特許第6989091号(P6989091)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6989091ダイヤモンド構造体、ダイヤモンド・カンチレバー、およびダイヤモンド構造体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6989091
(24)【登録日】2021年12月6日
(45)【発行日】2022年1月5日
(54)【発明の名称】ダイヤモンド構造体、ダイヤモンド・カンチレバー、およびダイヤモンド構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H03H 9/24 20060101AFI20211220BHJP
   B81B 3/00 20060101ALI20211220BHJP
   C30B 29/04 20060101ALI20211220BHJP
   C23C 16/27 20060101ALI20211220BHJP
   C23C 16/02 20060101ALI20211220BHJP
   C01B 32/25 20170101ALI20211220BHJP
   C01B 32/26 20170101ALI20211220BHJP
   C01B 32/28 20170101ALI20211220BHJP
   B81C 1/00 20060101ALI20211220BHJP
   H01L 21/3065 20060101ALI20211220BHJP
【FI】
   H03H9/24 Z
   B81B3/00
   C30B29/04 E
   C23C16/27
   C23C16/02
   C01B32/25
   C01B32/26
   C01B32/28
   B81C1/00
   H01L21/302 105A
【請求項の数】19
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2018-22665(P2018-22665)
(22)【出願日】2018年2月13日
(65)【公開番号】特開2019-140547(P2019-140547A)
(43)【公開日】2019年8月22日
【審査請求日】2020年12月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】リャオ メイヨン
(72)【発明者】
【氏名】小出 康夫
(72)【発明者】
【氏名】サン リウエン
【審査官】 石田 昌敏
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−028056(JP,A)
【文献】 特開2010−272879(JP,A)
【文献】 特開2014−095025(JP,A)
【文献】 特開平10−012565(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2004/0129202(US,A1)
【文献】 特開2011−168460(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03H 9/00− 9/66
B81B 3/00
C30B 29/04
C23C 16/27
C23C 16/02
C01B 32/25
C01B 32/26
C01B 32/28
B81C 1/00
H01L 21/3065
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶ダイヤモンド層上に支持部を介してダイヤモンドの梁が形成されたダイヤモンド構造体において、
前記梁は表面欠陥層と本体層からなり、
前記表面欠陥層はダイヤモンドライクカーボンからなり、
前記表面欠陥層の厚さは前記本体層の厚さに対して2%以下であり、
前記本体層は単結晶ダイヤモンドからなる、ダイヤモンド構造体。
【請求項2】
前記支持部はグラファイトを含む、請求項1に記載のダイヤモンド構造体。
【請求項3】
前記支持部はグラファイトからなる、請求項1に記載のダイヤモンド構造体。
【請求項4】
前記支持部はダイヤモンドを含む、請求項1に記載のダイヤモンド構造体。
【請求項5】
前記表面欠陥層の厚さは前記梁の厚さに対して1%以下である、請求項1から4の何れか1に記載のダイヤモンド構造体。
【請求項6】
前記表面欠陥層の厚さは前記梁の厚さに対して0.2%以下である、請求項1から4の何れか1に記載のダイヤモンド構造体。
【請求項7】
前記梁は片持ち梁である、請求項1から6の何れか1に記載のダイヤモンド構造体。
【請求項8】
請求項1から7の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の構造を有する、ダイヤモンド・カンチレバー。
【請求項9】
少なくとも表面の一部に単結晶ダイヤモンド層が形成された基板を準備する基板準備工程と、
前記基板の前記単結晶ダイヤモンド層が形成された面側からイオン注入を行ってグラファイトライクカーボン損傷層を前記単結晶ダイヤモンド層中に形成するイオン注入工程と、
第1の熱処理を伴って前記単結晶ダイヤモンド層の表面にダイヤモンド・エピタキシャル層を形成し、かつ前記第1の熱処理により前記グラファイトライクカーボン損傷層をグラファイト改質層とするダイヤモンド・エピタキシャル層形成工程と、
前記ダイヤモンド・エピタキシャル層に第2の熱処理を施してダイヤモンドの結晶欠陥を低減する高品質結晶化熱処理工程と、
前記ダイヤモンド・エピタキシャル層の上に梁を形成するためのエッチングマスクを形成するエッチングマスク形成工程と、
少なくとも前記グラファイト改質層に達する深さまでドライエッチングを行って前記梁を形成するための加工を行うドライエッチング工程と、
前記グラファイト改質層の一部を、酸を含んだ溶液によるウェットエッチングにより除去し、前記梁を形成するウェットエッチング工程と、
