特許第6984829号(P6984829)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6984829椎間板変性の治療剤および椎間板細胞培養材
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6984829
(24)【登録日】2021年11月29日
(45)【発行日】2021年12月22日
(54)【発明の名称】椎間板変性の治療剤および椎間板細胞培養材
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/24 20060101AFI20211213BHJP
   A61K 38/39 20060101ALI20211213BHJP
   A61P 19/08 20060101ALI20211213BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20211213BHJP
   A61L 27/26 20060101ALI20211213BHJP
   A61L 27/18 20060101ALI20211213BHJP
   A61L 27/20 20060101ALI20211213BHJP
   A61L 27/58 20060101ALI20211213BHJP
   A61L 27/48 20060101ALI20211213BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20211213BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20211213BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20211213BHJP
   A61K 47/10 20060101ALI20211213BHJP
   A61K 47/36 20060101ALI20211213BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20211213BHJP
【FI】
   A61L27/24ZNA
   A61K38/39
   A61P19/08
   A61P43/00 107
   A61L27/26
   A61L27/18
   A61L27/20
   A61L27/58
   A61L27/48
   A61L27/52
   C12P21/02 B
   C12N5/077
   A61K47/10
   A61K47/36
   A61K47/42
【請求項の数】6
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2019-569584(P2019-569584)
(86)(22)【出願日】2019年1月31日
(86)【国際出願番号】JP2019003494
(87)【国際公開番号】WO2019151444
(87)【国際公開日】20190808
【審査請求日】2020年7月15日
(31)【優先権主張番号】特願2018-15541(P2018-15541)
(32)【優先日】2018年1月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(73)【特許権者】
【識別番号】300061835
【氏名又は名称】公益財団法人神戸医療産業都市推進機構
(74)【代理人】
【識別番号】100118924
【弁理士】
【氏名又は名称】廣幸 正樹
(72)【発明者】
【氏名】由留部 崇
(72)【発明者】
【氏名】武岡 由樹
(72)【発明者】
【氏名】森本 康一
(72)【発明者】
【氏名】國井 沙織
(72)【発明者】
【氏名】尾前 薫
【審査官】 高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/167003(WO,A1)
【文献】 LEE, KI, et al.,Tissue Engineering of the Intervertebral Disc With Cultured Nucleus Pulposus Cells Using Atelocollag,Spine,2012年,Vol.37, No.6,p.452-458
【文献】 武岡由樹ら,細胞低接着性コラーゲン(Low Adhesive Scaffold Collagen:LASCol)による脊椎椎間板再生の可能性,Journal of Spine Research,2018年03月,Vol.9, No.3,p.233,ISSN 1884-7137
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00
A61K 38/00
A61K 47/00
C12P 21/00
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
LASColを含有する椎間板変性の治療剤であって、
前記LASColは、コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメインの下記(A)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列においてα1鎖のYとYとの間の化学結合が切断されている若しくは、下記(B)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列においてα2鎖のGとXとの間の化学結合が切断されているコラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物を含む椎間板変性の治療剤。
(A)−Y−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−(配列番号1);
(但し、Gはグリシンであり、Y〜Yは、任意のアミノ酸である)
(B)−G−X−X−G−X−X−G−X−X−G−(配列番号2);
(但し、Gはグリシンであり、X〜Xは、任意のアミノ酸である)
【請求項2】
ハイドロゲル、ゼラチンゲル、キトサンゲル、ヒアルロン酸・コラーゲンハイドロゲル、ヒアルロン酸ポリマー、ヒアルロン酸・PEGポリマー、コラーゲン・ヒアルロン酸・PEGハイドロゲル、高純度アルギン酸ゲル、人体親和性のある溶媒の少なくとも一つをさらに含む請求項1に記載された椎間板変性の治療剤。
【請求項3】
コラーゲン及びアテロコラーゲンの少なくともいずれかのアミノ酸配列のN末端を切断する工程と、酵素を用いて切断しLASColを得る工程と、
前記LASColにハイドロゲル、ゼラチンゲル、キトサンゲル、ヒアルロン酸・コラーゲンハイドロゲル、ヒアルロン酸ポリマー、ヒアルロン酸・PEGポリマー、コラーゲン・ヒアルロン酸・PEGハイドロゲル、高純度アルギン酸ゲル、人体親和性のある溶媒の少なくとも一つを添加する工程を有し、
前記LASColは、コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメインの下記(A)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列においてα1鎖のYとYとの間の化学結合が切断されている若しくは、下記(B)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列においてα2鎖のGとXとの間の化学結合が切断されているコラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物を含む椎間板変性の治療剤の製造方法。
(A)−Y−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−(配列番号1);
(但し、Gはグリシンであり、Y〜Yは、任意のアミノ酸である)
(B)−G−X−X−G−X−X−G−X−X−G−(配列番号2);
(但し、Gはグリシンであり、X〜Xは、任意のアミノ酸である)
【請求項4】
LASColを含有する椎間板細胞培養材であって、
前記LASColは、コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメインの下記(A)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列においてα1鎖のYとYとの間の化学結合が切断されている若しくは、下記(B)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列においてα2鎖のGとXとの間の化学結合が切断されているコラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物を含む椎間板細胞培養材。
(A)−Y−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−(配列番号1);
(但し、Gはグリシンであり、Y〜Yは、任意のアミノ酸である)
(B)−G−X−X−G−X−X−G−X−X−G−(配列番号2);
(但し、Gはグリシンであり、X〜Xは、任意のアミノ酸である)
