【文献】
"Chenopodium quinoa isolate SMMC@141743 4,5-dioxygenase-like protein mRNA, partial cds", Accession no.KR376278 [retrieved on 20 Aug 2021] ,NCBI Database [online],2015年09月09日,URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/823651344?sat=4&satkey=147894440
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、ベタレイン色素の合成方法、L−DOPAを4,5−seco−DOPAへの変換剤、ベタレイン色素産出宿主、並びに、アマランチン合成酵素に関する。以下に、本発明を詳細に説明する。
【0012】
(ベタレイン色素)
本発明でのベタレイン色素とは、構造上の特徴からベタキサンチンとベタシアニン類に分類される。なお、ベタキサンチンは黄色に発色し、ベタシアニン類は赤紫に発色するため従来から天然着色料として利用されている。なお、ベタシアニン類とは、ベタニジンのフェノール性水酸基に糖類がグリコシド結合した化合物群の総称を意味する。
【0013】
(ベタレイン色素合成系)
本発明でのキヌアの胚軸由来のベタレイン色素合成系の要約を
図1に示す。
図1の記載から明らかなように、チロシン(Tyrosine)又は3-ヒドロキシ-L-チロシン(3-hydroxy-L-tyrosine:L-DOPA)、さらには、アミノ酸、アミン(例、プトレシン(putrescine)、スペルミジン(spermidine)、スペルミン(spermine))の産出能を持つ宿主(外部から取り入れことが可能な宿主も含む)が、チロシンのフェノール環の3位を水酸化する酵素(例えば、CqCYP76AD1)活性、L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素(例えば、CqCYP76AD1)活性、フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素{例えば、ベタニジン5−O−グルコシルトランスフェラーゼ活性を有する酵素(Cyclo-DOPA 5-O-glucosyltransferase、CqCDOPA5GT等)活性、本発明の4,5-ジヒドロキシ-フェニルアラニン ジオキシゲナーゼ エクストラジオール{4,5-DOPA(dihydroxy-phenylalanine) dioxygenase extradiol、4,5-DOPA dioxygenase extradiol 1}活性を有すれば、ベタキサンチンとベタシアニン類(例、ベタニジン、ベタニン)を合成することができる。
なお、CqCYP76AD1は、チロシンのフェノール環の3位を水酸化する酵素活性及びL−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素活性の両方の性質を有する。
下記の実施例8の結果より、チロシンのフェノール環の3位を水酸化する活性を有する酵素をコードする遺伝子、L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子、フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素をコードする遺伝子並びにアマランチン合成酵素をコードする遺伝子の遺伝子群が導入された宿主である植物体は、ベタレイン色素の1つであるアマランチンの合成能を有する。
【0014】
(チロシンのフェノール環の3位を水酸化する酵素)
本発明でのチロシンのフェノール環の3位を水酸化する酵素とは、チロシンが有するフェノール環の3位に水酸基を付加することができる活性を有し、該活性を有すればどのような種の由来でも良い。
チロシンのフェノール環の3位を水酸化する酵素としては、例えば、チロシナーゼ、シトクロムP450(特に、CYP76AD1、CYP76AD2、CYP76AD3等)、カテコールオキシダーゼ等が挙げられるが、好ましくはCqCYP76AD1(配列番号29、アクセッション番号XP_021769302)である。
【0015】
(L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素)
本発明でのL−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素とは、L−DOPAをcyclo−DOPAへと変換する活性を有し、該活性を有すればどのような種の由来でも良い。
L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素とは、例えば、L−DOPA オキシダーゼ活性を有する酵素としては、チロシナーゼ、シトクロムP450であるCYP76AD1、CYP76AD2、CYP76AD3、CYP76AD5、CYP76AD6等が挙げられるが、好ましくはCqCYP76AD1(配列番号29)である。
【0016】
(フェノール性水酸基に糖を付加する酵素)
本発明でのフェノール性水酸基に糖を付加する酵素とは、cyclo−DOPA骨格の5位や6位に存在するフェノール性水酸基に糖を付加する活性を有し、該活性を有すればどのような種の由来でも良い。
フェノール性水酸基に糖を付加する酵素として、例えば、cyclo−DOPA5−O−グルコシルトランスフェラーゼ、ベタニジン5−O−グルコシルトランスフェラーゼ(cyclo-DOPA 5-O-glucosyltransferase)、ベタニジン6−O−グルコシルトランスフェラーゼ等が挙げられるが、好ましくはCqCDOPA5GT(配列番号31、アクセッション番号XP_021748306)である。
ベタニンからアマランチン(Amaranthin)を合成する酵素(アマランチン合成酵素)は、配列番号36(アクセッション番号XP_021754077)である。
【0017】
フェノール性水酸基に糖を付加する酵素がベタニジン6−O−グルコシルトランスフェラーゼであれば、ベタニンが合成される。
フェノール性水酸基に糖を付加する酵素がbetanidin 6-O-glucosyltransferaseであれば、Gomphrenin-Iが合成される。
フェノール性水酸基に糖を付加する酵素がbetanidin 5-O-glucosyltransferase及びbetanin beta-D-glucuronosyltransferaseであれば、アマランチン(特に、15S体)が合成される。
フェノール性水酸基に糖を付加する酵素がベタニジン6−O−グルコシルトランスフェラーゼでありさらにアマランチン合成酵素があれば、アマランチンが合成される。
フェノール性水酸基に糖を付加する酵素がbetanidin 5-O-glucosyltransferase及びbetanin feruloyltransferaseであれば、LampranthinII(特に、15S体)が合成される。
フェノール性水酸基に糖を付加する酵素がbetanidin 5-O-glucosyltransferase、betanin beta-D-glucuronosyltransferase及びbetaninferuloyltransferaseであれば、Celosianin II(特に、15S体)が合成される。
【0018】
(DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素)
本発明のDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素は、L−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニンのエクストラジオール開裂を触媒する活性により、L−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有する。さらに、4,5−seco−DOPAは、自発的反応を経て、ベタラミン酸へと変換する(参照:
図7)。
【0019】
