【実施例1】
【0019】
以下に、酸化温度とオキシダント分子の分圧と所定の膜厚を指定して行う、半導体材料の酸化時間の計算方法を説明する。
【0020】
歪みを含む媒質中での分子の拡散過程と化学反応の過程を対象として、シミュレーションを実行するには、これらの過程の双方を、同時に扱う事が可能な偏微分方程式である反応拡散方程式を、歪みを含む媒質に対して適用可能な形式に拡張する必要がある。この方程式を導出するために、Fickの第一法則と第二法則を利用する。
【0021】
Fickの第一法則によれば、粒子αの拡散によって生じる流束は、この粒子の拡散係数D
αを用いて、以下の式で与えられる。(非特許文献9を参照。)
【数1】
ここで、φ
αは分子αの濃度を表すものとする。また、∂
iは座標xの第i成分であるx
iに関する偏微分を表す。
【0022】
歪みのある媒質内でのベクトル v
i の発散は、計量テンソル g
ij の行列式 g = det(g
ij) を用いて、以下の式で与えられる。(非特許文献10と11を参照。)
【数2】
【0023】
数式(1)の流束は共変ベクトルであるから、計量テンソル g
ij の逆行列に相当するテンソルである g
ij を用いて、これを反変ベクトルに変換する。
【数3】
ここで、二重に用いられた添え字jに関しては、三次元空間の座標軸である、1から3までの和を取るものとする。
【0024】
次に、粒子αの拡散による流束に対して、Fick の第二法則を適用する。その際に、数式(2)と(3)を用いると、歪みのある媒質中における粒子αの反応拡散方程式が、以下のように導出される。(非特許文献9を参照。)
【数4】
ここで、二重に用いられた添え字 i と j は、1から3までの和を取るものとする。また、k
α,βnは、一方の添え字が示す分子αと、もう一方の添え字のβ
nに対応する、シリコン原子やシリコン酸化物との間の化学反応に対する、反応率定数を表す。
【0025】
数式(4)の反応項に含まれる、化学反応の反応率定数は、以下の式で与えられる。
【数5】
右辺の係数V
Si2は、2個のSi原子から成る単位胞Si
2の体積であるが、これは、本来のSi結晶の単位胞であるSi
8 の1/4の数の原子からなる領域である。ここで、Si
8 の体積は 0.543nm
3で与えられることを用いると、Si
2の体積はその1/4として計算できる。また、ν
α,βn とE
α,βn は、それぞれ、オキシダント分子αと、添え字β
nに対応するシリコン原子または酸化シリコン構造との間の、化学反応の反応率定数の前置因子と活性化エネルギーを表す。また、k
B はボルツマン定数、T は酸化温度を表す。
【0026】
以下では、プレーナー型の界面を有する半導体材料の、熱酸化プロセスを考える。この場合、粒子の拡散方向を、界面と垂直な方向に限定できるから、この方向をx軸に選ぶ。これに応じて、計量テンソルg
ijを対角要素 (g,1,1) のみを持つように限定して、オキシダント分子の、x軸に沿った方向への拡散のみを考慮する。この簡略化により、数式(4)の三次元の反応拡散方程式は、以下のような一次元の反応拡散方程式に帰着する。
【数6】
【0027】
数式(6)の拡散項に含まれる、分子αの拡散係数D
αは、アレニウス形式を使うと、前置因子 D
0αと活性化エネルギー E
αを用いて、以下の式で表される。
【数7】
【0028】
数式(6)を解く際の境界条件を設定するために、オキシダント分子の酸化膜内への取り込み過程を、
図2を参照しながら説明する。気体状の分子として供給されるオキシダント(16)は、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着して化学吸着状態(17)になる。この化学吸着状態(17)にあるオキシダント分子の濃度をφ
* とし、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からシリコン酸化膜(13)の内部へのオキシダント分子の取り込み過程の発生頻度をR
incとすると、化学吸着状態にあるオキシダント分子(17)が、シリコン酸化膜(13)内での拡散が可能な状態φに変わる頻度は、以下の式で与えられる。
【数8】
【0029】
ここで、本発明に係る数理モデルに含まれる、酸化膜中とシリコン結晶中における酸素分子の拡散過程、および、酸化膜の表面から酸化膜中への酸素分子の取り込み過程の計算で用いられる、前置因子D
0と活性化エネルギーEの値を、表1に示す。表1の第1行、第2行、第3行は、それぞれ、シリコン酸化膜(SiO
