(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022101768
(43)【公開日】2022-07-07
(54)【発明の名称】歩行支援装置および歩行支援方法
(51)【国際特許分類】
A61H 3/00 20060101AFI20220630BHJP
【FI】
A61H3/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020216043
(22)【出願日】2020-12-25
(71)【出願人】
【識別番号】506310865
【氏名又は名称】CYBERDYNE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002365
【氏名又は名称】特許業務法人サンネクスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山海 嘉之
【テーマコード(参考)】
4C046
【Fターム(参考)】
4C046AA25
4C046BB07
4C046CC01
4C046DD39
4C046EE03
4C046EE04
4C046EE05
4C046EE07
4C046EE08
4C046EE09
4C046EE10
4C046EE33
4C046FF02
4C046FF12
4C046FF33
(57)【要約】
【課題】装着者が自己の意思に従って足先の底背屈運動をスムーズに行い得る歩行支援装置および歩行支援方法を提案する。
【解決手段】装着者の歩容の左右バランスが所定範囲内に収束されるように、随意制御と自律制御とのハイブリッド率を調整することにより、自己の歩容の左右バランスを保ちながら、自己の意思に従った物理的な刺激力に連動するように足先の底背屈運動をスムーズに行う。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
装着者の左右一対の靴の内側底部にそれぞれ取り付けられ、前記装着者の足の裏面にかかる荷重を測定する荷重測定部と、
前記荷重測定部により測定された各荷重の変化に基づいて、前記各足の重心位置を算出する重心位置算出部と、
前記各靴の所定位置に搭載され、前記足の移動時における加速度および角速度のいずれか一方または両方を検出する足動作検出部と、
前記足動作検出部により検出された各加速度および/または各角速度に基づいて、前記各足の移動軌跡を算出する移動軌跡算出部と、
算出された前記各足の重心位置および移動軌跡に基づいて、前記装着者の歩容を認識する歩容認識部と、
前記装着者の歩行動作に伴う関節を基準とする当該装着者の体表部位にそれぞれ配置され、当該装着者の生体信号を検出するための電極群を有する生体信号検出部と、
前記装着者の足関節の背屈筋群および底屈筋群を中心とする麻痺箇所にそれぞれ配置され、当該麻痺箇所の体表に対して物理的な刺激を与えるための端子群を有する刺激付与部と、
前記生体信号検出部により検出された生体信号に基づいて、前記装着者の意思に従った刺激力を発生させるように前記刺激付与部を随意制御する随意制御部と、
前記歩容認識部の認識結果から得られる前記装着者の歩行周期に基づいて、前記装着者の前記背屈筋群または底屈筋群の収縮により前記足関節が背屈または底屈するように前記刺激付与部を自律制御する自律制御部と、
前記歩容認識部により認識される前記装着者の歩容の左右バランスが所定範囲内に収束されるように、前記随意制御部による随意制御と前記自律制御部による自律制御とのハイブリッド率を調整する最適刺激調整部と
を備えることを特徴とする歩行支援装置。
【請求項2】
前記刺激付与部は、前記随意制御部および/または前記自律制御部の制御に応じて、前記装着者の麻痺箇所に対する刺激付与の強弱レベル、パターンおよび時間のうち少なくとも1以上を調整する
ことを特徴とする請求項1に記載の歩行支援装置。
【請求項3】
前記装着者の足関節に麻痺箇所を有する側の前記靴に設けられ、当該靴の歩行音を集音する集音マイクを備え、
前記最適刺激調整部は、前記集音マイクにより集音された歩行音に基づいて、前記ハイブリッド率を修正する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の歩行支援装置。
【請求項4】
前記装着者の足関節に麻痺箇所を有する側の前記靴に設けられ、歩行時の床面からの振動を検出する振動検出部を備え、
前記最適刺激調整部は、前記振動検出部により検出された前記振動に基づいて、前記ハイブリッド率を修正する
