特許第6987918号(P6987918)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6987918
(24)【登録日】2021年12月3日
(45)【発行日】2022年1月5日
(54)【発明の名称】食肉製品製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 13/00 20160101AFI20211220BHJP
   A23B 4/00 20060101ALI20211220BHJP
   A23B 4/12 20060101ALI20211220BHJP
   A23L 13/40 20160101ALI20211220BHJP
   A23L 3/015 20060101ALI20211220BHJP
【FI】
   A23L13/00 Z
   A23B4/00 Z
   A23B4/12 Z
   A23L13/40
   A23L3/015
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2020-66961(P2020-66961)
(22)【出願日】2020年4月2日
(65)【公開番号】特開2021-159038(P2021-159038A)
(43)【公開日】2021年10月11日
【審査請求日】2020年5月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】591105801
【氏名又は名称】丸大食品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古本 真理
(72)【発明者】
【氏名】琴浦 聡
【審査官】 村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−129948(JP,A)
【文献】 特開平09−028362(JP,A)
【文献】 特開2001−245644(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第109380500(CN,A)
【文献】 特開2012−90624(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第107212236(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L、A23B
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することを含む、
乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品の製造方法であり、
高圧が、100〜1000MPaであり、
有機酸又はその塩が、フマル酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種であり、
食肉製品中、有機酸又はその塩の総量が、0.005〜0.5質量%である、方法
【請求項2】
有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することを含む、
食肉製品における乳酸菌の増殖を抑制する方法であり、
高圧が、100〜1000MPaであり、
有機酸又はその塩が、フマル酸及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種であり、
食肉製品中、有機酸又はその塩の総量が、0.005〜0.5質量%である、方法
【請求項3】
有機酸又はその塩添加肉が、有機酸又はその塩としてさらに乳酸、ソルビン酸、酢酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種が添加されている肉である、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、食肉製品製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
食肉製品(例えばハム、ソーセージ等)の製造現場においては、菌による汚染を防止することは非常に重要である。このため、食肉製品製造時には、機器等を殺菌洗浄したり、製造工程で加熱等の殺菌工程を含ませたり、またあるいは食肉製品中に保存料を含ませて菌の繁殖を抑える等、様々な対策がなされている(例えばhttp://www.mac.or.jp/mail/130601/03.shtml参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi Vol. 42, No. 1, 55〜60 (1995)
【非特許文献2】食品衛生学雑誌 Vol. 36, No. 1 (1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
食肉製品の菌汚染防止に関して、特に乳酸菌は、食肉製品の腐敗・変敗現象の原因となる主な菌であることから、乳酸菌の増殖を抑制することは重要である。本発明者らは、簡便且つ高効率な食肉製品における乳酸菌増殖抑制方法を見いだすべく、検討を行った。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することで、乳酸菌の増殖を効率よく抑制できる可能性を見いだし、さらに改良を重ねた。
【0006】
本開示は例えば以下の項に記載の主題を包含する。
項1.
有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することを含む、
乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品の製造方法。
項2.
有機酸又はその塩添加肉を高圧処理することを含む、
食肉製品における乳酸菌の増殖を抑制する方法。
項3.
有機酸又はその塩が、フマル酸、乳酸、ソルビン酸、酢酸、及びこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種である、項1又は2に記載の方法。
項4.
高圧が、100〜1000MPaである、項1〜3のいずれかに記載の方法。
項5.
