【実施例】
【0059】
A.黒毛和牛における試験
<試験1>凍結融解したウシASC細胞(ASC細胞破砕液)又はその遠心上清とウシ精子との共培養
1.材料と方法
1−1.脂肪組織由来幹細胞(ASC)の採取
ウシの冷凍皮下脂肪から、特開2010−094076号公報の方法に準じてASCを採取した。具体的には以下のように実施した。
【0060】
(1)脂肪組織の採取と凍結保存
屠場で、枝肉の皮下脂肪組織(約3 cm四方)をハサミで切除し、プラスチックジップバッグに入れた。これを、内部の吸着剤に液体窒素を吸着させた後に余分な液体窒素を捨てたドライシッパーに投入し、液体窒素の蒸気中で凍結した。
【0061】
(2)解凍と組織分解
プラスチックバッグに入った凍結脂肪組織を39℃の湯で解凍した。解凍した脂肪組織をハサミ等で細断し、15 mlの遠心管に入れた。次いで、0.1 w/v %コラゲナーゼ、0.2 w/v %ディスパーゼを含むダルベッコ改変イーグル培地(Sigma)を、裁断した脂肪組織にその体積の3〜5倍となるように加えた。この組織懸濁液を39℃のウォーターバスで振とうしながら1〜2時間培養し、脂肪組織溶解液を得た。
【0062】
(3)細胞採取と細胞培養
脂肪組織溶解液を遠心分離し、上層の融け残った脂肪と上清を捨てた。残った沈殿を、最終濃度100μg/mlとなるように抗生物質Primocin(登録商標、INVIVOGEN)を添加した初代培養用培地(MF-start、登録商標、東洋紡)500μlに懸濁し、24ウェルプレートの1ウェルに入れ、CO
2インキュベーターで培養(5% CO
2、95%空気、39℃、飽和湿度)した。1ウェルがコンフルエントになるまで細胞が増殖したら、トリプシンEDTAで細胞をはがし、1ウェル分を5ウェルに分けて継代培養を行った。
【0063】
1−2.ウシ精液の凍結と融解
ウシ精液を精子濃度が約1億個/mlになるように卵黄クエン酸液で希釈し、ストロー容器に約500μlずつ分注、封入した後、液体窒素の蒸気中で凍結し、液体窒素中で保管した。このウシ凍結精液を38℃の湯で融解して以下の試験に用いた。
【0064】
1−3.ASC破砕液の製造
24ウェルプレートの1ウェル分(ASC×1)又は2ウェル分(ASC×2)のウシASC(コンフルエントな状態のもの)をトリプシンEDTAにより剥離し、PBSで洗浄後、500μlのPBSに再浮遊した。続いて、0.5 ml容量の精液凍結保存用ストローへ充填・封入し、-20℃にて凍結保存した。充填・封入したストローのそれぞれについて、38℃で融解後、以下のようにして用いた。
ASC×1: ストロー1本の融解物をそのまま用いる
ASC×2: ストロー2本の融解物をそのまま用いる
ASC×1遠心上清: ストロー1本の融解物を遠心分離し、得られた上清を用いる
ASC×2遠心上清: ストロー2本の融解物を遠心分離し、得られた上清を用いる
【0065】
1−4.ASC破砕液とウシ精子の共培養
ウシ凍結融解精液100μlとASC破砕液(ASC×1、ASC×2)又はASC遠心上清(ASC×1遠心上清、ASC×2遠心上清)100μlとを24ウェルプレートに入れ、CO
2インキュベーター(5% CO
2、95%空気、39℃、飽和湿度)で共培養した。対照区では、ASC破砕液/ASC遠心上清の代わりに、卵黄クエン酸液(グリセリンを6.5%含む)、一次希釈液(グリセリンを含まない卵黄クエン酸液)又はPBSを用いた。
【0066】
1−5.精子運動性の評価
共培養開始から0時間後、3時間後、6時間後、8時間後及び9時間後に精子を顕微鏡で観察した。具体的には、共培養した精液6μlをスライドグラス上に滴下し、その上から18 mm×18 mmのカバーガラスをかぶせ、グリッド状のマイクロメーター付きの接眼レンズを備えた顕微鏡で観察した。精子の運動性を前進運動(PR)、非前進運動(NP)及び不動(IM)に分類し、10グリッド中のそれぞれの運動性の精子数を数え、比率を求めた。
