特許第6985150号(P6985150)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6985150
(24)【登録日】2021年11月29日
(45)【発行日】2021年12月22日
(54)【発明の名称】新規抗感染症化合物
(51)【国際特許分類】
   C07K 7/56 20060101AFI20211213BHJP
   C07K 5/03 20060101ALI20211213BHJP
   C12P 21/04 20060101ALI20211213BHJP
   A61K 38/12 20060101ALI20211213BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20211213BHJP
   A23L 33/135 20160101ALN20211213BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20211213BHJP
【FI】
   C07K7/56ZNA
   C07K5/03
   C12P21/04
   A61K38/12
   A61P31/04
   !A23L33/135
   !C12N1/21
【請求項の数】33
【全頁数】44
(21)【出願番号】特願2017-549649(P2017-549649)
(86)(22)【出願日】2016年3月23日
(65)【公表番号】特表2018-510873(P2018-510873A)
(43)【公表日】2018年4月19日
(86)【国際出願番号】EP2016056358
(87)【国際公開番号】WO2016151005
(87)【国際公開日】20160929
【審査請求日】2019年1月7日
(31)【優先権主張番号】15160285.1
(32)【優先日】2015年3月23日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】513008971
【氏名又は名称】エバーハルト カール ウニヴェルジテート テュービンゲン
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】クリスマー,ベルンハルト
(72)【発明者】
【氏名】ペシェル,アンドレアス
(72)【発明者】
【氏名】グロント,シュテファニー
(72)【発明者】
【氏名】ツィペラー,アレクサンダー
(72)【発明者】
【氏名】コーナート,マルティン クリストフ
(72)【発明者】
【氏名】ヤネク,ダニエラ
(72)【発明者】
【氏名】カルバヘール,フーベルト
(72)【発明者】
【氏名】シリング,ナディーネ アンナ
【審査官】 田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】 特表2011−525512(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/073133(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00−19/00
C12P21/00−21/04
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式:
【化1】
(式中、−Xは、H、CH、CHCH
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
および
【化10】
からなる群より選択され、少なくとも1つのXは、
【化11】
および/または
【化12】
であり;
−Yは、O、SおよびNからなる群から選択され、
−mは、0〜3(両端を含む)の整数であり;
−nは、0〜4(両端を含む)の整数である)の化合物、その塩、その溶媒和物ならびにその塩の溶媒和物。
【請求項2】
下記の化学式:
【化13】
(式中、−Xは、H、CH、CHCH、アントラニルアラニン、DOPA、チロシン、トレオニン、
【化14】
【化15】
【化16】
【化17】
および
【化18】
からなる群より選択され、少なくとも1つのXは、
【化19】
および/または
【化20】
である)で示されることを特徴とする、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
下記の化学式:
【化21】
(式中、Yは、
【化22】
【化23】
および
【化24】
からなる群より選択される)で示されることを特徴とする、請求項1または2に記載の化合物。
【請求項4】
下記の化学式:
【化25】
で示されることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項5】
下記の化学式:
【化26】
で示される化合物、その塩、その溶媒和物ならびにその塩の溶媒和物。
【請求項6】
下記の化学式:
【化27】
で示される化合物、その塩、その溶媒和物ならびにその溶媒和物の塩。
【請求項7】
疾患の治療用および/または予防用の請求項1〜6のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項8】
感染症の治療および/または予防の請求項1〜7のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項9】
細菌性疾患の治療用および/または予防用の請求項1〜8のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項10】
グラム陽性細菌による感染症の治療用および/または予防用の請求項1〜9のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項11】
メチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)およびバンコマイシン耐性Staphylococcus aureus(VRSA)を含むStaphylococcus aureusによる感染症の治療用および/または予防用の請求項1〜10のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項12】
疾患の治療用および/または予防用の医薬組成物の製造のための、請求項1〜11のいずれか1項に記載の化合物の使用。
【請求項13】
感染症の治療用および/または予防用の医薬組成物の製造のための、請求項1〜11のいずれか1項に記載の化合物の使用。
【請求項14】
細菌性疾患の治療用および/または予防用の医薬組成物の製造のための、請求項1〜11のいずれか1項に記載の化合物の使用。
【請求項15】
グラム陽性細菌による感染症の治療用および/または予防用の医薬組成物の製造のための、請求項1〜11のいずれか1項に記載の化合物の使用。
【請求項16】
メチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)およびバンコマイシン耐性Staphylococcus aureus(VRSA)を含むStaphylococcus aureusによる感染症の治療用および/または予防用の医薬組成物の製造のための、請求項1〜11のいずれか1項に記載の化合物の使用。
【請求項17】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の化合物および医薬的に許容される担体を含む医薬組成物。
【請求項18】
疾患の治療用および/または予防用の請求項17に記載の医薬組成物。
【請求項19】
感染症の治療用および/または予防用の請求項18に記載の医薬組成物。
【請求項20】
細菌性疾患の治療用および/または予防用の請求項19に記載の医薬組成物。
【請求項21】
グラム陽性細菌による感染症の治療用および/または予防用の請求項20に記載の医薬組成物。
【請求項22】
メチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)およびバンコマイシン耐性Staphylococcus aureus(VRSA)を含むStaphylococcus aureusによる感染症の治療用および/または予防用の請求項21に記載の医薬組成物。
【請求項23】
請求項4に記載の化合物を製造する方法であって、
1.Staphylococcus lugdunensis菌種の細菌を提供する工程、および
2.前記細菌から請求項4に記載の化合物を精製する工程
を含む方法。
【請求項24】
工程(1)の後かつ工程(2)の前に、前記細菌および前記細菌の培養液を抽出処理に供し、前記細菌からの抽出物および前記培養液からの抽出物を工程(2)に供して、これらの抽出物から前記化合物を精製することを特徴とする、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
工程(2)の精製が、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を使用して、前記化合物に関連するシグナルピークを確認することを含む、請求項23または24に記載の方法。
【請求項26】
前記シグナルピークが、650Da〜950Daの分子量に対応することを特徴とする、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
前記シグナルピークが、700Da〜850Daの分子量に対応することを特徴とする、請求項26に記載の方法。
【請求項28】
前記シグナルピークが、750Da〜800Daの分子量に対応することを特徴とする、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
前記シグナルピークが、770Da〜790Daの分子量に対応することを特徴とする、請求項28に記載の方法。
【請求項30】
前記シグナルピークが、782.5Daの分子量に対応することを特徴とする、請求項29に記載の方法。
【請求項31】
請求項4に記載の化合物を製造する方法であって、
1.生体系(ただしヒトを除く)においてStaphylococcus lugdunensis菌種の非リボソームペプチド合成酵素系II(NRPS−II)を発現させる工程、
2.発現させたNRPS−IIを、請求項4に記載の化合物の合成が可能な条件下でインキュベートする工程、および
3.前記化合物を精製する工程
を含む方法。
【請求項32】
前記NRPS−IIが、遺伝子lugA、lugB、lugCおよびlugDのコード配列と、任意で、GntRファミリー転写制御因子、ABCトランスポーター(GdmF型の多剤輸送システム)、ABC−2型輸送システムの透過酵素タンパク質、ABCトランスポーター、仮定上の膜蛋白質、TetR/AcrRファミリー制御因子、チオエステラーゼファミリータンパク質、4’−ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼおよび(バチルス属菌の)sigYの推定上の負の制御因子のコード配列のいずれかを含む核酸分子でコードされていることを特徴とする、請求項31に記載の方法。
【請求項33】
前記条件が、アミノ酸、チオエステラーゼおよび緩衝液を含むことを特徴とする、請求項31または32に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規の抗感染症化合物;疾患、好ましくは感染症の治療用および/または予防用の医薬組成物の製造のための前記化合物の使用;前記化合物を含む医薬組成物;ならびに前記化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
感染症の制御および治療は、現代社会の最大の課題の一つである。世界全体で毎日40,000人近い男女や子供が感染症で死亡している。
【0003】
感染性因子の中でも病原性細菌は、これまで以上に重要視されている。細菌感染症の治療の選択肢として、細菌の死滅またはその増殖の阻止を目的とする抗生物質の使用が可能である。しかし、抗生物質に対する耐性という問題が、病原性細菌の種類が増え続けている状況において、細菌感染の予防および治療を脅かす存在になっている。抗生物質に対する耐性は、世界中のあらゆる地域でみられ、世界の公衆衛生にとってますます深刻な脅威となっており、科学や社会のあらゆる分野で措置を講じることが求められている。
【0004】
抗生物質に対する耐性は、例えば、尿路感染症、肺炎、血液感染症などの世界中のあらゆる地域で共通して見られる感染症の起因菌において高い割合で発生している。院内感染症の起因菌の中で、高い割合を占めているのは、いわゆるメチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)である。MRSAは、ヒトにおいて、治療が困難な種々の感染症を引き起こす細菌である。MRSAは、オキサシリン耐性Staphylococcus aureus(ORSA)とも呼ばれる。MRSAは、自然淘汰の過程で、メチシリン、ジクロキサシリン、ナフシリン、オキサシリンなどのペニシリン系抗生物質やセファロスポリン系抗生物質を含むβ−ラクタム系抗生物質に対して耐性化したStaphylococcus aureusの任意の菌株である。MRSAは、病院、刑務所や介護施設においては特に厄介であり、その理由として、開放創、侵襲性装置の装着や免疫機能の低下を伴う患者は、一般の人よりも院内感染のリスクが高いということが挙げられる。MRSAは、院内感染型として始まったが、その後、限られた地域で流行するようになり、現在では市中感染型が増えてきている。
【0005】
MRSAに関しては、予防策に加えて、新規治療法に対する研究も鋭意進められている。ヘンリー・フォード病院で実施された試験によれば、現在、MRSA治療の第一選択薬はバンコマイシンであると考えられる。しかし、新たに発見されたMRSAの菌株の中には、バンコマイシンにも耐性を示す菌(例えばバイコマイシン耐性Staphylococcus aureus(VRSA))や、MRSAを治療するために新たに開発された別の抗生物質に耐性を示す菌も存在する。
【0006】
特許文献DE 10 2005 055 944には、抗菌剤としての使用を意図した環状のイミノペプチド誘導体が開示されている。しかし、この公知化合物の実際の臨床における有効性は証明されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような背景から、本発明の基礎となる目的は、メチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)、バイコマイシン耐性Staphylococcus aureus(VRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)など、現在利用可能な薬剤に耐性を示す感染性因子の治療に有効な新規の抗感染症化合物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この目的は、下記の化学式(I):
【化1】
(式中、−Xは、H、CH、CHCH、アントラニルアラニン、DOPA、チロシン、トレオニン、
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
および
【化6】
からなる群より選択され、少なくとも1つ、好ましくは最大2つもしくは3つのXは、
【化7】
および/または
【化8】
であり;
−Yは、O、H、OH、SおよびNからなる群から選択され、
【化9】
において、
------------は、結合なし、単結合または二重結合を示し、
------------は、単結合または二重結合を示し;
−mは、0と3との間の整数であり;
−nは、0と4との間の整数である)の化合物、その塩、その溶媒和物ならびにその塩の溶媒和物の提供により達成される。
【0009】
本発明者らは、Staphylococcus lugdunensisという細菌から、化学式(I)の範囲に含まれる、ある環状ペプチドを単離することに成功した。この環状ペプチドは、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)であるEnterococcus faecalisおよびE.faecium、Streptococcus pneumonia、Listeria monocytogenesならびにStaphylococcus aureusを含む様々な病原性細菌に対して強い活性を示す。本発明者らは、さらに研究を進めて、化学式(I)で示されるコア構造が、単離した化合物の抗菌活性に関与することを確認した。
【0010】
前記新規化合物は、環状構造内に5〜9個のアミノ酸を含む。この「大員環」に含まれるアミノ酸は、疎水性芳香族アミノ酸が好ましく、少なくとも1つのアミノ酸はトリプトファンまたはフェニルアラニンである必要があり、一実施形態においては、好ましくは最大2つ、3つ、4つなどの複数のアミノ酸がトリプトファンまたはフェニルアラニンである。好ましくは、2個以下の芳香族アミノ酸が含まれている。
【0011】
前記新規化合物は、さらに「小員環」、すなわちチアゾリジン環、オキサゾリジン環またはイミダゾリジン環などの5員環、6員環または7員環の複素環を含んでいてもよい。この小員環は、二重結合を有する必要はないが、破線と下線の組み合わせで示されるように、単結合または二重結合を有していてもよい。また、破線で示されるように、環構造を有さず、「小員環」が開環した状態であってもよい。
【0012】
本発明の化合物には、その個々の構造によって、立体異性体(エナンチオマー、ジアステレオマー)が存在する場合がある。したがって、本発明は、このようなエナンチオマーまたはジアステレオマーおよびそれらの混合物も包含する。そのようなエナンチオマーおよび/またはジアステレオマーの混合物から立体異性学的に均一な成分を単離することは、公知の方法により可能である。本発明の化合物において、互変異性体が存在する場合、そのような互変異性体もすべて本発明に包含される。
【0013】
本発明の目的に好適な塩は、本発明の化合物の生理学的に許容される塩である。しかし、それ自体医薬用途に適していなくても、例えば、本発明の化合物の単離または精製に使用することができる塩であれば、このような塩も本発明に包含される。
【0014】
化学式(I)の化合物の医薬的に許容される塩として、無機塩基の塩、例えば、アンモニウム塩、アルカリ金属塩、特にナトリウム塩やカリウム塩、アルカリ土類金属塩、特にマグネシウム塩やカルシウム塩;有機塩基の塩、特に、シクロヘキシルアミン、ベンジルアミン、オクチルアミン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、エチレンジアミン、プロカイン、モルホリン、ピロリン、ピペリジン、N−エチルピペリジン、N−メチルモルホリンまたはピペラジンといった有機塩基に由来する塩;塩基性アミノ酸との塩、特にリジン、アルギニン、オルニチンまたはヒスチジンとの塩などが挙げられる。
【0015】
化学式(I)の化合物の医薬的に許容される塩として、無機酸の塩、例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩またはホスホン酸塩;有機酸の塩、特に酢酸塩、ギ酸塩、プロピオン酸塩、乳酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、安息香酸塩、酒石酸塩、リンゴ酸塩、メタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩またはベンゼンスルホン酸塩;酸性アミノ酸との塩、特にアスパラギン酸塩またはグルタミン酸塩などがさらに挙げられる。
【0016】
本発明の目的に好適な溶媒和物は、固体状態または液体状態で、本発明の化合物に溶媒分子が配位して形成される複合体である、本発明の化合物の溶媒和物形態を指す。水和物は、水分子の配位により形成される、溶媒和物の特定の一形態である。
【0017】
本発明の化合物は、該化合物が配位子として働くことにより、例えば、鉄、カルシウムなどと複合体を形成してもよく、そのような複合体も本発明の対象である。
【0018】
上記により、本発明の根底にある問題は完全に解決される。
【0019】
本発明の別の一実施形態において、本発明の化合物は、下記の化学式(II):
【化10】
(式中、−Xは、H、CH、CHCH、アントラニルアラニン、DOPA、チロシン、トレオニン、
【化11】
【化12】
【化13】
【化14】
および
【化15】
からなる群より選択され、少なくとも1つ、好ましくは最大2つもしくは3つのXは、
【化16】
および/または
【化17】
である)で示される化合物、その塩、その溶媒和物ならびにその塩の溶媒和物であることを特徴とする。
【0020】
本発明者らにより実証されているように、7個のアミノ酸を含む大員環とチアゾリジン小員環とからなる本発明の化合物は、特に強い抗菌活性を有する。
【0021】
化学式(I)で示される化合物に関して記載された特徴、特性および利点は、化学式(II)で示される化合物にも当てはまる。
【0022】
別の一実施形態において、本発明の化合物は、下記の化学式(III):
【化18】
(式中、Yは、
【化19】
【化20】
および
【化21】
からなる群より選択される)で示されることを特徴とする。
【0023】
本発明者らによって確認されているように、化学式(III)のコア構造で示される本発明の化合物は、極めて高い抗菌活性を示す。
【0024】
化学式(I)および(II)で示される化合物に関して記載された特徴、特性および利点は、化学式(III)で示される化合物にも当てはまる。
【0025】
別の一実施形態において、本発明の化合物は、下記の化学式(IV):
【化22】
で示されることを特徴とする。
【0026】
この実施形態において提供される化合物は、まさに本発明者らがStaphylococcus lugdunensisから単離した化合物である。この化合物は、一般式(I)〜(III)で示される化合物の抗菌活性を実証するための実施形態で、模範的に使用されている。本発明者らにより実証されているように、この化合物は殺菌活性を有しており、よって細菌感染を確実かつ効果的に阻止することができる。この化合物は、周知の微生物学的手法と周知の化学的手法であるクロマトグラフィーとを組み合わせることによって、Staphylococcus lugdunensisから単離することが可能であり、また、ペプチド合成によって合成することも可能である。
【0027】
化学式(I)、(II)および(III)で示される化合物に関して記載された特徴、特性および利点は、化学式(IV)で示される化合物にも当てはまる。
【0028】
本発明のさらなる一発展形態において、本発明の化合物は、疾患、好ましくは感染症、さらに好ましくは細菌性疾患、さらに好ましくはグラム陽性細菌による感染症、特に好ましくは、特にメチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)およびバイコマイシン耐性Staphylococcus aureus(VRSA)を含むStaphylococcus aureusによる感染症の治療および/または予防のために提供される。
【0029】
この方策は、様々な感染性因子、特にヒトにおいて種々の重篤な感染症を引き起こすMRSAに変異したStaphylococcus aureusに対して有効な化合物が提供されるという利点を有する。
【0030】
本発明の化合物は、その薬理学的特性により、単独でまたは他の薬剤と組み合わせて使用することにより、疾患または感染症、特に細菌感染症を治療および/または予防することができる。
【0031】
例えば、下記の病原体の感染または下記の複数の病原体の混合感染により引き起こされる局所性疾患および/または全身性疾患を治療および/または予防することができる:
【0032】
