特許第6985961号(P6985961)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6985961
(24)【登録日】2021年11月30日
(45)【発行日】2021年12月22日
(54)【発明の名称】ピストンリング及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/06 20160101AFI20211213BHJP
   C23C 4/08 20160101ALI20211213BHJP
   C23C 4/10 20160101ALI20211213BHJP
   C23C 4/134 20160101ALI20211213BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20211213BHJP
   F16J 9/26 20060101ALI20211213BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20211213BHJP
【FI】
   C23C4/06
   C23C4/08
   C23C4/10
   C23C4/134
   C23C26/00 B
   F16J9/26 D
   F02F5/00 N
   F02F5/00 G
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-48455(P2018-48455)
(22)【出願日】2018年3月15日
(65)【公開番号】特開2018-165402(P2018-165402A)
(43)【公開日】2018年10月25日
【審査請求日】2020年10月12日
(31)【優先権主張番号】特願2017-63941(P2017-63941)
(32)【優先日】2017年3月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390022806
【氏名又は名称】日本ピストンリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117226
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 俊一
(72)【発明者】
【氏名】相沢 健
【審査官】 ▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/091831(WO,A1)
【文献】 特開2015−214719(JP,A)
【文献】 国際公開第2002/068706(WO,A1)
【文献】 特開平03−260474(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00
C23C 4/06
C23C 4/08
C23C 4/10
C23C 4/134
C23C 26/00
F16J 9/26
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンリング基材の少なくとも摺動面に、Mo粒子と、Ni基自溶性合金粒子と、Co合金粒子及び/又はCr粒子とを有する溶射皮膜が設けられており、
前記Mo粒子と前記Ni基自溶性合金粒子と前記Co合金粒子及びCr粒子の合計との含有割合を100質量%としたとき、前記Ni基自溶性合金粒子が20質量%以上40質量%以下の範囲内であり、前記Co合金粒子及びCr粒子の合計が15質量%以上30質量%以下の範囲内であり、残りがMo粒子である、ことを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
前記溶射皮膜が、NiCr粒子をさらに含む、請求項に記載のピストンリング。
【請求項3】
前記Ni基自溶性合金粒子の含有量Aと前記NiCr粒子の含有量Bとの割合(A/B)が、質量比で1.5以上である、請求項に記載のピストンリング。
【請求項4】
前記NiCr粒子が含まれた場合において、当該NiCr粒子と前記Cr粒子との造粒物構造を含んでいる、請求項2又は3に記載のピストンリング。
【請求項5】
Mo粉末と、Ni基自溶性合金粉末と、Co合金粉末及び/又はCr粉末との混合粉末組成物をプラズマ溶射し、ピストンリング基材の外周摺動面に溶射皮膜を形成してなるピストンリングの製造方法であって、
