(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6987758
(24)【登録日】2021年12月3日
(45)【発行日】2022年1月5日
(54)【発明の名称】藻類育成資材
(51)【国際特許分類】
A01G 33/00 20060101AFI20211220BHJP
【FI】
A01G33/00
【請求項の数】8
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2018-524138(P2018-524138)
(86)(22)【出願日】2017年6月21日
(86)【国際出願番号】JP2017022855
(87)【国際公開番号】WO2017221978
(87)【国際公開日】20171228
【審査請求日】2020年5月14日
(31)【優先権主張番号】特願2016-125089(P2016-125089)
(32)【優先日】2016年6月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 浩
(72)【発明者】
【氏名】荻野 匡
(72)【発明者】
【氏名】岡田 未央
(72)【発明者】
【氏名】一條 利治
(72)【発明者】
【氏名】楯 洋亮
【審査官】
坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−102743(JP,A)
【文献】
特開2015−78155(JP,A)
【文献】
特開2015−154726(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
若年炭を硝酸酸化した腐植酸であって、分子量画分が10kDa以上30kDa未満である腐植酸と鉄資材を含む藻類育成資材。
【請求項2】
腐植酸が、泥炭、亜炭、褐炭、亜瀝青炭からなる群から選択される1種以上の若年炭を硝酸酸化した腐植酸である、請求項1に記載の藻類育成資材。
【請求項3】
鉄資材が、塩化鉄、または鉱さいけい酸質肥料であることを特徴とする、請求項1または2に記載の藻類育成資材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の藻類育成資材を用いた、藻類の育成方法。
【請求項5】
若年炭を硝酸酸化して分子量画分が10kDa以上30kDa未満である腐植酸を調製し、前記腐植酸と鉄資材とを混合する、藻類育成資材の製造方法。
【請求項6】
腐植酸が、泥炭、亜炭、褐炭、亜瀝青炭からなる群から選択される1種以上の若年炭を硝酸酸化した腐植酸である、請求項5に記載の藻類育成資材の製造方法。
【請求項7】
鉄資材が、塩化鉄、または鉱さいけい酸質肥料であることを特徴とする、請求項5または6に記載の藻類育成資材の製造方法。
【請求項8】
圧密造粒または転動造粒を用いることを特徴とする、請求項5〜7のいずれか一項に記載の藻類育成資材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は藻類育成資材、藻類の育成方法、及び藻類育成資材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本沿岸で「磯焼け」と呼ばれる現象が発生している。沿岸域の鉄等の栄養成分不足が原因と考えられ、これらを改善する技術が種々提案されている(特許文献1、2、3、4、5)。
【0003】
海産藻類は種々の無機塩類を吸収し生育するが、鉄は海水中で主に粒子状酸化鉄になっていると考えられている。粒子状酸化鉄は凝集、沈殿するため藻類にとって利用性が劣る場合がある。このため、上記提案では腐植物質等のキレート剤を配合している技術が多い。
【0004】
ここで腐植物質としては、土壌中、陸水中に存在する天然高分子有機物が挙げられる。その具体例として、褐炭、泥炭中に含まれるもの、細菌群の代謝産物と動植物由来の天然腐植酸が挙げられる。また工業的に製造される腐植物質として、褐炭等の若年炭を酸化分解したもの(特許文献6)、あるいは該酸化分解物のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩等の合成物等、多くのものが挙げられる(特許文献7、8)。
【0005】
腐植物質はその溶液のpHに対する溶解性の違いから、pH1.0以下でも沈殿しないフルボ酸、pH1.0以上で溶解する腐植酸、どのpH範囲でも溶解しないヒューミンに便宜上分類されている(非特許文献1)。
【0006】
これらの腐植物質を使用する場合、腐植物質の平均分子量の制御が重要であると考えられる。腐植物質のなかでもフルボ酸に着目し、より生物活性の高い効果的なフルボ酸の分子量画分についての提案もある(特許文献9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−345738号公報
【特許文献2】特開2009−179587号公報
【特許文献3】特開2015−107061号公報
【特許文献4】特開2015−154726号公報
【特許文献5】特開2015−167473号公報
【特許文献6】特公昭40−14122号公報
【特許文献7】特開昭60−18565号公報
【特許文献8】特開昭51−72987号公報
