(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022101335
(43)【公開日】2022-07-06
(54)【発明の名称】正極への電解液注液方法及びそれを用いる空気電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 12/08 20060101AFI20220629BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20220629BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20220629BHJP
【FI】
H01M12/08 K
H01M4/88 Z
H01M4/86 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020215854
(22)【出願日】2020-12-24
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】501440684
【氏名又は名称】ソフトバンク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松田 翔一
(72)【発明者】
【氏名】安川 栄起
(72)【発明者】
【氏名】木村 伸
(72)【発明者】
【氏名】山口 祥司
(72)【発明者】
【氏名】角田 宏郁
(72)【発明者】
【氏名】大谷 晴彦
【テーマコード(参考)】
5H018
5H032
【Fターム(参考)】
5H018AA10
5H018EE02
5H018EE03
5H018EE04
5H018EE05
5H018EE08
5H018EE11
5H018EE12
5H032AA02
5H032AS01
5H032AS02
5H032AS11
5H032AS12
5H032BB10
5H032CC11
5H032CC12
5H032CC16
5H032EE03
5H032HH01
5H032HH04
(57)【要約】
【課題】 本発明は、正極に対し、少ない液量(具体的には、正極の全空孔体積よりも少ない体積の液量で、従来の注液法によれば注液斑が生じてしまう液量)の電解液を均一に注液することが可能な方法を提供すること、及び当該注液方法によって製造された正極を用いる空気電池の製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】 本発明によれば、多孔質構造の正極に、電解液の液滴を噴射することにより、電解液を正極に均一に注液する方法が提供される。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質構造の正極に、電解液の液滴を噴射することにより、前記電解液を前記正極に注液する方法であって、
注液後の正極の、電解液に含まれているリチウム塩の少なくとも1つの構成元素の蛍光X線測定による変動係数が、0.2よりも低い、
前記方法。
【請求項2】
前記リチウム塩が臭化リチウムであり、前記臭化リチウムを構成する臭素のKα線測定による変動係数が、0.2よりも低い、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記電解液の液滴を噴射することにより、前記正極の空孔の50%以上100%未満を前記電解液で充填する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記液滴の噴射が、0.001mm以上0.025mm以下の間隔で行われる、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記液滴の体積が、0.2nL以上0.43nL以下である、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の方法を含む、正極の製造方法。
【請求項7】
負極と、
セパレータと、
請求項6に記載の方法によって製造される正極と、
前記正極の活物質として酸素を取り込むための酸素流路層とを順に積層することによる空気電池の製造方法。
【請求項8】
負極と、
セパレータと、
請求項6に記載の方法によって製造される正極と、
前記正極の活物質として酸素を取り込むための酸素流路層とを順に積層することによる空気電池の製造方法であって、
前記正極の積層後に電解液の液滴を前記正極に噴射することにより、前記電解液を前記正極に注液してから前記空気流路層を積層する、
前記製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、正極への電解液の注液方法及び当該注液方法によって製造された正極を用いる空気電池の製造方法に関する。当該空気電池としては、特に、正極活物質として酸素を用いるリチウム空気二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