ことを特徴とする請求項1から3までのいずれかに記載の歩行支援装置。
【請求項5】
装着者の各足の裏面にかかる荷重の変化に基づいて、当該各足の重心位置を算出する第1の過程と、
前記各足の移動時における加速度および角速度のいずれか一方または両方に基づいて、当該各足の移動軌跡を算出する第2の過程と、
算出された前記各足の重心位置および移動軌跡に基づいて、前記装着者の歩容を認識する第3の過程と、
前記装着者の歩行動作に伴う関節を基準とする当該装着者の体表部位にそれぞれ配置された電極群を用いて、当該装着者の生体信号を検出する第4の過程と、
前記装着者の足関節の背屈筋群および底屈筋群を中心とする麻痺箇所にそれぞれ配置された端子群を用いて、当該麻痺箇所の体表に対して物理的な刺激を与える第5の過程と、
前記第4の過程により検出された生体信号に基づいて、前記装着者の意思に従った刺激力を発生させるように前記第5の過程における刺激付与を随意制御する第6の過程と、
前記第3の過程の認識結果から得られる前記装着者の歩行周期に基づいて、前記装着者の前記背屈筋群または底屈筋群の収縮により前記足関節が背屈または底屈するように前記第5の過程における刺激付与を自律制御する第7の過程と、
前記第3の過程により認識される前記装着者の歩容の左右バランスが所定範囲内に収束されるように、前記第6の過程による随意制御と前記第7の過程による自律制御とのハイブリッド率を調整する第8の過程と
を備えることを特徴とする歩行支援方法。
【請求項6】
前記第5の過程では、前記第6の過程における随意制御および/または前記第7の過程における自律制御に応じて、前記装着者の麻痺箇所に対する刺激付与の強弱レベル、パターンおよび時間のうち少なくとも1以上を調整する
ことを特徴とする請求項5に記載の歩行支援方法。
【請求項7】
前記第8の過程では、前記装着者の足関節に麻痺箇所を有する側の前記靴にて集音した当該靴の歩行音に基づいて、前記ハイブリッド率を修正する
ことを特徴とする請求項5または6に記載の歩行支援方法。
【請求項8】
前記第8の過程では、前記装着者の足関節に麻痺箇所を有する側の前記靴にて検出した当該振動に基づいて、前記ハイブリッド率を修正する
ことを特徴とする請求項5から7までのいずれかに記載の歩行支援方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歩行支援装置および歩行支援方法に関し、例えば下垂足(フットロドップ)症状をもつ患者に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
脳卒中や脳溢血、脳梗塞のような脳血管障害や脊髄損傷を罹患した患者には、下肢に弛緩性または痙性の麻痺が残るケースが多々ある。弛緩性の麻痺は、下肢のつま先が健常者よりも底屈する下垂足(フットドロップ)と呼ばれる症状をもたらしうる。
【0003】
下垂足の症状をもつ患者は、足関節の背屈筋群の弛緩や底屈筋群の亢進により、足関節の背屈が困難になっている。その患者が歩行動作をする際、麻痺側の下肢を蹴り出す遊脚前期においてつま先が底屈し、そのまま遊脚後期に至るため、踵よりも先につま先が着床してしまい、転倒する可能性がある。
【0004】
このように下垂足の症状をもつ患者は、歩行の遊脚期中に足を引きずりがちであり、通常、対応する臀部の引き上げまたは円運動での対応する脚の揺れでこの引きずりを補償しようとするため、円滑な体重移動が行えずに頻繁に転倒するリスクを有する。
【0005】
このような下垂足の症状をもつ患者に対して、従来から歩行調整用の機能的電気刺激(FES)装具を脚の足や足首に装着することにより、脚の神経筋系の一部分に電気刺激を選択的に与えて、患者の歩行を容易にすることができるものが提案されている(特許文献1参照)。
【0006】
また下垂足を罹患する患者の足の軌道から歩行相を検出するとともに歩行品質を評価して、これらに基づいて刺激パターンを修正する機能的電気刺激システムが提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2019-505290号公報
【特許文献2】特表2017-517370号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、特許文献1に示す機能的電気刺激装具では、患者の歩行イベント(踵離地イベント)、歩行速度および足の傾斜や床反力等に関連付けて、患者の下肢の神経筋系の一部に多チャネルの刺激電流を誘導または操作して、患者の足の背屈や底屈を生じさせるような刺激を付与するようになされている。
【0009】
