特許第6986810号(P6986810)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6986810半導体材料の熱酸化プロセスにおける酸化時間の計算方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6986810
(24)【登録日】2021年12月2日
(45)【発行日】2021年12月22日
(54)【発明の名称】半導体材料の熱酸化プロセスにおける酸化時間の計算方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/316 20060101AFI20211213BHJP
   H01L 21/02 20060101ALI20211213BHJP
【FI】
   H01L21/316 S
   H01L21/02 Z
【請求項の数】8
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2020-76559(P2020-76559)
(22)【出願日】2020年4月23日
(65)【公開番号】特開2021-174844(P2021-174844A)
(43)【公開日】2021年11月1日
【審査請求日】2021年3月29日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】720002676
【氏名又は名称】伊藤 信
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 信
【審査官】 宇多川 勉
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−035847(JP,A)
【文献】 特開2000−138209(JP,A)
【文献】 特開平11−162974(JP,A)
【文献】 特開平10−303192(JP,A)
【文献】 特開2005−327829(JP,A)
【文献】 特開2005−175203(JP,A)
【文献】 特開2004−342805(JP,A)
【文献】 特開2004−259757(JP,A)
【文献】 特開昭60−060731(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/316
H01L 21/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体材料の熱酸化により形成される酸化膜の所定の膜厚と、酸化温度と、オキシダント分子の分圧と、を指定して行う、半導体材料の酸化時間の計算方法において、
前記所定の膜厚である第1の膜厚と、前記酸化温度と、前記分圧と、前記酸化膜の表面から前記酸化膜の内部への前記分子の取り込み過程の活性化エネルギーと前記酸化膜の内部における前記分子の拡散過程の活性化エネルギーと前記酸化膜と前記半導体材料との界面の近傍に形成される遷移層内における前記分子の拡散過程の活性化エネルギーとの和からなる有効拡散障壁と、前記酸化時間の増加分である第1の増加分と、前記酸化膜の膜厚の許容誤差とを設定し、第1の酸化時間を初期化し、第2の膜厚を前記熱酸化の開始時間における前記膜厚に設定する第1の工程と、
第2の酸化時間を前記第1の酸化時間と前記第1の増加分との和に設定し、前記開始時間から前記第2の酸化時間に至る間に前記熱酸化により形成される前記膜厚の増加分である第2の増加分を、前記分圧と前記酸化温度との関数である第1の関数と前記有効拡散障壁と前記酸化温度との比に比例する変数の指数関数である第2の関数と前記第2の酸化時間の関数である第3の関数との積を用いて計算する第2の工程と、
前記第2の膜厚と前記第2の増加分との和である第3の膜厚と、前記第1の膜厚と、の差の絶対値が、前記許容誤差より小さいか否かを判定する第3の工程と、
前記第3の工程で、前記絶対値が前記許容誤差より小さいと判定された場合に、前記第2の酸化時間を出力する第4の工程と、
前記第3の工程で、前記絶対値が前記許容誤差より大きいと判定された場合に、前記第3の膜厚が前記第1の膜厚より小さいか否かを判定する第5の工程と、
前記第5の工程で、前記第3の膜厚が前記第1の膜厚より小さいと判定された場合に、前記第1の酸化時間を前記第2の酸化時間に設定して前記第2の工程に戻る第6の工程と、
からなることを特徴とする、半導体材料の酸化時間の計算方法。
【請求項2】
前記第5の工程で、前記第3の膜厚が前記第1の膜厚より大きいと判定された場合に、前記第1の増加分を正の値に保ったまま値を減じて前記第2の工程に戻る、第7の工程をさらに具備することを特徴とする、請求項1に記載の半導体材料の酸化時間の計算方法。
【請求項3】
前記第3の関数が、1未満の初期値から前記第2の酸化時間の増加と共に単調に減少して0.5に近づく、前記第2の酸化時間の関数である第4の関数を指数に持つ、前記第2の酸化時間のべき関数であることをさらなる特徴とする、請求項1または2に記載の半導体材料の酸化時間の計算方法。
【請求項4】
前記第1の関数が、前記分圧のべき関数からなることをさらなる特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の半導体材料の酸化時間の計算方法。
【請求項5】
半導体材料の熱酸化により形成される酸化膜の所定の膜厚と、酸化温度と、オキシダント分子の分圧と、が指定されると、半導体材料の酸化時間の計算をコンピューターに実行させるためのコンピュータープログラムにおいて、
前記所定の膜厚である第1の膜厚と、前記酸化温度と、前記分圧と、前記酸化膜の表面から前記酸化膜の内部への前記分子の取り込み過程の活性化エネルギーと前記酸化膜の内部における前記分子の拡散過程の活性化エネルギーと前記酸化膜と前記半導体材料との界面の近傍に形成される遷移層内における前記分子の拡散過程の活性化エネルギーとの和からなる有効拡散障壁と、前記酸化時間の増加分である第1の増加分と、前記酸化膜の膜厚の許容誤差とを設定し、第1の酸化時間を初期化し、第2の膜厚を前記熱酸化の開始時間における前記膜厚に設定する第1の工程と、
第2の酸化時間を前記第1の酸化時間と前記第1の増加分との和に設定し、前記開始時間から前記第2の酸化時間に至る間に前記熱酸化により形成される前記膜厚の増加分である第2の増加分を、前記分圧と前記酸化温度との関数である第1の関数と前記有効拡散障壁と前記酸化温度との比に比例する変数の指数関数である第2の関数と前記第2の酸化時間の関数である第3の関数との積を用いて計算する第2の工程と、
前記第2の膜厚と前記第2の増加分との和である第3の膜厚と、前記第1の膜厚と、の差の絶対値が、前記許容誤差より小さいか否かを判定する第3の工程と、
前記第3の工程で、前記絶対値が前記許容誤差より小さいと判定された場合に、前記第2の酸化時間を出力する第4の工程と、
前記第3の工程で、前記絶対値が前記許容誤差より大きいと判定された場合に、前記第3の膜厚が前記第1の膜厚より小さいか否かを判定する第5の工程と、
前記第5の工程で、前記第3の膜厚が前記第1の膜厚より小さいと判定された場合に、前記第1の酸化時間を前記第2の酸化時間に設定して前記第2の工程に戻る第6の工程と、
からなることを特徴とする、半導体材料の酸化時間の計算方法による計算を、コンピューターに実行させるためのコンピュータープログラム。