空気電池(例えば、リチウム空気二次電池)は正極活物質として酸素を使用する電池であり、酸素を取り込むための酸素流路層、正極(本願では、空気極と称することもある)、セパレータ、負極から構成され、電解液が注液される。例えば、特許文献1には、酸素拡散層、正極、セパレータ、負極の4層積層物に対し、非水電解質をセパレータに注液している非水電解質電池が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
酸素流路層は、層内を酸素が拡散する必要があり、電解液に湿潤されていると酸素拡散の妨げとなるため、電解液を含まないことが望ましいとされる。すなわち、電解液は、正極、セパレータ、負極、及びその周囲にのみ均一に存在することが望ましい。
【0005】
空気電池の電解液量は、当該電池のエネルギー密度に直結する。そのため、サイクル特性に影響を及ぼさない範囲で、可能な限り電解液量を少なくすると、その分の空気電池のエネルギー密度の向上が期待できる。
【0006】
また、空気電池の電解液量は、正極活物質である酸素の電池内の拡散にも大きく影響する。例えば、リチウム空気電池の場合、放電過程において、非水電解液中のリチウムイオンと正極活物質である酸素が反応することにより、過酸化リチウムが正極の空気極を構成する空気極層内に形成される。しかし、電解液中への酸素の溶解量には限りがあるため、酸素流路層近傍の空気極内で過酸化リチウムの生成が生じ、充放電サイクルが進むと、当該酸素流路層近傍の空気極内で生成して残存する過酸化リチウムにより、酸素流路層から空気極層内部への酸素拡散が阻害されることになってしまう。そうすると、充放電サイクル特性に悪影響を及ぼすことになると理解される。これは、空気極層が厚くなるにつれて空気極層内の酸素が不足し易くなることを意味する。ここで、空気極層の全空孔の体積を100%とした場合(すなわち、空気極層の空孔率を100%とした場合)の電解液量の体積%を、当該空孔率(100%)よりも少なくすることにより、空気極層内に酸素の拡散経路(いわゆる、拡散パス)となる空隙を積極的に残存させると、酸素流路層から供給された酸素が、空気極層内を容易に拡散できるようになり、空気極層内にある電解液の隅々まで酸素が溶解することになると理解される。
【0007】
そこで、上記二つの理由(空気電池のエネルギー密度の向上及び正極活物質である酸素の空気電池内での容易な拡散)により、空気電池の特性に悪影響を及ぼさない範囲で電解液量を少なくすることが望ましい。
【0008】
ここで、空気電池としてリチウム空気電池を例に挙げると、正極として多孔質炭素の空気極を用い、その空孔率を100%とした場合にそれよりも少ない体積の電解液を当該空気極に対して注液する場合、当該空気極の炭素表面は確実に電解液で満たされ、また、当該空気極内(具体的には、当該空気極を構成する空気極層内)の空孔中央部には電界液で満たされていない領域(いわゆる、貫通孔)が残存している状態が望ましい。このような状態においては、炭素表面を通じて電解液が連続して繋がることにより、リチウムイオンが多孔質炭素の空気極(正極)全体に行きわたることができ、また、空孔中央部に電界液で満たされていない貫通孔が存在することにより、酸素流路層から供給された酸素が空気極層内を容易に拡散することができる。
【0009】
一方で、電解液の注液量を少なくする場合には、多孔質構造の空気極において電解液が局在化し易い(すなわち、注液斑が生じ易い)という問題がある。このような多孔質構造の空気極において注液した電解液が局在化している状態を、本願では注液斑と称する。ここで、空気電池としてリチウム空気電池を例に挙げると、放電反応により、正極活物質である酸素と電解液中のリチウムイオンが反応して多孔質炭素の空気極の炭素表面に過酸化リチウムが生成することになるが、注液斑が生じると、電界液に湿潤していない領域が発生してしまうため、その領域ではリチウムイオンが拡散できず、過酸化リチウムの析出反応場として機能できなくなる。すなわち、正極である空気極全体を有効活用できなくなる。さらに、電解液が集中している領域では放電反応により生成する過酸化リチウムが偏析し易くなり、空気極内の空孔が局所的に目詰まりし易くなる。特に、電解液量を少なくすることにより注液斑が生じ易くなるにつれ、この傾向は顕著となる。
【0010】
例えば、特許文献1の非水電解質電池では、酸素拡散層、正極、セパレータ、負極を積層する4層積層物の構造となっており、ここでそのセパレータを狙って電解液(具体的には、非水電解質溶液)を従来の滴下や噴霧等の注液手段により注液する場合、電解液量を少なくすると、注液口に近い部分には十分な電解液が供給されるものの、注液口と反対側のセパレータや空気極では電解液が不足する恐れがある。すなわち、注液斑が生じ易いという問題がある。