また、特許文献2に示す機能的電気刺激システムでは、患者の足の軌道から評価した歩行品質が一定の閾値未満の場合に、電気刺激パターンを修正するようになされている。
【0010】
ところが、特許文献1および2においては、患者の歩行状態をモーションセンサやジャイロスコープ等のセンサ群を用いて検出する手法に過ぎず、当該センサ群の検出結果のみに基づいて、患者の歩行動作の最適化を調整しているため、下垂足を罹患する患者が歩行する際に、自己の意思に従ってリアルタイムで脚をスムーズに振り出すことは実用上不十分となるおそれがある。
【0011】
本発明は以上の点を考慮してなされたもので、装着者が自己の意思に従って足先の底背屈運動をスムーズに行い得る歩行支援装置および歩行支援方法を提案しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる課題を解決するため本発明においては、装着者の左右一対の靴の内側底部にそれぞれ取り付けられ、装着者の足の裏面にかかる荷重を測定する荷重測定部と、荷重測定部により測定された各荷重の変化に基づいて、各足の重心位置を算出する重心位置算出部と、各靴の所定位置に搭載され、足の移動時における加速度および角速度のいずれか一方または両方を検出する足動作検出部と、足動作検出部により検出された各加速度および/または各角速度に基づいて、各足の移動軌跡を算出する移動軌跡算出部と、算出された各足の重心位置および移動軌跡に基づいて、装着者の歩容を認識する歩容認識部と、装着者の歩行動作に伴う関節を基準とする当該装着者の体表部位にそれぞれ配置され、当該装着者の生体信号を検出するための電極群を有する生体信号検出部と、装着者の足関節の背屈筋群および底屈筋群を中心とする麻痺箇所にそれぞれ配置され、当該麻痺箇所の体表に対して物理的な刺激を与えるための端子群を有する刺激付与部と、生体信号検出部により検出された生体信号に基づいて、装着者の意思に従った刺激力を発生させるように刺激付与部を随意制御する随意制御部と、歩容認識部の認識結果から得られる装着者の歩行周期に基づいて、装着者の背屈筋群または底屈筋群の収縮により足関節が背屈または底屈するように刺激付与部を自律制御する自律制御部と、歩容認識部により認識される装着者の歩容の左右バランスが所定範囲内に収束されるように、随意制御部による随意制御と自律制御部による自律制御とのハイブリッド率を調整する最適刺激調整部とを備えるようにした。
【0013】
この結果、歩行支援装置では、装着者がアクチュエータ等の駆動機構を装着することなく、装着者の意思に従った刺激力を発生させるように刺激付与部を随意制御するとともに、装着者の歩行周期に基づいて、装着者の背屈筋群または底屈筋群の収縮により足関節が背屈または底屈するように刺激付与部を自律制御することができる。さらに装着者の歩容の左右バランスが所定範囲内に収束されるように、随意制御と自律制御とのハイブリッド率を調整することにより、自己の歩容の左右バランスを保ちながら、自己の意思に従った物理的な刺激力に連動するように足先の底背屈運動をスムーズに行うことができる。
【0014】
また本発明においては、刺激付与部は、随意制御部および/または自律制御部の制御に応じて、装着者の麻痺箇所に対する刺激付与の強弱レベル、パターンおよび時間のうち少なくとも1以上を調整するようにした。この結果、歩行支援装置では、装着者の歩容の左右バランスを保つと同時に、当該装着者の足先の底背屈運動がスムーズに行うように調整することができる。
【0015】
さらに本発明においては、装着者の足関節に麻痺箇所を有する側の靴に設けられ、当該靴の歩行音を集音する集音マイクを備え、最適刺激調整部は、集音マイクにより集音された歩行音に基づいて、ハイブリッド率を修正するようにした。この結果、歩行支援装置では、装着者の足先が床面と接触する際の音を集音しながら当該床面の状態を把握することにより、さらに正確に装着者の足先の底背屈運動がスムーズに行うように調整することができる。
【0016】
さらに本発明においては、装着者の足関節に麻痺箇所を有する側の靴に設けられ、歩行時の床面からの振動を検出する振動検出部を備え、最適刺激調整部は、振動検出部により検出された振動に基づいて、ハイブリッド率を修正するようにした。この結果、歩行支援装置では、靴に伝達される床面からの振動を検出しながら当該床面の状態を把握することにより、さらに正確に装着者の足先の底背屈運動がスムーズに行うように調整することができる。
【0017】
