(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022101311
(43)【公開日】2022-07-06
(54)【発明の名称】撥水性表面を有する構造体
(51)【国際特許分類】
G02B 1/18 20150101AFI20220629BHJP
C03C 17/42 20060101ALI20220629BHJP
B32B 3/30 20060101ALI20220629BHJP
B32B 17/06 20060101ALI20220629BHJP
【FI】
G02B1/18
C03C17/42
B32B3/30
B32B17/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020215827
(22)【出願日】2020-12-24
(71)【出願人】
【識別番号】000178826
【氏名又は名称】日本山村硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104639
【弁理士】
【氏名又は名称】早坂 巧
(72)【発明者】
【氏名】笠 晴也
【テーマコード(参考)】
2K009
4F100
4G059
【Fターム(参考)】
2K009BB02
2K009CC02
2K009CC03
2K009EE05
4F100AA12B
4F100AA13B
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4F100AA19D
4F100AA27B
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4F100JK07B
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4G059AA01
4G059AC16
4G059AC22
4G059EA01
4G059EA11
4G059EA12
4G059FA05
4G059FB03
4G059GA02
4G059GA04
4G059GA16
(57)【要約】 (修正有)
【課題】緻密に分布した微細凸部で表面が構成されている無機のガラスを基材とした撥水性反射防止構造体であって,撥水機能及び反射防止機能の耐久性が改善された構造体の提供。
【解決手段】微細凸部2の集合体として構成された表面を有する透明な無機ガラスからなる基材1と,該微細凸部に形成された靭性強化層3と,該靭性強化層上に形成された撥水剤層4とを備え,該靭性強化層は,破壊靭性値が2MPam1/2以上のセラミックからなり厚さが1~50nmである,撥水性反射防止構造体。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微細凸部の集合体として構成された表面を有する透明な無機ガラスからなる基材と,
該微細凸部に形成された高靭性材料層と,
該高靭性材料層上に形成された撥水剤層と
を備え,
該高靭性材料層は,破壊靭性値が2MPam1/2以上のセラミックからなり厚さが1~50nmである,
撥水性表面を有する構造体。
【請求項2】
該高靭性材料層が炭化ケイ素,酸化アルミニウム,二酸化ジルコニウム,窒化ケイ素,又は窒化アルミニウムよりなるものである,請求項1の撥水性表面を有する構造体。
【請求項3】
該高靭性材料層が炭化ケイ素,窒化ケイ素,又は窒化アルミニウムよりなるものである,請求項2の撥水性表面を有する構造体。
【請求項4】
該高靭性材料層と撥水剤層との間に撥水剤結合層を更に有するものである,請求項1~3の何れかの撥水性表面を有する構造体。
【請求項5】
該撥水剤結合層が酸化アルミニウム又は二酸化ジルコニウムよりなるものである,請求項4の撥水性表面を有する構造体
【請求項6】
該微細凸部が,高さ100~250nm,直径30~250nmである,請求項1~5の何れかの撥水性表面を有する構造体。
【請求項7】
微細凸部の集合体として構成された表面を有する透明な無機ガラスからなる基材と,
該微細凸部に形成された高靭性材料層と,
該高靭性材料層上に形成された撥水剤結合層と
を含んでなる,
撥水剤親結合性表面を有する構造体。
【請求項8】
該高靭性材料層が炭化ケイ素,窒化ケイ素,又は窒化アルミニウムよりなるものである,請求項7の構造体。
【請求項9】
