特許第6989048号(P6989048)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6989048
(24)【登録日】2021年12月6日
(45)【発行日】2022年1月5日
(54)【発明の名称】中空糸膜および中空糸膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 69/08 20060101AFI20211220BHJP
   B01D 69/02 20060101ALI20211220BHJP
   B01D 71/10 20060101ALI20211220BHJP
   B01D 71/56 20060101ALI20211220BHJP
   B01D 71/68 20060101ALI20211220BHJP
   B01D 69/00 20060101ALI20211220BHJP
   D01F 6/00 20060101ALI20211220BHJP
   D01F 2/28 20060101ALI20211220BHJP
【FI】
   B01D69/08
   B01D69/02
   B01D71/10
   B01D71/56
   B01D71/68
   B01D69/00
   D01F6/00 B
   D01F2/28 A
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2021-502194(P2021-502194)
(86)(22)【出願日】2020年2月21日
(86)【国際出願番号】JP2020007077
(87)【国際公開番号】WO2020175374
(87)【国際公開日】20200903
【審査請求日】2021年2月3日
(31)【優先権主張番号】特願2019-36116(P2019-36116)
(32)【優先日】2019年2月28日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中尾 崇人
(72)【発明者】
【氏名】寺島 泰樹
(72)【発明者】
【氏名】小橋 正直
(72)【発明者】
【氏名】沼本 美晴
【審査官】 高橋 成典
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−000120(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/056547(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/118859(WO,A1)
【文献】 特表2018−505053(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0220612(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 61/00 − 71/82
D01F 1/00 − 6/96
9/00 − 9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空糸型の半透膜である中空糸膜であって、
水で膨潤した状態の前記中空糸膜の横断面の膜厚方向の複数の点に対して、ラマン分光法により取得される複数のラマンスペクトルの各々における最大ピークのピーク強度において、前記ピーク強度の最大値に対する最小値の比率であるラマン値が70%以上であ
セルロース系樹脂を含む材料から構成される、中空糸膜。
【請求項2】
前記ラマン値が70%以上95%以下である、請求項1に記載の中空糸膜。
【請求項3】
前記中空糸膜の内径が40μm以上200μm以下である、請求項1または2に記載の中空糸膜。
【請求項4】
前記中空糸膜の断面内形が三角形状である、請求項1〜のいずれか1項に記載の中空糸膜。
【請求項5】
原料溶液をノズルから空中走行部を経て凝固液中に吐出して、前記原料溶液の凝固物を前記凝固液中から曳き出すことにより、中空糸型の半透膜である中空糸膜を得る、紡糸工程と、
前記紡糸工程で得られた中空糸膜を水洗した後に、少なくとも熱水処理および塩漬処理に供する、後処理工程と、
を含む中空糸膜の製造方法であって、
前記原料溶液はセルロース系樹脂、N−メチルピロリドンおよびエチレングリコールを含み、前記原料溶液中のN−メチルピロリドン/エチレングリコールの質量比が40/60〜70/30であり、