さらに本発明においては、装着者の各足の裏面にかかる荷重の変化に基づいて、当該各足の重心位置を算出する第1の過程と、各足の移動時における加速度および角速度のいずれか一方または両方に基づいて、当該各足の移動軌跡を算出する第2の過程と、算出された各足の重心位置および移動軌跡に基づいて、装着者の歩容を認識する第3の過程と、装着者の歩行動作に伴う関節を基準とする当該装着者の体表部位にそれぞれ配置された電極群を用いて、当該装着者の生体信号を検出する第4の過程と、装着者の足関節の背屈筋群および底屈筋群を中心とする麻痺箇所にそれぞれ配置された端子群を用いて、当該麻痺箇所の体表に対して物理的な刺激を与える第5の過程と、第4の過程により検出された生体信号に基づいて、装着者の意思に従った刺激力を発生させるように第5の過程における刺激付与を随意制御する第6の過程と、第3の過程の認識結果から得られる装着者の歩行周期に基づいて、装着者の背屈筋群または底屈筋群の収縮により足関節が背屈または底屈するように第5の過程における刺激付与を自律制御する第7の過程と、第3の過程により認識される装着者の歩容の左右バランスが所定範囲内に収束されるように、第6の過程による随意制御と第7の過程による自律制御とのハイブリッド率を調整する第8の過程とを備えるようにした。
【0018】
この結果、歩行支援方法では、装着者がアクチュエータ等の駆動機構を装着することなく、装着者の意思に従った刺激力を発生させるように刺激付与を随意制御するとともに、装着者の歩行周期に基づいて、装着者の背屈筋群または底屈筋群の収縮により足関節が背屈または底屈するように刺激付与を自律制御することができる。さらに装着者の歩容の左右バランスが所定範囲内に収束されるように、随意制御と自律制御とのハイブリッド率を調整することにより、自己の歩容の左右バランスを保ちながら、自己の意思に従った物理的な刺激力に連動するように足先の底背屈運動をスムーズに行うことができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、装着者が歩容の左右バランスを保ちながら、自己の意思に従って足先の底背屈運動をスムーズに行うことができる歩行支援装置および歩行支援方法を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本実施の形態による歩行支援装置の全体構成を示す概略図である。
【
図2】
図1に示す歩行状態検知部の構成を示すブロック図である。
【
図3】床反力中心の軌跡が反映されたリサージュ図形を表す図である。
【
図4】下半身用の生体信号計測装着具の一例を示す図である。
【
図5】
図4に示す生体信号計測装着具における計測モジュールの一例を示す図である。
【
図6】刺激付与部を有する計測モジュール内のコントローラの構成を示すブロック図である。
【
図7】生体信号計測装着具における制御系の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下図面について、本発明の一実施の形態を詳述する。
【0022】
(1)本実施の形態による歩行支援装置の構成
図1は、本実施の形態にかかる歩行支援装置1を示し、各種センサ群が搭載された一対の靴からなる歩行状態検知部2と、装着者の左右の下肢に装着される生体信号計測装着具3とを有する。
【0023】
図2に示すように、歩行状態検知部2は、装着者の左右一対の靴の内側底部にそれぞれ取り付けられ、装着者の足の裏面にかかる荷重を測定する荷重測定部10と、各靴の所定位置に搭載され、足の移動時における加速度および角速度のいずれか一方または両方を検出する足動作検出部11とを有する。
【0024】
具体的に、荷重測定部10は、靴底に床反力センサが敷き詰められている。また足動作検出部11は、各靴の中央上部に取り付けられている3軸加速度センサおよび3軸角速度センサ(ジャイロセンサ)からなる6軸モーションセンサから構成されている。
【0025】
歩行状態検知部2は、荷重測定部10および足動作検出部11から得られる情報を処理する制御ユニット12と、当該制御ユニット12による処理データを記憶するデータ記憶部13と、後述する生体信号計測装着具3との間で信号を送受信するための通信部14とを有する。
【0026】
この制御ユニット12は、荷重測定部10により測定された各荷重の変化に基づいて、各足の重心位置を算出する重心位置算出部20と、足動作検出部11により検出された各加速度および/または各角速度に基づいて、各足の移動軌跡を算出する足移動軌跡算出部21と、当該算出した各足の重心位置および移動軌跡に基づいて、装着者の歩容を認識する歩容認識部22とが設けられている。