【0067】
2.結果
結果を以下に示す。ASC破砕液(ASC×1、ASC×2)及びASC遠心上清(ASC×1遠心上清、ASC×2遠心上清)に精子の運動性を高める効果が認められる。
【表1】
【0068】
<試験2>黒毛和牛ASCろ液の効果
1.材料と方法
1−1.ASCの採取と培養
と畜場にてウシの背部皮下織より脂肪組織を採取した(1〜3 g)。実験室へ持ち帰り、脂肪組織をハサミで細断し、50 mlの遠心管に入れた。0.1重量%コラゲナーゼと0.2 w/v %ディスパーゼを含むダルベッコ改変イーグル培地(Sigma)を、裁断した脂肪組織にその体積の3〜5倍となるように加えた。この組織懸濁液を39℃のウォーターバスで振とうしながら1〜2時間培養して、脂肪組織溶解液を得た。脂肪組織溶解液を遠心し、上層の融け残った脂肪と上清を捨てた。残った沈殿を、20% FCSを添加したMesenPro培養液に懸濁し、10 cmプレートに入れ、CO
2インキュベーターで培養(5% CO
2、95%空気、39℃、飽和湿度)した。コンフルエントになったらトリプシン/EDTAで細胞を剥離し、10 cmプレート1枚〜5枚に継代培養した。
【0069】
1−2.ASC液の製造
ASCが10 cmプレートにコンフルエントになった状態でトリプシン/EDTAにより細胞を剥離し、PBS(-)で1回洗浄した。一部のプレートでは無数の細胞塊が形成されたので、分化した細胞と判断した。いずれの細胞も、1×10
6/mlとなるようにPBS(-)に懸濁し、-20℃にて凍結保存した。細胞液を38℃の湯煎又は室温で融解し、以下のとおり処理した。
(a)そのまま共培養に使用した(ASC細胞破砕液)。
(b)遠心分離後、上清を採取した(ASC遠心上清)。
(c)遠心分離後の上清をセルロースアセテート膜のフィルター(ポアサイズ0.2μm)で濾過した(ASC上清ろ液)。
【0070】
(a)〜(c)のASC液を、細胞数換算で種々の濃度となるようにPBSで希釈した。
【0071】
1−3.ASC液とウシ凍結融解精液の共培養
各ASC液100μlと、融解した凍結精液100μl(約1×10
8 cells/ml)を混合し、24ウェルプレートに入れ、CO
2インキュベーター(5% CO
2、95%空気、39℃、飽和湿度)で共培養した。培養時間は0時間、3時間、6時間、9時間、14時間、16時間、18時間とし、以下の細胞濃度のASC液を使用した。
ASC細胞破砕液:1、10又は100×10
4 cells/ml(1回目);10、50、75又は100×10
4 cells/ml(2回目)
ASC遠心上清:1又は10×10
4 cells/ml
ASC上清ろ液:1、10又は100×10
4 cells/ml
【0072】
1−4.精子運動性の評価
所定の時間培養後、位相差顕微鏡下で運動精子を観察し、運動精子の大部分が以下のどの状態であるかを判定した。
+++:活発な前進性のある運動(尾部1往復で頭部の長径以上の長さを前進する)
++:前進性は弱いが、頭部が回転している運動
+:頭部が回転しない弱い運動
−:運動精子が認められない
【0073】
2.結果
結果を以下に示す。ASC細胞破砕液、ASC遠心上清及びASC上清ろ液に精子の運動性を高める効果が認められる。
【表2】
【0074】
<試験3>ウシ体内受精卵採取に及ぼすASCろ液の効果
1.材料と方法
1−1.ASCろ液の製造
前述の方法及び条件で培養して増殖させたASCを100×10
4 cells/mlとなるようにPBSに再浮遊させ、-20℃にて凍結した。その後、室温で融解し、ポアサイズ0.2μmのセルロースアセテート膜の濾過滅菌フィルターで濾過し、ろ液を回収した(「ASCろ液」と呼ぶ)。ASCろ液を0.5 ml容量の精液凍結保存用ストローへ充填・封入し、-20℃にて凍結保存した。