2)中における酸素分子の拡散過程と、シリコン結晶(c−Si)中における酸素分子の拡散過程と、シリコン酸化膜の表面から酸化膜中への酸素分子の取り込み過程に対する、前置因子と活性化エネルギーの値を示している。
【表1】
【0030】
次に、本発明に係る酸化反応の化学式について、
図2を参照しながら説明する。
図2の界面(14)または遷移層(12)で進行する、シリコン結晶または酸化シリコン構造の酸化過程としては、反応物質に関して一次の化学反応のみを用いることとして、以下のような一連の化学式を考える。
【化1】
【化2】
【化3】
【0031】
化学式(1)〜(3)で表される化学反応の、反応率定数の前置因子R
0と活性化エネルギーEの値を、それぞれ、表2の第1行、第2行、第3行に示す。
【表2】
【0032】
化学式(1)と(2)の化学反応で生じる中間生成物の、シリコン結晶に対する体積比は、SiO
2と結晶シリコンの体積比であるV
Si O2 = 2.25を用いて、以下の式で内挿する。
【数9】
【0033】
同様に、化学式(1)または(2)の化学反応の中間生成物である、SiO中またはSiO
3からなる媒質中を酸素分子が拡散する際の拡散係数を、表1の、シリコン酸化膜中とシリコン結晶中での酸素分子の拡散係数を用いて、以下の式で内挿する。
【数10】
【0034】
ところで、計量テンソルの行列式の平方根は、局所的な体積の膨張を表すことから、この平方根と、局所的な構造Aの密度ρ
Aと、この構造Aと結晶シリコンとの体積比V
Aとの間に、以下の関係が成り立つ。
【数11】
【0035】
以上から、数式(11)を拘束条件として、数式(6)の数値積分を実行することにより、ドライ酸化の条件で、面指数(100)のシリコン結晶の基板を用いた、熱酸化プロセスのシミュレーションが実行可能になる。
【0036】
数式(6)の数値積分を実行するに際して、数式(6)の拡散項を、以下のように、分子αの濃度の二階微分の項と、それ以外の項とに分解し、前者を拡散項、後者を反応項の一部として扱うことにする。
【数12】
【0037】
数式(6)の反応拡散方程式の数値積分を実行する際には、最初に、分子αの濃度の微分を含む拡散項を差分の形に書き換えて、その後に、この変換で得られた差分方程式の数値積分を、Crank-Nicolson 法を用いて実行する。(非特許文献9を参照。)
【0038】
Crank-Nicolson 法は、拡散方程式の数値積分を実行する際に、数値計算を安定に遂行するために考案された計算方法である。この方法を説明するために、以下のような、一次元のユークリッド空間における拡散方程式を考える。
【数13】
ここで、右辺の係数Dは、濃度φを持つ粒子の拡散係数である。
【0039】
数式(13)を、時間tに関して前方微分で差分化する。また、空間座標xに関しては、二次の中心差分を適用する。これらの処理により、数式(13)の拡散方程式は、以下の差分方程式に置き換えられる。
【数14】
ここで、濃度φの上付き添え字のnとn+1は、差分Δtを単位として測った、離散的な時間を表すものとする。また、濃度φの下付き添え字は、差分Δxを単位として測った、離散的な空間座標の座標値を表すものとする。
【0040】
Crank-Nicolson 法では、数式(14)の右辺を、離散時間nとn+1における右辺の式の相加平均で近似する。この変更により、数式(14)は以下の式に置き換えられる。(非特許文献9を参照。)
【数15】
【0041】
次に、右辺の項のうち、時間n+1における項を左辺に移動させる。また、左辺の項のうち、時間nにおける項を右辺に移動させる。この処理により、以下の式が得られる。
【数16】
【0042】
ここで、以下のようなベクトルを導入する。
【数17】
右辺の括弧()に付けられた上付き添え字Tは、ベクトルの転置を表す。このベクトルを用いると、数式(17)は、行列A、Bを用いて、以下の式に書き換えられる。
【数18】
【0043】
行列AとBを、N x Nの行列とすると、これらの行列の対角要素はそれぞれ、数式(17)の左辺と右辺の第二項の係数となる。また、1 < i < N における (i,i-1)と(i,i+1)の行列要素は、数式(17)の左辺と右辺の第一項と第三項の係数が示すように、行列Aでは−1,行列Bでは+1となる。行列AとBの1 < i < N における他の行列要素は、すべてゼロである。数式(8)で表される酸化膜の表面における境界条件と、半導体材料の下端における境界条件は、i=1とi=Nでの行列AとBの行列要素に反映される。
