【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・ http://jwrs.org/wood2017/program/2017Prg_All.pdf, http://jwrs.org/wood2017/program/2017Prg_Oral−All.html,(第67回日本木材学会大会(福岡大会)の研究発表プログラムの全プログラムの第25頁及び口頭発表部門のプログラム),平成29年1月30日掲載 ・第67回日本木材学会大会研究発表要旨集,第157頁,一般社団法人日本木材学会プログラム委員会,平成29年2月27日発行 ・https://www.jwrs.org/proceedings/dldCD_67.php,(第67回日本木材学会大会研究発表要旨集web版),平成29年2月28日掲載 ・第67回日本木材学会大会(福岡大会),平成29年3月17日開催 ・Cellulose Communications Vol.24,No.2(2017),第84頁,セルロース学会,平成29年6月1日発行 ・セルロース学会第24回年次大会講演要旨集,第9〜10頁,セルロース学会第24回年次大会運営委員会,平成29年7月1日発行
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
バイオセンシングは、生体分子の認識機構を利用して様々な分子等を検出・計測する技術である。例えば、バイオチップは生体分子の相互作用を活用した診断、検査デバイスであり、疾病のウィルス感染の早期診断、食品や水の微生物や細菌の検査などに用いられている。生体分子としてはタンパク質をはじめとする生理活性物質が用いられ、酵素−基質、抗原−抗体、ホルモン−レセプターなどの特異的結合や相互作用により検出、計測する。これらのバイオチップは様々な場所、環境、条件で利用されるため、外部環境に影響されない保存や使用が望ましい。タンパク質、酵素、抗体、核酸などの生体分子は加熱により変性や失活を受けやすく、また、非加熱下であっても酸化などにより経時的に活性が低下する。従って、例えばバイオチップなどのバイオセンサにこれらの生体分子を使用する場合、加熱条件下でも安定に保存でき、経時的に活性を失わない保存方法が求められる。
【0003】
生体分子を安定化する技術として、非特許文献1には、プルランを用いたアセチルコリンエステラーゼ(AChE)の保存安定化技術が報告されている。非特許文献1では、プルランとAChEとを組み合わせたタブレットの加熱安定性を評価し、タブレットが安定であることが示されている。しかしながら、プルランは水溶性の多糖類であるため、バイオチップなどの検査デバイスとしての使用を想定する場合、耐水性の課題が発生し得る。
【0004】
なお、セルロース繊維とタンパク質を含む組成物として、特許文献1には、セルロースナノファイバーとタンパク質と水からなる食品組成物が記載されている。しかしながら、特許文献1は、多量の水を含有するゲルを対象とするものであって生体分子を安定化させる技術ではなく、実施例に記載されている水の含有量も70質量%以上と高い。
【0005】
特許文献2には、炭水化物ベース基材とタンパク質を含む複合積層材料が記載され、炭水化物ベース基材としてセルロースを用いることが記載されている。しかしながら、特許文献2には、セルロースI型結晶構造を持つセルロースナノファイバーを用いることは記載されておらず、また、それにより生体分子を安定化させることも記載されていない。
【0006】
特許文献3には、セルロース繊維を酵素で処理してから解繊することでセルロースナノファイバーを得ることが記載されている。しかしながら、酵素は解繊に先立って失活させているため、解繊後にはもはや生体分子が存在しているとはいえず、よって生体分子とセルロースナノファイバーを複合させることは記載されていない。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0016】