スタフィロコッカス属菌(Staph.aureus、Staph.epidermidis)、ストレプトコッカス属菌(Strept.agalactiae、Enterococcus faecalis、Strept.pneumonia、Strept.pyogenes)などのグラム陽性球菌;バチルス属菌(Bacillus anthracis)、リステリア属菌(Listeria monocytogenes)、コリネバクテリウム属菌(Corynebacterium diphteriae)などのグラム陽性杆菌;グラム陰性球菌(Neisseria gonorrhoeae);Escherichia coli、Haemophilus influenzae、シトロバクター属菌(Citrob.freundii、Citrob.divernis)、サルモネラ属菌、赤痢属菌などの腸内細菌科に属する菌を含むグラム陰性杆菌;ならびにクレブシエラ属菌(Klebs.pneumoniae、Klebs.oxytoca)、エンテロバクター属菌(Ent.aerogenes、Pantoea agglomerans)、ハフニア属菌、セラチア属菌(Serr.marcescens)、プロテウス属菌(Pr.mirabilis、Pr.rettgeri、Pr.vulgaris)、プロビデンシア属菌、エルシニア属菌およびアシネトバクター属菌。さらに、抗菌スペクトルには、シュードモナス属菌(Ps.aeruginosaおよびPs.maltophilia);Bacteroides fragilis、ペプトコッカス属、ペプトストレプトコッカス属およびクロストリジウム属の代表的な菌種などの絶対嫌気性細菌;さらにマイコプラズマ(M.pneumoniae、M.hominis、M.urealyticum)およびMycobacterium tuberculosisなどのマイコバクテリアも含まれる。
【0033】
上記の病原体の一覧は単なる例示であり、本発明を限定するものではない。
【0034】
本発明の化合物によって治癒、予防または緩和することができる、上記の病原体または混合感染が原因の疾患としては、例えば、下記の疾患が挙げられる:
【0035】
敗血症性感染症、骨・関節感染症、皮膚感染症、術後創傷感染症、膿瘍、蜂巣炎、創傷感染症、感染した熱傷、熱傷、口腔感染症、歯科術後感染症、化膿性関節炎、乳腺炎、扁桃炎、泌尿生殖器感染症、眼感染症などのヒトの感染症。
【0036】
特に、鼻腔内コロニー形成および鼻腔感染症の治療および/または予防のための本発明の化合物の使用が好ましい。
【0037】
この点に関して、本発明者らの知見によれば、本発明の化合物は、単離した環状ペプチドが作用する自然環境に配置される。
【0038】
ヒトに限らずその他の動物の細菌感染症も治療または予防することが可能であり、そのような細菌感染症として、下記の例が挙げられる。
【0039】
ブタ:大腸菌性下痢症、腸毒血症、敗血症、赤痢、サルモネラ症、子宮炎−乳腺炎−無乳症症候群、乳腺炎;
【0040】
反芻動物(ウシ、ヒツジ、ヤギ):下痢、敗血症、気管支肺炎、サルモネラ症、パスツレラ症、マイコプラズマ症および性器感染症;
【0041】
ウマ:気管支肺炎、産褥期感染症および産褥後感染症、サルモネラ症;
【0042】
イヌおよびネコ:気管支肺炎、下痢、皮膚炎、耳炎、尿路感染症、前立腺炎;ならびに
【0043】
家禽類(ニワトリ、七面鳥、ウズラ、ハト、飼育舎で飼われている鳥類など):マイコプラズマ症、大腸菌感染症、慢性気道疾患、サルモネラ症、パスツレラ症、オウム病。
【0044】
また、有用魚および鑑賞魚の繁殖および飼育において発症しうる細菌性疾患を治療することも可能であり、またヒトの場合においても、抗菌スペクトルは、パスツレラ属菌、ブルセラ属菌、カンピロバクター属菌、リステリア属菌、エリジペロスリックス菌、コリネバクテリウム属菌、ボレリア属菌、トレポネーマ属菌、ノカルディア属菌、リケッチア属菌、エルシニア属菌などの病原体にまで及ぶ。
【0045】
本発明の化合物により、ヒトまたはその他の動物の細菌感染症だけではなく、植物の細菌感染症も治療または予防することが可能である。
【0046】
本発明の化合物は、全身および/または局所に作用させることができる。この目的のために、本発明の化合物は、適切な方法によって投与することが可能であり、例えば、経口、非経口、経肺、経鼻、舌下、舌側、頬側、直腸内、皮膚、経皮、結膜下、耳腔内などの経路から投与してもよく、また、インプラントまたはステントを用いて投与してもよい。
【0047】
中でも、本発明の化合物が深部の組織にまで浸透することが本発明者らにより実証されていることから、局所適用が特に好ましい。
【0048】
このような背景から、本発明の別の主題は、疾患、好ましくは感染症、さらに好ましくは細菌性疾患、さらに好ましくはグラム陽性細菌による感染症、特に好ましくは、メチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)を含むStaphylococcus aureusによる感染症の治療用および/または予防用の医薬組成物の製造のための、本発明の化合物の使用である。
【0049】
本発明の別の主題は、本発明の化合物および医薬的に許容される担体を含む医薬組成物である。
【0050】
この目的において、「医薬的に許容される担体」は、感染症の治療の分野で一般的に使用される任意の賦形剤、添加剤または媒体であって、本発明の化合物の生体への投与を簡便もしくは可能にするもの、ならびに/または該化合物の安定性および/もしくは活性を向上させるものを意味するものと理解される。前記医薬組成物には、さらに結合剤、希釈剤または滑沢剤を配合することができる。医薬担体またはその他の添加剤の選択は、所望の投与経路および標準の医薬的慣行に基づいて行われる。医薬的に許容される担体としては、溶剤、増量剤またはその他の液体の結合媒体、例えば、分散剤、懸濁化剤、界面活性剤、等張化剤、展着剤や乳化剤など、さらに、防腐剤、カプセル化剤、固体の結合媒体などを使用することが可能であり、各用法に最も適したもの、また本発明の化合物に適合するものが選択される。このような付加的な成分の概要については、例えば、Roweら編集のHandbook of Pharmaceutical Excipients(医薬賦形剤ハンドブック)、第7版、2012年、Pharmaceutical Press社に記載されている。
【0051】
本発明のさらなる一発展形態において、本発明の医薬組成物は、疾患、好ましくは感染症、さらに好ましくは細菌性疾患、さらに好ましくはグラム陽性細菌による感染症、特に好ましくは、メチシリン耐性Staphylococcus aureus(MRSA)を含むStaphylococcus aureusによる感染症の治療および/または予防のために提供される。
【0052】
本発明の化合物の特徴、特性、利点および実施形態は、本発明の使用および医薬組成物にも同様に適用される。
【0053】
本発明の別の主題は、本発明の化合物の製造方法であって、
1.Staphylococcus lugdunensis菌種の細菌を提供する工程、および
2.前記細菌から本発明の化合物を精製する工程
を含む方法である。
【0054】
この点に関して、本発明の化合物を製造または単離するために本発明者らが使用した方法が提供される。この実施形態または本開示内の他の箇所で言及されるStaphylococcus lugdunensis菌種には、分離株またはIVK28株が含まれる。
【0055】
本発明の方法の一実施形態において、工程(1)の後かつ工程(2)の前に、前記細菌および前記細菌の培養液を抽出処理に供し、前記細菌からの抽出物および前記培養液からの抽出物を工程(2)に供して、これらの抽出物から前記化合物を精製する。
【0056】
この方策は、本発明の化合物の主要供給源のみが精製工程に提供されるという利点を有しており、微生物学的手法と化学的手法であるクロマトグラフィー(これらはいずれも当業者に周知である)とを組み合わせて用いることにより、該主要供給源から本発明の化合物を単離することができる。
【0057】
本発明の方法の別の一実施形態において、工程(2)の精製は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を使用して、前記化合物に関連するピークシグナルを確認することを含む。
【0058】
この方策は、確立されたペプチド精製ツールを利用して、本発明の化合物を確実に同定できるという利点を有する。
【0059】
本発明の方法の別の一実施形態において、前記シグナルピークは、約650Da〜約950Da、好ましくは約700Da〜約850Da、さらに好ましくは約750Da〜約800Da、さらに好ましくは約770Da〜約790Da、特に好ましくは約782.5Daの分子量に対応する。
【0060】
この方策は、上記範囲に含まれる本発明の化合物を、分子量によって容易に同定することができるという利点を有する。
【0061】
本発明の別の主題は、本発明の化合物の製造方法であって、
1.生体系においてStaphylococcus lugdunensis菌種の非リボソームペプチド合成酵素系II(NRPS−II)を発現させる工程、
2.発現させたNRPS−IIを、本発明の化合物の合成が可能な条件下でインキュベートする工程、および
3.前記化合物を精製する工程
を含む方法である。
【0062】
本発明者らは、Staphylococcus lugdunensis菌種のNRPS−IIが、本発明の化合物の合成に関与していることを見出しており、したがって、本方法は、この天然の装置を利用して、前記新規化合物を製造する方法である。
【0063】
本発明の方法の一実施形態において、前記NRPS−IIは、遺伝子lugA、lugB、lugCおよびlugDのコード配列のいずれかと、任意で、GntRファミリー転写制御因子、ABCトランスポーター(GdmF型の多剤輸送システム)、ABC−2型輸送システムの透過酵素タンパク質、ABCトランスポーター、仮定上の膜蛋白質、TetR/AcrRファミリー制御因子、チオエステラーゼファミリータンパク質、4’−ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼおよび(バチルス属菌の)sigYの推定上の負の制御因子のコード配列のいずれかを含む核酸分子でコードされている。
【0064】
本発明者らは、本発明の化合物の合成および任意の補因子に関与する遺伝子を同定することに成功し、その本質的な特徴を分子生物学的な人工システムで利用することにより、目的の化合物を量産する方法を提供することに成功した。
【0065】
NRPS−IIに含まれるコード配列は、配列番号1から取得することができる。以下に、各コード配列のヌクレオチド番号を示す。
lugA:6007〜13131
lugB:13121〜17341
lugC:17359〜26172
lugD:26893〜28632
GntRファミリー転写制御因子:427〜936
ABCトランスポーター(GdmF型の多剤輸送システム):1253〜2143
ABC−2型輸送システムの透過酵素タンパク質:2140〜2904
ABCトランスポーター:2917〜3630
仮定上の膜蛋白質:3623〜5164
TetR/AcrRファミリー制御因子:5409〜5981
チオエステラーゼファミリータンパク質:26169〜26855
4’−ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼ:28640〜29293
(バチルス属菌の)sigYの推定上の負の制御因子:1027〜1266
【0066】
このような背景から、本発明の別の主題は、配列番号1のヌクレオチド配列を含む核酸分子および/またはStaphylococcus lugdunensis菌種の非リボソームペプチド合成酵素系II(NRPS−II)の上記コード配列のうちのいずれかを含む核酸分子である。このような核酸分子としては、例えば、一般的な分子生物学的発現系において、コードされるタンパク質の制御発現に適した構成を有するベクターまたはプラスミドが挙げられる。また、本発明の主題は、上記の核酸分子によってコードされるタンパク質および/またはペプチドと同一のタンパク質および/またはペプチドをコードする核酸分子であって、遺伝子コードの縮重により元のヌクレオチド配列が修飾されているか、異なるヌクレオチド配列を有する核酸分子である。
【0067】
本発明の別の主題は、本発明の核酸分子の発現によって得られた発現産物に関し、該発現産物には、遺伝子lugA、lugB、lugC、lugDのいずれかでコードされたタンパク質および/もしくはペプチド、GntRファミリー転写制御因子、ABCトランスポーター(GdmF型の多剤輸送システム)、ABC−2型輸送システムの透過酵素タンパク質、ABCトランスポーター、仮定上の膜蛋白質、TetR/AcrRファミリー制御因子、チオエステラーゼファミリータンパク質、4’−ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼおよび(バチルス属菌の)sigYの推定上の負の制御因子、または本発明の主題である上記のヌクレオチド配列でコードされたタンパク質および/もしくはペプチドが含まれる。
【0068】
本発明のさらなる主題は、本発明の核酸分子の発現によって得られた発現産物(ペプチド、タンパク質)のいずれかを特異的に標的とする抗体に関する。
【0069】
本発明の方法の別の一実施形態において、本発明の化合物の合成が可能な条件は、アミノ酸、チオエステラーゼおよび緩衝液を含む。
【0070】
この方策によって、上記条件が、本発明の化合物が高収率で得られるように調整される。
【0071】
本発明の別の目的は、ヒトまたはその他の動物などの生物の疾患、特に上述した疾患を治療および/または予防する方法であって、抗菌効果が得られる量の本発明の化合物を前記生物に投与することを含む方法である。
【0072】
本発明の別の目的は、本発明の化合物を産生することができる微生物を含むプロバイオティクスである。
【0073】
驚くべきことに、本発明者らは、前記新規抗菌化合物を産生する細菌などの微生物をそのまま使用することにより、例えば、生物の臓器における病原性微生物の増殖またはコロニー形成を阻止または抑制できることを見出した。
【0074】
本発明において、「プロバイオティクス」は、摂取または投与により、ヒトなどの生物に健康上の効用をもたらす微生物と理解される。具体的には、Staphylococcus aureusなどの病原性微生物のコロニーが形成されやすい臓器にプロバイオティクスを投与することにより、このような病原性因子が排除される。その結果、病原性負荷が低減または完全に排除される。
【0075】
好ましい一実施形態において、前記プロバイオティクスとして使用される微生物は、Staphylococcus lugdunensisである。Staphylococcus lugdunensisは、その天然形態、すなわち野生株を使用してもよく、また、本発明の化合物の産生能力が保持された変異形態(例えば、遺伝子組換え体、野生株の弱毒変異体)を使用してもよい。
【0076】
本発明の別の一実施形態において、前記プロバイオティクスは、生物の臓器、例えばヒトの臓器における病原性微生物のコロニー形成を阻止または抑制するために用いられる。前記臓器は鼻であってもよく、その場合、前記プロバイオティクスは生物の鼻腔内に投与してもよい。また、前記臓器は皮膚であってもよく、その場合、前記プロバイオティクスは生物の皮膚表面に投与してもよい。
【0077】
当然のことながら、上述した特徴および以下に述べる特徴は、個々の事例で示した組み合わせだけでなく、本発明の範囲から逸脱しない限りは、他の組み合わせまたは単独でも使用可能である。
【0078】
以下、実施形態により本発明についてさらに説明する。これにより、本発明のさらなる特徴、特性および利点が明らかになるであろう。以下の実施形態は単なる例示であり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0079】
特定の実施形態で述べられる特徴は、本発明全体としての特徴でもあり、それぞれの実施形態でのみ適用されるものではなく、本発明の任意の実施形態で単独でも適用されうるものである。
【図面の簡単な説明】
【0080】
本発明について、下記の図面を参照することより、さらに詳細に記載し、説明する。
図1】S.lugdunensisの野生株および同質遺伝子変異株によるルグドゥニンの産生を示す図である。S.lugdunensis IVK28野生株、ΔlugD変異株および補完された変異株を用いたS.aureus USA300に対する生物活性アッセイ。S.aureus USA300をBMプレートに接種して菌叢を形成し、このプレート上に、一晩培養したS.lugdunensis IVK28の野生株、変異株ΔlugDおよび補完された変異株ΔlugD::pRB474/lugDをそれぞれスポットした。
図2】S.lugdunensis IVK28の非リボソームペプチド合成酵素の、ルグドゥニンの合成に必要とされる遺伝子座、および該酵素のドメイン構造を予測された特異性とともに示した図である。
図3】S.lugdunensis IVK28の細胞抽出液に含まれるNRPS−II産物の同定を行った結果である。(A)S.lugdunensis野生株(青色)および変異株M1(赤色)の細胞抽出液のHPLC−UVクロマトグラム(UV210nm)(X軸:時間[分]、Y軸:210nmにおける吸収[mAU]);(B)保持時間10.6分のピークをHPLC−MSで分析した結果、質量は782.5Daと確認された(ESI pos.:m/z 783.6[M+H]、ESI neg.:m/z 781.5[M−H]、m/z 817.5[M+Cl])。
図4】S.lugdunensis IVK28がS.aureus USA300を排除可能であることを示した図である。S.aureus USA300(黒色)およびS.lugdunensis IVK28野生株(A)または変異株ΔlugD(BおよびC)(白色)を、異なる比率(10:1(AおよびB)または1:10(C))で混合して、2,2’−ビピリジンを含むBM寒天培地にスポットした。各時点において、スポットした箇所における菌株の比率を求めた。いずれの図も3回の実験の平均値を示したものである。
図5】本発明の化合物を具体化した環状ペプチド(「ルグドゥニン」)のHPLC−MS−MS断片(A)および構造式(B)を示した図である。
図6】ルグドゥニンが殺菌作用を有し、自然発生的な耐性発現を誘導する傾向を有していないことを示した図である。(A)死滅曲線:S.aureusを10×MICのルグドゥニンと共にインキュベートすると、接種原であるS.aureusは30時間後に完全に死滅する。データは、独立して行った3回の実験の中央値±S.D.で示す。(B)抑制濃度未満のリファンピシンの存在下、S.aureusの継代培養を繰り返し行うと、自然発生的にリファンピシン耐性が急速に増大する。しかし、このような耐性発現はルグドゥニンでは見られなかった。独立して行った2回の実験のうちの代表的な結果を示す。
図7】非増殖性S.aureus USA300に対するルグドゥニンの殺菌作用を示す図である。S.aureus USA300を1.5μg/mLルグドゥニンと共にインキュベートすると、6時間以内にPBS中の生菌数は少なくとも100分の1に減少する。
図8】ルグドゥニンがマウステープストリッピングモデルにおいてin vivo活性を有することを示した図である。剃毛したC57BL/6マウスの皮膚にS.aureus Newmanのコロニーを形成させた後、ルグドゥニンを数時間おきに3回塗布した。45時間後、マウスを屠殺し、皮膚表面(洗浄液画分)の菌体数および深部の皮膚組織(擦り取り画分)の菌体数を測定した。ルグドゥニンの処置により、いずれの画分でも菌体数が有意に低減しており、ルグドゥニンはin vivoでも効果があることが示された(p<0.05)。
図9】3時間のインキュベーションにより、好中性顆粒球に対する細胞傷害性の可能性を確かめた細胞傷害性試験の結果を示す。
図10】ルグドゥニンを産生するS.lugdunensisがin vitro試験およびコットンラットを用いたin vivo試験においてS.aureusを排除することを示した図である。(A)S.aureusとS.lugdunensis IVK28野生株を約90:10の比率で接種した寒天プレートでは、S.lugdunensis IVK28野生株の増殖がS.aureusの増殖を上回る。(B)一方、接種時のIVK28 ΔlugDとS.aureusの比率が約90:10である場合は、S.aureusの増殖がIVK28 ΔlugDの増殖を上回る(b)。(C)S.lugdunensis ΔlugDの増殖がS.aureusの増殖を上回る能力は、プラスミドにコードされたlugDによって大幅に回復される。(D)S.aureusとIVK28 ΔlugDを約10:90の比率で接種した場合でも、S.aureusの増殖がS.lugdunensis ΔlugDの増殖を上回る。データは、独立して行った3回の実験の平均値±S.D.で示す。開始時と各時点との間の有意差分析は、一元配置分散分析により行った(:p<0.05;**:p<0.01;***:p<0.001;****:p<0.0001;n.s:有意差なし)。(E)コットンラットの鼻腔内にS.aureusとS.lugdunensis IVK28野生株を注入して共にコロニーを形成させた場合、5日後のS.aureusのCFUはS.lugdunensis IVK28 ΔlugDより有意に低い値を示す。横線は、各群の中央値を示す。マン・ホイットニー検定で算出された有意差を示す(:p<0.05)。
図11】コットンラットの鼻腔内におけるS.aureusとS.lugdunensisのコロニー形成比率を示した図である。各種接種原のコロニー形成効率を調べるために、S.aureus Newman(A)、S.lugdunensis IVK28野生株(B)およびS.lugdunensis IVK28 ΔlugD(C)をそれぞれコットンラットの鼻腔内に注入した。5日後、各鼻腔における各菌株のCFUを求めて、それぞれ点でプロットした。図中の線は、各群の中央値を示す。
図12】187名の有リスク患者のサンプルにおける、S.aureus保有、S.lugdunensis保有、および両菌種保有の比率を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0081】
実施形態
A.方法
1.菌株および増殖条件
以下の実験において、Staphylococcus属菌株として、S.aureus USA300 LAC、S.aureus USA300 NRS384、S.aureus Mu50、S.aureus RN4220、S.aureus SA113、S.aureus Newman、S.aureus PS187、S.lugdunensis IVK28、S.lugdunensis IVK28 ΔlugD、S.lugdunensis IVK28 ΔlugD::pRB474/lugDおよびS.lugdunensis IVK28−Xylを使用した。MIC測定には、Enterococcus faecium BK463、E.faecalis VRE366、Listeria monocytogenes ATCC19118、Streptococcus pneumoniae ATCC49619、Pseudomonas aeruginosa PAO1およびEscherichia coli DH5αも使用した。また、クローニング用の宿主としてEscherichia coli DC10Bを使用した。さらに、以下に記載のコロニー形成試験の過程で診断用のサンプルからS.aureus60株およびS.lugdunensis17株を単離した。
【0082】
標準増殖培地として、基礎培地(BM:1%大豆ペプトン、0.5%酵母エキス、0.5%NaCl、0.1%グルコースおよび0.1%KHPO、pH7.2)を使用した。MIC測定および殺菌アッセイは、Mueller Hinton培地(MHB;Roth社、カールスルーエ、ドイツ)を用いて行った。S.lugdunensisの同定には、当技術分野の過去の文献に記載されているように、S.lugdunensis選択用培地(SSL)を使用した。必要に応じて、抗生物質として、ストレプトマイシンを250μg/mLの濃度で、クロラムフェニコールを10μg/mLの濃度で、エリスロマイシンを2.5μg/mLの濃度で、アンピシリンを100μg/mLの濃度で使用した。