酸素雰囲気中で前記梁に形成された欠陥層の少なくとも一部をエッチングする欠陥層エッチング工程と、を含んでダイヤモンド構造体を製造するダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項10】
前記基板は、単結晶ダイヤモンド基板である、請求項9記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項11】
前記基板は、単結晶ダイヤモンド基板上に単結晶ダイヤモンド層がエピタキシャル形成されたものである、請求項9記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項12】
前記基板は、剛性を有する基体上に単結晶ダイヤモンド膜が貼り合わされたものである、請求項9記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項13】
前記欠陥層エッチング工程は、500℃以上1500℃以下の熱処理条件下で行われる、請求項9から12の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項14】
前記欠陥層エッチング工程は、酸素分圧が10Pa以上10Pa以下の環境下で行われる、請求項9から13の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項15】
前記高品質結晶化熱処理工程の熱処理は、真空下で、500℃以上1500℃以下で行われる、請求項9から14の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項16】
前記エッチングマスクは金属からなる、請求項9から15の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項17】
前記ウェットエッチングは硫酸を含む酸で行われる、請求項9から15の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項18】
前記欠陥層エッチング工程の後に有機物または/および異物を除去するクリーニングが行われる、請求項9から17の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【請求項19】
前記クリーニングは、水素プラズマ、オゾン、酸素プラズマの群から選ばれる少なくとも1以上により行われる、請求項18に記載のダイヤモンド構造体の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はナノおよびマイクロ電子機械システムデバイス等に関し、特にそのようなデバイスのコア素子として使用可能な単結晶タイヤモンド構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
センサー機器や信号処理機器の高度化、小型化、携行化およびウェアラブル化が進んでおり、それらを支えるコア素子としてのMEMS(Micro Electro Mechanical System)およびNEMS(Nano Electro Mechanical System)によるカンチレバーおよび共振子の高精度化要求が高まっている。
MEMS/NEMSカンチレバー、共振子の重要な性能指数の1つは、品質因子(Quality factor)Qであり、高い品質因子(高いQ値)を得るための技術開発が不断に進められている。
【0003】
ダイヤモンドは、ヤング率が高く、最高の硬度をもち、熱伝導率も高く、疎水性の表面であり、耐腐食性にも優れるなどの特筆すべき特性が数多くある。このため、ダイヤモンドは、既存のシリコンなど材料と比べ、高い品質因子をもつMEMS/NEMSのカンチレバー、共振子を実現する理想に近い材料である。
【0004】
ダイヤモンドを使用したこれまでのMEMS/NEMSに関する研究は、ほとんど異種基板上に成長された多結晶(PCD)、ナノ結晶(NCD)、および超ナノ結晶ダイヤモンド(UNCD)であった(特許引用文献1および非特許引用文献1,2参照)。
しかしながら、これらのダイヤモンドでは、結晶粒界およびsp2コンポーネントが作用するので、MEMS/NEMSに求められる性能を完全には引き出せない。例えば、熱弾性損失はMEMS/NEMSに固有のエネルギー損失であり、それはデバイスの品質因子の決定要因になっているが、これらのダイヤモンドでは熱弾性損失はダイヤモンド単結晶のレベルには至っていない不十分なものである。
【0005】
一方、単結晶ダイヤモンド(SCD)は弾性損失、熱弾性損失が極めて少ない。このため、SCDのMEMS/NEMSカンチレバー、共振子への使用は、PCD,NCDおよびUNCDの使用よりも適していると考えられる。
【0006】
単結晶ダイヤモンドを用いたMEMSとしては、ダイヤモンド・オン・インシュレータ(DOI)法で作製されたSCD共振子が報告されている(非特許文献3参照)。しかしながら、このDOI法におけるダイヤモンドMEMSは、異種基板に結合しているので、ダイヤモンドと基板との間の熱膨張係数の差に基づく品質因子の低下等の問題があった。さらに、例えば600℃というような高温下適用の場合に、異種基板に結合されたMEMS/NEMSには信頼性低下の問題があった。
また、特許文献2に開示されているように、本発明者らは、イオン注入補助リフトオフ(IAL)法を用いたSCDカンチレバーを発明した。しかしながら、この方法によるSCDカンチレバー(機械共振子)の品質因子は1000のレベルに留まっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許出願公開第2010/0055806号明細書
【特許文献2】特開2011−168460号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Microelectromech.Syst.,vol.24,p.2152(2015)
【非特許文献2】J.Micromech.Microeng.,vol.19,p.115016(2009)
