【文献】
長谷川幹人、上野友之,遠赤外線用途焼結ZnSレンズの開発,粉体および粉末冶金,2015年12月,62巻, 12号,PP.567-574,doi.org/10.2497/jjspm.62.567,ISSN:0532-8799
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
硫化亜鉛の粉末の温度が温度上昇中250℃〜750℃の範囲である前記プリベーク温度であるときに温度上昇をわずかとし、前記温度上昇の速度を0.01℃/分〜5℃/分とする、請求項5に記載の硫化亜鉛焼結体の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
赤外線を利用した分析用カメラや暗視カメラ等の光学装置において、例えば、窓材料やレンズ材料として用いられる硫化亜鉛焼結体の中赤外領域の光の透過率は、高いことが好ましい。
【0006】
硫化亜鉛焼結体の中赤外領域の光の透過率を向上させるために、以下の方法が考えられる。
【0007】
第1に、硫化亜鉛の焼結処理の前処理として、硫化亜鉛の粉末を微細化する方法が考えられる。例えば、硫化亜鉛の粉末の粒径を1μm以下に微細化し、その粉末を焼結することによって、硫化亜鉛焼結体を製造することが考えられる。以下、この方法を、第1の方法と記す。
【0008】
第2に、硫化亜鉛の焼結処理の後処理として、硫化亜鉛焼結体に対して熱間等方圧加圧(HIP:Hot Isostatic Pressing)処理を行う方法が考えられる。以下、この方法を、第2の方法と記す。なお、焼結処理では、1軸方向に圧力を印加するのに対して、HIP処理では、焼結体に対して、ガス等を用いて全方向から高温で圧力を印加する。
【0009】
第3に、特殊な材料で作られた成形型を使用し、超高圧を印加する方法が考えられる。以下、この方法を第3の方法と記す。
【0010】
第4に、硫化亜鉛の焼結処理の条件として、荷重の印加を、焼結温度の近傍に達したときに開始し、硫化亜鉛の粉末に印加する荷重を増加させ、粉末の温度が焼結温度に達したときに最大荷重を印加する方法が考えられる。以下、この方法を第4の方法と記す。
【0011】
第1の方法では、硫化亜鉛の粉末を微細化する際に不純物が混入する可能性があるという問題がある。不純物の混入は、性能の不均一性の要因となる。また、粉末が微細であると、成形型に粉末を充填する作業が困難になる。そのため、第1の方法は、大型の硫化亜鉛焼結体を製造する場合には不適当である。
【0012】
第2の方法では、HIP処理に要するコストが高いという問題がある。また、硫化亜鉛焼結体の機械強度が低下するという問題がある。
【0013】
第3の方法では、特殊な材料で成形型を作成するため、製造コストが高くなる。また、超高圧を印加するため成形型が破損する可能性があるという問題がある。
【0014】
第4の方法では、特殊な処理をしないため、低コストで中赤外領域の光を透過する焼結体が得られるが、粉末に含まれる不純物を起因とする光の散乱や吸収により、透過率が低いという問題がある。
【0015】
また、光学装置で窓材料やレンズ材料等として用いられる光学材料を、加圧焼結法ではなく、化学気相蒸着(CVD:Chemical Vapor Deposition)法で製造し、光学特性を向上させることも考えられる。しかし、CVD法では、毒性のガスを用いるという問題がある。また、気相からの蒸着速度が極めて遅いため、CVD法では光学材料の生産性が低い。そのため、製造コストが高くなる。
【0016】