2.生物活性試験
【0083】
90株のブドウ球菌の鼻腔分離株をスクリーニングして、S.aureusの増殖を阻止する能力の有無を調べることにより、S.lugdunensis IVK28が抗S.aureus活性を有することを確認した。このスクリーニングの実施にあたり、一晩培養したS.aureus USA300 LACを1:10,000の比率でBM寒天培地に接種した。培地上に形成された菌叢に各被検株を接種し、各プレートを37℃で24〜48時間インキュベートした。鉄制限下におけるIVK28の抗菌活性の有無を調べるために、BM寒天培地に200μM 2,2’−ビピリジンを添加した。

3.トランスポゾン突然変異誘発およびルグドゥニン遺伝子群の解明
【0084】
温度感受性プラスミドpTV1ts(E.faecalisの5.3kbのトランスポゾンTn917(erm)を含む)を、エレクトロポレーションによりS.lugdunensis IVK28に導入した。転移によりS.aureusに対する抗菌活性が消失した変異株をスクリーニングにより選択した。非抑制性クローンから標準的手順により染色体DNAを単離し、プライマーTn917−upおよびTn917−down(拡張データ 表2)を用いて、直接、トランスポゾン挿入部位の隣接領域の配列決定分析を行った。配列決定分析は、DNASTAR Lasergeneソフトウェア(DNASTAR社、マディソン、ウィスコンシン州、アメリカ)を用いて行った。また、BLAST(登録商標)(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)およびantiSMASH 3.0を用いてバイオインフォマティクス分析を行った。