【非特許文献3】Appl.Phys.Lett.,vol101,p.163505(2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとしている課題は、単結晶ダイヤモンドが有している優れた特性を活かして、極めて高い品質因子を有し、かつ高温化でも性能低下が少ないダイヤモンド構造体およびその製造方法を提供することである。
具体的には、弾性損失、熱弾性損失が極めて少なく、600℃というような高温下でも性能の低下が少なく、500,000以上という極めて優れた品質因子をもつMEMS/NEMSカンチレバーおよび機械共振子および機械共振子とそれらの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の構成を下記に示す。
(構成1)
単結晶ダイヤモンド層上に支持部を介してダイヤモンドの梁が形成されたダイヤモンド構造体において、
前記梁は表面欠陥層と本体層からなり、
前記表面欠陥層はダイヤモンドライクカーボンからなり、
前記表面欠陥層の厚さは前記本体層の厚さに対して2%以下であり、
前記本体層は単結晶ダイヤモンドからなる、ダイヤモンド構造体。
(構成2)
前記支持部はグラファイトを含む、構成1に記載のダイヤモンド構造体。
(構成3)
前記支持部はグラファイトからなる、構成に記載のダイヤモンド構造体。
(構成4)
前記支持部はダイヤモンドを含む、構成1に記載のダイヤモンド構造体。
(構成5)
前記表面欠陥層の厚さは前記梁の厚さに対して1%以下である、構成1から4の何れか1に記載のダイヤモンド構造体。
(構成6)
前記表面欠陥層の厚さは前記梁の厚さに対して0.2%以下である、構成1から4の何れか1に記載のダイヤモンド構造体。
(構成7)
前記梁は片持ち梁である、構成1から6の何れか1に記載のダイヤモンド構造体。
(構成8)
構成1から7の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の構造を有する、ダイヤモンド・カンチレバー。
(構成9)
少なくとも表面の一部に単結晶ダイヤモンド層が形成された基板を準備する基板準備工程と、
前記基板の前記単結晶ダイヤモンド層が形成された面側からイオン注入を行ってグラファイトライクカーボン損傷層を前記単結晶ダイヤモンド層中に形成するイオン注入工程と、
第1の熱処理を伴って前記単結晶ダイヤモンド層の表面にダイヤモンド・エピタキシャル層を形成し、かつ前記第1の熱処理により前記グラファイトライクカーボン損傷層をグラファイト改質層とするダイヤモンド・エピタキシャル層形成工程と、
前記ダイヤモンド・エピタキシャル層に第2の熱処理を施してダイヤモンドの結晶欠陥を低減する高品質結晶化熱処理工程と、
前記ダイヤモンド・エピタキシャル層の上に梁を形成するためのエッチングマスクを形成するエッチングマスク形成工程と、
少なくとも前記グラファイト改質層に達する深さまでドライエッチングを行って前記梁を形成するための加工を行うドライエッチング工程と、
前記グラファイト改質層の一部を、酸を含んだ溶液によるウェットエッチングにより除去し、前記梁を形成するウェットエッチング工程と、
酸素雰囲気中で前記梁に形成された欠陥層の少なくとも一部をエッチングする欠陥層エッチング工程と、を含んでダイヤモンド構造体を製造するダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成10)
前記基板は、単結晶ダイヤモンド基板である、構成9記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成11)
前記基板は、単結晶ダイヤモンド基板上に単結晶ダイヤモンド層がエピタキシャル形成されたものである、構成9記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成12)
前記基板は、剛性を有する基体上に単結晶ダイヤモンド膜が貼り合わされたものである、請求項9記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成13)
前記欠陥層エッチング工程は、500℃以上1500℃以下の熱処理条件下で行われる、構成9から12の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成14)
前記欠陥層エッチング工程は、酸素分圧が10Pa以上10Pa以下の環境下で行われる、構成9から13の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成15)
前記高品質結晶化熱処理工程の熱処理は、真空下で、500℃以上1500℃以下で行われる、構成9から14の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成16)
前記エッチングマスクは金属からなる、構成9から15の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成17)
前記ウェットエッチングは硫酸を含む酸で行われる、構成9から15の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成18)
前記欠陥層エッチング工程の後に有機物または/および異物を除去するクリーニングが行われる、構成9から17の何れか1に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
(構成19)
前記クリーニングは、水素プラズマ、オゾン、酸素プラズマの群から選ばれる少なくとも1以上により行われる、構成18に記載のダイヤモンド構造体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、弾性損失、熱弾性損失が極めて少なく、600℃というような高温下でも性能の低下が少なく、500,000以上という極めて優れた品質因子をもつMEMS/NEMSカンチレバーおよび機械共振子および機械共振子とそれらの製造方法を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の単結晶ダイヤモンドを用いたカンチレバーの構造を示す説明図。(a)が平面図で、(b)、(c)は断面図。