【請求項6】
前記第5の工程で、前記第3の膜厚が前記第1の膜厚より大きいと判定された場合に、前記第1の増加分を正の値に保ったまま値を減じて前記第2の工程に戻る、第7の工程をさらに具備することを特徴とする、請求項5に記載の半導体材料の酸化時間の計算方法による計算を、コンピューターに実行させるためのコンピュータープログラム。
【請求項7】
前記第3の関数が、1未満の初期値から前記第2の酸化時間の増加と共に単調に減少して0.5に近づく、前記第2の酸化時間の関数である第4の関数を指数に持つ、前記第2の酸化時間のべき関数であることを特徴とする、請求項5または6に記載の、半導体材料の酸化時間の計算方法による計算を、コンピューターに実行させるためのコンピュータープログラム。
【請求項8】
前記第1の関数が、前記分圧のべき関数からなることをさらなる特徴とする、請求項5乃至7のいずれかに記載の、半導体材料の酸化時間の計算方法による計算を、コンピューターに実行させるためのコンピュータープログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコンや炭化シリコンの結晶基板の表面上に熱酸化によりシリコン酸化膜を形成させて半導体装置を作製する際の、シリコン酸化膜の作製プロセスの制御に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シリコン等の半導体材料の結晶基板を用いて、図1に示されるようなMOS(metal-oxide-semiconductor)型半導体装置を作製する際には、n型の半導体結晶(2)とゲート電極(4)との間に、酸化シリコンの薄膜を作り、これをゲート酸化膜(1)に使用する。また、p型半導体(3)上にソース電極(5)とドレィン電極(6)を作る。こうしたMOS型で、動作電圧が低く集積度の高い半導体装置を作製する場合、ゲート酸化膜(1)の膜厚は、可能な限り薄いことが望ましい。
【0003】
特に、図2に示されるように、シリコンの結晶基板(11)を用いて半導体装置を作製する場合、遷移層(12)を含む酸化膜(13)の膜厚は、最も薄いもので20ナノメートルか、それ以下に達するような、非常に微細な構造を有する半導体装置も作成されている。ところが、こうした超薄膜の作成過程の制御に必要な、ナノメートルの精度を有する膜厚の計算式が存在しないために、最新の半導体装置の製造に必要な、精度の高い酸化膜を作成する作業は、実施に困難を伴うという問題があった。
【0004】
シリコン結晶の熱酸化過程を理解し、実験結果を解析するために考案された数理モデルとして著名なものに、DealとGrove が提案したモデルがある。このモデルでは、シリコン結晶の熱酸化の過程が定常状態で進行することを仮定して、膜厚の時間変化を表す常微分方程式を導出し、これを解くことにより、酸化膜の膜厚の時間変化を表す方程式を定式化している。(非特許文献1を参照。)
【0005】
DealとGroveのモデルは、過去半世紀以上にわたり、シリコン結晶や炭化シリコン結晶の熱酸化実験のデータ解析に利用されてきた。例えば、プロセスシミュレーション方法の技術開示は、DealとGroveのモデルに依拠しているし、オキシダントに高圧の酸素分子を用いた、シリコン結晶や炭化シリコン結晶の熱酸化実験のデータ解析や、オキシダントにオゾン分子を用いたシリコン結晶の熱酸化実験で得られた実験結果の解析にも、このモデルが使われている。(特許文献1、非特許文献2〜4を参照。)
【0006】
ところが、このモデルを用いて計算を実行しても、ドライ酸化の初期過程における、シリコン結晶の熱酸化で得られる、非常に大きな酸化速度は再現されない。(非特許文献1を参照。)
【0007】
この問題を解決するために、Massoudらは、DealとGroveのモデルで定式化された微分方程式に指数関数の項を加えて、ドライ酸化の初期の過程が、この補正項で説明可能であると主張した。(非特許文献5を参照。)
【0008】
けれども、シリコン酸化膜の膜厚が20ナノメートル(nm) 以下の、超薄膜を用いる最新のデバイス開発においては、この補正項を加えた微分方程式を用いた計算の結果によっても、実験との一致が得られない事が知られている。
【0009】
これらのモデルに代わって、植松らにより提案された界面放出モデルでは、熱酸化の際に界面に生じた歪みが、界面からシリコン原子を放出させ、さらにこれらの放出シリコン原子が、その後の界面での酸化過程を阻害する、とされた。(非特許文献6と7を参照。)
【0010】
このモデルでは、反応拡散方程式によるモデルの定式化において、二酸化シリコン中に溶解したシリコン原子の飽和濃度が使われているが、熱酸化の過程は熱平衡状態にはないことから、この式は物理現象としての熱酸化の過程を正しく記述していないことが、Farjas とRouraによって指摘された。(非特許文献8を参照。)
【0011】
以上から、最新のデバイス開発に有効な、ナノスケールの精度を有する熱酸化の過程を正しく記述する数理モデルや、酸化膜の膜厚を酸化時間の関数として表す、ナノスケールの精度を有する方程式は、これまで存在しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2001−35847号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】E. Deal and A. S. Grove, J. Appl. Phys. 36, 3770 (1965).
【非特許文献2】L. N. Lie, R. R. Razouk, and B. E. Deal, J. Electrochem. Soc.129, 2828 (1982).
【非特許文献3】Y. Song, S. Dhar, L. C.Feldman, G.Chung, and J. R. Williams, J. Appl. Phys. 95, 4953 (2004).
【非特許文献4】T. Nishiguchi, H. Nonaka, S. Ichimura, Y. Morikawa, M. Kekura, and M. Miyamoto, Appl. Phys. Lett. 81, 2190 (2002).
【非特許文献5】H. Z.Massoud, J. D.Plummer, and E. A.Irene, J. Electrochem.Soc. 132, 2685 (1985).
【非特許文献6】M. Uematsu, H. Kageshima, and K. Shiraishi, Jpn. J. Appl.Phys. 39, L699 (2000).
【非特許文献7】植松真司・影島博之・白石賢二、表面科学Vol. 23, No. 2, pp. 104 (2002).
【非特許文献8】J. Farjas and P. Roura, J. Appl. Phys. 102, 054902 (2007).
【非特許文献9】J. Crank, The Mathematics of Diffusion (Elsevier / Butterworth Heinemann, London, 1980) 3rd ed.
【非特許文献10】I. Chavel, Riemannian Geometry (Cambridge University Press) (Cambridge, 2006) 2nd ed., p.150.