【0075】
1−2.黒毛和種雌牛の過剰排卵処置
発情誘起する日を0日として、11日前に雌牛の膣内に腟内留置型プロゲステロン製剤(CIDR)を挿入した。過剰排卵処置は前葉性卵胞刺激ホルモン(FSH:アントリン、共立製薬株式会社)の漸減投与によって行った。具体的には、発情4日前はFSH 2.5 ml(午前、午後の2回)、3日前はFSH 1.5 ml(午前、午後の2回)、2日前はFSH 1 mlとPG 2 ml(午前、午後の2回)を投与した。更に、2日前の午前にCIDRを抜去した。
【0076】
1−3.人工授精
人工授精は発情日の午後に1回実施した。凍結精液を38℃の湯で融解し、人工授精器を用いて子宮体内に注入した。続いて試験区は融解したASCろ液(0.5 ml)を、人工授精器を用いて子宮体内へ注入した。対照区はPBS(0.5 ml)を注入した。
【0077】
1−4.受精卵の回収
発情から8日後、左右両子宮角を還流することにより受精卵を回収した。バルーンカテーテルを子宮内に挿入して子宮角基部に固定し、子宮角に0.5%の牛胎子血清(FCS)とペニシリンおよびストレプトマイシンを添加した乳酸加リンゲル液(ハルゼン;日本全薬工業株式会社)を30〜40 ml注入後、排出した液を遮光瓶に回収した。これを左右両子宮角で約12回繰り返すことにより、子宮角の還流を行った。還流液をエムコンフィルターでろ過して濃縮し、実体顕微鏡下で受精卵を検索した。
【0078】
1−5.受精卵の評価
採取された受精卵の発育段階と品質、及び個数を調べた。発育段階は拡張胚盤胞(EXB)、胚盤胞(B)、初期胚盤胞(EB)、桑実期胚(CM)、退行、未受精に分類した。桑実期胚以上に発生していない受精卵のうち、正常分割または異常分割して発生停止しているものを退行、分割していないものを未受精とみなした。受精卵の品質は、IETSマニュアルに従って判定した。変性部分がないものをExcellent(優良)、15%以下のものをGood(良)、50%以下のものをFair(可)、75%以下のものをPoor(不良)とした。退行および未受精はDead(死)とした。
【0079】
1−6.試験回数
1回の試験で2頭の雌牛に過剰排卵処置を行い、1頭を試験区、別の1頭を対照区として採卵を行った。採卵後、約1ヶ月の間隔を空けて同じ雌牛に過剰排卵処置を行い、試験区、対照区を入れ替えて採卵を行った。これを3組6頭の雌牛で実施し、試験区6回分、対照区6回分の採卵結果を集計した。
【0080】
2.結果
結果を以下(表3及び表4)に示す。試験区は対照区に比べ、受精卵採取個数が多く、発育段階及び品質も高かった。
【表3】
【0081】
【表4】
【0082】
B.ホルスタイン種乳牛における試験
<試験1>「脂肪幹細胞液を添加した性選別精液」を利用した体内胚の採取成績
過剰排卵処理を行い、体内胚を生産する場合の人工授精において、性選別精液にASCを添加した場合と添加しなかった場合の間で体内胚の採取成績を比較した。性選別精液にASCを添加した区を試験区、添加しなかった区(PBSを添加した区)を対照区とした。体内胚の採取は2回行い、1回目の採胚の授精は、右子宮角を試験区、左子宮角を対照区として、いずれも精液を子宮角深部に注入した。2回目の採胚では、右子宮角を対照区、左子宮角を試験区とし、1回目と同様左右とも深部注入を行った。
【0083】
1.材料および方法
1−1.供試牛
名号:チェルシー(個体識別番号:1338723678)
生年月日:平成24年2月29日
最終分娩:平成26年3月26日(初産)
過去の採卵成績(分娩後):平成26年9月1日(採取個数:5個、正常卵数:3個(Excellent及びGood:3))、平成26年11月6日(採取個数14個、正常卵数:10個(Excellent及びGood:8、Fair:2))
【0084】
1−2.過排卵処理方法