【0044】
数式(18)をガウスの除去法で解くと、時間刻みΔtの離散時間n+1におけるベクトルφの各座標での値を、これよりひとつ前の離散時間である、離散時間nにおけるベクトルφの各座標での値で表す式が得られる。この処理を繰り返すことにより、任意の離散時間に対して、数式(16)で表される差分方程式の数値積分が実行される。(非特許文献9を参照。)
【0045】
ここで、半導体材料の熱酸化の問題に戻る。シリコン酸化膜の成長過程を、計算機ミュレーションによって調べる場合、酸化時間を更新する度に酸化膜の膜厚を計算し、その時間変化を逐次記録する必要がある。この計算を実行するに際して、シリコン結晶の基板が部分的に酸化し、結晶部分の占有率が90%に達した層を、界面を含む層と見なし、その座標をX1とする。また、酸化膜の表面層の座標をX2とする。これらを用いて、酸化による体積の膨張効果を考慮に入れた次の式で、シリコン酸化膜の膜厚を計算する。
【数19】
【0046】
数式(6)を数値計算で解く際の初期条件として、半導体結晶をΔXの厚みを有する層に分割した後の最上層に、自然酸化膜が部分的に形成されている状態を考えて、この最上層の密度を、酸化シリコン構造と基板の半導体結晶の密度の、比率が2:8の加重平均に設定する。この層より下の層においては、全層の密度を、基板の半導体結晶の密度に等しく設定する。シリコン結晶の場合、これは、5.2x10
22 cm
-1 となる。また、酸化シリコン構造とシリコン結晶の体積比が 2.25であることを利用して、酸化シリコン構造の密度は、簡単な計算により求められる。
【0047】
境界条件は以下のように設定する。まず、数式(8)を前方差分により差分化すると、以下の式が得られる。
【数20】
数式(20)において、左辺の濃度φの下付添え字1は、このφが酸化膜の最上層の濃度であることを表すものとする。また、右辺の濃度φの下付添え字0は、このφが、化学吸着状態にあるオキシダント分子の濃度を表すものとする。さらに、これらの濃度の上付き添え字nとn+1は、差分により離散化された、酸化プロセスの経過時間を表す。また、酸化の対象である半導体材料が充分に大きな厚さを有するものとして、その下端部分におけるオキシダントの濃度を0とする。
【0048】
時間変数と空間座標の差分を、それぞれ、Δt = 1.0x10-5 s とΔX = 1 nm として、数値積分を実行した結果を
図3に示す。
図3において、計算結果は下から昇順に、温度がT=800℃からT=1200℃まで、すべて100℃間隔で並んでいる。
【0049】
ここで、
図2を参照しながら、半導体結晶の熱酸化の過程のうちの、オキシダント分子がシリコン酸化膜(13)の中を拡散して、遷移層(12)と半導体材料の結晶基板(11)との界面(14)に到る過程について説明する。シリコン酸化膜(13)の表面(15)に到達したオキシダント分子(16)は、最初、分子の形態を保ったまま、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着して、化学吸着状態(17)になる。この化学吸着状態(17)にある分子が、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からシリコン酸化膜(13)の内部に取り込まれた後で、シリコン酸化膜(13)中を拡散して、遷移層(12)に達する。さらに、これらの分子のうちで、遷移層(12)を通過し、半導体材料の結晶基板(11)と遷移層(12)との境界である、界面(14)に到達した分子と、遷移層(12)内で、化学式(1)または(2)の化学反応で生じた中間生成物と反応をした分子が、化学式(1)〜(3)の化学反応を通じて、シリコン酸化膜(13)の成長に寄与することになる。
【0050】
したがって、半導体材料の結晶基板(11)の熱酸化過程における、オキシダント分子の有効拡散障壁は、オキシダント分子(16)が、化学吸着状態(17)を経て、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からシリコン酸化膜(13)に取り込まれる過程の活性化エネルギーと、シリコン酸化膜(13)中を拡散する際の拡散障壁と、遷移層(12)内を拡散する際の拡散障壁と、の和で与えられることになる。これを、以下の式で表す。
【数21】
【0051】