本実施形態に係る複合組成物は、セルロースI型結晶構造を有するアニオン変性されたセルロースナノファイバーと、生体分子と、を含むものである。セルロースナノファイバーからなる乾燥皮膜は水不溶性繊維からなる非常に緻密な皮膜を形成し、優れた酸素バリア性を示すことから、酸化によって失活しやすい生体分子を安定化することができる。また、生体分子は、セルロースナノファイバーの乾燥皮膜により加熱条件下において安定化される。さらに、本実施形態の複合組成物の生化学反応場の観点において、アニオン変性されたセルロースナノファイバーは親水性であるため、乾燥状態の該複合組成物に水が付着し、水に膨潤させることにより、生体分子による反応場を再び与え、生体分子の活性発現に寄与し得る。即ち、該セルロースナノファイバーは水不溶性であるため、バイオセンサなどの検査デバイスとしての使用において、水への適度な親和性を発揮して従来技術で課題となっていた耐水性の問題を解消できる可能性がある。更には、該セルロースナノファイバーの水分散液がチキソトロピック性を有することにより、例えばインクジェット印刷による複合組成物の成形も可能となり、製造プロセスの簡略化を図れる可能性もある。
【0017】
本実施形態では、セルロース繊維としてセルロースナノファイバーを用いる。セルロースナノファイバーは、ナノメートルレベルの繊維径を持つセルロース繊維であり、その数平均繊維径は、例えば、3〜400nmでもよく、3〜150nmでもよく、3〜80nmでもよい。
【0018】
セルロースナノファイバーの数平均繊維径は、次のようにして測定することができる。すなわち、固形分率で0.05〜0.1質量%のセルロースナノファイバーの水分散体を調製し、その水分散体を、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、透過型電子顕微鏡(TEM)の観察用試料とする。そして、構成する繊維の大きさに応じて5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。その際に、得られた画像内に縦横任意の画像幅の軸を想定し、その軸に対し、20本以上の繊維が交差するよう、試料及び観察条件(倍率等)を調節する。そして、この条件を満たす観察画像を得た後、この画像に対し、1枚の画像当たり縦横2本ずつの無作為な軸を引き、軸に交錯する繊維の繊維径を目視で読み取っていく。このようにして、最低3枚の重複しない表面部分の画像を、電子顕微鏡で撮影し、各々2つの軸に交錯する繊維の繊維径の値を読み取る(したがって、最低20本×2×3=120本の繊維径の情報が得られる)。このようにして得られた繊維径のデータにより、数平均繊維径を算出する。
【0019】
セルロースナノファイバーの平均アスペクト比は、例えば、10〜1000でもよく、50〜1000でもよく、100〜1000でもよい。平均アスペクト比は、以下の方法で測定することができる。すなわち、セルロースナノファイバーを親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストした後、2%ウラニルアセテートでネガティブ染色したTEM像(倍率:10000倍)から、セルロースナノファイバーの短幅の方の数平均幅、及び、長幅の方の数平均幅を観察し、これらの値を用いて平均アスペクト比を下記式に従い算出する。
平均アスペクト比=長幅の方の数平均幅(nm)/短幅の方の数平均幅(nm)
【0020】
セルロースナノファイバーは、解繊処理を行うことにより得られる。解繊処理は、後述するアニオン基を導入してから実施してもよく、導入前に実施してもよい。解繊処理としては、例えば、高速回転下でのホモミキサー、高圧ホモジナイザー、超音波分散処理機、ビーター、ディスク型レファイナー、コニカル型レファイナー、ダブルディスク型レファイナー、グラインダー等を用いて、セルロース繊維の水分散液を処理することにより行うことができ、セルロースナノファイバーの水分散液を得ることができる。
【0021】
本実施形態では、セルロースナノファイバーとして、水不溶性の観点から、セルロースI型結晶構造を有するものが用いられる。セルロースナノファイバーを構成するセルロースがI型結晶構造を有することは、例えば、広角X線回折像測定により得られる回折プロファイルにおいて、2シータ=14°〜17°付近と、2シータ=22°〜23°付近の2つの位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。
【0022】
セルロースナノファイバーとしては、セルロース分子中のグルコースユニットにアニオン基が導入されたアニオン変性セルロースナノファイバーが用いられる。アニオン基としては、例えば、カルボキシル基、リン酸基、スルホン酸基、及び硫酸基からなる群から選択される少なくとも1種が挙げられる。本明細書において、カルボキシル基は、酸型(−COOH)だけでなく、塩型、即ちカルボン酸塩基(−COOX、ここでXはカルボン酸と塩を形成する陽イオン)も含む概念である。リン酸基、スルホン酸基及び硫酸基についても、同様に、酸型だけでなく、塩型も含む概念である。