前記凝固液はN−メチルピロリドンとエチレングリコールとを含み、前記凝固液中のN−メチルピロリドンとエチレングリコールとの総含有率が30〜70質量%であり、
前記凝固液の温度が10〜20℃であり、
前記塩漬処理の温度が70℃以上95℃以下である、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中空糸膜および中空糸膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1〜5には、原料溶液をノズルから空中走行部を経て凝固液中に吐出して凝固させ、凝固物を凝固液中から順次曳き出すことにより、中空糸膜を得る工程(紡糸工程)と、紡糸工程で得られた中空糸膜を水洗した後に、熱水処理および塩漬処理の少なくともいずれかに供する工程(後処理工程)と、を含む中空糸膜の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2012/026373号
【特許文献2】国際公開第2013/118859号
【特許文献3】国際公開第2013/125681号
【特許文献4】特開2013−198893号公報
【特許文献5】国際公開第2017/122673号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
中空糸膜は、例えば、逆浸透(RO)法等の正浸透(FO)法よりも中空糸膜が高圧に曝される膜分離処理に用いられる場合において、中空糸膜の透過水量が経時的に減少するという問題がある。中空糸膜の透過水量が経時的に減少すると、当該中空糸膜を用いた膜分離処理に必要な運転エネルギーが経時的に増大してしまう。
【0005】
したがって、本発明は、中空糸膜の透過水量の経時的な減少を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1) 中空糸型の半透膜である中空糸膜であって、
水で膨潤した状態の前記中空糸膜の横断面の膜厚方向の複数の点に対して、ラマン分光法により取得される複数のラマンスペクトルの各々における最大ピークのピーク強度において、前記ピーク強度の最大値に対する最小値の比率であるラマン値が70%以上である、中空糸膜。
【0007】
(2) 前記ラマン値が70%以上95%以下である、(1)に記載の中空糸膜。
【0008】
(3) セルロース系樹脂、ポリスルホン系樹脂およびポリアミド系樹脂の少なくともいずれかを含む材料から構成される、(1)または(2)に記載の中空糸膜。
【0009】
(4) 前記中空糸膜の内径が40μm以上200μm以下である、(1)〜(3)のいずれかに記載の中空糸膜。
【0010】
(5) 前記中空糸膜の断面内形が三角形状である、(1)〜(4)のいずれかに記載の中空糸膜。
【0011】
(6) 原料溶液をノズルから空中走行部を経て凝固液中に吐出して、前記原料溶液の凝固物を前記凝固液中から曳き出すことにより、中空糸型の半透膜である中空糸膜を得る、紡糸工程と、
前記紡糸工程で得られた中空糸膜を水洗した後に、少なくとも熱水処理および塩漬処理に供する、後処理工程と、
を含む中空糸膜の製造方法であって、
前記原料溶液は溶媒および非溶媒を含み、前記原料溶液中の溶媒/非溶媒の質量比が40/60〜70/30であり、
前記凝固液は溶媒と水以外の非溶媒とを含み、前記凝固液中の溶媒と水以外の非溶媒との総含有率が30〜70質量%であり、
前記凝固液の温度が10〜20℃であり、
前記塩漬処理の温度が70℃以上95℃以下である、製造方法。
【0012】
(7) (6)に記載の製造方法により製造される中空糸膜。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、中空糸膜がBC法による膜分離に用いられたときに、中空糸膜の透過水量の経時的な減少を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】中空糸膜の製造方法の一例を説明するための模式図である。
図2】実施例および比較例の中空糸膜について、ラマン値と透過水量維持率との関係を示すグラフである。
図3】ラマン値の測定方法を説明するための模式図である。
図4】ラマン値の測定方法を説明するための模式図である。
図5】ラマン値の測定方法を説明するための模式図である。
図6】ラマン分光法による分析結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。なお、図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、実際の寸法関係を表すものではない。