【非特許文献11】石原繁「テンソル―科学技術のために」(裳華房、1991)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明が解決しようとする問題点は、酸化温度とオキシダント分子の分圧を指定して、20ナノメートル以下の所定の膜厚を有するシリコン酸化膜を、ナノメートルの精度で形成させるために必要な、熱酸化の酸化時間の計算が可能な、信頼性の高い計算方法が存在しないという点である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、シリコンや炭化シリコンの結晶基板の熱酸化で生じるシリコン酸化膜の膜厚を、酸化温度とオキシダント分子の分圧と酸化時間の関数として表す、ナノスケールの精度を有する方程式を導出し、これを用いることにより、所定の膜厚を得るための酸化時間を、コンピューターを用いて計算させる方法を提供することを最も主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の計算方法は、シリコンや炭化シリコンの半導体材料を熱酸化して、半導体装置のゲート酸化膜に用いる絶縁膜を作成する際に、酸化温度とオキシダント分子の分圧と所定の膜厚を指定して、ナノスケールの精度でシリコン酸化膜を形成させるために必要な、酸化時間の計算が可能になるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1はMOS型FET(metal-oxide-semiconductor field-effect transistor)の断面の模式図である。
図2図2はドライ酸化の条件における、シリコン結晶の熱酸化過程の模式図である。
図3図3は本発明に係る数理モデルを用いて、ドライ酸化の条件で、面指数(100)のシリコン結晶の基板上に形成されるシリコン酸化膜の膜厚の成長過程について、複数の温度でシミュレーションを実行して得られた結果を、酸化時間に対して描いたグラフである。
図4図4は本発明に係る数理モデルを用いて、ドライ酸化の条件で、面指数(100)のシリコン結晶の基板上に形成される酸化膜の膜厚の成長過程を、複数の温度でシミュレーションして得られた結果を、実施例1の数式(22)で定義される関数ζ(T)で除算して描き直したグラフである。
図5図5は、ドライ酸化の条件で、酸素の分圧が20 atm の場合の、面指数(100)のシリコン結晶の基板を用いた熱酸化実験で作製された、
【非特許文献2】で報告された酸化膜の膜厚の測定結果と、本発明に係る方程式を用いた計算結果の比較である。
図6図6は、ドライ酸化の条件で、酸素の分圧が20 atm の場合の、面指数(111)のシリコン結晶の基板を用いた熱酸化実験で作製された、
【非特許文献2】で報告された酸化膜の膜厚の測定結果と、本発明に係る方程式を用いた計算結果の比較である。
図7図7は、ドライ酸化の条件で、酸素の分圧が1 atm の場合の、面指数(100)のシリコン結晶の基板を用いた熱酸化実験で作製された、
【非特許文献2】で報告された酸化膜の膜厚の測定結果と、本発明に係る方程式を用いた計算結果を、対数スケールでプロットしたグラフである。
図8図8は、ドライ酸化の条件で、酸素の分圧が1 atm の場合の、面指数(111)のシリコン結晶の基板を用いた熱酸化実験で作製された、
【非特許文献2】で報告された酸化膜の膜厚の測定結果と、本発明に係る方程式を用いた計算結果を、対数スケールでプロットしたグラフである。
図9図9は、面指数(100)のシリコン結晶の基板を用いた、ドライ酸化の条件における熱酸化実験で、酸化温度をT = 900℃に固定したまま、酸素の分圧を1 atm から20 atmまで変化させて作製された酸化膜の膜厚に関する、
【非特許文献2】で報告された測定結果と、本発明に係る方程式を用いた計算結果の比較である。
図10図10は、ドライ酸化の条件で、面指数(100)のシリコン結晶基板を用いて、酸化温度をT = 900℃に固定し、酸素の分圧を1 atm から20 atmまで変化させた時の膜厚の測定結果を再現する、図9に示された、本発明に係る方程式の係数Kの値を、酸素の分圧に対して対数スケールでプロットしたグラフである。
図11図11は、ウェット酸化の条件で、水蒸気の分圧が1 atm の場合の、面指数(100)のシリコン結晶の基板を用いた熱酸化実験で作製された、
【非特許文献1】で報告された酸化膜の膜厚の測定結果と、本発明に係る方程式を用いた計算結果の比較である。
図12図12は、オキシダントに分圧が900Pa のオゾン分子を用いた場合の、面指数(100)のシリコン結晶の基板を用いた熱酸化実験で作製された、
【非特許文献4】で報告された酸化膜の膜厚の測定結果と、本発明に係る方程式を用いた計算結果の比較である。
図13図13は、本発明に係る計算装置の構成図である。
図14図14は、本発明に係る方程式を用いて、酸化時間の計算をコンピューターに実行させるために作成された、コンピュータープログラムのアルゴリズムを示すフローチャートである。(実施例1)
【発明を実施するための形態】
【0018】
酸化温度とオキシダント分子の分圧が指定された場合に、20ナノメートル以下の所定の膜厚を有する酸化膜を、ナノメートルの精度で形成させるために必要な、熱酸化の酸化時間を計算する、簡便な計算方法を考案し、この計算をコンピューターに実行させるためのコンピュータープログラムのアルゴリズムを示した。
【実施例1】
【0019】
以下に、酸化温度とオキシダント分子の分圧と所定の膜厚を指定して行う、半導体材料の酸化時間の計算方法を説明する。
【0020】
歪みを含む媒質中での分子の拡散過程と化学反応の過程を対象として、シミュレーションを実行するには、これらの過程の双方を、同時に扱う事が可能な偏微分方程式である反応拡散方程式を、歪みを含む媒質に対して適用可能な形式に拡張する必要がある。この方程式を導出するために、Fickの第一法則と第二法則を利用する。
【0021】
Fickの第一法則によれば、粒子αの拡散によって生じる流束は、この粒子の拡散係数Dαを用いて、以下の式で与えられる。(非特許文献9を参照。)
【数1】
ここで、φαは分子αの濃度を表すものとする。また、∂iは座標xの第i成分であるxiに関する偏微分を表す。
【0022】
歪みのある媒質内でのベクトル vi の発散は、計量テンソル gij の行列式 g = det(gij) を用いて、以下の式で与えられる。(非特許文献10と11を参照。)
【数2】
【0023】
数式(1)の流束は共変ベクトルであるから、計量テンソル gij の逆行列に相当するテンソルである gij を用いて、これを反変ベクトルに変換する。
【数3】
ここで、二重に用いられた添え字jに関しては、三次元空間の座標軸である、1から3までの和を取るものとする。
【0024】
次に、粒子αの拡散による流束に対して、Fick の第二法則を適用する。その際に、数式(2)と(3)を用いると、歪みのある媒質中における粒子αの反応拡散方程式が、以下のように導出される。(非特許文献9を参照。)
【数4】
ここで、二重に用いられた添え字 i と j は、1から3までの和を取るものとする。また、kα,βnは、一方の添え字が示す分子αと、もう一方の添え字のβに対応する、シリコン原子やシリコン酸化物との間の化学反応に対する、反応率定数を表す。