本発明の目的は、中赤外領域の光の透過率が非常に優れ、かつ安価である硫化亜鉛焼結体および硫化亜鉛焼結体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の第1の態様の硫化亜鉛焼結体は、厚さを5mmとした場合における、3μm以上5μm以下の波長域全体での光の透過率が60%以上
75%以下である。
【0018】
本発明の第2の態様の硫化亜鉛焼結体の製造方法は、成形型に硫化亜鉛の粉末を配置し、前記硫化亜鉛の粉末に対する加熱を開始し、前記硫化亜鉛の粉末の温度を上昇させ、
前記硫化亜鉛の粉末の温度が焼結温度に達する前に、前記硫化亜鉛の粉末を前記焼結温度未満のプリベーク温度で加熱し、前記硫化亜鉛の粉末の温度が
、前記プリベーク温度よりも高く前記焼結温度よりも低い、前記焼結温度の近傍の温度に達したときに、前記硫化亜鉛の粉末に対する荷重の印加を開始し、前記硫化亜鉛の粉末に印加する荷重を上昇させ、前記硫化亜鉛の粉末の温度が前記焼結温度に達したときに、前記硫化亜鉛の粉末に最大荷重を印加し、前記硫化亜鉛の粉末の温度が前記焼結温度に達した後に、前記硫化亜鉛の粉末の温度を前記焼結温度に維持しながら、前記硫化亜鉛の粉末に対する前記最大荷重の印加を維持する硫化亜鉛焼結体の製造方法で
ある。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、中赤外領域の光の透過率が非常に優れ、かつ安価である硫化亜鉛焼結体および硫化亜鉛焼結体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[実施形態]
本発明の実施形態に係る硫化亜鉛焼結体は、その硫化亜鉛焼結体の厚さを5mmにした場合における、3μm以上5μm以下の波長域の光の透過率が60%以上である。
【0023】
厚さを5mmにした場合における、3μm以上5μm以下の波長域の光の透過率は、60%以上75%以下の範囲に含まれていてもよい。
【0024】
そして、厚さを5mmにした場合における、3μm以上5μm以下の波長域の光の透過率は、64%以上であってもよい。さらに、厚さを5mmにした場合における、3μm以上5μm以下の波長域の光の透過率は、64%以上69%以下であってもよい。
【0025】
また、厚さを5mmとした場合における、8μm以上12μm以下の波長域の光の透過率が39%以上であってもよい。
【0026】
なお、上記の光の透過率は、直線透過率として測定した透過率である。
【0027】
また、3μm以上5μm以下の波長域は、中赤外領域に該当する。厚さを5mmとした場合におけるこの波長域の光の透過率が50%以上の硫化亜鉛焼結体であれば、赤外線を利用した分析用カメラや暗視カメラ等の光学装置において、良好な光学材料として用いることができる。また、この波長の透過率が60%以上であれば、光学装置の性能をさらに高くできる。例えば、窓材料やレンズ材料として、本発明の実施形態に係る硫化亜鉛焼結体を好適に用いることができる。ここでは、窓材料やレンズ材料を例示したが、これらは例示であり、本発明を限定するものではない。本発明の実施形態に係る硫化亜鉛焼結体は、赤外線を利用した光学装置の他の部材の材料として用いられてもよい。
【0028】
また、前述のように、厚さを5mmとした場合における、8μm以上12μm以下の波長域の光の透過率が39%以上であってもよい。さらに、厚さを5mmとした場合における、8μm以上12μm以下の波長域の光の透過率が、39%以上80%以下の範囲に含まれていてもよい。これらの場合には、8μm以上12μm以下の波長域においても透過率を良好にすることができる。
【0029】
本発明の実施形態に係る硫化亜鉛焼結体は、厚さ5mmに限定されない。厚さが5mmでなくても、厚さが5mmになるように切り出したときに、前述の透過率の特性が得られる硫化亜鉛焼結体は、本発明の実施形態に係る硫化亜鉛焼結体に含まれる。