本発明のDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子は、以下のいずれか1以上から選択される。
(1)配列番号17(アクセッション番号XP_021769303)、19(アクセッション番号XP_021769301)、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子。
(2)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列において、1〜20個のアミノ酸が置換、欠損、挿入及び/又は付加しており、かつ配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と実質的同質のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するポリペプチドをコードする遺伝子。
(3)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有し、かつ配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と実質的同質のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するポリペプチドをコードする遺伝子。
(4)配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子。
(5)配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するポリペプチドをコードするDNAからなる遺伝子。
(6)配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAにおいて、1〜50個の塩基配列が置換、欠損、挿入及び/又は付加しているDNAからなる遺伝子。
(7)配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAと90%以上の相同性を有するDNAからなる遺伝子。
(8)配列番号33に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子を含む上記(1)〜(7)のいずれか1以上の遺伝子。
【0020】
上記(2)の遺伝子は、L−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を失わせない程度の変異を導入したポリペプチドをコードする遺伝子である。このような変異は、自然界において生じる変異のほかに、人為的な変異をも含む。人為的変異を生じさせる手段としては、部位特異的変異誘発法(Nucleic Acids Res. 10, 6487-6500, 1982)などを挙げることができる。変異したアミノ酸の数は、通常は、20アミノ酸以内であり、好ましくは10アミノ酸以内であり、更に好ましくは5アミノ酸以内であり、最も好ましくは3アミノ酸である。変異を導入したポリペプチドがL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を保持しているかどうかは、例えば、変異を導入したポリペプチドをコードする遺伝子を植物体等に導入し、その植物体内のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を確認することによりわかる。
上記(3)の遺伝子に関し、「配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と実質的同質のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力」とは、その作用程度は、配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力と比較して強くても弱くてもよい。例えば、配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力と比較して、約50%、約60%、約70%、約80%、約90%、約100%、約110%、約120%、約130%、約140%、約150%を例示することができる。
また、同一性は、BLAST(BasicLocalAlignmentSearchToolat the National Center for Biological Information)等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータを用いて)を用いて計算することができる。
上記(5)の遺伝子は、DNA同士のハイブリダイゼーションを利用することにより得られる遺伝子である。この遺伝子における「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起き、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、5×SSC、1%SDSを含む緩衝液中の37℃でのハイブリダイゼーション及び1×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による37℃での洗浄処理といった条件であり、好ましくは、5×SSC、1%SDSを含む緩衝液中の42℃でのハイブリダイゼーション及び0.5×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による42℃での洗浄処理といった条件であり、更に好ましくは、5×SSC、1%SDSを含む緩衝液中の65℃でのハイブリダイゼーション及び0.2×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理といった条件である。ハイブリダイゼーションを利用することにより得られたDNAが、活性を有するポリペプチドをコードするかどうかは、例えば、そのDNAを植物体等に導入し、その植物体のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を確認することによりわかる。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、上記(4)の遺伝子(配列番号18、20、22、24、26、28又は35)と通常、高い同一性を有する。高い同一性とは、90%以上の同一性、好ましくは95%以上の同一性、更に好ましくは98%以上の同一性を指す。
上記(6)の遺伝子は、配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAにおいて、1〜50個、好ましくは1〜30個、より好ましくは1〜20個、最も好ましくは1〜10個、さらに最も好ましくは1〜5個の塩基配列が置換、欠損、挿入及び/又は付加しているDNAからなる遺伝子である。
上記(7)の遺伝子は、配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAと90%以上、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の同一性を有するDNAからなる遺伝子である。
【0021】
本発明のDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素は、以下のいずれか1以上から選択される。
(1)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列。
(2)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列において、1〜20個のアミノ酸が置換、欠損、挿入及び/又は付加しており、かつ配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と実質的同質のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するアミノ酸配列。
(3)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有し、かつ配列番号1に記載のアミノ酸配列と実質的同質のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するアミノ酸配列。