図2】本発明の単結晶ダイヤモンドを用いたカンチレバーの製造工程を要部断面図で示した工程図。
図3】本発明の単結晶ダイヤモンドを用いたカンチレバーの製造工程を要部断面図で示した工程図。
図4】本発明の基板の構造を示す断面図。
図5】本発明の単結晶ダイヤモンドを用いたカンチレバーの製造工程を示した製造フロー図。
図6】実施例1で作製したダイヤモンド・カンチレバーおよび共振子を上面から観察した光学顕微鏡写真。
図7】実施例1で作製したダイヤモンド・カンチレバーを上面から観察した光学顕微鏡写真。
図8】単結晶ダイヤモンド・カンチレバーの振動スペクトルを示す特性図。
図9】単結晶ダイヤモンド・カンチレバーの共振周波数と梁の長さの関係を示す特性図。
図10】単結晶ダイヤモンド・カンチレバーの共振周波数と原子層エッチングの関係を示す特性図。
図11】作製した単結晶ダイヤモンド・カンチレバーの品質因子の原子層エッチング時間依存性を示す特性図。
図12】リングダウン法による品質因子測定例を示す特性図。
図13】欠陥層の厚み比率と品質因子の関係を示す特性図。
図14】共振周波数をパラメータにして品質因子を欠陥層エッチングの有無でプロットしたマッピング図。
図15】作製した単結晶ダイヤモンド・カンチレバーの測定温度600℃における共振周波数特性を示す特性図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
最初に、本発明のダイヤモンド構造体の構成を説明する。
本発明のダイヤモンド構造体101は、図1に示すように、ダイヤモンド単結晶からなる構造体部12と、グラファイト改質層13および欠陥層14で構成されている支持部と、少なくもその表面に単結晶ダイヤモンド層が形成されている基体11からなる。そして、構造体部12は梁部12aと支え部12bからなる。ここで、グラファイト改質層13と欠陥層14からなる支持部はグラファイト、ダイヤモンドを含むが、グラファイトからなるようにすることも可能である。
なお、図1(a)は平面視図であり、図1(b)は図1(a)のAとA′を結んだ面で断面をとったときの断面図、そして図1(c)は図1(a)のBとB′を結んだ面で断面をとったときの断面図を示す。
【0014】
このダイヤモンド構造体101において、梁部12aを共振させたときの品質因子Qは、エアダンピング、支持部由来の損失、梁部(ビーム部)バルク損失、梁部表面損失、熱弾性損失などの様々な要因の影響を受けて低下する。
そこで、これらの要因を詳細に分析した。
その結果、梁部12aの露出部の下面に欠陥層14bが形成されていて、その欠陥層14bが品質因子Qを低下させていることが分かった。
【0015】
この欠陥層14bは、単結晶ダイヤモンドからなる構造体部12とほぼ同じヤング率を有し、後述のグラファイト改質層13を加工するときのウェットエッチングに対しても除去されない薄い層である。この欠陥層14bは構造体部12とほぼ同じヤング率を有するため、この欠陥層14bの存在は共振周波数からは推察しにくい。また、一般に、エッチングレートの遅いソフトなウェットエッチングは被加工物にダメージを与えにくく、欠陥層を生みにくい。また、通常、欠陥層は欠陥のない本体に比べウェットエッチングのエッチングレートが速いので、ウェットエッチングを行うと欠陥層を除去しやすい。さらに、欠陥層が形成されている場所が、基体11と僅かな間隔で隔てている構造体部12の裏側なので分析もしにくい。
このような状況の中で、欠陥層14bが品質因子Qを低下させていることを詳細な検討の結果、見出した。
【0016】
さらに詳細な分析を行った結果、欠陥層14bの厚さがダイヤモンド単結晶からなる構造体部12の厚さに対して2%以下、好ましくは1%以下、さらに好ましくは0.02%以下になると品質因子Qは大幅に大きくなることを見出した。
本発明のダイヤモンド構造体101は、梁部12aの下面の露出部の欠陥層14bの厚さが、ダイヤモンド単結晶からなる構造体部12の厚さに対して2%以下、好ましくは1%以下、さらに好ましくは0.02%以下であることを特徴とする。
本構造により高い品質因子Qをもったカンチレバーなどのダイヤモンド構造体を供給することが可能になる。
【0017】
また、上記説明では、ダイヤモンド構造体101が片持ちの梁をもつ構造の場合を説明したが、梁は片持ちに限らず両持ち(ブリッジ)とすることもできる。
片持ち梁の構造体は、振幅が大きく振動の検出がしやすいという点と、端部にプローブ針をつけての測定に適するという点から優れている。したがって、片持ち梁の構造体はカンチレバーに特に適する。
一方、両持ち梁の構造体は、強度が優れ、耐久性に富むという特長がある。
【0018】
<製造方法>
次に、本発明のダイヤモンド構造体101の製造方法を図2から図5を参照しながら説明する。
【0019】
本発明のダイヤモンド構造体101は、工程フローを示した図5に示すように、大きく分けて母体形成工程C1、形状形成工程C2および欠陥除去工程C3からなる。そして、母体形成工程C1は、基板準備工程S1、グラファイトライクカーボン損傷層を形成するイオン注入工程S2、ダイヤモンド・エピタキシャル層形成とグラファイト層を形成する工程S3、および結晶高品質化を行う熱処理工程S4からなる。形状形成工程C2は、エッチングマスク形成工程S5、ドライエッチング工程S6、およびウェットエッチング工程S7からなる。そして、欠陥除去工程C3は、欠陥層エッチング工程S8とクリーニング工程S9からなり、クリーニング工程S9を終えるとダイヤモンド構造体が提供されて終了(S10)となる。
【0020】
以下、各工程につきその詳細を説明する。
【0021】
1.基板準備工程(S1)
基板準備工程S1では、少なくとも表面の一部に単結晶ダイヤモンド層が形成された基板11を準備する(図2(a))。ここで、図2は、各工程での断面図を示す。(α)列である左側は、図1(a)のAとA′を結んだ線で分割したときの断面を、(β)列である右側は、図1(a)のBとB′を結んだ線で分割したときの断面を示す。