数式(21)の左辺が、半導体材料の結晶基板(11)の熱酸化過程における、オキシダント分子の有効拡散障壁である。また、右辺の第一項が、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着した、化学吸着状態のオキシダント分子(17)が、シリコン酸化膜(13)の内部に取り込まれる過程の活性化エネルギーであり、第二項が、オキシダント分子(16)がシリコン酸化膜(13)中を拡散する過程に伴う拡散障壁であり、第三項が、オキシダント分子(16)が遷移層(12)内を拡散する過程に伴う拡散障壁である。ここで、右辺の第三項は、遷移層内に形成される欠陥構造等による、オキシダント分子のトラップ等からの寄与を含むものとする。
【0052】
数式(21)で表される、オキシダント分子(16)の有効拡散障壁を用いて、以下の関数を定義する。
【数22】
【0053】
図3のシミュレーションで得られた酸化膜の膜厚の計算結果を、関数ζ(T) で除算してプロットし直すと、全温度でのシミュレーション結果がひとつの曲線に収束することが、
図4から確認できる。このシミュレーションでは、数式(21)の右辺の各項の値として、E
inc=0.3eV、 E
D=0.2eV、ΔE
D=0を用いている。
【0054】
よって、この曲線を表す、時間変数の一変数関数が特定できれば、それを用いて、任意の温度におけるシミュレーション結果の、簡便な計算による再現が可能になるはずである。この関数が、時間tのべき関数の形で書き表されると仮定して、さらにその指数νが、時間tの関数であるとする。
【0055】
この仮定から、任意の時間tにおける酸化膜の膜厚を表す方程式は、数式(22)の関数ζ(t)と、新たに導入する関数ν(t)、定数τ、および係数Kを用いて、次の式で与えられる。
【数23】
【0056】
指数ν(t)の関数形を幾通りか仮定しておこなった計算と、シミュレーション結果との比較から、指数ν(t)の関数形を以下のように選べば、実験結果とシミュレーション結果とが、非常に良く一致することが見出された。
【数24】
ここで、τは1 h という値を有する、時間の次元を持つ定数である。
【0057】
数式(24)の第2項の分子Aに、
図3の曲線との一致を与える値として、本発明の実施例1では、A=0.20を用いる。
【0058】
また、以下に見るように、数式(23)の係数Kは定数ではなく、オキシダントの分圧P
OXと酸化温度Tとの関数である。
【0059】
数式(23)を時間微分すると、半導体材料の酸化速度を表す、以下の式が得られる。
【数25】
数式(24)で与えられる指数νが常に1より小さいことと、時間tの対数関数が数式(25)に含まれる事が、シリコン結晶の熱酸化の初期に観察される非常に大きな酸化速度の原因になっている。
【0060】
以下では、数式(23)を用いて得られる酸化膜の膜厚の計算結果が、シリコン結晶の熱酸化で生じる酸化膜の膜厚の測定結果と、非常に良く一致することを、複数の実験結果との比較によって例示する。
【0061】
実験結果の解析にあたっての仮定を、
図2に沿って述べる。ドライ酸化の条件下では、オキシダントに酸素分子が使われるが、この酸素分子が、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着した後、酸化温度が高温であれば、一部がシリコン酸化膜(13)の表面(15)から蒸発してしまう。そこで、以下の説明では、酸化温度が850℃以下の場合に、酸素分子のシリコン酸化膜(13)の表面(15)からの蒸発の効果が、無視できるほど小さいと仮定する。
【0062】
図5は、面指数(100)方向のシリコン結晶の基板を用いた、分圧P
OX = 20 atmのドライ酸化条件における、熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、E
Deff=2.8eV を用いた。
図5の酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1000℃、(b) T = 950℃、 (c) T = 900℃、(d) T = 850℃、(e) T = 800℃。数式(23)との定量的な一致を得るために、係数Kには以下の値を用いた。(a) K = 9.6x10
7 nm、 (b) K = 1.14x10
8 nm、 (c) K = 1.26x10
8 nm、 (d) と (e) K = 1.4x10
8 nm。(実験データは非特許文献2を参照。また、E