(4)配列番号33に記載のアミノ酸配列を含む上記(1)〜(3)のいずれか1以上のアミノ酸配列。
なお、ペプチドの変異の導入において、当該ペプチドの基本的な性質(物性、機能、生理活性又は免疫学的活性等)を変化させないという観点からは、例えば、同族アミノ酸(極性アミノ酸、非極性アミノ酸、疎水性アミノ酸、親水性アミノ酸、陽性荷電アミノ酸、陰性荷電アミノ酸および芳香族アミノ酸等)の間での相互の置換は容易に想定される。
特に、配列番号33に記載のアミノ酸配列は、活性部位の配列が含まれている。この配列に変異が導入されるとL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力が失われる可能性が高いので、変異はこれらのドメイン以外のアミノ酸に導入されることが好ましい。
【0022】
(ベタレイン色素の合成方法)
本発明のベタレイン色素の合成方法は、以下を例示することができる。
(1)チロシンのフェノール環の3位を水酸化する活性を有する酵素をコードする遺伝子、L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子、フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素をコードする遺伝子及びDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子の遺伝子群が導入されており、かつチロシン又は3-ヒドロキシ-L-チロシン産生能を持つ宿主を培養して、培養後の宿主からベタレイン色素を抽出する。
(2)DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子が導入さており、かつチロシンのフェノール環の3位を水酸化する活性を有する酵素活性、L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素活性、フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素活性並びにチロシン又は3-ヒドロキシ-L-チロシン産生能を持つ宿主を培養して、培養後の宿主からベタレイン色素を抽出する。
本発明のベタレイン色素の合成方法では、フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素の種類によって、様々なベタシアニン類を合成することができる。
また、本発明のベタレイン色素の合成方法では、実質的にはイソベタニンを合成しないことを下記の実施例で確認している。
なお、「実質的にはイソベタニンを合成しない」とは、ベタニン合成量100重量部に対して、イソベタニン合成量は3重量部以下、2重量部以下、1重量部以下、0.5重量部以下、0.3重量部以下、0.2重量部以下、0.1重量部以下、0.01重量部以下、0.001重量部以下、0.0001重量部以下、又は0重量部を意味する。
加えて、「実質的にはイソアマランチンを合成しない」とは、アマランチン合成量100重量部に対して、イソアマランチン合成量は3重量部以下、2重量部以下、1重量部以下、0.5重量部以下、0.3重量部以下、0.2重量部以下、0.1重量部以下、0.01重量部以下、0.001重量部以下、0.0001重量部以下、又は0重量部を意味する。
【0023】
(宿主)
本発明のベタレイン色素の合成方法で使用する宿主は、チロシン又は3-ヒドロキシ-L-チロシン産生能を有すれば特に限定されないが、例えば、自体公知の組換え大腸菌タンパク質合成系、昆虫タンパク質合成系、酵母タンパク質合成系、植物細胞タンパク質合成系、無細胞タンパク質合成系、植物タンパク質合成系、動物培養細胞等を使用することができる。
本発明のベタレイン色素の合成方法で使用する宿主への各遺伝子の導入方法は、自体公知の方法を使用することができる。例えば、該遺伝子を担持したベクターを使用して宿主に導入することができる。
ベクターとして、自体公知のウイルスベクター、特に植物ウイルスベクター(例、トバモウイルス属に属するウイルス由来のベクター、タバコモザイクウイルスベクター、トマトモザイクウイルスベクター)を利用することができる。
また、Tiプラスミドを用いたアグロバクテリウム法を利用することができる。
【0024】
(各遺伝子の宿主への導入方法)
本発明のベタレイン色素の合成方法において、各遺伝子の宿主への導入方法は、自体公知の方法により、該遺伝子を植物体に導入することができる。例えば、各遺伝子を担持した植物ウイルスベクターを含む溶液を植物体の葉、茎、根、穂等に塗布することにより、各遺伝子を宿主へ導入することができる。その他の方法として、パーティクルガン法、アグロバクテリウム法が例示することができる。
【0025】
(各タンパク質の宿主への導入方法)
本発明のベタレイン色素の合成方法において、各タンパク質の宿主(特に、植物体)への導入方法は、自体公知の方法により、該タンパク質を植物体に導入することができる。例えば、各タンパク質を含む溶液を植物体の葉、茎、根、穂等に塗布することにより、各タンパク質を宿主へ導入することができる。その他の方法として、パーティクルガン法、アグロバクテリウム法が例示することができる。
【0026】
(ベタレイン色素産出宿主)
本発明のベタレイン色素産出宿主は、例えば、以下のいずれか1以上の構成・特徴を有する。
(1)チロシンのフェノール環の3位を水酸化する活性を有する酵素をコードする遺伝子、L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子、フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素をコードする遺伝子及びDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子の遺伝子群が導入されており、かつチロシン又は3-ヒドロキシ-L-チロシン(3-hydroxy-L-tyrosine:L-DOPA)産生能を有する。
(2)DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子が導入されており、かつチロシンのフェノール環の3位を水酸化する活性を有する酵素活性、L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素活性、フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素活性並びにチロシン又は3-ヒドロキシ-L-チロシン産生能を有する。
(3)L−DOPAを4,5−seco−DOPAへの変換剤が導入されている。
本発明のベタレイン色素産出宿主では、フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素の種類によって、様々なベタシアニン類を合成することができる。
また、本発明のベタレイン色素産出宿主では、実質的にはイソベタニンを合成しないことを下記の実施例で確認している。
【0027】
(L−DOPAを4,5−seco−DOPAへの変換剤)
本発明のL−DOPAを4,5−seco−DOPAへの変換剤は、以下の(1)〜(8)のいずれか1に示す遺伝子又は該遺伝子を担持したベクターを含む。
(1)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子。
(2)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列において、1〜20個のアミノ酸が置換、欠損、挿入及び/又は付加しており、かつ配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と実質的同質のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するポリペプチドをコードする遺伝子。