【0030】
[製造方法]
次に、上記の硫化亜鉛焼結体の製造方法について説明する。まず、この製造方法で用いる製造装置について説明する。
【0031】
図1は、本発明の実施形態に係る硫化亜鉛焼結体の製造方法で用いられる硫化亜鉛焼結体の製造装置の例を示す説明図である。
図1は、放電プラズマ焼結法を用いる製造装置を示している。
【0032】
図1に示す製造装置100は、成形型1と、成形型1のパンチ部13を一軸方向(
図1において、上下方向)に移動させる駆動部3と、硫化亜鉛の粉末を加熱するために用いられる電圧設定部2と、成形型1および駆動部3を収容する容器(以下、チャンバと記す。)7と、を備える。
【0033】
成形型1は、側部11と、底部12と、パンチ部13とを備える。側部11は、空間を囲むようにして形成される。底部12は、側部11の下側の開口部を塞ぐ。パンチ部13は、側部11の内壁に嵌合する嵌合部13aを備える。嵌合部13aは側部11に対して摺動可能である。側部11は、例えば、カーボンによって形成される。底部12およびパンチ部13は、例えば、金属で形成される。
【0034】
駆動部3がパンチ部13を引き上げた状態で、側部11および底部12によって形成されている空間内に、硫化亜鉛の粉末が配置される。駆動部3は、パンチ部13を下方に押し込むことで、硫化亜鉛の粉末に荷重を印加する。
【0035】
電圧設定部2は、パンチ部13と底部12との間に電圧差が生じるように、パンチ部13および底部12に対してそれぞれ電圧を設定する。これにより、パンチ部13と底部12との間に配置された成形型の側部11に電流が流れ、パンチ部13、底部12、および側部11が発熱し、これに伴って硫化亜鉛の粉末が加熱される。
【0036】
また、パンチ部13と底部12との間に電圧差が生じるように、パンチ部13および底部12に対してそれぞれ電圧を設定すると、パンチ部13と底部12との間に配置された硫化亜鉛の粉末に電流が流れるが、側部11に流れる電流に比べると、その配分は小さい。
【0037】
また、成形型1の側部11の内部には、温度計4が配置される。温度計4が示す温度は、成形型1の内部の硫化亜鉛の粉末の温度であるとみなすことができる。
【0038】
なお、駆動部3および電圧設定部2は、制御装置(図示略)の制御に従って動作してもよく、あるいは、オペレータの操作に従って動作してもよい。以下、駆動部3および電圧設定部2が制御装置の制御に従って動作する場合を例にして説明する。この場合、制御装置は、温度計4が示す温度を監視する。なお、オペレータが駆動部3および電圧設定部2を操作する場合、オペレータが温度を視認できるように、温度計4が示す温度をチャンバ7の外部のディスプレイ装置(図示略)に表示する構成であればよい。
【0039】
図2は、本発明の硫化亜鉛焼結体の製造方法の処理経過の例を示すフローチャートである。まず、成形型1に硫化亜鉛の粉末を配置する(ステップS1)。例えば、駆動部3がパンチ部13を引き上げた状態で、側部11の上側の開口部から、側部11および底部12によって形成されている空間内に硫化亜鉛の粉末を充填する。ステップS1では、粉末配置後、駆動部3が、制御装置の制御に従って、嵌合部13aの下面が硫化亜鉛の粉末に接触する状態まで、パンチ部13を降下させる。この状態では、嵌合部13aの下面が硫化亜鉛の粉末に接触しているだけであり、粉末への荷重は無視できる程度である。
【0040】
なお、硫化亜鉛の粉末は、市販の高純度硫化亜鉛の粉末でよい。また、硫化亜鉛の粉末の粒径にばらつきがあってもよい。例えば、硫化亜鉛の粉末は、粒径5μm程度の粉末を中心として、粒径1μmから粒径10μm程度の範囲でばらついていてもよい。