【0016】
<中空糸膜>
本実施形態の中空糸膜は、中空糸型の半透膜である。
【0017】
中空糸膜の内径は、好ましくは40μm以上200μm以下であり、より好ましくは40μm以上180μm以下である。
【0018】
中空糸膜(膜全体)の厚みは、好ましくは20〜200μmであり、より好ましくは30〜150μmである。なお、膜厚は(外径−内径)/2で算出できる。また、中空糸膜の中空率は、好ましくは10〜50%であり、より好ましくは12〜40%である。なお、中空率は、中空糸膜の横断面における中空部の面積の割合であり、「中空部断面積/(膜部断面積+中空部断面積)×100(%)」で表される。
【0019】
中空糸膜の平均孔径(膜全体の微細孔の平均孔径)は、2nm以下であることが好ましい。平均孔径の測定方法としては、例えば、示差走査熱量測定(DSC)法が挙げられる。
【0020】
(ラマン値)
本発明において、中空糸膜のラマン値とは、水で膨潤した状態の前記中空糸膜の横断面の膜厚方向の複数の点に対して、ラマン分光法により取得される複数のラマンスペクトルの各々における最大ピークのピーク強度において、ピーク強度の最大値に対する最小値の比率を意味する。なお、ラマン値は、中空糸膜の膜厚方向の密度分布の指標となる値であり、ラマン値が高い程、膜厚方向の密度分布の均一性が高いことを示す。
【0021】
本実施形態の中空糸膜のラマン値は、70%以上である。ラマン値がこの範囲である場合、中空糸膜の透過水量の経時的な減少を抑制する効果を得ることができる。これは、ラマン値が70%を下回ると、中空糸膜の膜厚方向での構造均質性が低下し、膜構造が柔らかくなるため、初期状態からの圧密化による構造変化が大きいためであると考えられる。また、ラマン値が70%を下回ると、後工程で中空糸膜を用いて中空糸膜エレメント(中空糸膜モジュール)を作製する際に支障(中空糸膜が伸びたり切れたりしてしまう事象)が発生し、製品基準の合格率が大きく低下する場合がある。
【0022】
ラマン値は、好ましくは70%以上95%以下である。ラマン値が95%を上回る中空糸膜は、製造が困難な場合があり、生産性(可紡性)が悪くなるためである。ラマン値は、より好ましくは72%以上94%以下である。ラマン値がこのような範囲である場合、中空糸膜の透過水量の経時的な減少を抑制する効果をより確実に得ることができ、また、より長期間に亘り透過水量の経時的な減少を抑制する効果が期待される。
【0023】
ラマン分光法(顕微ラマン分光装置)は、測定試料に対して、スポット状に集光したレーザー光を照射することにより発生するラマン散乱光を検出し、分光してラマンスペクトルを得る方法(装置)である(図3参照)。ラマンスペクトルは、試料に対して固有であり、ある試料に対するラマンスペクトルにおける最大ピーク(試料の主構成材料に固有のピーク)の強度は、試料の構成材料の密度に相関する。したがって、このようなピーク強度を測定することで、試料中の構成材料の密度の分布状態を解析することが可能である。
【0024】
なお、試料の構成材料の密度分布状態を精度よく測定するため、レーザーラマン顕微鏡の対物レンズとして、空間分解能が2μm以下であるような対物レンズを用いる。測定時におけるレーザーラマン顕微鏡のレーザー光源の強度は、測定中に試料の劣化が起きない程度に弱く、数秒〜数十分の露光時間でラマンスペクトルが得られる範囲で任意に設定することができる。
【0025】
具体的には、まず、中空糸膜を氷包埋し、ミクロトームで断面を作製する。作製した断面試料を水に浸漬し(水に膨潤させた状態にし)、断面が水面からわずかに出た状態にする(図3参照)。その断面について、顕微ラマン分光装置(レーザーラマン顕微鏡)を用いて、マッピング(スポット状に集光したレーザー光を走査することで、設定した範囲のラマンスペクトルを測定する手法)又はイメージング測定(ライン状に集光したレーザー光を走査することで、設定した範囲のラマンスペクトルを測定する手法)により(参考文献:日本分光学会(2009、第1刷)『顕微分光法 ナノ・マイクロの世界を見る分光法』(分光測定入門シリーズ第10巻)講談社サイエンティフィク)、ラマンスペクトル(ラマンスペクトルにおける最大ピークのピーク強度)を測定する。測定は、中空糸膜の断面における膜厚方向の複数の箇所について実施される。
【0026】
ラマン値の算出のために測定されるラマンスペクトルの各々における最大ピークは、例えば、波長2935cm−1付近のCH(炭素−水素結合)の伸縮振動に相当するピークなど、最も強度の高いピークである(図5参照)。ピーク強度は、選択したピークのピーク面積またはピーク高さから算出することができる。
