特許第6987054号(P6987054)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6987054
(24)【登録日】2021年12月2日
(45)【発行日】2021年12月22日
(54)【発明の名称】蛍光体及び発光装置
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/64 20060101AFI20211213BHJP
   H01L 33/50 20100101ALI20211213BHJP
【FI】
   C09K11/64
   H01L33/50
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-525205(P2018-525205)
(86)(22)【出願日】2017年6月28日
(86)【国際出願番号】JP2017023735
(87)【国際公開番号】WO2018003848
(87)【国際公開日】20180104
【審査請求日】2020年5月15日
(31)【優先権主張番号】特願2016-130818(P2016-130818)
(32)【優先日】2016年6月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100185591
【弁理士】
【氏名又は名称】中塚 岳
(72)【発明者】
【氏名】野見山 智宏
(72)【発明者】
【氏名】井之上 紗織梨
【審査官】 黒川 美陶
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−213839(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/018873(WO,A1)
【文献】 国際公開第2008/004640(WO,A1)
【文献】 特開2014−221890(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/073598(WO,A1)
【文献】 特開2010−196049(JP,A)
【文献】 特開2009−132916(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/64
H01L 33/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光体表面に、安定OH基が10個/nm以上の存在割合で結合している、発光付活元素を含み、
酸素含有割合が0.4質量%以上1.3質量%以下である、Li−αサイアロン蛍光体。
【請求項2】
発光付活元素がEuである、請求項1記載のLi−αサイアロン蛍光体。
【請求項3】
Li含有割合が1.8質量%以上3.0質量%以下である、請求項1または2記載のLi−αサイアロン蛍光体。
【請求項4】
Eu含有割合が0.1質量%以上1.5質量%以下である、請求項1〜3いずれか一項記載のLi−αサイアロン蛍光体。
【請求項5】
酸素含有割合が0.4質量%以上1.3質量%以下である請求項1〜4のいずれか一項記載のLi−αサイアロン蛍光体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項記載のLi−αサイアロン蛍光体と、前記蛍光体に励起光を照射する発光光源とを有する、発光素子。
【請求項7】
発光光源が、発光ダイオード又はレーザーダイオードである、請求項6記載の発光素子。
【請求項8】
請求項6または7記載の発光素子を備える、発光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Li−αサイアロン蛍光体、及び前記蛍光体と発光光源とを有する発光素子、及び前記発光素子を備える発光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
発光光源である青色発光ダイオード(青色LED)やレーザーダイオード(LD)が発する光と、発光光源の比較的エネルギーが高く、波長の短い光の一部を励起光として吸収して、波長の長い別の色に変換する蛍光体が発する光とを合成し、2次的な混色光を放つ発光素子、特に白色発光ダイオード(白色LED)の特性向上が、現在精力的に進められている。白色LEDでは、例えば発光光源となる青色LEDを、蛍光体を含む樹脂等の封止材で封止する構造を一般的に有しているが、通常、前記蛍光体は、黄色蛍光体であるか、または赤色蛍光体と緑色蛍光体の組合せであり、封止する樹脂中に微分散されて用いられる。