【0023】
一実施形態において、アニオン基としてはカルボキシル基が好ましい。カルボキシル基を含有するセルロースナノファイバーとしては、例えば、セルロース分子中のグルコースユニットの水酸基を酸化してなる酸化セルロースナノファイバーや、セルロース分子中のグルコースユニットの水酸基をカルボキシメチル化してなるカルボキシメチル化セルロースナノファイバーが挙げられる。
【0024】
好ましい実施形態に係る酸化セルロースナノファイバーとしては、セルロース分子中のグルコースユニットのC6位の水酸基が選択的に酸化されてカルボキシル基に変性されたものが挙げられる。酸化セルロースナノファイバーは、木材パルプなどの天然セルロースをN−オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いて酸化させ、解繊(微細化)処理することにより得られる。N−オキシル化合物としては、一般に酸化触媒として用いられるニトロキシラジカルを有する化合物が用いられ、例えばピペリジンニトロキシオキシラジカルであり、特に2,2,6,6−テトラメチルピペリジノオキシラジカル(TEMPO)または4−アセトアミド−TEMPOが好ましい。TEMPOで酸化されたセルロースナノファイバーは、一般にTEMPO酸化セルロースナノファイバーと称されており、本実施形態でも使用することができる。なお、酸化セルロースナノファイバーは、カルボキシル基とともに、アルデヒド基又はケトン基を有していてもよいが、アルデヒド基及びケトン基を実質的に有していないことが好ましい。
【0025】
セルロースナノファイバーにおけるアニオン基の量は、特に限定されず、例えば、0.05〜3.0mmol/gでもよく、0.5〜2.5mmol/gでもよい。アニオン基の量は、例えば、カルボキシル基の場合、乾燥質量を精秤したセルロース試料から0.5〜1質量%スラリーを60mL調製し、0.1Mの塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、電気伝導度測定を行い、pHが約11になるまで続け、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下記式に従い求めることができる。リン酸基についても、同様の電気伝導度測定により測定することができる。その他のアニオン基についても公知の方法で測定すればよい。
アニオン基量(mmol/g)=V(mL)×〔0.05/セルロース試料質量(g)〕
【0026】
本実施形態において生体分子としては、例えば、タンパク質、核酸、脂質、ビタミン、ホルモン、糖及び糖鎖などの各種生体高分子が挙げられる。より詳細には、酵素−基質、抗原−抗体、ホルモン−レセプター、糖鎖−レクチンなどの特異的結合や相互作用等の反応に関与する物質である生理活性物質が挙げられ、このような活性を持つ生体分子が好ましく用いられる。生体分子としては、例えば、酵素、抗体タンパク質、レセプタータンパク質、ホルモン、サイトカイン、レクチン、及び、核酸からなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。本実施形態では、セルロースナノファイバーにより酸化や加熱に対する安定化効果が得られるため、酸化及び/又は熱により失活し得る生体分子が好ましく用いられる。なお、ここでいうタンパク質には、オリゴペプチドやポリペプチドも含まれる。
【0027】
一実施形態に係る生体分子である酵素としては、特に限定されず、加水分解酵素、酸化還元酵素、転移酵素、リアーゼ、イソメラーゼ、リガーゼなどが挙げられる。一実施形態に係る加水分解酵素として、コリンエステラーゼ(例えば、アセチルコリンエステラーゼ、ブチリルコリンエステラーゼなど)、プロテアーゼ、アミラーゼなどを用いてもよい。抗体タンパク質としては、免疫グロブリンが用いられる。核酸としては、1本鎖であっても2本鎖であってもよく、人工及び天然を問わず、RNA、DNA、DNA/RNAハイブリッドなどが挙げられる。
【0028】