4.S.lugdunensis IVK28−Xylの作製
【0085】
lugRの隣接領域を、2組のプライマーセットSIPr1−up/SIPr1−downおよびSIPr2−up/SIPr2−downをそれぞれ用いてPCRにより増幅した。プラスミドpBASE6−erm/lox1(1箇所のSmaI部位にエリスロマイシン耐性カセットを含むpBASE6の誘導体)を、Acc65Iを用いて線状化した。このpBASE6−erm/lox1に、同様に消化したSIPr1 PCR産物(本来有していたAcc65I制限酵素部位1箇所とプライマーによって導入されたAcc65I制限酵素部位1箇所を含む)を連結した。このようにして得られた、SIPr1 PCR産物が正しい配向で挿入されたベクターと、SIPr2 PCR産物をそれぞれEcoRVとBglIIで消化して、これらを連結した。lugRの2つの隣接領域が挿入されたpBASE6−erm/lox1コンストラクトを、BssHIIを用いて線状化した後、クレノウ酵素で処理してBgIIIで消化した。pTX15をHindIIIで制限酵素処理して、xylRとその下流に位置するxylAB−プロモーターとを含む所望のxylR断片を切り出した後、クレノウ酵素で処理してBamHIで消化した。得られたxylR断片を上記の適切なベクターに連結して、pBASE6−erm/lox1−xylRを得た。これを、E.coli DC10Bに導入し、次いで、S.aureus PS187に導入した。得られたプラスミドpBASE6−erm/lox1−xylRを、バクテリオファージΦ187を介してS.lugdunensis IVK28に導入した。当技術分野の過去の文献に記載されているように、lugRをerm/xylRで置き換える相同組換えによって、キシロース誘導性ルグドゥニン産生株S.lugdunensis IVK28−Xylを得た。