【0011】
そこで、正極へ注入する電解液量は、注入後の正極に対する電解液の均一性を維持しつつ、空気電池の特性に悪影響を及ぼさない範囲でより少なくすることが望ましい。このような理由から、多孔質構造の正極に対し、空気極層の全空孔量よりも少ない液量(具体的には、全空孔の全体積よりも少ない体積の液量)、特に、従来の注液手段によれば注液斑が生じてしまうような少ない液量の電解液による注液でも均一に注液することが可能な方法、更には当該注液法によって製造される正極を用いた空気電池の製造方法の開発が望まれている。
【0012】
このような状況のもと、本発明の目的は、例えば、正極に対し、少ない液量(具体的には、正極の全空孔体積よりも少ない体積の液量で、従来の注液法によれば注液斑が生じてしまう液量)の電解液を均一に注液することが可能な方法を提供することである。
本発明の目的は、例えば、上記注液方法によって製造された正極を用いる空気電池の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、電解液の液滴を噴射することにより、少ない液量(具体的には、正極の全空孔体積量よりも少ない体積の液量であって、従来の注液法によれば注液斑が生じてしまう液量)でも、多孔質構造の正極に対して均一に電解液を注液できることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明の諸態様は、具体的には以下の[発明1]から[発明8]のとおりである。
[発明1]
多孔質構造の正極に、電解液の液滴を噴射することにより、前記電解液を前記正極に注液する方法であって、
注液後の正極の、電解液に含まれているリチウム塩の少なくとも1つの構成元素の蛍光X線測定による変動係数が、0.2よりも低い、
前記方法。
[発明2]
前記リチウム塩が臭化リチウムであり、前記臭化リチウムを構成する臭素のKα線測定による変動係数が、0.2よりも低い、発明1に記載の方法。
[発明3]
前記電解液の液滴を噴射することにより、前記正極の空孔の50%以上100%未満を前記電解液で充填する、発明1又は2に記載の方法。
[発明4]
前記液滴の噴射が、0.001mm以上0.025mm以下の間隔で行われる、発明1から3のいずれかに記載の方法。
[発明5]
前記液滴の体積が、0.2nL以上0.43nL以下である、発明1から4のいずれか一項に記載の方法。
[発明6]
発明1から5のいずれかに記載の方法を含む、正極の製造方法。
[発明7]
負極と、
セパレータと、
発明6に記載の方法によって製造される正極と、
前記正極の活物質として酸素を取り込むための酸素流路層とを順に積層することによる空気電池の製造方法。
[発明8]
負極と、
セパレータと、
発明6に記載の方法によって製造される正極と、
前記正極の活物質として酸素を取り込むための酸素流路層とを順に積層することによる空気電池の製造方法であって、
前記正極の積層後に電解液の液滴を前記正極に噴射することにより、前記電解液を前記正極に注液してから前記空気流路層を積層する、
前記製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、多孔質構造の正極に対して少ない液量(具体的には、正極の全空孔体積よりも少ない体積の液量で、従来の注液法によれば注液斑が生じてしまう液量)の電解液でも均一に注液できる。そのため、例えば、以下の効果が得られる。
本発明によれば、例えば、電解液を上記の少ない液量でも、多孔質構造の正極に対して均一に注液することが可能な方法を提供することが可能である。
本発明によれば、例えば、上記方法によって製造された正極を用いる空気電池を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施態様における空気電池の構造を説明する概略図である。
【
図2】本発明の一実施態様における液滴の噴射間隔を説明する概略図である。
【
図3】電解液を注液した後の正極の臭素Kα線のマッピングデータであり、(a)は実施例1、(b)は比較例1のマッピングデータである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の態様の一つは、多孔質構造の正極に対して、電解液の液滴を噴射することにより、前記電解液を前記正極に注液する方法である。
【0017】
多孔質構造の正極に用いる材料としては、正極に用いることができるものであれば特に制限されない。例えば、炭素、金属、炭化物、酸化物等が用いられ、中でも炭素が好ましい。
また、当該正極は、多孔化した構造(すなわち、多孔質構造)である。
空気電池用の正極(空気極)材料として使用する場合、一般的に、取扱いの容易さ、コスト、重量、グリーン環境、リサイクルの観点から炭素材料が好ましい。
