064】
図9(a)から明らかなように、核YAPのシグナル強度は、WT(C57BL/6)マウスと比較して変異Htt−KIマウスの線条体ニューロンで減少した。
一方、S1Pの投与は核YAPシグナルの減少を回復するのに対し、Htt包含体陽性細胞数を減少させなかった。
【0065】
図9(b)は、PBS注射WTマウスグループ(対照:C57BL/6)、PBS注射変異Htt−KIマウスグループ及びS1P注射変異Htt−KIマウスグループ(N=3)の420、509及び507細胞から、細胞当たりのER−CFP体積及びシグナル強度を算出した結果を示す図である。
図9(b)から明らかなように、73週齢で、変異Htt−KIマウスのRSDの皮質ニューロンにおいてER不安定性が増加したのに対し、S1Pは不安定性を回復した。
図9(a)及び(b)に示した結果から、凝集体とは無関係に、S1PはYAPの核移行を増やすことで、核内部のYAPを増やし、S1PがYAP増加による治療効果を示すことが示唆される。