この基板としては、単結晶ダイヤモンド基板21(図4(a))、単結晶ダイヤモンド基板21上に単結晶ダイヤモンド層が22がエピタキシャル形成された基板(図4(b))、およびSiウェーハ、ポリカーボネイト基板などのプラスチック基板、アルミニウム基板などの金属基板、合成石英基板などのガラス基板など、剛性を有する基体23上に劈開などで切り出された単結晶ダイヤモンド膜24が貼り合わされた基板(図4(c))などを挙げることができる。
単結晶ダイヤモンド層としては、ノンドープの単結晶ダイヤモンドに加え、窒素、ホウ素、リンなどを添加したドープド単結晶ダイヤモンドを使用することもできる。単結晶ダイヤモンドの型としては、例えば、Ib型、IIa型を挙げることができる。また、単結晶ダイヤモンド層の面方位としては、(100)面のほか、(111)面や(110)面などの任意の面を用いることができる。
【0022】
2.イオン注入工程(S2)
上記の単結晶ダイヤモンド基板11aの表面に選択的に高エネルギーイオン注入を行い、グラファイトライクカーボン損傷層をダイヤモンド層中に形成する。より詳しく述べると、高エネルギーイオン注入を行って、図2(b)に示すように、ダイヤモンド層11中にグラファイトライクカーボン損傷層13aを形成する。このときグラファイトライクカーボン損傷層13aに接して、欠陥層14aもダイヤモンド層11中に形成される。
イオン注入のイオン種としては、ホウ素イオン(B)、炭素イオン(C)、水素イオン(He)などを挙げることができ、イオンエネルギーとしては180keV以上1MeV以下、ビーム電流としては180nA/cm以上500nA/cm以下、注入角度としては0°以上7°以下、注入量としては1×1016個/cm以上5×1016個/cm以下を挙げることができる。
イオン注入後は、洗浄を行って表面をクリーニングする。この洗浄には、例えば、硝酸とフッ化水素酸からなる混酸溶液を用いることができる。
【0023】
3.ダイヤモンド・エピタキシャル層形成工程(S3)
この工程では、単結晶ダイヤモンド層11上にダイヤモンド・エピタキシャル層15を成長させる(図2(c))。
ダイヤモンド・エピタキシャル層15の形成方法としては、マイクロ波プラズマ気相成長(MPCVD)法を挙げることができる。
ダイヤモンド・エピタキシャル層15の膜厚は適宜決定すればよいが、例えば0.2μm以上5μm以下を挙げることができる。
【0024】
MPCVDの原料ガスとしてはメタン(CH)、キャリア(希釈)ガスとしては水素(H)を挙げることができる。成膜条件の一例を挙げると、CHの流量0.4sccm、水素ガスの流量500sccm、成長中の圧力10KPa、マイクロ波パワーの400W、基板温度960℃、成長時間8時間を挙げることができる。ここで、この条件でのエピタキシャル層15の厚さは約0.3μmである。
ここで、成長終了後にメタンガスの供給を止め、その後、水素雰囲気下で基板温度に保持して、ダイヤモンド・エピタキシャル層15の表面を水素終端された状態にすることが好ましい。
【0025】
その後、混酸溶液処理を行って表面伝導層を除去し、ダイヤモンド・エピタキシャル層15の表面を酸素終端層とする。混酸溶液としては、硫酸と硝酸からなる混酸溶液を挙げることができ、例えば、体積比が硫酸:硝酸=1:1の混酸溶液中で300℃60分間の処理を行う。
【0026】
なお、このダイヤモンド・エピタキシャル層形成工程の熱処理により、イオン注入によって単結晶ダイヤモンド層11中に形成されたグラファイトライクカーボン損傷層13aは、グラファイト改質層13bに変化する。
【0027】
4.熱処理工程(S4)
ダイヤモンド・エピタキシャル層15および単結晶ダイヤモンド層11の欠陥を減少させるために、試料を高真空下でアニーリングする。
アニーリングの温度は500℃以上1500℃以下が好ましい。500℃を下回るとアニーリングが不足してダイヤモンド・エピタキシャル層15および単結晶ダイヤモンド層11の欠陥を十分に低減することができず、その結果、作製された試料の品質因子Qを十分高いものとすることはできない。1500℃を上回ると、ダイヤモンド・エピタキシャル層15および単結晶ダイヤモンド層11に割れが入りやすくなるなどの問題が生じやすくなる。代表的な処理温度としては、1100℃を挙げることができる。
アニーリングの時間としては、1時間以上10時間以下が好ましい。1時間を下回ると欠陥を十分に低減することが難しくなる。10時間を超えたアニーリングは、時間の浪費で、製造スループットを低下させる。代表的なアニーリング時間は6時間である。
真空度は100Pa以下が好ましい。特に、活性な物質などが環境下にあるのは好ましくない。例えば、酸素が環境下にあると、ダイヤモンドが酸化エッチングされる。
【0028】
5.エッチングマスク形成工程(S5)
エッチングマスク形成工程(S5)では、ダイヤモンド・エピタキシャル層15上にダイヤモンドを加工するときのエッチングマスク17を形成する(図3(a))。
ダイヤモンドは酸素系のガスでドライエッチングするので、エッチングマスク17は酸素系ガスのドライエッチングに対してドライエッチング耐性を有し、かつダイヤモンドをエッチングすることなくウェットエッチング除去できるものが好ましい。
このことから、エッチングマスク17としてはアルミニウム(Al)、金(Au)、チタン(Ti)、クロム(Cr)などの金属を好んで用いることができる。ここで、Auを用いる場合は、底側にTiなどのウェットエッチングで容易に除去可能な金属を形成した積層構造とすることが好ましい。また、炭化タングステン(WC)、炭化ハフニウム(HfC)などの化合物、アルミナ(Al)、酸化ケイ素(SiO)などの酸化物を用いることもできる。
【0029】