一実施形態に係る複合組成物において、生体分子は、上記セルロースナノファイバーにより包まれており、これにより安定化されている。すなわち、一実施形態に係る複合組成物は、上記セルロースナノファイバーと、該セルロースナノファイバー中にカプセル化、即ち埋め込まれた生体分子とを含む複合体である。生体分子は、失活していない状態でセルロースナノファイバー中に保持されており、セルロースナノファイバーにより包まれることで、酸化及び/又は熱による失活が抑制され、即ち安定化されている。
【0029】
実施形態に係る複合組成物において、セルロースナノファイバーと生体分子の含有比は特に限定されず、例えばセルロースナノファイバー100質量部に対して、生体分子が0.001〜30質量部でもよく、0.01〜5質量部でもよい。
【0030】
実施形態に係る複合組成物において、セルロースナノファイバーの含有量は、特に限定されず、75〜95質量%でもよく、80〜90質量%でもよい。
【0031】
実施形態に係る複合組成物は、含水率が20質量%以下である。このように水の含有量が少ないことにより、セルロースナノファイバーが酸素バリア性を発現し、酸化により失活しやすい生体分子を安定化でき、また、生体分子の熱による安定化効果を高めることができる。複合組成物の含水率は、5〜20質量%であることが好ましく、より好ましくは10〜15質量%である。なお、複合組成物の含水率は、後述するように紙などの支持体に複合組成物を一体化した状態で形成する場合でも、当該支持体を除く複合組成物自体での含水率である。
【0032】
実施形態に係る複合組成物には、上述したセルロースナノファイバー、生体分子及び水の他、本発明の効果を阻害しない範囲において、例えば、無機系及び/又は有機系のフィラー類、粘土鉱物類、色素などの着色剤、塩類、pH調整剤、油剤、水溶性高分子、界面活性剤、乾燥塗膜の造膜性を改良する目的で添加される親水性の溶剤類の乾燥残留物を含んでいても良い。例えば、造膜性を改良する親水性の溶剤としてはアルコール類、セロソルブ類、カルビトール類、グリコール類、グリコールモノフェニルエーテル類、フェニルアルコール類、フェニルカルボン酸エステル類、オキシカルボン酸フェニルエステル類等を含んでいてもよい。その他、耐光剤、酸化防止剤、防腐剤、無機物等を含んでもよい。
【0033】
実施形態に係る複合組成物は、加熱条件下において生体分子が安定であることが好ましい。具体的には、加熱条件下とは、複合組成物に外部から熱を加えている状態を指すが、本実施形態においては、i)初期温度T1から昇温して温度T2に至る昇温加熱条件、及び、ii)初期温度T1から昇温して温度T3に至った後、温度T3を所定時間維持する恒温加熱条件の2つがある。本実施形態において、想定される取り扱い条件は次の通りである。
【0034】
一般に冷凍温度と称される−15℃以下乃至は−20℃以下の温度、即ち、通常、生体分子を凍結或いは冷凍した状態から、氷の融解温度(0℃)に至る操作がある。更には、氷の溶融温度を超えて常温(20℃乃至は25℃)に至る操作がある。更には、意図的、非意図的を問わず、更に高温で取り扱われる操作が考えられる。高温で取り扱われる操作として、具体的には、意図的、非意図的を問わず、夏期屋内、夏期屋外、屋外車中、直射日光照射、冷凍庫、冷蔵庫又はエアコンディショナーの稼働が停止している状態での取り扱いが想定される。また、停電時、災害時、戦地使用なども想定される。
【0035】
なお、起点としての初期温度T1から昇温され温度T2に至る温度変化はΔTと定義される。例えば、本実施形態において、生体分子を−20℃から0℃に昇温した場合、ΔT=20℃である。また、同じく−20℃から25℃に昇温した場合、ΔT=45℃である。更に、40℃から80℃に昇温した場合、ΔT=40℃である。
【0036】
複合組成物における生体分子の熱安定性については、複合組成物に対する熱処理を80℃、60分間として、熱処理していない複合組成物における生体分子の活性を100%としたときの熱処理後における比活性が70%以上であることが好ましく、より好ましくは80%以上である。
【0037】
本実施形態に係る複合組成物を製造するに際しては、上記セルロースナノファイバーの水分散液と生体分子とを混合し、含水率が20質量%以下になるまで乾燥すればよい。
【0038】
セルロースナノファイバーの水分散液は、上記のように、天然セルロースにアニオン基を導入してから解繊処理を実施し、又は、天然セルロースを解繊してからアニオン基を導入することにより作製することができる。当該水分散液中におけるセルロースナノファイバーの濃度は、特に限定されず、例えば0.01〜5質量%でもよく、0.05〜3質量%でもよく、0.1〜1質量%でもよい。