該撥水剤結合層が酸化アルミニウム又は二酸化ジルコニウムよりなるものである,請求項8の構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,撥水機能を持つ表面を添えた構造体に関し,具体的には,サブミクロンレベルの密集した微細な凸部で構成された表面を有する基材と,当該表面に形成された高靭性材料層と,当該高靭性材料層上に直接又は中間層を挟んで形成された撥水剤結合層を備えた撥水性表面を有する構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来,レンズ等の透明な光学部材には反射防止機能や,水や汚れ等の付着防止機能を持たせるため,部材の表面に撥水機能の付与がなされている。ガラスの表面に撥水性を付与するためには,ガラス表面に石英の薄膜を成膜後,その上に撥水剤を塗布するのが一般的である。この方法では,ガラス表面の接触角は110度程度が通常であり,更なる撥水性を求めた開発がなされている。
【0003】
近年,微細加工技術を用いて,密集した微細な凸部(及び凸部間の凹部)で構成された蓮の葉の表面を模すことにより撥水性で且つ反射防止性の表面を対象物に付与する技術が知られるようになった(特許文献1)。特に,反射防止については,それらの微細凸部の間隔を,問題とする入射光の波長の半分以下にすることが提案されている。しかし,これらの微細構造体は,それらの凸部の微細さのため,撥水性や反射防止性に優れているが,布拭き等による摩擦力その他の外部荷重を受けると先端部分が非常に壊れやすいという特有の弱点がある。破壊された凸部の破片は,他の凸部と接触し更なる破壊の要因となる。この状態で布拭きを繰り返すと広範囲の微細構造の連鎖的な破壊が起こり,撥水性も反射防止機能も共に大幅に低下してしまう。このため,そのような微細構造を表面に有する構造体の実用化には問題が多かった。特に基材が耐候性の高さの点では有利な無機のガラス等,無機材料である場合,それらの外力が加わると微細凸部に脆性破壊が起こり易く,耐久性の低さが顕著に表れる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の背景において本発明の目的は,密集した微細凸部で表面が構成されている無機のガラスを基材とした撥水性表面を有する構造体であって,撥水機能の耐久性が改善された構造体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は,上記の課題解決に向けて研究を重ねた結果,それらの微細凸部の表面に高靭性材料層を付加し,これに撥水剤層を(場合により,破壊靭性値の高い撥水剤結合層を付加した上で)付加することで,布拭き等の際にかかる摩擦力や荷重等の外力による微細凸部の破壊を顕著に抑制でき,高い撥水性を維持できるようになることを見出し,更に検討を重ねて本発明を完成させた。すなわち,本発明は以下を提供する。
【0007】
1.微細凸部の集合体として構成された表面を有する透明な無機ガラスからなる基材と,
該微細凸部に形成された高靭性材料層と,
該高靭性材料層上に形成された撥水剤層と
を備え,
該高靭性材料層は,破壊靭性値が2MPam1/2以上のセラミックからなり厚さが1~50nmである,
撥水性表面を有する構造体。
【0008】
2.該高靭性材料層が炭化ケイ素,酸化アルミニウム,二酸化ジルコニウム,窒化ケイ素,又は窒化アルミニウムよりなるものである,請求項1の撥水性表面を有する構造体。
【0009】
3.該高靭性材料層が炭化ケイ素,窒化ケイ素,又は窒化アルミニウムよりなるものである,上記2の撥水性表面を有する構造体。
【0010】
4.該高靭性材料層と撥水剤層との間に撥水剤結合層を更に有するものである,上記1~3の何れかの撥水性表面を有する構造体。
【0011】
5.該撥水剤結合層が酸化アルミニウム又は二酸化ジルコニウムよりなるものである,上記4の撥水性表面を有する構造体
【0012】
6.該微細凸部が,高さ100~250nm,直径30~250nmである,上記1~5の何れかの撥水性表面を有する構造体。
【0013】
7.微細凸部の集合体として構成された表面を有する透明な無機ガラスからなる基材と,
該微細凸部に形成された高靭性材料層と,
該高靭性材料層上に形成された撥水剤結合層と
を含んでなる,
撥水剤親結合性表面を有する構造体。
【0014】
8.該高靭性材料層が炭化ケイ素,窒化ケイ素,又は窒化アルミニウムよりなるものである,上記7の構造体。
【0015】
