(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
この実施形態の食用素材エキス製造方法は、食用素材と水とを前記水が前記食用素材の乾燥質量に対して2〜20倍の質量割合になる配合で調製した水溶液を抽出装置内に投入し、前記水溶液の温度を35℃以下に保ちつつ、前記抽出装置内を50hPa以下に減圧して前記食用素材から食用素材エキスを前記水溶液中に抽出するものである。
【0014】
液体が気体に変化する現象を、一般に気化(vaporization)という。沸騰と蒸発はどちらも気化の一種である。液体の表面から気化が起こる現象を蒸発 (evaporation) という。それに対して、液体の表面からだけでなく、液体の内部からも気化が起こる現象を沸騰 (boiling) という。通常は大気圧下で水が約100℃(正確には99.974℃)で沸騰している。外圧が変われば水の沸点も変わる。一般に、外圧が高くなると沸点は上がり、低くなると沸点は下がる。気圧の低い富士山頂では約 90℃で水が沸騰する。この原理は圧力鍋での調理、火力発電や原子力発電などにおいて応用されている。
【0015】
減圧抽出は密閉容器に入れられた水が容器内の圧力低下によって沸騰する現象である。本発明は、この現象を利用して食用素材から食用素材エキスを製造するものである。
【0016】
上述した現象を利用して食用素材から食用素材エキスを製造することで、従来より優位性のある風香味を持った食用素材エキスを製造することができる。すなわち、減圧抽出による優位性のある風香味を持った食用素材エキスを製造することができる。
【0017】
上記において、抽出装置内に投入する食用素材水溶液を、食用素材の乾燥質量に対して2〜20倍の質量割合の水を配合して調製するのは、効果的に食用素材の成分抽出が可能という理由からである。食用素材の乾燥質量に対して水の配合割合が2倍未満であると水の割合が少なく、食用素材の成分抽出が安定しない可能性がある為、望ましくない。食用素材の乾燥質量に対して水の配合割合が20倍を超えると、食用素材の成分抽出は可能だが、水の割合が多い為、成分値が低い値として検出される傾向があり、抽出成分の比較等がむずかしい。また風香味で、特に香りの官能面において、水が多い場合は、加工工程内で香りの損失(水の揮発の際に香り成分も揮発)が大きくなる傾向がある為望ましくない。効果的に食用素材を抽出することと風香味(味、香りなど)優位性という観点から、食用素材の乾燥質量に対して2〜20倍の質量割合の水を配合して抽出装置内に投入する食用素材水溶液を調製することが望ましい。
【0018】
上記において、水溶液の温度を35℃以下に保って減圧抽出を行うのは食用素材から好ましい風香味の成分抽出を行うという観点からである。減圧抽出を行う際の水溶液の温度が35℃を越えていると食用素材から抽出された抽出成分が、熱の影響によるによる風香味の減退となって望ましくない。
【0019】
上記において、抽出装置内を50hPa以下に減圧して抽出を行うのは食用素材から好ましい風香味の成分抽出を行うというという観点からである。減圧抽出を行う際の抽出装置内圧力が50hPaを越えていると食用素材から抽出された抽出成分の、(圧の影響による)風香味の減退となって望ましくない。
【0020】
この実施形態の食用素材エキス製造方法によれば、減圧抽出による優位性のある風香味を持った食用素材エキスを製造することができる。
【0021】
そこで、この実施形態で製造した食用素材エキスを従来公知の方法によって乾燥粉末化することで、優位性のある風香味を持った食用素材エキスパウダーを製造することができる。
【0022】
前記において食用素材としては、緑茶葉、紅茶葉、柑橘類などを用いることができる。これによって、緑茶葉エキスや、紅茶葉エキス、柑橘類エキスなどを製造することができる。
【0023】
この実施形態の食用素材エキス製造方法によれば、優位性のある風香味を持った食用素材エキスを製造することができる。そこで、前述したように、前記における食用素材として柑橘類を用い、柑橘類エキスを製造することもできる。