【0027】
具体的に、重心位置算出部20は、床反力センサから検知された各足の裏面の荷重の測定結果を受けて、当該各荷重の変化に基づく各足の重心位置(床反力中心位置)を算出する。かかる重心位置算出部20の構成としては、権利者が本願出願人と同一である特許第4997614号に開示されているような、重心位置検出装置と同一構成のものを援用することが望ましい。
【0028】
足移動軌跡算出部21は、6軸モーションセンサである3軸加速度センサおよび3軸角速度センサから検知された各足の移動時における加速度および角速度を受けて、各足の移動軌跡を算出する。
【0029】
歩容認識部22は、重心位置算出部20により算出された各足の重心位置と、足移動軌跡算出部21により算出された各足の移動軌跡とに基づいて、各足の重心変動を重心(床反力中心)の軌跡として演算する。
【0030】
データ記憶部13には、装着者の正常時における歩行中の各足の重心(床反力中心)の軌跡を表すデータが記憶されており、リサージュ図形(歩行周期単位の振動波形をXY平面上に閉鎖曲線にて表現したもの)として表現することができる。この正常時とは、装着者の歩行状態が、一定の歩行周期であり、かつ左右のバランス(主として歩幅)が均等であると仮定した状態を表す。
【0031】
図3(A)に示すように、正常時のリサージュ図形は、各足の重心の軌跡が規則的な周期を描き、ほぼ一定となる。これは歩行時の各足が同じ動きを繰り返しており、重心移動が一定となるからである。
【0032】
これに対して
図3(B)に示すように、装着者が脳血管障害や脊髄損傷を罹患して下垂足の症状が発現した状況になると、各足の重心変動が生じて、重心の軌跡が不規則な周期となり、左右のバランスも崩れる状態となる。
【0033】
歩容認識部22は、データ記憶部13に記憶してある装着者の正常時の重心の軌跡を表すデータを読み出して、現在の当該装着者における各足の重心の軌跡と比較し、当該比較結果に基づいて、装着者の歩容を評価する。
【0034】
このデータ記憶部13には、装着者の正常時の歩行について、各足の重心(床反力中心)の軌跡を歩行周期単位の振動波形とした2次元座標系の閉鎖曲線(リサージュ図形)を表すデータが記憶されている。
【0035】
歩容認識部22は、算出した装着者の各足における重心(床反力中心)の軌跡について、上述の2次元座標系の閉鎖曲線データを表す波形パターンを算出した後、正常時の曲線データを表す波形パターンをデータ記憶部13から読み出して比較する。
【0036】
そして歩容認識部22は、当該比較結果である波形パターンの相違点を、データ記憶部13に記憶された装着者に特有の波形パターン(曲線データ)に基づいて、最も近い特徴を判定するとともに、上述の波形パターンの相違点の度合い(すなわち各足の重心変動の特異性の度合い)を装着者の歩容の認識結果(正常時との乖離状態)として判断する。
【0037】
歩行状態検知部2は、歩容認識部22による認識結果を通信部14を介して生体信号計測装着具3と無線通信するようになされている。歩行状態検知部2の通信部14と生体信号計測装着具3の通信部(図示せず)との間は、Bluetooth(登録商標)やRF-IDなどの近距離無線通信方式によって接続されてデータの送受信が行われる。
【0038】
本実施形態における生体信号計測装着具3では、健常側の脚には、装着者の生体信号を検出する生体信号検出部30(
図7)のみが配置される一方、装着者の足関節に麻痺箇所を有する側の脚(下垂足の症状を有する側の脚)には、生体信号検出部30のみならず当該麻痺箇所に対して物理的な刺激を付与する刺激付与部40(
図7)が併せて配置されている構造を有する。
【0039】
本実施形態による生体信号計測装着具3は、本願発明者による特登5409637号公報および特登6145663号公報に記載された内容と軌を一にし、かつ同一原理を用いている。この生体信号計測装着具を
図4(A)および(B)に示す。
【0040】
この生体信号計測装着具3は、装着者の体表を覆うように形成され、装着者に装着される装着具本体3Aを有し、この装着具本体3Aの内側面(装着した状態で装着者の体表に接する面)には、装着者の体から生体信号を計測可能な少なくとも1つの位置に、生体電位信号を検出する電極群を有する生体信号検出部30が設けられている。
【0041】
図4(A)および(B)では、本実施形態の生体信号計測装着具3は、装着者の下肢のうち右脚は健常である一方、左脚に下垂足の症状が現れる場合に対応している。すなわち、本実施形態の生体信号計測装着具3は、右脚には生体信号検出部30が配置されるとともに、左脚には生体信号検出部30に加えて膝下部位を中心に刺激付与部40が配置されている。