【0025】
数式(4)の反応項に含まれる、化学反応の反応率定数は、以下の式で与えられる。
【数5】
右辺の係数VSi2は、2個のSi原子から成る単位胞Si2の体積であるが、これは、本来のSi結晶の単位胞であるSi8 の1/4の数の原子からなる領域である。ここで、Si8 の体積は 0.543nm3で与えられることを用いると、Si2の体積はその1/4として計算できる。また、να,βn とEα,βn は、それぞれ、オキシダント分子αと、添え字βに対応するシリコン原子または酸化シリコン構造との間の、化学反応の反応率定数の前置因子と活性化エネルギーを表す。また、kB はボルツマン定数、T は酸化温度を表す。
【0026】
以下では、プレーナー型の界面を有する半導体材料の、熱酸化プロセスを考える。この場合、粒子の拡散方向を、界面と垂直な方向に限定できるから、この方向をx軸に選ぶ。これに応じて、計量テンソルgijを対角要素 (g,1,1) のみを持つように限定して、オキシダント分子の、x軸に沿った方向への拡散のみを考慮する。この簡略化により、数式(4)の三次元の反応拡散方程式は、以下のような一次元の反応拡散方程式に帰着する。
【数6】
【0027】
数式(6)の拡散項に含まれる、分子αの拡散係数Dαは、アレニウス形式を使うと、前置因子 D0αと活性化エネルギー Eαを用いて、以下の式で表される。
【数7】
【0028】
数式(6)を解く際の境界条件を設定するために、オキシダント分子の酸化膜内への取り込み過程を、図2を参照しながら説明する。気体状の分子として供給されるオキシダント(16)は、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着して化学吸着状態(17)になる。この化学吸着状態(17)にあるオキシダント分子の濃度をφ* とし、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からシリコン酸化膜(13)の内部へのオキシダント分子の取り込み過程の発生頻度をRincとすると、化学吸着状態にあるオキシダント分子(17)が、シリコン酸化膜(13)内での拡散が可能な状態φに変わる頻度は、以下の式で与えられる。
【数8】
【0029】
ここで、本発明に係る数理モデルに含まれる、酸化膜中とシリコン結晶中における酸素分子の拡散過程、および、酸化膜の表面から酸化膜中への酸素分子の取り込み過程の計算で用いられる、前置因子Dと活性化エネルギーEの値を、表1に示す。表1の第1行、第2行、第3行は、それぞれ、シリコン酸化膜(SiO)中における酸素分子の拡散過程と、シリコン結晶(c−Si)中における酸素分子の拡散過程と、シリコン酸化膜の表面から酸化膜中への酸素分子の取り込み過程に対する、前置因子と活性化エネルギーの値を示している。
【表1】
【0030】
次に、本発明に係る酸化反応の化学式について、図2を参照しながら説明する。図2の界面(14)または遷移層(12)で進行する、シリコン結晶または酸化シリコン構造の酸化過程としては、反応物質に関して一次の化学反応のみを用いることとして、以下のような一連の化学式を考える。
【化1】
【化2】
【化3】
【0031】
化学式(1)〜(3)で表される化学反応の、反応率定数の前置因子Rと活性化エネルギーEの値を、それぞれ、表2の第1行、第2行、第3行に示す。
【表2】
【0032】
化学式(1)と(2)の化学反応で生じる中間生成物の、シリコン結晶に対する体積比は、SiOと結晶シリコンの体積比であるVSi O2 = 2.25を用いて、以下の式で内挿する。
【数9】
【0033】
同様に、化学式(1)または(2)の化学反応の中間生成物である、SiO中またはSiOからなる媒質中を酸素分子が拡散する際の拡散係数を、表1の、シリコン酸化膜中とシリコン結晶中での酸素分子の拡散係数を用いて、以下の式で内挿する。
【数10】
【0034】
ところで、計量テンソルの行列式の平方根は、局所的な体積の膨張を表すことから、この平方根と、局所的な構造Aの密度ρAと、この構造Aと結晶シリコンとの体積比VAとの間に、以下の関係が成り立つ。
【数11】
【0035】
以上から、数式(11)を拘束条件として、数式(6)の数値積分を実行することにより、ドライ酸化の条件で、面指数(100)のシリコン結晶の基板を用いた、熱酸化プロセスのシミュレーションが実行可能になる。
【0036】
数式(6)の数値積分を実行するに際して、数式(6)の拡散項を、以下のように、分子αの濃度の二階微分の項と、それ以外の項とに分解し、前者を拡散項、後者を反応項の一部として扱うことにする。
【数12】
【0037】
数式(6)の反応拡散方程式の数値積分を実行する際には、最初に、分子αの濃度の微分を含む拡散項を差分の形に書き換えて、その後に、この変換で得られた差分方程式の数値積分を、Crank-Nicolson 法を用いて実行する。(非特許文献9を参照。)
【0038】
Crank-Nicolson 法は、拡散方程式の数値積分を実行する際に、数値計算を安定に遂行するために考案された計算方法である。この方法を説明するために、以下のような、一次元のユークリッド空間における拡散方程式を考える。
【数13】
ここで、右辺の係数Dは、濃度φを持つ粒子の拡散係数である。
【0039】
数式(13)を、時間tに関して前方微分で差分化する。また、空間座標xに関しては、二次の中心差分を適用する。これらの処理により、数式(13)の拡散方程式は、以下の差分方程式に置き換えられる。
【数14】
ここで、濃度φの上付き添え字のnとn+1は、差分Δtを単位として測った、離散的な時間を表すものとする。また、濃度φの下付き添え字は、差分Δxを単位として測った、離散的な空間座標の座標値を表すものとする。
【0040】
Crank-Nicolson 法では、数式(14)の右辺を、離散時間nとn+1における右辺の式の相加平均で近似する。この変更により、数式(14)は以下の式に置き換えられる。(非特許文献9を参照。)
【数15】
【0041】
次に、右辺の項のうち、時間n+1における項を左辺に移動させる。また、左辺の項のうち、時間nにおける項を右辺に移動させる。この処理により、以下の式が得られる。
【数16】
【0042】
ここで、以下のようなベクトルを導入する。
【数17】
右辺の括弧()に付けられた上付き添え字Tは、ベクトルの転置を表す。このベクトルを用いると、数式(17)は、行列A、Bを用いて、以下の式に書き換えられる。
【数18】
【0043】
行列AとBを、N x Nの行列とすると、これらの行列の対角要素はそれぞれ、数式(17)の左辺と右辺の第二項の係数となる。また、1 < i < N における (i,i-1)と(i,i+1)の行列要素は、数式(17)の左辺と右辺の第一項と第三項の係数が示すように、行列Aでは−1,行列Bでは+1となる。行列AとBの1 < i < N における他の行列要素は、すべてゼロである。数式(8)で表される酸化膜の表面における境界条件と、半導体材料の下端における境界条件は、i=1とi=Nでの行列AとBの行列要素に反映される。
【0044】