【0039】
セルロースナノファイバーの水分散液に、生体分子を添加し混合する。生体分子は、セルロースナノファイバーの水分散液に対して、そのまま添加してもよく、あるいは、予め緩衝液に溶解させた生体分子溶液を添加してもよい。
【0040】
セルロースナノファイバーの水分散液と生体分子の混合後に、混合液を乾燥させることにより、実施形態に係る複合組成物が得られる。
【0041】
複合組成物は、混合液をフッ素樹脂シートなどの離型性基体上に付与し乾燥して、乾燥物を離型性基体から取り出すことにより、それ単独で形成されてもよい。その形態は特に限定されず、シート状でもよく、タブレットやピルなどの錠剤状でもよい。
【0042】
あるいは、複合組成物は、混合液を紙などの支持体上に付与し乾燥することにより、支持体に一体化された状態で形成されてもよい。支持体に付与する方法としては、特に限定されないが、セルロースナノファイバー水分散液の持つチキソトロピック性を利用して、例えばインクジェット印刷により複合組成物を支持体上に形成してもよい。
【0043】
乾燥方法は、例えば、加熱乾燥方式、減圧乾燥方式、送風乾燥方式、マイクロ波乾燥方式、赤外線乾燥方式、凍結乾燥方式、ろ過脱水方式等が用いられる。複数の方式を組み合わせて乾燥してもよい。乾燥温度は、特に限定されないが、加熱乾燥方式の場合を例示するならば、生体分子の失活を抑制するために、40℃以下であることが好ましく、より好ましくは5〜35℃である。また、乾燥時間は特に限定されず、加熱温度は常に一定でもよく、段階的に上昇させても良い。
【0044】
実施形態に係る複合組成物は、例えばバイオセンサに用いることができる。バイオセンサは、生体分子の認識機構を利用して様々な分子等を検出・計測するセンシングデバイスであり、その構成要素として該複合組成物を用いることができる。バイオセンサの好適な一例として、生体分子を基板(即ち、支持体)上に多数固定したバイオチップが挙げられ、該生体分子として上記複合組成物を基板上に多数固定することにより、一実施形態に係るバイオチップを構成することができる。また、上記のようにインクジェット印刷が可能であることから、マイクロ流体ペーパー分析デバイス(μPAD)に利用することもできる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0046】
(1)試薬
・TOCN:セルロースI型結晶構造を有するTEMPO酸化セルロースナノファイバー、1.1質量%水分散液、第一工業製薬(株)製「レオクリスタ」、数平均繊維径=4nm、平均アスペクト比=280、アニオン基量=1.9mmol/g
・Tris:トリスヒドロキシメチルアミノメタン、SIGMA−ALDRICHI製
・IDA:酢酸インドキシル、SIGMA−ALDRICHI製
・AChE:アセチルコリンエステラーゼ、デンキウナギ由来、200-1000Unit/mg protein、SIGMA−ALDRICHI製
・メタノール:関東化学(株)製
・1MNaOH:水酸化ナトリウム水溶液(1M、和光純薬工業(株)製)
・6MHCl:濃塩酸(6M、和光純薬工業(株)製)
・塩化ナトリウム:ナカライテスク(株)製
これらは特に精製せずに使用した。
【0047】
(2)100mMTris−HClバッファー(pH8.0)の調製
Trisを6.057gビーカーに計り取り、MilliQ水400mLを添加し、マグネチックスターラーを用いてTrisを溶解させた。ここに6MHClを一滴ずつ滴下し、pHが8.0となるよう調製した。溶液を500mLメスフラスコに移し、MilliQ水で希釈して100mMTris−HClバッファーを調製した。pHが大きくずれた場合は、1MNaOHおよび6MHClを滴下し再調製した。
【0048】
(3)酵素反応用溶液の調製
IDA溶液は使用する当日に作製した。IDAをエッペンチューブ中で80mMとなるようそれぞれメタノールを加え、ボルテックスミキサーで混合した。AChEは−20℃で保管したものを使用した。−20℃で保管したAChEは、室温で、エッペンチューブ中で250U/mLとなるよう計量し、100mMTris−HClバッファーを加え、ボルテックスミキサーで混合し、冷凍保存した。
【0049】
(4)AChE/TOCNピルの調製