【0027】
実際の測定では、まず、中空糸膜の断面を顕微鏡で観察しながら、中空糸膜の膜部分(図4の実線の部分)を含む膜厚方向の所定範囲(図4の破線矢印の部分)について、1μmの間隔で、内側から外側(図4の左側から右側)に向かって、あるいは外側から内側(図4の右側から左側)に向かって、複数のラマンスペクトルの各々における最大ピーク(波長2935cm−1付近のピーク)のピーク強度が測定される。その後で、測定された複数のピーク強度のデータから、中空糸の膜部分(図4の実線矢印の部分)に関するデータのみが取り出される。
【0028】
例えば、まず、測定された全てのピーク強度のうちの最大値を100として、他のピーク強度の比率(ピーク強度比)が算出される。図6に、ピーク強度比のグラフの一例を示す。図6において、X軸は膜断面における膜厚方向(図4の矢印の方向)の位置を示し、Y軸はピーク強度比を示す。なお、図6に示されるピーク強度比は、中空糸膜を構成するポリマー(CTA)に由来する2935cm−1付近のピーク(図5参照)の強度比であり、そのピーク強度比はポリマー密度と相関する。
【0029】
ここで、図6において、ピーク強度比の最大値(100%)を含み、1μm間隔で測定された隣の点同士の値(ピーク強度比)の変化率が5%(絶対値)以内の部分が膜部分(図4の実線矢印で示される部分)であり、5%を超える点から外側(図6で点ハッチングされた部分)は膜以外の部分であると判断して、膜以外の部分のデータは削除される。
【0030】
このようにして得られた膜部分のピーク強度(ピーク強度比)のうちの最小値を決定し、ピーク強度の最大値に対する最小値の比率(最小値のピーク強度比:図6参照)がラマン値として求められる。
【0031】
(透過水量維持率)
中空糸膜の透過水量の経時的な減少が抑制されていることの指標としては、例えば、透過水量維持率が挙げられる。透過水量維持率が高い程、中空糸膜の透過水量の経時的な減少が抑制されていることになる。中空糸膜を所定の膜分離方法(例えば、逆浸透法など)に継続して使用した場合において、使用開始時の透過水量に対する使用開始から所定時間経過後の透過水量の比率である。
【0032】
このような指標となる透過水量維持率としては、例えば、使用開始から100時間経過後の透過水量維持率(100時間透過水量維持率)が挙げられる。100時間の運転後であれば中空糸膜の膜構造にかかる性能変化が安定化することが経験的に分かっているため、100時間の運転後の透過水量維持率を指標にすることで、中空糸膜の透過水量の経時的な減少の抑制効果を適切に評価できると考えられる。
【0033】
本実施形態の中空糸膜の100時間透過水量維持率は、好ましくは0.75以上であり、より好ましくは0.78以上であり、さらに好ましくは0.80以上である。この場合、中空糸膜の透過水量の経時的な減少が従来よりも抑制されると考えられる。
【0034】
(断面内形)
中空糸膜の断面内形は、好ましくは三角形状である。この場合、長期使用における中空糸膜の潰れが抑制され、中空糸膜の強度が高くなるという利点がある。三角形状とは、三角形に近い形状であることを意味し、おにぎり形(おむすび形)やルーローの三角形のような辺が直線でないものや角のない形も含む概念である(特許文献5:国際公開第2017/122673号参照)。
【0035】
(材料)
中空糸膜を構成する材料としては、特に限定されないが、セルロース系樹脂、ポリスルホン系樹脂およびポリアミド系樹脂の少なくともいずれかを含む材料であることが好ましく、セルロース系樹脂およびポリスルホン系樹脂の少なくともいずれかを含む材料であることがより好ましい。
【0036】
セルロース系樹脂は、好ましくは酢酸セルロース系樹脂である。酢酸セルロース系樹脂は、殺菌剤である塩素に対する耐性があり、微生物の増殖を抑制できる特徴を有している。酢酸セルロース系樹脂は、好ましくは酢酸セルロースであり、耐久性の点から、より好ましくは三酢酸セルロースである。
【0037】
ポリスルホン系樹脂は、好ましくはポリエーテルスルホン系樹脂である。ポリエーテルスルホン系樹脂は、好ましくはスルホン化ポリエーテルスルホンである。
【0038】
中空糸膜としては、単層構造の膜が挙げられる。ここで、中空糸膜の膜厚方向の構造均質性が高いことが好ましい。中空糸膜の膜厚方向の構造均質性の指標としては、例えば、上述した中空糸膜のラマン値が所定値以上の範囲にあることや、倍率5000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて中空糸膜の横断面を膜厚方向に向かって連続的に観察した際に構造の変化が少ないことが挙げられる。