数式(18)をガウスの除去法で解くと、時間刻みΔtの離散時間n+1におけるベクトルφの各座標での値を、これよりひとつ前の離散時間である、離散時間nにおけるベクトルφの各座標での値で表す式が得られる。この処理を繰り返すことにより、任意の離散時間に対して、数式(16)で表される差分方程式の数値積分が実行される。(非特許文献9を参照。)
【0045】
ここで、半導体材料の熱酸化の問題に戻る。シリコン酸化膜の成長過程を、計算機ミュレーションによって調べる場合、酸化時間を更新する度に酸化膜の膜厚を計算し、その時間変化を逐次記録する必要がある。この計算を実行するに際して、シリコン結晶の基板が部分的に酸化し、結晶部分の占有率が90%に達した層を、界面を含む層と見なし、その座標をX1とする。また、酸化膜の表面層の座標をX2とする。これらを用いて、酸化による体積の膨張効果を考慮に入れた次の式で、シリコン酸化膜の膜厚を計算する。
【数19】
【0046】
数式(6)を数値計算で解く際の初期条件として、半導体結晶をΔXの厚みを有する層に分割した後の最上層に、自然酸化膜が部分的に形成されている状態を考えて、この最上層の密度を、酸化シリコン構造と基板の半導体結晶の密度の、比率が2:8の加重平均に設定する。この層より下の層においては、全層の密度を、基板の半導体結晶の密度に等しく設定する。シリコン結晶の場合、これは、5.2x1022 cm-1 となる。また、酸化シリコン構造とシリコン結晶の体積比が 2.25であることを利用して、酸化シリコン構造の密度は、簡単な計算により求められる。
【0047】
境界条件は以下のように設定する。まず、数式(8)を前方差分により差分化すると、以下の式が得られる。
【数20】
数式(20)において、左辺の濃度φの下付添え字1は、このφが酸化膜の最上層の濃度であることを表すものとする。また、右辺の濃度φの下付添え字0は、このφが、化学吸着状態にあるオキシダント分子の濃度を表すものとする。さらに、これらの濃度の上付き添え字nとn+1は、差分により離散化された、酸化プロセスの経過時間を表す。また、酸化の対象である半導体材料が充分に大きな厚さを有するものとして、その下端部分におけるオキシダントの濃度を0とする。
【0048】
時間変数と空間座標の差分を、それぞれ、Δt = 1.0x10-5 s とΔX = 1 nm として、数値積分を実行した結果を図3に示す。図3において、計算結果は下から昇順に、温度がT=800℃からT=1200℃まで、すべて100℃間隔で並んでいる。
【0049】
ここで、図2を参照しながら、半導体結晶の熱酸化の過程のうちの、オキシダント分子がシリコン酸化膜(13)の中を拡散して、遷移層(12)と半導体材料の結晶基板(11)との界面(14)に到る過程について説明する。シリコン酸化膜(13)の表面(15)に到達したオキシダント分子(16)は、最初、分子の形態を保ったまま、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着して、化学吸着状態(17)になる。この化学吸着状態(17)にある分子が、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からシリコン酸化膜(13)の内部に取り込まれた後で、シリコン酸化膜(13)中を拡散して、遷移層(12)に達する。さらに、これらの分子のうちで、遷移層(12)を通過し、半導体材料の結晶基板(11)と遷移層(12)との境界である、界面(14)に到達した分子と、遷移層(12)内で、化学式(1)または(2)の化学反応で生じた中間生成物と反応をした分子が、化学式(1)〜(3)の化学反応を通じて、シリコン酸化膜(13)の成長に寄与することになる。
【0050】
したがって、半導体材料の結晶基板(11)の熱酸化過程における、オキシダント分子の有効拡散障壁は、オキシダント分子(16)が、化学吸着状態(17)を経て、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からシリコン酸化膜(13)に取り込まれる過程の活性化エネルギーと、シリコン酸化膜(13)中を拡散する際の拡散障壁と、遷移層(12)内を拡散する際の拡散障壁と、の和で与えられることになる。これを、以下の式で表す。
【数21】
【0051】
数式(21)の左辺が、半導体材料の結晶基板(11)の熱酸化過程における、オキシダント分子の有効拡散障壁である。また、右辺の第一項が、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着した、化学吸着状態のオキシダント分子(17)が、シリコン酸化膜(13)の内部に取り込まれる過程の活性化エネルギーであり、第二項が、オキシダント分子(16)がシリコン酸化膜(13)中を拡散する過程に伴う拡散障壁であり、第三項が、オキシダント分子(16)が遷移層(12)内を拡散する過程に伴う拡散障壁である。ここで、右辺の第三項は、遷移層内に形成される欠陥構造等による、オキシダント分子のトラップ等からの寄与を含むものとする。
【0052】
数式(21)で表される、オキシダント分子(16)の有効拡散障壁を用いて、以下の関数を定義する。
【数22】
【0053】
図3のシミュレーションで得られた酸化膜の膜厚の計算結果を、関数ζ(T) で除算してプロットし直すと、全温度でのシミュレーション結果がひとつの曲線に収束することが、図4から確認できる。このシミュレーションでは、数式(21)の右辺の各項の値として、Einc=0.3eV、 E=0.2eV、ΔE=0を用いている。
【0054】
よって、この曲線を表す、時間変数の一変数関数が特定できれば、それを用いて、任意の温度におけるシミュレーション結果の、簡便な計算による再現が可能になるはずである。この関数が、時間tのべき関数の形で書き表されると仮定して、さらにその指数νが、時間tの関数であるとする。
【0055】
この仮定から、任意の時間tにおける酸化膜の膜厚を表す方程式は、数式(22)の関数ζ(t)と、新たに導入する関数ν(t)、定数τ、および係数Kを用いて、次の式で与えられる。
【数23】
【0056】
指数ν(t)の関数形を幾通りか仮定しておこなった計算と、シミュレーション結果との比較から、指数ν(t)の関数形を以下のように選べば、実験結果とシミュレーション結果とが、非常に良く一致することが見出された。
【数24】
ここで、τは1 h という値を有する、時間の次元を持つ定数である。
【0057】
数式(24)の第2項の分子Aに、図3の曲線との一致を与える値として、本発明の実施例1では、A=0.20を用いる。
【0058】
また、以下に見るように、数式(23)の係数Kは定数ではなく、オキシダントの分圧POXと酸化温度Tとの関数である。
【0059】
数式(23)を時間微分すると、半導体材料の酸化速度を表す、以下の式が得られる。
【数25】
数式(24)で与えられる指数νが常に1より小さいことと、時間tの対数関数が数式(25)に含まれる事が、シリコン結晶の熱酸化の初期に観察される非常に大きな酸化速度の原因になっている。
【0060】
以下では、数式(23)を用いて得られる酸化膜の膜厚の計算結果が、シリコン結晶の熱酸化で生じる酸化膜の膜厚の測定結果と、非常に良く一致することを、複数の実験結果との比較によって例示する。
【0061】