前記Mo粒子と前記Ni基自溶性合金粒子と前記Co合金粒子及びCr粒子の合計との含有割合を100質量%としたとき、前記Ni基自溶性合金粒子が20質量%以上40質量%以下の範囲内であり、前記Co合金粒子及びCr粒子の合計が15質量%以上30質量%以下の範囲内であり、残りがMo粒子である、ことを特徴とするピストンリングの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンリング及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、耐摩耗性、耐スカッフ性及び初期なじみ性に優れ、かつ相手攻撃性の低い溶射皮膜が密着性よく形成されてなるピストンリング及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、内燃機関の高出力化と高性能化に伴い、ピストンリング等の摺動部材の使用環境はますます厳しくなっており、良好な耐摩耗性、耐スカッフ性を有する摺動部材が要求されている。ピストンリングは、その外周面がシリンダライナと摺動するので、特に外周摺動面には高い耐摩耗性や耐スカッフ性等が要求される。こうした要求に対し、特許文献1〜3では、ピストンリングの外周摺動面に溶射皮膜を設ける技術を提案している。
【0003】
特許文献1では、Mo粉末とNi基自溶性合金粉末とCu又はCu合金粉末とを少なくとも含む混合粉末を溶射してなる溶射下地層と、Cuを含有する溶射表面層とをその順で摺動面に形成したピストンリングであって、その溶射下地層は、50〜80質量%のMoと、1〜12質量%のCu又はCu合金と、残部:Ni基自溶性合金とを少なくとも含有する等したピストンリングが提案されている。
【0004】
特許文献2では、粉末組成物をプラズマ溶射法によってピストンリング基材の外周摺動面上に溶射して得られるピストンリング用溶射被膜であって、その粉末組成物が、モリブデン粒子、ニッケルクロム合金粒子、及び炭化クロム粒子を含み、炭化クロム粒子のメディアン径を特定範囲内とする等した溶射被膜が提案されている。
【0005】
特許文献3では、溶射被膜が、モリブデン相、炭化クロム相及びニッケルクロム合金相を含み、モリブデン相、炭化クロム相及びニッケルクロム合金相が基材の摺動面上に堆積し、基材の摺動面に対して垂直な方向における炭化クロム相の厚さの平均値と、モリブデン相の厚さ平均値との比を特定する等した溶射被膜が提案されている。
【0006】
特許文献4では、Mo粉末と、Cr32粉末及びNiCr粉末の混合粉末とを少なくとも含む原料粉末を溶射してなる溶射皮膜を有するピストンリングであって、混合粉末の平均粒径が50μm以上であり、Mo粉末の平均粒径が混合粉末の平均粒径よりも小さくする等したピストンリングが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−46821号公報
【特許文献2】WO2014/091831号
【特許文献3】特開2015−214719号公報
【特許文献4】特開2016−102233号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、耐摩耗性、耐スカッフ性及び初期なじみ性に優れ、かつ相手攻撃性の低い溶射皮膜が密着性よく形成されてなるピストンリング及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係るピストンリングは、ピストンリング基材の少なくとも摺動面に、Mo粒子と、Ni基自溶性合金粒子と、Co合金粒子及び/又はCr32粒子とを有する溶射皮膜が設けられていることを特徴とする。この発明によれば、Ni基自溶性合金粒子とCo合金粒子及び/又はCr32粒子とを含むので、特に密着性が良く、相手攻撃性を低くする溶射皮膜とすることができる。
【0010】
本発明に係るピストンリングにおいて、前記Mo粒子と前記Ni基自溶性合金粒子と前記Co合金粒子及びCr32粒子の合計との含有割合を100質量%としたとき、前記Ni基自溶性合金粒子が20質量%以上40質量%以下の範囲内であり、前記Co合金粒子及びCr32粒子の合計が15質量%以上30質量%以下の範囲内であり、残りがMo粒子であるように構成される。
【0011】
本発明に係るピストンリングにおいて、前記溶射皮膜が、NiCr粒子をさらに含んでいてもよい。
【0012】
本発明に係るピストンリングにおいて、前記Ni基自溶性合金粒子の含有量Aと前記NiCr粒子の含有量Bとの割合(A/B)が、質量比で1.5以上であることが好ましい。
【0013】