また、空気電池の正極(空気極)は、そこに高い空気又は酸素透過性を付与するため、多孔質構造である。特に、空気電池としてリチウム空気電池を使用する場合、正極(空気極)は導電性があり、放電反応で生成する過酸化リチウムが析出する反応場になるため、多孔質構造である必要がある。
【0018】
多孔質構造の正極の原料としては、多孔質炭素粒子を使用するのが好ましい。多孔質炭素粒子としてはケッチェンブラック(登録商標)を含むカーボンブラック、その他テンプレート法にて形成された炭素粒子などを用いることができる。中でも、ケッチェンブラック(登録商標)は、総比表面積(BET法比表面積)が大きく、細孔径が2nm以上50nm以下のメソ孔と細孔径が50nm以上のマクロ孔の細孔容積や比表面積が大きい材料であるという点で、空気電池用の正極に用いる原料として好ましい。
【0019】
電解液の種類は、水系電解液でも非水系電解液でもよく、適用する電池の種類に応じて使用すればよい。具体的には、水系電解液電池であれば水系電解液、非水系電解液電池であれば非水系電解液を使用すればよい。
【0020】
リチウム空気電池を例に挙げると、電解液としてはリチウム塩を含有する非水系の任意の電解液が好ましく、当該リチウム塩としてLiBrを含む電解液が特に好ましい。前記非水系電解液において、リチウム塩を用いる場合は、例えば、LiBr、LiNO3、LiPF6、LiBF4、LiSbF6、LiSiF6、LiAsF6、LiN(SO2C2F5)2、Li(FSO2)2N、LiCF3SO3(LiTfO)、Li(CF3SO2)2N(LiTFSI)、LiC4F9SO3、LiClO4、LiAlO2、LiAlCl4、LiB(C2O4)2などのリチウム塩を挙げることができる。これらのリチウム塩は、それぞれ単独で使用してもよいが、2種以上を混合して使用してもよい。電解質は非水系の溶媒に溶解させて電解液として使用することができる。非水系の溶媒としては、グライム類(モノグライム、ジグライム、トリグライム、テトラグライム)、メチルブチルエーテル、ジエチルエーテル、エチルブチルエーテル、ジブチルエーテル、ポリエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、シクロヘキサノン、ジオキサン、ジメトキシエタン、2-メチルテトラヒドロフラン、2,2-ジメチルテトラヒドロフラン、2,5-ジメチルテトラヒドロフラン、テトラヒドロフラン、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸n-プロピル、酢酸ジメチル、メチルプロピオネート、エチルプロピオネート、ギ酸メチル、ギ酸エチル、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジプロピルカーボネート、メチルプロピルカーボネート、エチルプロピルカーボネート、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ポリエチレンカーボネート、γ-ブチロラクトン、デカノリド、バレロラクトン、メバロノラクトン、カプロラクトン、アセトニトリル、ベンゾニトリル、ニトロメタン、ニトロベンゼン、トリエチルアミン、トリフェニルアミン、テトラエチレングリコールジアミン、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジエチルホルムアミド、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホン、テトラメチレンスルホン、トリエチルホスフィンオキシド、1,3-ジオキソラン及びスルホランからなる群から選択されるが、これらに制限されない。また、これらの溶媒は、それぞれ単独で使用してもよいが、2種以上を混合して使用してもよい。
【0021】
多孔質構造の正極への電解液の注液は、電解液の液滴を噴射することにより行う。従来の注液では、マイクロピペットやディスペンサーを用いることが一般的であるが、これら手法では電解液量が少ないと注液斑が生じ易い。しかし、本発明では、1滴の液量及び噴射間隔を調整できる塗布装置を用いて、電解液の液滴を噴射することにより、当該正極に所定量(具体的には、正極の全空孔体積量よりも少ない体積の液量であって、従来の注液法によれば注液斑が生じてしまう液量)の電解液を均一に注液することになる。なお、噴射間隔とは、正極表面に亘って電解液を縦方向や横方向等に不連続とならないように液滴をずらしながら噴射する場合の液滴同士の間隔(距離)のことである。
【0022】
多孔質構造の正極への電解液の注液は、当該正極に対して均一に行うことが好ましい。