9.該撥水剤結合層が酸化アルミニウム又は二酸化ジルコニウムよりなるものである,上記8の構造体。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば,微細凸部の集合体で構成された表面を備えた撥水性表面を有する構造体で起こり易い微細凸部の破壊の発生を抑制することができ,それにより撥水性及が改善された構造体を提供することができる。本発明により得られる撥水性表面を有するガラスは,例えば,安全のために高度の視認性を有し且つ維持することが必要な自動運転車用のカメラを含む種々のカメラレンズのカバー用に,野外雨天時における表面の雨粒の映り込みを防いで鮮明な撮像を可能にし,布拭き等の荷重や摩擦に対し高い耐性を有する撥水性表面を有する構造体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は,本発明の撥水性表面を有する構造体を示す模式的断面図である。参照番号1は基材,2は微細凸部,3は高靭性材料層(又は高靭性材料層及びその上の撥水剤結合層),4は撥水剤層を示す。
【
図2】
図2は,摺動試験に付した実施例1~3及び比較例1の各サンプルについての摺動距離と水との間の接触角との関係を示すグラフである。
【
図3】
図3は,摺動試験に付した実施例4~5及び比較例2の各サンプルについての摺動距離と水との間の接触角との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
〔撥水性表面を有する構造体〕
図1は,本発明の撥水性表面を有する構造体の模式的断面図である。撥水性表面を有する構造体は,微細凸部(2)で構成された表面を有する基材(1)と,当該表面上に高破壊靭性値を有する材料で形成された高靭性材料層(又は更にその上の撥水剤結合層)(3),及びその上の撥水剤層(4)を備えている。
【0019】
〔微細凸部〕 本発明において「微細凸部」とは,幅がサブミクロンのサイズ(即ち1μm未満)のおおむね円錐状ないし円錐台状の突出部分をいい,「微細凸部で構成された表面」とは,緻密に分布したその様な構造によって構成された表面をいう。
【0020】
微細凸部の幅(直径)は,高い撥水性を付与するためには50~350nmであることが好ましく,可視光に対する反射防止効果の点から50~300nmであることがより好ましい。
【0021】
微細凸部の高さは,50~350nmであることが好ましく,100~250nmであることがより好ましい。凸部の高さが50nm未満であると十分な反射防止効果が得られない。また,凸部の高さが250nmを超えると強度が不足し耐久性が悪くなる。
【0022】
〔基材〕 本発明において,撥水性表面を有する構造体の基材は,耐候性の観点から合成石英ガラス,溶融石英ガラス,溶融ガラス等の透明な無機ガラス材料であることが好ましい。微細凸部を形成する基材の表面は平面であっても曲面であってもよく,従って本発明の撥水性表面を有する構造体は,その撥水性表面の外観形状が平坦であっても曲面をなしていてもよい。
【0023】
〔高靭性材料層〕 無機ガラス表面に形成された密集した微細凸部に,高靭性材料層として,特定の高靭性セラミック材料の何れかを成膜するとことができる。そのようなセラミックとして,炭化ケイ素,酸化アルミニウム(アルミナ),二酸化ジルコニウム(ジルコニア),窒化ケイ素及び窒化アルミニウムが挙げられる。これらは何れも破壊靭性値が2MPam1/2以上のセラミックであり,高靭性材料層は,本発明の撥水性表面を有する構造体の布拭き等の取り扱い時に,荷重,摩擦力その他の外力が基材である無機ガラスに直接作用するのを防ぎ,応力を分散させて微細凸部の破壊を防ぐ働きをする。また,これらのセラミック自体摩耗に強い材料であるため,高靭性材料層の形成により微細凸部の摩耗を防ぐこともできる。
【0024】
高靭性材料層は層厚が大き過ぎると,隣接する微細凸部同士の隙間を高靭性材料層が埋めてしまうため撥水性が悪くなり,また膜厚が薄すぎると靭性強化効果が不足する。これらを考慮すると,高靭性材料層の厚さは1~50nmであることが好ましく,10~40nmであることがより好ましい。
【0025】
〔撥水剤層〕 撥水剤層は,これを塗布された表面の表面エネルギーを低下させ,撥水性を向上させる役割をする。微細凸部で構成され更に高靭性材料層が形成された表面は,これに撥水剤の塗布(撥水剤処理)を行うことで,撥水性が向上する。撥水剤の塗布は同時に,摩擦係数の低下をもたらすため,それによっても,表面の微細凸部が摩耗から防がれる。撥水剤としては,特に限定はされないが,フッ素系シラン化合物を用いることが好ましい。撥水剤層の膜厚は,1~10nmであることが好ましく,2~5nmであることがより好ましい。撥水剤層の膜厚が1nm未満の場合は十分な撥水性の効果が得られず,膜厚が10nmを超える場合は反射防止効果が低減してしまう。
