(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記温度変化速度算出手段が、工作機械の温度変化によって前記熱変位が任意のベクトルの+方向に変化する部位の温度変化の速度と、−方向に変化する部位の温度変化の速度とをそれぞれ算出するものであることを特徴とする請求項1に記載の工作機械の精度診断装置。
前記精度影響度算出手段は、熱変位による、工作機械の各軸方向の刃先での位置精度、刃先での傾き、各直進軸の膨張・収縮、真直度変化、各軸間の幾何誤差の変化のいずれかに対する影響度をそれぞれ算出するものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の工作機械の精度診断装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の方法は、予め設定した数式に基づいて温度変化および熱変位を計算するため、数式に設定したパラメータに誤差があれば、熱変位補正にも誤差が生じてしまう。特に、温度変化が大きく急激な場合には、その傾向が顕著なものとなる。また、特許文献1の如き熱変位補正では、コラムの傾きによる直角度の変化や刃先の傾きについては対応困難である。
【0006】
一方、特許文献2の方法は、室温が安定した後も機体温度の変化が続いて不安定な場合もあり、そのような状況には対応することができない。また、機体の温度の時間変化率を算出して診断を行う特許文献2の方法は、機体の温度が周囲の気温に対して遅れて変化する上、過去の温度との差分によって時間変化率を算出するため、診断にタイムラグが生じる。特に、環境の温度変化によって生じる機体の温度変化は緩やかであるので、リアルタイムで正確な時間変化率を求めるためには、高性能な温度センサが必要となるため、多大なコストが必要になってしまう。
【0007】
本発明の目的は、特許文献1,2の如き従来の工作機械の精度診断方法の問題点を解消し、環境温度変化による工作機械の精度への影響をリアルタイムで予測し、熱変位が大きくなる状況を適切に診断することができる上、安価に構築することが可能な工作機械の精度診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、請求項1に記載の発明は、工作機械の熱変位による精度への影響を診断する工作機械の精度診断装置であって、前記工作機械の所定の部位における温度変化の速度を算出(推定)する温度変化速度算出手段と、その温度変化速度算出手段によって算出(推定)された温度変化速度に基づいて、熱変位による工作機械の精度への影響度を算出する精度影響度算出手段とを備えたことを特徴とするものである。
【0009】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の工作機械の精度診断装置において、前記温度変化速度算出手段が、工作機械の温度変化によって前記熱変位が任意のベクトルの+方向に変化する部位の温度変化の速度と、−方向に変化する部位の温度変化の速度とをそれぞれ算出(推定)するものであることを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載の発明は、請求項1、または請求項2に記載の工作機械の精度診断装置において、各部位の機体の温度を測定する機体温度センサと、工作機械の周囲気温またはクーラント温度のうち少なくとも1つを測定する環境温度センサとを備え、前記温度変化速度算出手段は、前記機体温度センサで測定した機体温度と前記環境温度センサで測定した環境温度の温度差、および部位毎に定められた環境温度変化に対する機体温度変化の時定数を用いて、前記温度変化速度を求めるものであることを特徴とする。
【0011】
請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の工作機械の精度診断装置において、前記温度変化速度算出手段は、クーラントを使用する場合には、前記環境温度としてクーラント温度を使用し、クーラントを使用しない場合には、前記環境温度として周囲気温を使用するものであることを特徴とする。
【0012】
請求項5に記載の発明は、請求項1から請求項4のいずれかに記載の工作機械の精度診断装置において、前記精度影響度算出手段は、工作機械の各軸方向の刃先での位置精度、刃先での傾き、各直進軸の膨張・収縮、真直度変化、各軸間の幾何誤差の変化のいずれかに対する影響度をそれぞれ算出するものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に記載の精度診断装置は、機体の熱変位そのものでなく機体温度の変化速度に基づいて精度への影響度を求めることによって、工作機械の熱変位による加工精度への影響を適切に予測することができる。