【請求項5】
ハイドロゲル、ゼラチンゲル、キトサンゲル、ヒアルロン酸・コラーゲンハイドロゲル、ヒアルロン酸ポリマー、ヒアルロン酸・PEGポリマー、コラーゲン・ヒアルロン酸・PEGハイドロゲル、高純度アルギン酸ゲル、人体親和性のある溶媒の少なくとも一つをさらに含む請求項に記載された椎間板細胞培養材。
【請求項6】
コラーゲン及びアテロコラーゲンの少なくともいずれかのアミノ酸配列のN末端を切断する工程と、酵素を用いて切断しLASColを得る工程と、
前記LASColにハイドロゲル、ゼラチンゲル、キトサンゲル、ヒアルロン酸・コラーゲンハイドロゲル、ヒアルロン酸ポリマー、ヒアルロン酸・PEGポリマー、コラーゲン・ヒアルロン酸・PEGハイドロゲル、高純度アルギン酸ゲル、人体親和性のある溶媒
の少なくとも一つを添加する工程を有し、
前記LASColは、コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメインの下記(A)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列においてα1鎖のYとYとの間の化学結合が切断されている若しくは、下記(B)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列においてα2鎖のGとXとの間の化学結合が切断されているコラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物を含む椎間板細胞培養材の製造方法。
(A)−Y−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−(配列番号1);
(但し、Gはグリシンであり、Y〜Yは、任意のアミノ酸である)
(B)−G−X−X−G−X−X−G−X−X−G−(配列番号2);
(但し、Gはグリシンであり、X〜Xは、任意のアミノ酸である)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脊椎椎間板変性を治療する際に用いる治療剤およびその方法に関するものである。また、本発明は、椎間板細胞培養材も含む。
【背景技術】
【0002】
ヒトの脊椎は、椎体、椎弓および棘突起等で構成される椎骨が縦に連なる。椎骨間には、クッション材として椎間板が配置され、脊椎全体の屈曲、伸展、回旋といった動作を可能にしている。椎間板は、線維輪と呼ばれる層状をなす環状の線維と、その中にあるコラーゲンとプロテオグリカンを産生する軟骨細胞を含むゼリー状の髄核で構成されている。
【0003】
この椎間板に於いて何らかの原因で髄核と線維輪の正常な位置関係が破綻した状態のことを椎間板ヘルニアと呼ぶ。正常なクッション性が失われることで背部痛などの局所痛を生じる。さらに脱出した髄核が近傍の神経組織を圧迫すると、神経支配領域への放散痛を生じ、坐骨神経痛がその代表的な症状として挙げられる。
【0004】
例えば、椎間板ヘルニアを治療する際には、外科的に漏れ出た髄核を取り除く手術療法がある。しかし、手術療法後は髄核の損失により椎骨間は狭まり、継時的には脊柱の加齢性変化、すなわち変性が進行するとされている。
【0005】
椎骨間距離が縮まると衝撃吸収性が減少して局所痛を誘発する。また、脊柱の安定性が減少することで椎骨のずれを生じて脊柱管狭窄が起こり、坐骨神経痛などの神経障害を来すようになる。したがって、椎間板を維持できる充填剤が長く求められた。しかし、単に充填するだけでは、その充填剤が飛び出し、ヘルニアと同様の障害が再発する。そこで、髄核があった部分に定着して組織を再生することで椎骨間距離を長期に渡って維持することが期待できるような充填剤が切望された。
【0006】
髄核の細胞外マトリックスは主にアグリカンとII型コラーゲンで、構成する細胞は脊索由来である。線維輪の細胞外マトリックスは主にアグリカンとI型コラーゲンで、構成する細胞は間葉由来である。そこで、傷んだ髄核の代用材としてコラーゲンを使うということが従来から行われていた(特許文献1)。
【0007】
一方、特許文献2には、変性椎間板疾患を有する患者を治療するためのマトリックスであって:光酸化触媒反応および可視光線の照射によって架橋された消化耐性で改造可能なコラーゲンを含有する、注射可能な流体;および変性椎間板疾患を治療するための注射可能な細胞マトリックスを形成するように前記注射可能な流体内に分散された、生体内でプロテオグリカンを合成する固有の能力を有する複数の生細胞;を含んで成るマトリックスが開示されている。特許文献2の発明は、単に椎骨間の距離を維持するためでなく、髄核細胞の再生を促すものである。
【0008】
コラーゲンは生体親和性があり、また入手も容易な材料である。コラーゲンには多くのタイプがあることが知られている。コラーゲンは、α鎖の3重らせん構造を有している。特許文献3には、所定の酵素によりこのα鎖の末端を切断することにより作製した低接着性コラーゲン(Low Adhesive Scaffold Collagen:以下「LASCol」と呼ぶ。)が記載されている。また、LASColは、細胞培養のための足場の材料として知られている(特許文献4)。
【0009】
従来のコラーゲンを用いている足場と比べて、LASColを用いている足場を利用することにより、培養したい細胞は凝集塊(スフェロイド)を形成し、培養したい細胞をより生体内に近い三次元的な状態で培養することができる。また、このLASColは、幹細胞の分化誘導の促進に効果がある(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2006−508771号公報
【特許文献2】特表2003−530364号公報
【特許文献3】国際公開第2015/167003号
【特許文献4】国際公開第2015/167004号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】K. Morimoto et al., Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, Vol.68, pp.861−867, 2004
【非特許文献2】Masuda,K., Imai,Y.,Okuma,M., et al. (2006):Osteogenic protein−1 injestion into a degenerated disc induces the restoration of disc height and structural changes in the rabbit anular puncture model. Spine,31,742−754
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献2では、髄核の代わりに注入するマトリックスはドナー脊椎動物から得られるとされ、例えばブタの脊柱の椎間板から無菌で切除された髄核組織である。また、このマトリックスにはプロテオグリカンを産生する生細胞も混入されている。ドナーからの髄核組織はドナーの有していたウイルスや他の何らかのコンタミネーションの危険性が否定できない。また、種の異なる生細胞の導入も移植を受けたヒトにどのような影響があるか、不明な点が多い。
【0013】
一方、特許文献1は、生体親和性があり、人体に使用された実績もある材料であるコラーゲンが使用されるが、髄核細胞の再生という効果はない。したがって、髄核の代わりに注入される充填材として、より安全で、髄核細胞の再生が可能なものが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は上記の課題に鑑みて想到されたものであり、椎間板変性の治療のために、線維輪中に髄核の代わりに注入される組成物(椎間板変性の治療剤)を提供するものである。ここで、椎間板変性にはヘルニアを含む。より具体的には、LASColを含む椎間板変性の治療に用いる治療剤である。なお、本発明はLASColを用いた椎間板変性の治療方法といってもよい。
【0015】
また、本発明はLASColを含む椎間板細胞培養材も提供する。ここで椎間板細胞培養材とは、髄核細胞及び/又は線維輪細胞を培養することのできる培養材である。また、本発明は、治療剤および培養材の製造方法、椎間板変性の治療剤を用いたヒト以外の動物への治療方法、および治療剤によって再生された髄核細胞および線維輪細胞をも提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る椎間板変性の治療剤は、LASColを含有し、髄核の抜けた椎骨間の距離を長期に渡って維持することができる。LASCol自体は椎間板に生来存在するコラーゲンを材料としており椎間板での親和性が高く、高い安全性に寄与する。さらに、LASColは、周囲の細胞から髄核の成分であるプロテオグリカンを産生する細胞を遊走・浸潤することができ、外部から髄核細胞や生細胞を注入しなくても、髄核が再生するという効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】LASCol濃度と貯蔵弾性率の関係を示すグラフである。
図2】LASColのひずみと応力の関係を示すグラフである。
図3】培養されたラット線維輪細胞が凝集し、スフェロイドの形成を示す写真である。