ピル1つあたり、0.5質量%のTOCN水分散液400μLと250U/mLのAChE溶液1μLを遠沈管に取り、ボルテックスミキサーで混合した。これをマイクロピペットで401μLずつ、テフロン(登録商標)シート上に吐出して、室温で2日間自然乾燥させて、実施例に係る複合組成物としてAChE/TOCNピルを調製した。得られたピルはサンプル管に入れ、室温で保存した。AChE/TOCNピルは、TOCN100質量部に対してAChEを0.06質量部含有するものであった。
【0050】
(5)AChE/TOCNピルの熱重量分析
上記(4)で調製したAChE/TOCNピルについて、熱重量分析装置(セイコーインスツル(株)製、TGDTA6300)を用いて熱重量分析を行った。AChE/TOCNピルのTG(熱重量曲線)及びDTG(微分熱重量曲線)は
図1に示す通りであり、AChE/TOCNピルの含水率は13質量%であった。
【0051】
(6)TOCNピル中のAChEの熱安定性評価
実施例に係る室温乾燥2日後のAChE/TOCNピルを用いた。熱処理は、AChE/TOCNピルを室温から80℃に昇温して行ない、80℃で15,30,45,60分間熱処理した。熱処理が0分間のAChE/TOCNピルは、室温乾燥2日後のAChE/TOCNピル(室温から80℃に昇温する前のAChE/TOCNピル)を用いた。コントロールとして、250U/mLのAChE溶液1μLを100mMTris−HClバッファー195μLに溶解させ、同様の熱処理を行った。熱処理後のAChE/TOCNピルおよびコントロールのAChE溶液をウェルプレートにそれぞれ入れ、酵素反応(IDAを基質とする加水分解反応)を行った。詳細には、AChE/TOCNピルには100mMTris−HClバッファーを195μLと80mMIDA溶液を5μL加え、コントロールには80mMIDA溶液を5μL加え、30秒間振盪し、1時間酵素反応を行った。このウェルプレートをマイクロプレートリーダー(Tecan製、Spark 10M)に入れ、インディゴの吸収ピーク位置(605nm)における吸光度を測定した。熱処理を行っていない試料の活性を100%とし、熱処理後のAChEの比活性を算出した。測定は3連で行った。
【0052】
熱安定性評価の結果を
図2に示す。コントロールでは、80℃の加熱処理でAChEが失活したのに対し、実施例に係るTOCNピル中のAChEは、1時間加熱した後も酵素活性を維持していた。これにより、高温下においてもAChE/TOCNピルを安定的に貯蔵・輸送できると考えられる。
【0053】
(7)TOCN水分散液中のAChEの熱安定性評価(参考例)
0.5質量%のTOCN水分散液400μLと250U/mLのAChE溶液1μLをエッペンチューブに取り、ボルテックスミキサーで混合した(0.5%TOCN/AChE)。また、1質量%のTOCN水分散液400μLと250U/mLのAChE溶液1μLをエッペンチューブに取り、ボルテックスミキサーで混合した(1%TOCN/AChE)。更に、コントロールとして、100mMTris−HClバッファー400μLと250U/mLのAChE溶液1μLをエッペンチューブに取り、ボルテックスミキサーで混合した。
【0054】
これら3種の混合液について60℃で0,5,10,15分間熱処理を行い、熱処理後の混合液をウェルプレートにそれぞれ入れ、80mMIDA溶液を5μL加えて、上記(6)の熱安定性評価と同様に、酵素反応を行って吸光度を測定した。熱処理を行っていない試料の活性を100%とし、熱処理後のAChEの比活性を算出した。測定は3連で行った。
【0055】
結果は
図3に示す通りである。TOCN分散液中では、AChEは熱処理により容易に失活した。これは、TOCN濃度を上げても同様であった。よって、TOCNによる失活抑制効果は、含水率の低い乾燥状態で発現されると考えられる。
【0056】
(8)TOCNピル中のAChEの室温安定性評価
上記(4)で調製した実施例に係るAChE/TOCNピルを室温にてサンプル管中で1ヶ月保存し、1ヶ月経過後におけるAChEの酵素活性を上記(6)と同様に調べた。その結果、TOCNピル中のAChEの活性は室温で少なくとも1ヶ月間保持されていた。TOCNで複合化していないAChEを空気中・室温で放置すると数時間で酵素活性が失活し、バッファー溶液中でも通常約3日で活性を失うことに鑑みると、TOCNによりカプセル化することで不安定な生体分子の酸化による失活を効果的に抑制できることが分かる。