DeffとKの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0063】
図6は、面指数(111)方向のシリコン結晶の結晶基板を用いた、分圧P
OX = 20 atmのドライ酸化条件における、熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、E
Deff=2.6 eV を用いた。
図6の酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1000℃、(b) T = 950℃、 (c) T = 900℃、(d) T = 850℃、(e) T = 800℃。数式(23)との定量的な一致を得るために、係数Kには以下の値を用いた。(a) K = 4.8x10
7 nm、 (b) K = 5.7x10
7 nm、 (c) K = 6.3x10
7 nm、 (d) と (e) K = 7.0x10
7 nm。(実験データは非特許文献2を参照。また、E
DeffとKの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0064】
図5と6で示される実験データの解析結果から、温度が850℃以下では、係数Kの値が変化しないことが見出された。これは、T = 850℃以下では、酸化膜の表面に吸着した酸素分子の脱離が活性化されないことを示している。したがって、分圧P
OX = 1 atmのドライ酸化条件における、この温度領域での熱酸化実験で得られた、酸化膜の膜厚の測定結果があれば、数式(23)に含まれる、係数Kの値を求めることが可能になる。(係数Kの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0065】
図7は、面指数(100)方向のシリコン結晶の結晶基板を用いた、分圧P
OX = 1 atmのドライ酸化条件における、熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、E
Deff=2.8eV を用いた。酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1000℃、(b) T = 900℃、 (c) T = 800℃。また、数式(23)の係数Kには、以下の値を用いた。(a) K = 2.0x10
7 nm、 (b) K = 2.4x10
7 nm、 (c) K = 3.2x10
7 nm。(実験データは非特許文献2を参照。)
【0066】
図8は、面指数(111)方向のシリコン結晶の結晶基板を用いた、分圧P
OX = 1 atmのドライ酸化の条件で、熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値にE
Deff=2.6 eV を用いた。酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1000℃、(b) T = 900℃、 (c) T = 800℃。また、数式(23)の係数Kには、以下の値を用いた。(a) K = 1.0x10
7 nm、 (b) K = 1.2x10
7 nm、 (c) K = 1.6x10
7 nm。(実験データは非特許文献2を参照。)
【0067】
ここで、熱酸化による酸化膜の膜厚の成長速度が、オキシダント分子の分圧P
OXに対して、亜線形の依存性を有することを、実験データの解析から確認する。
【0068】
図9は、面指数(100)方向のシリコン結晶の基板を用いた、ドライ酸化の条件における熱酸化実験で、酸化温度をT = 900℃に固定し、分圧をP
OX =1 atmからP
OX = 20 atmまで変化させた時の、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、E
Deff=2.8eV を用いた。測定に使用された分圧は以下の通りである。(a) P
OX = 20 atm、(b) P
OX = 10 atm、 (c) P
OX = 5 atm、(d) P
OX = 1 atm。数式(23)の係数Kには、以下の値を用いた。(a) K = 1.3x10
8 nm、 (b) K = 8.4x10
7 nm、 (c) K = 5.9x10
7 nm、(d) K = 2.5x10
7 nm。(実験データは非特許文献2を参照。)
【0069】
図10に、
図9のデータ解析で得られた係数Kの値を、分圧P
OXに対して対数目盛りでプロットした結果を示す。