具体的には、リチウム塩を含む電解液を注液し、当該リチウム塩の少なくとも1つの構成元素を検出プローブとして蛍光X線を測定したときのその変動係数が、0.2よりも低いことが好ましい。例えば、臭化リチウム(LiBr)を含む電解液を正極へ注液し、注液後の正極における任意の複数の箇所における当該臭化リチウムの臭素(Br)を検出プローブとしてKα線(本願では、臭素Kα線と称することもある)を測定したときの変動係数(=臭素Kα線の標準偏差/臭素Kα線の平均値)が、0.2よりも低いことが好ましい。この変動係数の値は、低くなるにつれて均一性が高くなる。変動係数の値は、0.2よりも低ければ多孔質構造の正極への電解液の注液が均一であるといえるが、均一性という観点からは、より低い方がより好ましい。
【0023】
多孔質構造の正極へ注液する電解液量の上限値は、正極の全空孔体積よりも少ない体積の液量(空気電池を例に挙げると、空気極を構成する空気極層の全空孔体積よりも少ない体積の液量)である。上述のとおり、注液する当該電解液量は、正極への均一性を維持しつつ、空気電池の特性に悪影響を及ぼさない範囲でより少なくすることが望ましい。
具体的には、多孔質構造の正極へ注液する(すなわち、充填する)電解液量の上限値を、正極の全空孔の体積を100%とした場合に100%未満とすることが好ましく、より好ましくは80%未満、より一層好ましくは、70%未満である。
多孔質構造の正極へ注液する電解液量の下限値は、正極に対し、本発明の一態様である液滴の噴射による電解液の注液方法によって均一に注液するのに最低限必要な液量であり、この量は従来の注液法によれば注液斑が生じてしまう液量である。
具体的には、多孔質構造の正極へ注液する電解液量の下限値を、正極の全空孔の体積を100%とした場合に50%以上とすることが好ましく、より好ましくは60%以上、より一層好ましくは、65%以上である。
空孔率は、例えば、多孔質構造の正極(本願では、多孔質構造体とも称する)の重量測定により嵩密度を算出し、当該多孔質構造体の真密度と比較することにより求められる。一例を挙げると、正極が炭素材料からなる多孔質構造体(本願では、多孔炭素構造体とも称する)である場合の空孔率は、当該多孔炭素構造体の重量測定により嵩密度を算出し、炭素の真密度(2.1g/cm3)と比較することにより求められる。
【0024】
本発明の一実施態様である空気電池の構造を、
図1を参酌して説明する。本発明は特に空気電池に適用可能であり、空気電池としては例えば、リチウム空気電池、マグネシウム空気電池、ナトリウム空気電池、アルミニウム空気電池が挙げられる。但し、本発明は以下の一実施態様に制限されない。また、特に本願において別段の定めがないものについては、本発明の目的が達成できる限り、特に制限されない。
【0025】
空気電池100は、酸素流路層101、並びに正極102及び負極104がセパレータ103を介して積層された積層構造体からなる。空気電池の正極(空気極)102に電解液が注入される。この注入に関しては、
図2も参酌して説明する。なお、空気電池100の説明にあたり、電解液として非水系電解液を注液する注液方法を用いて説明しているが、当該注液方法は、非水系電解液に限らず、水系電解液に適用してもよい。
【0026】
酸素流路層101
酸素流路層101は、例えば、銅(Cu)、タングステン(W)、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、チタン(Ti)、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)の群から選ばれる金属を有するメッシュを挙げることができる。
すなわち、この群から選ばれる金属単体、この群から選ばれる金属を含む合金、この群から選ばれる金属と炭素(C)や窒素(N)などとの化合物からなるメッシュを挙げることができる。
また、金属メッシュはすべて金属から構成されてもよいが、セルの軽量化を考慮するとポリマーメッシュを金属コーティングしてもよい。この方法では酸素流路層101の軽量化が実現でき、ひいてはセルの高エネルギー密度化に寄与できる。メッシュは、例えば、厚さ0.2mm、目開き1mmとすることができる。
【0027】
正極(空気極)102
上述のとおり、正極(空気極)102は導電性があり、多孔質構造であることが必要である。正極の材質としては、炭素、金属、炭化物、酸化物などが挙げられるが、炭素が好ましい。例えば、リチウム空気電池の場合、多孔質構造の空気極は放電反応で生成する過酸化リチウムが析出する反応場となる。
【0028】
正極(空気極)102、すなわち多孔質構造の空気極は、材料混合工程、シート成型工程、溶媒浸漬工程、乾燥工程、そして焼成工程を含む製造方法により得ることができる。
【0029】
正極(空気極)102の製造方法
材料混合工程は、例えば、多孔質炭素粒子を50重量%以上80重量%以下、炭素繊維を1重量%以上15重量%以下、結着用高分子材料を5重量%以上49重量%以下となるように秤量し、それらを均一に分散するため、N-メチルピロリドンからなる溶媒を用いて合剤スラリーを調製する工程である。