本発明に係るピストンリングにおいて、前記NiCr粒子が含まれた場合において、当該NiCr粒子と前記Cr32粒子との造粒物構造を含んでいてもよい。
【0014】
(2)本発明に係るピストンリングの製造方法は、Mo粉末と、Ni基自溶性合金粉末と、Co合金粉末及び/又はCr32粉末との混合粉末組成物をプラズマ溶射し、ピストンリング基材の外周摺動面に溶射皮膜を形成してなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、耐摩耗性と耐スカッフ性に優れ、かつ相手攻撃性の低い溶射皮膜が密着性よく形成されてなるピストンリング及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明に係るピストンリングの一例を示す断面図である。
図2】実施例1,2及び比較例1,2で得られた溶射皮膜の断面写真である。
図3】摩耗量測定に用いた高負荷型摩耗試験機の構成原理図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係るピストンリング及びその製造方法について詳しく説明する。なお、本発明は、その要旨の範囲内であれば、以下の実施形態に限定されない。
【0018】
[ピストンリング]
本発明に係るピストンリング1は、図1に示すように、ピストンリング基材2の少なくとも摺動面に、特徴的な溶射皮膜3が設けられているものである。その溶射皮膜3は、Mo粒子と、Ni基自溶性合金粒子と、Co合金粒子及び/又はCr32粒子とを有するものである。こうしたピストンリング1は、Mo粉末と、Ni基自溶性合金粉末と、Co合金粉末及び/又はCr32粉末との混合粉末組成物をプラズマ溶射し、ピストンリング基材2の外周摺動面に溶射皮膜3を形成して製造される。溶射皮膜3が形成されたピストンリング1は、特に密着性が良く、相手攻撃性を低くする溶射皮膜とすることができる。
【0019】
本発明に係るピストンリング1の各構成を説明する。
【0020】
<ピストンリング基材>
溶射皮膜3を形成する対象となるピストンリング基材2としては、ピストンリング1の基材として用いられている各種のものを挙げることができ、特に限定されない。例えば各種の鋼材、ステンレス鋼材、鋳物材、鋳鋼材等を適用することができる。これらのうち、マルテンサイト系ステンレス鋼、クロムマンガン鋼(SUP9材)、クロムバナジウム鋼(SUP10材)、シリコンクロム鋼(SWOSC−V材)等を好ましく挙げることができる。また、鋳物材としては、ボロン鋳鉄、片状黒鉛鋳鉄、球状黒鉛鋳鉄、CV鋳鉄等を好ましく挙げることができる。ピストンリング基材2は、一般的なピストンリングを製造する手段によって作製される。
【0021】
ピストンリング基材2には、必要に応じて前処理を行ってもよい。前処理としては、表面研磨して表面粗さを調整する処理を挙げることができる。この表面粗さの調整は、例えばピストンリング基材2の表面をダイヤモンド砥粒でラッピング加工して表面研磨する方法等を例示できる。
【0022】
<溶射皮膜>
溶射皮膜3は、ピストンリング基材2の少なくとも摺動面に設けられる。この溶射皮膜3は、Mo粒子と、Ni基自溶性合金粒子と、Co合金粒子及び/又はCr32粒子とを有するものであり、Mo粉末と、Ni基自溶性合金粉末と、Co合金粉末及び/又はCr32粉末とを有する原料粉末を溶射して成膜される。
【0023】
溶射皮膜3の成分組成は、Mo粒子と、Ni基自溶性合金粒子と、Co合金粒子及びCr32粒子の合計との含有割合を100質量%としたとき、Ni基自溶性合金粒子が20質量%以上40質量%以下の範囲内であり、Co合金粒子及びCr32粒子の合計が15質量%以上30質量%以下の範囲内であり、残りがMo粒子であるように構成されている。含有割合は質量比であり、Mo粒子とNi基自溶性合金粒子とCo合金粒子及びCr32粒子の合計との含有量が100質量%となるようにしてそれぞれの質量%を算出する。これら以外の粒子が含まれている場合は、その粒子を除いた合計を100質量%として算出する。
【0024】
原料粉末には、本発明の奏する効果を阻害しない範囲内で、例えばCo,B,Si,Cu,Al,Fe等を任意に含んでいてもよい。なお、溶射皮膜3を構成する各粒子成分の含有量と原料粉末中の組成割合とは通常同じであるので、溶射皮膜3の各成分の含有量は、原料粉末の成分割合と言うことができる。したがって、溶射皮膜3を所望の成分割合とするために、原料粉末を構成する各粉末の配合量を調整することができる。なお、溶射皮膜3に含まれる各粒子の含有量は、後方散乱測定装置を用いて定量して得ることができる。また、溶射皮膜3を構成する各粒子の含有量は、溶射原料に含まれる各原料粉末の配合量と通常は一致するので、溶射皮膜3の各粒子の含有量を測定することによって、原料粉末を構成する各粉末の配合割合も特定することができる。