図10の直線の傾きは0.54である。この結果から、係数Kの分圧P
OXへの依存性はべき乗で表されることと、その指数が1より小さいという、亜線形の分圧依存性が確認された。(非特許文献8を参照。)
【0070】
そこで、分圧P
OX = 1 atmの場合の係数Kの値をK
1と書き、
図10の傾きをαと記すと、係数Kの分圧P
OXへの依存性は、以下の式で書き表される。
【数26】
すでに述べたように、数式(23)の係数Kは、オキシダントの分圧P
OXと酸化温度Tとの関数であった。これに対して係数K
1は、酸化温度Tのみの関数である。
【0071】
数式(26)を代入すると、数式(23)は以下のように書き換えられる。
【数27】
【0072】
以上から、ドライ酸化の条件で、数式(27)に酸化温度と酸化時間と酸素分子の分圧とを代入すれば、シリコンの熱酸化により形成される酸化膜の膜厚が、高い精度で計算できることが示された。そこで次に、オキシダントの種類を変えた時の、数式(23)または数式(27)の妥当性を検証する。
【0073】
図11は、面指数(100)方向のシリコン結晶の結晶基板を用いた、分圧P
OX = 1 atmのウェット酸化の条件における熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、E
Deff=1.0 eV を用いた。
図11の酸化温度は以下の通りである。(a) T = 1200℃、(b) T = 1100℃、 (c) T = 1000℃、(d) T = 920℃。係数Kには、酸化温度によらずにK = 4.2x10
4 nmを用いた。(実験データは非特許文献1を参照。E
Deffの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0074】
図12は、面指数(100)方向のシリコン結晶の結晶基板に対して、分圧が900Paのオゾンを用いた熱酸化実験で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果と、数式(23)による計算結果との比較である。この計算には、有効拡散障壁の値に、E
Deff=0.84 eV を用いた。
図6の酸化温度は以下の通りである。(a) T = 830℃、(b) T = 600℃、 (c) T = 500℃、(d) T = 400℃、(e)T = 330℃、(f)T = 260℃。係数Kには、以下の値を用いた。(a) K = 4.0x10
2 nm、(b) K = 7.0x10
2 nm、 (c) K = 1.1x10
3 nm、(d) K = 1.9x10
3 nm、(e)と(f)K = 2.5x10
3 nm。(実験データは非特許文献4を参照。E
Deffの決定の方法については、実施例2を参照。)
【0075】
尚、圧力単位の換算は、1 atm=101325Paである。
【0076】
以上により、ドライ酸化とウェット酸化、および、オゾンを用いた熱酸化のすべてで、数式(23)を用いた計算結果が、実験結果と非常に良い一致を示すことが確認された。これは数式(23)が、オキシダントの種類によらず、半導体材料の熱酸化により作成される、シリコン酸化膜の膜厚の計算に有効である事を実証している。
【0077】
そこで、数式(23)または数式(27)を用いて、コンピュータープログラムを作成すれば、熱酸化をおこなう半導体材料の種類と面指数と酸化温度とオキシダントの種類に対応する係数K
1と、半導体材料の種類と面指数とオキシダントの種類に対応する有効拡散障壁とを指定し、さらに、酸化温度とオキシダント分子の分圧と所定の膜厚を指定することで、所定の膜厚を有する酸化膜を、ナノメートルの精度で形成させるために必要な、酸化時間の計算が実行できることになる。
【0078】
以下、本発明の実施例1に係る半導体材料の酸化時間の計算方法について、
図13と
図14に添って説明する。
【0079】
図13は本発明の実施例1に係る、計算装置の構成図である。入力装置(21)から計算を開始する旨の命令が入力されると、記録装置(23)に記録されたコンピュータープログラムを演算装置(22)が読み出し、その後に入力待ちの状態になる。次に、計算に必要な各種条件が入力装置(21)を通じて入力されると、演算装置(22)が計算を実行し、得られた結果を出力装置(24)に出力する。
【0080】
図14は本発明の実施例1に係る、半導体材料の酸化時間の計算方法を示すフローチャートである。
【0081】