ここで、多孔質炭素粒子としては、上述のとおり、ケッチェンブラック(登録商標)を含むカーボンブラック、その他テンプレート法にて形成された炭素粒子などを用いることができる。
炭素繊維としては、例えば、繊維径が0.1μm以上20μm以下、長さが1mm以上20mm以下の炭素繊維を用いることができる。
結着用高分子材料としては、例えば、ポリアクリロニトリル(PAN)、ポリフッ化ビニリデンを用いることができる。
溶媒としては、例えば、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)等を用いることができる。
【0030】
シート成型工程は、前記合剤スラリーを成型する工程である。シート成型方法は特に制限されないが、例えば、公知のドクターブレードなどを用いた湿式製膜法を挙げることができる。その他にも、ロールコーター法、ダイコーター法、スピンコート法、スプレーコーティング法などを挙げることもできる。成型後の形は、目的に応じて様々な形とすることができる。例えば、均一な厚みのシート状とすることができる。
【0031】
溶媒浸漬工程は、非溶媒誘起相分離法にて、結着用高分子材料に対する溶解度が低い溶媒中に前記シート成型工程で成型した試料(シート)を浸漬し、多孔膜化する工程である。溶媒浸漬工程で用いられる溶媒としては、例えば、水、及びエチルアルコール、メチルアルコール、イソプロピルアルコールなどのアルコール、並びに、これらの混合溶媒などを挙げることができる。
【0032】
乾燥工程は、試料から各種溶媒を揮発させる工程である。乾燥方法としては、乾燥空気環境下に置く方法、減圧乾燥法、真空乾燥法などを挙げることができる。この乾燥工程では、乾燥速度を速めるために、溶媒の沸点を超える程度の温度で加温してもよい。
【0033】
焼成工程は、前記乾燥工程後の試料(シート)を焼成処理する工程である。焼成処理は、例えば、オーブン炉、赤外線照射、ベーク板などを用いて行うことができる。
ここで、焼成工程は、一度の熱処理とすることもできるが、不融化と焼成の2段階熱処理とすることもできる。焼成の熱処理温度は800℃以上1400℃以下が好ましく、そのときの雰囲気はアルゴン(Ar)ガス、窒素(N2)ガスなどによる不活性雰囲気が好ましい。
例えば、結着用高分子としてPANを用いた場合は、約300℃で空気中にて不融化させる熱処理を行い、その後、Arガス、N2ガスなどによる不活性雰囲気中にて800℃以上1400℃以下の熱処理を行うことが好ましい。
【0034】
以上の工程により、自立性を有するのに十分で実用的な機械的強度を有する正極102(空気極)が製造される。この正極102(空気極)は、自立性を有するとともに、高い空気透過性、高いイオン輸送効率及び広い反応場を兼ね備える。ここで、自立性を有するとは、支持体を用いなくとも自立した膜としての形状を保つことができることをいう。
【0035】
こうして得られた正極102(空気極)は、窒素吸着法による直径1nm以上1μm以下の細孔の占める細孔容積が2.3cm3/gから4cm3/gの範囲にあり、水銀圧入法による直径0.2μm以上10μm以下の細孔の占める細孔容積が0.8cm3/gから2.7cm3/gの範囲にあるようにすることができる。なお、細孔容積は、次記の方法で測定することができる。
1)直径1nm以上、1μm以下の細孔の占める細孔容積
3Flex(Micromeritics Instrument Corp.製)を用いて窒素吸着法により得られた吸着等温線からBJH法を用いて求めることができる。
2)直径0.2μm以上、10μm以下の細孔の占める細孔容積
AutoPoreIV(Micromeritics Instrument Corp.製)を用いた水銀圧入法により求めることができる。例えば、細孔径10nm(0.01μm)~200μmの範囲の細孔容積を測定し、そのうちの細孔直径0.2μmから10μmの細孔容積の値を用いればよい。
【0036】
負極104
負極104は、電池の負極として通常用いられるものであればよい。例えば、リチウム空気電池の場合、負極としては、リチウムイオンを吸放出する金属もしくは合金を含有することができ、代表的にはリチウム金属を挙げることができる。
【0037】
セパレータ103
正極(空気極)102と負極104の間にはセパレータ103が配置される。セパレータ103としては、金属イオンが通過可能であり、多孔質構造の絶縁性材料で、かつ、正極(空気極)102、負極104、及び電解液との反応性を有さない任意の無機材料又は有機材料が適用される。また、セパレータ103は電解液を保液する役割も果たす。この条件を満たせば、特に制限はなく、既存の金属電池に使用されるセパレータを使用することができる。例えば、セパレータ103は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリオレフィンなどの合成樹脂からなる多孔質膜、ガラス繊維及び不織布からなる群から選択される。