(3)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有し、かつ配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と実質的同質のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するポリペプチドをコードする遺伝子。
(4)配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子。
(5)配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するポリペプチドをコードするDNAからなる遺伝子。
(6)配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAにおいて、1〜50個の塩基配列が置換、欠損、挿入及び/又は付加しているDNAからなる遺伝子。
(7)配列番号18、20、22、24、26、28又は35に記載の塩基配列からなるDNAと90%以上の相同性を有するDNAからなる遺伝子。
(8)配列番号33に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子を含む上記(1)〜(7)のいずれか1以上の遺伝子。
【0028】
また、本発明のL−DOPAを4,5−seco−DOPAへの変換剤は、以下の(1)〜(4)のいずれか1のアミノ酸配列で表されるペプチドを有する。
(1)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列。
(2)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列において、1〜20個のアミノ酸が置換、欠損、挿入及び/又は付加しており、かつ配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と実質的同質のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するアミノ酸配列。
(3)配列番号17、19、21、23、25、27又は34に記載のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有し、かつ配列番号1に記載のアミノ酸配列と実質的同質のL−DOPAを4,5−seco−DOPAに変換する能力を有するアミノ酸配列。
(4)配列番号33に記載のアミノ酸配列を含む上記(1)〜(3)のいずれか1以上のアミノ酸配列。
【0029】
以下に具体例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されない。
【実施例1】
【0030】
<キヌア由来ベタレイン合成能遺伝子を形質転換したアグロバクテリウムの作製>
本発明に係るベタレイン色素の合成方法に用いる酵素をコードする遺伝子であるCqCYP76AD1(チロシンのフェノール環の3位を水酸化する活性を有する酵素及びL−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素)、CqDODA1-1(DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素)、CqDODA1-2(DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素)及びCqCDOPA5GT(フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素)について、以下の方法により発現プラスミドを構築し、アグロバクテリウムに形質転換した。形質転換アグロバクテリウムを後述のベタレイン合成能の評価に用いた。
【0031】
[キヌア由来ベタレイン合成遺伝子の発現プラスミドの構築]
(1)RNeasy Plant Mini kit(Qiagen社)を用いてキヌア(Chenopodium quinoa)発芽4日目の胚軸からRNAを抽出した。抽出したRNAをHighCapacitycDNAReversetranscription Kitを用いてcDNAを合成した。手順は、付属の説明書に従った。
(2)合成したcDNAを鋳型にしてベタレイン合成遺伝子の全長ORFをPrime STAR GXL(TaKaRa社)の酵素を使用してPCRで増幅した。PCRに使用したプライマーは、CqCYP76AD1(配列番号30、アクセッション番号XM_021913610)は配列番号1及び2、CqDODA1-1(配列番号18、アクセッション番号XM_021913611)は配列番号3及び4、CqDODA1-2(配列番号20、アクセッション番号XM_021913609)は配列番号5及び6、CqCDOPA5GT(配列番号32、アクセッション番号XM_021892614)は配列番号7及び8を用いた。増幅したPCR断片を制限酵素(CqCYP67AD1: SpeI及びBstPI、CqDODA1-1及びCqDODA1-2:EcoRI及びBamHI、CqCDOPA5GT: BamHI及びBstPI)で切断した。
(3)制限酵素処理をしたPCR断片を植物で恒常的に発現するプラスミドpCAMBIA1301M (Imamura, T., Kusano, H., Kajigaya, Y.,Ichikawa,M.andShimada, H. 2007, A rice dihydrosphingosine C4 hydroxylase(DSH1)gene,which isabundantly expressed in the stigmas, vascular cellsandapicalmeristem, may beinvolved in fertility. Plant Cell Physiol., 48,1108-20.)のCaMV35Sプロモーターの下流に導入した(
図3)。構築したベクターをそれぞれpCAMBIA_CqCYP76AD1-ox、pCAMBIA_CqDODA1-1-ox、pCAMBIA_CqDODA1-2-ox、pCAMBIA_CqDOPA5GT-oxと命名した。
【0032】
[アグロバクテリウム形質転換法]
上記の構築したプラスミドを保持する大腸菌を使用して、トリパレンタルメーティング法(Wise,A.A.,Liu,Z.and Binns, A.N. 2006, Three methods for the introduction offoreignDNAintoAgrobacterium. Methods Mol. Biol., 343, 43-53)により、アグロバクテリウムにプラスミドを導入し形質転換アグロバクテリウムを作製した。
【実施例2】
【0033】
<植物体でのベタレイン合成能の評価>
宿主である植物体でのベタレイン合成能について、以下の方法により該合成能を有しないベンサミアナタバコで評価した。
【0034】
[ベンサミアナタバコにおける一過的発現解析]
実施例1で作製した形質転換アグロバクテリウムについて、それぞれ3 mlのLB培地で培養し、以下の「ベンサミアナタバコでの活性評価1」及び「ベンサミアナタバコでの活性評価2」の組み合わせで培養液を混合して、ベンサミアナタバコの緑葉にアグロインフィルトレーション法を用いて接種した(Shamloul, M., Trusa, J., Mett, V. and Yusibov,V.2014,Optimizationand utilization of Agrobacterium-mediatedtransientproteinproduction inNicotiana. Journal of visualized experiments :JoVE.)。接種から3〜5日育成後、育成したベンサミアナタバコの緑葉を以下の解析に利用した。
(1)ベンサミアナタバコでの活性評価1
一方のベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTを形質転換した。他方のベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、空ベクター(vector control)であるpCAMBIA1301M及びCqCDOPA5GTを導入した。
(2)ベンサミアナタバコでの活性評価2