【0003】
白色LEDに用いられる赤色蛍光体として、例えばαサイアロン蛍光体が挙げられる。さらにそのバリエーションとして、αサイアロン蛍光体として発光させるための付活元素(発光付活元素という)を固溶させたことにより、全体的に不安定化した蛍光体母体結晶、即ちαサイアロン蛍光体結晶内の一部の空隙に、Ca2+をさらに含ませることにより、母体結晶の安定化を図った、例えば一般式:CaEuSi12−(m+n)Al(m+n)OnN16−nで表される、Ca−αサイアロン蛍光体(特許文献1参照)が知られている。
【0004】
また近年では、αサイアロン蛍光体のさらなる輝度向上や蛍光スペクトルの短波長化が検討された結果、蛍光体母体結晶の構造を安定化させるための金属イオンとして、Liを用いたLi―αサイアロン蛍光体が提案されている(特許文献2〜4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−363554号公報
【特許文献2】国際公開第2007/004493号パンフレット
【特許文献3】特開2010−202738号公報
【特許文献4】国際公開第2010/018873号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記Li−αサイアロン蛍光体は、Ca―αサイアロン蛍光体に比べ、輝度の改善や短波長化は達成されたが、Li−αサイアロン蛍光体を使用した発光素子では、長時間使用すると、発光素子の輝度が経時的に低下してくるという、Ca―αサイアロン蛍光体を用いた発光素子には見られなかった別の課題が生じ、その解決が求められていた。本発明の目的は、輝度の経時的低下が小さく、長期安定性に優れるLi−αサイアロン蛍光体を提供し、前記Li−αサイアロン蛍光体を用いた発光素子、さらに前記発光素子を備える発光装置を提供することである。
【0007】
本発明者らは、Li−αサイアロン蛍光体の表面近傍(本願では表面近傍と表面とをまとめて表面ということがある)に存在する水分子や、表面に結合しているOH基の性質や存在割合が、前記Li−αサイアロン蛍光体を用いた発光素子の輝度の経時変化に及ぼす影響を調査検討した結果、特に高温環境下においてもLi−αサイアロン蛍光体から脱離しにくく、前記蛍光体の表面に安定に結合しているOH基(安定OH基という)の存在割合が多いほど、輝度の経時的な低下が少ないことを見出し、本発明の完成に至った。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち本発明は、
(1)蛍光体表面に、安定OH基が10個/nm以上の存在割合で結合している、発光付活元素を含むLi−αサイアロン蛍光体である。
(2)前記Li−αサイアロン蛍光体に含まれる発光付活元素は、Euであるであることが好ましい。
(3)前記Li−αサイアロン蛍光体の、Li含有割合は1.8質量%以上3.0質量%以下であることが好ましい。
(4)前記Li−αサイアロン蛍光体の、Eu含有割合は0.1質量%以上1.5質量%以下であることが好ましい。
(5)前記Li−αサイアロン蛍光体の、酸素含有割合は0.4質量%以上1.3質量%以下であることが好ましい。
(6)前記(1)〜(5)のいずれかひとつに記載のLi−αサイアロン蛍光体と、前記蛍光体に励起光を照射する発光光源とを有する、発光素子である。
(7)前記発光素子の発光光源が、発光ダイオード又はレーザーダイオードであることが好ましい。
(8)前記(6)または(7)記載の発光素子を備える、発光装置である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の実施により、輝度の経時的低下が小さく、長期安定性が改善されたLi−αサイアロン蛍光体を含む発光素子が得られようになり、さらに前記発光素子を用いた発光装置を提供することができるようになった。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の実施態様の一つは、蛍光体表面に、安定OH基が10個/nm以上の存在割合で結合している、発光付活元素を含むLi−αサイアロン蛍光体である。なお本発明のLi−αサイアロン蛍光体は、一般に、次式:LiSi12−(m+n)Alm+n16−n(x+y≦2、m=x+2y)で表される化合物を有する蛍光体である。