【0041】
次に、電圧設定部2は、制御装置の制御に従って、パンチ部13と底部12との間に電圧差が生じるようにパンチ部13および底部12に対してそれぞれ電圧を設定することによって、成形型1内の硫化亜鉛の粉末に対する加熱を開始し、硫化亜鉛の粉末の温度を上昇させる(ステップS2)。前述のように、パンチ部13および底部12に電圧差が生じることで、パンチ部13と底部12との間に配置された側部11に電流が流れ、その結果、硫化亜鉛の粉末は加熱される。そして、電圧設定部2がパンチ部13と底部12との電圧差を大きくして電流量を増加させることで、硫化亜鉛の粉末の温度は上昇していく。ここで、硫化亜鉛の粉末の温度上昇の速度が0.5℃/分〜5℃/分になるように、硫化亜鉛の粉末の温度上昇を調節することが好ましい。
【0042】
粉末の温度を上昇させ、焼結温度未満で温度を一定となるよう制御する(ステップS3)。この温度をプリベーク温度という。プリベークを行うことで、粉末にわずかに含まれる不純物が加熱によりSOxなどの気体となり除去され、粉末は高純度の硫化亜鉛となる。プリベーク温度は、250℃〜750℃が適している。
【0043】
ここで、あらかじめ硫化亜鉛の粉末を250℃〜750℃に加熱して不純物を除去した後冷却し、前記工程の粉末として再度加熱してもよい。または、250℃〜750℃の温度範囲での加熱による温度上昇をわずかとし、温度上昇中に一定温度の保持と同等の効果が出るように制御してもよい。この場合、温度上昇の速度は0.01℃/分〜5℃/分が好ましい。
【0044】
粉末を焼結する場合、粉末の温度は、粉末の物質の融点よりも低いある温度まで上昇するように制御され、その温度で維持される。この温度を焼結温度という。焼結温度で粉末は焼結される。硫化亜鉛の粉末を焼結する場合の焼結温度は、850℃〜950℃が適している。
【0045】
硫化亜鉛の粉末の温度が焼結温度の近傍温度に達したときに、駆動部3は、制御装置の制御に従ってパンチ部13の降下を開始させることによって、硫化亜鉛の粉末に対する荷重の印加を開始する(ステップS4)。そして、駆動部3は、パンチ部13を降下させ続け、硫化亜鉛の粉末に印加する荷重を上昇させる(ステップS5)。なお、焼結温度よりも100℃低い温度を、ステップS4で用いる近傍温度としてもよい。硫化亜鉛の粉末を焼結する場合の焼結温度は、850℃〜950℃が好ましく、この温度より100℃低い温度は、焼結温度の近傍温度であると言える。例えば、焼結温度として900℃を採用する場合、駆動部3は、800℃(=900−100)で粉末に対する荷重の印加を開始すればよい。また、例えば、焼結温度として950℃を採用する場合、駆動部3は、850℃(=950−100)で粉末に対する荷重の印加を開始すればよい。
【0046】
ここでは、焼結温度が900℃であり、800℃で粉末に対する荷重の印加を開始する場合を例にして説明する。制御装置は、温度計4が示す温度を監視し、温度計4が示す温度が800℃になったときに、硫化亜鉛の粉末が800℃まで上昇したと判定する。そして、制御装置は、駆動部3にパンチ部13の降下を開始させ、パンチ部13の降下を継続させればよい。ここでは、制御装置が駆動部3等を制御する場合を例示しているが、オペレータが駆動部3や電圧設定部2を操作する場合には、温度計4が示す温度をオペレータが監視する。そして、オペレータは、温度計4の温度が800℃になったときに、駆動部3を操作し、パンチ部13の降下を開始させ、パンチ部13の降下を継続させればよい。
【0047】
パンチ部13が降下するほど、硫化亜鉛の粉末に印加される荷重は大きくなる。従って、パンチ部13の降下が停止したときの荷重が、硫化亜鉛の粉末に印加される最大荷重となる。