エッチングマスク17は、ダイヤモンド・エピタキシャル層15上にエッチングマスクとなる加工用膜を形成し、その上にリソグラフィによってレジストパターンを形成し、そのレジストパターンをエッチングマスクとしてその加工用膜をドライエッチングして形成することもできるし、リフトオフ法により形成することもできる。
例えば、リフトオフ法で形成する場合は、ダイヤモンド・エピタキシャル層15上にレジストパターン16を形成し(図2(d))、真空蒸着法やスパッタリング法でAl(アルミニウム)膜17aを堆積させた後(図2(e))、リフトオフを行って、Alからなるエッチングマスク17を形成することができる(図3(a))。エッチングマスク17の膜厚としては、例えば、300nmを挙げることができる。
【0030】
6.ドライエッチング工程(S6)
しかる後、ドライエッチング工程(S6)として、酸素ガスを用いた反応性イオンエッチングを行ってダイヤモンド層の加工を行う。このドライエッチングでは、少なくともグラファイト改質層13bの底部が除去される深さまでエッチングを行う(図3(b))。ここで、反応性イオンエッチングに代えて、収束イオンビームエッチング、レーザービームによるエッチングとしてもよい。
酸素ガスを用いた反応性イオンエッチングのエッチング条件としては、例えば、Oガス流量90sccm、高周波電力800W、バイアス電力20W、作動圧力0.5Paを挙げることができる。この条件でのダイヤモンドのエッチングレートは60nm/minである。
【0031】
7.ウェットエッチング工程(S7)
その後、ウェットエッチングを行ってグラファイト改質層13bをエッチングし、単結晶ダイヤモンド・オン・ダイヤモンド基板構造をもつ素子、例えばカンチレバーやブリッジ共振器を形成する(図3(c))。このウェットエッチングで残ったグラファイト改質層13は梁の支持部の構成物となる。
ウェットエッチング液としては、硫酸を含む酸、例えば、硫酸と硝酸からなる混酸を挙げることができる。ここで、エッチングレートを上げるために、ウェットエッチング液の温度を上げておくことが好ましい。
【0032】
8.欠陥層エッチング工程(S8)
次に、欠陥層エッチングを行って、欠陥層14aのうち前記ウェットエッチングによって露出した欠陥層を除去する。その結果、欠陥層14はグラファイト改質層13と単結晶ダイヤモンド層11の間に挟まれた部分に残る。その部分の欠陥層14は支持部を構成する一部になる(図3(d))。
欠陥層エッチングの方法としては、高温かつ酸素環境下での酸素エッチングを挙げることができる。
温度としては500℃以上1500℃以下、酸素の分圧としては10Pa以上10Pa以下を好んで使用することができる。500℃を下回るとエッチング速度が極端に低下し、スループット上好ましくない。1500℃を上回ると、ダイヤモンド・エピタキシャル層15および単結晶ダイヤモンド層11に割れが入りやすくなるなどの問題が生じやすくなる上に、エッチング均一性や制御性が低下する。また、酸素の分圧が10Paを下回るとエッチング速度が極端に低下し、スループット上好ましくない。10Paを上回るとエッチング均一性や制御性が低下する。
この酸素分圧下高温エッチング法は、ダイヤモンドは高温でも破壊、変質、変形することが少ないため、高温処理で新たな欠陥を殆ど発生させないでエッチングすることができる特徴があり、欠陥層エッチングの方法として好ましい。
【0033】
9.クリーニング工程(S9)
最後に、有機物などによる汚染を除去する目的で、クリーニングを行う。
クリーニング法としては、水素プラズマ法、オゾン照射法、酸素プラズマ法などを好んで用いることができる。ここで、水素プラズマ法や酸素プラズマ法などのプラズマ法では、マイクロ波プラズマ法、ラジオ周波数プラズマ法、直流プラズマ法などを用いることができる。
例えば、マイクロ波プラズマを用いた水素プラズマ処理の条件としては、水素ガス(H)の流量500sccm、圧力10KPa、マイクロ波パワー800W、基板温度800℃を挙げることができる。
【実施例】
【0034】
<ダイヤモンド構造体の作製>
ダイヤモンド構造体として、カンチレバーとブリッジ共振子を作製した。以下、その製造工程を、断面図である図2および図3とその工程フローを示した図5を参照しながら説明する。
1.基板準備工程(S1)
単結晶ダイヤモンド層11からなる基板として、Ib型絶縁性(100)面方位のダイヤモンド基板11aを準備した(図2(a))。この基板は高温高圧製で、その大きさは3mm×3mm×0.5mmである。
【0035】
2.イオン注入工程(S2)
上記の単結晶ダイヤモンド基板11aの(100)面表面に選択的に高エネルギーイオン注入を行った。その条件を以下に示す。
イオン種:C
イオンネルギー:180keV
ビーム電流:180nA/cm
注入角度:7°
注入量:1×1016個/cm
このイオン注入により、基板表面から0.5−1μm深さの領域にグラファイトライクのカーボン層からなるグラファイトライクカーボン損傷層13aを形成した(図2(b))。なお、この際に、単結晶ダイヤモンド層11内でグラファイトライクカーボン損傷層13aの上面と接する部分の一部に欠陥層14aが発生する。
ここで、イオン注入後に、硝酸とフッ化水素酸からなる混酸溶液(その体積比率は硝酸:フッ化水素酸=1:1)中で表面洗浄を行った。この混酸溶液に浸している時間は3時間とし、ヒーターによる沸騰下で処理を行った。この洗浄後には、イオン交換水による純水下でリンスを行った。
【0036】
3.ダイヤモンド・エピタキシャル層形成工程(S3)
単結晶ダイヤモンド層11上にマイクロ波プラズマ気相成長(MPCVD)法によりダイヤモンド・エピタキシャル層15を成長させた(図2(c))。成長条件は以下の通りである。
【0037】
原料ガス:メタン(CH)、流量0.4sccm
キャリア(希釈)ガス:水素(H)、流量500sccm
CH/H流量比:0.08%
成長中圧力:10KPa
マイクロ波パワー:400W
基板温度:960℃
成長時間:8時間
エピタキシャル層15の厚さ:0.3μm
ここで、成長終了後にメタンガスの供給を止め、その後、ダイヤモンド・エピタキシャル層15を30分間水素雰囲気下で基板温度に保持した。このため、ダイヤモンド・エピタキシャル層15の表面は水素終端された状態である。