実験結果の解析にあたっての仮定を、図2に沿って述べる。ドライ酸化の条件下では、オキシダントに酸素分子が使われるが、この酸素分子が、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着した後、酸化温度が高温であれば、一部がシリコン酸化膜(13)の表面(15)から蒸発してしまう。そこで、以下の説明では、酸化温度が850℃以下の場合に、酸素分子のシリコン酸化膜(13)の表面(15)からの蒸発の効果が、無視できるほど小さいと仮定する。
【0062】
図5は、面指数(100)方向のシリコン結晶の基板を用いた、分圧POX = 20 atmのドライ酸化条件における、熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、Eeff=2.8eV を用いた。図5の酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1000℃、(b) T = 950℃、 (c) T = 900℃、(d) T = 850℃、(e) T = 800℃。数式(23)との定量的な一致を得るために、係数Kには以下の値を用いた。(a) K = 9.6x107 nm、 (b) K = 1.14x10 nm、 (c) K = 1.26x10 nm、 (d) と (e) K = 1.4x10 nm。(実験データは非特許文献2を参照。また、EeffとKの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0063】
図6は、面指数(111)方向のシリコン結晶の結晶基板を用いた、分圧POX = 20 atmのドライ酸化条件における、熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、Eeff=2.6 eV を用いた。図6の酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1000℃、(b) T = 950℃、 (c) T = 900℃、(d) T = 850℃、(e) T = 800℃。数式(23)との定量的な一致を得るために、係数Kには以下の値を用いた。(a) K = 4.8x107 nm、 (b) K = 5.7x107 nm、 (c) K = 6.3x107 nm、 (d) と (e) K = 7.0x107 nm。(実験データは非特許文献2を参照。また、EeffとKの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0064】
図5と6で示される実験データの解析結果から、温度が850℃以下では、係数Kの値が変化しないことが見出された。これは、T = 850℃以下では、酸化膜の表面に吸着した酸素分子の脱離が活性化されないことを示している。したがって、分圧POX = 1 atmのドライ酸化条件における、この温度領域での熱酸化実験で得られた、酸化膜の膜厚の測定結果があれば、数式(23)に含まれる、係数Kの値を求めることが可能になる。(係数Kの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0065】
図7は、面指数(100)方向のシリコン結晶の結晶基板を用いた、分圧POX = 1 atmのドライ酸化条件における、熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、Eeff=2.8eV を用いた。酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1000℃、(b) T = 900℃、 (c) T = 800℃。また、数式(23)の係数Kには、以下の値を用いた。(a) K = 2.0x107 nm、 (b) K = 2.4x107 nm、 (c) K = 3.2x107 nm。(実験データは非特許文献2を参照。)
【0066】
図8は、面指数(111)方向のシリコン結晶の結晶基板を用いた、分圧POX = 1 atmのドライ酸化の条件で、熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値にEeff=2.6 eV を用いた。酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1000℃、(b) T = 900℃、 (c) T = 800℃。また、数式(23)の係数Kには、以下の値を用いた。(a) K = 1.0x107 nm、 (b) K = 1.2x107 nm、 (c) K = 1.6x107 nm。(実験データは非特許文献2を参照。)
【0067】
ここで、熱酸化による酸化膜の膜厚の成長速度が、オキシダント分子の分圧POXに対して、亜線形の依存性を有することを、実験データの解析から確認する。
【0068】
図9は、面指数(100)方向のシリコン結晶の基板を用いた、ドライ酸化の条件における熱酸化実験で、酸化温度をT = 900℃に固定し、分圧をPOX =1 atmからPOX = 20 atmまで変化させた時の、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、Eeff=2.8eV を用いた。測定に使用された分圧は以下の通りである。(a) POX = 20 atm、(b) POX = 10 atm、 (c) POX = 5 atm、(d) POX = 1 atm。数式(23)の係数Kには、以下の値を用いた。(a) K = 1.3x10 nm、 (b) K = 8.4x10 nm、 (c) K = 5.9x10 nm、(d) K = 2.5x10 nm。(実験データは非特許文献2を参照。)
【0069】
図10に、図9のデータ解析で得られた係数Kの値を、分圧POXに対して対数目盛りでプロットした結果を示す。図10の直線の傾きは0.54である。この結果から、係数Kの分圧POXへの依存性はべき乗で表されることと、その指数が1より小さいという、亜線形の分圧依存性が確認された。(非特許文献8を参照。)
【0070】
そこで、分圧POX = 1 atmの場合の係数Kの値をKと書き、図10の傾きをαと記すと、係数Kの分圧POXへの依存性は、以下の式で書き表される。
【数26】
すでに述べたように、数式(23)の係数Kは、オキシダントの分圧POXと酸化温度Tとの関数であった。これに対して係数Kは、酸化温度Tのみの関数である。
【0071】
数式(26)を代入すると、数式(23)は以下のように書き換えられる。
【数27】
【0072】
以上から、ドライ酸化の条件で、数式(27)に酸化温度と酸化時間と酸素分子の分圧とを代入すれば、シリコンの熱酸化により形成される酸化膜の膜厚が、高い精度で計算できることが示された。そこで次に、オキシダントの種類を変えた時の、数式(23)または数式(27)の妥当性を検証する。
【0073】
図11は、面指数(100)方向のシリコン結晶の結晶基板を用いた、分圧POX = 1 atmのウェット酸化の条件における熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、Eeff=1.0 eV を用いた。図11の酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1200℃、(b) T = 1100℃、 (c) T = 1000℃、(d) T = 920℃。係数Kには、酸化温度によらずにK = 4.2x10 nmを用いた。(実験データは非特許文献1を参照。Eeffの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0074】