【0038】
セパレータ103は、正極活物質と負極活物質との間の短絡を防ぐため、各活物質層よりも大きなサイズにすることが好ましい。
【0039】
電解液
電解液に関しては、上述のとおりである。
【0040】
注液方法
正極への電解液の注液は、上述のとおり、液滴の噴射により行われる。
図2に基づいて、本発明の一実施態様における、空気極に電解液の液滴を噴射することにより注液する方法を以下に説明する。但し、本発明は、
図2の実施態様に制限されない。
【0041】
電解液の液滴の噴射は、液滴201の量及び噴射間隔Lを調整できる塗布装置(図示せず)により行われる。噴射される液滴201の量は、10μmの空孔1つあたりの体積に対して1.8%以上100%以下の量が好ましい。すなわち、液滴201の液量は、0.2nL以上0.43nL以下である。この場合、液滴201の直径は、最大で約0.1mm程度となる。
液滴の噴射間隔Lは、正極203に付着した液滴202が不連続とならないようにすればよい。噴射間隔Lは、正極203に対して縦方向及び/又は横方向があるが、この態様においては、縦方向又は横方向の少なくとも一方向(これを本願では「ライン」と称することもある)で正極203に付着した液滴202が連続であればよく、本発明の目的を達成できれば縦方向又は横方向のいずれか一方は不連続であってもよい。すなわち、例えば、電解液を横方向(横ライン)に不連続とならないように液滴をずらしながら噴射し、次いで、別の横方向(横ライン)についても同様に噴射し、これを繰り返すことで正極表面全体へ電解液の噴射を行う。この場合、各横ライン中の液滴の噴射間隔Lは、液滴202が連続となる間隔(距離)であれば、隣り合うライン同士の間隔は、液滴が不連続となるの間隔(距離)であってもよい。噴射された液滴201は、正極203に付着した際に液滴202がつぶれて広がるため、その直径は噴射時の液滴の直径に比べて、広がると考えられる。したがって、液滴の噴射間隔Lは、上記液滴1つ当たりの量にもよるが、少なくとも0.15mm以下とすることが好ましく、0.025mm以下とすることがより好ましい。噴射間隔Lの下限値は、0.001mm以上とするのが好ましい。
【0042】
上記噴射注液後、電解液が正極に浸透するまで、室温、大気圧下で放置してもよく、加圧や加温をしてもよい。
【0043】
空気電池の製造
空気電池100は、例えば、負極104の上にセパレータ103を積層し、その上に本発明の注液方法で注液された正極(空気極)102を積層し、さらに酸素流路層101を積層することにより製造される。
【0044】
別の方法として、前記負極104の上にセパレータ103を積層し、セパレータ上に所定量の電解液を任意の方法で滴下した後、注液されていない正極(空気極)102をセパレータ103上へ積層する。負極104、セパレータ103、正極(空気極)102と積層してから当該正極上に前記注液方法を適用してもよい。その後、注液済みの正極(空気極)102の上に酸素流路層101を積層することにより、空気電池100を製造してもよい。
【0045】
上記空気電池の製造方法について、リチウム空気電池を例に挙げて、以下により具体的に述べるが、その製造方法は以下に制限されない。
負極104として、例えば、20mm×20mmの矩形にリチウム金属を切り出して準備する。前記負極104の上に24mm×24mmのセパレータ103を積層する。セパレータ上に所定量の電解液を注液する。セパレータへの注液は任意の注液方法を用いることができる。
負極104、セパレータ103の順に積層してから、当該セパレータ103の上に、上述の注液方法にしたがって非水電解液を注液した正極(空気極)102を積層し、さらに酸素流路層101を積層することでリチウム空気電池の積層体を得る。
別の方法として、前記負極104の上にセパレータ103を積層し、セパレータ103上に所定量の電解液を任意の方法で滴下した後、未だ注液されていない正極(空気極)102をセパレータ103上へ積層する。その後、負極104、セパレータ103、正極(空気極)102と順に積層されている積層体の正極(空気極)102の上に、上述の注液方法により、当該電解液を正極(空気極)102へ注液してもよい。その後、注液済みの正極(空気極)102の上に酸素流路層101を積層することにより、リチウム空気電池100を製造してもよい。
【実施例0046】
以下、本発明を具体的に説明する。なお、本発明はいかなる意味においても、以下の実施例によって限定されるものではない。
【0047】
正極の作製
最初に、多孔質炭素粒子68重量%、炭素繊維9重量%、結着用高分子材料23重量%及びそれらを均一に分散するN-メチルピロリドンからなる溶媒を用いて合剤スラリーを調製した。