【0038】
その後、硫酸と硝酸からなる混酸溶液(その体積比率は硫酸:硝酸=1:1)中で300℃60分間の処理を行って表面伝導層を除去し、ダイヤモンド・エピタキシャル層15の表面を酸素終端層とした。
【0039】
なお、このダイヤモンド・エピタキシャル層形成工程の熱処理により、イオン注入によって単結晶ダイヤモンド層11中に形成されたグラファイトライクカーボン損傷層13aは、グラファイト改質層13bに変化する。
【0040】
4.熱処理工程(S4)
ダイヤモンド・エピタキシャル層15および単結晶ダイヤモンド層11の欠陥を減少させるために、試料を超高真空チャンバ内でアニーリングした。そのアニール条件は以下の通りである。
ベース圧力: 1x10−8Pa
基板温度: 1100℃
アニーリング時間: 6時間
【0041】
5.エッチングマスク形成工程(S5)
次に、ダイヤモンド・エピタキシャル層15上にレジストパターン16を形成し(図2(d))、真空蒸着法でAl(アルミニウム)膜17aを堆積させた後(図2(e))、リフトオフを行って、膜厚300nmのAlからなるエッチング用の金属マスク17を形成した(図3(a))。
【0042】
6.ドライエッチング工程(S6)
しかる後、ドライエッチング工程(S6)として、酸素ガスを用いた反応性イオンエッチングを行ってダイヤモンド層の加工を行った。このドライエッチングでは、グラファイト改質層13bの底部が除去される深さまでエッチングを行った(図3(b))。
そのドライエッチング条件は下記の通りである。
ガス流量: 90sccm
高周波電力: 800W
バイアス電力: 20W
作動圧力: 0.5Pa
エッチング時間: 60分
なお、このときのダイヤモンドのエッチングレートは60nm/minであった。
【0043】
7.ウェットエッチング工程(S7)
その後、ヒーターによる沸騰した硫酸と硝酸からなる混酸溶液(その体積比率は硫酸:硝酸=1:1)中でウェットエッチングを行ってグラファイト改質層13bをエッチングし、単結晶ダイヤモンド・オン・ダイヤモンド基板構造をもつカンチレバーとブリッジ共振子を形成した(図3(c))。このウェットエッチングで残ったグラファイト改質層13はカンチレバーの支持部の構成物となる。
【0044】
8.欠陥層エッチング工程(S8)
次に、下記に示す条件で欠陥層エッチングを行って、欠陥層14aのうち前記ウェットエッチングによって露出した欠陥層を除去した。その結果、欠陥層14はグラファイト改質層13と単結晶ダイヤモンド層11の間に挟まれた部分のみが残り、その部分はカンチレバー支持部を構成する部分になった(図3(d))。
雰囲気:O
雰囲気圧:20KPa
基板温度:500℃
エッチング時間:10時間から380時間まで6段階に分けてふった試料を作製
なお、この欠陥層エッチングによるダイヤモンドのエッチングレートは0.25nm/hであった。
【0045】
9.クリーニング工程(S9)
最後に、有機物などによる汚染を除去する目的で、マイクロ波プラズマ気相成長(MPCVD)法により水素プラズマ処理を行った。その処理条件は以下の通りである。
ガス:水素(H),流量500sccm
圧力:10KPa
マイクロ波パワー:800W
基板温度:800℃
成長時間:30分
ここで、マイクロ波をパワーオフした後、試料を60分間の間水素ガス雰囲気下に置いて冷却した。
【0046】
以上の工程により、ダイヤモンド構造体試料であるカンチレバーとブリッジ共振子を作製した。カンチレバーとブリッジ共振子の梁の部分は単結晶ダイヤモンド層11とダイヤモンド・エピタキシャル層15から構成されているが、ダイヤモンド・エピタキシャル層15は十分な熱処理を施されているため、これらの梁は、単結晶ダイヤモンドからなるといってよい状態になった。なお、それらの支持部はグラファイト改質層13と欠陥層14からなる。
参考までに作製したカンチレバーおよびブリッジ共振子の光学顕微鏡写真を図6に示す。
同図で、1はダイヤモンド基板領域である。2はイオン注入をした領域であり、梁(ビーム状部分)3はカンチレバーとなる部分である。梁4は共振子のブリッジとなる部分である。
【0047】
図7は、最終的に作製されたカンチレバーの光学顕微鏡像を示す。同図の5はダイヤモンド基板領域である。6、7および8はイオン注入された領域で、このうち6はダイヤモンド梁(ビーム)の支持部でダイヤモンド基板とつながっている。7、8はグラファイト改質層がウェットエッチングでエッチングされ、オーバーハング形状なっている部分である。このうちの8はカンチレバーの梁(ビーム)となる部分である。同図から分かるように、様々な長さのカンチレバーを作製した。
【0048】
<特性評価>
(1)共振周波数スペクトル
欠陥層エッチングおよびクリーニング工程を行った後(工程S9後)の単結晶ダイヤモンドからなるカンチレバーの振動周波数スペクトルの一例を図8に示す。ここで、このカンチレバーの長さは100μm、幅は66μm、そして厚さは1.4μmである。
振動周波数スペクトルは、ピエゾ素子上に作製されたカンチレバーを置き、ピエゾ素子を電圧駆動することによって測定した。使用したスペクトルアナライザーはデジタルロックインアンプ(Zurich製)である。
その結果、このカンチレバーの共振周波数は432.56KHzであり、品質因子Qは160,000と高いものであった。本技術によって作製された単結晶ダイヤモンドからなるカンチレバーは、極めて高い品質因子をもって共振することが確認された。
【0049】
(2)ヤング率
図9は、作製したカンチレバーの共振周波数fとカンチレバーの長さLとの関係を示したものであるが、共振周波数fは、下記(式1)に示すオイラーベルヌーイ(Euler−Bernoulli)の関係を満たした。
【数1】


この共振周波数特性から、カンチレバー(単結晶ダイヤモンド・カンチレバー)のヤング率Eは110GPaと計算された。なお、tはカンチレバーの厚さ、ρはカンチレバーの密度、kは係数である。
【0050】
(3)欠陥層エッチングのエッチング速度
