【課題を解決するための手段】
【0006】
上述する課題を解決するために、本願発明者は研究を重ねた。その結果、一般的な布に対して刺繍を行うように、複合材料製品に用いられる特定繊維製の糸で作られた布である特定繊維クロスに対して、特定繊維製の糸で更に刺繍を行うことで特定繊維クロスに自由度高く図柄を設けることができるのではないか、との着想を得た。
しかしながら、それを実際に行ってみたところ、特定繊維クロスに対して特定繊維製の糸で刺繍をすると、特定繊維クロスを構成する特定繊維製の糸の間に隙間が生じ、さらに隙間が伝播してある種の亀裂となり、目ぞろえの乱れや、部分的な皺の発生、型崩れが生じ、表面平滑性が乱れ、意匠性の著しい劣化から美観としての価値を大きく損なう不具合が生じた。その結果、最終的に得られた複合材料製品に、強度的に不十分な箇所が部分的に見られるようになった。
【0007】
そして、更なる試行錯誤を行った結果、そのような不具合も含めて上述の課題を解決する技術を本願発明者は確立した。
本願発明者が提案する発明は以下のようなものである。
本願発明は、炭素繊維、アラミド繊維、ガラス繊維の少なくとも1つである特定繊維製の糸によってできている布である特定繊維クロスを含む複合材料製品の製造方法(以下、単に「製造方法」ということがある。)である。
かかる製造方法は、前記特定繊維クロスの裏面側に、シートである裏打ちシートを重ね合わせる第1過程、前記特定繊維クロスの表面側に所望の図柄が作られるように、且つ前記特定繊維クロスと前記裏打ちシートとの双方を貫くようにして、前記特定繊維製の糸である刺繍糸によって刺繍を行う第2過程、前記第2過程の後に、前記特定繊維クロス及び前記裏打ちシートを、透明な樹脂により固体化(硬化による固体化も含む、以下も同様である。)させて複合材料製品とする第3過程、を含んでいる。
この製造方法は、第2過程で、特定繊維クロスに対して、所望の図柄が得られるように、特定繊維製の糸である刺繍糸で刺繍を行う。これは、上述した本願発明者の着想によるものである。しかし、それだけでは、上述したような不具合が生じる。それを本願発明では、裏打ちシートを用いることにより解消している。裏打ちシートは、第1過程で特定繊維クロスの裏面側に重ね合わせられる。この状態で、第2過程における刺繍糸で刺繍を行う。刺繍糸は、特定繊維クロスと裏打ちシートの双方を貫くようにする。そうすると、刺繍後の特定繊維クロスにおいて、意匠性の著しい劣化の原因となる刺繍部分の表面平滑性の乱れが抑制される。このような改善が生じるのは、刺繍により特定繊維クロスを構成する糸の配列に縫い針による最小限の隙間は生じるものの、裏打ちシートを用いることで、引き裂き応力の一部を裏打ちシートに担わせることが可能となり、裏打ちシートと特性繊維クロスとの相互補強効果によって、クロス面に生じたわずかな隙間(亀裂の)の伝播を抑制することが可能になるためと考えられる。
そして、第2過程の後に、刺繍が行われた特定繊維クロス及び裏打ちシートを、透明な樹脂により硬化させる第3過程を実行する。その結果得られる複合材料製品は、特定繊維クロスの表面側に作られた図柄が美しいこともあり、複合材料製品の表面側から特定繊維クロスの表面側に刺繍によって作られた図柄を目視できるようになるとともに、その図柄が美しいものとなる。
なお、本願において、特定繊維クロスの「表側」と「裏側」は、特定繊維クロスのうち刺繍により所望の図柄が作られるのが表側、それとは逆側が裏側とそれぞれ定義される。特定繊維クロス、裏打ちシートの表側と裏側は特定繊維クロスの表側と裏側の定義に倣う。
また、本願における「特定繊維クロス」は、特定繊維による糸を用いて作られた布状のもの一般を含み、例えば、上記糸を織って作られた織布、上記糸を編んで作られた編布に加えて、上記糸を一方向に並べたいわゆるUD(Uni-Directional)テープ、ランダムな配向で繊維を堆積させることによりシート状或いはマット状とした不織布を、少なくとも含む。
【0008】
上述のように、第3過程では樹脂により特定繊維クロス及び裏打ちシートを固体化させる。かかる特定繊維クロス及び裏打ちシートの固体化のための第3過程は、従来の複合材料製品を得るために用いられていた特定繊維クロスを樹脂で硬化させるための過程を踏襲したものとすることができる。
例えば、前記第3過程では、前記特定繊維クロス及び前記裏打ちシートの裏面側に他の特定繊維クロスを重ねた状態で、透明な樹脂により硬化させて複合材料製品とすることもできる。これにより、複合材料製品の厚さを増す方向で調節可能となる。
また、前記第3過程では、RFI法(樹脂フィルム注入法:Resin Film Infusion)又はRTM法(樹脂トランスファー成形法:(Resin Transfer Molding)により前記特定繊維クロス及び前記裏打ちシートを、透明な樹脂により硬化させて複合材料製品とするものであっても良い。