【0026】
〔撥水剤結合層〕
【0027】
高靭性材料層が炭化ケイ素や窒化ケイ素,窒化アルミニウムなどの非酸化物系のセラミックである場合,フッ素系シラン化合物よりなる撥水剤との結合性が低く,撥水効果の十分な向上が得られないおそれがある。その場合,表面を撥水剤結合性に変えるため,これらの非酸化物系のセラミックよりなる高靭性材料層上に酸化アルミニウム又は二酸化ジルコニウムよりなる中間層を形成し,撥水剤の塗布は,当中間層に対して行うことができる。これらの酸化物系セラミックよりなる層は,フッ素系シラン化合物よりなる撥水剤を強く結合させ(撥水剤結合層),摩擦に対する撥水剤層の結合安定性を高め,水に対する大きな接触角と同時に表面の摩擦に対する撥水性の耐久性を高める働きをし,更にはそれらの高靭性により微細凸部の強度をより向上させる。撥水剤結合層の厚さは,撥水剤の結合性の向上,微細凸部の形状の維持を考慮すると,1~50nmであることが好ましく,5~20nmであることがより好ましい。
【0028】
なお,高靭性材料層が酸化アルミニウム又は二酸化ジルコニウムよりなる場合,これらはフッ素系シラン化合物である撥水剤と強く結合することから,中間層(撥水剤結合層)を設ける必要はないが,設けてもよい。
【0029】
〔撥水性表面を有する構造体の製造方法〕 本発明の撥水性表面を有する構造体の製造方法は,基材に微細凸部を形成する工程と,微細凸部を覆うように高靭性材料層,撥水剤結合層を形成する工程とを含む。
【0030】
1.微細凸部の形成 基材に微細凸部を形成する工程では,まず基材表面に金属薄膜が形成される。金属薄膜の構成に用いることのできる金属の例としては,カルシウム,アルミニウム,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛,ロジウム,パラジウム,銀,インジウム,スズ,タンタル,タングステン,イリジウム,白金,金,鉛,及びビスマスが挙げられるが,これらに限定されない。これらの金属のうち,金,銀及び銅は,特に好ましいものに含まれる。
【0031】
撥水性表面を有する構造体用の基材の表面に形成される金属薄膜は,1種の金属のみからなっていても,積層された2種以上(例えば2層,3層,4層等)の金属層から構成されていてもよい。
【0032】
金属薄膜全体の厚みに明確な上限や下限はないが,目的に応じ所望により,例えば1~50nm,1~20nm,1~10nm,2~6nm等とすることができるが,これらに限られない。複数の金属層の厚みは同一でも異なっていてもよい。
【0033】
基材への金属の積層は,適宜の方法で行えばよく,スパッタリングはこの目的に便利な方法の一つである。
【0034】
上記により基材表面に成膜された金属薄膜は,これを融解させ,ナノレベルの微細な液滴となって基材表面に緻密に分布するのを促すために,還元性雰囲気下の熱処理に付される。熱処理を行う温度は,金属薄膜を融解させることのできる温度で行えば十分であり,例えば,金,銀,銅の金属層からなる場合,約1000℃とすることができる。
【0035】
金属薄膜の薄さのため,複数の金属を使用する場合でも,一旦融解した金属は各部位で速やかに混合して合金を構成できると考えられることから,熱処理温度を保持する時間の長さに特段の限定はないが,結果の安定性確保には,例えば30分程度に設定することができる。熱処理後の冷却は,徐々に行うことが好ましい。
【0036】
金属微粒子の付着した基材表面に対してドライエッチングを行う。ドライエッチングはプラズマにより活性化させたフッ素によるドライエッチングが利用できる。そのためのエッチングガスとしては,フッ素を含むガス(CF4,CHF3,C3F8,C4F8,NF3,BF3,SF6等)が知られており,それらから適宜選択して使用できる。
【0037】
本発明においてドライエッチングは,金属微粒子をいわばメタルマスクのように利用して金属微粒子の下方の基材のエッチングを抑制することで,金属微粒子間の領域の侵食を相対的に促し金属微粒子下方に基材を微細凸部として残す目的のものである。このため,垂直方向への異方性エッチングが採用される。異方性エッチングの技法は周知であり,適宜の装置を用いて常法により行うことができる。ドライエッチングを行うことにより,基材表面に密集した微細凸部が形成される。
【0038】