フマル酸又はその塩の添加肉を、100〜1000MPaで処理することを含む、
項1又は2に記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
簡便且つ高効率に食肉製品における乳酸菌の増殖を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。本開示は、乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品の製造方法や、食肉製品における乳酸菌の増殖を抑制する方法等を好ましく包含するが、これらに限定されるわけではなく、本開示は本明細書に開示され当業者が認識できる全てを包含する。
【0009】
本開示に包含される、(A)乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品の製造方法、及び(B)食肉製品における乳酸菌の増殖を抑制する方法を、まとめて「本開示の方法」ということがある。また、本開示の方法のうち、(A)については、「本開示の製造方法」ということがあり、また、(B)については、「本開示の増殖抑制方法」ということがある。
【0010】
本開示の方法は、有機酸又はその塩が添加された肉を特定条件で高圧処理することを含む。
【0011】
有機酸又はその塩が添加される肉としては、特に制限はされず、例えば食用とされている肉(食肉)を適宜必要に応じて選択して用いることができる。例えば、牛肉、豚肉、鳥肉(好ましくは鶏肉)、羊肉、魚肉、ジビエ肉等を挙げることができる。中でも、牛肉、豚肉、及び鳥肉(好ましくは鶏肉)が好ましい。また、有機酸又はその塩が添加される肉は、例えば生肉であっても製品原料肉(生肉に対して例えば何らかの加工を行った肉)であってもよい。また、有機酸又はその塩が添加される肉は、食肉製品であってもよい。食肉製品としては、例えばハム、ソーセージ、ベーコン、焼豚、ミートボール、ハンバーグ等が挙げられる。有機酸又はその塩が添加される肉は、1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0012】
有機酸としては、本開示の方法の効果が奏される限り、特に限定はされないが、例えば、フマル酸、プロピオン酸、安息香酸、乳酸、ソルビン酸、酢酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、及びグルコン酸等が好ましく挙げられる。また、有機酸の塩としては、例えばアルカリ金属塩が好ましく、より具体的には例えばナトリウム塩、カリウム塩等が好ましい。有機酸又はその塩としては、特にフマル酸又はその塩が好ましい。
【0013】
なお、特に制限されるわけでは無いが、ソルビン酸、プロピオン酸、安息香酸等は、食肉製品分野において「保存料」として用いられる成分であり、フマル酸、乳酸、酢酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、グルコン酸等は、食肉製品分野において「pH調整剤」として用いられる成分であるところ、「pH調整剤」として用いられる成分を本開示の方法に用いることがより好ましい。消費者は「保存料」含有食品よりも「pH調整剤」含有食品を好む傾向があると考えられる。
【0014】
有機酸又はその塩は、1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0015】
なお、本開示の方法においては、有機酸又はその塩を含有する食品を用いることもできる。このような食品を用いることで、結果として有機酸又はその塩を用いることになる。このような食品としては、例えば、発酵調味液、食酢等が挙げられる。より具体的には、例えば乳酸発酵調味液は乳酸又はその塩を添加するために好ましく用いることができる。また、例えば食酢は酢酸又はその塩を添加するために好ましく用いることができる。食酢としては特に限定されず、例えば醸造酢(穀物酢、果実酢等)及び合成酢が挙げられる。これらは、食品添加物ではなく食品表示が可能であることから、更に好まれると考えられる。
【0016】
食肉製品における有機酸含有量は、例えば0.005〜0.5質量%程度が好ましい。