【0025】
(Mo粒子)
Mo粒子は、溶射皮膜3を構成する主要要素であり、NiCr自溶性合金粒子とCo合金粒子及びCr32粒子の合計との含有量以外の含有量で含まれており、例えば40質量%以上、60質量%以下の範囲内で含まれる。高融点金属であるMo粒子が上記範囲で含まれることにより、耐摩耗性及び耐スカッフ性に優れ、ピストンリング基材との密着性に優れた溶射皮膜を得ることができる。含有量が40質量%未満では、得られた溶射皮膜3の耐摩耗性と耐スカッフ性が劣ることがある。一方、含有量が60質量%を超えると、コスト高の原因になる。
【0026】
Mo粒子の平均粒径は、一般的な溶射原料粉末と同程度であればよく、例えば10μm以上、50μm以下の範囲内であることが好ましく、20μm以上、40μm以下の範囲内が密着性の観点からより好ましい。本願では、このMo粒子やその他の粒子の平均粒径は、粒子径分布測定装置(例えば日機装株式会社製のマイクロトラックHRA)で測定したD50の値で表している。なお、Mo粒子の形状等は特に限定されず、造粒焼結粒子であってもよい。Mo粒子を造粒した造粒焼結粒子は、小径のMo粒子を造粒したのち、加熱して焼結させることにより得られる。造粒に用いられるMo粒子の平均粒径は、例えば1〜10μmである。Mo粒子のビッカース硬度は320〜420の範囲内である。なお、本願でのビッカース硬度は、マイクロビッカース硬度計(株式会社アカシ製)を用い、荷重0.05kgfでランダムに5箇所を測定し、得られた結果の平均値で表した。
【0027】
(NiCr自溶性合金粒子)
Ni基自溶性合金粒子は、溶射皮膜3を構成する主要要素であり、Ni基自溶性合金粉末を溶射して得られるものである。このNi基自溶性合金粒子は、ニッケル基からなる合金がホウ素やケイ素等のフラックス成分を含有するものであり、溶射した後にフュージング処理等を行うことにより、気孔が少なく密着強度の高い溶射皮膜を得ることができる作用を有する原料粉末として利用される合金粒子である。本発明では、Crを含有するNi基自溶性合金粒子を粉末原料として用いている。このNi基自溶性合金粒子は、14〜18質量%のCrと、2〜4質量%のホウ素と、3〜4.5質量%のケイ素と、2〜5質量%の鉄と、微量の不可避不純物とを含む。さらに、1〜3質量%のモリブデン及び1〜4質量%の銅の一方又は両方を含有してもよい。こうしたNi基自溶性合金は、ベース金属であるMoのバインダーとして作用する。さらに、このNi基自溶性合金は自溶性であることから、良好な耐摩耗性が得られるという利点がある。Ni基自溶性合金には、NiCr自溶性合金とNiCo自溶性合金がよく知られているが、本発明ではNiCr自溶性合金を用いる。特に本発明では、溶射皮膜3に含まれるNiCr自溶性合金粒子が、Mo粒子とCo合金粒子やCr32粒子との硬度差を少なくするように作用することが新しい知見として得られ、硬度差によるCo合金粒子やCr32粒子の脱落を防止できるという効果を奏し、その結果、相手攻撃性を抑制できるという利点がある。NiCr自溶性合金粒子のビッカース硬度は700〜850の範囲内である。
【0028】
NiCr自溶性合金粒子は、Mo粒子とNi基自溶性合金粒子とCo合金粒子及びCr32粒子の合計との含有割合を100質量%としたとき、20質量%以上、40質量%以下の範囲内で含まれることが好ましい。この範囲とすることにより、上記効果をより奏するものとすることができる。含有量が20質量%未満では、Moのバインダーとして作用する効果が薄れ、Mo粒子間の密着力が低下することがある。一方、含有量が40質量%を超えると、耐スカッフ性が低下することがある。より好ましい含有量は、25質量%以上、35質量%以下の範囲内であり、密着性と耐スカッフ性を向上させるという利点がある。
【0029】
NiCr自溶性合金粒子の平均粒径は、一般的な溶射原料粉末と同程度であればよく、例えば15μm以上、53μm以下の範囲内であることが好ましく、15μm以上、30μm以下の範囲内が耐摩耗性の観点からより好ましい。NiCr自溶性合金粒子の平均粒径も、粒子径分布測定装置(例えば日機装株式会社製のマイクロトラックHRA)で測定したもので表している。なお、NiCr自溶性合金粒子の形状等も特に限定されず、造粒焼結粒子であってもよい。NiCr自溶性合金粒子を造粒した造粒焼結粒子は、小径のNiCr自溶性合金粒子を造粒したのち、加熱して焼結させることにより得られる。造粒に用いられるNiCr自溶性合金粒子の平均粒径は、例えば1〜10μmである。