【0039】
本実施形態の中空糸膜は、特に、逆浸透(RO)法、ブラインコンセントレーション(BC)法等の正浸透(FO)法よりも中空糸膜が高圧に曝される膜分離処理に用いられる場合に、中空糸膜の透過水量の経時的な減少を抑制することができる。これにより、当該中空糸膜を用いた膜分離処理に必要な運転エネルギーの経時的な増大が抑制される。
【0040】
なお、BC法とは、例えば、特開2018−65114号公報に記載されるような、中空糸膜モジュールの一方の第1室に対象溶液の一部を流し、他方の第2室に対象溶液の他の一部を流して、第1室内の対象溶液を加圧することで、第1室内の対象溶液に含まれる溶媒(水など)を中空糸膜を介して第2室内に移行させ、第1室内の対象溶液を濃縮し、第2室内の対象溶液を希釈する膜分離方法である。
【0041】
また、RO法やBC法を用いた処理は、他の処理と組み合わせたシステムの一部として用いられることが多いため、中空糸膜の透過水量が経時的に減少すると、システム全体の制御が困難になる場合がある。このため、透過水量維持率が高い本実施形態の中空糸膜を、RO法やBC法が他の処理と組み合わせられたシステムに用いることにより、システム全体の制御を容易にすることができる。
【0042】
また、本実施形態の中空糸膜は、特に、中空糸膜の外側から加圧される場合(すなわち、中空糸膜の内側より中空糸膜の外側の液の圧力の方が高い場合)に、中空糸膜の透過水量の経時的な減少を抑制することができる。
【0043】
<中空糸膜の製造方法>
本発明は、上記の中空糸膜を得るための中空糸膜の製造方法にも関する。
【0044】
図1を参照して、本実施形態の中空糸膜の製造方法は、少なくとも紡糸工程と後処理工程とを含む。
【0045】
〔紡糸工程〕
紡糸工程では、原料溶液80をノズル81から空中走行部を経て凝固液91中に吐出して、原料溶液の凝固物を凝固液中から曳き出すことにより、中空糸型の半透膜である中空糸膜が得られる。中空糸膜の曳き出し等は、例えば、ローラー82,83,84,85により行われる。なお、曳き出し速度は、ローラー83の表面速度である。
【0046】
原料溶液は、中空糸膜の原材料(上述の中空糸膜を構成する材料)と、溶媒および非溶媒と、を含む。原料溶液中の溶媒/非溶媒の質量比は、好ましくは40/60〜70/30である。なお、溶媒は、原材料を溶解可能な液体であり、非溶媒は、原材料が溶解しない液体である。原料溶液中の溶媒/非溶媒の質量比が小さくなりすぎる(NSの比率を大きくしすぎる)と、膜断面の構造は均質性が高まるが、紡糸安定性が低下することがある。そのため、前記比は50/50〜70/30がより好ましい。
【0047】
凝固液は溶媒と水以外の非溶媒とを含む。凝固液中の「溶媒」と「水以外の非溶媒」との総含有率(以下、「凝固液の濃度」と記す場合がある)は、好ましくは30〜70質量%である。凝固液の濃度がこの範囲内にあることにより、初期透過水量が多く、かつ、経時的な透過水量の抑制効果を得ることができる(透過水量維持率が大きくなる)。なお、凝固液の濃度がこの範囲より高いと、初期透過水量は多いものの、経時的な透過水量の抑制効果が得られ難くなる(透過水量維持率は小さくなる)。一方、凝固液の濃度がこの範囲より低いと、初期透過水量が少なく、経時的な透過水量の抑制効果も得られ難くなる。そのため、凝固液の濃度は30〜65質量%がより好ましい。
【0048】
凝固液は溶媒および非溶媒を含む。凝固液中の「溶媒(S)」/「水以外の非溶媒(NS)」の質量比は、好ましくは40/60〜70/30である。
【0049】
また、凝固液の温度は、好ましくは10〜20℃である。凝固液の温度を10℃以上にすることで、中空糸膜の膜厚方向の構造均質性(ラマン値)を高めることができる。しかし、凝固液の温度が20℃を超えると、ラマン値が低くなる(外表面側から内表面側に向かってポリマー密度の低下が大きくなる)傾向がある。
【0050】
〔後処理工程〕
後処理工程では、紡糸工程で得られた中空糸膜86が水洗された後に、熱水処理および塩漬処理に供される。
【0051】
(熱水処理)
熱水処理では、中空糸膜86が熱水92に浸漬される。熱水処理における熱水92の温度(熱水処理の温度)は、好ましくは86℃以上100℃未満であり、より好ましくは90〜99.5℃であり、さらに好ましくは95〜99℃である。このように、従来よりも高い温度での熱水処理を行うことにより、中空糸膜の緻密化が進みやすくなるため、中空糸膜の透過水量の経時的な減少を抑制することができる。なお、熱水処理は、無緊張状態の中空糸膜86に対して行われることが好ましい。