【0014】
請求項2に記載の精度診断装置は、温度変化が任意の熱変位の+方向に影響する部位および−方向に影響する部位における温度変化速度をそれぞれ求めて、温度バランス(環境温度と機体温度との平衡状態)がどの程度急激に変化しているかを精度影響度として算出し、リアルタイムでの出力を可能とする。それゆえ、請求項2に記載の精度診断装置によれば、精度影響度が大きいほど熱変位補正誤差が大きく精度が悪化する可能性が高い、ということを直ちに認識できるため、加工開始のタイミングや測定可能なタイミングを瞬時に的確に判断することが可能となる。
【0015】
また、機体温度に基づいて熱変位を推定して補正を行う一般的な熱変位補正方法は、温度バランスが急激に変化するときには、実際の機体の温度分布とセンサの検出温度との間にズレが生じやすくなり誤差が大きくなる傾向があるが、請求項2に記載の精度診断装置では、そのような事態が起こらず、温度バランスが急激に変化した場合でも、誤差の小さい正確な精度影響度を算出することができる。
【0016】
請求項3に記載の精度診断装置は、各部位の機体温度の変化速度をリアルタイムで求めてその変化速度から精度を診断するものであるため、0.1℃程度の分解能の低い温度センサを用いた安価な構成であっても、精度への影響を適切に診断することができる。
【0017】
すなわち、温度変化速度を求める一般的な方法は、現在の温度と、所定の時間前の温度との差分を求めて一定時間あたりの温度変化に換算するものであるが、室温変化の影響による機体の温度変化にタイムラグが生じる上、通常は変化そのものも緩やかであるので、リアルタイムでの温度変化速度の検出は難しい。その一方、機体の温度変化は、周囲の環境温度により変化するため、機体温度とともに周囲環境の温度も測定すれば、機体温度の変化を予測することができる。また、機体温度と周囲気温との差が大きいほど、その後の機体温度の変化速度は大きくなる。さらに、機体温度の変化速度は、その部位の周囲の気温の変化に対する機体の温度変化の時定数に反比例する。そして、熱容量が大きく周囲気温の変化に対する機体の温度変化の時定数が大きい部位では、機体温度と周囲気温との差があっても機体温度の変化速度は緩やかになると予想される。反対に、熱容量が小さく周囲の気温の変化に対する機体温度変化の時定数が小さい部位では、機体温度と周囲気温の温度差がわずかであっても機体温度の変化速度は大きくなると予想される。したがって、機体温度を測定している部位の温度変化時定数を予め実験等で求めておき、機体温度および周囲の環境温度の測定結果と時定数を使って各部位の機体温度の変化速度を計算することによって、その変化速度をリアルタイムで求めることができる。請求項3に記載の精度診断装置は、上記した考え方に基づいて各部位の機体温度の変化速度をリアルタイムで求めてその変化速度から精度を診断するものであるため、分解能の低い温度センサを用いた安価な構成であっても、精度への影響を適切に診断することが可能になっている。
【0018】
請求項4に記載の精度診断装置は、クーラントの使用の有無に応じて環境温度をクーラント温度と周囲気温とに切り替えることによって、マシニングセンタ等のテーブルのようにクーラントの影響を受けやすい部位の温度変化速度を正確に算出することができるので、精度への影響を適切に診断することができる。
【0019】
請求項5に記載の精度診断装置は、工作機械の熱変位による精度影響度を、各軸方向の刃先での位置誤差、刃先での傾き誤差、各直進軸の膨張・収縮誤差、真直度誤差、各軸間の幾何誤差等の熱変位成分毎に計算するため、加工精度不良となるリスク(ワークへの要求精度を勘案したリスク)があるかどうかの判断が容易である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0022】
<工作機械および精度診断装置の構成>
図1は、本発明を適用した工作機械(立形マシニングセンタ)の一例である。なお、
図1においては、機械の構造を分かりやすく示すために、工作機械Mの外周を覆うカバー等の記載が省略されている。
【0023】
工作機械Mは、基台であるベッド6、切削工具を装着可能な主軸5、主軸5を装着するためのサドル3、サドル3を装着するための鉛直な板状のコラム1、被加工物を載置するためのテーブル8、作動を制御するための制御装置C等によって構成されている。そして、当該工作機械Mは、主軸5がX方向とZ方向、テーブル8がY方向に移動する軸構成となっている。
【0024】