前記一般式で、Liはリチウムを、元素Aは発光付活元素であり、例えばMn、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Tb、Dy、Er、Tm、Ybから選ばれる一種または二種以上の元素を、Siはケイ素を、Alはアルミニウムを、Oは酸素を、Nは窒素を示している。前記Li−αサイアロン蛍光体は、α窒化ケイ素結晶のSi−N結合の一部がAl−N結合及びAl−O結合に置換され、電気的中性を保つ様に、さらにLiと元素Aが結晶内の一部の空隙に侵入固溶したものであり、前記一般式におけるm値、n値は、それぞれAl−N結合、Al−O結合への置換率に対応する。なお、Li−αサイアロン蛍光体の場合、全体構造を維持できる前記m値の範囲は、0.5以上2以下、前記n値の範囲は、0以上0.5以下である。
【0011】
本発明のLi−αサイアロン蛍光体も含め、通常物体の表面には物理的、化学的結合力が異なる水分が、水分子やOH基の形で存在または結合している。なお本発明では、Li−αサイアロン蛍光体の表面に吸着したり結合している水分について、以下のように定義する。即ち、Li−αサイアロン蛍光体を大気圧下で加熱した場合に、前記蛍光体の加熱温度200℃未満で脱離する水分を「物理吸着水」、加熱温度400℃未満で脱離する水分のうち、「物理吸着水」を除いた水分を「不安定OH基」、蛍光体を400℃以上に加熱しないと脱離しない水分を「安定OH基」とする。前記安定OH基は、カールフィッシャー法による水分分析で、蛍光体サンプルの温度を400℃以上に設定したときに初めて蛍光体表面から脱離して測定されるOH基のことである。なお、本発明のLi−αサイアロン蛍光体は、その安定OH基の存在割合に関する規定さえ満たしていれば良い。
【0012】
また本発明でいう、「安定OH基が10個/nm以上の存在割合で結合している」とは、前記安定OH基の、例えばカールフィッシャー法による水分分析による算定値が、1nmの単位面積あたり10個以上であることを意味している。安定OH基の存在割合が10個/nm未満であると、発光素子における蛍光体と封止材との密着性が不十分となり、輝度が経時的に低下しやすくなる。本発明の課題解決のためには、安定OH基の存在割合は、少なくとも10個/nm以上であり、好ましくは25個/nm以上、より好ましくは30個/nm以上、さらにより好ましくは35個/nm以上である。
【0013】
本発明のLi−αサイアロン蛍光体は、各種の蛍光体原料を混合して混合原料とする原料混合工程、混合原料を焼成して主にLi−αサイアロン蛍光体を得る焼成工程、必要に応じて実施する、焼成工程で得られた焼成体を解砕または粉砕する解砕工程、必要に応じて実施する、酸性液に浸漬して不純物等を除去する酸処理工程、必要に応じて実施する、大きさを揃える分級工程、さらにLi−αサイアロン蛍光体を、大気圧下でさらに前記焼成工程の温度以下で再加熱し、安定OH基の存在割合を調整する加熱処理工程を経ることにより製造することができる。なお、本発明のLi−αサイアロン蛍光体の安定OH基の存在割合は、加熱処理工程により増加させることも可能である。
【0014】
本発明のLi−αサイアロン蛍光体では、その焼成工程において、Li含有割合があまりに少ないと蛍光体結晶を焼成する工程における結晶粒成長の進行が非常に遅くなるため、発光輝度の高い大きな粒子が得難くなる傾向がある。また、Li含有割合が過剰であると、焼成中にLiSi等の異相(不純物等という)を生成する傾向にある。そのため、焼成工程直後の各種不純物等も含むLi−αサイアロン蛍光体中を基準としたLiの質量割合は、1.8質量%以上3.0質量%以下であることが好ましい。Li含有割合は、蛍光体の原料配合によって調整することができる。具体的にはLi含有原料としての窒化リチウムや酸化リチウムの配合比の増減で調整することができる。
【0015】
なお、本発明のLi−αサイアロン蛍光体では、蛍光特性の微調整を目的に、前記一般式のLiの一部を、Mg、Ca、Y及びランタニド元素(La、Ce、Euを除く。)からなる群から選ばれる1種以上の置換元素により、電気的中性を保ちながら置換してもよい。従って、本発明のLi−αサイアロン蛍光体の一実施形態においては、このような置換元素の1種以上によってLiが一部置換されている。
【0016】