【0030】
(Co合金粒子、Cr32粒子)
Co合金粒子とCr32粒子は、溶射皮膜3を構成する主要要素であり、そのいずれか又は両方を含む原料粉末を溶射して得られるものである。Co合金粒子は、耐摩耗性がよいという特徴があり、溶射皮膜3に含まれることにより高い耐摩耗性効果を与えることができる。一方、Cr32粒子は、硬質粒子であり、溶射皮膜3に含まれることにより溶射皮膜3に良好な耐摩耗性や密着性を付与することができる。本発明では、Co合金粒子とCr32粒子の一方又は両方を含む溶射皮膜3とすることにより、上記効果を奏することができる。なお、Co合金粒子は、Crを16〜20質量%含むCo基合金粒子である。
【0031】
Co合金粒子とCr32粒子は、Mo粒子とNi基自溶性合金粒子とCo合金粒子及びCr32粒子の合計との含有割合を100質量%としたとき、15質量%以上、30質量%以下の範囲内で含まれることが好ましい。この範囲とすることにより、上記効果をより奏するものとすることができる。含有量が15質量%未満では、得られた溶射皮膜3の耐摩耗性と密着性が劣ることがある。一方、含有量が30質量%を超えると、溶射皮膜の表面で例えばCr32粒子が脱落する場合もあり、相手攻撃性が大きくなるおそれがある。より好ましい含有量は、15質量%以上、25質量%以下の範囲内であり、耐摩耗性向上と相手攻撃性抑制という利点がある。
【0032】
混合粉末にCo合金粒子とCr32粒子の両方を含有させるか、いずれか一方を含有させるかは、得る溶射皮膜3の特性を考慮して選択される。例えば耐食性に重点をおいた溶射皮膜3を得る場合には、Co合金粒子を選択すればよいし、耐摩耗性と密着性に重点をおいた溶射皮膜3を得る場合には、Cr32粒子を選択すればよいし、その両方の効果のある溶射皮膜3を得る場合には、Co合金粒子とCr32粒子の両方を選択すればよい。なお、Co合金粒子だけを含有させた溶射皮膜3では、上記含有量を17〜23質量%の範囲内とすることが好ましく、Cr32粒子だけを含有させた溶射皮膜3では、上記含有量を18〜28質量%の範囲内とすることが好ましく、両方を含有させた溶射皮膜3では、合計含有量を35〜55質量%の範囲内とするとともに、Co合金粒子の含有量を20〜30質量%の範囲内とし、Cr32粒子の含有量を15〜25質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0033】
Co合金粒子とCr32粒子の平均粒径は、一般的な溶射原料粉末と同程度であればよく、例えば10μm以上、45μm以下の範囲内であることが好ましく、10μm以上、30μm以下の範囲内が耐摩耗性の観点からより好ましい。これら粒子の平均粒径も、粒子径分布測定装置(例えば日機装株式会社製のマイクロトラックHRA)で測定したもので表している。なお、Co合金粒子とCr32粒子の形状等も特に限定されず、造粒焼結粒子であってもよい。Co合金粒子を造粒した造粒焼結粒子やCr32粒子を造粒した造粒焼結粒子は、小径の粒子を造粒したのち、加熱して焼結させることにより得られる。造粒に用いられる粒子の平均粒径は、例えば1〜10μmである。Cr32粒子のビッカース硬度は1600〜1800の範囲内である。
【0034】
(NiCr粒子)
溶射皮膜3には、必要に応じてNiCr粒子が含まれていてもよい。一般に、NiCr粒子は溶射皮膜3に良好な耐摩耗性や密着性を付与するものとして含有される場合があるが、本発明では、耐摩耗性と密着性については、Co合金粒子とCr32粒子の一方又は両方の粒子を所定量含有させることによりそれらの効果を満たしている。さらに、上記のように、NiCr自溶性合金粒子を含有させることにより、ピストンリング基材2との密着性を向上させるように作用させたり、Mo粒子とCo合金粒子やCr32粒子との硬度差を少なくするように作用させたりしている。こうしたことから、本発明では、NiCr粒子は必須の構成とはせずに、任意成分として配合させている。なお、NiCr自溶性合金粒子とNiCr粒子との違いは、NiCr自溶性合金粒子にはホウ素やケイ素が所定の割合で含まれていることから、蛍光X線による分析で両者を区別したり仕分けたりすることができる。
【0035】