5.ルグドゥニンの製造および精製
【0086】
新鮮な培地で一晩培養したS.lugdunensis IVK28−Xylを1:1,000の比率でグルコース不含BMに接種し、0.5%キシロースを添加した。振盪(160rpm)しながら37℃で24時間インキュベートした後、培養物全体に1−ブタノールを5:1の割合になるように加えて抽出を行った。水相を除去した後、有機相を減圧下、37℃で蒸発させ、得られた残渣をメタノールに溶解した。このメタノール抽出物を、ゲル濾過カラム(Sephadex LH20、1.6×80cm、流量1mL/分)に注入した。ルグドゥニンが含まれる活性画分をプールして、減圧下、37℃で蒸発させ、得られた残渣をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解した。得られた溶液を分取逆相HPLCカラム(Kromasil C18、7μm、250×20mm;Dr.Maisch社、アンマーブーフ、ドイツ)に供して、79%メタノール水溶液を用いた定組成溶離を20分間行った。ルグドゥニンが含まれるピークは、他の化合物のピークと完全に分離(ベースライン分離)していた。メタノールを減圧下、37℃で留去して、純度の高いルグドゥニンの白色粉末を得た。

6.ルグドゥニンおよびルグドゥニンの誘導体の化学合成
【0087】
全体の化学合成は、Fmoc(9−フルオレニルメチルオキシカルボニル)法に基づく手動の固相ペプチド合成により、H−Val−H NovaSyn(登録商標)TG樹脂(Novabiochem社、スイス)上に目的のペプチドを構築して行った。アミノ酸のカップリングは、HATU(1−[ビス(ジメチルアミノ)メチレン]−1H−1,2,3−トリアゾロ[4,5−b]ピリジニウム 3−オキシド ヘキサフルオロホスファート)の存在下、4倍過剰量のアミノ酸を用いて行った。バリンのカップリングは2回行ったが、2回目のカップリングには、HATUの代わりにPyOxim([エチル シアノ(ヒドロキシイミノ)アセタト−O]トリ−1−ピロリジニルホスホニウム ヘキサフルオロホスファート)を用いた。合成したペプチドは、アセトニトリル/水/トリフルオロ酢酸(79.95/20/0.05)と30分間反応させて、樹脂から切り離した。一晩凍結乾燥させて、粗生成物を得た。合成したルグドゥニンの粗生成物をRP−HPLCにより精製し、精製したルグドゥニンを、HR−LC−ESI−MS、さらにキラルHPLC法(カラム:Dr.Maisch社、Reprosil Chiral NR、アンマーブーフ、ドイツ;溶出は、予め調製した80%メタノール水溶液を用いて、流量1.5mL/分で行った)、生物活性アッセイ、および改良Marfey分析により、天然ルグドゥニンと比較した。

7.MICアッセイおよび活性スペクトル
【0088】
S.aureus RN4220、S.aureus USA300(LAC)、S.aureus USA300(NRS384)、S.aureus SA113、S.aureus Mu50、E.coli DH5αおよびP.aeruginosa PAO1を、それぞれMHBで一晩増殖させた。E.faecalis VRE366、E.faecium BK463、S.pneumoniaeおよびL.monocytogenesを、それぞれトリプチックソイブロス(TSB:Difco Laboratories社、アウグスブルク、ドイツ)で増殖させた。いずれの菌株も37℃で振盪しながら培養した。対数増殖期の初期段階まで増殖した各種細菌をMHBに懸濁して、マイクロタイタープレート(MTP)に1×10個/ウェルになるように播種し、対象の抗生物質を種々の濃度で添加して、37℃で振盪しながら24時間培養した。各ウェルのOD600をマイクロプレートリーダーで測定し、細菌増殖が認められない最小のペプチド濃度をMICとした。本アッセイは、96ウェルマイクロタイタープレートを用いて行った。

8.殺菌アッセイ
【0089】
一晩培養したS.aureus USA300 LACを1:10,000の比率で新しいMHBに接種し、1×10個/mLに増殖するまで37℃で振盪しながら(160rpm)培養した。次いで、10×MICのルグドゥニンを添加した。0時間後、2時間後、4時間後、8時間後、24時間後および30時間後にそれぞれサンプルを採取し、遠心分離した。得られたペレットを1×PBSに再懸濁し、段階希釈した。調製した希釈液をトリプチックソイ寒天培地(TSA)にスポットして、37℃で一晩培養した後、コロニー数を測定した。菌体数が<10個/mLである場合は、菌体数の計測を行うために、1mLの培養物全体を遠心分離して、TSAに接種した。

9.ヒト好中性顆粒球に対する細胞傷害性
【0090】
ヒト好中性顆粒球は、標準的なヒストパック/フィコール遠心分離により、健康なボランティアから採取した新鮮な血液から単離した。好中性顆粒球の溶解は、乳酸脱水素酵素(LDH)の放出を指標とした。1ウェル当たり200μLフェノールレッド不含RPMI−1640培地(2g/L NaHCO、10%ウシ胎児血清、1%L−グルタミンおよび1%ペニシリン−ストレプトマイシン、PAN Biotech社)に1×10個の好中性顆粒球を含む96ウェルの組織培養プレートにおいて、最終濃度が0.5%DMSOに50μg/mL、25μg/mLおよび12.5μg/mLとなるようにルグドゥニンをウェルに添加した。次いで、プレートを37℃、5%CO存在下で3時間インキュベートし、細胞傷害性検出キット(Roche Applied Sciences社、マンハイム、ドイツ)を用いて好中性顆粒球の溶解の程度を測定した。高い細胞傷害性を示すポジティブコントロールとして、2%Triton X−100をサンプルに添加した。

10.耐性発現試験
【0091】
この試験で使用する2種の抗生物質に対して、上記と同様にしてMICアッセイを行った。本発明者らは、S.aureus USA300に対するリファンピシンの1×MICが0.01μg/mL、ルグドゥニンの1×MICが1.5μg/mLであることを確認した。一晩培養したS.aureus USA300 LACを1:10,000の比率で新しいMHBに接種し、37℃で振盪しながら培養した。対数増殖期の初期段階まで増殖した菌体を1×10個/mLに調整して、96ウェルマイクロタイタープレートに1ウェル当たり100μLずつ添加した。ルグドゥニンおよびリファンピシンを、それぞれ0.25×MIC、0.5×MIC、1×MIC、1.5×MIC、2×MICおよび4×MICの濃度になるように添加した。37℃で振盪しながら24時間培養した後、マイクロプレートリーダーでOD600を測定して増殖の程度を確認し、各抗生物質の0.25×MIC、0.5×MIC、1×MIC、1.5×MIC、2×MICおよび4×MICの濃度のうち、2番目に高い濃度から菌体を採取した。

11.統計分析
【0092】
統計分析は、GraphPad Prism(GraphPad Software社、ラホヤ、アメリカ;バージョン5.04)を用いて行った。統計学的有意差は、記載の適切な統計的手法により算出した。ヒト試験においては、Stata バージョン12.0(Stat社、カレッジステーション、テキサス州、アメリカ)を用いて、S.lugdunensisの存在下および非存在下におけるS.aureusによる鼻腔内コロニー形成のリスクを求めるとともに、リスク比の点推定値および信頼区間を求めた。p値が≦0.05の場合、有意差があると見なした。

12.動物モデルおよび倫理的配慮
【0093】
すべての動物実験は、ドイツの地方当局(テュービンゲン行政区庁)で承認を得た後(マウス皮膚感染の実験計画書HT1/12およびコットンラットコロニー形成の実験計画書T1/10)、ドイツの実験動物学会(Gesellschaft fur Versuchstierkunde/Society for Laboratory Animal Science(GV−SOLAS))のドイツの規制およびヨーロッパ実験動物学会連合(FELASA)のヨーロッパ衛生法に厳密に従い、ドイツの法令に則って行った。動物実験およびヒト試験はすべてテュービンゲン大学病院で実施し、当該施設内の動物の飼養および使用に関する指針に従って行った。感染/コロニー形成動物モデルにおいては、無作為化も盲検化も不要であり、サンプルの除外も行わなかった。動物実験は、6〜8週齢の雌性C57BL/6マウスならびに8〜10週齢の雄性および雌性のコットンラットを用いて行った。ヒト鼻腔内コロニー形成試験は、テュービンゲン大学病院の医学部の倫理委員会で承認された(プロジェクト番号577/2015A)。

13.C57BL/6マウスにおける皮膚感染
【0094】
C57BL/6マウスの皮膚への感染には、ストレプトマイシン耐性S.aureus Newman菌株を用い、テープストリッピング法を採用した。新たに一晩培養した供試菌株を1:10,000の比率で、500μg/mLストレプトマイシンを含むTSBに接種し、OD600=0.5になるまで37℃で振盪しながら培養した。菌体を回収し、1×PBSで2回洗浄し、1×10個/mLに調整した。S.aureus Newmanを感染させるために、剃毛したマウスの皮膚に強いテープストリッピングを繰り返し(7回)行って皮膚を損傷させた。調製した細菌懸濁液の15μLを接種原として7mmのフィルターペーパーディスクに添加し、このディスクを1匹あたり2枚ずつ、準備した皮膚の上に置いて、スカンポールテープ付きフィンチャンバー(Smart Practise社、フェニックス、アリゾナ州、アメリカ)でカバーした。フィンチャンバーは、伸縮包帯であるフィクソムル ストレッチ(BSN medical社、ハンブルグ、ドイツ)で固定した。24時間感作させた後、フィンチャンバーを除去して、コロニーが形成されている部位にルグドゥニンを1.5μgずつ塗布し、次いで、2回目および3回目の処置として30時間後および42時間後にも同量のルグドゥニンを塗布した。最後の塗布から6時間後にマウスを安楽死させた。皮膚を広範囲に剥離し、コロニーが形成されていた部位を4mmのパンチで打ち抜き、1×PBSに浸漬してボルテックスで30秒間撹拌し、皮膚上に付着している細菌を取り除いた(洗浄液画分)。洗浄した皮膚をメスで切開して、皮膚の深部(組織画分)の細菌を露出させ、1×PBSに浸漬してボルテックスで30秒間攪拌することによりホモジネート液を得た。両画分を1×PBSで段階希釈して各画分のCFUを求め、次いで、各希釈液を、S.aureus Newmanstrep菌株を特異的に選択するためにストレプトマイシンを添加したTSA上にスポットした。次いで、プレートを37℃で一晩インキュベートした。