【0048】
そして、硫化亜鉛の温度が焼結温度に達したときに、駆動部3は、パンチ部13によって、硫化亜鉛の粉末に最大荷重を印加する(ステップS6)。ステップS6で、焼結温度で高い荷重が印加されることによって、硫化亜鉛の粉末は焼結し、硫化亜鉛焼結体になる。側部11がカーボン製である場合、カーボンの耐性を考慮すると、硫化亜鉛の粉末に対する最大荷重は、40〜60MPaであることが好ましい。ここでは、硫化亜鉛の粉末に対する最大荷重が50MPaである場合を例にして説明する。
【0049】
制御装置は、温度計4が示す温度、および温度上昇の速度を監視し、硫化亜鉛の粉末が900℃に達するときに、硫化亜鉛の粉末に最大荷重(本例では50MPa)が印加されるように、駆動部3がパンチ部13を降下させる速度を制御する。そして、温度計4が示す温度(すなわち、硫化亜鉛の粉末の温度)が900℃になった時に、制御装置は、駆動部3にパンチ部13の降下を停止させ、電圧設定部2に、硫化亜鉛の粉末の温度上昇を停止させる。パンチ部13の降下を停止させるということは、硫化亜鉛の粉末に対する荷重の上昇を停止させるということである。この結果、硫化亜鉛の粉末が900℃に達するときに、硫化亜鉛の粉末に最大荷重50MPaが印加される。ここでは、制御装置が駆動部3等を制御する場合を例示しているが、オペレータが駆動部3や電圧設定部2を操作する場合には、オペレータが、温度計4が示す温度、および温度上昇の速度を監視し、硫化亜鉛の粉末が900℃に達するときに、硫化亜鉛の粉末に最大荷重(本例では50MPa)が印加されるように、駆動部3がパンチ部13を降下させる速度を制御すればよい。
【0050】
硫化亜鉛の粉末が焼結温度に達した後、電圧設定部2は、制御装置の制御に従って、
成形型1内の硫化亜鉛の粉末の温度を焼結温度のまま維持する。また、駆動部3は、制御装置の制御に従って、硫化亜鉛の粉末に対する荷重を、最大荷重で維持する(ステップS7)。この状態で、硫化亜鉛の粉末の焼結が進行し、パンチ部13は、成形型1に配置した硫化亜鉛の粉末材料が収縮する方法(下方方向)に変位する。
【0051】
電圧設定部2および駆動部3は、硫化亜鉛の粉末の温度を焼結温度のまま維持し、硫化亜鉛の粉末に対する荷重を最大荷重のまま維持する状態を、所定時間継続する。この所定時間とは、例えば、1〜24時間である。また、パンチ部13の変位がゼロになる時間が、上記の所定時間の目安である。
【0052】
続いて、電圧設定部2は、制御装置の制御に従って、硫化亜鉛焼結体の温度を低下させ、駆動部3は、制御装置の制御に従って、硫化亜鉛焼結体に対する荷重を低下させる(ステップS8)。ステップS8では、硫化亜鉛焼結体の上側と下側の温度差に起因する割れが生じないように、温度および荷重を低下させればよい。荷重を低下させるということは、駆動部3がパンチ部13を上昇させるということである。温度を低下させることは、パンチ部13と底部12との間の電圧差をゼロにすること、あるいは、パンチ部13および底部12との間の電圧差を少しずつ小さくするように電圧設定部2を制御することで実現する。
【0053】
パンチ部13と底部12との間の電圧差をゼロにする場合、パンチ部13、底部12、および側部11の発熱がなくなる。これにより、パンチ部13が接触する駆動部3、および底部12が接触するステージ(図示略)への熱の流れが生じるため、速い速度で温度が低下する。そのため、硫化亜鉛焼結体の温度も、速い速度で低下する。
【0054】
このとき、荷重を低下させるためにパンチ部13を上昇させ、パンチ部13と硫化亜鉛焼結体との接触がなくなると、熱の流れは底部12方向のみに生じる。このため、硫化亜鉛焼結体の上側の温度が高く、下側の温度が低くなり、硫化亜鉛焼結体の上側と下側とで温度差が生じる。この温度差が大きくなると、硫化亜鉛焼結体の割れが生じるため、適切なタイミングで硫化亜鉛焼結体の荷重を低下させて、温度および荷重を低下させる。