図4(A)は装着者の前側下半身を示し、
図4(B)は装着者の後側下半身を示す。
【0042】
装着具本体3Aには、生体信号検出部30における複数の電極31が、装着者の歩行動作に伴う関節を基準とする当該装着者の体表部位にそれぞれ配置されている。各電極31は、装着者の脚の筋肉の流れに沿うように等間隔に配列されている。
【0043】
すなわち、複数の電極31は、装着者のお尻に相当する部分(電極群32A)に大殿筋の流れに沿って配列されている。また、同様に、装着者の大腿の後ろ側に相当する部分(電極群32B)には、大腿二頭筋や、半膜様筋、半腱様筋の流れに沿って配列され、ふくらはぎに相当する部分(電極群32C)には下腿三頭筋の流れに沿って配列されている。
【0044】
また、股関節の前側に相当する部位(電極群32D)には長内転筋や腸腰筋の流れに沿って配列され、大腿の前側に相当する部位(電極群32E)には大腿四頭筋の流れに沿って配列され、脛に相当する部位(電極群32F)には前脛骨筋や、ヒラメ筋、長指伸筋の流れに沿って配列されている。
【0045】
ここで生体信号計測装着具3において、装着者の左脚の膝下部位(足関節に麻痺箇所を有する部位)には、装着者の体表に接触し生体刺激信号に応じて電気な刺激を与えるための端子群を有する刺激付与部40が設けられており、当該端子41と上述した電極31との組がマトリクス状に複数配置されている。
【0046】
ここで、
図5(A)は、装着具本体3Aに設けられた生体信号検出部30の一例を示す図である。生体信号検出部30は、複数の生体信号電極31からなる電極群32A~32Fと当該電極群32A~32Fに接続された計測モジュール33とから構成される。
【0047】
なお、装着具本体3Aに設けられた全ての電極群32A~32Fは同じように計測モジュール33に接続されているため、ここでは電極群32A~32Fを例に説明する。各電極31は、互いに絶縁された状態で設けられており、それぞれが導電性の配線を介して計測モジュール33に接続されている。そして、これらの電極31には各々アドレスが割り当てられている。
【0048】
計測モジュール33は、電極群32A~32Fを構成する複数の電極31が接続され、これらの電極31から少なくとも2つの電極31を選択し、これらの選択された電極31により検出される検出信号の差分をとって生体信号を取得する計測モジュールコントローラ34と、取得された生体信号を記録するメモリ35と、順次取得される生体信号および/またはメモリ35に記録された生体信号を外部(後述する
図7に示す統括制御部50)に送信する通信手段36とを備えている。なお、計測モジュール33は各電極群32A~32F毎にそれぞれ設けられており、それぞれの電極31が接続されている。
【0049】
この計測モジュールコントローラ34は、接続された複数の電極31から少なくとも2つの電極31を通信手段36を介して入力される指令信号に応じて順次選択し、これらの選択された2つの電極間の生体信号を取得することができる電子回路を有している。
【0050】
また、計測モジュールコントローラ34は、更に、このようにして取得された生体信号から所定の周波数成分を除去または抜き出すフィルタや、取得された生体信号を増幅するアンプ等の信号加工手段を有している。このようにして取得された生体信号は、計測モジュールコントローラ34から通信手段36および/またはメモリ35に出力される。
【0051】
計測モジュールコントローラ34は電極31を選択する際には、各電極31を予め設定された順番で順次操作するようにしてもよいし、また、通信手段36を介して入力された指定信号に基づいて、当該指定信号により指定されたアドレスに対応する電極31を選択するようにしてもよい。
【0052】
通信手段36は、薄型のアンテナと、このアンテナに接続された通信回路からなる。通信手段36は、計測モジュールコントローラ34から出力される生体信号と当該生体信号を検出した電極31の位置情報を示すアドレス等の情報とを含む信号、および/または、メモリ35から読み出した生体信号と当該生体信号を検出した電極31の位置情報を示すアドレス等の情報を含む信号とを含む計測情報を、アンテナを介して統括制御部50(
図7)に送信する。
【0053】
この統括制御部50は、装着具本体3Aに設けられた電極群32A~32Fの中からいずれの電極31を選択するかを指定する指定信号や、データの取得の開始や終了等の信号等を生成し、これらの信号をアンテナを介して計測モジュールコントローラ34に送信する。計測モジュールコントローラ34は受信した信号にしたがって、指定された電極31を選択して生体信号を計測する。