14.S.lugdunensis ΔlugDの作製および補完
【0095】
マーカーレスノックアウト株を構築するために、lugDの1kbの隣接領域を、2組のプライマーセットlugD upstream−SacI/lugD upstream−Acc65IおよびlugD downstream−Acc65I/lugD downstream−BglIIを用いてPCRにより増幅した。得られた断片を、導入した制限部位に従って消化し、プラスミドpBASE6に連結してpBASE6−ΔlugDを作製した。作製したプラスミドをE.coli DC10Bに導入した。目的断片が正しく挿入されたプラスミドをエレクトロポレーションによりS.aureus PS187に導入し、次いで、バクテリオファージΦ187を用いた感染により、S.lugdunensis IVK28野生株にpBASE6−ΔlugDを導入した。相同組換えにより所望の隣接領域がゲノムに組み込まれることにより、目的のノックアウト株が得られ、lugDが欠失していることをPCRにより確認した。変異株の補完性を調べるために、lugDを、プライマーセットlugD comp.forw−PstI/lugD comp.rev−Acc65Iを用いて増幅し、増幅した断片を適切な制限酵素で消化して、同じ制限酵素で消化したpRB474に連結した。ノックアウト変異株の場合と同様にして、作製したpRB474−lugDをS.lugdunensis IVK28 ΔlugDに導入した。

15.競争アッセイ
【0096】
S.lugdunensis IVK28野生株、S.lugdunensis IVK28 ΔlugD、S.lugdunensis IVK28 ΔlugD::pRB474−lugDおよびストレプトマイシン耐性S.aureus Newmanを、それぞれBM中、37℃で振盪しながら一晩増殖させた。次いで、これらの菌株を1×PBSで1×10個/mLに調整し、1:10に希釈した。開始時のS.aureusの割合が90%になるように、1×10個/mLのS.aureusと1×10個/mLのS.lugdunensisを等容量で混合した。同時に、S.aureusが10%しか含まれない場合の共培養も行うこととし、いずれの場合も、菌の混合物を20μLずつBM寒天培地に3点スポットして、37℃で培養した。サンプルの採取は、0時間後、24時間後、48時間後および72時間後にそれぞれ行い、寒天プレートから菌体を擦り取り、1×PBSに懸濁することにより行った。採取したサンプルを段階希釈して、BMとS.aureus選択用のストレプトマイシンを含むBMのそれぞれに接種した。37℃で一晩インキュベートした後、コロニー数を測定し、S.aureusとS.lugdunensisの菌数の比率を算出した。

16.コットンラットの鼻腔内における共コロニー形成
【0097】
コットンラットの鼻腔内でコロニーを形成させるために、S.lugdunensis IVK28野生株とS.lugdunensis IVK28 ΔlugDのそれぞれのストレプトマイシン耐性自然変異株を、250μg/mLストレプトマイシンを含むBM寒天プレートで選択した。共コロニー形成は、S.aureus Newmanstrep菌株を用いて行った。コットンラットモデルは過去に報告されている。コットンラットの鼻腔におけるS.lugdunensisのコロニー形成能についてはこれまで調べられていないため、本発明者らは、IVK28野生株とその変異株ΔlugDを接種して、5日間にわたって安定したコロニーが形成される接種原の量を調べた。本発明者らの過去の実験により、S.aureusに関しては、10個の菌数を接種原として鼻腔内に投与した場合、約10CFUのコロニーが安定して形成されることが示されている。S.lugdunensisで同等のコロニー形成レベルを得るためには、10個の菌数を接種原として鼻腔内に投与する必要があり、野生株とΔlugDとでコロニー形成効率における検出可能な差はなかった。したがって、コットンラットの鼻腔内における共コロニー形成実験は、1:1の比率でコロニーが形成されるように、S.aureusの10倍量のS.lugdunensisを用いて行った。
【0098】
コットンラットに麻酔をかけて、1×10個のS.lugdunensis野生株と1×10個のS.aureus Newmanとの混合物、または1×10個のS.lugdunensis ΔlugDと1×10個のS.aureus Newmanとの混合物を鼻腔内に注入した。菌体を注入してから5日後、動物を安楽死させて、鼻部を外科的に摘出した。摘出した鼻部を1mLの1×PBSに浸漬してボルテックスで激しく30秒間攪拌した。使用した菌株を選別するために、かつS.aureus(黄色)とS.lugdunensis(紫色)を色で分離するために、PBSで希釈したサンプルを、250μg/mLストレプトマイシンを含むSSL寒天培地に接種した。オルニチン脱炭酸酵素活性を特異的に検出するために、接種したプレートを嫌気条件下で(Anaerocult(登録商標)A(アネロカルト A)を備えた嫌気ジャー(Merck KGaA社)使用)2日間インキュベートした。その後、S.aureus NewmanのCFUを測定した。使用した動物はすべて、鼻腔内の天然菌叢を抑制するために、実験の3日前から2.5mg/mLストレプトマイシンを含む飲料水を継続的に摂取させた。

17.ヒトにおけるコロニー形成実験
【0099】
医療微生物学・衛生学研究所の診断研究室(テュービンゲン大学病院、ドイツ)から、合計で187名の入院患者の鼻腔内スワブサンプルの提供を受けた。S.aureusとS.lugdunensisの表現型を同定するために、各サンプルを希釈して血液寒天培地とSSL寒天培地のそれぞれに接種した。表現型の同定は、コアグラーゼ試験およびマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(質量分析計:AXIMA Assurance、Shimadzu Europa社、デュースブルク、データベース:23,980スペクトルおよび3,380スーパースペクトルを含むSARAMIS(商標)、BioMerieux社、ニュールティンゲン)により行った。

B.結果
1.Staphylococcus lugdunensisは、S.aureusに対して強い活性を有する極めて強力な抗菌性の環状NRPSペプチドを産生する
【0100】
天然の生息場所、特にヒトの鼻腔内[Krismerら(2014) Nutrient limitation governs Staphylococcus aureus metabolism and niche adaptation in the human nose.PLoS Pathog 10:e1003862]のような栄養の乏しい生態的地位においては、コロニーを形成する細菌間で栄養分の利用をめぐる熾烈な競争が想定される。本発明者らは、S.aureusに対して活性を有する化合物を製造するために、鼻腔内スワブから得られた細菌分離株をスクリーニングした。本発明者らは、広範な鼻腔内細菌種に対する活性に加えて、S.aureusに対して抑制作用を有する2つの菌種を同定した。そのうちStaphylococcus epidermidisと同定された一方の分離株は、実験した条件下で一定した抗菌活性を示し、もう一方の分離株であるStaphylococcus lugdunensis IVK28は、S.aureusの増殖を阻止する能力が特に強いことが分かった(図1)。IVK28は、鉄制限下においてのみ抗菌効果を示した。これまでブドウ球菌種でこのような抑制活性を有することは報告されていない。そのため、本発明者らは、このIVK28と称されるS.lugdunensisの分離株について、さらに研究を重ねた。

2.S.lugdunensis IVK28 NRPSオペロンの遺伝子構成
【0101】
上記菌株をトランスポゾン突然変異誘発に供して、非産生性変異株M1を得た。インバースPCRによる挿入部位の分析により、NRPS−IIと称されるシステムの一部である非リボソームペプチド合成酵素をコードする遺伝子(NRPS;S.lugdunensis N920143の注釈付きのゲノム配列の860375/76位;アクセッション番号:FR870271.1)が同定された。このことから、S.aureusに対するS.lugdunensisの抗菌活性が低分子ペプチドによるものである可能性が明確に示された。S.lugdunensisのゲノムにおいては、これまでに3つの推定NRPS系が同定されている[Staphylococcus lugdunensis N920143の全ゲノム配列は、Heilbronnerら(2011) Genome sequence of Staphylococcus lugdunensis N920143 allows identification of putative colonization and virulence factors.FEMS Microbiol Lett 322:60−67に公開されており、本文献は参照により本明細書に組み込まれる]。NRPS−Iは、アウレウシミンAおよびBをコードするS.aureusのNRPSジペプチド系と高い相同性を示し[Wyattら(2010) Staphylococcus aureus nonribosomal peptide secondary metabolites regulate virulence.Science 329:294−296][Erratum in Science,2011 Sep 9;333(6048):1381]、NRPS−IIIは、文献で報告されているシデロフォア系(Heilbronnerら、上記引用文献)と極めて高い類似性を有しているが、NRPS−IIでコードされていると考えられる発現産物については知られていない。公開されているS.lugdunensisのゲノム(菌株N920143および菌株HKU09−01の完全配列ならびに菌株VCU139および菌株M235909の部分配列(Staphylococcus lugdunensis N920143.HKU09−01:864800/864801間のゲノム配列に基づいて容易に決定可能である))を調べたところ、利用しようとしているNRPS−IIオペロンは、ゲノムの配列決定がなされているS.lugdunensisのいずれの菌株にも存在しており、菌株特異的な特徴ではないことが分かった。しかしながら、公開されているゲノムには、様々な配列決定エラーと考えられる箇所が含まれていたり、実際のフレームシフト突然変異により異なる注釈が付されている場合がある。そのため、IVK28株を用いて、フレームシフトの可能性がある関連箇所をすべてPCRにより増幅した。得られたPCR産物の配列決定分析を行い、遺伝子SLUG_08110の3’末端の、注釈が付されているヌクレオチド番号863515を除き、IVK28の配列は菌株N920143およびその注釈に対応していることが明らかになった。ただし、IVK28では、N920143において7つのアデノシンヌクレオチドがひとつながりとなっている箇所が、8つのアデノシンヌクレオチドで構成されており、それにより遺伝子SLUG_08110およびSLUG_08120が連結して1つのオープンリーディングフレームを形成している。
【0102】
図2は、S.lugdunensis IVK28における29.6kbのNRPS−IIオペロンの遺伝子構成を示した図である。各コード配列の位置を、下記のS.lugdunensis IVK28のNRPSオペロンの配列情報に示す。
【0103】
興味深いことに、NRPSオペロンのGC含量はわずか26.7%と、ゲノム全体のGC含量(33.8%)より顕著に低く、GC含量が極めて低い生物の遺伝子が水平伝播したことが示唆される。このオペロンには、4種類のNRPSタンパク質をそれぞれコードする遺伝子(lugA、B、C、Dと命名されている)が連続して含まれており、lugCとlugDとの間はII型チオエステラーゼ遺伝子が挿入されている。5’−領域には、2つのABCトランスポーターおよび2つの制御因子と考えられる遺伝子がコードされている。オペロンの3’末端には、4’−ホスホパンテテイニルトランスフェラーゼがコードされている。抗菌活性は鉄制限下でのみ検出できたが、オペロン内に明らかなfur(鉄取込調節)ボックスは確認できなかったことから、オペロンの発現に対する鉄欠乏の効果は、どちらかと言えば間接的なものであることが示唆された。
【0104】
このいわゆるlugオペロンは、S.lugdunensisでのみ見つかったものであり、このオペロンには抗生物質の生合成に関わる複数の酵素が他にはない組み合わせでコードされており、いずれの酵素も、文献で報告されている他のどの酵素とも同一性が35%未満である。これより、lugオペロンが新規の化合物の生合成に関与している可能性が示唆される。lugオペロンがIVK28の抗菌活性に関与することを確認するために、NRPS遺伝子の中で最小の遺伝子であるlugDを遺伝子置換により欠失させた。変異株ΔlugDでは抗菌活性は検出されなかったが、プラスミドにコードされたlugDのコピーを用いて補完することにより元の表現型が回復した(図1)。
【0105】
lugA〜Dでコードされた各タンパク質のコンピュータ分析(NRPS predictor 2、antiSMASH、HMMER)により、図2に示す珍しいドメイン構造が明らかになった。ほとんどのNRPS系では、活性化アミノ酸が直鎖状に連結され、生合成産物の切り離しは、通常、I型チオエステラーゼで触媒される。一方、S.lugdunensisのオペロンには、最終産物を切り離すための還元酵素と推定されるドメインが存在し、lugCの末端にコードされている。また、LugDは、LugA〜Cとは異なり、縮合反応触媒ドメインを欠いている。縮合反応触媒ドメインは、いわゆる開始モジュールと呼ばれる、一部のNRPS系において1番目のアミノ酸を提供するモジュールに共通する特徴である。続いて起こる縮合反応は、伸長モジュールで触媒される。
【0106】
NRPS predictor 2およびAntiSMASHソフトウェアを用いて、アデニル化ドメインの特異性を予測したところ、最も可能性の高い活性化アミノ酸として、バリンおよびトレオニン(LugA)、ロイシン(LugB)、バリン(LugC)およびシステイン(LugD)が示された(ただし、確率はそれぞれ異なっており、トレオニンでは60%、システインでは100%であった)。