当該範囲の上限又は下限は、例えば0.01、0.02、0.03、0.04、0.05、0.06、0.07、0.08、0.09、0.1、0.15、0.2、0.25、0.3、0.35、0.4、又は0.45質量%であってもよい。例えば、当該範囲は0.01〜0.4質量%であってもよい。 高圧処理としては、本開示の方法の効果が奏される範囲であれば、特に限定はされない。圧力としては、例えば、100〜1000MPa程度が例示される。当該範囲の上限または下限は、150、200、250、300、350、400、450、500、550、600、650、700、750、800、850、900、又は950MPaであってもよい。例えば、当該範囲は、300〜700MPa程度であってもよい。また、温度としては、特に限定はされないが、例えば4℃以上が例示される。4〜60℃程度であってもよく、当該範囲の上限又は下限は例えば5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、51、52、53、54、55、56、57、58、又は59℃であってもよい。例えば、当該範囲は4〜35℃であってもよい。また、処理時間としても、特に限定はされないが、1分以上が好ましく例示される。例えば、処理時間は1〜60分程度であってもよい。当該範囲の上限又は下限は、例えば2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、51、52、53、54、55、56、57、58、又は59分であってもよい。例えば、処理時間は2〜10分であってもよい。
【0017】
食肉製品としては、特に限定はされない。例えば、加熱後包装食肉製品、包装後加熱食肉製品、乾燥食肉製品、非加熱食肉製品、及び特定加熱食肉製品が挙げられ、中でも加熱後包装食肉製品が好ましい。より具体的には、例えば、ハム、ソーセージ、ミートボール、ハンバーグ、唐揚げ(用)肉等が挙げられる。
【0018】
本開示の製造方法により、乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品を好ましく製造することができる。また、本開示の増殖抑制方法により、食肉製品における乳酸菌の増殖を好ましく抑制することができる。
【0019】
本開示の方法において乳酸菌の増殖が抑制された食肉製品は、10℃保存下の乳酸菌数が、60日保存時においても検出されないことが好ましく、75日保存時又は90日保存時においても検出されないことがより好ましい。
【0020】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term "comprising" includes "consisting essentially of” and "consisting of.")。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件を任意の組み合わせを全て包含する。
【0021】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例】
【0022】
以下、例を示して本開示の実施形態をより具体的に説明するが、本開示の実施形態は下記の例に限定されるものではない。
【0023】
検討1
BCR(Biological Clean Room)内で乳酸菌汚染があった場合を想定し、Enterococcus faecalis (以下、E.faecalis)、Leuconostoc mesenteroides(以下、L.mesenteroides)及びLactobacillus plantarum(以下、L.plantarum)の3種の乳酸菌の混合菌を10〜100CFU/g(二次汚染想定)で、モデル食肉製品(ウインナー形状)に接種し、保存性を確認した。
【0024】
用いた乳酸菌について、表1にまとめた。
【0025】
【表1】
【0026】
より具体的には、次のようにして検討した。
豚肉、食塩、砂糖、リン酸塩、調味料等を混合して調製した練肉をコラーゲンケーシングに充填し、加熱(蒸煮・乾燥・ライトスモーク)及び冷却乾燥した後、真空袋に充填し、ボイル殺菌して、ウインナー形状のモデル食肉製品を製造した。このとき、さらに検討成分として、(T−2a)ソルビン酸0.3質量%及びフマル酸製剤0.3質量%を含むモデル食肉製品、(T−3a)酢酸含有醸造酢0.3質量%及び乳酸製剤1質量%含むモデル食肉製品、も併せて製造した。なお、検討成分が含まれないものを(T−1a)とした。これらのモデル食肉製品(T−1a、T−2a、T−3a)を、菌接種用検体として用いた。
【0027】
なお、本検討及び以下の検討において、用いたフマル酸製剤には33質量%のフマル酸が含有されており、用いた乳酸製剤には乳酸カリウムが含有されている。
【0028】