最初に、酸化温度Tとオキシダント分子の分圧P
OXと所定の膜厚X1が、
図13の入力装置(21)から入力されると、これらの値を、コンピュータープログラムの中の、対応する変数または定数の値に設定する(ステップS1)。
【0082】
次に、
図13の入力装置(21)を通じて、有効拡散障壁Eと係数Kが入力されると、これらの値を、コンピュータープログラムの中の、対応する変数または定数の値に設定する(ステップS2)。
【0083】
図13の入力装置(21)を通じて、第2の膜厚X2を熱酸化の開始時間における酸化膜の膜厚と、酸化時間の増加分Δtと、膜厚の許容誤差の値が入力されると、これらの値を、コンピュータープログラムの中の、対応する変数または定数の値に設定する(ステップS3)。
【0084】
第1の酸化時間 t1を初期化する。(ステップS4)。
【0085】
第2の酸化時間 t2を第1の酸化時間 t1と酸化時間の増加分Δtとの和に設定する。また、オキシダント分子の分圧P
OXと指数αを用いて、第1の関数 f(P
OX、α) の値を計算し、有効拡散障壁Eと酸化温度Tとの比から、第2の関数 g(E/T) の値を計算し、さらに、第2の酸化時間 t2を用いて第3の関数 g(t2) の値を計算する。さらに、膜厚の増加分ΔXを、係数K
1と第1から第3の関数の関数値の積を用いて計算する(ステップS5)。
【0086】
第3の膜厚X3を、第2の膜厚X2と膜厚の増加分ΔXとの和に設定する(ステップS6)。
【0087】
第3の膜厚X3と所定の膜厚X1の差の絶対値が許容誤差より小さいか否かを判定する(ステップS7)。
【0088】
ステップS7の判定結果がYESの場合に、第2の酸化時間を
図13の出力装置(24)に出力する(ステップS8)。
【0089】
ステップS7の判定結果がNOの場合に、第3の膜厚X3が所定の膜厚X1より小さいか否かを判定する(ステップS9)。
【0090】
ステップS9の判定結果がYESの場合に、第1の酸化時間 t1を第2の酸化時間t2に設定してステップS5に戻る(ステップS10)。
【0091】
ステップS9の判定結果がNOの場合に、増加分ΔtをB>1の条件を満たす実数Bで除算して新たにΔtを設定し、ステップS5に戻る(ステップS11)。
【0092】
尚、本発明の実施例1では、化学式(1)〜(3)で表される化学反応を考えたが、酸化反応は、半導体材料の結晶基板と酸化膜の界面または遷移層に到達した酸素原子が、化学反応を通じて酸化膜の形成に寄与するように構成されていればよく、数式(21)〜(26)は、化学式(1)〜(3)の使用に限定されない。
【0093】
さらに、本発明の実施例1のステップS1からステップS4は、この順番に設定されている必要はなく、これらの順番を別の順番に変えてもよい。
【0094】
また、本発明では、数式(24)の第2項の分子にA=0.20を用いたが、この値は0.18<A<0.22の範囲にあればよく、必ずしもA=0.20でなくともよい。
【実施例2】
【0095】
以下に、複数の酸化温度と複数の酸化時間における測定で得られた、シリコン酸化膜の膜厚の測定結果を用いて、本発明の実施例1の数式(21)で表される、オキシダント分子の有効拡散障壁と、数式(23)の係数Kと、を決定する、測定結果の解析方法について、
図2を参照しながら説明する。
【0096】
シリコン等の半導体材料の結晶基板(11)の熱酸化プロセスにおいて、オキシダント分子(16)は、最初に、シリコン酸化膜(13)の表面(15)に吸着し、その後に、シリコン酸化膜(13)の表面(15)から蒸発により脱離するか、有限の頻度でシリコン酸化膜(13)の内部に取り込まれるかの、どちらかの過程をたどる。さらに、シリコン酸化膜(13)の内部に取り込まれたオキシダント分子のうち、シリコン酸化膜(13)の中を拡散して遷移層(12)を通り、界面(14)に到達した分子と、遷移層(12)内で、化学式(1)または(2)の化学反応で生じた中間生成物と反応した分子とが、シリコン酸化膜(13)の成長に寄与することになる。
【0097】
酸化膜(13)の表面(15)に化学吸着したオキシダント分子(17)の、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からの脱離の頻度は、高温になるほど大きくなる。このため、高温における、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果を、オキシダント分子の拡散過程の有効拡散障壁の決定に使用したら、正しい結果が得られなくなる可能性がある。