NiCr粒子が溶射皮膜3に含まれているとき、Ni基自溶性合金粒子の含有量(A)とNiCr粒子の含有量(B)との割合(A/B)が、質量比で1.5以上であることが好ましい。この範囲にすることにより、NiCr自溶性合金粒子の作用効果を実現することができる。割合(A/B)が1.5未満では、相対的にNiCr粒子の影響が大きくなって、NiCr自溶性合金粒子が作用する密着性向上効果や硬度差低減効果が十分でなくなる。なお、NiCr粒子は溶射皮膜3に含まれないこともあるので。割合の上限は特に限定されないが、含まれる場合には、例えば20とすることができる。含まれる場合のNiCr粒子の含有量は、0.01質量%以上、10質量%以下の範囲内とすることができる。
【0036】
NiCr粒子が溶射原料に含まれる場合において、NiCr粒子の平均粒径は、一般的な溶射原料粉末と同程度であればよく、例えば5μm以上、45μm以下の範囲内であることが好ましい。NiCr粒子の平均粒径も、粒子径分布測定装置(例えば日機装株式会社製のマイクロトラックHRA)で測定したもので表すことができる。なお、NiCr粒子の形状等も特に限定されず、造粒焼結粒子であってもよい。NiCr粒子のビッカース硬度は400〜550の範囲内である。なお、このNiCr粒子と上記したCr32粒子とを造粒した造粒粒子(「Cr32/NiCr造粒粒子」と表す。)のビッカース硬度は1000〜1200の範囲内である。
【0037】
(他の元素)
溶射原料となる混合粉末には、上記以外の他の成分を含んでいてもよい。上記他の成分としては、例えばFe,C,Mn,S等が挙げられる。これらの成分は不純物として不可避的に含むことがある。上記不純物の含有量は、本発明の効果を阻害しない程度に低ければよい。
【0038】
(溶射皮膜の成膜手段)
溶射皮膜3は、プラズマ溶射によってピストンリング1の摺動面に形成されている。プラズマ溶射は、プラズマ溶射ガンで生じるプラズマジェットを用いて上記した原料粉末を用い、その原料粉末を加熱・加速し、溶融又はそれに近い状態にして基材に吹き付ける溶射のことである。原理は公知のとおりであるが、陰極と陽極との間に電圧をかけて直流アークを発生させると、後方から送給される作動ガス(アルゴンガス等)が電離し、プラズマを発生する。そのプラズマフレーム中に原料粉末をアルゴンガス等で送給し、ピストンリング基材2に吹き付けることによって溶射皮膜3がピストンリング基材2上に形成される。本発明に係る溶射皮膜3はこうしたプラズマ溶射で形成されたものであり、下記のHVOF溶射に比べて原料粉末が溶融又はそれに近い温度で溶射するので、本発明特有の効果を奏することができる。摺動面としては、ピストンリング1がシリンダライナ(図示しない)に接触して摺動する外周摺動面を挙げることができるが、その他の面に設けられていてもよい。
【0039】
なお、本発明を構成する溶射皮膜3の形成手段ではないが、HVOF(High Velocity Oxygen Fuelの略)溶射は、酸素と燃料を使用した高速度ジェットフレームの溶射のことである。具体的には、高圧の酸素及び燃料の混合ガスを燃焼室内で燃焼させ、その燃焼炎がノズルにより絞られ、大気に出た瞬間に急激なガス膨張が発生し、超音速のジェットとなる。高い加速エネルギーにより加速された原料粉末は、ほとんど酸化や組成変化せず、高密度の溶射皮膜3がピストンリング基材2上に形成される。このHVOF溶射は、成膜スピードは速いものの、温度を高くしないので、原料粉末はあまり溶融せずに溶射される。そのため、原料粉末としては、小さな微細粒が用いられている。
【0040】
溶射皮膜3の厚さは特に限定されないが、例えば200μm以上、600μm以下の範囲内であることが好ましい。これらの厚さ範囲を有することにより、本発明特有の効果を奏することができる。
【0041】
溶射皮膜3の空孔率も特に限定されないが、面積%で例えば5%以下であることが好ましい。なお、溶射皮膜3の緻密性と保油性に基づく耐摩耗性の観点からは空孔率が4%以下であることがより好ましい。また、空孔率の下限は特に限定されないが、例えば0.5%とすることができる。空孔率の測定は、例えば画像解析ソフトで解析することができる。
【0042】
(応用例)
応用例としては、溶射表面層(図示しない)を溶射皮膜3の上に任意に設けてもよい。溶射表面層は特に限定されないが、例えばAl,Fe,Cuを含有する層、等を挙げることができる。溶射表面層は、相手攻撃性をより一層低下させること、初期なじみ性を向上させること、等を目的として設けてもよい。こうした溶射表面層も、溶射皮膜3と同様のプラズマ溶射やアーク溶射、ガス溶射等によって溶射皮膜3上に形成することができる。