【0055】
一方、パンチ部13および底部12との間の電圧差を少しずつ小さくするように電圧設定部2を制御する場合、パンチ部13、底部12、および側部11には発熱があり、硫化亜鉛焼結体を所望の温度で低下させることができる。ただし、この場合も、パンチ部13を上昇させると硫化亜鉛焼結体の上側と下側とで温度差が生じるため、適切なタイミングで硫化亜鉛焼結体の荷重を低下させて、温度および荷重を低下させる。
【0056】
例えば、パンチ部13の移動方向に沿った硫化亜鉛焼結体の長さが長いほど(本例では、硫化亜鉛焼結体の高さが高いほど)、駆動部3は、硫化亜鉛焼結体に対する荷重の低下速度を遅くする(すなわち、パンチ部13の上昇速度を遅くする)。
【0057】
以上のような方法によって、前述のような、本発明による硫化亜鉛焼結体を製造することができる。この硫化亜鉛焼結体は、中赤外領域(3μm以上5μm以下の波長域)における光の透過率が良好であり、赤外線を利用した分析用カメラや暗視カメラ等の光学装置において、良好な光学材料として用いることができる。また、8μm以上12μm以下の波長域の光の透過率も良好とすることができる。
【0058】
以上の説明では、駆動部3および電圧設定部2が制御装置の制御に従って動作する場合を例にして説明した。既に述べたように、駆動部3および電圧設定部2は、オペレータの操作に従って動作してもよい。
【0059】
以上のような製造方法によれば、硫化亜鉛の粉末を1μm以下に微細化する前処理を行う必要がない。また、ステップS7の後に、硫化亜鉛焼結体に対してHIP処理を行う必要もない。そして、成形型1の材料は、カーボンや金属でよく、成形型1に特殊な材料を用いる必要もない。さらに、不純物が十分に除去されるため、残留不純物により透過率が低下することもない。従って、硫化亜鉛の粉末を微細化する処理やHIP処理を行わずに、中赤外領域の光の透過率が良好な硫化亜鉛焼結体を低コストで製造することができる。従って、硫化亜鉛焼結体も安価にすることができる。
【0060】
なお、上記のような製造方法によって、3μm以上5μm以下の波長域での透過率特性が良い硫化亜鉛焼結体が得られる理由については分かっていないが、本発明の発明者は、以下のような理由を推測している。
【0061】
不純物が残留したまま高温に加熱されると、硫化亜鉛粉末が焼結体として緻密化した状態でガスとなるため、焼結体から除去されず、ガスとして残留して気孔の原因となる。この気孔が焼結体内部に入射した光を散乱させ、透過率を低下させる。また、残留不純物は母体の硫化亜鉛と不純物との間で屈折率界面を形成し、この界面で光を散乱し、透過率を低下させるほか、不純物自体の光吸収により透過率が低下する。そのため、不純物の除去は高い透過率の達成に不可欠であり、その最適なプリベーク温度が250℃〜750℃の範囲であることを、発明者は見出した。250℃よりプリベーク温度が低いと、不純物が十分に除去されず、750℃よりプリベーク温度が高いと、焼結が進行し、不純物が除去される前に焼結体内に取り込まれ、除去することができない可能性がある。このときのプリベーク温度を保持する時間は、30分以上が好ましい。
【0062】
硫化亜鉛の粉末をプリベーク温度で保持することで、不純物から発生したガスをほぼ完全に除去できるため、高純度の焼結体とすることができ、良好な特性が得られるということを、発明者は理由として推測している。
【0063】