RFI法は、大雑把に言うと、特定繊維クロスの少なくとも一方側の面に固体の樹脂(樹脂製のシート)を重ねた状態でそれを型に入れ、型の内部を真空とし、加熱しながら加圧することにより特定繊維クロスを樹脂で硬化させるという公知の手法である。この場合、固体の樹脂は熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂である。熱可塑性樹脂を用いる場合では、加熱により一旦液体になった熱可塑性樹脂が特定繊維クロスに含浸し、その後冷却され固体に戻ることにより特定繊維クロスを固体化させる。熱硬化性樹脂を用いる場合では、特定繊維性クロスに含浸した液体の熱可塑性樹脂液体を加熱に伴う硬化反応により固体化させる。RFI法では一般には加工時間の短さから熱可塑性樹脂が選ばれることが多い。
RTM法は、大雑把に言うと、特定繊維クロスを型に入れた状態で液体の樹脂を型内に注入し、加熱しながら加圧することにより特定繊維クロスを樹脂で硬化させるというこれも公知の手法である。この場合、固体の樹脂は熱硬化性樹脂がよく用いられ、液体の状態で特定繊維クロスに含浸され、加熱による硬化反応で特定繊維クロスの固体化が進む。
なお、第3過程においては、樹脂は、少なくとも特定繊維クロス及び裏打ちシートに対してそれらの裏側面側から含浸させる必要があるが、それらの表面側からは含浸させる必要はない。つまり、最終的に得られる複合材料製品の裏側は樹脂で被覆されている必要があるが、表側は樹脂で被覆されていなくても良い。
【0009】
例えば、RFI法、RTM法を用いる場合には、第3過程は、加熱を伴うものとなる。
RFI法、RTM法を用いる場合に限らないが、第3過程を加熱を伴うものとする場合には、前記裏打ちシートとして、前記第3過程における加熱により溶融し、前記第3過程で用いられる樹脂と一体となる樹脂でできているものを用いることができる。この場合、裏打ちシートを構成する樹脂は、熱可塑性樹脂となる。
裏打ちシートをそのようなものとすると最終的に得られる複合材料製品では、裏打ちシートは、特定繊維クロス及び裏打ちシートを硬化させるための樹脂と一体化してその境界が曖昧になる。それにより、複合材料製品を見る者に裏打ちシートの存在感を感じさせなくなるから、複合材料製品の美観がより向上する可能性がある。例えば、裏打ちシートを構成する樹脂と、特定繊維クロス及び裏打ちシートを固体化させるための樹脂とを、同素材にするか、少なくともそれらの双方を熱可塑性樹脂とすれば両者は問題なく一体となるが、両樹脂は必ずしも同素材である必要はない。また、最終的に得られる複合材料製品の存在感をより感じさせないようにするのであれば、裏打ちシートを構成する樹脂も、それが溶融後に再び固体化したときに透明になるものを選択すれば良い。
【0010】
本願の製造方法では、前記第3過程を加熱を伴うものとするとともに、前記裏打ちシートとして、前記第3過程における加熱によってもその形状を維持する材料でできているものを用いることも可能である。
この場合には、最終的に得られる複合材料製品において、裏打ちシートが残ることになる。もっとも、裏打ちシートが残っても、それは特定繊維クロスの裏側に隠れているので、それが複合材料製品の美観を損ねる可能性は大きくない。
前記第3過程における加熱によってもその形状を維持する材料でできた前記裏打ちシートとして、紙や金属メッシュあるいは皮革でできている薄いシートなどを用いることが可能である。紙でできた裏打ちシートであれば、複合材料製品の製造コストの徒な上昇を抑制することができるし、また、紙であれば、例えば厚さについての様々なバリエーションを持つ既製品が存在するので、複合材料製品の設計の如何によってもその製造コストの上昇を抑制することができる。
【0011】
上述するように第2過程では、特定繊維クロスの表面側に刺繍により図柄を作る。かかる図柄には特に制限がない。例えば、色彩の異なる複数種類の刺繍糸を用いることにより、多色の色彩を持つ図柄を作成することも可能である。
前記第2過程で作られる図柄を前記刺繍糸により実質的に隙間なく塗り潰された塗りつぶし図形とすることが可能である。そのようにすることで、特定線維性クロスに隙間が発生することに基づく不都合を気にかけず刺繍密度を高めることができ、より美粧性に富んだ図柄を形成することができるようになる。
【0012】
裏打ちシートは、特定繊維クロスの裏面に添わせて配されるが、少なくとも、特定繊維クロスに設けられる図柄に対応する位置を、特定繊維クロスの裏面側から特定繊維クロスを覆うようにされる必要がある。また、特定繊維クロスは、第2過程が終了したらそのままの状態で、第3過程において特定繊維クロスとともに樹脂で固体化させられても良い。
他方、本願の製造方法は、前記第2過程の後に、前記図柄の輪郭に沿うようにして、前記図柄の外側に位置する部分の前記裏打ちシートを除去する過程を含んでおり、前記第3過程では、前記特定繊維クロス及び前記図柄の外側に位置する部分が除去された前記裏打ちシートを、透明な樹脂により固体化させて複合材料製品とするものであっても良い。
これによる効果は、例えば、裏打ちシートとして、第3過程における加熱により溶融し、第3過程で用いられる樹脂と一体となる樹脂でできているものを用いる場合であれば、樹脂間の密着性が最大となり、複合材料製品の強度が向上する。
また、裏打ちシートとして、第3過程における加熱によってもその形状を維持する紙等の材料を用いる場合には、裏打ちシートの厚さにもよるが、最終的に得られる複合材料製品において図柄部分をレリーフ状に浮き出させることが可能となるという効果を得られる。