【0057】
(9)AChE/TOCN紙デバイスの調製
0.5質量%のTOCN水分散液400μLと250U/mLのAChE溶液1μLを遠沈管に取り、ボルテックスミキサーで混合した。これをマイクロピペットで401μLずつ、濾紙上に滴下し、室温で2日間自然乾燥させて、実施例に係るAChE/TOCN紙デバイスを調製した。得られた紙デバイスはチャック付きポリ袋に入れ、室温で保存した。この紙デバイスについて、上記(5)と同様に熱重量分析を行ったところ、支持体である濾紙を除いた複合組成物中における含水率は18質量%であった。
【0058】
(10)TOCN紙デバイス中のAChEの室温安定性評価
実施例に係るAChE/TOCN紙デバイスを室温で28日間保存して室温での安定性を評価した。コントロールとして、250U/mLのAChE溶液1μLのみを濾紙上に滴下し、自然乾燥して紙デバイスを調製し、これをチャック付きポリ袋に入れて室温で保存し、同様に室温での安定性を評価した。
【0059】
酵素活性は、AChE/TOCN紙デバイス及びコントロールの紙デバイスともに、100mMTris−HClバッファーを195μLと80mMIDA溶液を5μL加え、酵素反応を行った。1時間以上乾燥させた後、紙デバイスの画像をスキャナ(24bitカラー、解像度800dpi)でパソコンに取り込み、生成したインディゴの青色強度を画像処理ソフト(ImageJ)で測定することにより、室温保存前の試料の活性を100%とし、保存後のAChEの比活性を算出した。
【0060】
結果は
図4に示す通りであり、コントロールの紙デバイスでは、28日間の保存で比活性が約15%まで大きく低下したのに対し、実施例に係るAChE/TOCN紙デバイスでは比活性が90%程度保持されていた。従って、紙上でも、TOCNにより不安定分子の失活を抑制できた。
【0061】
(11)インクジェット印刷による複合組成物の形成
0.5質量%のTOCN水分散液949.76μLに対し、250U/mLのAChE溶液50μLを添加混合し、得られたAChE/TOCN水分散液に、表面張力の調整剤として非イオン界面活性剤(オクチルフェノールエトキシレート、トリトンX−100)0.24μLを添加し、インクジェット用インクを調製した。比較として、250U/mLのAChE溶液50μLに100mMのTris−HClバッファー950μLを添加したAChEインクも調製した。これをインクジェット装置((株)マイクロジェット製「Labojet−1000」)に充填し、濾紙上に岐阜大学のロゴマーク(タテ約5mm×ヨコ約15mm)を印刷し、乾燥させることにより、濾紙上に実施例に係る複合組成物をロゴマーク状に形成した。乾燥後、印字部上に適量の100mMTris−HClバッファーと80mMIDA溶液を滴下し、インディゴが生成して呈色する様子を観察した。TOCNを含まないインクについても同様にインクジェット印刷を行い、酵素反応後の外観を比較した。
【0062】
その結果、TOCNを含むインクを用いて印刷したもの(実施例)では、インクが良好に吐出され、微細なロゴマークが形成されていた。また、TOCNを含まないインクでは、インディゴが滲み、通水によって酵素が容易に流出したのに対し、実施例に係るTOCN含有インクで印字したものでは、インディゴがロゴマーク状に生成していた。TOCNの乾燥固化物は、ナノファイバー間に水素結合を形成するため、水を添加しても再分散しにくいという特徴がある。そのため、通水時にTOCN層は膨潤し、徐々に反応液が浸透することで酵素反応場となることが考えられる。このことから、通水してもTOCN層は流れず、酵素が主にTOCN層内に保持されていることが示された。マイクロ流体ペーパー分析デバイスにおいては、反応に関与する分子を検出部位に固定化することが重要である。上記結果から、TOCNは生体分子を安定貯蔵するばかりでなく、検出部位からの生体分子の流出を抑制する機能も併せ持つことから、マイクロ流体ペーパー分析デバイスに好適であることが分かった。
【0063】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これら実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその省略、置き換え、変更などは、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。