一方のベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTを形質転換した。他方のベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqDODA1-2及びCqCDOPA5GTを導入した。
【0035】
[ベタレイン色素抽出とHPLC解析]
(1)一過的発現したベンサミアナタバコの緑葉サンプルを破砕し、水を加えて遠心分離(20,000 g, 10分, 15分)を行なった。遠心分離を行なった上清を回収し、同じ操作をもう1回行なった。遠心操作で得られた上清を色素抽出物としてHPLC解析を行なった。
(2)HPLC分析は、逆相カラム(5C18-AR-300、ナカライテスク社)を使用して、分析溶媒は水、アセトニトリルを使用、流速1 ml/min、分析プログラムは、アセトニトリルの濃度を分析時間0分で0%から60分で50%に直線的に達する条件に設定、分析波長はベタシアニンを検出できる536 nmに設定して分析をした。標品としてビート抽出物(ベタニン、イソベタニン混合物、東京化成社)を使用した。
【0036】
[結果]
「ベンサミアナタバコでの活性評価1」の結果を
図4に示す。
CqCYP76AD1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTを一過的発現したベンサミアナタバコの葉は赤色に変色し、赤色色素が合成されたことを示した(
図4A)。CqDODA1-1の代わりに空ベクターを導入したベンサミアナタバコは葉が緑色のままであり、赤色色素が合成されていないことを示した(
図4B)。
HPLC解析の結果、CqCYP76AD1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTを一過的発現したベンサミアナタバコから抽出したサンプルにおいてベタレイン色素の1つであるS体のベタニンの単一ピークが検出された(
図4C)。CqDODA1-1の代わりに空ベクターを導入したベンサミアナタバコから抽出したサンプルではピークが検出されなかった(
図4C)。
「ベンサミアナタバコでの活性評価2」の結果を
図5に示す。
CqCYP76AD1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTを一過的発現したベンサミアナタバコ、並びにCqCYP76AD1、CqDODA1-2及びCqCDOPA5GTを一過的発現したベンサミアナタバコの両方について、葉が赤色に変色し、赤色色素が合成されたことを示した(
図5A及びB)。
HPLC解析の結果、CqCYP76AD1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTを一過的発現したベンサミアナタバコ、並びにCqCYP76AD1、CqDODA1-2及びCqCDOPA5GTを一過的発現したベンサミアナタバコの両方について、抽出したサンプルにおいてS体のベタニンの単一ピークが検出された(
図5C)。
以上より、チロシンのフェノール環の3位を水酸化する活性を有する酵素をコードする遺伝子、L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子並びにフェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素をコードする遺伝子の遺伝子群が導入された宿主である植物体は、ベタレイン色素の1つであるS体のベタニンの合成能を有する。
【実施例3】
【0037】
<細胞でのベタレイン合成能の評価>
宿主である細胞でのベタレイン合成能について、以下の方法により該合成能を有しないタバコBY2細胞で評価した。
【0038】
[タバコBY2細胞における恒常的発現解析]
形質転換アグロバクテリウムが保持するプラスミドについて、以下の組み合わせでタバコBY2細胞にアグロバクテリウム法を用いて導入した(Hagiwara, Y., Komoda, K., Yamanaka, T., et al.2003,Subcellularlocalizationof host and viral proteins associated with tobamovirusRNAreplication.EMBO J.,22, 344-53.)。得られた形質転換系統のタバコBY2細胞を用いた恒常的発現系を維持し以下の解析に利用した。
プラスミドの組み合わせは、一方のタバコBY2細胞にCqCYP76AD1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTを形質転換した。他方のタバコBY2細胞にCqCYP76AD1、空ベクター(vector control)であるpCAMBIA1301M及びCqCDOPA5GTを形質転換した。
【0039】
[ベタレイン色素抽出及びHPLC解析]
(1)形質転換系統のタバコBY2細胞サンプルを破砕し、水を加えて遠心分離(20,000 g, 10分, 15分)を行なった。遠心分離を行なった上清を回収し、同じ操作をもう1回行なった。遠心操作で得られた上清を色素抽出物としてHPLC解析を行なった。
(2)実施例2と同様の方法によりHPLC分析を行った。
【0040】
[結果]
結果を
図6に示す。
CqCYP76AD1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTを形質転換したタバコBY2細胞は赤色に変色し、ベタレイン色素が合成されたことを示した(
図6A)。CqDODA1-1の代わりに空ベクターを導入したタバコBY2細胞は白色のままであり、ベタレイン色素が合成されていないことを示した(
図6B)。
HPLC解析の結果、CqCYP76AD1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTを形質転換したタバコBY2細胞から抽出したサンプルにおいてS体のベタニンの単一ピークが検出された(
図6C)。CqDODA1-1の代わりに空ベクターを導入したタバコBY2細胞から抽出したサンプルではピークが検出されなかった(
図6C)。
以上より、チロシンのフェノール環の3位を水酸化する活性を有する酵素をコードする遺伝子、L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子並びにフェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素をコードする遺伝子の遺伝子群が導入された宿主である細胞は、ベタレイン色素の1つであるS体のベタニンの合成能を有する。
【0041】
過去の報告では、キヌア以外の植物由来の3つの合成遺伝子(CYP76AD1、DODA1-1、CDOPA5GT)を用いたベタレイン合成結果が報告されている(非特許文献2及び3)。しかし、それらの報告では、ベタニン(S体)が生産されるのと同時に、立体異性体であるイソベタニン(R体)が同時に合成されている。立体異性体の出現は、DODA1が関わる反応によるものであり、過去の知見で、オシロイバナのDODA1は、ベタニンの前駆体(S体)を88%、イソベタニンの前駆体(R体)を12%合成することを報告している(非特許文献1)。これらの報告と本実施例の結果より、本発明の係るキヌアから単離されたDODA1-1、DODA1-2は、実質的にベタニンのみを合成することができる新規なDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素であることが明らかとなった。
【実施例4】
【0042】
<キヌアDODA1ホモログを形質転換したアグロバクテリウムの作製>
CqDODA1ホモログであるCqDODA1-3、CqDODA1-4、CqDODA1-5及びCqDODA1-6について、実施例1と同様の方法によりベタレイン合成能を確認する。
【0043】
PCRに以下のプライマーを使用し、増幅したPCR断片を以下の制限酵素で切断する点以外は実施例1と同様の方法で行なう。
PCRプライマーは、CqDODA1-3(配列番号22)は配列番号9及び10、CqDODA1-4(配列番号24)は配列番号11及び12、CqDODA1-5(配列番号26)は配列番号13及び14、CqDODA1-6(配列番号28)は配列番号15及び16を用いる。