各モデル食肉製品の真空袋をクリーンベンチ内で開封し、1検体が約30gとなるように、小さくカットした真空袋に2本ずつ無菌的に移した。サンプリングした検体に、事前に調製した1.0×10 CFU/mlの接種用菌液を100μlずつ接種し、真空袋の外側から揉み込むことで菌液を製品全体に行き渡らせ、真空包装した。菌液を1製品30g当たり100μl接種したため、各製品当たり33.3CFU/g(二次汚染レベル)で接種したことになる。
【0029】
菌を接種した製品及び菌未接種の製品を、600MPa、10℃、3分間の設定で高圧処理した。また、高圧処理を行わないものをコントロールとした。処理後の検体は4℃で24時間保管後、初発の細菌検査を行い、その後、10℃における保存検査を実施し、乳酸菌数を測定した。
【0030】
乳酸菌数の測定は、厚生労働省監修の食品衛生検査指針に基づき、混釈平板培養法により行った。具体的には、試料希釈液をシャーレに採取し、BCP(ブロムクレゾールパープル)加プレートカウント寒天培地を注入して混合し、静置して培地を凝固させ、シャーレを倒置して35±1℃で48℃±3時間培養し、周囲が黄変したコロニー数をカウントした。
【0031】
T−1a、T−2a、及びT−3aの各モデル食肉製品についての結果を、それぞれ、表2、表3、及び表4に示す。
【0032】
【表2】
【0033】
【表3】
【0034】
【表4】
【0035】
なお、T−1a〜T−3aについて、菌接種をしない以外は同様に検討した場合には、乳酸菌数は検討した全保存期間に渡って0であったことも確認した。
【0036】
検討2
豚肉、食塩、砂糖、リン酸塩、調味料等を混合して調製した練肉(但し検討1で用いた練肉と組成は異なる)をコラーゲンケーシングに充填し、加熱(蒸煮・乾燥・ライトスモーク)及び冷却乾燥した後、真空袋に充填し、ボイル殺菌して、ウインナー形状のモデル食肉製品を製造した。このとき、検討成分として何も添加しないものをT−1b、ソルビン酸を0.2質量%となるよう添加したものをT−2b、フマル酸製剤を約0.2質量%となるよう添加したものをT−3b、ソルビン酸を0.1質量%及びフマル酸製剤を約0.1質量%となるよう添加したものをT−4bとし、これらのモデル食肉製品(T−1b、T−2b、T−3b、T−4b)を、菌接種用検体として用いた。
【0037】
各モデル食肉製品の真空袋をクリーンベンチ内で開封し、1検体が約30gとなるように、小さくカットした真空袋に2本ずつ無菌的に移した。サンプリングした検体に、事前に調製した2.3×10 CFU/mlの接種用菌液を100μlずつ接種し、真空袋の外側から揉み込むことで菌液を製品全体に行き渡らせ、真空包装した。菌液を1製品30g当たり100μl接種したため、各製品当たり76.7CFU/g(二次汚染レベル)で接種したことになる。
【0038】
菌を接種した製品及び菌未接種の製品を、600MPa、10℃、3分間の設定で高圧処理した。また、高圧処理を行わないものをコントロールとした。処理後の検体は4℃で24時間保管後、初発の細菌検査を行い、その後、10℃における保存検査を実施し、乳酸菌数を測定した。
【0039】
T−1b、T−2b、T−3b、及びT−4bの各モデル食肉製品についての結果を、それぞれ、表5、表6、表7、及び表8に示す。
【0040】
【表5】
【0041】
【表6】
【0042】
【表7】
【0043】
【表8】
【0044】
なお、T−1b〜T−4bについて、菌接種をしない以外は同様に検討した場合には、乳酸菌数は検討した保存期間全てに渡って0であったことも確認した。
【0045】
ソルビン酸単独及び/又はフマル酸を添加し、高圧処理することで、優れた乳酸菌増殖抑制効果が得られることが分かった。
【0046】
ソルビン酸もカビや酵母に対する抗菌力の高さは知られている一方、乳酸菌に対する抗菌力は弱いとされているところ、ソルビン酸添加に高圧処理と組み合わせることにより、優れた乳酸菌の増殖抑制効果が得られることがわかった。
【0047】
また、特に、フマル酸は、グラム陰性菌に対して殺菌効果があることは知られているものの、グラム陽性菌に対する効果は知られていなかった。このため、フマル酸添加に高圧処理を組み合わせることにより、グラム陽性菌である乳酸菌に対しても優れた増殖抑制効果を奏することは、予想外であるといえる。
【0048】
またさらに、ソルビン酸は保存料である一方、フマル酸はpH調整剤であるところ、食肉製品の需要者(消費者)は保存料よりもpH調整剤の方を好ましい添加物と認識する傾向があるため、フマル酸添加と高圧処理の組み合わせにより、実用的な乳酸菌増殖抑制効果が得られることは大きな利点となるともいえる。