3.NRPS−II生合成産物の同定
【0107】
S.aureusに対する抑制活性が200μM 2,2’−ビピリジンを含む寒天プレートでのみ検出可能であったことから、同一の条件を用いて目的のペプチドの抽出実験を行った。48時間増殖させた後、寒天培地からS.lugdunensis IVK28の菌体を擦り取り、100%エタノールを用いて目的のペプチドを抽出した。野生株および変異株M1から得られた抽出物をHPLCで分析したところ、保持時間10.6分に見られる主ピーク(分子量:782.5Da(図3Aおよび図3B))でのみ差が認められた。驚くべきことに、コンピュータによる解析では遺伝子構成からトリプトファンの存在は予測されなかったが、実際の吸光スペクトルでは、トリプトファン含有タンパク質に特徴的な280nmの吸収が示された。このペプチドに対応するHPLCピークの消失が、実際にlugAへのトランスポゾンの組込みによるものであって、確認されていない別の突然変異によって起こったものではないことを確かめるために、先に説明したlugDのノックアウト菌株(ΔlugD::erm)を構築した。予想した通り、このΔlugD変異株のHPLCクロマトグラムは、S.lugdunensis M1のHPLCクロマトグラムとほぼ同じで、10.6分においてピークは認められなかった(データ示さず)。この産生に関わる表現型は、プラスミドpRB474−lugDを用いて補完することにより、部分的に回復された。

4.S.lugdunensis IVK28は、S.aureus USA300との共培養実験において、USA300を排除することができる
【0108】
NRPS−II系の発現がS.lugdunensisにとって競争上有利になるかどうかを調べるために、IVK28株またはΔlugD::erm株を、2,2’−ビピリジンを含む寒天プレート上でS.aureus USA300と種々の比率で共培養した。図4に示すように、S.lugdunensis IVK28は、開始時にS.aureus USA300の割合が90%であっても、72時間以内に培養物からS.aureus USA300を完全に排除することができた(A)。一方、変異株S.lugdunensis ΔlugD::ermは、最初の48時間にS.aureusの割合をわずかに低減させたものの、72時間後にはS.aureusの割合が上回った(B)。さらに、S.lugdunensis変異株は、開始時の割合が90%であっても、S.aureusによる入れ替わりが認められた(C)。以上の結果は、S.aureusとの競争において、NRPS−II系がS.lugdunensisの適応性因子として重要であることを明確に示すものである。ただし、特筆すべき点として、培地から2,2’−ビピリジンを除いた場合でも、結果はほぼ同じであったことが挙げられ、このことから、鉄制限は唯一にして真の誘導シグナルではなく、むしろS.aureusとの密接な接触といった特殊なストレスが誘導シグナルである可能性が示唆される。

5.NRPS−IIペプチドの過剰産生および精製
【0109】
興味深いことに、S.lugdunensis IVK28を、2,2’−ビピリジンを含む液体培養条件下で増殖させた場合、細胞抽出液、培養上清のいずれにおいても、抗菌活性は検出できなかった。そのため、この菌株に遺伝子操作を施し、lugAの上流のtetRファミリー様抑制遺伝子を、確立されているキシロース誘導性xylR制御システムに置き換えた。この遺伝子操作によって、本発明者らは、ビピリジンの非存在下において、0.5%キシロースの添加によりペプチド産生を誘導することができた。キシロース添加後のこの菌株ΔtetR::erm/xylRの培養上清において、有意な抗菌活性が確認された。本発明者らは、1−ブタノールで抽出することによって、溶媒中の抗菌活性を濃縮することができた。1−ブタノールを留去した後、100%メタノールに再懸濁し、セファデックス LH−20カラムでサイズ排除クロマトグラフィーを行うことにより、高度に濃縮された活性画分を得ることができた。分取HPLCにより最終的な精製を行い、純度の高い抗菌化合物を得た。この化合物をDMSOに10mg/mLの濃度になるように溶解し、−20℃で保存した。LC−MS分析およびMS−MS分析により、分子量は、先に確認した通り782.5Daであり、元素組成式はC4062Sであることが確認された(図5)。
【0110】
本発明の化合物の一実施形態である「ルグドゥニン」と命名されている化合物が、白色固体として単離された。UVスペクトルから、インドール環の存在が示唆され、HR−ESI−MSから、m/z=783.4581のイオンピーク([M+H])およびHPLC−MS−MSにおける特異的な断片の存在が明らかになった。さらに、Marfey法によるD−アミノ酸標準物質、L−アミノ酸標準物質、ルグドゥニンのそれぞれの修飾産物を、HPLC−ESI−MSおよびHPLC−MS−MSに供した。質量分析で生成される付加体や断片から、3つのバリン、ロイシン/イソロイシン、トリプトファンに対応するD−アミノ酸およびL−アミノ酸ならびにチアゾリジン環構造に帰属するC15OSの新規断片の存在が明らかになった。H−NMRスペクトルでは、バリンのプロトンに特徴的な脂肪族シグナルおよびトリプトファン構造に特徴的なシグナルが認められた。このNMRスペクトルでは、溶液中で48時間経過した後の化学シフトが変化していたことから、ルグドゥニンには少なくとも2つの異なる異性体および配座異性体が存在することが示唆された。さらに2D NMR実験によって、ルグドゥニンの構造が裏付けられた。しかし、シグナルの重複により、NMR法では位置化学を完全に決定することはできず、またルグドゥニンを構成する個々のアミノ酸の立体化学、すなわちD−バリン残基およびL−バリン残基の順序もNMR分光法では決定することができなかった。したがって、ルグドゥニンは、7つのアミノ酸および組成式C4062Sから得られる、図5Aおよび図5Bに示す環状ペプチドに帰属する。

6.新規化合物は殺菌作用を有し、主として主要なヒト病原体に対する活性を有する
【0111】
活性スペクトルを明らかにするために、臨床的に重要な種々のグラム陽性菌およびグラム陰性菌を用いてMICを求めた。表1に示すように、前述の新規化合物は、種々のS.aureus菌株に加えて、グリコペプチド系中度耐性S.aureus(GISA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)であるEnterococcus faecalisおよびE.faecium、Streptococcus pneumoniae、Listeria monocytogenesなどの試験に用いたすべての菌種に対して活性を有することが確認された。MICの範囲が1.5〜12μg/mL(1.9〜15μM)であることは、ルグドゥニンが強力な抗菌作用を有することを明確に示すものである。また、興味深いことに、S.aureus USA300のMRSA菌株は、実験室用の菌株であるRN4220より感受性が高かった。ルグドゥニン産生菌株は、さらにPropionibacterium acnes、Streptococcus pyogenes、Micrococcus luteusおよびその他の種々のブドウ球菌種に対しても活性を示した。グラム陰性菌に関しては、いずれの菌株においても、供試濃度の範囲(最大100μg/mL)で顕著な抑制作用は認められなかった。
【表1】
【0112】
ルグドゥニンは、単回用量の処理によりMRSAを完全に死滅させることができる殺菌作用を有することが示された(図6A)。抑制濃度を下回る濃度のルグドゥニンでS.aureusの継代培養を30日間にわたって繰り返した場合でも、S.aureusにおける自然発生的な耐性発現は見られなかった(図6B)。一方、リファンピシンで処理した場合は、数日以内に急速に自然発生的な耐性の増大が見られた(図6B)。
【0113】
ルグドゥニンの活性が静菌作用、殺菌作用のいずれであるかを調べるために、S.aureus USA300と1×MIC濃度(1.5μg/mL)のペプチドを用いて殺菌アッセイを行った。図7に示すように、PBS中で6時間のインキュベーションにより生菌数が少なくとも2対数減少したことから、ルグドゥニンが殺菌の作用機序を有することが明確に示された。