2.高靭性材料層の形成 高靭性材料層が,炭化ケイ素,窒化ケイ素,又は窒化アルミニウムよりなる場合,撥水剤処理に先立って,当該高靭性材料層上に酸化アルミニウム又は二酸化ジルコニウムよりなる撥水剤結合層を形成することができる。撥水剤結合層の形成には,スパッタ法,真空蒸着法,イオンプレーティング法などの物理気相成長法,プラズマCVD法などの化学気相成長法等,通常の方法を用いることができる。
【0039】
3.撥水剤結合層の形成 必要に応じて高靭性材料層の上に撥水剤結合層が形成される。撥水剤結合層の形成方法としては,高靭性材料層と同様にスパッタ法,真空蒸着法,イオンプレーティング法などの物理気相成長法,プラズマCVD法などの化学気相成長法などを用いることができる。
【0040】
高靭性材料層上に(該当する場合は,撥水剤結合層上に)撥水剤が塗布され熱処理に付されることにより,撥水剤層が形成される。撥水剤の塗布には,スプレー塗布,スピン塗布,浸漬塗布,蒸着などの通常の方法を用いることができる。
【実施例0041】
以下実施例及び比較例を参照して本発明を更に具体的に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0042】
1.金,銀及び銅による積層金属薄膜の形成 基材として合成石英ガラスを用い,これを3元RFスパッタ成膜装置(SVC-700LRF,サンユー電子株式会社製)にセットし,装置内を真空引きし(8×10-4Pa以下),アルゴンガスを5~15sccm(Standard Cubic, Centimeter per Minute)の流量で流しながら,成膜時の圧力を0.2Paに調整した。この成膜圧力下にRFパワー25~50Wにて基材表面に銀(2nm厚),金(15nm厚)をこの順に成膜して積層金属薄膜とした
【0043】
2.基材上での合金微粒子の生成 上記で積層金属薄膜を成膜した基材を管状炉にセットし,真空引き後,アルゴンガスを充填した。30分間かけて1000℃まで昇温し,この温度を30分間保持することにより熱処理した後,40分間かけて250℃まで冷却し,その後室温まで急冷させた。基材表面を走査型プローブ顕微鏡(SPM)(OLS3500 オリンパス株式会社製)により観察(モード:モード:ダイナミック・フォース・モード(Dynamic Force Mode))したところ,積層金属薄膜は溶融し,ナノサイズの無数の合金微粒子となって基材表面全体に緻密に分布した状態で付着しているのが確認された。粒子径は40~120nm,粒子の中心間距離は100~110nmであった。
【0044】
3.ドライエッチング加工 合金微粒子の付着した上記基材を,ドライエッチング装置(RIE-400iP,サムコ(株)製)にセットし,真空引きを行い,CHF3ガスを10~100sccm,酸素ガスを1~10sccmの流量で流しながら1.0~5.0Pa程度に圧力を調整した。ICP(誘導結合プラズマ)発生装置のパワーを50~200Wとし,プラズマを発生させてCHF3+酸素ガスを活性化させ,基材の合金微粒子付着表面の石英ガラスに対し3~15分間かけて異方性ドライエッチングを行った。エッチング後の基材の当該表面を観察したところ,微細な凸部が石英ガラス全面に緻密に形成されているのが確認された。形成された凸部は,高さ130~160nm,幅100~280nmであり,隣接する凸部の中心間距離は100~300nmであった。このことは,石英ガラス基板表面に分布していた合金粒子がエッチングにおいてメタルマスクとして働き,それらが付着した各位置で下方の石英ガラスのエッチングの進行が抑制されたことを示している。
【0045】
4.高靭性材料層,撥水剤結合層の形成 余分なメタルマスクを除去後,ドライエッチング済みの基材を3元RFスパッタ成膜装置(SVC-700LRF,サンユー電子株式会社製)にセットし,装置内を真空引きし(8×10-4Pa以下),アルゴンガスを5~30sccm(Standard Cubic, Centimeter per Minute),酸素を0.5~5sccmの流量で流しながら,成膜時の圧力を0.2~0.5Paに調整した。この成膜圧力下にRFパワー150Wにて基材のドライエッチング済み表面に,ジルコニア,窒化ケイ素,又はアルミナ(以上実施例1~3),石英(比較例1)が成膜されたサンプルを得た。また,窒化ケイ素が成膜されたサンプルの一部について,更に撥水剤結合層として,アルミナ(実施例4及び5)又は石英(比較例2)が成膜されたサンプルを得た。成膜された各層の厚さは表1に示す。これらの成膜済みサンプルに対し撥水剤処理を以下の通りに行った。