【0052】
熱水処理の時間は、好ましくは5〜120分間であり、より好ましくは10〜40分間である。
【0053】
(塩漬処理)
塩漬処理では、熱水処理後の中空糸膜86が塩水93に浸漬される。塩水93は、塩化物イオンを含む水溶液である。塩水93としては、例えば、塩化ナトリウム(食塩)、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化リチウム等の水溶液が挙げられる。塩水93の濃度は、好ましくは0.5〜20質量%であり、より好ましくは1.0〜10質量%である。塩水93の温度(塩漬処理の温度)は、好ましくは70℃以上95℃以下である。
【0054】
塩漬処理の時間は、好ましくは1〜60分間であり、より好ましくは5〜30分間である。なお、塩漬処理は、無緊張状態の中空糸膜86に対して行われることが好ましい。
【0055】
透過水量の経時的な減少を抑制する効果は、中空糸膜の膜厚方向の構造均質性を高めることにより達成できると考えられる。その主要な具体的手段として、原料溶液のS/NS比(溶媒/非溶媒比)および凝固液の組成(溶媒/水以外の非溶媒の比、濃度)の調整、並びに、塩漬(塩アニール)処理の実施が挙げられる。従来よりも原料溶液のS/NS比を小さくする(NSの割合を高める)ことにより、析出したポリマーの核成長が均一になることで膜のポリマー密度が膜厚方向で均質化すると考えられる。また、従来よりも凝固液の「溶媒(S)」/「水以外の非溶媒(NS)」の質量比を小さくする(NSの割合を高める)ことにより、析出したポリマーの核成長が均一になることで膜のポリマー密度が膜厚方向で均質化すると考えられる。また、熱水処理に続く塩漬処理によって、膜中より脱水されることで細孔が収縮し、ポリマー密度の均質化と高強度化が進むと考えられる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0057】
〔実施例1〕
実施形態で説明した中空糸膜の製造方法により、以下の条件で実施例1の中空糸膜が製造された。
【0058】
[原料溶液の組成]
ポリマー:三酢酸セルロース(CTA)(LT35、ダイセル社製)
ポリマー含有量:表1に示すとおり
溶媒:N−メチルピロリドン(NMP)
非溶媒:エチレングリコール(EG)
(溶媒/非溶媒(S/NS)比:表1に示すとおり)
安息香酸〔0.3質量%〕
【0059】
[紡糸工程の条件]
原料溶液の溶解温度:実施例1〜13では185℃;比較例1〜3では180℃
原料溶液の吐出温度:実施例1〜13では151℃;比較例1〜3では163℃
吐出用のノズル:三分割ノズル(ノズルの断面積:0.05mm
〔ノズルの断面積とは、ノズルの先端部分における原料溶液吐出孔の断面積である。〕
空中走行部(AG)滞留時間:実施例1〜15では0.05秒;比較例1〜3では0.03秒
凝固液の組成
溶媒(S):NMP
水以外の非溶媒(NS):EG

凝固液の濃度〔(S+水以外のNS)/凝固液の質量比率〕:表1に示すとおり。
凝固液中の溶媒/水以外の非溶媒(S/水以外のNS)の質量比:表1に示す原料溶液のS/NSと同じ。
凝固液の温度:表1に示すとおり。
曳き出し速度:表1に示すとおり
【0060】
[後処理工程の条件]
熱水処理の条件
温度:表1に示すとおり。
時間:表1に示すとおり。
塩漬(塩アニール)処理の条件
食塩水の濃度:表1に示すとおり
食塩水の温度:表1に示すとおり
時間:表1に示すとおり
【0061】
〔実施例2〜15〕
表1に示されるように、原料溶液(および凝固液)のS/NS比、並びに、凝固液の濃度および温度が変更された。それら以外は実施例1と同様にして、実施例2〜15の中空糸膜が製造された。
【0062】
〔比較例1〜3〕
表1に示されるように、原料溶液(および凝固液)のS/NS比、凝固液の温度、および、熱水処理の温度が変更され、塩漬処理が行われなかった。それら以外は実施例1と同様にして、比較例1〜3の中空糸膜が製造された。
【0063】
<ラマン値の測定>
実施例1〜15および比較例1〜3の中空糸膜について、ラマン値を測定した。ラマン値は、実施形態で説明した測定法によって以下の条件で測定された。ラマン値の測定結果を表1に示す。
【0064】
(ラマン値の測定条件)