【0024】
本願の発明者の検討によれば、食用素材としてカフェインを含有している食用素材を用い、この実施形態の食用素材エキス製造方法で食用素材エキスを製造すると、食用素材エキス中のカフェイン含有量を、従来の食用素材エキス製造方法で食用素材エキスを製造する場合に比較して有意に低減することを確認できた。
【0025】
そこで、この実施形態の食用素材エキス製造方法は、食用素材と水とを前記水が前記食用素材の乾燥質量に対して2〜20倍の質量割合になる配合で調製した水溶液を抽出装置内に投入し、前記水溶液の温度を35℃以下に保ちつつ、前記抽出装置内を50hPa以下に減圧して前記食用素材から食用素材エキスを前記水溶液中に抽出して製造することで食用素材エキス中のカフェイン含有量を抑制する方法としても実施することが可能である。
【0026】
本願の発明者の検討によれば、この実施形態の食用素材エキス製造方法は、食用素材と水とを前記水が前記食用素材の乾燥質量に対して2〜20倍の質量割合になる配合で調製した水溶液を抽出装置内に投入し、前記水溶液の温度を35℃以下に保ちつつ、前記抽出装置内を50hPa以下に減圧して前記食用素材から食用素材エキスを前記水溶液中に抽出して製造することで食用素材エキスの製造で当該食用素材エキスを抽出する際に発生する凝集・沈殿反応を抑制する方法としても実施可能であった。
【0027】
この場合に供される食用素材としては、例えば、紅茶葉をあげることができる。
【0028】
紅茶の熱湯浸出液は温度の低下とともに混濁する。また、紅茶の熱湯浸出液は、調理・加工及び保存の過程で金属、光あるいは熱(加温・冷却)などに晒されることで、酸化分解や重合あるいは凝集・沈殿(クリームダウン)を引き起こすことが知られている。この原理は次のようなものではないかと推察される。
【0029】
紅茶に特徴的な茶ポリフェノールとしてはエピカテキン(EC)、エピガロカテキン(EGC)、エピカテキ−3− ガレート(ECg)、エピガロカテキ−3−ガレート(EGCg)に加えてテアフラビン(TF1)、テアフラビン−3−0−ガレート(TF2A)、テアフラビン−3 ′−0− ガレート(TF2B)、テアフラビン−3,3 ′−0−ジガレート(TF3)などのテアフラビン類が存在する。
凝集・沈殿(クリームダウン)においては、カテキン類、テアフラビン類およびカフェインなどが凝集・沈殿し、外観の変化を生じる。
【0030】
水温が高いときには、分子の動きが激しく、茶ポリフェノールとカフェインが近接しても相互作用し難く、複合体を形成し難い。水温が低くなると、分子の動きが緩くなり、茶ポリフェノールとカフェインが近接したときに、分子間力により結合し、複合体(核)を形成する。
【0031】
核に含まれる茶ポリフェノールやカフェインでは、水素結合の形成により電気的偏りが中和されることで分子に結合できる水分子の数が減少するために、茶ポリフェノールやカフェイン単独の場合に比べて疎水性が高くなり、水に溶け難い性質を持つ。
【0032】
疎水性が高く水に溶け難い物質は、同様の性質を持つ物質と疎水性相互作用により結合するために、核と核はさらに結びつきより大きな複合体を形成する。複合体は、ある程度の大きさになると水に溶けられなくなり、最終的に沈殿しクリームとなることが推察される。
【0033】
このように、カテキン類、テアフラビン類およびカフェインなどが成分に含まれている食用素材からの食用素材エキスの製造においては、食用素材エキスを抽出する際に凝集・沈殿反応が発生することが知られていた。
【0034】
この実施形態の食用素材エキス製造方法は、食用素材と水とを前記水が前記食用素材の乾燥質量に対して2〜20倍の質量割合になる配合で調製した水溶液を抽出装置内に投入し、前記水溶液の温度を35℃以下に保ちつつ、前記抽出装置内を50hPa以下に減圧して前記食用素材から食用素材エキスを前記水溶液中に抽出して製造することで食用素材エキスの製造で当該食用素材エキスを抽出する際に発生する凝集・沈殿反応を抑制することができる。