ここで、多孔質炭素粒子としてはケッチェンブラック(登録商標)を68重量%含むカーボンブラックを用いた。炭素繊維としては繊維平均径5μm、平均長さ3mmの炭素繊維を用いた。結着用高分子材料としてはポリアクリロニトリル(PAN)を用いた。
合剤はドクターブレードを用いた湿式製膜法にて均一な厚みに成型してシート化した。成形後、非溶媒誘起相分離法にてメタノール(貧溶媒)中に浸漬して、成型試料を多孔質膜化した。
次に、シート状試料から揮発性の溶媒を取り除くため、50℃以上80℃以下で10時間以上の乾燥工程を行い、引き続き大気中にて280℃で3時間の不融化熱処理を行った。その後、真空置換後の窒素ガス雰囲気下の焼成炉中にて1050℃で3時間の焼成を行い、長さ140mm、幅100mm、高さ200μmの多孔炭素構造体試料を作製した。
この多孔炭素構造体から20mm×20mmの形状に切り出すことで、正極を得た。
得られた正極の空孔率は90%であった。この正極の空孔率は、多孔炭素構造体試料の重量測定(メトラー・トレド社製分析天秤 XS205)により嵩密度を算出し、炭素の真密度(2.1g/cm3)と比較することで空孔率を算出した。
【0048】
非水電解質液の調製
非水系電解液は、0.5mol/LのLi(CF3SO2)2N(LiTFSI)、0.5mol/LのLiNO3及び0.2mol/LのLiBrの3種類の電解質を、テトラグライム(TEGDME)溶媒に溶解することで得た。
【0049】
実施例1
本実施例では正極の空孔量に対し、60%の注液量とした。この注液量は正極1cm2当たり10.8μLに相当し、上記20mm角の正極を用いたので正極全体での注液量は43.2μLとなる。
【0050】
注液には卓上型ジェット塗布装置(SSI社製、E430)を用いた。噴射条件の設定は、単位時間当たりの噴射数:1400ショット/秒、噴射圧力:0.2MPaとした。噴射ピッチは、1ラインを0.016mmの間隔で、各ライン同士を0.25mmの間隔で、80ライン噴射した。この条件において、1つの液滴の電解液量は0.43nLとなる。噴射注液後は室温、大気圧下で3分間静置された。その後、注液された正極の重量を測定することで、目的とする値の電解液量が3%以内の誤差内で注液されていることを確認した。
【0051】
比較例1
本比較例では正極の空孔量に対し、60%の注液量とした。実施例1と同様の正極、電解液を使用し、マイクロピペット(エッペンドルフ社製、品番:4920000.059)を用いて正極1cm2当たり10.6μLの電解液量、すなわち20mm角の正極に対して43.2μLの電解液を正極上へ滴下し、室温・大気圧下で3分間静置した。
【0052】
均一性の評価
上記の各方法で注液された電解液の正極内での均一性評価は、μXRF(ブルカーAXS社製μXRF M4 TORNADO plus)を用いて行った。電解液中に電解質として加えられたLiBrの臭素Kα線を、次の条件で正極のマッピングを行った。管球にはRhを使用し、管電圧:50kV、管電流:200uA、1ピクセル当たりの測定速度を12msec/pixel、サンプルステージの速度を6.3mm/secとした。20mm×20mmの正極のうち、3mm間隔で6本のライン分析を行い、Br(Kα)の蛍光X線の測定を行った。測定した1440箇所の臭素Kα線のデータの平均値と標準偏差を算出し、当該標準偏差を当該平均値で割ることによって変動係数を算出した。
【0053】
図3に、実施例と比較例の注液後の臭素Kα線のマッピングデータを示す。
【0054】
実施例1と比較例1では、マイクロピペットで電解液を滴下した比較例1で臭素の濃度斑が強くみられ、注液斑が確認できたのに対し、実施例1では臭素の濃度斑なく注液されていることが確認された。
【0055】
表1には、実施例1及び比較例1のそれぞれについて、1440箇所の臭素Kαの測定値の平均値、標準偏差、及びそれらより算出された変動係数を示した。比較例1と比べて、実施例1の変動係数は減少しており、注液斑が確認される比較例1の変動係数は0.2よりも大きく、注液斑の無い均一な注液が確認される実施例1及び比較例1の変動係数は0.2よりも小さいことが分かった。
よって、本注液方法を適用することで、電解液の多空孔正極内での均一性を改善することができ、多孔質構造の正極に対して電解液を、従来の注液法によれば注液斑が生じてしまう液量でも均一に注液できることが確認された。
【0056】
本発明によれば、従来の注入法では実現できなかった少ない液量(具体的には、正極の全空孔体積よりも少ない体積の液量で、従来の注液法によれば注液斑が生じてしまう液量)の電解液でも正極を均一に注液することが可能になるため、正極全体の一層の有効活用を促進させることができ、空気電池のエネルギー密度の向上や正極活物質である酸素の空気電池内での容易な拡散を図ることが可能になる。そのため、本発明は、小型・軽量で大容量化に適した空気電池への利用可能性があり、今後需要が大幅に拡大すると見込まれる空気電池に好んで用いられることが期待される。