発情周期の任意の時期に、腟内留置型プロゲステロン製剤(CIDR)を腟内に挿入するとともにエストラジオール安息香酸エステル(EB:オバホルモン)1 mlを筋肉内注射した。この日を0日目として、4日目から6日目までの3日間、1日2回(朝9時と夕方5時)に前葉性卵胞刺激ホルモン(FSH:アントリン、共立製薬株式会社)を漸減投与(4日目は6 AU/回、5日目は4 AU/回、6日目は3 AU/回)した。7日目の朝はFSH 2 AUとプロスタグランディンF2α(PG:ダルマジン、共立製薬株式会社)3 mlを投与し、同日夕方はFSH 2 AUを投与しCIDRを抜去した。その翌日午後4時に性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH;スポルネン、共立製薬株式会社)4 ml(酢酸フェルチレリンとして200μg)を投与した。GnRH投与24時間後に人工授精を行い、1週間後に採卵を行った。また、1回目と2回目の採胚の間隔は87日間であった。
【0085】
1−3.性選別精液に脂肪幹細胞液を添加する場合の濃度を決めるための予備試験
上記A.黒毛和牛における試験の試験2「黒毛和牛ASCろ液の効果」において、通常精液での試験では精子数の1/100相当の濃度のASCを添加することで精子運動性の維持効果がみられた。本実験では、性選別精液における効果を確認するために、1/100と1/50相当の濃度のASCろ液(A.黒毛和牛における試験の試験3「ウシ体内受精卵採取に及ぼすASCろ液の効果」で作製したASCろ液)の性選別精子運動性へ及ぼす効果を調べた。コントロールとしてPBSを使用した(cont1及びcont2)。性選別精液(ストロー内に在中)として、家畜改良事業団の「RCAアスリート ツー シックス」(JP5H54411X)平成24年11月12日(1ストロー当たり精子数300万個の凍結精液と空気層を挟んで希釈液層を含む2層式ストロー)を使用した。37℃の温湯中で融解後、精子を含む液層(200μl程度)のみシャーレに押し出し供試した。
図2に示すようにシャーレで培養試験を実施した。種々の時間培養後、精子の運動性について、前進(前に進む精子)及び運動(前進はしないが動いている精子)を示す精子の割合を4段階(−、+、++、+++)に分類した。添加したASCろ液中のASC濃度は100万個/ml相当であった。細胞浮遊液をミネラルオイルで被い、37℃のウォームプレート上で28時間まで培養した。
cont1:精液20μl+PBS 3μl
cont2:精液20μl+PBS 6μl
1/100:精液20μl+ASCろ液3μl
1/50:精液20μl+ASCろ液6μl
【0086】
性選別精液200μl中に300万個の精子が入っていることから、20μl中には精子30万個が含まれる。従って、精子30万個の1/100相当はASCろ液(100万個/ml) 3μl(ASC 1000 個分)、同1/50相当はASCろ液6μlとなる。
【0087】
1−4.人工授精に使用した精液の処理方法
家畜改良事業団の種雄牛名「オーケーファーム ハート ランカスター ET」(JP5H53562X) 平成26年4月7日の凍結精液ストロー(採卵用として販売されている1ストロー当たり精子数600万個の凍結精液層と空気層を挟んで希釈液層を含む2層式ストロー)4本を使用した。精子を含む液量として約200μl/ストローであった。左右の子宮角(試験区用と対照区用)に1本分ずつ注入するため、1回の採胚当たり2本使用し、2回採胚した(合計4本)。
【0088】
凍結精液の融解は37℃の温湯で約30秒間の処理とした。精液の処理としては、融解後、試験区用精液、対照区用精液ともに精液層のみをシャーレに押し出し、試験区用精液にはASCろ液60μlを添加混合し、対照区用精液にはPBS 60μlを添加混合した。混合後、別の0.5 ml容量のストローへ再充填し、続いて少量の空気層を充填した後、元のストローに入っていた希釈液層を再充填し、子宮へ注入するまで37〜38℃で保温した。