図4】ラットの椎間板髄核細胞(図4(a))、ラットの椎間板線維輪細胞(4図(b))における培養時間とスフェロイド数の推移を示すグラフである。
図5】ヒトの髄核細胞(図5(a))、ヒトの線維輪細胞(図5(b))における培養時間とスフェロイド数の推移を示すグラフである。
図6】ヒト椎間板髄核細胞のLASColゲル上で培養したLASColゲル群の染色結果を表す写真である。
図7】ヒト椎間板髄核細胞のACゲル上で培養したアテロコラーゲンゲル群(ACゲル群)の染色結果を示す写真である。
図8】ヒト椎間板線維輪細胞のLASColゲル群の染色結果を示す写真である。
図9】ヒト椎間板線維輪細胞のACゲル群の染色結果を示す写真である。
図10】椎骨間距離の維持試験を行ったラットの尾部のレントゲン写真(図10(a))とMRIのT2強調像の写真(図10(b))である。
図11】ラットを用いた椎骨間距離の維持試験の結果を示すグラフである。
図12】LASColの濃度違いによる椎骨間距離(%DHI)の影響を示すグラフである。
図13】LASColに成長因子を加えた効果を示すグラフである。
図14】術後1週のラット尾椎髄核領域の組織標本をサフラニン−Oで染色した写真である。
図15】術後2週のラット尾椎髄核領域の組織標本をサフラニン−Oで染色した写真である。
図16】術後4週のラット尾椎髄核領域の組織標本をサフラニン−Oで染色した写真である。
図17】術後8週のラット尾椎髄核領域の組織標本をサフラニン−Oで染色した写真である。
図18図14から図17において、プロテオグリカン陽性(サフラニン−O陽性)を示す赤色部分の面積を術後週毎に測定した結果を示すグラフである。
図19図14から図17において、髄核領域に浸潤している細胞数をカウントした結果を示すグラフである。
図20】術後1週の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した写真である。
図21】術後2週の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した写真である。
図22】術後4週の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した写真である。
図23】術後8週の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した写真である。
図24】術直後、術後3日、術後1週のラット尾椎髄核領域の組織標本をサフラニン−Oで染色した写真である。
図25】術直後の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した写真である。
図26】術後3日の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した写真である。
図27】術後1週の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した写真である。
図28】術後1週の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明に係る椎間板変性の治療剤および椎間板細胞培養材について図面および実施例を示し説明を行う。なお、以下の説明は、本発明の一実施形態および一実施例を例示するものであり、本発明が以下の説明に限定されるものではない。以下の説明は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変することができる。
【0019】
本発明に係る椎間板変性の治療剤および椎間板細胞培養材として用いられるLASColは、コラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物を含む。この分解物は、コラーゲンが持つ細胞との接着性が弱くなり、低接着性に変わる性質を有する。また、本発明に係る椎間板変性の治療剤としては、ハイドロゲル、ゼラチンゲル、キトサンゲル、ヒアルロン酸・コラーゲンハイドロゲル、ヒアルロン酸ポリマー、ヒアルロン酸・PEGポリマー、コラーゲン・ヒアルロン酸・PEGハイドロゲル、高純度アルギン酸ゲル(UPAL)といった物質や、人体親和性のある溶媒(これらをまとめて「補助物質」と呼ぶ。)を含ませてもよい。もちろん、LASColのみであってもよい。また、緩衝液、pH調製液、塩、細胞成長因子を加えることもできる。
【0020】
LASColは、コラーゲンまたはアテロコラーゲンを酵素で分解することによって得られる。そして、分解する際の条件によって、含まれるペプチド配列が異なる。すなわち、LASColは、分解の条件によって、異なる種類のLASColが得られる。
【0021】
本発明で利用できるLASColの特徴は、コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメインの下記(A:配列番号1)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列において、YとYの間の化学結合が切断されているα鎖の組み合わせからなる点にある。
(A)−Y−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−Y−Y−G−(配列番号1):
(但し、Gは、グリシンであり、Y〜Yは、任意のアミノ酸である)。
【0022】
コラーゲンのトリプルヘリカルドメインは、−G−X−Y−(Gはグリシンで、XおよびYは任意のアミノ酸)という配列が連続していることが知られている。上記の配列では、「−Y−G−Y−Y−」中の「G」がトリプルヘリカルドメインのN末端側のグリシンを表している。上記の配列をみてわかるように、YとYとの間の化学結合の切断とは、トリプルヘリカルドメインの外側で切断が行われていることがわかる。後述するように、分解条件が異なるとトリプルヘリカルドメインの内側で切断が生じる。本発明で用いられるLASColの1つは、トリプルヘリカルドメインの外側で切断が生じているLASColである。以下これをLASCol−Aと呼ぶ。
【0023】
なお、分解の条件によって、以下のLASColが得られることが知られている。コラーゲンまたはアテロコラーゲンのトリプルヘリカルドメインの下記(B:配列番号2)に示されるアミノ末端のアミノ酸配列においてXとXとの間の化学結合、XとGとの間の化学結合、GとXとの間の化学結合、XとGとの間の化学結合若しくはXとGとの間の化学結合が切断されているα鎖の組み合わせからなる。
【0024】
(B)−G−X−X−G−X−X−G−X−X−G−(配列番号2):(但し、Gは、グリシンであり、X〜Xは、任意のアミノ酸である)。これをLASCol−Bと呼ぶ。LASCol−Bは、トリプルヘリカルドメインの内側で切断が生じている。配列番号2番では「−G−X−X−G−」のGがトリプルヘリカルドメインのN末端側のグリシンである。もちろん、他のペプチドが含まれるLASColもあり得る。椎間板変性の治療剤としてLASCol−Aは、現在知られているLASCol中で最も好適である。しかし、他のLASColを排除するものではない。
【0025】
本発明に係る椎間板変性の治療剤として利用されるLASColは、酸性状態で溶液として保存が可能である。そして、pHおよび濃度を調整し、体温まで温度を上げることで、ゲル状となる。ゲル状になることで、LASColは、線維輪内での拡散が抑制され、細胞の誘導及び/又は細胞外基質の産生をもたらし、組織再生を達成することで椎骨間距離を維持するという効果(「椎骨間維持能」と呼ぶ。)を発揮する。
【0026】
ゲル状となったときの弾性率は、溶液中のLASColの濃度およびpH、温度に比例する。後述する実施例では、pHおよび濃度を調整し、液体の状態でシリンジに吸引し、線維輪内に注射で投与し、線維輪内でゲル状にさせる例を示す。しかし、本発明に係る椎間板変性の治療剤として利用されるLASColは、膜状や、スポンジ状にして、患部に埋め込んでもよい。なお、膜状、スポンジ状とは、LASColを所定の形状に乾燥したもの(形状体ともいう。)をいう。
【0027】
また、椎間板変性の治療剤として、LASColを補助物質と共に利用してもよい。椎骨間維持能という機械的な強度は補助物質が担い、LASColは、周囲の細胞から髄核の成分であるプロテオグリカンを産生する細胞を遊走・浸潤し、髄核細胞を再生する役目を担うことで、椎間板変性の治療剤となるからである。
【0028】
後述するように本発明で用いるLASColは、濃度3.5mg/ml(後述する「実用弾性率」で20Pa)以上であれば、ゲル状を呈するといえる。したがって、この濃度以上のLASColは、補助物質と混ぜることで、髄核細胞を再生する椎間板変性の治療剤および椎間板細胞培養材を得ることができる。
【0029】
また、濃度が7mg/ml以上であれば単体で椎骨間維持能を有し、21mg/ml以上になれば、単体でもアテロコラーゲン以上の椎骨間維持能を有する。
【0030】
したがって、本発明で用いることのできるLASColは、3.5mg/ml以上で利用でき、好ましくは7mg/ml以上、より好ましくは21mg/ml以上の濃度で用いることができる。なお、ゲルとしての濃度の上限は少なくとも42mg/ml以上であるが、それ以上の濃度であっても椎間板変性の治療剤として利用することができる。