【0054】
このように生体信号計測装着具3によれば、複数の電極31により生体信号を検出することにより、電極群32A~32Fが配置された領域内における複数の各ポイントで生体信号を計測することができる。そして、各ポイントでの計測データを、各電極31に割り当てられたアドレスに応じてマッピングすることで、装着者の体における生体信号の分布を計測することができる。そしてこの計測結果に基づいて、装着者の意思を正確に反映させて刺激付与部40を随意制御することが可能となる。
【0055】
さらに生体信号計測装着具3において、刺激付与部40は、装着者の足関節の背屈筋群(主として前脛骨筋および長趾伸筋など)および底屈筋群(主として腓腹筋、ヒラメ筋および底屈筋など)を中心とする麻痺箇所にそれぞれ配置され、当該麻痺箇所の体表に対して電気刺激を与えるための端子群を有する。
【0056】
刺激付与部40は、機能的電気刺激(FES:Functional Electrical Stimulation)により麻痺箇所の筋肉を収縮させる装置からなる。この刺激付与部40において、装着者に対して電気刺激を付与する体表部位としては、足の踝を中心とする背屈筋群および底屈筋群に相当する体表部位が最適である。
【0057】
図5(A)との対応部分に同一符号を付した
図5(B)に示すように、刺激付与部40は、複数の電気刺激用の端子41からなる端子群42Aと、当該端子群42Aに接続された上述した生体信号検出部30の計測モジュール33とから構成されている。この刺激付与部40の端子群42Aは生体信号検出部30の電極群32Cと対応し、刺激付与部40の端子群42Bは生体信号検出部30の電極群32Fと対応する。なお、本実施形態では計測モジュール33を生体信号検出部30および刺激付与部40が兼用するが、それぞれ別体に設けるようにしてもよい。
【0058】
図6に示すように、計測モジュール33における計測モジュールコントローラ34は、認証・FES条件設定部60と、刺激制御部61と、刺激周波数調整部62と、パルス幅調整部63と、パルス波形・変調調整部64と、電圧調整部65と、機能的電気刺激信号生成部66とを有する。
【0059】
認証・FES条件設定部60は、入力操作部(図示せず)の操作により入力された医師または理学療法士の認証データ(ID・パスワード)、および医師または理学療法士の診断に基づいて入力されたFES条件(刺激周波数、パルス幅、パルス波形・変調、電圧などの条件)を設定する。
【0060】
刺激制御部61は、通信手段36を介して統括制御部50(
図7)から受信した機能的電気刺激の信号を、認証・FES条件設定部60の設定結果と併せて、刺激周波数調整部62、パルス幅調整部63、パルス波形・変調調整部64、電圧調整部65に送信する。
【0061】
刺激周波数調整部62は、機能的電気刺激の刺激周波数を認証・FES条件設定部60により設定された周波数に調整する。パルス幅調整部63は、機能的電気刺激のパルス幅を認証・FES条件設定部60により設定されたパルス幅に調整する。
【0062】
パルス波形・変調調整部64は、機能的電気刺激のパルス波形を認証・FES条件設定部60により設定されたパルス波形に調整する。電圧調整部65は、機能的電気刺激の電圧を認証・FES条件設定部60により設定された任意の電圧に調整する。
【0063】
機能的電気刺激信号生成部66は、刺激周波数調整部62、パルス幅調整部63、パルス波形・変調調整部64、電圧調整部65により刺激周波数、パルス幅、パルス波形・変調、電圧を調整された電気信号を通信手段36を介して端子群41(42A、42B)に出力する。
【0064】
ここで生体信号計測装着具3においては、
図7に示すように、生体信号検出部30および刺激付与部40を統括的に制御するための統括制御部50が設けられ、当該統括制御部50は、随意制御部70と自律制御部71と最適刺激調整部72とから構成されている。
【0065】
統括制御部50は、上述したように、装着具本体3Aに設けられた端子群42A、42Bの中からいずれの端子41を選択するかを指定する指定信号や、データの取得の開始や終了等の信号等を生成し、これらの信号をアンテナを介して計測モジュールコントローラ34に送信する。計測モジュールコントローラ34は受信した信号にしたがって、指定された端子41を選択して動作させる。
【0066】