【0035】
以下、この発明の実施例を説明するが、本発明は上述した実施の形態及び、以下の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載から把握される技術的範囲において種々に変更可能である。
【0036】
(緑茶葉エキスの製造)
乾燥緑茶葉100gと、水1000gとで緑茶葉水溶液を調製し、これを抽出装置内に投入し、次の3種の温度、圧力条件とした以外の条件を同一にして緑茶葉エキスを製造した。
【0037】
緑茶葉水溶液の温度 抽出装置内圧力 緑茶葉エキス
20℃ 23hPa 検体1
30℃ 42hPa 検体2
100℃ 1013hPa 検体3
【0038】
このとき全サンプルの沸騰条件はイコールコンディションとして考えられる。
【0039】
図1にこの時の減圧抽出の条件を示した。
【0040】
なお、参考として、次の3種の温度、圧力条件とした以外の条件を同一にして緑茶葉エキスを製造した。
【0041】
緑茶葉水溶液の温度 抽出装置内圧力 緑茶葉エキス
20℃ 1013hPa 対照1
50℃ 1013hPa 対照2
75℃ 1013hPa 対照3
【0042】
従来、加工茶品は、一般的に、50℃(1013hPa)〜100℃(1013hPa)で緑茶葉エキス抽出が行われることが多い。
【0043】
製造した緑茶葉エキスについて、一般財団法人日本食品分析センターにて、パネリスト12名による官能評価を受けた。
【0044】
官能評価の項目
1.苦渋味
2.飲みやすさ
【0045】
官能評価の方法
50℃(1013hPa)で製造した参考品の緑茶葉エキスを対照(評価点:0点)とし、苦渋味を、強い(+5点)から、評価点0点とあまり差が無い(+1、−1)、弱い(−5点)、飲みやすさを、飲みやすい(+5点)から、評価点0点とあまり差が無い(+1、−1)、飲みにくい(−5点)までのそれぞれ11段階に評価した。
【0046】
検定の方法
上記の採点法で得られた評価結果について、対照も含めて二元配置の分散分析を行った。さらに、スチューデント化された範囲の表を用いて各検体間における有意差検定(有意水準5%)を行った。
【0047】
緑茶エキスの官能評価
官能評価の結果は次の通りであった。
【0048】
検体同士の間における有意差検定は以下の表1の通りであった。
【表1】
【0049】
参考までに、検体3と対照2の間における有意差検定は以下の表2の通りであった。
【表2】
【0050】
苦渋味、飲みやすさについてのパネラーによる各検体間での評価は次の通りであった。
【0051】
<苦渋味>
検体3は、検体1、検体2よりも苦渋味が強い
【0052】
<飲みやすさ>
検体3は、検体1より飲みにくい
【0053】
(参考結果)
<苦渋味>
検体3は、対照2より苦渋味が強い
【0054】
<飲みやすさ>
検体3は、対照2より飲みにくい
【0055】
<検体1、検体2についてのパネリスト12名の評価、代表的なコメント>
まろやかな感じ
後味が残らない
お茶の香りが強い
すっきりして飲みやすい
甘味を感じる
苦渋味が弱い
【0056】
<検体3についてのパネリスト12名の評価、代表的なコメント>
苦渋味が強い
えぐみが感じる
やや酸味がある
渋味が舌に長く残る
香ばしさ強い
色が濃い
【0057】
以上より、検体3と対照2の間における有意差検定では有意差が認められたが、以上の官能評価から、優れた風香味を有する緑茶葉エキスを製造する上で、検体1、2を製造した温度、圧力条件が本発明の実施例となり、検体3を製造した温度、圧力条件は比較例となることを確認できた。
【0058】
(味成分の分析)
上記の官能評価を受けた検体1〜検体3、対照1〜対照3について、アルファ・モス・ジャパン株式会社の電子味覚システム ASTREE(装置名称)で主成分分析を行った。
【0059】