【0031】
LASColの作製方法に関する知見としては、LASCol−BもLASCol−Aもほぼ同じである。そこで、どちらにも共通する知見については、単にLASColとして説明する。また、以下の説明で「分解物」とはLASColを意味する。
【0032】
<LASColの材料>
LASColの材料になるコラーゲンまたはアテロコラーゲンは、特に限定されず、周知のコラーゲンおよびアテロコラーゲンであればよい。
【0033】
コラーゲンとしては、哺乳類(例えば、ウシ、ブタ、ウサギ、ヒト、ラットまたはマウスなど)、鳥類(例えば、ニワトリなど)、または、魚類(例えば、サメ、コイ、ウナギ、マグロ(例えば、キハダマグロ)、ティラピア、タイ、サケなど)または爬虫類(例えば、スッポン)のコラーゲンを用いることができる。
【0034】
本発明で用いるコラーゲンは、例えば、上記哺乳類または鳥類の真皮、腱、骨または筋膜などに由来するコラーゲン、上記魚類の皮膚または鱗などに由来するコラーゲン、上記爬虫類の真皮、腱、骨などに由来するコラーゲンを用いることができる。
【0035】
また、LASColの作製に用いるアテロコラーゲンとしては、上記哺乳類、鳥類、魚類または爬虫類のコラーゲンをプロテアーゼ(例えば、ペプシンなど)によって処理して得られる、コラーゲン分子のアミノ末端および/またはカルボキシル末端からテロペプチドが部分的に除去されているアテロコラーゲンを用いることができる。
【0036】
これらの中では、ニワトリ、ブタ、ウシ、ヒトまたはラットのコラーゲンまたはアテロコラーゲンが好ましく用いることができる。また、ブタ、ウシまたはヒトのコラーゲンまたはアテロコラーゲンをLASColの材料として更に好ましく用いることができる。
【0037】
また、LASColの材料として魚類のコラーゲンまたはアテロコラーゲンを用いることもできる。魚類を用いれば、材料を簡便に、安全に、かつ大量に入手可能であり、ヒトに対してよりウイルスフリーの安全なコラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物(LASCol)を提供することができる。
【0038】
なお、LASColの材料として魚類のコラーゲンまたはアテロコラーゲンを用いる場合には、サメ、コイ、ウナギ、マグロ(例えば、キハダマグロ)、ティラピア、ブラックバス、ブルーギル、タイまたはサケのコラーゲンまたはアテロコラーゲンを用いることが好ましく、マグロ、ティラピア、タイまたはサケのコラーゲンまたはアテロコラーゲンを用いることが更に好ましい。
【0039】
LASColの材料としてアテロコラーゲンを用いる場合、熱による変性温度が、好ましくは15℃以上、より好ましくは20℃以上であるアテロコラーゲンを用いることが好ましい。例えば、分解物の材料として魚類のアテロコラーゲンを用いる場合、マグロ(例えば、キハダマグロ)またはコイ、ティラピアなどのアテロコラーゲンは熱変性温度が25℃以上であるので、これらのアテロコラーゲンを用いることが好ましい。
【0040】
上記構成であれば、本実施の形態の椎間板変性の治療剤のゲル状になる温度を、好ましくは15℃以上、より好ましくは20℃以上に調節することができる。その結果、上記構成であれば、貯蔵時の安定性、利用時の安定性に優れた椎間板変性の治療剤を実現することができる。
【0041】
これらのコラーゲンまたはアテロコラーゲンは、周知の方法によって入手することができる。例えば、哺乳類、鳥類または魚類のコラーゲンに富んだ組織をpH2〜4程度の酸性溶液に投入することによって、コラーゲンを溶出することができる。更に、当該溶出液にペプシンなどのプロテアーゼを添加して、コラーゲン分子のアミノ末端および/またはカルボキシル末端のテロペプチドを、部分的に除去する。更に、当該溶出液に塩化ナトリウムなどの塩を加えることによって、アテロコラーゲンを沈殿させることができる。
【0042】
LASColを得るには、コラーゲンまたはアテロコラーゲンに酵素を作用させて、これらの材料を分解する。しかし、既にトリプルヘリカルドメイン内の化学結合が切断されているコラーゲンまたはアテロコラーゲンの分解物を作製する(例えば、化学合成法、組み換えタンパク質の発現)ことでLASColを得ることもできる。
【0043】
以下に、上述したコラーゲンまたはアテロコラーゲンを酵素(例えば、プロテアーゼ)によって分解しLASColを得る方法について説明する。
【0044】
上記酵素としては特に限定されないが、例えば、システインプロテアーゼを用いることが好ましい。
【0045】
システインプロテアーゼとしては、塩基性アミノ酸量よりも酸性アミノ酸量の方が多いシステインプロテアーゼ、酸性領域の水素イオン濃度において活性であるシステインプロテアーゼを用いることが好ましい。
【0046】
このようなシステインプロテアーゼとしては、アクチニダイン[EC 3.4.22.14]、パパイン[EC 3.4.22.2]、フィシン[EC 3.4.22.3]、ブロメライン[EC 3.4.22.32]、カテプシンB[EC 3.4.22.1]、カテプシンL[EC 3.4.22.15]、カテプシンS[EC 3.4.22.27]、カテプシンK[EC 3.4.22.38]、カテプシンH[EC 3.4.22.16]、アロライン、カルシウム依存性プロテアーゼなどを挙げることが可能である。なお、鍵括弧内は酵素番号である。
【0047】
これらの中では、アクチニダイン、パパイン、フィシン、カテプシンK、アロラインまたはブロメラインを用いることが好ましく、アクチニダイン、パパイン、フィシン、カテプシンKを用いることが更に好ましい。
【0048】
上述した酵素は、公知の方法によって入手することができる。例えば、化学合成による酵素の作製;細菌、真菌、各種動植物の細胞または組織からの酵素の抽出;遺伝子工学的手段による酵素の作製;などによって入手することができる。勿論、市販の酵素を用いることも可能である。
【0049】
コラーゲンまたはアテロコラーゲンを酵素(例えば、プロテアーゼ)によって分解することによって切断を行う場合には、例えば、以下の(i)〜(iii)の方法にしたがって切断工程を行うことができる。以下の(i)〜(iii)の方法は、あくまでも切断工程の一例であって、LASColの製造方法は、これら(i)〜(iii)の方法に限定されない。
【0050】
なお、以下の(i)および(ii)の方法で、LASCol−Bを得ることができる。また、以下の(iii)の方法は、LASCol−AとLASCol−Bを得ることができる。
(i)高濃度の塩の存在下にて、コラーゲンまたはアテロコラーゲンと、酵素とを接触させる方法。
(ii)高濃度の塩と接触させた後の酵素と、コラーゲンまたはアテロコラーゲンとを接触させる方法。
(iii)低濃度の塩の存在下にて、コラーゲンまたはアテロコラーゲンと、酵素とを接触させる方法。
【0051】
上述した(i)の方法の具体例としては、例えば、高濃度の塩を含む水溶液中で、コラーゲンまたはアテロコラーゲンと、酵素とを接触させる方法を挙げることができる。
【0052】
上述した(ii)の方法の具体例としては、例えば、高濃度の塩を含む水溶液と酵素とを予め接触させ、その後、当該酵素と、コラーゲンまたはアテロコラーゲンとを接触させる方法を挙げることができる。
【0053】
上述した(iii)の方法の具体例としては、例えば、低濃度の塩を含む水溶液中で、コラーゲンまたはアテロコラーゲンと、酵素とを接触させる方法を挙げることができる。上記水溶液の具体的な構成としては特に限定されないが、例えば、水を用いることが可能である。
【0054】
上記塩の具体的な構成としては特に限定されないが、塩化物を用いることが好ましい。塩化物としては、特に限定されないが、例えば、NaCl、KCl、LiClまたはMgClを用いることが可能である。
【0055】
上記高濃度の塩を含む水溶液における塩の濃度は特に限定されないが、高いほど好ましいといえる。例えば、当該濃度は、200mM以上であることが好ましく、500mM以上であることがより好ましく、1000mM以上であることがより好ましく、1500mM以上であることがより好ましく、2000mM以上であることが最も好ましい。
【0056】
上記低濃度の塩を含む水溶液における塩の濃度は特に限定されないが、低いほど好ましいといえる。例えば、当該濃度は、200mMよりも低いことが好ましく、150mM以下であることがより好ましく、100mM以下であることがより好ましく、50mM以下であることがより好ましく、略0mMであることが最も好ましい。
【0057】
上記水溶液(例えば、水)に溶解させるコラーゲンまたはアテロコラーゲンの量は特に限定されないが、例えば、1000重量部〜10000重量部の水溶液に対して、1重量部のコラーゲンまたはアテロコラーゲンを溶解させることが好ましい。
【0058】
上記構成であれば、水溶液に対して酵素が加えられた場合、当該酵素とコラーゲンまたはアテロコラーゲンとを効率よく接触させることができる。そして、その結果、コラーゲンまたはアテロコラーゲンを酵素によって効率よく分解することができる。
【0059】
上記水溶液に加える酵素の量は特に限定されないが、例えば、100重量部のコラーゲンまたはアテロコラーゲンに対して、10重量部〜20重量部の酵素を加えることが好ましい。