【0089】
1−5.人工授精
注入器は「モ5号」(ミサワ医科工業)を使用し、1回目の採胚では、試験区用精液を右子宮角深部に、対照区用精液を左子宮角深部に注入した。2回目の採胚では、逆に試験区用精液を左子宮角深部に、対照区用精液を右子宮角深部に注入した(注入器の先端を子宮体から子宮角へ5cm程挿入した地点で、チューブを20 cm程深部へ押し入れ、精液を注入した)。
【0090】
1−6.採卵
左右の子宮角を別々に0.5%仔牛血清(CS)加乳酸加リンゲルで灌流した。
【0091】
2.結果
2−1.予備試験の結果
表5に示すとおり、対照区(cont1、cont2)はいずれも融解後9時間以降で前進する精子が見られなくなったが、試験区(1/100、1/50)ではいずれも12時間まで前進する精子がみられた。1/100と1/50では同程度であったことから、以降の実験は1/100で実施することとした。
【表5】
【0092】
2−2.採卵の結果
発育段階は拡張胚盤胞(EXB)、胚盤胞(B)、初期胚盤胞(EB)、桑実期胚(CM)、退行、未受精に分類した。また、品質について、Excellent(優良)及びGood(良)をA、Fair(可)をB、Poor(不良)をCとした。退行および未受精はDead(死)とした。表6及び表7、並びに
図3及び
図4に示すとおり、採取した胚は対照区で11個、試験区で13個とほぼ同数であったが、正常胚は対照区で2個、試験区で11個であり、試験区で多かった。一般の精液と比べ、1ストロー当たりの精子数が少なく、活力に問題があるとされている性選別精液にASCろ液を添加することで、受精率が向上し、正常胚数、正常胚率が向上したものと思われる。
【表6】
【0093】
【表7】
【0094】
採取した胚の移植成績は以下の通りであった。
対照区の胚:正常胚2個の内、1個を移植し、受胎した。受胎率100%(1/1)。
試験区の胚:正常胚11個の内、6個を移植し、3個が受胎した。受胎率50%(3/6)。
【0095】
一方、産子(分娩)の結果は以下の通りであった。
対照区(平成27年2月16日に移植):平成27年11月16日に外見上正常な産子が出生した。
試験区1(平成27年6月26日に移植):平成28年3月27日に外見上正常な産子が出生した。
試験区2(平成27年6月26日に移植):平成28年3月29日に外見上正常な産子が出生した。
試験区3(平成27年8月19日に移植):平成28年5月に外見上正常な産子が出生した。
【0096】
C.各種幹細胞破砕液による精子活性化
脂肪組織由来幹細胞(ASC)の破砕液に認められた精子活性化作用と同様の作用が、他の間葉系幹細胞にも認められるか否か、検討することにした。
1.材料と方法
1−1.各種間葉系幹細胞のろ液の調製
常法で調製し、凍結保存しておいた、ヒト脂肪組織由来幹細胞(H-ASC)、ヒト歯髄由来幹細胞(H-DPSC)、ヒト骨髄由来幹細胞(H-BM-MSC)及びヒト臍帯血由来幹細胞(H-CB-MSC)を融解した後、遠心処理(1500rpm、5分)した。上清をセルロースアセテート膜のフィルター(ポアサイズ0.2μm)で濾過し、各幹細胞のろ液とした(ヒト脂肪組織由来幹細胞のろ液:H-ASC-f2、ヒト歯髄由来幹細胞のろ液:H-DPSC-f2、ヒト骨髄由来幹細胞:H-BM-MSC-f2、ヒト臍帯血由来幹細胞のろ液:H-CB-MSC-f2)。各ろ液の一部は-80℃で凍結保存し、融解した後、実験に使用した(H-DPSC-f1、H-DPSC-f1、H-BM-MSC-f1、H-CB-MSC-f1)。陽性対照(PC)には、同様の処理(凍結融解後に遠心処理し、フィルターろ過した後、再度、凍結保存し、融解したもの)によって得られたウシ脂肪組織由来幹細胞のろ液(B-ASC-f1)を用いた。
【0097】