【0043】
[製造方法]
本発明に係るピストンリング1の製造方法は、ピストンリング基材2の少なくとも摺動面に、特徴的な溶射皮膜3を有するものの製造方法であって、Mo粉末と、Ni基自溶性合金粉末と、Co合金粉末及び/又はCr32粉末との混合粉末組成物をプラズマ溶射し、ピストンリング基材2の外周摺動面に溶射皮膜3を形成する。この製造方法については、上記したピストンリングの説明欄、特に溶射皮膜3の形成についての説明欄で詳細に説明したのでここではその説明を省略する。原料粉末には、上記した造粒焼結粉末を任意に適用してもよい。なお、本願では、原料粉末を構成するものを「粉末」といい、溶射皮膜を構成するものを「粒子」といっている。
【実施例】
【0044】
実施例と比較例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明する。
【0045】
[実施例1]
平均粒径が31μmのMo粉末(45質量%)と、平均粒径が43μmのNiCr自溶性合金粉末(25質量%)と、Cr32粉末(22.5質量%)及びNiCr粉末(7.5質量%)を造粒してなる平均粒径が36μmのCr32/NiCr造粒焼結粉末とを配合して原料粉末を調整した。表1は、原料粉末の配合量である。このとき、Mo粉末とNiCr自溶性合金粉末とCr32/NiCr造粒焼結粉末との含有割合を100質量%としたとき、NiCr自溶性合金粉末は25質量%であり、Cr32/NiCr造粒焼結粉末は30質量%(Cr32粉末:22.5質量%、NiCr粉末:7.5質量%)であり、残りの45質量%がMo粉末である。なお、NiCr自溶性合金粉末の成分組成は、Ni:70質量%、Cr:17質量%、B:3.5質量%、Si:4質量%、Fe:4質量%、残:不可避不純物であった。また、Cr32粉末の成分組成は、Cr:86質量%、C:13質量%、残:不可避不純物であった。また、NiCr粉末の成分組成は、Ni:78質量%、Cr:20質量%、残:不可避不純物であった。成分組成の分析は、後方散乱測定装置(株式会社NHVコーポレーション製)を用いて定量した値であり、平均粒径は、粒子径分布測定装置(日機装株式会社製、マイクロトラックHRA)で測定したD50の値で表している。
【0046】
この原料粉末を用い、以下の条件でプラズマ溶射し、ボロン鋳鉄からなるピストンリング基材2の摺動面に厚さ300μmの溶射皮膜3を形成した。プラズマ溶射は、スルザーメテコ社製の9MBプラズマ溶射ガンを用いて行い、電圧60〜70V、電流500Aで溶射した。
【0047】
得られた溶射皮膜3の成分組成は、上記同様、後方散乱測定装置(株式会社NHVコーポレーション製)を用いて定量し、原料である原料粉末の組成と同じく、Mo:45質量%、NiCr自溶性合金:25質量%、Cr32:22.5質量%、NiCr:7.5質量%であった。また、NiCr自溶性合金の含有量AとNiCrの含有量Bとの割合(A/B)は質量比で3.3である。
【0048】
[実施例2]
原料粉末を変更した他は、実施例1と同様にして実施例2の溶射皮膜3を形成した。溶射皮膜3の成分組成も下記原料粉末の組成と同じく、Mo:50質量%、NiCr自溶性合金:30質量%、Co合金:20質量%であった。
【0049】
原料粉末は、平均粒径が31μmのMo粉末(50質量%)と、平均粒径が43μmのNiCr自溶性合金粉末(30質量%)と、平均粒径が31μmのCo合金粉末(20質量%)とを配合したものであり、表1に示した。このとき、Mo粉末とNiCr自溶性合金粉末とCo合金粉末との含有割合を100質量%としたときの各粉末の含有割合は上記粉末組成と同じである。なお、NiCr自溶性合金粉末の成分組成は実施例1と同じであり、Co合金粉末の成分組成は、Co:49.8質量%、Mo:28質量%、Cr:18質量%、Si:3.4質量%、残:不可避不純物であった。
【0050】
[実施例3]
原料粉末を表1に示すように変更した他は、実施例1と同様にして実施例3の溶射皮膜3を形成した。溶射皮膜3の成分組成も表1の原料粉末の組成と同じであった。なお、この実施例3では、実施例1とは、NiCr自溶性合金粉末として、平均粒径が43μmでNi:70質量%、Cr:17質量%、B:3質量%、Si:4質量%、Mo:2質量%、Cu:3質量%、残:不可避不純物の成分組成のものを用いている点が異なるが、それ以外は同じである。
【0051】
[実施例4〜6]