【0060】
上記構成であれば、水溶液中の酵素の濃度が高いので、コラーゲンまたはアテロコラーゲンを酵素(例えば、プロテアーゼ)によって効率よく分解することができる。
【0061】
水溶液中でコラーゲンまたはアテロコラーゲンと酵素とを接触させるときの他の条件(例えば、水溶液のpH、温度、接触時間など)も特に限定されず、適宜、設定することができるが以下の範囲であることが好ましい。なお、以下にこれらの条件の好ましい範囲について例示する。
【0062】
1)水溶液のpHは、pH2.0〜7.0が好ましく、pH3.0〜6.5が更に好ましい。水溶液のpHを上述した範囲に保つために、水溶液に対して周知のバッファーを加えることが可能である。上記pHであれば、水溶液中にコラーゲンまたはアテロコラーゲンを均一に溶解することができ、その結果、酵素反応を効率よく進めることができる。
【0063】
2)温度は特に限定されず、用いる酵素に応じて温度を選択すればよい。例えば、当該温度は、15℃〜40℃であることが好ましく、20℃〜35℃であることがより好ましい。
【0064】
3)接触時間は特に限定されず、酵素の量、および/または、コラーゲンまたはアテロコラーゲンの量に応じて接触時間を選択すればよい。例えば、当該時間は、1時間〜60日間であることが好ましく、1日間〜7日間であることがより好ましく、3日間〜7日間であることがさらに好ましい。
【0065】
なお、水溶液中でコラーゲンまたはアテロコラーゲンと酵素とを接触させた後、必要に応じて、pHを再調整する工程、酵素を失活させる工程、および、不純物を除去する工程からなる群より選択される少なくとも1つの工程を経てもよい。
【0066】
また、上記不純物を除去する工程は、物質を分離するための一般的な方法によって行うことができる。上記不純物を除去する工程は、例えば、透析、塩析、ゲル濾過クロマトグラフィー、等電点沈殿、イオン交換クロマトグラフィー、または、疎水性相互作用クロマトグラフィーなどによって行うことができる。
【0067】
本発明に係る椎間板変性の治療剤は、主として外科的手術によって、椎間板中に注射などにより投与される。なお、この際には、椎間板変性の治療剤に含まれるLASColは、所定以上の弾性率(後述する実用弾性率)を有するのが望ましい。弾性率が低い状態であると、椎間板からLASColが流れ出てしまうおそれがあるからである。
【0068】
本発明に係る椎間板変性の治療剤若しくは椎間板細胞培養材は、ゲル状態や乾燥状態(粉末および形状体を含む)などで供給される。また、本発明に係る椎間板変性の治療剤若しくは椎間板細胞培養材を所定の濃度で使用するとは、乾燥状態のLASColに対して一定の溶媒を加える指示が添付若しくは通知され、その結果、本発明に係る好適な濃度のLASColになる場合も含まれる。
【0069】
本明細書で「投与」とは、患部(椎間板)を介して患者に治療剤を与えること、をいう。また、本発明を用いて治療する椎間板障害は、代表例である椎間板ヘルニアに加えて腰痛症、脊柱管狭窄症、脊柱変形といった椎間板変性に関連した疾患等に適用することができる。言い換えると本発明は、本発明に係る椎間板変性の治療剤を用いた、椎間板変性の治療方法と言える。また、本発明に係る椎間板細胞の培養材を用いた椎間板細胞の培養方法とも言える。
【実施例】
【0070】
<LASColを含む溶液の作製>
塩化ナトリウムの濃度が0mMと1500mMである50mMクエン酸緩衝液(pH3.0)を準備した。なお、当該水溶液の溶媒として、水を用いた。
【0071】
アクチニダインを活性化するため、10mMのジチオスレイトールおよび5mMのEDTA(Ethylenediaminetetraacetic acid)を含む50mMのリン酸緩衝液(pH6.5)に対し、アクチニダインを溶解し、90分間、25℃にて静置した。なお、アクチニダインとしては、周知の方法にて精製したものを利用した(例えば、非特許文献1参照)。
【0072】
次いで、塩を含む50mMのクエン酸緩衝液(pH3.0)に対し、ブタ由来のI型コラーゲンを溶解した。アクチニダインを含む水溶液と、ブタ由来のI型コラーゲンを含む当該溶液を10日間以上、20℃にて接触させて、I型コラーゲンの分解物を作製した。なお、ブタ由来のI型コラーゲンは、周知の方法に基づいて精製した(例えば、非特許文献1参照)。
【0073】
上述した分解物をラウリル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)にかけ、I型コラーゲンの分解物を分離した。
【0074】
次いで、I型コラーゲンの分解物を、常法によりPVDF(Polyvinylidene Difluoride)膜へ転写した。そして、PVDF膜へ転写されたα1鎖の分解物のアミノ末端のアミノ酸配列を、エドマン分解法によって決定した。
【0075】
なお、実際のエドマン分析は、アプロサイエンス株式会社、または、近畿大学医学部分析機器共同研究室に依頼して、周知の方法にしたがって行った。
【0076】
表1に、塩濃度が0mMと1500mMの場合のα1鎖の分解物のアミノ末端およびその近傍のアミノ酸配列を示す。
【0077】
表1に示すように、塩濃度が低いと(0mM)、「GPMGPSGPRG・・・」で表されるトリプルヘリカルドメインの外側で切断が生じ、塩濃度が高いと(1500mM)、トリプルヘリカルドメインの内側で切断が生じる。配列番号3では、左から3番目のグリシン(G)からC末端に向かってトリプルヘリカルドメインが始まる。0mMの時に生成したものがLASCol−Aの溶液であり、1500mMで生成したものがLASCol−Bの溶液である。以下の実施例ではLASCol−Aの溶液をLASColの溶液として使用した。
【0078】
【表1】
【0079】
なお、LASCol−Aは、α2鎖でも切断が生じる。表2において、配列番号5は、α2鎖のアミノ酸末端部分を示す。配列番号5では「・・GPMGLMG・・・」の左端のグリシン(G)からC末端に向かってトリプルヘリカルドメインが始まる。そしてLASCol−Aの作成条件である塩濃度が0mMの時のα2鎖の末端を配列番号6に示す。これは配列番号2を参照し、GとXとの間の化学結合が切断されていることに相当する。
【0080】
つまり、LASCol−Aはα1鎖ではトリプルヘリカルドメインの外側で切断が生じているが、α2鎖ではトリプルヘリカルドメインの内側で切断が生じている。LASCol−Aは配列番号3若しくは配列番号6のいずれかの切断を有していればよい。
【0081】
【表2】
【0082】
図1には、LASColを含む溶液の弾性特性(複素弾性率における貯蔵弾性率G’)を示す。横軸は時間(分)であり、縦軸は貯蔵弾性率G’(Pa)である。図1(a)と図1(b)は、横軸は同じであるが、縦軸が異なる。図1(b)の縦軸のスケールは図1(a)より大きい。図1(a)および図1(b)のそれぞれの曲線はLASColの濃度の違いを表す。濃度の異なるLASCol溶液は、最終濃度が2.1mg/mL、3.5mg/mL、4.9mg/mL(以上図1(a))、21mg/ml(図1(b)になるように5mMの塩酸溶液で調製した。
【0083】
これらLASColは、酸性溶液中に5℃から10℃で保存される。この状態ではLASColは液状で保存できる。図1は、LASColにpH調整剤と濃度調整液を加え、pHをほぼ7.4に調整した後に、動的粘弾性測定装置(レオメーター、HAAKE MARS III、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)にセットし、37℃に昇温後測定した結果である。測定条件は、周波数1Hz、振り幅6°/秒、ひずみ量1%とした。なお、昇温は数秒で完了する。
【0084】
図1(a)を参照して、何れの濃度の場合も、測定開始した直後の貯蔵弾性率G’は低かった。その後、どの濃度においても、貯蔵弾性率G’は上昇し、約10分後で飽和値に近くなった。一方、図1(b)では、測定開始1分で飽和値まで貯蔵弾性率G’は上昇し、その後緩やかに下降し飽和した。図1および図2より明らかなように、濃度を高くすることで貯蔵弾性率G’が上昇するまでの時間も短くなった。
【0085】
このことから、pHおよび濃度を調整し、温度を上昇させるとLASColを含む溶液の貯蔵弾性率G’は、濃度に応じた所定の値まで上昇することがわかった。また、LASColを所定濃度に調製し、37℃にしてから30分経過するとほぼ貯蔵弾性率は安定した値となることがわかった。そこで、この時の貯蔵弾性率をLASColの「実用弾性率」と呼ぶ。
【0086】
LASColは適切な条件に暴露することで、弾性率が測定できないゾルから弾性率を定量できるゲルに性状が変化し、特に生体に注入する上でインジェクタブルゲルとして利用できることが示された。
【0087】
図2はレオメーターで37℃で30分経過した後の「ひずみ(レオメーターの駆動側の回転方向の変位)」と「応力(レオメータの受動側が受ける応力)」の関係を表すものである。左縦軸はひずみφ(rad)であり、右縦軸は応力M(μNm)であり、横軸はマシンステップ数であり無単位であるが、500ステップで1秒に相当する。すなわち、図2の各図は、5×10−4radから−5×10−4radまでの往復を1秒かけて測定したものである。