コラム1には、X軸ガイド2が取り付けられており、サドル3がX方向に移動可能になっている。また、サドル3には、Z軸ガイド4が取り付けられており、主軸5がZ軸方向に移動可能になっている。一方、ベッド6には、Y軸ガイド7が取り付けられており、テーブル8がY軸方向に移動可能になっている。さらに、ベッド6の後方には、主軸5の冷却等に供するクーラントを貯留したクーラントタンク9が設置されている。
【0025】
また、工作機械Mには、機体温度センサとして、コラム前側温度センサ11、コラム後側温度センサ12、ベッド温度センサ13、テーブル温度センサ14が取り付けられており、環境温度センサとして、代表室温センサ20、コラム前側周囲気温センサ21、コラム後側周囲気温センサ22、ベッド周囲気温センサ23、加工室内気温センサ24、切削液温度センサ25が取り付けられている。そして、それらの機体温度センサおよび環境温度センサは、制御装置Cと接続された状態になっている。
【0026】
一方、制御装置Cは、CPU、記憶手段、タイマー、入力手段(キーボード、タッチパネル等)、出力手段(モニタ等)、それらの入力手段や出力手段とCPUを繋ぐインターフェイス等を備えている。そして、上記した機体温度センサ、環境温度センサの検出温度に基づいて、制御装置Cにおいて、記憶手段に記憶されているプログラムにしたがって、工作機械Mの所定の部位における温度変化の速度を推定するとともに、その推定された温度変化速度に基づいて、熱変位による工作機械の精度への影響度を算出するようになっている。すなわち、機体温度センサ、環境温度センサ、制御装置Cによって、工作機械Mの精度診断装置Dが構成され、制御装置C内に、温度変化速度算出手段31、精度影響度算出手段32が構成されるようになっている。
【0027】
精度診断装置Dが工作機械Mの精度を診断する際には、Y軸方向位置、Z軸方向位置、X軸方向膨張・収縮、Y軸方向膨張・収縮、YZ直角度の合計5つの熱変位成分を診断する。なお、以下の説明においては、
図1に示した通りに、Y軸方向位置については工作機械Mの前方向を+方向、後方向を−方向とし、Z軸方向位置については鉛直上向きを+方向、鉛直下向きを−方向とする。また、X軸方向膨張・収縮、および、Y軸方向膨張・収縮膨張・収縮については、ワーク寸法が大きくなる方向を+方向、ワーク寸法が小さくなる方向を−方向とする。そのように設定すると、上記した5つの熱変位成分に関連する工作機械Mの各部位の温度は、
図2のようになる。
【0028】
なお、
図2に示したように、コラム前側とコラム後側との間に温度差が生じると、コラム1に傾きが生じるため、コラム前側とコラム後側との温度差は、Z軸方向位置のみならず、YZ直角度にも影響を与える。また、コラム1が傾くと、コラム1からオーバーハングした主軸5の高さも変化することになるため、コラム前側とコラム後側との温度差は、Z軸方向位置に影響を与えることになる。
【0029】
精度診断装置Dは、
図2に示した5つの熱変位成分と工作機械Mの各部位の温度との関連性に基づいて、温度上昇したときに+方向に変化する部位および−方向に変化する部位のそれぞれにおける温度変化の速度を算出し、その温度変化速度に基づいて、それぞれの熱変位成分への影響度合い(精度影響度)を算出することによって、工作機械Mの精度を診断する。その際に精度診断装置Dにおいて行われる温度変化速度、精度影響度の算出の各方法を以下に示す。
【0030】
<温度変化速度の算出方法>
工作機械Mの各部位における温度変化速度を求める従来の方法は、式1のように、現在の温度と時間Δt前の温度の差分を算出して単位時間当たりの温度変化に換算する方法である。
【0032】
しかしながら、上述した通り、式1の方法では、温度変化が緩やかなときは変化速度を求めることが困難である。一方、機体温度の変化は、周囲の気温を入力することによって、以下の式2,3の1次遅れの微分方程式で表すことができる。
【0035】
式2から分かるように、機体温度の変化速度は、機体温度と周囲気温との差に比例し、周囲の気温を入力したときの機体温度変化の時定数に反比例する。この時定数を予め計算や実験を行って決定しておけば、機体温度と周囲気温との差から、機体温度の変化速度を計算することができる。
【0036】
また、マシニングセンタのテーブル等、加工時にクーラントを浴びる部位については、周囲の気温ではなく、クーラントの温度を入力することによって計算することもできる。その場合には、機体温度の変化を示す微分方程式は、以下の式4,5のようになる。なお、空気に比べて液体では、熱伝達率の値が大きくなるため、式4,5における時定数は小さい値となる傾向がある。