1−2.幹細胞ろ液とウシ凍結融解精液の共培養
各幹細胞ろ液(100μl又は50μl)を24ウェルプレートのウェルに添加した。一方、ウシ凍結精液(同一ロット6本)を常法(38℃、45秒)により融解し、チューブで混ぜた後(合計3ml分)、各ウェルに規定量を分注した。24ウェルプレートをCO
2インキュベーター(5% CO
2、95%空気、38℃、飽和湿度)へ移し、共培養した。
【0098】
1−3.精子運動性の評価(目視による評価)
所定の時間培養後(0時間後、1.5時間後、3時間後、4.5時間後、6時間後、7.5時間後、9時間後、10.5時間後、12時間後)、位相差顕微鏡下で運動精子を観察し、運動精子の大部分が以下のどの状態であるかを判定した。
+++:活発な前進性のある運動(尾部1往復で頭部の長径以上の長さを前進する)
++:前進性は弱いが、頭部が回転している運動
+:頭部が回転しない弱い運動
±:ほぼ不動だが、わずかに動く精子あり
−:運動精子が認められない
【0099】
1−4.精子運動性の評価(移動距離の解析)
目視による観察の際(1.5時間後、3時間後、4.5時間後、6時間後、7.5時間後、9時間後)、顕微鏡に取り付けたカメラで30秒間の動画を撮影した。動画データを変換・加工し、ImageJソフトウエアに取り込み、精子の移動距離を解析した。
【0100】
2.結果
目視による観察の結果を以下に示す。ウシASCろ液(B-ASC)に最も強いウシ精子活性化作用を認めたものの、他の間葉系幹細胞ろ液もウシ精子活性化作用を示した。特に、ヒトDPSCろ液はウシASCろ液とほぼ同等の効果が認められた。尚、フィルターろ過後の再凍結の有無は、精子活性化作用に大きな影響を及ぼさなかった。
【表8】
【0101】
精子の移動距離の解析結果(1フレーム当たりの平均移動距離の比較)を
図5に示す。目視による観察の結果と同様に、いずれの間葉系幹細胞ろ液もウシ精子の運動性を高めた。
【0102】
D.精子活性化成分の分析
これまでの実験の結果を踏まえ、ASC細胞破砕液の精子活性化にはタンパク性因子が関与しているとの仮説を立て、その検証を試みた。まず、タンパク質吸着フィルターで濾過したASC細胞破砕液は精子の運動性を亢進しなかった。対照的に、タンパク質非吸着フィルターで濾過したASC細胞破砕液の場合、精子の運動性が亢進された。この結果を受け、ASC細胞破砕液中のタンパク質成分をLCMSで分析した。分析の結果、含有量の多い成分として熱ショックタンパク質90α(HSP90α)が特定された。そこで、ウシ精液50μlに対してHSP90α溶液(2μg/ml、10μg/ml、又は50μg/mlの濃度でPBSに溶解したもの)を単回添加(1回で50μlを添加)又は分割して添加(0時間後、2時間後、4時間後、6時間後に10μlを添加)して培養した。所定の時間培養後(0時間後、2時間後、4時間後、6時間後、7時間後、8時間後)、位相差顕微鏡下で運動精子を観察し、運動精子の大部分が以下のどの状態であるかを判定した。
◎:頭部が回転する前進性のある運動
〇:頭部が回転しない弱い運動
△:ほぼ不動だが、わずかに動く精子あり
×:運動精子が認められない
また、上記の基準では同じ判定となるが、目視での観察において、わずかに運動性の差が認められる場合、相対的な運動性の大きさを+の数で表した(なし、+、++、+++)。
【0103】
試験結果を以下に示す。HSP90αは、生存時間は延ばさないが、精子の活力を濃度依存的に向上させた。この結果によれば、HSP90αを有効成分として精子活性化剤を構成できるといえる。
【表9】
【0104】
E.豚における試験
<試験1>
1.方法
1−1.精子
デュロック種種雄豚(1頭;個体番号 D2003)より採取した濃厚部精液を希釈液(GPロング、グローバルピッグファーム社)で希釈し17℃に保存した。5日間精液を保存した後、精子濃度が3×10