増幅したPCR断片を制限酵素(CqDODA1-3〜1-6: EcoRI及びBamHI)で切断する。
構築したベクターは、
図3に記載のように、pCAMBIA_CqDODA1-3-ox、pCAMBIA_CqDODA1-4-ox、pCAMBIA_CqDODA1-5-ox、pCAMBIA_CqDODA1-6-oxである。
【0044】
[アグロバクテリウム形質転換法]
上記の構築したプラスミドを実施例1と同様の方法でアグロバクテリウムに導入し形質転換アグロバクテリウムを作製する。
【実施例5】
【0045】
<キヌアDODA1ホモログによるベンサミアナタバコにおけるベタレイン合成能の評価>
CqDODA1-3、CqDODA1-4、CqDODA1-5又はCqDODA1-6のベタレイン合成能について、以下の方法により該合成能を有しないベンサミアナタバコに導入することにより評価する。
【0046】
[ベンサミアナタバコにおける一過的発現解析]
実施例1で作製したCqCYP76AD1及びCqCDOPA5GT形質転換アグロバクテリウム、並びに実施例4で作製したCqDODA1-3、CqDODA1-4、CqDODA1-5又はCqDODA1-6形質転換アグロバクテリウムについて、それぞれ3 mlのLB培地で培養する。
CqCYP76AD1、CqDODA1-3及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、CqCYP76AD1、CqDODA1-4及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、CqCYP76AD1、CqDODA1-5及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、あるいはCqCYP76AD1、CqDODA1-6及びCqCDOPA5GTの組み合わせで混合菌液を作製する。
作製した混合菌液を実施例2と同様の方法によりベンサミアナタバコに接種する。接種から3〜5日育成後、育成したベンサミアナタバコの緑葉を以下の解析に利用する。
【0047】
[ベタレイン色素抽出及びHPLC解析]
実施例2と同様の方法によりベタレイン色素抽出及びHPLC分析を行う。
【0048】
[結果]
CqCYP76AD1、CqDODA1-3及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、CqCYP76AD1、CqDODA1-4及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、CqCYP76AD1、CqDODA1-5及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、あるいはCqCYP76AD1、CqDODA1-6及びCqCDOPA5GTの組み合わせの全てにおいて、一過的発現したベンサミアナタバコの葉は赤色に変色し、赤色色素が合成されたことを確認する。
HPLC解析の結果、CqCYP76AD1、CqDODA1-3及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、CqCYP76AD1、CqDODA1-4及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、CqCYP76AD1、CqDODA1-5及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、あるいはCqCYP76AD1、CqDODA1-6及びCqCDOPA5GTの組み合わせの全てにおいて、一過的発現したベンサミアナタバコから抽出したサンプルにおいてベタレイン色素の1つであるS体のベタニンの単一ピークを確認する。
よって、CqDODA1-3、CqDODA1-4、CqDODA1-5及びCqDODA1-6の全てのCqDODA1において、S体のベタニンの生産に用いることができる。
【実施例6】
【0049】
<キヌア由来ベタレイン合成遺伝子と他植物由来ベタレイン合成遺伝子との相同性確認>
CqCYP76AD1、CqDODA1-1、CqDODA1-2及びCqCDOPA5GTがコードするタンパク質について、他植物由来のタンパク質と相同性を確認した。さらに、CqDODA1-1〜1-6間の相同性を確認した。
【0050】
[結果]
CqCYP76AD1はビートCYP76AD1に対して88%、CqCDOPA5GTはビートCDOPA5GTに対して77%の相同性を示した。一方、CqDODA1-1及びCqDODA1-2は、共にビートDODA1に対して69%と低い相同性であった。更にCqDODA1-1及びCqDODA1-2を、オシロイバナDODA1と比較したところ、54%及び53%と低い相同性を示した。
今回単離したキヌアのDODA1(CqDODA1-1〜1-6)の活性部位の配列は、HPLDETPHYHGGVAPWAAX
1FDSWLDX
2ALTX
3GRX
4EEVNTYETKAPNWEL(X
1はD又はEを示し、X
2はL、V又はTを示し、X
3はK又はNを示し、X
4はF又はIを示す:配列番号33)であった(
図2B)。過去の報告では、他植物由来のDODA1の活性部位の保存配列が報告されている(
図2A)(Christinet, L., Burdet, F.X., Zaiko, M., Hinz, U. andZryd,J.P.2004,Characterization and functional identification of anovelplant4,5-extradioldioxygenase involved in betalain pigment biosynthesisinPortulacagrandiflora.Plant Physiol., 134, 265-74.)。
以上により、今回単離したキヌアのDODA1(特に、活性部位)の配列は、他植物由来のDODA1(特に、活性部位)位の配列は明らかに異なることを確認した(
図2A及びB)。
【実施例7】
【0051】
<キヌア胚軸の色素解析>
赤色を有するキヌア胚軸に蓄積される色素を解析した。
キヌア系統Kd及びCQ127を用いた。キヌア胚軸から実施例2と同様の方法によりベタレイン色素抽出及びHPLC解析を行った。より詳しくは、装置はLC-20AD(島津製作所)を用い、25℃の条件で行った。分析溶媒には0.05%トリフルオロ酢酸及び0.05%アセトニトリルを含む水を用いた。
HPLC解析の結果、アマランチン及びセロシアニンIIがメインピークとして検出され、ベタニンのピークがわずかに検出された。
【実施例8】
【0052】
<キヌア由来アマランチン合成酵素遺伝子の単離及びアマランチン合成能評価>
実施例7の結果より、アマランチン合成酵素単離のための系統解析を行い、得られた候補遺伝子のアマランチン合成能をベンサミアナタバコで評価した。
【0053】
[アマランチン合成酵素単離のための系統解析]
アマランチンはベタニンに糖が付加されたベタレイン色素である。アラビドプシスにおける植物色素のフラボノールの配糖化酵素であるflavonoid 3-O-glucoside:2″-O-glucosyltransferase(UGT79B6, At5g54010, NP_200212)を用いてClustalWアルゴリズム(J.D. Thompson, D.G. Higgins, T.J. Gibson, CLUSTAL W:improvingthesensitivityof progressive multiple sequence alignmentthroughsequenceweighting,position-specific gap penalties and weight matrixchoice,NucleicAcids Res., 22(1994) 4673-4680.)による系統樹解析を行った。なお、Mega7softwareによる近隣結合アルゴリズム(neighbor joiningalgorithm)を用いて系統樹を構築した。
【0054】
[結果]
構築した系統樹を