統括制御部50のうち随意制御部70は、生体信号検出部30により検出された生体信号に基づいて、装着者の意思に従った刺激力を発生させるように刺激付与部40を随意制御する。随意制御部70は、刺激付与部40を随意制御する際、生体信号検出部30による装着者の体における生体信号の分布計測結果に基づいて、刺激付与部40における端子群42A、42Bを構成する複数の端子41のうち最適な組合せを選択することも可能である。そのときの生体信号の分布計測結果と端子群42A、42Bのうち選択される端子41との関係性は、装着者の特性に合わせて事前に設定してもよく、あるいは実際の装着者の足先の底背屈運動のフィードバック結果に応じて調整しながら再設定するようにしてもよい。
【0067】
また自律制御部71は、歩行状態検出部2(
図2)から通信部73を介して受信した歩容認識部22の認識結果から得られる装着者の歩行周期に基づいて、装着者の背屈筋群または底屈筋群の収縮により足関節が背屈または底屈するように刺激付与部40(42A、42B)を自律制御する。
【0068】
さらに最適刺激調整部72は、歩容認識部22により認識される装着者の歩容の左右バランスが所定範囲内に収束されるように、随意制御部70による随意制御と自律制御部71による自律制御とのハイブリッド率を調整する。
【0069】
このように本実施の形態の歩行支援装置1によれば、装着者がアクチュエータ等の駆動機構を装着することなく、装着者の意思に従った刺激力を発生させるように刺激付与部40を随意制御するとともに、装着者の歩行周期に基づいて、装着者の背屈筋群または底屈筋群の収縮により足関節が背屈または底屈するように刺激付与部40を自律制御することができる。
【0070】
さらに装着者の歩容の左右バランスが所定範囲内に収束されるように、随意制御と自律制御とのハイブリッド率を調整することにより、自己の歩容の左右バランスを保ちながら、自己の意思に従った物理的な刺激力に連動するように足先の底背屈運動をスムーズに行うことができる。
【0071】
なお、上述した刺激付与部40は、随意制御部70および/または自律制御部71の制御に応じて、装着者の麻痺箇所に対する刺激付与の強弱レベル、パターンおよび時間のうち少なくとも1以上を調整するようになされている。この結果、歩行支援装置1では、装着者の歩容の左右バランスを保つと同時に、当該装着者の足先の底背屈運動がスムーズに行うように調整することができる。
【0072】
(2)他の実施の形態
なお上述のように本実施の形態においては、刺激付与部を機能的電気刺激(FES)により麻痺箇所の筋肉を収縮させる装置から構成するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、物理的な刺激を付与することができる装置であれば、治療的電気刺激(TES:Therapeutic Electrical Stimulation)のような電気刺激や極超短波刺激、超音波刺激など種々の物理的な刺激を適用するようにしてもよい。
【0073】
さらに本発明においては、装着者の足関節に麻痺箇所を有する側の靴に設けられ、当該靴の歩行音を集音する集音マイク(図示せず)を備え、最適刺激調整部72(
図7)は、集音マイクにより集音された歩行音に基づいて、ハイブリッド率を修正するようにしてもよい。この結果、歩行支援装置では、装着者の足先が床面と接触する際の音を集音しながら当該床面の状態を把握することにより、さらに正確に装着者の足先の底背屈運動がスムーズに行うように調整することができる。
【0074】
さらに本発明においては、装着者の足関節に麻痺箇所を有する側の靴に設けられ、歩行時の床面からの振動を検出する振動検出部(図示せず)を備え、最適刺激調整部72(
図7)は、振動検出部により検出された振動に基づいて、ハイブリッド率を修正するようにしてもよい。この結果、歩行支援装置では、靴に伝達される床面からの振動を検出しながら当該床面の状態を把握することにより、さらに正確に装着者の足先の底背屈運動がスムーズに行うように調整することができる。
【符号の説明】
【0075】
1…歩行支援装置、2…歩行状態検知部、3…生体信号計測装着具、3A…装着具本体、10…荷重測定部、11…足動作検出部、12…制御ユニット、13…データ記憶部、14…通信部、20…重心位置算出部、21…足移動軌跡算出部、22…歩容認識部、30…生体信号検出部、31…電極、32A~32F…電極群、33…計測モジュール、34…計測モジュールコントローラ、40…刺激付与部、41…端子、42A、42B…端子群、50…統括制御部、70…随意制御部、71…自律制御部、72…最適刺激調整部。