【0088】
図2(a)は、LASCol濃度が2.1mg/mlの場合であり、図2(b)はLASCol濃度が3.5mg/mlであり、図2(c)はLASCol濃度が5.6mg/mlである。それぞれの実用弾性率は、8Pa、20Pa、70Paであった。LASCol濃度が2.1mg/ml(図2(a))では、ひずみに対して応力の応答性はほとんどなかった。つまりLASColは、液体に近い状態といえる。LASCol濃度が3.5mg/ml(図2(b))に上昇すると、ひずみに相当する応力の応答性が見られた。
【0089】
LASColの濃度がさらに上がると(図2(c))、応力は加えられたひずみと同期するようになった。なお、ひずみと応力の位相がずれるのは、ゲルが損失弾性率を持つからである。したがって、図2(b)のLASCol濃度が3.5mg/mlの時点でゲル状を呈するようになると判断できた。これは実用弾性率では、20Paに相当した。
【0090】
椎間板変性の治療剤として利用する場合は、ゲル状になった際の貯蔵弾性率は、20Paが下限であると考えられる。LASColは細胞の足場としての機能も有しているため、1か所にある程度貯留している必要がある。20Paより低い弾性では、LASColはゲルとしての挙動をしないため、椎間板中に貯留することが困難と考えられるからである。
【0091】
以下に本発明に係る椎間板変性の治療剤の実施例について説明する。なお、以下の実験は、全て神戸大学医学倫理委員会ならびに同動物実験委員会の承認を得て行われたものである。
【0092】
ヒトの椎間板の髄核と線維輪のサンプルを腰椎椎間板切除または椎体間固定術で患者から取り出した。患者数(n数)は15であった。患者の年齢は46.1±24.1歳であり、男性8名、女性7名であった。また、椎間板変性の度合いを表すPfirrmann分類では中央値が2であった。
【0093】
また、12週齢のスプラグ・ダウリーラット(Sprague−Dawley rat:以下「SDラット」と呼ぶ。)の椎間板髄核細胞と線維輪細胞も取り出した。
【0094】
次に24ウエルプレートに、7.0mg/mlのLASColゲルを固定したもの、2.1mg/mlのアテロコラーゲンゲルを固定したものを用意した。培養したサンプル細胞は、ラットおよびヒトそれぞれn=6とした。各サンプルは、それぞれのプレートに入れられた、10%FBSを添加したDMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)中で192時間培養した。
【0095】
なお、LASColゲル上で培養された細胞は、LASColゲル群と呼び、アテロコラーゲンゲル上で培養された細胞はACゲル群と呼ぶ。
【0096】
その結果、アテロコラーゲンゲル上では、ヒト椎間板髄核細胞及びヒト線維輪細胞は共に有意に増殖した。一方、LASColゲル上では、明らかにこれらの細胞は増殖しなかった。しかしながら、細胞の凝集であるスフェロイドはLASColの方が多く観察された。なお、図3は、培養された細胞がスフェロイドになった状態を示す写真である。
【0097】
図3を参照する。図3(a)は、LASColゲル上でのスフェロイドを示し、図3(b)はアテロコラーゲンゲル上でのスフェロイドを示す。写真中のスケールバーは100μmを示す。図3(a)では、多くの細胞が密集しスフェロイド(三角矢印)を形成しているのに対して、図3(b)では、数個の細胞が集まっているだけである(三角矢印)。
【0098】
図4および図5は、それぞれ、ラットの椎間板髄核細胞(図4(a))、線維輪細胞(図4(b))、ヒトの椎間板髄核細胞(図5(a))、線維輪細胞(図5(b))における培養時間とスフェロイド数の推移を示すグラフである。それぞれ横軸は培養時間(時間)であり、縦軸はスフェロイド数である。なお、スフェロイドは細胞が3個以上凝集したものとし、100倍の倍率の視野内での個数をカウントしたものである。
【0099】
例えば図3(b)の三角矢印で示した状態のものをスフェロイドとしてカウントした。もちろん、図3(a)に示したように、多数の細胞が集まっている場合はスフェロイドとした。図4及び図5のいずれのグラフでも実線がLASColゲル群であり、点線がACゲル群である。それぞれのグラフでは、平均±標準偏差で記載し、統計学的解析にはTwo−way ANOVAとTukey−Kramer post−hoc testを使用した。
【0100】
図4(a)、図4(b)のラット細胞の結果を参照する。どちらの細胞種でも、LASColゲル群ではスフェロイドは増加していた。しかし、ACゲル群では増加は見られなかった。スフェロイド数は、培養開始後12時間から192時間までLASColゲル群で有意に多かった。
【0101】
図5(a)、図5(b)のヒト細胞の結果を参照する。いずれの細胞種でもLASColゲル群はスフェロイド数が増加していた。しかし、ACゲル群ではスフェロイド数の増加は見られなかった。スフェロイド数は、髄核細胞では培養開始後48時間から192時間まで、線維輪細胞では24時間から192時間までLASColゲル群で有意に多かった。
【0102】
以上のことから、LASColゲル環境で細胞を培養すると、アテロコラーゲンゲル環境で培養する場合と比べ、髄核細胞でも線維輪細胞でも、スフェロイドの数が多く、またスフェロイドを構成する細胞も多くなるといえる。すでに述べたようにLASColがゲル状になるのは、濃度が3.5mg/ml以上(実用弾性率で20Pa以上)であった。したがって、LASCol濃度が3.5mg/ml以上(少なくとも7.0mg/ml以上)であれば、生体内で細胞を培養しスフェロイド形成能を発揮するといえる。
【0103】
次に細胞の表現型毎に免疫染色を行う培養細胞多重蛍光免疫染色を行った。髄核細胞については、DNAと結合するDAPI(4’,6−diamidino−2−phenylindole)、髄核・脊索マーカーであるBrachyury、前駆細胞のマーカーであるTie2、および細胞外マトリックスであるアグリカン(Aggrecan)を用いた。線維輪細胞に対しては、DAPI、線維輪のマーカーであるPAX1、Aggrecanを用いた。
【0104】
図6はヒト椎間板髄核細胞のLASColゲル群の染色結果を表す写真において、染色された部分だけを黒色にし、他を白色に画像処理した写真である。右下のスケールバーはそれぞれ100μmである。図6(a)から図6(d)はそれぞれDAPI、Brachyury、Tie2、Aggrecanの結果である。図6(e)は全てを合わせた図である(「Merge」と記した。)。
【0105】
DAPI(図6(a))では複数のスフェロイド形成が認められた。また、髄核・脊索マーカーであるBrachyury(図6(b))、前駆細胞マーカーのTie2(図6(c))、細胞外マトリックスを構成するAggrecan(図6(d))ではスフェロイドに一致した強い発現が観察された。
【0106】
図7はヒト椎間板髄核細胞のACゲル群の染色結果を示す写真である。図6と同様に染色された部分だけを黒色とし、他は白色に画像処理した写真である。右下のスケールバーはそれぞれ100μmである。DAPI(図7(a))では一様な細胞の分布が認められた。図6(a)のような細胞が凝集したスフェロイド形成は認められなかった。Brachyury(図7(b))およびTie2(図7(c))ではほとんど発現が認められなかった。つまり、髄核・脊索および前駆細胞の存在は認められなかった。Aggrecan(図7(d))では細胞の分布(図7a))に一致した弱い発現が認められた。
【0107】
図8はヒト椎間板線維輪細胞のLASColゲル群の染色結果を示す写真である。図6と同様に染色された部分だけを黒色とし、他は白色に画像処理した写真である。右下のスケールバーはそれぞれ100μmである。DAPI(図8(a))では複数のスフェロイド形成が認められた。線維輪マーカーであるPAX1(図8(b))およびAggrecan(図8(c))ではスフェロイド(図8(a))に一致した強い発現が認められた。
【0108】
図9はヒト椎間板線維輪細胞のACゲル群の染色結果を示す写真である。図6と同様に染色された部分だけを黒色とし、他は白色に画像処理した写真である。右下のスケールバーはそれぞれ100μmである。DAPI(図9(a))では一様な細胞の分布が認められたが、スフェロイド形成は見られなかった。線維輪マーカーであるPAX1(図9(b))とAggrecan(図9(c))では細胞分布(図9(a))に一致した弱い発現が認められた。
【0109】
以上のことより、LASColは髄核細胞および線維輪細胞のスフェロイドを促進させ、それによって、組織を再生させる髄核細胞、前駆細胞、線維輪細胞が遊走・浸潤・定着し、組織に特異的な細胞外マトリックス(Aggrecan)が発現される。この点アテロコラーゲンでは細胞数は増えるものの、髄核細胞、前駆細胞、線維輪細胞はほとんど検出できず、組織の細胞外マトリックスはほとんど発現されない。すなわち、LASColは、髄核細胞および線維輪細胞の機能を維持してさらに高める培養材として利用することができる。
【0110】