【0039】
以上の方法で、温度上昇時に+方向に影響する部位および−方向に影響する部位の温度変化速度をそれぞれ算出する。
【0040】
<精度影響度の算出方法>
そして、上記の如く算出される温度変化速度の結果から、式6の如く、関数fで、該当する熱変位成分に対する精度影響度Eを算出する。
【0042】
熱変位成分に対する精度影響度を求める関数fの代表例は、以下の式7に示すように、+方向に影響する部位、−方向に影響する部位について、それぞれの線形和を求め、差分を求めるものである。
【0044】
そのように線形和を求めて差分を求める関数fは、成分が+側、−側において1つずつのみである場合には、式8の如く、両者の単純な差分で示されることになる。
【0046】
精度診断装置Dは、制御装置C内で、所定のプログラムにしたがって、式2,3あるいは式4,5に示された微分方程式を利用して、温度上昇したときに+方向に変化する部位および−方向に変化する部位のそれぞれにおける温度変化速度を算出するとともに、それらの温度変化速度から、式7あるいは式8に示された関数fを利用して、熱変位成分への精度影響度を算出することによって工作機械Mの精度を診断する。以下、精度診断装置Dを用いて、環境温度変化に起因した工作機械の精度の変化を診断する例を2つ示す。
【0047】
<工作機械の精度診断例1>
精度診断例1では、コラム前側とコラム後側の温度変化速度に基づいてYZ直角度の変化を診断する方法について図面に基づいて説明する。この精度診断例1は、工場の空調を立ち上げて、工場内の室温が10℃から20℃まで急激に上昇した場合の診断例である。
【0048】
当該YZ直角度の変化を診断は、制御装置Cの記憶手段に記憶されているプログラムにしたがって実行される。
図3は、その処理内容を示すフローチャートであり、YZ直角度の変化を診断する場合には、S(ステップ)1で、作業者が診断開始信号を入力すると、続くS2で、コラム前側周囲気温センサ21およびコラム前側温度センサ11を利用して、コラム1の前後の周囲気温、および、コラム1の前後の機体温度を検知する。
【0049】
図4(a)は、工場の空調の立ち上げからの時間の経過に対して、コラム1の前後の周囲気温、および、コラム1の前後の機体温度をプロットしたものである。この
図4(a)に示すように、空調の立ち上げにより、工作機械Mの周囲の気温が急激に上昇したとき、周囲の気温に遅れて、コラム1の前後の機体温度も変化する。このとき、コラム後側は、時定数が小さいために速く変化する。一方、コラム前側は、時定数が大きいために緩やかに変化する。工作機械Mにおいては、コラム後側の温度が上昇するとYZ直角度が+側に変化し、コラム前側の温度が上昇するとYZ直角度が−側に変化する構造となっているため、時定数の違いによってコラム前後の温度差が変化したときには、YZ直角度が変化することになる。
【0050】
上記の如く、S2で、コラム1の前後の周囲気温、および、コラム1の前後の機体温度を検知した後には、続くS3で、式2に基づいて、コラム前側およびコラム後側のそれぞれについて、周囲気温および機体温度の差を求め、機体温度の変化速度を算出する。すなわち、コラム1の前側については、コラム前側周囲気温センサ21およびコラム前側温度センサ11の検知結果に基づいて、コラム前側の周囲の気温とコラム前側の機体の温度との差を求め、上式2,3を利用して、当該温度差を、予め実験により求めた時定数(たとえば、150分)で除すことによって、機体温度の変化速度を算出する。
【0051】
同様に、コラム後側については、コラム後側周囲気温センサ22およびコラム後側温度センサ12の検知結果に基づいて、コラム後側の周囲の気温とコラム後側の機体の温度との差を求め、上式2,3を利用して、当該温度差を、予め実験により求めた時定数(たとえば、75分)で除すことによって、機体温度の変化速度を算出する。
図4(b)は、工場の空調の立ち上げからの時間の経過に対して、コラム1の前後の機体温度の変化速度をプロットしたものである。
【0052】
上記の如く、S3で、機体温度の変化速度を算出した後には、続くS4で、上式8を利用して、算出したコラム1の前側における機体温度の変化速度と、コラム1の後側における機体温度の変化速度との差分を求めることによって精度影響度を算出する。
図4(c)は、工場の空調の立ち上げからの時間の経過に対して、コラム1の前後の機体温度の変化速度の差(=精度影響度)をプロットしたものである。