電子味覚システム ASTREE(装置名称)は、7本のセンサーによる味成分マトリックスのパターン分析を行うもので、測定時間120秒(センサーの応答がほぼ平衡到達した ところ)、クリーニング時間10秒(蒸留水)である。
【0060】
上述したパネリストによる官能評価に基づき電子味覚システムASTREE(装置名称)が行った味覚マッピング(主成分分析)は
図2の通りであった。対照1、対照2、対照3の結果も参考までに図示している。
【0061】
距離が小さいほど、類似性が高いことを示している。検体1、検体2、検体3の距離は2倍以上を示し、顕著に異なる味覚を呈することが示唆された。
【0062】
(におい成分の分析)
上記の官能評価を受けた検体1〜検体3、対照1〜対照3について、アルファ・モス・ジャパン株式会社のフラッシュGCノーズ Heracles NE(装置名称)でにおい成分分析を行った。
【0063】
フラッシュGCノーズ Heracles NEO(装置名称)は、Tenax TA 捕集剤 を利用した加熱脱着機能により、におい成分を濃縮し、低濃度成分の検出が可能である。
【0064】
上述したパネリストによる官能評価に基づきフラッシュGCノーズ Heracles NE(装置名称)行ったにおいマッピング(主成分分析)は
図3の通りであった。対照1、対照2、対照3の結果も参考までに図示している。
【0065】
距離が小さいほど、類似性が高いことを示している。検体1、検体2、検体3の距離は2倍以上を示し、顕著に異なる味覚を呈することが示唆された。
【0066】
(総合的解析)
上記の官能評価を受けた検体1〜検体3、対照1〜対照3について行われた上述の味成分の分析と、におい成分の分析とを統合解析した風味マップを
図4に示す。
【0067】
検体3は、検体2、検体1よりも顕著に大きな距離を示し、50℃を超える温度での抽出は、サンプルの風味に大きな影響を及ぼすことが示唆された。
【0068】
(カフェイン分析)
検体1、検体2、対照2、対照3について次のようにしてカフェイン分析を行った。
【0069】
分析は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で行い、溶媒は、A(蒸留水:アセトニトリル:リン酸=400:10:1)、B(メタノール:移動相A=1:2) Gradient式とした。
【0070】
分析結果は表3の通りであった。
【表3】
【0071】
対照2、3は、従来、一般的に、加工茶品で緑茶葉エキス抽出が行われる際の温度、圧力条件で製造されたものである。
【0072】
この分析結果から検体1、2の温度、圧力条件での緑茶葉エキス製造により、緑茶葉エキス中のカフェイン含有量を抑制できることが示唆された。
【0073】
(紅茶葉エキスの製造)
乾燥紅茶葉100gと、水1000gとで紅茶葉水溶液を調製し、これを抽出装置内に投入し、表4記載のような温度と圧力条件とした以外の条件を同一にして紅茶葉エキスを製造した。
【表4】
【0074】
抽出後、検体4、対照4をそれぞれ2mlずつ、15,000rpm(4℃)で30分間遠心分離した。遠心分離には日立卓上微量高速遠心機CT15RE(校正日:2018年12月27日、半年ごと校正)を用いた。
【0075】
前記の遠心分離によって得られた沈殿物を水で洗浄し、再び、前記遠心分離機を用いて、15,000rpmで5分間遠心を行った。
【0076】
遠心分離後、上清は廃棄して、沈殿物は2mlの水に溶かした。
【0077】
次に、ビーカーを事前に計量し、前記の沈殿物を溶かした液を移し、105℃、5時間の乾燥機に置いた。乾燥機は、EYELA送風定温乾燥器WFO−520(校正日:2019年2月2日、1ヶ月ごと校正)を用いた。
【0078】
その後、再び計量を行ったところ表5の結果になった。計量には、松浦計量器電子はかり(校正日:2019年1月23日、1ヶ月ごと校正)を用いた。
【表5】
【0079】
この分析結果から検体4の温度、圧力条件での紅茶葉エキス製造により、紅茶葉エキスを抽出する際に発生する凝集・沈殿反応を抑制できることが示唆された。