硫化亜鉛の粉末を加熱し不純物を除去する手段としては、第一は、硫化亜鉛の粉末に対する加熱を開始したあと、硫化亜鉛の粉末の焼結温度未満で温度を保持する。第二は、あらかじめ硫化亜鉛の粉末を加熱して不純物を除去した後、その粉末を前記工程の硫化亜鉛粉末として用いる。第三は、適した温度範囲での加熱による温度上昇をわずかとし、温度上昇中に一定温度の保持と同等の効果が出るように制御する方法がある。
【0064】
第一の手段では、製造工程としては硫化亜鉛の粉末を加熱して焼結するための製造装置の加熱プログラムを調整するだけなので、工程が複雑にならないという特徴がある。第二の手段では、あらかじめ硫化亜鉛の粉末を加熱するため、第一の手段よりも粉末を焼結するための製造装置の使用時間が短縮できるという特徴がある。第三の手段では、第一の手段の特徴に加え、製造装置の温度を一定にして保持する必要がないことから、温度制御が容易になるため、連続炉などの温度制御が困難な製造装置への応用が容易である。
【0065】
また、本発明による硫化亜鉛焼結体の製造方法で用いる製造装置は
図1に例示する構成に限定されない。
【0066】
図3は、硫化亜鉛焼結体の製造装置の他の例を示す説明図である。
図1に示す要素と同一の要素については、
図1と同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0067】
図3に示す硫化亜鉛焼結体の製造装置100Aは、
図1に示す電圧設定部2を備えずに、チャンバ7内にヒータ9を備える。そして、製造装置100Aは、放電プラズマ焼結法を採用するのではなく、ヒータ9によってチャンバ7内全体を加熱することで、硫化亜鉛の粉末を加熱する。すなわち、
図1に示す製造装置100は、放電プラズマ焼結法によって硫化亜鉛の粉末を中心に加熱を行うのに対して、製造装置100Aは、ヒータ9によってチャンバ7内全体を加熱する。また、製造装置100Aでは、底部12およびパンチ部13は、金属ではなく、カーボンで形成されていてもよい。また、
図3では、
図1と同様に、温度計4が側部11の内部に配置されている場合を示しているが、
図3に示す構成では、温度計4は、チャンバ7内で側部11の外部に配置されていてもよい。
【0068】
駆動部3およびヒータ9は、制御装置(図示略)の制御に従って動作してもよく、あるいは、オペレータの操作に従って動作してもよい。
【0069】
図3に示す製造装置100Aを用いた場合であっても、本発明の実施形態に係る硫化亜鉛焼結体の製造方法を実現でき、本発明の実施形態に係る硫化亜鉛焼結体が得られる。
【実施例】
【0070】
本発明の発明者は、本発明の実施形態に係る硫化亜鉛焼結体の製造方法により硫化亜鉛焼結体を製造し、その硫化亜鉛焼結体の透過率を確認した。プリベーク温度は400℃とし、4時間の保持を行った。
図4は、本発明による硫化亜鉛焼結体の製造方法によって製造した硫化亜鉛焼結体の透過率特性の例を示すグラフである。また、
図5は、
図4に示す波長3μm、4μm、5μmでの透過率、および3〜5μmの波長域での平均透過率を示す表である。なお、
図4および
図5では、硫化亜鉛焼結体の厚さを5mmにした場合における透過率を示している。
図4に示すように、3μm以上5μm以下の波長域での透過率は60%以上である。また、3μm以上5μm以下の波長域での透過率は、60%以上75%以下の範囲に含まれている。また、
図4および
図5から分かるように、3μm以上5μm以下の波長域での透過率は、64%以上になっている。より具体的には、3μm以上5μm以下の波長域での透過率は、64%以上69%以下になっている。
【0071】
実施例で製造した焼結体は、上述した[特許文献3]の焼結体と比較して、プリベーク処理を施した点で異なっている。また、実施例で製造した焼結体の透過率は、上述した[特許文献3]の焼結体の透過率と比較して、波長3μm以上5μm以下の平均値において、10%以上高い値であり、非常に優れた透過率を有する。