本発明のLi−αサイアロン蛍光体の、一般式:LiSi12−(m+n)Alm+n16−n(x+y≦2、m=x+2y)における元素Aは、前記蛍光体の発光を担う元素(発光付活元素という)である。元素AとしてはMn、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Tb、Dy、Er、Tm、Ybから選ばれる一種または二種以上の元素を選択することができるが、これらの中ではEuが好ましく用いられる。
【0017】
発光付活元素である元素Aは、あまりに少ないと発光への寄与が少なくなって蛍光強度が低くなる傾向にあり、逆に一定濃度以上増やすと、元素A同士間のエネルギー伝達による、濃度消光と考えられる現象により発光輝度が小さくなる傾向にあるため、例えば元素AとしてEuを選択した場合、0.1質量%以上1.5質量%以下であることが好ましい。Eu含有割合は、蛍光体の原料配合によって調整することができる。具体的にはEu含有原料の酸化ユーロピウム、窒化ユーロピウムの配合比の増減で調整することができる。
【0018】
本発明のLi−αサイアロン蛍光体における酸素含有割合は、その輝度と関係があり0.4質量%以上1.3質量%以下であることが好ましい。蛍光体原料中の酸素含有割合が0.4質量%未満の過小であると、焼成工程において結晶粒の成長が少ないため、輝度の高い蛍光体が得難くなる傾向があり、逆に酸素含有割合が1.3質量%を越えると、蛍光スペクトルがブロード化するため、十分な輝度が得られなくなる傾向がある。
【0019】
本発明のLi−αサイアロン蛍光体は、その母体結晶であるαサイアロンをベースとし、さらにLiやEu等の元素を前記αサイアロン中に含む蛍光体であるが、蛍光特性への影響が少ない限り、副次的に生成する窒化ケイ素、窒化アルミニウム、窒化ケイ素リチウム及びそれらの固溶体等の結晶相を含んでいても良い。Li−αサイアロン蛍光体の純度は高い方が好ましいが、好ましくは95%質量以上、より好ましくは97%質量以上、更により好ましくは98%質量以上である。その上限値は特に設定する必要はないが、実質的には例えば99質量%以下とすることができる。なお、Li−αサイアロン蛍光体の純度は、X線回折装置(例えば株式会社リガク社製UltimaIV)を用い、CuKα線を用いた粉末X線回折(XRDともいう)により同定された結晶相の割合により求めることができる。
【0020】
本発明のLi−αサイアロン蛍光体の原料となる化合物は、Si源、Al源、Eu源、Li源を含む化合物である。具体的には、窒化ケイ素粉末、窒化アルミニウム粉末、酸化ユーロピウム粉末、窒化リチウム粉末が挙げられる。各原料は予め粉末状態として準備されていることが好ましい。
【0021】
原料混合工程では、まず例えば窒化ケイ素粉末、窒化アルミニウム粉末、酸化ユーロピウム粉末等の、窒化リチウム粉末以外の蛍光体の原料を、所望の割合で混合する。混合は工業的生産性を考慮すると、湿式混合により行うことが好ましい。湿式混合で用いる溶媒としては、例えばエタノールを用いることができる。湿式混合した後は溶媒除去、乾燥及び解砕を経て、予混合粉末を得る。この予混合粉末を、さらに窒化リチウム粉末と所望の割合で混合することで原料混合粉末を得る。前記予混合粉末と窒化リチウム粉末との混合は、加水分解を避けるため窒素等の不活性ガス雰囲気下で実施されることが好ましい。
【0022】
前記の原料混合粉末を焼成することにより、例えばEuで付活したLi−αサイアロン蛍光体を得ることが可能である。焼成に使用する坩堝としては、高温の雰囲気下において物理的化学的に安定な材質で構成されることが好ましく、窒化ホウ素製、カーボン製、モリブデンやタンタルなどの高融点金属製等が好ましい。焼成雰囲気としては、特に制限されないが、通常、不活性ガス雰囲気又は還元性ガス雰囲気下で行われる。不活性ガス又は還元性ガスは、1種類のみを用いてもよく、任意の2種類以上のガスを、任意の組合せ比率で併用してもよい。不活性ガス又は還元性ガスとしては、水素、窒素、アルゴン、アンモニア等が挙げられ、窒素が好ましく用いられる。焼成雰囲気の圧力は、焼成温度に応じて選択される。雰囲気圧力が高いほど、蛍光体の分解温度は高くなるが、工業的生産性を考慮するとゲージ圧0.02〜1.0MPa程度の加圧下で行うことが好ましい。焼成温度は、1650℃よりも低いと、母体結晶の結晶欠陥や未反応残存量が多くなり、1900℃を超えると母体結晶が分解するので好ましくない。このため、焼成温度は1650〜1900℃とすることが好ましい。焼成時間は短いと母体結晶の結晶欠陥や未反応残存量が多く、焼成時間が長くなると工業的生産性を考慮すると好ましくない。そのため、2〜24時間とすることが好ましい。焼成工程で得られたLi−αサイアロン蛍光体は、以降の操作の必要に応じて、所望の粒度になるよう解砕や分級してもよい。