これはLASColが単体での椎骨間維持能が低い場合でも、補助物質と混ぜて使用すれば、椎骨間を維持しながら、髄核細胞、前駆細胞、線維輪細胞の再生を期待できることを示している。なお、後述する実施例において実際にLASColが髄核細胞を取り去った椎骨間に周囲の細胞から髄核の成分であるプロテオグリカンを産生する細胞を遊走・浸潤させることができることを示す。
【0111】
次にラットを用いたin vivoの実験結果について説明する。実験には、12週齢のSDラットを用いた。全身麻酔下にSDラットの尾の皮膚に小切開を加え、8−9、9−10および10−11番の尾椎骨の間の椎間板から髄核摘出を行った後、21.0mg/mlのLASColを15μl、7.0mg/mlのアテロコラーゲン、コントロールとしての溶媒をそれぞれの椎間板の髄核部分に注入した。小切開はナイロン糸にて縫合した。
【0112】
そして術後0、7、14、28、そして56日後の単純X線写真を撮影した。椎骨間距離を術前値で補正した値(% Disc Height Index:以後「%DHI」と呼ぶ。)は、Masudaらの方法(非特許文献2)で算出した。LASCol、アテロコラーゲンおよび溶媒を注入した各群を、LASCol投与群、AC投与群およびコントロール群と呼ぶ。
【0113】
図10に単純エックス線写真(図10(a))と術後4週のMRI(Magnetic Resonance Imaging)のT2強調像(図10(b))を例示する。図10(a)は、術後の経過日毎の単純エックス線写真である。矢印は、LASCol(第8、第9番尾椎骨間)、アテロコラーゲン(「AC」と記した。第9、第10番尾椎骨間)およびコントロール(「Control」と記した。第10、第11番尾椎骨間)を投与した箇所を表す。
【0114】
図10(b)を参照する。MRIのT2強調像では、LASCol投与群、AC投与群、コントロール群ともに、正常椎間板(図10(b)では「Normal」と記した。)より輝度が低かった。しかし、LASCol投与群は、AC投与群やコントロール群と比較して輝度は高かった。したがって、髄核が除去された後、LASCol投与群は、AC投与群、コントロール群と比較して変性が低減しているといえる。
【0115】
図11は、この単純エックス線写真より求めた%DHIと経過時間を示すグラフである。図11を参照して、横軸は経過時間(術後週)を表し、縦軸は%DHIである。また、術後1週、術後2週そして術後4週はn=8のデータに基づき、術後8週はLASCol投与群とAC投与群はn=8のデータであるが、コントロールはn=6のデータである。
【0116】
図11を参照して、全ての場合について、術後7日までは%DHIは低下した。しかし、その低下の程度は、LASColは有意にコントロールよりも高い値で低下が止まった。また、LASCol投与群とAC投与群およびAC投与群とコントロール群の間に優位な差は認められなかった。その後はLASCol投与群、AC投与群およびコントロール群の%DHIは全て低下傾向を示した。
【0117】
次に%DHIに対するLASColの濃度の違いによる効果を調べた。濃度違いのサンプルとして、7mg/ml、14mg/ml、21mg/ml、42mg/mlのLASColを用意した。また、対比として、7mg/mlのアテロコラーゲンとコントロールの溶媒も用意した。
【0118】
7mg/ml濃度のLASColを用いたラットを「7mgLASCol投与群」、14mg/ml濃度のLASColを用いたラットを「14mgLASCol投与群」、21mg/ml濃度のLASColを用いたラットを「21mgLASCol投与群」、42mg/ml濃度のLASColを用いたラットを「42mgLASCol投与群」とする。また、7mg/mlのアテロコラーゲンを与えたラットを7mgAC投与群とする。
【0119】
結果を図12(a)に示す。横軸は術後の経過時間(術後週)であり、縦軸は%DHIである。また、各群のラットの使用匹数を図12(b)に示す。術後8週の時点で、42mgLASCol投与群、21mgLASCol投与群および7mgAC投与群はコントロールに対して有意に高い%DHIの値を示した。したがって、少なくとも21mg/ml以上のLASColは単独で椎骨間維持能を有するといえる。
【0120】
次にLASColに成長因子を加えた場合の効果について調べた。成長因子の混合で、髄核部分での細胞再生が期待できる。成長因子としては、OP−1(Osteogenic Protein−1)を入れたものを用意した。なお、成長因子としては、OP−1の他、bFGF、TGF−β1、GDF−5、BMP2、VEGF、IGF−1といったものを使用してもよい。OP−1の濃度は、21mg/mlの濃度のLASCol15μlに対して2μgのOP−1を混合した。これをOP−1+LASCol投与群と呼ぶ。
【0121】
図13(a)には、OP−1+LASCol投与群、21mgLASCol投与群、7mgAC投与群およびコントロールの%DHIの結果を示す。横軸は術後週であり、縦軸は%DHIである。また、各群のラットの使用匹数は図13(b)に示す。
【0122】
図13(a)を参照して、OP−1+LASCol投与群、21mgLASCol投与群ともに術後4週までの間、コントロールよりも%DHIは有意に高かった。したがって、この結果からも、少なくとも21mg/ml以上のLASColは単独でアテロコラーゲンと同等以上の椎骨間維持能を有するといえる。
【0123】
したがって、椎間板変性の治療剤としてヒトに単体で適用する場合、LASColは21mg/ml以上の濃度であるのが好適であると考えられる。
【0124】
なお、ラットの尾骨の髄核領域に投与するLASColの量は微量(15μl)であるので、42mg/mlという濃度は、取扱濃度としては、上限に近い。しかし、ヒトに適用する場合は、投与方法や形態の工夫により、乾燥状態を含むより高い濃度まで使用できると考えられる。
【0125】
図14は術後1週のラット尾椎髄核領域の組織標本をサフラニン−Oで染色した写真である。より具体的には、ラットの尾の椎間板とその椎間板の両側にある尾椎骨を取り出し、ホルマリンで固定し、パラフィン包埋して、切断面を作成し、サフラニン−Oで染色した。サフラニン−Oでは代表的な細胞外基質であるプロテオグリカンが赤色に染色される。図14の各写真は、染色した写真を白黒に画像処理したものである。いずれの写真も左右に尾椎骨があり、尾椎骨の間を標本にしたものである。図14(e)に尾椎骨および髄核領域を示した。他の写真および以後の図15から図17の写真も同じである。
【0126】
図14(a)及び図14(b)はラット尾椎髄核を摘出した後、髄核領域(髄核があった部分をいう。)に21mg/mlの濃度のLASColを充填した場合を示す(これはLASCol投与群である。)。図14(c)及び図14(d)は髄核領域に7mg/mlの濃度のアテロコラーゲンを充填した場合(これはAC投与群である。)を示す。図14(e)及び図14(f)は髄核領域に溶媒を充填した場合を示す(図14中では「コントロール」と記した。)。
【0127】
各写真において右下のスケールバーは100μmを示し、図14(a)と図14(b)、図14(c)と図14(d)、図14(e)と図14(f)はそれぞれ同一部分の倍率違いの写真である。図14(e)および図14(f)にスケールバーを示した。他の写真および以後の図15から図17の写真も同様である。
【0128】
図14(a)及び図14(b)を参照して、LASCol投与の場合では、髄核領域において赤色に濃染された部分が観測され、プロテオグリカンが豊富な領域(矢頭)があった。また、プロテオグリカンが豊富な領域には細胞の浸潤が認められた。
【0129】
図14(c)及び図14(d)を参照して、アテロコラーゲン投与の場合も髄核領域において赤色に染色された部分(矢頭)が認められた。しかし、その色調は図14(a)及び図14(b)のLASCol投与した場合と比較して淡く、浸潤した細胞もごくわずかであった。
【0130】
図14(e)及び図14(f)を参照して、溶媒投与の場合では髄核領域において赤色に染色された部分はなく、細胞も認められなかった。
【0131】
図15図16図17はそれぞれ、術後2週、術後4週、術後8週の場合のラット尾椎髄核領域の組織標本をサフラニン−Oで染色した写真である。それぞれの写真において、(a)及び(b)はラット尾椎髄核を摘出した後、髄核領域にLASColを充填した場合を示す。(c)及び(d)は髄核領域にアテロコラーゲンを充填した場合を示す。(e)及び(f)は髄核領域に溶媒を充填した場合を示す(各図中ではコントロールと記した。)。
【0132】
図17(a)及び図17(b)を参照して、LASCol投与の場合では髄核領域が赤く濃染された。これはプロテオグリカンが豊富であることを示している。また、髄核領域への細胞浸潤も確認された。
【0133】
図17(c)及び図17(d)を参照して、アテロコラーゲン投与の場合も髄核領域において赤色に染色された部分が認められた。しかし、その色調は図17(a)及び図17(b)のLASCol投与した場合と比較して淡く、浸潤した細胞もごくわずかであった。
【0134】
図17(e)及び図17(f)を参照して、溶媒投与の場合では髄核領域において赤色に染色された部分はなく、細胞も認められなかった。結果、術後1週の場合とほぼ同じ結果が得られた。
【0135】