【0072】
また、
図4に示すように、厚さを5mmとした場合における、8μm以上12μm以下の波長域の光の透過率は、39%以上である。また、
図4に示すように、厚さを5mmとした場合における、8μm以上12μm以下の波長域の光の透過率は、
39%以上80%以下の範囲に含まれている。
【0073】
上記の実施形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載され得るが以下には限られない。
【0074】
(付記1)
厚さを5mmとした場合における、3μm以上5μm以下の波長域の光の透過率が60%以上である、硫化亜鉛焼結体。
【0075】
(付記2)
厚さを5mmとした場合における、3μm以上5μm以下の波長域の光の透過率が60%以上75%以下である、付記1に記載の硫化亜鉛焼結体。
【0076】
(付記3)
厚さを5mmとした場合における、3μm以上5μm以下の波長域の光の透過率が64%以上である、付記1または2に記載の硫化亜鉛焼結体。
【0077】
(付記4)
厚さを5mmとした場合における、8μm以上12μm以下の波長域の光の透過率が
39%以上である、付記1から3のいずれか1つに記載の硫化亜鉛焼結体。
【0078】
(付記5)
厚さを5mmとした場合における、8μm以上12μm以下の波長域の光の透過率が39%以上80%以下である、付記1から付記4のいずれか1つに記載の硫化亜鉛焼結体。
【0079】
(付記6)
成形型に硫化亜鉛の粉末を配置し、
前記硫化亜鉛の粉末に対する加熱を開始し、前記硫化亜鉛の粉末の温度を上昇させ、
前記硫化亜鉛の粉末の温度が焼結温度に達する前に、前記硫化亜鉛の粉末を前記焼結温度未満のプリベーク温度で加熱し、
前記硫化亜鉛の粉末の温度が
、前記プリベーク温度よりも高く前記焼結温度よりも低い、前記焼結温度の近傍の温度に達したときに、前記硫化亜鉛の粉末に対する荷重の印加を開始し、前記硫化亜鉛の粉末に印加する荷重を上昇させ、
前記硫化亜鉛の粉末の温度が前記焼結温度に達したときに、前記硫化亜鉛の粉末に最大荷重を印加し、
前記硫化亜鉛の粉末の温度が前記焼結温度に達した後に、前記硫化亜鉛の粉末の温度を前記焼結温度に維持しながら、前記硫化亜鉛の粉末に対する前記最大荷重の印加を維持する硫化亜鉛焼結体の製造方法であって、
前記硫化亜鉛の粉末が前記焼結温度に達する前に、前記焼結温度未満の温度で加熱する、硫化亜鉛焼結体の製造方法。
【0080】
(付記7)
前記硫化亜鉛の粉末が前記焼結温度に達する前に250℃〜750℃
の範囲である前記プリベーク温度で加熱する、付記6に記載の硫化亜鉛焼結体の製造方法。
【0081】
(付記8)
硫化亜鉛の粉末の温度が温度上昇中250℃〜750℃の
範囲である前記プリベーク温度を保持する、付記6または7に記載の硫化亜鉛焼結体の製造方法。
【0082】
(付記9)
硫化亜鉛の粉末をあらかじめ250℃〜750℃
の範囲である前記プリベーク温度で加熱し冷却した後、
前記硫化亜鉛の粉末の加熱を開始する、付記6または7に記載の硫化亜鉛焼結体の製造方法。
【0083】
(付記10)
硫化亜鉛の粉末の温度が温度上昇中250℃〜750℃の
範囲である前記プリベーク温度であるときに温度上昇をわずかとし、
前記温度上昇の速度を0.01℃/分〜5℃/分とする、付記6または7に記載の硫化亜鉛焼結体の製造方法。
【0084】
(付記11)
硫化亜鉛の粉末の温度が焼結温度よりも100℃低い温度に達したときに、前記硫化亜鉛の粉末に対する荷重の印加を開始する、付記6または7に記載の硫化亜鉛焼結体の製造方法。