【0023】
焼成工程で得られた直後のLi−αサイアロン蛍光体は、一般に前記蛍光体の結晶割合が十分高くない場合もあり、そのままでは望まれる蛍光特性を発現することが困難であるため、例えばフッ化水素酸及び硝酸の混合液などで酸処理して、Li−αサイアロン蛍光体の結晶割合を高めることができる。
【0024】
本発明のLi−αサイアロン蛍光体は、通常発光素子の封止樹脂中に微分散させて用いられるため、微粒子状として用いられるが、本発明のLi−αサイアロン蛍光体の粒径は、過度に小さいと蛍光強度が低くなる傾向にあり、過度に大きいと蛍光体を含む樹脂等で封止したLEDの、発光色の色度にバラツキが生じたり発光色の色むらが生じたりする傾向にあるため、本発明のLi−αサイアロン蛍光体の、レーザー回折・散乱法による体積基準のメジアン径(D50)で表した平均一次粒子径は、7μm以上35μm以下であることが好ましい。従って、高輝度で色むらを引き起こさない蛍光体を得るためには、適度に解砕した本発明のLi−αサイアロン蛍光体を酸処理した後に、さらに分級工程を設け、微粉を取り除くことが好ましい。分級工程には湿式及び乾式の何れの方式を採用してもよいが、例えば、酸処理後のLi−αサイアロン蛍光体を、イオン交換水と分散剤であるヘキサメタリン酸ナトリウムとの混合溶媒中、またはイオン交換水とアンモニア水との混合塩基性溶媒中に分散し、粒子径の違いによる静置後の沈降速度の差を利用する水簸分級、又は篩を用いた乾式分級が好ましい。
【0025】
酸処理工程及び分級工程を経ることで、一般に有効なLi−αサイアロン蛍光体の結晶割合を高められるため、発光効率の高い蛍光体を得ることができるが、そのままでは発光素子並びに発光装置で長時間使用すると、発光素子の輝度が経時的に低下する。そのため本発明では、Li−αサイアロン蛍光体の表面に存在または結合している水分子やOH基の存在割合が、前記蛍光体を含む発光素子の輝度の経時変化に影響を及ぼすこと、また前記Li−αサイアロン蛍光体の表面に結合しているOH基のうち、安定に結合しているOH基(安定OH基)の存在割合を調節しうることを、新たな知見として見出した上で、輝度の経時的低下をおこし難いLi−αサイアロン蛍光体の発明に到ったものである。なお、輝度の経時的低下が小さく、長期安定性に優れる発光素子を提供できるLi−αサイアロン蛍光体を得るためは、高温環境下においてもLi−αサイアロン蛍光体から脱離しにくい安定OH基の存在割合を10個/nm以上にすればよい。安定OH基の存在割合を調節するためには、具体的には、Li−αサイアロン蛍光体を加熱処理することが好ましい。加熱処理する場合の雰囲気に特に限定はないが、大気、窒素、水素の雰囲気が好ましく、特に大気雰囲気が好ましい。なお加熱処理する場合の加熱処理温度は少なくとも、400℃以上で初めて脱離する安定OH基のみを表面に残すようにするためには、1000℃以下であることが好ましく、700℃以下であることがより好ましく、500℃以下であることが更により好ましい。また、加熱処理温度の下限は、100℃以上であることが好ましく、200℃以上であることがより好ましく、400℃以上であることが更により好ましい。加熱処理温度が1000℃以上であると、Li−αサイアロン蛍光体自身に特性劣化を生じるため輝度が低下する。一方、100℃以上であれば、保持時間を調整することにより安定OH基の存在割合を調節することができる。Li−αサイアロン蛍光体を加熱処理する時間は、加熱温度にもよるが3時間以上であることが好ましく、量産効率面を考慮すると20時間未満であることが好ましい。但し本発明は、Li−αサイアロン蛍光体表面に安定に結合している安定OH基の存在割合を10個/nm以上にすればよく、加熱温度および保持時間に関して特に限定されるものではない。
【0026】
本発明の第二の実施態様は、本発明の第一の実施態様であるLi−αサイアロン蛍光体と発光光源とを有する発光素子である。前記の発光光源は、発光ピーク波長が240nm以上480nm以下である単色光のLEDまたはLDが好ましい。光源のピーク波長が240nm以上480nm以下の単色光は、最も多く使用されている青色LEDのピーク波長域でもあり、またLi−αサイアロン蛍光体は、前記範囲の波長の光で効率よく励起され高い輝度で発光するためである。