図8に示す。キヌアには17個のホモログが存在し、2つのグループに分かれた。
フラボノールを修飾するflavonoid3-O-glucoside:2″-O-glucosyltransferaseが属さないグループについて、キヌア胚軸での発現を調べた結果、アクセッション番号XP_021754077.1、XP_021735839.1及びXP_021735840.1の発現が確認できた。
【0055】
[ベンサミアナタバコにおける一過的発現解析]
上記3つの遺伝子及びXP_021743749の遺伝子について、アマランチン合成酵素活性を評価した。
実施例1と同様の方法によりアグロバクテリウムに形質転換した。以下の組み合わせで実施例2と同様の方法によりベンサミアナタバコの緑葉にアグロインフィルトレーション法を用いて接種した。該組み合わせの各緑葉サンプル及びキヌア胚軸抽出サンプル(コントロール)について、実施例2と同様の方法によりベタレイン色素抽出及びHPLC解析を行った。
(1)XP_021754077.1を含む組み合わせ
ベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、CqDODA1、P19(Protein19)及びXP_021754077.1を一過的に導入した。
(2)XP_021735839.1を含む組み合わせ
ベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、CqDODA1、P19及びXP_021735839.1を一過的に導入した。
(3)XP_021735840.1を含む組み合わせ
ベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、CqDODA1、P19及びXP_021735840.1を一過的に導入した。
(4)XP_021743749を含む組み合わせ
ベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、CqDODA1、P19及びXP_021743749を一過的に導入した。
(5)空ベクターを含む組み合わせ
ベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、CqDODA1、P19及び空ベクター(vectorcontrol)であるpCAMBIA1301Mを一過的に導入した。
【0056】
[結果]
アグロインフィルトレーションの結果を
図9に示す。
HPLC解析の結果、CqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、CqDODA1、P19(Protein 19)及びXP_021754077.1を形質転換したベンサミアナタバコから抽出したサンプル並びにコントロールのキヌア胚軸抽出サンプル(Hypocotyl extract)においてアマランチンのピークが検出され、イソアマランチンは検出されなかった(
図10)。空ベクターを導入したベンサミアナタバコから抽出したサンプル(−)ではベタニンのピークが検出され、アマランチンのピークが検出されなかった(
図10)。
よって、XP_021754077.1(配列番号37)は、アマランチン合成酵素をコードする遺伝子であり、ベタニンに糖を付加する酵素活性を有することを確認した。なお、XP_021754077とアラビドプシスのflavonoid3-O-glucoside:2″-O-glucosyltransferaseとの相同性は46%であった。すなわち、、アマランチン合成酵素は、公知の酵素とはまったく異なることを確認した。
以上より、チロシンのフェノール環の3位を水酸化する活性を有する酵素をコードする遺伝子、L−DOPAオキシダーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素をコードする遺伝子、フェノール性水酸基に糖を付加する活性を有する酵素をコードする遺伝子並びにアマランチン合成酵素をコードする遺伝子の遺伝子群が導入された宿主である植物体は、ベタレイン色素の1つであるアマランチンの合成能を有する。
【実施例9】
【0057】
<オシロイバナ由来ベタレイン合成能遺伝子のベタレイン合成能評価>
オシロイバナのDODA1が実質的にベタニンのみを合成できるかどうかを調べた。
【0058】
[ベンサミアナタバコにおける一過的発現解析]
オシロイバナのDODA1遺伝子(MjDODA1;配列番号35)について、実施例1と同様の方法によりアグロバクテリウムに形質転換した。以下の組み合わせで実施例2と同様の方法によりベンサミアナタバコの緑葉にアグロインフィルトレーション法を用いて接種した。該組み合わせの各緑葉サンプルについて、実施例2と同様の方法によりベタレイン色素抽出及びHPLC解析を行った。
(1)MjDODA1を含む組み合わせ
ベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、P19及びMjDODA1を一過的に導入した。
(2)CqDODA-1(CqDODA1-1)を含む組み合わせ
ベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、P19及びCqDODA-1を一過的に導入した。
(3)CqDODA-5(CqDODA1-5)を含む組み合わせ
ベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、P19及びCqDODA-5を一過的に導入した。
(4)CqDODA-6(CqDODA1-6)を含む組み合わせ
ベンサミアナタバコにCqCYP76AD1、CqCDOPA5GT、P19及びCqDODA-6を一過的に導入した。
【0059】
[結果]
アグロインフィルトレーションの結果、全ての組み合わせにおいて葉が赤色に変色し、赤色色素が合成されたことを示した(
図11)。
HPLC解析の結果、CqDODA-1、CqDODA-5及びCqDODA-6だけでなく、MjDODA1を一過的発現したベンサミアナタバコから抽出したサンプルにおいてもベタニンの単一ピークが検出され、イソベタニンは検出されなかった(
図12)。
よって、オシロイバナのDODA1(MjDODA1)は、実質的にベタニンのみを合成することができるDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性を有する酵素であることが明らかとなった。
【実施例10】
【0060】
<ghy変異体の作製及び原因遺伝子の機能評価>
キヌアにおいてベタレイン色素合成に関与する遺伝子の変異体を作製し、該変異体を用いてベタレイン色素合成に関する機能解析を行った。
【0061】
[エチルメタンスルホン酸(EMS)による突然変異誘発]
キヌア系統Kd(京都大学より入手)及びCQ127{アメリカ合衆国農務省(USDA)より入手}の種子を23℃12時間明期/12時間暗期の条件で生育した。生育した植物体のEMS処理を株式会社インプランタイノベーションズに委託して行った。EMS処理した種子を生育し、M1を得てM3世代まで生育した。M3を突然変異解析に用いた。
【0062】
[突然変異解析]
TruSeq library preparation kit(イルミナ社)を用いてライブラリーを構築した。候補SNPsをMutMap pipeline ver.1.4.4(http://genome-e.ibrc.or.jp/home/bioinformatics-team/mutmap)を用いて解析した(参照:H.Li, R. Durbin, Fast and accurate short read alignment withBurrows-Wheelertransform,Bioinformatics, 25 (2009) 1754-1760.;H. Li, B. Handsaker, A.Wysoker, T. Fennell, J. Ruan, N. Homer, G.Marth, G. Abecasis, R.Durbin, TheSequence Alignment/Map format and SAMtools,Bioinformatics, 25 (2009)2078-2079.)。
【0063】
[結果]