7/mlとなるようにGPロングで希釈した。
【0105】
1−2.ろ液
フラスコ内で培養によりコンフレントとなったブタ脂肪幹細胞(pASC)を剥離し、室温でDPBS(−)により1回遠心洗浄後、DPBS(−)に再浮遊し、−30℃にて凍結保存した。室温で融解することにより細胞を破砕し、200 G、5分間室温で遠心した。上清を取り孔径0.2μmの濾過滅菌フィルターを通し、pASC ろ液とした。
【0106】
1−3.培養及び精子の運動性と凝集の評価
ろ液及び精子を、最終精子濃度が3×10
7/ml、且つ添加細胞濃度が精子濃度の1,000分の1(3×10
4/ml)又は100分の1(3×10
5/ml)となるように、精子とpASC ろ液を丸底のマイクロチューブ内で混合し(pASCろ液無添加のコントロールでは同量のDPBS(-)を添加)、38.5℃の水浴中で0.25、1、10、15及び17.5時間培養した。培養後、一部の精子を取り(3μl)精子運動計測用カウンティングチャンバー(Leja社、深さ 20μm)に入れ、38.5℃に加温した。位相差顕微鏡下で精子を観察し、以下の項目について運動性及び凝集を判定した。
(1)運動率(%)
運動している全ての精子が全精子に占める割合を主観的に判定し、運動率とした。
(2)直進率(%)
頭部を輝かせながら極めて速く運動する精子あるいは緩慢であるが直進する精子が占める全運動精子に対する割合を主観的に判定し直進率とした。
(3)運動の活発さ
精子の運動の活発さを以下のとおり5段階に分類した。
0=全く動かない(この場合運動率は0%となる)
1=運動するが場所を移動せず、その場で極めて緩慢な運動を示す精子が全てあるいはほとんどを占める場合
2=直進あるいは非直進運動(円運動を含む)するが尾部の振動が遅い場合
3=直進あるいは非直進運動(円運動を含む)するが、尾部の運動が比較的早い場合(振動している尾部の輪郭が見える)
4=直進あるいは非直進運動(円運動を含む)するが、尾部の運動が極めて速い場合(振動している尾部の輪郭が見えないほど早い場合)
(4)凝集
複数精子が頭部で結合している度合いを以下の通り5段階に判定した。
0=全く凝集が観察されない、あるいはごくわずか観察される場合
1=25%以下の精子が凝集している場合
2=25〜50%の精子が凝集している場合
3=50〜75%の精子が凝集している場合
4=75%以上の精子が凝集している場合
(5)生存率の測定
既報(Harrison, RA, Vickers SE. Use of fluorescent probes to assess membrane integrity in mammalian spermatozoa. J. Reprod. Fertil. 88 (1): 343-352 (1990).)の方法に従い、培養後の精子をヨウ化プロピジウム染色した。蛍光位相差顕微鏡下で200 精子を観察し、頭部が赤く発色していない精子を生存精子として、生存率(%)を算出した。
【0107】
2.結果
以下の表10に示す通り、pASC ろ液無添加では、運動率が培養1〜10時間で0.25時間に比べて上昇し、10時間を超えると低下した。直進率は培養0.25時間に比べて培養1〜15時間まで上昇した後、17.5時間で低下した。一方、pASC ろ液添加では、培養10及び15時間で無添加に比べて運動率及び直進率が上昇した。培養17.5時間では運動率と直進率に両者の間で差は見られなかった。しかし、培養17.5時間における運動性において、pASC ろ液無添加の直進精子は観察中直進を止めたが、ろ液添加では直進精子はより長い距離を直進した。活発さと凝集については、pASC ろ液添加の有無及び培養時間に関わらず差は見られなかった。
【表10】
デュロック種ブタ精子の性状へ及ぼすpASC ろ液(精子濃度の100分の1及び1,000分の1濃度)添加の影響。*:最終精子濃度は3×10