【0027】
本発明のLi−αサイアロン蛍光体と発光光源とを備える発光素子は、例えば次のようにして製造することができる。まず、本発明の蛍光体を封止材と混合し、スラリーを調整する。例えば、封止材100質量部に対して30〜50質量部の割合で混合してスラリーを調整することができる。封止材としては、例えば熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、光硬化性樹脂等が挙げられる。具体的には、例えば、ポリメタアクリル酸メチル等のメタアクリル樹脂;ポリスチレン、スチレン−アクリロニトリル共重合体等のスチレン樹脂;ポリカーボネート樹脂;ポリエステル樹脂;フェノキシ樹脂;ブチラール樹脂;ポリビニルアルコール;エチルセルロース、セルロースアセテート、セルロースアセテートブチレート等のセルロース系樹脂;エポキシ樹脂;フェノール樹脂;シリコーン樹脂等が挙げられる。また、無機系材料、例えば、金属アルコキシド、セラミック前駆体ポリマー若しくは金属アルコキシドを含有する溶液をゾル−ゲル法により加水分解重合して成る溶液又はこれらの組み合わせを固化した無機系材料、例えばシロキサン結合を有する無機系材料を用いることもできる。また、LEDチップに直接触れず外付け可能な封止部(例えば、外部キャップ、ドーム状の封止部など)であれば、溶融法ガラスも用いることができる。なお、封止材は、1種を用いても良く、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用しても良い。
【0028】
封止材の中でも、熱硬化性を有し且つ常温で流動性を有する樹脂を使用することが分散性や成形性の理由により好ましい。熱硬化性を有し且つ常温で流動性を有する樹脂としては、例えばシリコーン樹脂が使用される。例えば、東レ・ダウコーニング株式会社製、商品名:JCR6175、OE6631、OE6635、OE6636、OE6650などを挙げることができる。
【0029】
次に、例えば460nmに発光ピーク波長を有する青色LEDチップが実装されたトップビュータイプパッケージに、上記スラリー3〜4μLを注入する。このスラリーが注入されたトップビュータイプパッケージを140〜160℃の範囲の温度にて2〜2.5時間の範囲で加熱し、スラリーを硬化させる。このようにして、波長420〜480nmの範囲の光を吸収し、且つ480nmを超え800nm以下の波長の光を放出する発光素子を製造することができる。
【0030】
本発明の第二の実施態様である、本発明の第一の実施態様であるLi−αサイアロン蛍光体を含む発光素子の、使用時の長期安定性を評価する場合は、例えば、青色発光ダイオードと蛍光体とを組み合わせた発光素子サンプルを実際に作製し、前記発光素子サンプルに、高温高湿の環境下に放置しながらの通電試験を実施し、通電試験開始直後及び所定時間経過後の各全光束測定値から求めた光束保持率(%)により評価することができる。通電試験開始直後の光束値を基準とするため、所定時間後の光束保持率は100%に近いことが望ましい。
【0031】
本発明の第三の実施態様は、前記の発光素子を備える発光装置である。本発明でいう発光装置のより具体的な例としては、信号機、ディスプレイ装置など情報を表示する装置、また自動車等の車両用ヘッドライトや、白熱灯、蛍光ランプ等に代わる照明装置が挙げられる。
【実施例】
【0032】
本発明に係る実施例を比較例と比較しつつ、表を用いて説明する。
【0033】
<実施例1>
実施例1の蛍光体の製造方法について説明する。蛍光体は、原料の混合工程、焼成工程を経ることによって製造した。
【0034】
(原料混合工程)
実施例1の蛍光体の原料は、Si(宇部興産社製E10グレード)、AlN(トクヤマ社製Fグレード)、Eu(信越化学工業社製RUグレード)、LiN粉末(Materion社製純度99.5質量%、−60mesh)である。まず、Si:AlN:Eu=84.5:14.8:0.64のmol比となる様に秤量し、混合して予混合粉末を得た。
【0035】
前記予混合粉末と前記LiN粉末を、窒素雰囲気下にて予混合粉末のモル数(Si、AlN、及びEuの合計モル数):LiNのモル数=94.1:5.9の比となる様に混合し、原料混合粉末を得た。
【0036】
(焼成工程)
前記原料混合粉末をグローブボックス内で窒化ホウ素質の坩堝に充填し、カーボンヒーターの電気炉で、ゲージ圧0.8MPaの加圧窒素雰囲気中、1800℃で8時間焼成を行い、Eu付活Li−αサイアロン蛍光体を得た。