7.ルグドゥニンによる局所治療はin vivoマウスモデルにおいて有効である
【0114】
in vitroでルグドゥニンの効果が確認されたことから、次段階の課題はin vivoモデルの開発であった。そのために、いわゆるテープストリッピングモデルを採用した[Wankeら(2013) Staphylococcus aureus skin colonization is promoted by barrier disruption and leads to local inflammation.Exp Dermatol 22:153−15]。このモデルを作製するために、C57BL/6マウスの背部を剃毛し、傷が生じない程度に強くテープストリッピングを繰り返す(7回)ことにより、皮膚バリアを破壊した。バリアを破壊した皮膚にS.aureus Newman(15μLリン酸緩衝生理食塩水(PBS)中、10cfuの接種原を含む)を塗布し、効率的にコロニーが形成されるように、塗布した箇所をフィンチャンバーで覆って20時間放置した。ルグドゥニンは疎水性であるため、100%DMSOに溶解して10mg/mLの濃度に調製し、次いで、最終濃度が100μg/mLになるように100%ごま油で希釈した。S.aureusの塗布から18時間後、24時間後および42時間後のそれぞれの時点で、コロニーが形成されている箇所に、このルグドゥニン調製液を15μL塗布した。コントロールには、1%DMSOのみを含むごま油を塗布した。最後の塗布から3時間後にマウスを屠殺し、皮膚パンチ生検におけるS.aureusの有無を調べた。本発明者らは、各サンプルを洗浄液画分(PBSを用いた洗浄ステップで除去された、緩く付着していた細菌)と、擦り取り画分(皮膚試料をメスで切開して皮膚の深部領域から露出させた細菌)とに分別した。図8では、45時間後、洗浄液画分、擦り取り画分のいずれにおいてもルグドゥニン処置によりS.aureusが減少していることが明確に示されており、ルグドゥニンが深部の組織に浸透していることが示唆される。
【0115】
好中性顆粒球による乳酸脱水素酵素の放出量を測定する予備試験において、好中性顆粒球をルグドゥニンと共に3時間インキュベートしたところ、ルグドゥニンの濃度が50μg/mL(S.aureus USA300のMIC値の30倍を超える濃度に相当する)であっても、有意な細胞傷害は認められなかった(図9参照)。

8.ルグドゥニンの産生によりS.aureusとの競争に勝つ
【0116】
抗菌物質は、その多くがプラスミドにコードされるリボソーム合成バクテリオシンであり、ヒトの微生物叢に存在する個々の菌株で産生されることが散発的に報告されている。しかし、このような化合物が微生物の適応性や微生物相動態においてどのような役割を果たしているかについては、ほとんど知られていない。S.lugdunensis IVK28がS.aureusとの競争に勝つための能力に、ルグドゥニンが寄与しているどうかを調べるために、固体寒天培地上でこの2つの菌種を共培養して、ルグドゥニン産生を亢進させ、それぞれの菌体数を3日間モニターした。
【0117】
図10Aに示すように、接種原に含まれるS.aureusの菌数がS.lugdunensisの菌数の10倍である場合でも、ルグドゥニンを産生するIVK28野生株は効率的に増殖して、S.aureusの増殖を凌駕した。3日後にS.aureusの生菌が見られなかったことから、S.aureusはS.lugdunensisによって完全に死滅したことが示唆される。一方、IVK28 ΔlugDは、S.aureusの10倍の菌数で接種した場合でも、S.aureusの増殖がIVK28 ΔlugDの増殖を上回った(図10Bおよび図10D)。ただし、ΔlugDがS.aureusを排除する能力は、プラスミドに含まれるlugDで補完することにより、大幅に回復した(図10C)。これらのデータから、S.lugdunensisが効果的にS.aureusを排除することが可能であること、およびルグドゥニン産生がこの特性に関与していることが明らかになった。
【0118】
鼻腔内保菌は、S.aureusによる侵襲性感染症の主要な危険因子であることが知られている。脊椎動物の鼻腔内におけるS.aureusのin vivoコロニー形成をS.lugdunensisが阻止できるかどうかを調べるために、コットンラット(S.aureusによる鼻腔内コロニー形成の研究用に確立された動物モデル)の鼻腔内に、S.aureusとS.lugdunensis IVK28野生株との混合物、またはS.aureusとS.lugdunensis ΔlugDとの混合物を注入した。この3種の供試菌株をそれぞれ単独でコットンラットの鼻腔内に注入した場合、5日間の試験期間にわたって、それぞれ安定したコロニーを形成した(図11)。しかし、2つの菌種を同時接種した場合、IVK28野生株と共にコロニーを形成させた動物から回収したS.aureusの菌数は、ΔlugDと共にコロニーを形成させた動物から回収したS.aureusの菌数と比べると、顕著に少なかった(図10E)。この結果から、ルグドゥニンの産生により、S.aureusのin vivoコロニー形成は効果的に阻止されることが分かる。

9.ヒトの鼻腔内にS.lugdunensisが存在することは、S.aureusが存在しないことに関係している可能性が極めて高い
【0119】
S.lugdunensisのS.aureusに対する作用の原理を確認するために、ヒトの鼻腔内におけるこの2つの菌種の共出現についての調査を行った。そのために、187名の有リスク患者の鼻腔内スワブを調べた。延べ61名の被験者(32.6%)においてS.aureusのコロニー形成が確認され、延べ17名の被験者(9.1%)においてS.lugdunensisのコロニー形成が確認された。109名(58.2%)からは、いずれの菌種も観察されなかった。これらの数値から、2.97%(約6名)で、S.aureusとS.lugdunensisとの両方のコロニーが形成されていることが予想される。しかし、実際には、2つの菌種が共にコロニーを形成していたのは1名のみであり、予想より有意に少なかった(図12、p<0.05)。このことから、in vivoにおいて、S.lugdunensisの存在により、ルグドゥニンの分泌によってS.aureusのコロニー形成が阻止されている可能性が示唆される。この仮定と一致して、S.lugdunensis保有者のスワブからブタノールで抽出した液ではルグドゥニンの質量(782.4513Da)が観測されたが、非保菌者のスワブからブタノールで抽出した液ではルグドゥニンの質量は観測されなかった(データ示さず)。

10.ルグドゥニン誘導体の生物活性
【0120】
本発明者らは、新たに発見した抗菌活性のプロトタイプを示す抽象化学式または一般化学式を評価するために、ルグドゥニンの複数の化学的誘導体を合成した。合成した化学的誘導体を下掲の表に示す。合成したすべての誘導体を、S.aureus USA300に対する生物活性試験に供した。試験で得られた測定値を分類して、「+」を用いて評価した。「+」が付された誘導体は、対応する濃度範囲で細菌の増殖を完全に阻止した、すなわち細菌が全く増殖しなかったということである。分類は下表2から明らかである。
【表2】
【0121】
このように、「++++」で示される生物活性は、MICが1.5〜12.5μg/mLであることを示す。ルグドゥニンは、最も高い生物活性を有する基準物質であり、ルグドゥニンのMICは1.5μg/mLである。供試菌株であるUSA300株を完全に死滅させる誘導体に加えて、有意に増殖を抑制する誘導体も合成した。そのような誘導体では、供試菌株の菌は完全には死滅しない。このような誘導体には、「◆」を付している。
【表3】
【表4】
【表5】
【表6】
【0122】
これらの実験により、本発明者らは、新たに発見した抗菌活性のプロトタイプを示す抽象化学式または一般化学式を同定することができた。その化学式を請求項1に示す。上記の実験で示されたように、置換基m、n、XおよびYは、化合物の抗菌活性を失うことなく、上記範囲内で変更可能である。

9.まとめ
【0123】
本明細書において、本発明者らは、新規の殺菌性ペプチドである抗生物質ルグドゥニンの単離および構造の解明について報告する。ルグドゥニンは、S.aureusおよびその他の病原菌種に対して活性を有するペプチドである。このペプチドに基づいて複数の誘導体を合成し、その抗菌活性の有無を調べた。その結果、本発明者らは、確認された活性を示すコア構造を明らかにした。
【0124】
単離した天然ペプチドは、Staphylococcus lugdunensis分離株(IVK28株)でリボソームを経由せずに製造されるペプチドであり、該菌株には、対応するNRPSオペロンが染色体にコードされている。しかし、14の天然分離株を用いてゲノムデータベース分析およびPCR増幅実験を行ったところ、すべての供試菌株にNRPSオペロンは存在するものの、それらの菌株がすべて抗生物質活性を示すわけではないことが分かった(データ示さず)。動物の常在菌であるStaphylococcus equorum WS2733株でミクロコクシンP1が産生されるという記載(Carnioら(2001) Pyridinyl polythiazole class peptide antibiotic micrococcin P1,secreted by foodborne Staphylococcus equorum WS2733,is biosynthesized nonribosomally.Eur J Biochem 268:6390−6401)がある以外は、Staphylococcus属で産生される抗菌性NRPSペプチドは知られていない。ただし、ミクロコクシンP1は、もともとMicrococcus variansおよびBacillus pumilusにおいて同定されたものであるのに対して、ルグドゥニンは、Staphylococcus属で最初に見つかった新規の構造を有する属特異的な抗菌性NRPS産物である。S.lugdunensisはヒト鼻腔から頻繁に単離可能であることから、S.lugdunensisはこの生息場所においてS.aureusの競争者である可能性がある。本発明者らが行った共培養実験から、ルグドゥニンの産生は、S.lugdunensisにとって競争で非常に有利に働くことが明確に示された。すなわち、S.lugdunensis IVK28は、開始時は少数であっても、72時間以内に培養物からS.aureusを排除することが可能である。また、精製ルグドゥニンは、マウスモデル(テープストリッピングモデル)においてS.aureusを排除する効果を有する。
【0125】
ルグドゥニンは、トリプトファン残基と、連続した3つのバリン残基(このうち1つは、バリノイル−チアゾリジン環構造の一部である)とを含むことから、新規でやや非凡な構造を示している。4つ目のバリン残基は、トリプトファンとチアゾリジン部分に挟まれている。D−バリンとL−バリンが交互に位置し、これらが高い割合で含まれる構造は、(イオノフォアとして機能する)大環状ラクトンである抗生物質バリノマイシンで見つかっているものの、バリノマイシンとルグドゥニンとは構造的に類似していない。これまでに、L−トリプトファン−チアゾール構造は、タンパク合成阻害薬A21459[Ferrariら(1996) Antibiotics A21459 A and B,new inhibitors of bacterial protein synthesis.II.Structure elucidation.J Antibiot (Tokyo) 49:150−154]、Kocurin[Martinら(2013) Kocurin,the true structure of PM181104,an anti−methicillin−resistant Staphylococcus aureus (MRSA) thiazolyl peptide from the marine−derived bacterium Kocuria palustris.Mar Drugs 11:387−398]や7−メトキシ−トリプトファンを含むゼルコバマイシン[Tabata N,Tomoda H,Zhang H,Uchida R,Omura S (1999) Zelkovamycin,a new cyclic peptide antibiotic from Streptomyces sp.K96−0670.II.Structure elucidation.J Antibiot (Tokyo) 52:34−39]で報告されている。しかしながら、これらの抗生物質とルグドゥニンとの間にそれ以外の類似性はないため、ルグドゥニンの標的は推測の域を出ない。ルグドゥニンは殺菌作用を示すことから、ルグドゥニンの作用機序は、静菌作用を示すその他の報告されたペプチドとは異なる可能性がある。
【0126】
精製ペプチドおよびその誘導体を菌の排除を目的として使用することに加えて、予防的用途でルグドゥニン産生菌株を使用して、例えば、ヒト鼻腔内のS.aureusコロニー形成を抑制することも可能かもしれない。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]