【0046】
5.撥水剤処理 パーフルオロアルコキシシラン系撥水剤(オプツールUD120,ダイキン工業製)をフッ素系溶剤(ノベック,3M社製)で200倍程度に希釈し,上記で作製したスパッタリング済み基材をこの希釈液に浸した後,100~130℃で1時間程度加熱し,撥水剤を結合させた。
【0047】
【0048】
6.接触角測定 実施例1~5及び比較例1及び2で準備した撥水剤処理後の各サンプルにつき,純水で軽く洗浄し余分な撥水剤を取り除き,水との間の接触角を接触角測定機(Fibro System AB製)にて測定した。結果を表1に示す。
【0049】
7.摺動試験 撥水剤処理を経て準備された実施例1~5,及び比較例1,2について,摺動試験を行った。摺動試験には,研磨機(ムサシノ電子社製)を利用し,25mm角のサンプルの微細凸部作製面を装置の回転盤面に当て,約1kgfの荷重をかけ,摺動速度は323cm/分に設定した。装置側の摺動面は,ファイナルポリッシング(仕上げ研磨)パッド 品番#191(フジボウ愛
媛製)とした。なお,実施例1~3,及び比較例1については,摺動距離を850cm,及び1900cmとし,実施例4~5,及び比較例2については,摺動距離を950cm,1900cm,及び2850cmとして,摺動後のサンプル表面の接触角を測定した。結果を表1に示す。
【0050】
〔撥水性の評価結果〕 表1に示すように,破壊靭性値の低い材料である石英の層が設けられた比較例1のサンプルの水との接触角は,摺動試験開始前における134.3°から,1900cmの摺動後の109.5°と,著しく低下(差:24.8℃)し,且つ略同じだけの低下が早くも850cmの摺動後には生じていた。
【0051】
これに対し,ジルコニア,窒化ケイ素,又はアルミナよりなる高靭性材料層を備えたサンプル(実施例1~3)では,摺動試験開始前と1900cmの摺動後で接触角は,それぞれ,131.9°から132.5°に(実施例1:ジルコニア),130.4°から128.0°(実施例2:窒化ケイ素),及び129.7°から127.0°(実施例3:アルミナ)であり,何れも接触角の低下は見られない(実施例1)か,又は低下が2.4°(実施例2)若しくは2.7°(実施例3)と,僅かであった。
【0052】
使用した撥水剤は酸化物表面に対する強い結合性を有していること,及びサンプル表面の微細凸部の破壊は接触角の大幅な低下に直結することから,上記の摺動試験の結果は,比較例1のサンプルでは微細凸部の破壊が生じたこと,及びこれとは対照的に,実施例1~3のサンプルでは微細凸部の破壊がほぼ確実に防止されたことを示している。
【0053】
また,表1に,実施例2と同じ窒化ケイ素を高靭性材料層とするサンプルの表面に撥水剤結合層(アルミナ)を設けた各サンプルでの試験結果を示す。実施例4(アルミナ,5nm)及び実施例5(アルミナ,10nm),並びに比較例2(石英,5nm)の各サンプルは,1900cmの摺動後,それぞれ134.6°,133.6°,及び128.7°の接触角を示している。実施例5及び6での上記接触角は,実施例2における同じ距離(1900cm)の摺動後の接触角に比べて増大しており,このことは窒化ケイ素層上に形成されたアルミナ層が撥水剤結合層として機能していることを強く示唆している。他方,撥水剤結合層として石英層が設けられた比較例2の接触角は,実施例2の同じ摺動距離での接触角より僅かに大きいだけであり,表面の石英層に脆性破壊が起きたものと考えられる。
【0054】
上記の結果は,破壊靭性値の低い基材の微細凸部に対して高破壊靭性値のセラミックによる層(高靭性材料層)を設けることで,微細凸部を外力による破壊から防護することができることを示している。また高靭性材料層が酸化物以外の撥水剤が結合しにくいセラミックからなる場合でも,当該層に破壊靭性値の高い酸化物セラミックを積層しこれに撥水剤処理を施すことで,撥水剤が表面に強く結合でき,撥水性が向上し且つその摩擦に対する耐性も向上することを示している。
本発明は,微細凸部の集合体を表面に有する撥水性表面を有する構造体及び当該構造体を製造するための撥水剤結合性表面を有する構造体であって,凸部破壊の起こりにくい構造体を提供することができ,それにより撥水性の耐久性が改善された構造体を提供することができる。本発明により得られる撥水性表面を有するガラスは,例えば,雨滴の映り込みを防ぐ自動運転車用カメラその他のカメラのための耐久性を備えたレンズカバーとして有用である。