【特許文献9】特開2015−78155号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】藤嶽、Humic Substances Research Vol3、P1−9、2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまで上記の様に腐植物質の効果が提案されているが、海水中でより効果を発揮する腐植物質の特徴が明確ではない。また、腐植物質が含まれる堆肥や腐植土等は天然物由来のため、腐植物質の品質が不安定となる懸念がある。
【0010】
本発明の目的は、工業的に安定して生産された腐植物質を提供し、海水中でも安定であり、生物に対する生育促進効果が高い腐植酸画分との鉄錯体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る腐植酸画分は、若年炭の硝酸酸化物を国際腐植物質学会法(非特許文献1)に従い抽出した腐植酸を使用し、さらに藻類に対する効果を高めるために限外ろ過にて分子量分画を行った腐植酸画分と鉄の錯体であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、工業的に生産された安定的な腐植物質を提供し、さらに海産藻類の生育促進効果を発揮する有効な腐植酸画分との鉄錯体を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明に係る腐植酸鉄錯体の実施形態を説明する。
【0014】
本実施形態に係る腐植酸は、褐炭等の若年炭を硝酸で酸化して得られる腐植酸であり、この腐植酸の抽出液を限外ろ過により分画することにより得ることができる。本実施形態に係る鉄資材として、塩化鉄等の塩、または鉱さい質肥料が利用できる。鉱さい質肥料は入手が容易な肥料であり、鉄鋼スラグ等を原料としたケイ酸質肥料であるが、その副産物として大量の鉄を含有する。これらは事前に混合する事も可能であるが、両成分を培地などへ同時添加する事も可能である。この添加成分は、鉄錯体としてふるまうが、培地成分の銅等の金属との錯体を形成し安定化させるなどの副次的な効果も期待できる。
【0015】
[全有機炭素濃度]
腐植酸溶液の全有機炭素(TOC)濃度は、全有機体炭素計(島津製作所製TOC-L)を用いて燃焼触媒酸化方式で測定した値である。
【0016】
[平均分子量]
腐植酸の平均分子量は、Waters社製 Alliance HPLC System を用い、HPSEC法(GPC法)により測定した値である。カラムはSHODEX社製、 SB−803HQ、標準試料はポリスチレンスルホン酸ナトリウムとした。移動相は25%アセトニトリル含有の10mmol/Lりん酸ナトリウム緩衝液、検出波長は260nmである。
【0017】
[腐植酸の製造方法]
ここで、「若年炭」とは炭素含有量の少ない石炭であり、炭素含有率が83質量%以下と定義される。若年炭は、例えば、泥炭、亜炭、褐炭、亜瀝青炭等であり、これらの1種又は2種以上を混合したものが使用される。例えば濃度48質量%の硝酸を用いた70℃程度の水浴中で約1時間褐炭の酸化反応を行った後、適宜乾燥し腐植酸粗製物を得る。
【0018】
この腐植酸粗製物に鉱さいけい酸質肥料を混合し、圧密造粒や転動造粒を実施し造粒品を得ることも可能である。
【0019】
[腐植酸の分画法]
この腐植酸粗製物から国際腐植物質学会法(非特許文献1)に従い、腐植酸を調製する。この腐植酸を0.05mol/L リン酸緩衝液(pH9)で希釈し、腐植酸溶液を得る。
【0020】
腐植酸溶液はタンジェンシャルフロー法(クロスフロー法とも言う)により限外ろ過を行い、分子量別画分を得る(ザルトリウス社技術マニュアル
https://www.sartorius.co.jp/fileadmin/fm-dam/sartorius_media/Lab-Products-and-Services/Lab-Filtration/Ultrafiltration-Devices/Vivaflow/Manuals/Manual_Vivaflow50_200_SLU6097-e.pdf P11-21、
日本腐植物質学会監修、『環境中の腐植物質〜その特徴と研究法〜』、P82〜97、三共出版、2008年を参照)
【0021】
各画分の保持液は、6mol/L塩酸を加えてpHを1.0とし、遠心分離(5000×g、30分間、5℃)によって遠心洗浄する。この操作を3回繰り返し凍結乾燥する。
【0022】
〈作用効果〉
以下、上記実施形態に係る腐植酸分画の作用効果について説明する。
【0023】
本発明に係る腐植酸鉄錯体は、若年炭の硝酸酸化物と鉄との錯体であり、鉄の海水中での溶出や安定化が図れ、さらに生物活性を高めるため限外ろ過にて分子量分画を行うことにより得られることを特徴とする。
【0024】
本発明によれば、海産藻類の生育促進効果を発揮する有効な腐植酸鉄錯体を提供できる。また、藻類の活性を高めるために、より効果的な分子サイズの腐植酸画分を提供できる。
【0025】
これらのメカニズムは鋭意研究中であるが、腐植酸と鉄との化合物の分子サイズと安定度定数が重要であり、海産藻類が利用可能なサイズ分布に合致する画分が最も有効であると考えられる。これらは、鉄の吸収性に深く関与していると推察される。
【実施例】
【0026】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0027】