図10は、カンチレバーの共振周波数と欠陥層エッチング時間の関係を示す。図10(a)に示すように、欠陥層エッチングの時間を延長すると、カンチレバーの共振周波数が低下した。例えば、共振周波数は、欠陥層エッチングを10時間行った場合は、484.358kHzであるが、380時間の欠陥層エッチングを行うと432.560kHZに変化した。
図10(b)は、欠陥層エッチングの時間とともに共振周波数が変化する様子を示す。この共振周波数の変化から、380時間の欠陥層エッチング後にカンチレバーの梁の厚さは約180nm薄くなったと見積もられる。カンチレバーの梁は表裏両側からエッチングされるので、欠陥層エッチングのエッチング速度は約0.25nm/hと推定された。
【0051】
(4)品質因子Q
図11に示すように、380時間の欠陥層エッチングによって、共振周波数スペクトルから計算した品質因子は5000から160000まで大幅に改善された。
図12は、リングダウン法により、減衰時間に対する変位を評価した結果である。この減衰曲線にフィッティングするようにして求めたフィーチャータイムτは321msであり、その結果、品質因子Qは420000以上と見積もられる。欠陥層エッチングによって品質因子Qは著しく改善された。
この結果は、カンチレバー底部の欠陥層が大きいエネルギー損失を誘導し、品質因子を低下させていることを意味する。単結晶ダイヤモンドのみでカンチレバーを作製し、カンチレバー底部の欠陥層を除去することで、非常に高い品質因子Qが得られることが確認された。
【0052】
図13は、カンチレバーの梁における欠陥層厚み比率β、すなわち、単結晶ダイヤモンド層の厚みtcryに対する欠陥層の厚みtdefの比率tdef/tcryと、品質因子Qの関係を示す図である。同図には、実験結果とともに、実験結果を基に2層近似モデルでフィッティングさせた曲線もプロットしている。
ここで、この2層近似では、単結晶ダイヤモンド層も欠陥層も同じヤング率をもつとし、単結晶ダイヤモンド層の品質因子Qcryを6000000とした。同図のフィッティング曲線における結晶層の品質因子Qdefは1500である。
【0053】
図13の結果から、カンチレバーの梁の品質因子Qは、品質因子の異なる単結晶ダイヤモンド層と欠陥層からなる2層近似モデルでよく近似され、欠陥層が薄くなって欠陥層厚み比率βが小さくなるほど品質因子Qが大きくなることが分かる。
すなわち、品質因子Qは、欠陥層厚み比率βが0.02以下で目立って大きくなり、0.01以下でさらに急激に大きくなり、0.002以下で単結晶ダイヤモンド材料自体の品質因子Qとほぼ同じレベルの値に達することが分かる。
【0054】
図14は、梁の長さが異なるカンチレバーを測定して、欠陥層エッチングを行う前の状態での品質因子Qと380時間の欠陥層エッチングを行った後の品質因子Qを、共振周波数に対してプロットした図である。
欠陥層エッチングを行った測定群と欠陥層エッチングを行っていない測定群では品質因子に桁違いの差があって、欠陥層エッチングが品質因子Qの改善に大いに効果があることが分かる。
【0055】
図15は測定温度600℃のときにおける上記カンチレバーの共振周波数特性を示す。
このときの品質因子Qを求めると20000であり、600℃という高温環境下でも本願発明の単結晶ダイヤモンド構造体のカンチレバーは高い品質因子Qをもつことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明によれば、単結晶ダイヤモンドが備えている硬度、ヤング率、熱弾性特性などの優れた熱、機械特性を引き出し、500,000以上という極めて優れた品質因子をもつカンチレバーおよび機械共振子および機械共振子を提供することが可能になる。
また、イオン注入を用いた加工法による単結晶ダイヤモンドを用いたMEMS/NEMSにおいて、本発明の欠陥層を除去する方法は、本来単結晶ダイヤモンドが備えている優れた熱、機械特性を引き出す方法なので、カンチレバーに限らず、MEMS/NEMSの大幅な性能向上をもたらし、産業上大いに利用される可能性を秘めている。
【0057】
具体的には、共振周波数の変化モニター、AFM、STM、温度センサー、化学センサー、磁気センサーなどの各種モニター、センサーへの適用を挙げることができる。本発明のダイヤモンド構造体をこれらのモニター、センサーへ適用すると、応答性、信頼性、温度使用範囲、感度などに優れたモニター、センサーを提供することが可能になる。
【0058】
放射線や厳しい温度環境で使用される原子炉や宇宙環境でのモニター、センサーへの適用は特に効果的と考えられる。例えば、Siを構造体に用いたセンサーでは、Siの温度特性から200℃程度までの環境での適用になるが、本発明のダイヤモンド構造体を用いた場合は、600℃の環境でも高い精度、性能をもって適用可能であり、特に真空下、あるいは耐温度パッケージ下では、1000℃の環境でも適用可能になる。
【符号の説明】
【0059】
1:ダイヤモンド基板領域
2:イオン注入領域
3:梁(ビーム上部分)
4:梁(共振子ブリッジ部分)
5:ダイヤモンド基板領域
6:イオン注入部分(支持部)
7:イオン注入部分(オーバーハング部分)
8:イオン注入部分(梁部)
11:単結晶ダイヤモンド層(基体)
11a:ダイヤモンド基板
12:ダイヤモンド単結晶構造体部
12a:梁部
12b:支え部
13:グラファイト改質層
13a:グラファイトライクカーボン損傷層
13b:グラファイト改質層
14:欠陥層
14a:欠陥層
14b:欠陥層
15:ダイヤモンド・エピタキシャル層
16:レジストパターン
17:金属マスク
17a:Al膜
21:単結晶ダイヤモンド基板
22:ダイヤモンド・エピタキシャル層
23:基体
24:単結晶ダイヤモンド膜
101:ダイヤモンド構造体(カンチレバー)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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