図4(c)に示した温度の変化速度の差(=精度影響度)を見ると、精度影響度は、空調を立ち上げた直後から大きく増加し、約10分後にピークを迎えた後、徐々に減少していくことが分かる。つまり、空調立ち上げ直後の温度(特に、コラム1の前後の周囲気温)が急激に変化しているときは、工作機械Mの精度が不安定であるが、時間が経過すると再び安定な状態に戻っていくことが分かる。
【0053】
そのため、精度診断装置Dは、算出された精度影響度の数値の絶対値が大きいほど、工作機械Mの状態が急激に変化しており不安定な状態であると診断する。そして、精度影響度が予め設定されている閾値を上回る場合には、S5で、制御装置Cの出力手段を利用して、その旨を報知する。たとえば、
図4(c)において、閾値が2℃/hourに設定されている場合には、空調立ち上げから約40分後に変化が閾値以下に収まるため、精度診断装置Dは、加工開始可能であると診断し、その旨を報知する。
【0054】
なお、
図4は、工場内の室温を10℃から20℃まで急激に上昇させた場合の診断例を示したものであるが、室温を緩やかに上昇させた場合について検討する。
図5は、10℃から20℃まで20分毎に2℃ずつ段階的に緩やかに上昇させた場合の診断例を示したものである。そのように室温を段階的に緩やかに上昇させた場合には、温度変化速度の差(=精度影響度)は、室温を急激に上昇させたときに比べて小さくなり、空調立ち上げ以降、どの時間においても閾値である2℃/hour以下に収まっていることが分かる。この診断例より、同じ室温の温度変化幅であっても、その変化が緩やかであれば、精度影響度は小さくなり、工作機械Mの精度変化(熱変位補正の誤差)が小さくなることが分かる。
【0055】
上記の如く、精度診断装置Dは、コラム前側における機体温度の変化速度と、コラム後側における機体温度の変化速度との差分を求めることによって、室温の急激な温度変化が精度に及ぼす影響を診断することができる。
【0056】
<工作機械の精度診断例2>
精度診断例2では、コラム1の前側とテーブル8の温度の変化速度に基づいてX軸方向の膨張・収縮状況を診断する方法について図面に基づいて説明する。この精度診断例2は、加工開始の時点において、室温とコラム前側の温度がいずれも20℃であり、加工室内の温度が21℃であり、クーラントの温度が機体温度や室温よりも大幅に低い15℃であった場合の診断例であり、工作機械Mへの電源投入から60分後にクーラントの吐出を開始して加工を始めている。
【0057】
X軸方向の膨張・収縮状況を診断する場合には、S1で、作業者が診断開始信号を入力すると、続くS2で、コラム前側周囲気温センサ21、コラム前側温度センサ11、テーブル温度センサ14、および加工室内気温センサ24を利用して、コラム1の前側の周囲気温(=テーブル8の周囲気温)、コラム1の前側の機体温度、テーブル8の機体温度、および加工室内の気温(すなわち、図示しないカバーで覆われた加工空間の温度)を検知する。
図6(a)は、工作機械Mへの電源投入からの時間の経過に対して、コラム1の前後の周囲気温、コラム1の前後の機体温度、クーラントの温度、テーブル8の機体温度をプロットしたものである。当該
図6(a)に示すように、工作機械Mへの電源投入から60分後にテーブル8がクーラントを浴びると、テーブル8の温度が急激に低下する。そして、テーブル8がクーラントを浴び始めてから約30分で、テーブル8の温度は、クーラントの温度とほぼ同じになり、その後は緩やかに室温に近づいていく。
【0058】
上記の如く、S2で、コラム1の前側の周囲気温、コラム1の前側の機体温度、テーブル8の機体温度、および加工室内の気温を検知した後には、続くS3で、式2に基づいて、コラム前側およびテーブル8のそれぞれについて、周囲気温および機体温度の差を求め、機体温度の変化速度を算出する。すなわち、コラム1の前側については、コラム前側周囲気温センサ21およびコラム前側温度センサ11を利用して、コラム前側周囲気温とコラム前側機体温度との差を求め、上式2,3を利用して、当該温度差を、予め実験により求めた時定数(たとえば、150分)で除すことによって、機体温度の変化速度を算出する。
【0059】
一方、テーブル8については、クーラントの使用の有無により計算方法を変えて温度変化速度を算出する。すなわち、クーラントを使用していないとき(電源投入時から60分経過するまで)は、加工室内気温センサ24およびテーブル温度センサ14による検知温度を利用して、加工室内の気温とテーブル8の機体温度との差を求め、上式2,3を利用して、当該温度差を、予め実験により求めた時定数(たとえば、75分)で除すことによって、機体温度の変化速度を算出する。
【0060】