【0037】
(粉砕工程)
なお、焼成後の前記Eu付活Li−αサイアロン蛍光体は粒子形状が大きく、塊状であったため、ロールミル及びジェットミルによる乾式粉砕機により粉砕し、目開き45μm篩に押し当て通過させたものに選別した。
【0038】
(酸処理工程)
前記分級した後のEu付活Li−αサイアロン蛍光体に対しては、蛍光体100gに対して、少なくとも300mL以上のフッ化水素酸及び硝酸の混合液(80℃)中に浸漬することにより酸処理した。
【0039】
(分級工程)
酸処理工程後のLi−αサイアロン蛍光体200gを、イオン交換水と分散剤であるヘキサメタリン酸ナトリウムとの少なくとも2L以上の十分量の混合溶媒中で10分間静置することにより、5μm以下の微粉を取り除いた。
【0040】
(加熱処理工程)
分級工程後のLi−αサイアロン蛍光体を磁性坩堝に充填し、電気炉で、大気雰囲気中200℃で3時間の加熱処理を行い、実施例1に示す本発明のEu付活Li−αサイアロンを得た。
【0041】
<実施例2>
実施例2のEu付活Li−αサイアロンは、加熱処理工程の条件を大気中500℃で3時間のアニールとした以外は、実施例1と同様の製造方法を実施することにより得た。
【0042】
<実施例3>
実施例3のEu付活Li−αサイアロンは、加熱処理工程の条件を大気中700℃で3時間のアニールとした以外は、実施例1と同様の製造方法を実施することにより得た。
【0043】
<実施例4>
実施例4のEu付活Li−αサイアロンは、大気加熱工程の条件を大気中1100℃で3時間のアニールとした以外は、実施例1と同様の製造方法を実施することにより得た。
【0044】
<比較例1>
比較例1のEu付活Li−αサイアロンは、実施例1の製造工程で、酸処理工程と分級工程、加熱処理工程を省略した以外は、実施例1と同様の製造方法によって得た。
【0045】
<比較例2>
比較例2のEu付活Li−αサイアロンは、実施例1の製造工程で加熱処理工程を省略した以外は、実施例1と同様の製造方法によって得た。
【0046】
(発光素子製造工程)
実施例1〜4及び比較例1、2に係る各蛍光体を、シリコーン樹脂(東レ・ダウコーニング株式会社製、商品名:JCR6175など)100質量部に対して30質量部の割合で混合して、スラリーを調整した。その後、460nmにピーク波長を有する青色LEDチップが実装されたトップビュータイプパッケージに、上記スラリー3〜4μLを注入した。このスラリーが注入されたトップビュータイプパッケージを150℃にて2時間の範囲で加熱し、スラリーを硬化させ、サンプルとなる定格150mAの発光素子を製造した。
【0047】
実施例1〜4及び比較例1,2(以上をまとめて実施例等という)に係る各蛍光体の簡単な比較と、評価結果をまとめて表1に示す。表1は、実施例等について、酸処理工程、分級工程の実施の有無、加熱処理工程の温度、安定OH基の存在割合(単位:個/nm)、ピーク波長(単位:nm)、メジアン径(単位:μm)、全結晶相に対するαサイアロン結晶の割合(単位:%)、蛍光強度(単位:%)、LEDの光束保持率(単位:%)を示したものである。
【0048】
(主結晶相の同定)
実施例等に係る各蛍光体について、X線回折装置(株式会社リガク社製UltimaIV)を用い、CuKα線を用いた粉末X線回折(XRD)により、結晶相を同定した。実施例1〜4、比較例1、2にて得られた蛍光体のX線回折パターンは、Li―αサイアロン結晶と同一の回折パターンが認められ、主結晶相がLi―αサイアロンであることが確認された。
【0049】
(OH基数測定)
本発明における安定OH基の定量はカールフィッシャー法を用いて行った。カールフィッシャー測定は三菱化学社製水分気化装置VA−122と三菱化学社製水分測定装置CA−100を使用し、水分測定装置の陽極液にはアクアミクロンAX(三菱化学社製)、陰極液にはアクアミクロンCXU(三菱化学社製)を使用した。カールフィッシャー測定に際してはバックグラウンド値を0.10(μg/sec)に固定し、検出される水分がバックグラウンド値を下回るまで継続して測定を行った。測定は550℃で実施した。加熱処理時は蛍光体サンプルを外気にさらさないようにし、水分気化装置から発生した水分を高純度アルゴン300ml/minに同伴させカールフィッシャー装置に導入し、水分量を測定した。水分気化装置に導入するサンプルを4gで行った。
【0050】