図18は、図14から図17をより定量的に調べた結果を示す。横軸は術後週であり、縦軸はプロテオグリカン陽性を示す赤色部分の面積(×10μm)である。各術後週において、LASCol投与群、AC投与群およびコントロール群が併記されている。術後1週の部分に、LASCol投与群を「L」で表し、アテロコラーゲン投与群を「AC」で表し、コントロール群を「Cont」で示した。
【0136】
術後1週ではLASCol群では(3.33±0.89)×10μm、アテロコラーゲン群は(1.27±0.29)×10μm、コントロール群は(7.47±3.67)×10μmであった。術後2週ではそれぞれ、(2.83±0.30)×10μm、(1.36±0.37)×10μm、(5.03±2.70)×10μmであった。術後4週ではそれぞれ、(2.64±0.73)×10μm、(6.55±1.53)×10μm、(3.50±1.39)×10μmであった。術後8週ではそれぞれ、(2.44±0.59)×10μm、(7.80±5.03)×10μm、(2.52±1.68)×10μmであった。
【0137】
いずれの時点でもLASCol投与群は他の2群より有意に面積が大きく、アテロコラーゲン投与群はコントロール群より有意に大きかった。また、術後1週から8週にかけて、いずれの投与群でも有意な変化は認められなかった。
【0138】
図19は、図14から図17において、髄核領域に浸潤している細胞数をカウントした結果を示す。横軸は術後週であり、縦軸は髄核領域に浸潤している椎間板あたりの細胞の数(個/椎間板)である。各術後週において、LASCol投与群、AC投与群およびコントロール群が併記されている。術後1週の部分に、LASCol投与群を「L」で表し、アテロコラーゲン投与群を「AC」で表し、コントロール群を「Cont」で示した。
【0139】
術後1週ではLASCol投与群では細胞数は平均66.3±9.4個、アテロコラーゲン投与群は20.4±7.1個、コントロール群は2.3±2.2個であった。術後2週ではそれぞれ62.4±17.4個、19.2±5.6個、1.0±0.7個であった。術後4週ではそれぞれ77.8±23.2個、23.3±5.3個、2.0±2.2個であった。術後8週ではそれぞれ65.8±18.0個、28.8±8.7個、2.6±2.4個であった。
【0140】
いずれの時点でもLASCol投与群は他の2群より細胞数が有意に多く、アテロコラーゲン投与群はコントロール群より有意に多かった。また、術後1週から8週にかけて、いずれの群でも有意な変化は認められなかった。
【0141】
図20は、術後1週の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した写真である。多重蛍光免疫はDAPI、Brachyury、Tie2およびAggrecanで行った。より具体的には、ラットの尾の椎間板とその椎間板の両側にある尾椎骨を取り出し、ホルマリンで固定し、パラフィン包埋して、切断面を作成した。次にキシレンを用いて脱パラフィン処理をし、緩衝液を用いた温浴法で賦活化、過酸化水素水にてブロッキングした。そして、各マーカーで一次抗体反応させ、動物種ごとに標識二次抗体反応を行い、封入した。
【0142】
LASCol投与群では髄核領域にBrachyury,Tie2陽性細胞を認め、Aggrecanの発現も強く見られた。一方、アテロコラーゲン投与群とコントロール群ではBrachyury,Tie2陽性細胞はほとんどなく、Aggrecanの発現も弱かった。
【0143】
図21図22図23は、それぞれ術後2週、術後4週、術後8週の髄核領域を多重蛍光免疫染色した画像を白黒に処理した結果である。多重蛍光免疫染色の結果は、図20の場合と同じ傾向であった。
【0144】
図24には、術直後、術後3日、術後1週における髄核部分のサフラニン−Oによる染色の結果写真を示す。図24(a)〜図24(c)はLASCol投与群(「LASCol」と記した。)であり、図24(d)〜図24(f)はアテロコラーゲン投与群(「AC」と記した。)であり、図24(g)〜図24(i)はコントロール群(「Control」と記した。)である。
【0145】
LASCol投与群では術直後は髄核領域に緑色に染色されたLASColゲルが認められた。術後3日、1週ではゲル内に多数の細胞浸潤が認められた。アテロコラーゲン投与群でも術直後から1週で髄核領域に緑色のコラーゲンゲルが認められたが、術後3日、1週では細胞はゲル表面にわずかに認めるのみであった。コントロール群は術直後および術後3日では、髄核領域は空隙であった。術後1週では髄核領域は圧潰した状態であり、細胞浸潤も認められなかった。このように、LASColは、投与後3日で細胞浸潤が認められた。
【0146】
図25図30には、髄核領域の多重蛍光免疫染色の写真を示す。図25は術直後、図26は術後3日、図27図29は術後1週の場合である。それぞれLASCol投与群を「LASCol」、アテロコラーゲン投与群を「AC」、コントロール群を「Control」と記した。
【0147】
図25(術直後)を参照する。図25(a)〜図25(d)はLASCol投与群、図25(e)〜図25(h)はアテロコラーゲン投与群、図25(i)〜図25(l)は、コントロール群である。各群に対して、DAPI、Col1(I型コラーゲンに反応する。)、Col2(II型コラーゲンに反応する。)による染色結果である。Mergeは、図25内での併合を表す。
【0148】
LASCol投与群、アテロコラーゲン投与群では髄核領域にCol1で濃染する領域があり、注入した各コラーゲンゲルの存在を示していた。また、LASCol、アテロコラーゲンともCol2は陰性であった。また、3群ともDAPIによる染色で染色される部分がほとんどなく、髄核細胞はほとんど除去されていることが分かった。
【0149】
図26(術後3日)を参照する。図26(a)〜図26(d)はLASCol投与群、図26(e)〜図26(h)はアテロコラーゲン投与群、図26(i)〜図26(l)は、コントロール群である。各群に対して、DAPI、Col1(I型コラーゲンに反応する。)、Col2(II型コラーゲンに反応する。)による染色結果である。Mergeは図26内での併合を表す。
【0150】
LASCol投与群ではDAPIで細胞が集簇している部分にCol1陽性領域が認められ、LASColゲル内に細胞が浸潤していることが示された。Col2陽性部分は髄核領域内にほとんどなかった。アテロコラーゲン群ではCol1陽性のアテロコラーゲンを認めたが、ゲル表面に留まっており、ゲル内への細胞浸潤はなかった。
【0151】
図27(術後1週)を参照する。図27(a)〜図27(d)はLASCol投与群、図27(e)〜図27(h)はアテロコラーゲン投与群、図27(i)〜図27(l)は、コントロール群である。各群に対して、DAPI、Col1(I型コラーゲンに反応する。)、Col2(II型コラーゲンに反応する。)による染色結果である。Mergeは図27内での併合である。
【0152】
LASCol投与群では細胞が集簇している部分がCol2陽性となっていた。一方Col1は弱い発現が見られるのみであった。アテロコラーゲン投与群ではCol1陽性のアテロコラーゲンゲルが残存していることが分かった。Col2陽性領域は認められなかった。コントロール群では線維輪細胞領域に部分的にCol1陽性部分を認めた。
【0153】
図28(術後1週)を参照する。図28(a)〜図28(e)はLASCol投与群、図28(f)〜図28(j)はアテロコラーゲン投与群、図28(k)〜図28(o)は、コントロール群である。各群に対して、DAPI、Brachyury、Tie2、Aggrecanによる染色結果である。Mergeは図28内での併合である。
【0154】
LASCol投与群ではDAPIで細胞の集簇が見られた。また髄核領域内にBrachyury、Tie2陽性の細胞が少量ながら見られた。アテロコラーゲン投与群では残存細胞と考えられる細胞を認めたが、Brachyury、Tie2とも陰性であった。コントロール群では線維輪領域の圧迫により、髄核領域が圧潰していた。
【0155】
以上のように、本発明に係る椎間板変性の治療に用いる治療剤は髄核細胞が流出した髄核領域に充填することで髄核を再生することができる。また、単体では21mg/ml以上の濃度で、椎骨間維持能を有する。したがって、椎骨間距離を維持しつつ、髄核を再生することができる。また、少なくとも3.5mg/ml以上の濃度であれば、LASColはゲル状を呈するので、椎骨間維持能を有する他の補助物質と共に用いることで、同様の治療効果を期待できる。本治療剤は生細胞やドナーの髄核細胞を使用しないので安全性が高い。
【0156】
また、本発明に係る椎間板細胞(髄核細胞及び/又は線維輪細胞)の培養材は、髄核細胞や線維輪細胞のスフェロイドを促し、また1つ1つのスフェロイドの細胞数も多いスフェロイドを培養することができる。
【産業上の利用可能性】
【0157】
本発明に係る椎間板変性の治療剤は椎間板変性の治療に対して好適に利用することができる。本発明に係る椎間板細胞の培養材は、髄核細胞及び/又は線維輪細胞を培養することができる。
図1
図2
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【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]