図12は、面指数(100)方向のシリコン結晶の結晶基板に対して、分圧が900Paのオゾンを用いた熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、Eeff=0.84 eV を用いた。図6の酸化温度は以下の通りである。(a) T = 830℃、(b) T = 600℃、 (c) T = 500℃、(d) T = 400℃、(e)T = 330℃、(f)T = 260℃。係数Kには、以下の値を用いた。(a) K = 4.0x10 nm、(b) K = 7.0x10 nm、 (c) K = 1.1x10 nm、(d) K = 1.9x10 nm、(e)と(f)K = 2.5x10 nm。(実験データは非特許文献4を参照。Eeffの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0075】
尚、圧力単位の換算は、1 atm=101325Paである。
【0076】
以上により、ドライ酸化とウェット酸化、および、オゾンを用いた熱酸化のすべてで、数式(23)を用いた計算結果が、実験結果と非常に良い一致を示すことが確認された。これは数式(23)が、オキシダントの種類によらず、半導体材料の熱酸化により作成される、シリコン酸化膜の膜厚の計算に有効である事を実証している。
【0077】
そこで、数式(23)または数式(27)を用いて、コンピュータープログラムを作成すれば、熱酸化をおこなう半導体材料の種類と面指数と酸化温度とオキシダントの種類に対応する係数Kと、半導体材料の種類と面指数とオキシダントの種類に対応する有効拡散障壁とを指定し、さらに、酸化温度とオキシダント分子の分圧と所定の膜厚を指定することで、所定の膜厚を有する酸化膜を、ナノメートルの精度で形成させるために必要な、酸化時間の計算が実行できることになる。
【0078】
以下、本発明の実施例1に係る半導体材料の酸化時間の計算方法について、図13図14に添って説明する。
【0079】
図13は本発明の実施例1に係る、計算装置の構成図である。入力装置(21)から計算を開始する旨の命令が入力されると、記録装置(23)に記録されたコンピュータープログラムを演算装置(22)が読み出し、その後に入力待ちの状態になる。次に、計算に必要な各種条件が入力装置(21)を通じて入力されると、演算装置(22)が計算を実行し、得られた結果を出力装置(24)に出力する。
【0080】
図14は本発明の実施例1に係る、半導体材料の酸化時間の計算方法を示すフローチャートである。
【0081】
最初に、酸化温度Tとオキシダント分子の分圧POXと所定の膜厚X1が、図13の入力装置(21)から入力されると、これらの値を、コンピュータープログラムの中の、対応する変数または定数の値に設定する(ステップS1)。
【0082】
次に、図13の入力装置(21)を通じて、有効拡散障壁Eと係数Kが入力されると、これらの値を、コンピュータープログラムの中の、対応する変数または定数の値に設定する(ステップS2)。
【0083】
図13の入力装置(21)を通じて、第2の膜厚X2を熱酸化の開始時間における酸化膜の膜厚と、酸化時間の増加分Δtと、膜厚の許容誤差の値が入力されると、これらの値を、コンピュータープログラムの中の、対応する変数または定数の値に設定する(ステップS3)。
【0084】
第1の酸化時間 t1を初期化する。(ステップS4)。
【0085】
第2の酸化時間 t2を第1の酸化時間 t1と酸化時間の増加分Δtとの和に設定する。また、オキシダント分子の分圧POXと指数αを用いて、第1の関数 f(POX、α) の値を計算し、有効拡散障壁Eと酸化温度Tとの比から、第2の関数 g(E/T) の値を計算し、さらに、第2の酸化時間 t2を用いて第3の関数 g(t2) の値を計算する。さらに、膜厚の増加分ΔXを、係数Kと第1から第3の関数の関数値の積を用いて計算する(ステップS5)。
【0086】
第3の膜厚X3を、第2の膜厚X2と膜厚の増加分ΔXとの和に設定する(ステップS6)。
【0087】
第3の膜厚X3と所定の膜厚X1の差の絶対値が許容誤差より小さいか否かを判定する(ステップS7)。
【0088】
ステップS7の判定結果がYESの場合に、第2の酸化時間を図13の出力装置(24)に出力する(ステップS8)。
【0089】
ステップS7の判定結果がNOの場合に、第3の膜厚X3が所定の膜厚X1より小さいか否かを判定する(ステップS9)。
【0090】
ステップS9の判定結果がYESの場合に、第1の酸化時間 t1を第2の酸化時間t2に設定してステップS5に戻る(ステップS10)。
【0091】
ステップS9の判定結果がNOの場合に、増加分ΔtをB>1の条件を満たす実数Bで除算して新たにΔtを設定し、ステップS5に戻る(ステップS11)。
【0092】
尚、本発明の実施例1では、化学式(1)〜(3)で表される化学反応を考えたが、酸化反応は、半導体材料の結晶基板と酸化膜の界面または遷移層に到達した酸素原子が、化学反応を通じて酸化膜の形成に寄与するように構成されていればよく、数式(21)〜(26)は、化学式(1)〜(3)の使用に限定されない。
【0093】
さらに、本発明の実施例1のステップS1からステップS4は、この順番に設定されている必要はなく、これらの順番を別の順番に変えてもよい。
【0094】
また、本発明では、数式(24)の第2項の分子にA=0.20を用いたが、この値は0.18<A<0.22の範囲にあればよく、必ずしもA=0.20でなくともよい。
【実施例2】
【0095】
以下に、複数の酸化温度と複数の酸化時間における測定で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果を用いて、本発明の実施例1の数式(21)で表される、オキシダント分子の有効拡散障壁と、数式(23)の係数Kと、を決定する、測定結果の解析方法について、図2を参照しながら説明する。
【0096】
シリコン等の半導体材料の結晶基板(11)の熱酸化プロセスにおいて、オキシダント分子(16)は、最初に、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着し、その後に、シリコン酸化膜(13)の表面(15)から蒸発により脱離するか、有限の頻度でシリコン酸化膜(13)の内部に取り込まれるかの、どちらかの過程をたどる。さらに、シリコン酸化膜(13)の内部に取り込まれたオキシダント分子のうち、シリコン酸化膜(13)の中を拡散して遷移層(12)を通り、界面(14)に到達した分子と、遷移層(12)内で、化学式(1)または(2)の化学反応で生じた中間生成物と反応した分子とが、シリコン酸化膜(13)の成長に寄与することになる。
【0097】
酸化膜(13)の表面(15)に化学吸着したオキシダント分子(17)の、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からの脱離の頻度は、高温になるほど大きくなる。このため、高温における、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果を、オキシダント分子の拡散過程の有効拡散障壁の決定に使用したら、正しい結果が得られなくなる可能性がある。