[海水中での鉄の安定化]
炭素含有率77質量%の褐炭を粉砕し、250μmの篩を通過した粉体状褐炭500gを2Lのビーカーに入れて、濃度48質量%の硝酸630gを添加した。70℃の水浴中で約1時間酸化反応を行った後、105℃で乾燥し腐植酸粗製物を得た。
【0028】
この腐植酸粗製物50質量%に鉄資材として鉱さいけい酸質肥料(商品名:ミネカル、産業振興株式会社製)を45質量%、バインダーとしてポリビニルアルコール(デンカ株式会社製)を5質量%混合し適宜加水したうえで圧密造粒を行い105℃で乾燥した。1cm径、厚さ0.6cm、0.5gのタブレット造粒品を得た。
【0029】
[実施例1]
上記タブレット品を1粒、100mL容の三角フラスコに入れ、人工海水(和光純薬工業株式会社製)60mLを入れた。30日間、120rpmで回転培養し、上澄みを採取し溶液中の鉄をICP発光分析装置にて定量した。
【0030】
[比較例1]
タブレットの代わりに鉱さいけい酸質肥料0.25gとした以外、実施例1と同様に実施した。尚、人工海水と鉄資材の固液比は実施例1とほぼ同等となる。
【0031】
【表1】
【0032】
表1の結果に示すように、比較例1では鉄の溶解量が少ない事に加え、溶解した鉄が凝集沈殿していると考えられる。実施例1では鉄の溶出量が増加し、30日間の長期にわたり安定的に溶解していることがわかる。以上のように、褐炭を硝酸酸化した腐植酸と鉄との錯体は海水中で安定的に存在する事がわかる。
【0033】
[分子量分画品の栽培試験]
次に、この腐植酸粗製物から国際腐植物質学会法(非特許文献1)に従い腐植酸を調製した。この腐植酸を精製水に懸濁し、1mol/L水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを8.0とし、TOC濃度として5000mg/Lとなるように精製水で希釈した。この溶液を0.05mol/L Na
2HPO
4溶液(pH9)で希釈し、TOC濃度として5mg/Lとなるように腐植酸溶液を調製した。
【0034】
表2の条件で腐植酸溶液を限外ろ過し、それぞれ透過液と保持液に分画した。保持画分として、100kDa以上、30kDa以上100kDa未満、10kDa以上30kDa未満、5kDa以上10kDa未満の4つの分子量画分を得た。
【0035】
【表2】
【0036】
ワカメを供試材料とし、250 mLポリカーボネート製容器で表3、4に示す条件で栽培試験を実施した。
【0037】
葉長0.5cmの胞子体を接種(移植)し、1週間毎に同じ組成の培地に植え継いで空気供給しながら28日間培養した。資材の効果をワカメの生育量(接種時の葉長を除いた葉長)で評価した。
【0038】
【表3】
【0039】
【表4】
【0040】
[実施例2]
培養液に100kDa以上の腐植酸画分をTOCとして1.5mg/Lとなるように、また塩化鉄を0.3μmol/Lとなるように培地に添加して栽培した。
【0041】
[実施例3]
100kDa以上の腐植酸画分の代わりに10kDa以上30kDa未満の腐植酸画分を添加した以外、実施例2と同様に実施した。
【0042】
[実施例4]
100kDa以上の腐植酸画分の代わりに5kDa以上10kDa未満の腐植酸画分を添加した以外、実施例2と同様に実施した。
【0043】
[比較例2]
培養液に塩化鉄を0.3μmol/Lとなるように添加して栽培した。腐植酸画分等の成分は添加していない。
【0044】
[比較例3]
培養期間を14日とし、100kDa以上の腐植酸画分の代わりにエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を10mmol/Lとなるように添加した以外、実施例2と同様に実施した。尚、EDTA10mmol/Lは、ほぼTOC1.5mg/Lに相当する。
【0045】
[比較例4]
培養期間を14日とし、100kDa以上の腐植酸画分の代わりにジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)を10mmol/Lとなるように添加した以外、実施例2と同様に実施した。尚、DTPA10mmol/Lは、ほぼTOC1.5mg/Lに相当する。
【0046】
【表5】
【0047】
表5の結果に示すように、比較例2の鉄のみ添加したものに比べ、腐植酸画分を添加したものは生育量が増加した。また、比較例3、4で示した一般的なキレート剤であるEDTAやDTPAに比べてもその効果は大きい。腐植酸の分子量画分の中では、特に実施例3の10kDa以上30kDa未満の腐植酸画分は生育促進効果が著しく、腐植酸の分子量により生育促進効果を高めることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明に係る腐植酸は工業的に生産された腐植酸であるため、これまでの堆肥などに比べ品質の安定化が可能であり、海水中でも安定な鉄錯体を供給できる。さらに分画された10kDa以上30kDa未満の腐植酸画分は、わずかな添加量にて藻類に対する生育促進効果がある。本発明に係る腐植酸はEDTA等のキレート剤に比べても効果が優り、生分解性があるため環境中に残存する等のデメリットが無い。また、本発明に係る腐植酸は沿岸域での養殖や、近年の陸上での海産物養殖の場でも利用可能である。