中空糸膜1本を氷包埋し、ミクロトームで断面を作製した。作製した断面試料を水に浸漬し(水に膨潤させた状態にし)、断面が水面からわずかに出た状態で、顕微ラマン分光装置(ナノフォトン社製レーザーラマン顕微鏡:RAMAN−11)を用いて、レーザー波長532nm、レーザー強度約2.2mW、アパーチャー径100μm、露光時間8秒、露光回数1回、回折格子600gr/mm、対物レンズ50倍/NA0.55、走査間隔1.0μmの条件でマッピング分析(ラマンスペクトルの測定)を行った。なお、ラマン値の測定は、膜断面のどの部分(膜厚の薄い部分または厚い部分)で測定してもよいが、最も厚い部分(おにぎりの辺の中央部分)について測定した。
【0065】
ラマンスペクトルにおける2935cm−1付近のピークの強度を、顕微ラマン分光装置に付属のピーク面積算出ソフトを用いて算出した。2800〜3100cm−1をベースラインとし、ピークの頂点を中心とし、ピークの幅を22.2cm−1に固定し、ローレンツ関数を用いてフィッティングをおこない、算出されたピーク面積を信号強度(ピーク強度)とした(図5参照)。
【0066】
<形状に関するパラメータの測定>
実施例1〜15および比較例1〜3の中空糸膜(塩漬処理後の状態。ただし、塩漬処理を行わなかった場合は熱水処理後の状態)について、外径および内径を以下のようにして測定した。その結果、実施例1〜15の中空糸膜の外径は137μmであり、内径は55μmであった。また、比較例1〜3の中空糸膜の外径は175μmであり、内径は100μmであった。
【0067】
(内径、外径の測定)
中空糸膜の内径、外径および膜厚は、中空糸膜をスライドグラスの中央に開けられた直径3mmの孔に中空糸膜が抜け落ちない程度に適当本数通し、スライドグラスの上下面に沿ってカミソリにより中空糸膜をカットし、中空糸膜断面サンプルを得た後、投影機(Nikon PROFILE PROJECTOR V−12)を用いて中空糸膜断面の短径、長径を測定することにより得られる。外径については、中空糸膜断面1個につき2方向の直径(短径、長径)を測定し、それらの値の算術平均値を中空糸膜断面1個の外径とした。また、内径については、おにぎりに外接する長方形の長辺と短辺の長さを測定し、算術平均値を中空糸膜断面1個の内径とした。最大および最小を含む10断面について同様に測定を行い、平均値を内径および外径とした。
【0068】
<性能確認試験および100時間透過水量維持率の測定>
まず、実施例および比較例の中空糸膜を用いた中空糸膜モジュールについて、性能(RO性能)確認試験を行った。具体的には、中空糸膜モジュールを用いてRO試験(中空糸膜外側の圧力:5.45MPa,中空糸膜外側の流入口における試験液のNaCl濃度:35000mg/L,試験液の温度:25℃)を1時間行い、透過水量(初期透過水量)および塩除去率を測定し、それらが中空糸膜(HF)の性能基準から逸脱していないことを確認した。初期透過水量および塩除去率の測定結果を表1に示す。例えば、通常の逆浸透膜を基準と考えた場合、透過水量は好ましくは45L/m/日以上である。また、塩除去率は好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上である。
【0069】
上記の初期透過水量等の測定後、中空糸膜モジュールを用いてRO試験(中空糸膜外側の圧力:6.76MPa,中空糸膜外側の流入口における試験液のNaCl濃度:47000mg/L,試験液の温度:35℃)を100時間行い、2時間経過後の透過水量および100時間経過後の透過水量を測定した。この100時間経過後の透過水量の2時間経過後の透過水量に対する比率を100時間透過水量維持率として求めた。結果を表1に示す。
【0070】
また、図2に、実施例および比較例の中空糸膜について、ラマン値と透過水量維持率との関係をグラフで示す。
【0071】
【表1】
【0072】
表1および図2に示される結果から、中空糸膜のラマン値が0.70以上である実施例1〜15では、ラマン値が0.70未満である比較例1〜3に比べて、100時間透過水量維持率が顕著に上昇することが分かる。したがって、実施例の中空糸膜を用いた場合、比較例の中空糸膜を用いた場合よりも、100時間経過後の透過水量維持率が高く、中空糸膜の透過水量の経時的な減少が抑制されると考えられる。
【0073】
今回開示された実施形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0074】
80 原料溶液、81 ノズル、82,83,84,85 ローラー、86 中空糸膜、91 凝固液、92 熱水、93 塩水。
図1
図2
図3
図4
図5
図6