【0098】
そこで、複数の酸化温度における、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果のうち、オキシダント分子(17)の、シリコン酸化膜(13)の表面(15)からの脱離の過程が活性化される温度よりも低い温度領域で、オキシダント分子の分圧が同一という条件で測定された、2組の異なる酸化温度での測定結果を用いることにし、これらの温度をT
AとT
Bと記して区別する。また、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定を各温度で複数回実行したものとし、その酸化時間のそれぞれを、添え字 i を使って t
i (i = 1,2,3, …)と表す。同様に、酸化温度T
AとT
Bでの熱酸化におけるシリコン酸化膜(13)の膜厚の、酸化時間t
iにおける測定結果を、それぞれ、 Xi
A とXi
B と記す事にする。
【0099】
同一の酸化時間 t
i (i = 1,2,3, …)における、2つの異なる温度T
AとT
Bでの測定結果の比は、本発明の実施例1の数式(22)と(24)を用いると、オキシダント分子の有効拡散障壁と酸化温度T
AとT
Bの関数として、以下のように表される。
【数28】
【0100】
これから、オキシダント分子の拡散過程の有効拡散障壁は、同一の酸化時間で測定した、2つの異なる酸化温度におけるシリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果を用いて、以下の方程式を用いて計算できることになる。
【数29】
【0101】
さらに、酸化温度とオキシダント分子の分圧を同一の値に設定しておこなった、AとBとの、2つの異なる面方位の結晶基板(11)を用いた酸化実験によって得られた、同一の測定時間 t
i における、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果である、{X
iA}と{X
iB}との2組の測定結果がある場合、これらの膜厚の測定結果に対して、同一時間における膜厚の測定結果の比を考える。さらにこの比に対して、数式(23)を適用した後で、この比の対数を取ると、以下の式が得られる。
【数30】
【0102】
数式(30)が、温度の逆数を2で割った結果を変数とする、線形の方程式になっていることに着目して、この式に最小二乗法を適用すると、以下の2つの関係式が得られる。
【数31】
【数32】
ここで、数式(31)と数式(32)の右辺は、それぞれ、数式(30)に最小二乗法を適用して得られる直線の、傾きと縦軸の切片から得られる定数である。
【0103】
数式(29)と、数式(31)と数式(32)とを組み合わせる事により、2つの面指数AとBの双方での、シリコン酸化膜(13)の膜厚の測定結果の解析を同時に進めながら、これらの測定結果に含まれる系統誤差の一部を除去して、解析結果の精度を向上させることが可能になる。
【0104】
例えば
図5と
図6に示した、Si(100)面とSi(111)面の基板上での、ドライ酸化の実験で得られた、熱酸化によるシリコン酸化膜の成長実験のデータに数式(30)を適用すると、Si(111)面に対するSi(100)面の、有効拡散障壁の差と係数Kの比の値として、それぞれ、0.2 eVと2.0が得られる。これに数式(29)を組み合わせる事により、Si(100)面とSi(111)面の結晶基板上での、熱酸化における酸素分子の有効拡散障壁として、それぞれ、2.8eVと2.6 eVという値が得られる。また、Si(100)面のデータである
図5で行ったフィッティングで得られた係数Kを、2組の実験データに対する係数Kの比である2.0で除算した結果を、Si(111)面の係数Kに使用することにより、Si(111)面のデータに対して、数式(23)を用いた計算で、測定結果との非常に良い一致が得られることが、
図6から確認できる。
【0105】
尚、数式(29)と、数式(31)と(32)とを組み合わせることにより決定される、有効拡散障壁が、本発明の実施例1の、
図14のステップS2で使用される、有効拡散障壁Eである。(実施例1のステップS2を参照。)
【0106】
また、数式(30)の左辺の膜厚の変数に付けられた、上付き添え字のAとBは、結晶基板の面方位に限られず、ドライ酸化とウェット酸化といった酸化条件の違いや、シリコン結晶と炭化シリコン結晶といった、結晶基板の組成の違いであってもよい。