原料粉末を表1に示すように変更した他は、実施例1と同様にして実施例4〜6の溶射皮膜3を形成した。溶射皮膜3の成分組成も表1の原料粉末の組成と同じであった。なお、この実施例4〜6のNiCr自溶性合金粉末は実施例1と同じである。
【0052】
[比較例1]
原料粉末を変更した他は、実施例1と同様にして比較例1の溶射皮膜3を形成した。溶射皮膜3の成分組成も下記原料粉末の組成と同じく、Mo:33質量%、NiCr合金:17質量%、Cr32:50質量%であった。
【0053】
原料粉末は、平均粒径が31μmのMo粉末(33質量%)と、平均粒径が21μmのNiCr粉末(17質量%)と、平均粒径が21μmのCr32粉末(50質量%)とを配合した混合粉であり、表1に示した。なお、NiCr粉末とCr32粉末の成分組成は実施例1と同じである。
【0054】
[比較例2]
原料粉末を変更した他は、実施例1と同様にして比較例2の溶射皮膜3を形成した。溶射皮膜3の成分組成も下記原料粉末の組成と同じく、Mo:50質量%、NiCr合金:15質量%、Cr32:35質量%であった。
【0055】
原料粉末は、平均粒径が31μmのMo粉末(50質量%)と、平均粒径が22μmのNiCr粉末(15質量%)と、平均粒径が13μmのCr32粉末(35質量%)とを配合した混合粉であり、表1に示した。なお、NiCr粉末とCr32粉末の成分組成は実施例1と同じである。
【0056】
[比較例3,4]
原料粉末を表1に示すように変更した他は、実施例1と同様にして比較例3,4の溶射皮膜3を形成した。溶射皮膜3の成分組成も表1の原料粉末の組成と同じであった。なお、この比較例3,4のNiCr自溶性合金粉末は実施例1と同じである。
【0057】
【表1】
【0058】
[測定方法及び測定結果]
(耐摩耗性指数と相手材耐摩耗性指数)
耐摩耗性指数と相手材耐摩耗性指数は、摩耗試験により測定した。摩耗試験は、図3に示す高負荷型摩耗試験機6を使用し、実施例1〜6及び比較例1〜4で得られたピストンリングと同じ条件で得た固定片である供試材7を用い、供試材7(固定片)と、回転片である相手材8とを接触させ、荷重Pを負荷して行った。ここでの供試材7は、片状黒鉛鋳鉄からなる3本のピン(φ5mm、58.9mm)と外径40mmの円盤とを一体型とし、円盤は外径40mm、厚さはピンを含め12mmとした。また、相手材8(回転片)は、外径40mm、厚さ12mmのボロン鋳鉄である。摩耗試験条件は、潤滑油:スピンドル油相当品、油温:125℃、周速:1.65m/秒(1050rpm)、接触面圧:76.4MPa、試験時間:8時間の条件下で行った。
【0059】
耐摩耗性及び相手材耐摩耗性は、実施例1〜6及び比較例2〜4に相当する各供試材の摩耗量を、比較例1に対応する供試材の摩耗量に対しての相対比として比較し、耐摩耗性指数とした。したがって、各供試材の耐摩耗性指数が100より小さいほど、比較例1に対して摩耗量が小さいことを表す。結果を表2に示した。
【0060】
(密着強度)
密着力の測定は、JIS H 8667に準拠し、溶射皮膜3を形成した円筒試験片の端面と、溶射皮膜3を形成していない円筒試験片の端面とを熱硬化性樹脂で接着して一体化し、その筒の両端を引張試験機の上下のチャックで固定して引張試験を行った。引張試験は、引張速度を1mm/分とし、溶射皮膜3がボロン鋳鉄の界面から剥がれたとき又は溶射皮膜3内で層間剥離したときの荷重を測定し、その荷重を円筒端面の面積で除した値を求めた。比較例1の溶射皮膜3の値を100(基準)として実施例1〜6及び比較例2〜4に相当する各試験試料の密着力を相対評価し、密着力指数として表した。密着力指数が大きいほど、密着力に優れている。なお、硬化性樹脂との界面での剥離や硬化性樹脂層内での層間剥離は評価から除外した。その結果を表2に示す。
【0061】
(評価)
表2に示すように、実施例1〜6の溶射皮膜は、耐摩耗性指数及び相手材耐摩耗性指数、さらに密着力においても、比較例1よりも優れていることが確認された。
【0062】
【表2】
【0063】
NiCr合金よりも硬度が高いNi基自溶性合金を使用することで、Mo粒子とCr32粒子との硬度差を少なくすることができることがわかり、また、Ni基自溶性合金に加えCr32/NiCr造粒焼結粉末を使用することで、それらの硬度差によるCr32粒子の脱落等を防止して、シリンダライナへの攻撃を抑制することができるものと考えられる。
【符号の説明】
【0064】
1 ピストンリング
2 ピストンリング基材
3 溶射皮膜
4 溶射表面層
6 高負荷型摩耗試験機
7 供試材
8 回転片
P 荷重
図1
図2
図3