【0098】
そこで、複数の酸化温度における、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果のうち、オキシダント分子(17)の、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からの脱離の過程が活性化される温度よりも低い温度領域で、オキシダント分子の分圧が同一という条件で測定された、2組の異なる酸化温度での測定結果を用いることにし、これらの温度をTAとTBと記して区別する。また、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定を各温度で複数回実行したものとし、その酸化時間のそれぞれを、添え字 i を使って ti (i = 1,2,3, …)と表す。同様に、酸化温度TAとTBでの熱酸化におけるシリコン酸化膜(13)の膜厚の、酸化時間tiにおける測定結果を、それぞれ、 XiA とXi と記す事にする。
【0099】
同一の酸化時間 ti (i = 1,2,3, …)における、2つの異なる温度TAとTBでの測定結果の比は、本発明の実施例1の数式(22)と(24)を用いると、オキシダント分子の有効拡散障壁と酸化温度TAとTBの関数として、以下のように表される。
【数28】
【0100】
これから、オキシダント分子の拡散過程の有効拡散障壁は、同一の酸化時間で測定した、2つの異なる酸化温度におけるシリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果を用いて、以下の方程式を用いて計算できることになる。
【数29】
【0101】
さらに、酸化温度とオキシダント分子の分圧を同一の値に設定しておこなった、AとBとの、2つの異なる面方位の結晶基板(11)を用いた酸化実験によって得られた、同一の測定時間 ti における、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果である、{Xi}と{Xi}との2組の測定結果がある場合、これらの膜厚の測定結果に対して、同一時間における膜厚の測定結果の比を考える。さらにこの比に対して、数式(23)を適用した後で、この比の対数を取ると、以下の式が得られる。
【数30】
【0102】
数式(30)が、温度の逆数を2で割った結果を変数とする、線形の方程式になっていることに着目して、この式に最小二乗法を適用すると、以下の2つの関係式が得られる。
【数31】
【数32】
ここで、数式(31)と数式(32)の右辺は、それぞれ、数式(30)に最小二乗法を適用して得られる直線の、傾きと縦軸の切片から得られる定数である。
【0103】
数式(29)と、数式(31)と数式(32)とを組み合わせる事により、2つの面指数AとBの双方での、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果の解析を同時に進めながら、これらの測定結果に含まれる系統誤差の一部を除去して、解析結果の精度を向上させることが可能になる。
【0104】
例えば図5図6に示した、Si(100)面とSi(111)面の基板上での、ドライ酸化の実験で得られた、熱酸化によるシリコン酸化膜の成長実験のデータに数式(30)を適用すると、Si(111)面に対するSi(100)面の、有効拡散障壁の差と係数Kの比の値として、それぞれ、0.2 eVと2.0が得られる。これに数式(29)を組み合わせる事により、Si(100)面とSi(111)面の結晶基板上での、熱酸化における酸素分子の有効拡散障壁として、それぞれ、2.8eVと2.6 eVという値が得られる。また、Si(100)面のデータである図5で行ったフィッティングで得られた係数Kを、2組の実験データに対する係数Kの比である2.0で除算した結果を、Si(111)面の係数Kに使用することにより、Si(111)面のデータに対して、数式(23)を用いた計算で、測定結果との非常に良い一致が得られることが、図6から確認できる。
【0105】
尚、数式(29)と、数式(31)と(32)とを組み合わせることにより決定される、有効拡散障壁が、本発明の実施例1の、図14のステップS2で使用される、有効拡散障壁Eである。(実施例1のステップS2を参照。)
【0106】
また、数式(30)の左辺の膜厚の変数に付けられた、上付き添え字のAとBは、結晶基板の面方位に限られず、ドライ酸化とウェット酸化といった酸化条件の違いや、シリコン結晶と炭化シリコン結晶といった、結晶基板の組成の違いであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0107】
シリコン酸化膜を含む半導体装置の開発において、シリコン結晶または炭化シリコン結晶の基板の熱酸化によるシリコン酸化膜の膜厚の形成を、ナノスケールの精度で制御することが可能になる。
【符号の説明】
【0108】
1 シリコン酸化膜からなる絶縁膜である。
2 n型のSiまたはSiCの半導体である。
3 p型のSiまたはSiCの半導体である。
4 ゲート端子である。
5 ソース端子である。
6 ドレィン端子である。
11 半導体材料の結晶基板である。
12 遷移層である。
13 シリコン酸化膜である。
14 プレーナー型界面である。
15 シリコン酸化膜の表面である。
16 気相のオキシダント分子である。
17 シリコン酸化膜の表面に化学吸着したオキシダント分子である。
21 入力装置である。
22 演算装置である。
23 記憶装置である。
24 出力装置である。
S1 酸化温度Tとオキシダント分子の分圧POXと所定の膜厚X1を設定するステップである。
S2 有効拡散障壁Eと係数Kと指数αを設定するステップである。
S3 第2の膜厚X2に初期値を設定し、酸化時間の増加分Δtと膜厚の許容誤差を設定するステップである。
S4 第1の酸化時間t1を設定するステップである。
S5 第2の酸化時間 t2 を第1の酸化時間 t1と酸化時間の増加分Δtとの和に設定し、第2の酸化時間 t2 と酸化温度Tとオキシダント分子の分圧POXと有効拡散障壁Eと指数αと係数Kとから、係数Kと第1の関数 f(POX、α)と第2の関数g(E/T)と第3の関数 h(t2) の積を用いて、第2の酸化時間 t2 における膜厚の増加分ΔXを計算するステップである。
S6 第3の膜厚X3 = X2+ΔXを計算するステップである。
S7 X3とX1の差の絶対値と誤差との大小を比較するステップである。
S8 第2の酸化時間 t2 を出力するステップである。
S9 X3とX1の大小を比較するステップである。
S10 X3がX1より小さい場合に、第1の酸化時間 t1に第2の酸化時間 t2 を代入するステップである。さらにこの後、処理過程はステップS5に戻る。
S11 X3がX1より大きい場合に、酸化時間の増加分Δtを、正の値を保ちながら減じるステップである。さらにこの後、処理過程はステップS5に戻る。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14