<水分量のOH基数への換算>
カールフィッシャー測定において検出される水分は、OH基2個が縮合して1個の水分子になると考えられるため、単位面積あたりのOH基の数は、
単位面積あたりのOH基の数(個/nm)=0.0668×水分量(ppm)/蛍光体サンプルの比表面積(m/g)
の式により算出する。なお、前記式の係数である0.0668は、左辺と右辺の単位を揃えるための係数である。
【0051】
<比表面積測定>
比表面積測定はマイクロデータ社製AUTO MATIC SURFACE ANALYZER MODEL−4232−2(ローマ数字)を使用して行った。
【0052】
(メジアン径(D50))
実施例及び比較例に係る各蛍光体のメジアン径(D50)(平均一次粒子径)を、以下の要領で測定した。先ず、フッ化水素酸(濃度46〜48g/100mlの範囲)と硝酸(濃度60g/100ml)を1:1で混合したものを、蒸留水で4倍に希釈して、処理液を作製した。この処理液を、80℃に加熱し、撹拌しながら、実施例又は比較例の蛍光体を、処理液100mlに対して20g以下の量添加し、分散させた。蛍光体を分散後1時間放置し、デカンテーションにより不溶粉末を回収した。回収した不溶粉末を、水洗し、乾燥させた。乾燥後の不溶粉末について、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(ベックマン・コールター株式会社製 LS 13 320)により粒子径分布を測定し、体積基準の累積50%の粒子径を、メジアン径(D50)とした。
【0053】
実施例及び比較例に係る各蛍光体について、ローダミンBと副標準光源により補正を行った分光蛍光光度計(日立ハイテクノロジーズ社製、F−7000)を用い、光度計に付属の固体試料ホルダーを使用し、励起波長455nmでの蛍光スペクトル及びピーク波長を測定した。
【0054】
(蛍光強度)
蛍光強度は、蛍光スペクトル強度とCIE標準比視感度の積から算出した。なお、測定装置や条件によって変化するため単位は任意であり、同一条件で測定した実施例及び比較例での相対で比較した。基準として、実施例1の蛍光強度を100%とした。なお、蛍光強度は85%以上を示せば合格値である。
【0055】
(発光素子の長期安定性評価)
次に、実施例及び比較例に係る蛍光体粒子を備える発光素子について、全光束値の変化率を測定して、光束保持率を算出することにより使用時の長期安定性を評価した。全光束の変化の測定は、例えば、電子情報技術産業協会規格JEITA ED−4701/100A半導体デバイスの環境及び耐久性試験方法(寿命試験1(ローマ数字))の、高温高湿バイアス試験、試験方法102Aに準拠して、例えば青色発光ダイオードと蛍光体とを組み合わせた定格電流150mAの発光素子サンプルを作製し、温度85℃、85RH%の相対湿度下で、通電150mAの条件で発光させたまま1000時間放置する通電試験を実施し、試験開始直後の値を基準にした1000時間経過後の光束保持率(%)を、求めて評価することができる。1000時間経過後の光束保持率は95%以上であることが好ましい。光束は、全光束測定システム(Half Moon:大塚電子製HH41−0773−1)を用いて、発光素子サンプルから放出された蛍光の光束を測定した。
【0056】
表1より、実施例1〜4のLi−αサイアロン蛍光体は、比較例に比べて安定OH基の存在割合が多く10個/nm以上であり、αサイアロン結晶の割合も高かった。これにより、高い蛍光強度が得られるとともに、長時間の使用があっても発光効率の低下が少なく、電気的不良の少ない発光装置であった。実施例1〜4に係る蛍光体を用いた発光素子は、安定OH基が多く存在するため、樹脂との密着性を高めることで短絡等の電気的異常を起こす可能性が極めて小さく、長寿命となると推定される。なお、実施例4のLi−αサイアロン蛍光体は、安定OH基が多く存在するため、実施例1〜3のLi−αサイアロン蛍光体同様に光束維持率が高いが、加熱処理工程での温度が高いため、蛍光体の発光効率はやや低下する傾向を示した。
【0057】
これに対して、比較例1は安定OH基が少なく、Li−αサイアロン結晶の割合も低かったため、蛍光強度が低く、光束維持率も低下した。比較例2は、従来技術の範囲までによるLi−αサイアロン蛍光体を再現したものであり、Li−αサイアロン結晶の割合が高いため、蛍光強度は高いが、安定OH基は少なく、その光束保持率は低く長期安定性に乏しいと判断された。
【0058】
【表1】