突然変異解析の結果、2つの緑色胚軸変異体(ghy)系列を発見し、ghy1及びghy2と名付けた。色素解析の結果、両変異体共にベタシアニン色素の蓄積はみられず、ghy変異体はベタレイン色素合成系に異常があることが予想された。
【0064】
[原因遺伝子の同定]
ghy1及びghy2のM3種子は、分離試験により野生型:ghy=3:1に分離された。両表現型について、シークエンスにより配列決定し、MutMap
+法に供し(R. Fekih, H. Takagi, M. Tamiru et al, MutMap+: genetic mappingandmutant identificationwithout crossing in rice, PLoS One, 8 (2013) e68529.)、ghy変異体の原因遺伝子のSNPsを同定した。
これらの同定したSNPsのうち、CqCYPAD1-1(Gene ID:110733547)の点突然変異により、ghy1において371番目のアルギニンがシステインに置換し、ghy2において124番目のトリプトファンが終始コドンに置換していることを確認した。
すなわち、371番目のアルギニンがシステインに置換したCqCYPAD1-1及び124番目のトリプトファンが終始コドンに置換したCqCYPAD1-1を確認した。
【0065】
[ghy1−ghy2交雑試験]
CqCYPAD1-1が原因遺伝子であることを確認するため、ghy1及びghy2を交雑した。その結果、F1植物体は全て緑色胚軸表現型を示した(n=6)。
よって、CqCYPAD1-1の変異が緑色胚軸表現型の原因であり、CqCYPAD1-1がベタシアニン色素合成に関与することを確認した。
【0066】
[CqCYPAD1-1機能解析]
(1)CqCYPAD1-1の過剰発現
機能解析のためghy1変異体のCqCYPAD1-1を過剰発現させた。CqCYPAD1-1過剰発現ベクターを構築し、Rhizobium rhizogenes(ATCC15834)に導入した。Rhizobium rhizogenes形質転換体をghy1変異体の毛状根に感染した。その結果、該毛状根において赤色色素形成が観察された。
(2)ベンサミアナタバコでのCYP76AD1活性評価
実施例2と同様の方法によりベンサミアナタバコの緑葉にCqCYP76AD1-1、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、あるいは、CqCYP76AD1-1_R371C(371番目のアルギニンがシステインに置換したCqCYP76AD1-1)、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTの組み合わせを一過的発現した。その結果、前者の組み合わせでは葉が赤色に変色したのに対し、後者の組み合わせでは葉が変色しなかった。よって、CqCYP76AD1-1がCYP76AD1活性を有することを確認した。また、CqCYP76AD1-1_R371C形質転換体ではベタレインの蓄積は観察されなかった。
(3)キヌア種子におけるCqCYP76AD1-1発現解析
キヌア種子においてCqCYP76AD1-1発現解析を行った。その結果、CqCYP76AD1-1は、明暗条件では赤色色素がみられる子葉及び胚軸で高い発現を示した。一方、CqCYP76AD1-1は、恒暗条件では種まき2日後の子葉で発現がみられたが、胚軸では発現がみられなかった。よって、胚軸のCqCYP76AD1-1の発現は光依存性であることが明らかとなった。
【0067】
[CqCYPAD1-2機能解析]
(1)胚軸でのCqCYP76AD1-2発現解析
塩基配列解析に基づきCqCYP76AD1-2が酵素活性を有すると予想した。RT-PCRにより胚軸でのCqCYP76AD1-2発現を解析した結果、Kd系統ではCqCYP76AD1-2のORF由来の増幅断片が確認されたが、CQ127系統ではCqCYP76AD1-2ゲノム由来の増幅断片が確認された。CqCYP76AD1-2のスプライシングジャンクションも確認された。CQ127系統ではSNPがスプライシング領域で起こり、23-bp欠失が3'スプライシング領域近傍に存在した。
(2)ベンサミアナタバコでのCYP76AD1活性評価
実施例2と同様の方法によりベンサミアナタバコの緑葉にKd系統由来のCqCYP76AD1-2のゲノム領域、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTの組み合わせ、あるいは、Kd系統由来のCqCYP76AD1-2のcDNA、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTの組み合わせを一過的発現した。その結果、両者共に葉が赤色に変色した。HPLC解析及びMS解析の結果、この色素形成がベタニンによるものであることを確認した。一方、実施例2と同様の方法によりベンサミアナタバコの緑葉にCQ127系統由来のCqCYP76AD1-2のゲノム領域、CqDODA1-1及びCqCDOPA5GTの組み合わせを一過的発現した結果、赤色色素形成はみられなかった。よって、CqCYP76AD1-2は、Kd系統由来のゲノムにおいて正常に機能し、CQ127系統由来のゲノムにおいてミススプライシングにより機能していないことが明らかとなった。
【0068】
[ghy変異体の有用性]
CqCYP76AD1-1の発現は胚軸において光曝露により起こる。この結果、発芽直後の胚軸においてベタレイン色素が蓄積される。これは、植物体を環境ストレス及び生物ストレスから保護するためである(G.Polturak, N. Grossman, D. Vela-Corcia, Y. Dong, A. Nudel, M.Pliner, M. Levy,I.Rogachev, A. Aharoni, Engineered gray mold resistance,antioxidant capacity,and pigmentationin betalain-producing crops andornamentals, Proc. Natl. Acad.Sci. U. S. A., 114 (2017)9062-9067.、G. Jain, K.E. Schwinn,K.S. Gould, Betalain induction by l-DOPAapplication confers photoprotection tosaline-exposed leaves of Disphymaaustrale, New Phytol., 207 (2015)1075-1083.)。キヌアを含む75種のChenopodiumの全てで胚軸での赤色色素形成が観察された。よって、ベタレイン色素は環境ストレス耐性の1要素である。
ghy変異体はベタシアニンの蓄積を示さず、胚軸におけるベタシアニンの生理学的機能の解明に有用である。
ghy表現型はM3世代で現れたが、異質四倍体キヌアにおいて、この世代の変異は現れそないと考えられる。キヌアは、相同遺伝子の1対を喪失しているかもしれない。実際にCqCYP76AD1-1及びCqCYP76AD1-2の相同遺伝子は機能を失い、偽遺伝子となっていた。CQ127系統において、CqCYP76AD1-2はミススプライシングにより機能を喪失し、CqCYP76AD1-1のみが正常に機能した。ghy変異体におけるM3で変異が現れる特性は、異質四倍体キヌアにおいて単一遺伝子により制御されることが予想される。
ghy1変異体は、CYP76AD1活性解析に有効である。このことは3D構造モデリングにおいてghy1の変異があるCqCYP76AD1-1の371番目の残基が活性中心に近いことからも支持される。
通常ベタレインをつくる植物の形質転換は困難である。一方、ghyはアグロバクテリウムに感染しやすくなり、ghy変異体を用いることにより形質転換が可能になる。
ベタレインは形質転換を阻害している可能性が高い。ghy変異体はベタレインを合成しないため再分化能力が高い。
すなわち、本発明は、緑色胚軸変異体(ghy)系列であるghy1及びghy2も対象とする。
また、本発明は、371番目のアルギニンがシステインに置換したCqCYPAD1-1及び124番目のトリプトファンが終始コドンに置換したCqCYPAD1-1も対象とする。