7/ml。a: 直進精子は観察中直進を止める。b: 直進精子はより長い距離を直進する。
【0108】
<試験2>
1.方法
1−1.精子
デュロック種種雄豚(1頭;個体番号 D7302)より採取した濃厚部精液を希釈液(GPロング、グローバルピッグファーム社)で希釈し17℃に保存した。5日間保存した精液を、精子濃度が2×10
7/mlとなるようにGPロングで希釈した。
【0109】
1−2.ろ液
フラスコ内で培養によりコンフルエントとなったpASCを剥離し、室温でDPBS(-)により1回遠心洗浄後、濃度が1.75×10
6/mlとなるようにDPBS(-)に再浮遊した。−30℃にて凍結後室温で融解することにより細胞を破砕し、200 G、5分間室温で遠心した。上清を取り孔径0.2μmの濾過滅菌フィルターを通し、pASC ろ液とした。pASC ろ液の原液(1.75×10
6/ml)、原液をDPBS(-)にて2×10
4/ml相当に希釈したもの、及び同2×10
5/ml相当に希釈したものを使用した。
【0110】
1−3.培養及び精子の運動性と凝集の評価
GPロング希釈液に再浮遊した精子(2×10
7/ml)とDPBS(-)又は所定の濃度のpASC ろ液(2×10
4/ml、2×10
5/ml及び17.5×10
5/ml相当)を1 : 1に混合し、最終精子濃度が1×10
7/ml、且つ最終pASC 添加濃度が0.1×10
4/ml(最終精子濃度の1,000分の1)、1×10
5/ml(最終精子濃度の100分の1)又は9×10
5/ml(最終精子濃度の11分の1)相当とした。pASC ろ液と混合したブタ精子を38.5℃の水浴中で0.25、1及び7時間培養した。培養後、精子を10μl取り、予め温めておいたスライドグラスへ載せ、予め温めておいた18 mm×18 mmのカバーガラスで覆った。直ちに200倍及び400倍の位相差顕微鏡下で精子を観察し、試験1と同様に、運動性及び凝集を判定した。
【0111】
2.結果
表11に示す通り、pASCろ液無添加では,運動率が培養1時間で0.25時間に比べて上昇し、7時間で低下した。直進率はいずれの培養時間においても0%であった。一方、pASC ろ液添加では、培養1時間で運動率及び直進率が若干対照に比べてpASC ろ液1×10
4/ml相当において上昇した(50% vs 55%及び0 vs 0.5)。また、培養7時間における運動率は、pASC ろ液無添加で30%であったの対して、ろ液1×10
4/ml相当添加及び9×10
5/ml相当添加で上昇した(それぞれ50%及び40%)。活発さと凝集については、pASC ろ液添加の有無及び培養時間に関わらず差は見られなかった。
【表11】
デュロック種ブタ精子の性状へ及ぼすpASC ろ液(精子濃度の11分の1、100分の1及び1,000分の1濃度)添加の影響。*: 最終精子濃度は1×10
7/ml。
【0112】
<考察>
実際にブタ精子を人工授精する際に使用する新鮮精液を希釈液で希釈して状態におけるpASC ろ液の作用を確認した。試験1では、培養10時間と15時間で、pASC ろ液添加による運動率と直進率の上昇が確認された。また、培養17.5時間において、観察開始直後における運動性の急激な低下が見られたが、ろ液無添加で直進精子は観察中直進を止めたのに対してろ液添加では直進精子はより長い距離を直進していた。この結果は、pASCろ液に精子の運動性改善作用があることを示している。試験2では、pASC ろ液による運動率の維持作用と若干の直進率の上昇が認められたが、差は劇的ではなかった。この理由は恐らく、培養0時間における直進率が0%であったため、このようなサンプルではpASC ろ液による回復が困難であることが原因であった可能性が考えられる。このことは試験1において、培養0時間で30%であった直進率が培養後、無添加よりpASC ろ液添加において上昇したことと対照的であった。