また、クーラントを使用しているとき(電源投入時から60分経過後)は、切削液温度センサ25およびテーブル温度センサ14による検知温度を利用して、クーラントの温度とテーブル8の機体温度との差を求め、上式4,5を利用して、当該温度差を、予め実験により求めた時定数(たとえば、15分)で除すことによって、機体温度の変化速度を算出する。上記の如く想定した条件の下では、コラム1の前側については、コラム前側周囲気温センサ21によって検出されるコラム1の前側の周囲の気温、および、コラム前側温度センサ11によって検出されるコラム1の前側の機体温度は、ともに20℃であるので、温度変化は生じないため、変化速度は0である。
【0061】
上記の如く、S3で、機体温度の変化速度を算出した後には、続くS4で、上式8を利用して、算出したコラム1の前側における機体温度の変化速度と、テーブル8の機体温度の変化速度との差分を求めることによって精度影響度を算出する。
図6(b)は、工作機械Mへの電源投入からの時間の経過に対して、コラム1の前側およびテーブル8の機体温度の変化速度の差(=精度影響度)をプロットしたものである。当該
図6(b)から、コラム1の前側の温度変化速度とテーブル8の温度変化速度との差(=精度影響度)は、クーラントの吐出を開始した瞬間に、最も大きい負の値となり、その後少しずつ0に近づいていくことが分かる。
【0062】
そのため、精度診断装置Dは、算出された精度影響度の数値の絶対値が大きいほど、工作機械Mの状態が急激に変化しており不安定な状態であると診断する。そして、精度影響度が予め設定されている閾値を下回る場合には、S5で、制御装置Cの出力手段を利用して、その旨を報知する。たとえば、
図6(b)において、閾値が±2℃/hourに設定されている場合には、工作機械Mへの電源投入から約75分後(クーラントの吐出開始から15分後)に温度の変化速度の差(精度影響度)が閾値以下に収まるため、精度診断装置Dは、加工開始可能であると診断し、その旨を報知する。
【0063】
上記の如く、精度診断装置Dは、クーラント温度と機体温度の差に基づいて温度変化速度を求めることによって、クーラントによる急激な温度変化が精度に及ぼす影響を診断することができる。
【0064】
<精度診断装置の効果>
精度診断装置Dは、上記の如く、工作機械Mの所定の部位における温度変化の速度を推定する温度変化速度算出手段31と、温度変化速度算出手段31によって推定された温度変化速度に基づいて、熱変位による工作機械Mの精度への影響度を算出する精度影響度算出手段32とを備えたものであるので、工作機械Mの熱変位による精度への影響を適切に予測することができる。
【0065】
<精度診断装置の変更例>
本発明に係る精度診断装置の構成は、上記実施形態の態様に何ら限定されるものではなく、温度変化速度算出手段、精度影響度算出手段、機体温度センサ、環境温度センサ等の形状等の構成を、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、必要に応じて適宜変更することができる。
【0066】
たとえば、上記した精度診断例1では、コラムの前側および後側のそれぞれの周囲に気温センサ(コラム前側周囲気温センサ21、コラム後側周囲気温センサ22)を取り付けて、周囲気温と機体温度の差を求めているが、それらの気温センサの代わりに代表室温センサ(たとえば、
図1の代表室温センサ20)の結果を用いて、周囲気温と機体温度との差を求める方法を採用することも可能である。上記した精度診断例1の如く、部位毎に周囲気温センサを設ける方法では、より周囲の気温の分布を正確に捉えることができるため精度の良い診断が可能であるが、センサの個数が増大してしまうという欠点もある。一方、上記の如く、代表室温センサの検知温度を利用する方法は、周囲の気温の温度分布が大きいときには診断の精度が落ちるという欠点があるものの、少ない室温センサの値を各部の周囲気温とみなして計算することによりセンサの個数を減らすことが可能となる。
【0067】
また、上記した精度診断例1では、温度上昇時に+側に変化する部位の温度変化速度および−側に変化する部位の温度変化速度について、単純な差分を精度影響度として算出しているが、精度影響度の算出方法は、そのような方法に限定されず、+側の成分の絶対値と−側の成分の絶対値との和を精度影響度として評価する方法や、算出した温度変化速度から任意の関数を用いた数値を精度影響度として評価する方法等を採用することも可能である。
【0068】
さらに、精度診断装置は、上記した精度診断例1,2の如く、Y軸方向位置、Z軸方向位置、X軸方向膨張・収縮、Y軸方向膨張・収縮、YZ直角度の合計5つの熱変位成分を診断するものに限定されず、それらの熱変位成分の一部を診断するものや、他の熱変位成分を診断するものでも良い。